薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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※BGMと共にお楽しみください。『あなたが、伝説のサムライね?』『初めまして、トシゾウ=ヒジカタと申します。』『良い男ねぇ。』 歳三が自分を招待してくれたバリルー伯爵夫人に挨拶すると、彼女はそう言って笑った。『ブリュネ、何だか俺注目されてねぇか?』『あなたは社交界の注目の的ですからね。これから色々と忙しくなりますよ。』『そ、そうか・・』 歳三はブリュネと共に貴族達に挨拶回りをしていると、楽団がワルツを奏で始めた。『トシゾウ様、わたくしと踊ってくださいな。』『抜け駆けは狡いわ!わたくしと・・』 突然歳三の目の前に、色とりどりのドレスや宝石で着飾った令嬢達が群がって来た。『お嬢さん方、そんなに慌てなくても、わたしは居なくなりませんよ。』『まぁ、トシゾウ様ったら・・』 令嬢達からの誘いを上手く断った歳三は、人気のないバルコニーへと向かった。空に浮かぶ月を眺めながら、歳三は昔、京で総司と共に見た月の事を思い出していた。“綺麗な月ですね。”“あぁ、そうだな・・月に照らされたお前の横顔も綺麗だ。”“土方さんったら・・”そう言って照れ臭そうに笑う総司の姿を、歳三は今でも忘れる事が出来ない。(総司、お前にもう一度会いたい・・会ってお前ぇを抱き締めてぇ・・) 感傷に浸りながら歳三が月を眺めていると、突然彼は誰かの両手で目を塞がれた。(誰だ?) 歳三が振り向くと、そこには誰も居なかった。(気の所為か・・) バリルー伯爵邸を後にした歳三が帰宅すると、玄関前に小包が置かれている事に気づいた。(何だ?)『あら、今帰って来たんだね。それ、あんた宛の小包だよ。』『そうですか、ありがとうございます。』 下宿屋の女将に礼を言うと、歳三は部屋に入って小包を解いた。 すると、その中には有名宝飾店の箱に入った、エメラルドのネックレスがあった。―土方さん。 そのエメラルドは、総司の魂が宿っているように歳三は感じた。―わたしの魂は、いつも貴方の傍に居ますよ・・この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Aug 7, 2020
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シャーロットから拒絶された青年は、無言でその場から立ち去った。『お祖母様、あの人は・・』『彼はお前とは一切関わり合いのない奴よ。』『は、はい・・』 シャーロットが中庭から去った後、千はジョンにあの青年の事を尋ねたが、適当にはぐらかされてしまった。『あぁ、チャールズ様かい?あの方は、とっくにこの家から勘当されたんだよ!』『どうして勘当されてしまったのですか?』『あの方は大の博打好きでねぇ、大奥様はそれにお怒りになってねぇ・・』 料理番のチェイスが菜園で野菜を収穫するのを手伝いながら、千は彼女の話に耳を傾けた。『チヒロ様、こちらにいらっしゃったのですか?』 レイノルズ伯爵家執事・アッシュは、そう言いながら菜園に入って来た。『大奥様がお呼びですよ。』『わかりました。』千がアッシュと共にシャーロットの部屋へと向かうと、彼女は渋面を浮かべながら何かを読んでいた。『お祖母様、失礼致します。』『お入り。』『お話とは何でしょうか、お祖母様?』『チャールズの事だが、あの者はもうこの家の者ではないから、余り関わらない方がいい。』『はい、わかりました。』『あいつの事はチェイスから色々と聞いているだろうから、もうわたしの方からは何も言わないよ。それよりも、今年のクリスマスの事だが・・』 千がレイノルズ伯爵家へやって来てから半年が過ぎ、レイノルズ伯爵家にとって一年で最も賑やかな季節―クリスマスがやって来た。『チヒロ、メリークリスマス。』『お祖母様、メリークリスマス。』『こうして家族揃って食事をするのは久しぶりだね。神に感謝を!』『神に感謝を!』 乾杯の合図と共に、レイノルズ伯爵家の華やかなクリスマスパーティーが始まった。『チヒロ、パリからお前宛に小包みが届いているよ。』『ありがとうございます、お祖母様。』 シャーロットから小包みを受け取った千が自室でそれを解くと、そこには美しい真紅の包装紙に包まれた有名宝飾メーカーの箱があった。 その箱を開けると、そこには美しいアメジストのネックレスが入っていた。『一足早い誕生日プレゼントだと思って受け取ってくれ。メリークリスマス -T-』 そのメッセージカードを読んだ時、千は誰がこのネックレスを自分に贈ったのかがわかった。(土方さん、メリークリスマス。) 一方、パリでは、歳三はブリュネと共にある貴族のパーティーに出席していた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jul 26, 2020
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一週間の自宅謹慎中、歳三は身体が鈍らぬよう、素振りをブリュネ邸で行う事にした。 朝の空気の中で素振りを行っていると、なんだか試衛館の頃に戻ったようだった。『イジカタさん、おはようございます。』『ブリュネさん、おはよう。』歳三が素振りを終えてリビングルームに入ると、ブリュネがそう彼に挨拶した後、一通の手紙を手渡した。『この手紙は、先程あなた宛に届きました。』ブリュネから手紙を受け取ると、差出人の名前は、“チヒロ=レイノルズ”と書かれていた。『ありがとう。』ブリュネから手紙を受け取り、歳三は自室で千の手紙を読んだ。『拝啓土方歳三様、ブリュネさんからあなたが軍で性的嫌がらせを受けた事を知り、あなたが心配で手紙を書きました。僕は毎日が忙しくて目が回りそうですが、何とかやっています。どうか、こんな事で屈しないで下さい。』歳三は微笑んだ後、千からの手紙を大切そうに机の引き出しの中にしまった。「大奥様、失礼致します。」「フランツ、あの子はどう?」「彼は良くやってくれていますよ。日々努力していますし、勉強家です。」「そう‥彼はきっと、良い意味でこの国を変えてくれることでしょう。」「わたしも、そう思っておりますよ。」 シャーロットはフランツと共に窓の外を見ると、そこには庭園でレイノルズ家の猟犬と戯れている千の姿があった。『犬の扱いがお上手でいらっしゃいますね。今まで犬を飼育された事が?』『いいえ、でも動物が好きなんです。』『そうですか。犬は賢いですからね、動物好きな人はすぐにわかるのでしょう。』 レイノルズ伯爵家の猟犬番・ジョンが千とそんな話をしていると、邸の中から背が高い乗馬服姿の青年がこちらにやって来る事に気づき、慌てて彼は目を伏せた。『誰かと思ったら、青い血を汚した女の息子じゃないか。』青年はそう言うと金色の睫毛を揺らしながら、蔑んだような目で千を見た。『初対面だというのに、失礼な方ですね。あなた、お名前は?』『使用人風情が、僕に偉そうな口を利くな。』青年はそう言って千を手に持っていた乗馬鞭で叩こうとしたが、その前に千が彼に足払いを喰らわせた。『ごめんなさい、足が滑ってしまいました。』『貴様、よくも・・』『チャールズ、一体何の騒ぎなの!?』『大奥様、これはご機嫌麗しゅう・・』『お前の顔など見たくもない、さっさとここから出ておゆき!』この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jul 20, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。男―アランと会った翌日、歳三は自分を見る周囲の冷たい視線に気づいた。(何だ?) 歳三がブリュネの元へと向かっている途中、廊下で数人の兵士達が自分の事を待ち伏せしていた。その中には、アランの姿があった。『おいアラン、こいつかよ?ブリュネの愛人ってのは?』『あぁ。』『随分と綺麗な顔をしているな。こいつ、本当に男か?』『服を脱がせて確めようぜ。』兵士の一人がそう言って歳三の軍服の牡丹に手をかけようとすると、彼は歳三に突き飛ばされて壁まで吹っ飛んだ。『てめぇ、何しやがる!』『気安く俺に触るんじゃねぇ!』『やっちまえ!』アラン達はそう叫ぶと、一方的に歳三に飛び掛かって来た。『・・これは一体、どういう事だ?』 廊下での騒ぎを聞きつけた上官達は、すぐさま歳三達を執務室へと連れて行った。『こいつが新入りの癖に生意気なので、ここの掟を教えてやろうと・・』『貴様ら三人は営倉で一週間謹慎していろ!』『何だって、そんなのあんまりだ!』『たまたま通りがかった者達が、君達が彼に一方的に暴力を振るっているのを見たんだ!』『こんなのは不公平だ、父上に訴えてやる!』アランはそう叫ぶと、仲間を引き連れて執務室から出て行った。『君も、もう行って良い。処分は後で知らせる。』『あぁ、わかったよ。』『“はい、わかりました”だ!』『はい、わかりました!』 廊下での一件を聞いたブリュネは、その日の夜自宅の書斎に歳三を呼び出した。『イジカタさん、今回の事は、アラン達が悪いです。わたしが彼の代わりに謝罪致します。』『俺は気にしてねぇよ。こういうのは、良くある事だろう?』『それは違う!確かに差別は存在します。しかし、それに慣れてはいけないのです!人を肌の色で優劣をつけるのは間違っている!』『・・俺は今まで、理不尽な身分差別を受けて来た。生まれや身分だけで一生が決まっちまう世の中に、俺は抗いたかった。俺は武士になりたかった。ただそれだけで、俺は茨の道を歩いた。』歳三は一旦言葉を切ると、ブリュネが淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。『海を渡ってこの国に来て、俺が本当に戦うべきなのはもっと別のものなのだと気づいたんだ。』『イジカタさん・・』 数日後、歳三には一週間の自宅謹慎処分が下された。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jul 14, 2020
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ブリュネの元を訪ねてきた歳三は、長旅での疲れがたたって熱を出し、三日間寝込んでしまった。 漸く彼が目を覚ましたのは、歳三がブリュネ邸を訪れてから四日目の事だった。『イジカタさん、お目覚めになられましたね。』『済まねぇな、ブリュネさん。急に押し掛けて来て、ぶっ倒れちまって・・』『いいえ、長旅お疲れ様でした。お腹は空いていませんか?朝食をお持ち致しますね。』『悪い・・』歳三はそう言ってブリュネに礼を言うと、ベッドに横になった。 一方、レイノルズ伯爵家では、突然姿を消した歳三を捜し回っていた。『一体あいつは何処に消えたんだ?』『落ち着きなさい、アーノルド。彼は自分なりの考えがあってここを出て行ったのよ。そっとしておきなさい。』『ですが・・』『もうこの話は終わりにしましょう。』 千が朝食を終えて自室へと戻ろうとした時、彼はアーノルドに呼び留められ、彼の書斎へと向かった。『お話とは、何ですか?』『単刀直入に聞こう、あの男と君は一体どんな関係なんだ?』『それは、答える事が出来ません。』『そうか。では、彼が今何処に居るのか知らないか?』『土方さんが今何処に居るのか、僕にもわかりません。』『わかった・・』『失礼致します。』千はアーノルドに一礼すると、書斎から出て行った。『あの子から何か聞き出せた?』『いいや。彼は口が堅いな。』『まぁ、あの男が居なくなってホッとしたわ。』 ブリュネ邸に歳三が滞在してから一ヶ月が経った。 歳三はブリュネの紹介で、フランス軍に入隊した。『イジカタさん、とてもお似合いですよ。』『そうか?』『えぇ。ハコダテでも洋装姿がさまになっていました。』『まぁ、あの時の服は全てフランス製だったからな。それにしても、肩回りが窮屈で仕方ねぇなぁ。』『それは我慢して下さい。』ブリュネと歳三がそんな話をしていると、そこへ一人の男がやって来た。『ブリュネ、そいつが今日入隊して来た奴か?』まるで珍獣でも見るかのような目つきで男は歳三を見ると、少し不快そうに鼻を鳴らしながら去っていった。『ブリュネさん、さっきのは?』『あいつは、わたしの同僚です。余り気になさらないで下さい。』『わかった・・』そう言った歳三だったが、何だか嫌な予感がした。その予感は、数日後に的中した。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jul 11, 2020
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『何だ、てめぇは?』歳三はそう言って女を睨みつけると、彼女はおもむろに服を脱ぎ始めた。「何しているんだ、やめろ!」『女将さんから頼まれたんです・・』慌てて歳三が女に自分のコートを羽織らせると、女はそう言って啜り泣いた。「女将は何処だ!」「あらぁ、今頃あの子とお楽しみだと思っていたのにぃ。」「余計なサービスは不要なんだよ!」「わかりましたよ。」女将はそう言うと、溜息を吐いた。 翌朝、歳三はロンドン行きの汽車に乗った。(これからどうなるのかは、俺自身の力だけだな・・まぁ、今まで自分自身の力だけでやってきたんだ、何とかなるさ。) ロンドンのキングスクロス駅は、人で溢れ返っていた。歳三は、ジェイドから渡された金が入った鞄を盗まれぬよう、雑踏の中を歩いた。(フランスへ手っ取り早く行くには、船に乗るのが一番だな。)歳三が港へと向かうと、丁度フランス行きの船が停泊していた。「運が良いぜ。」歳三はそう呟きながら二等船室に入ると、そこには先客が居た。数人の褐色の肌をした青年達は、歳三と目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。 『あんた、どこから来たんだい?』『日本からだ、あんた達は?』『あたしらは、スペインから来たのさ。出稼ぎでロンドンで働いていたけれど、仕事をクビになってね、フランスで少し働いて、スペインに帰ろうと思ってさ。』『そうか。俺は知り合いに会いにフランスに行くんだ。』『へぇ、そうかい。』 その日は、青年達と共に楽しい夜を過ごした。「やっと着いたか。」歳三は船から降りると、大きく背伸びした。『兄さん、元気でね。』『あぁ、皆も元気でな!』青年達と港で別れた歳三は、一路パリへと向かった。『旦那様、お客様がいらっしゃってます。』『わたしに客?』『はい。トシゾウ=ヒジカタ様とおっしゃる方で・・』『すぐに通しなさい。』 ブリュネが玄関ホールへと向かうと、そこには疲れ切った表情を浮かべた歳三が立っていた。『イジカタさん、どうして・・』『ブリュネさん、会いたかった・・』歳三はそう言うと、気を失った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jul 6, 2020
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『どうしたんだい、こんな時間にまだ起きているなんて?』『お祖母様・・』千が自分の部屋に戻ると、そこにはシャーロットの姿があった。『何かあったような顔をしているね?わたしに話してごらん。』『実は・・』 千は、図書室で盗み聞きしていた会話をシャーロットに話すと、彼女は一通の手紙を千に手渡した。『これは?』『フランス軍の、ジュール=ブリュネ宛にわたしが書いたものだ。お前の恩人の男を、イザベラ達に気づかれる前にここから逃がしなさい。』『お祖母様・・』『今夜ここで話した事は、誰にも言ってはならないよ。わかったね?』『はい・・』 翌朝、千は歳三を朝食の後自室に呼び出した。「千、どうしたんだ?」「土方さん、この手紙を持って、今すぐフランスへ渡ってください。」「何だ、急に?」「イザベラさん達が、あなたの正体に気づきました。彼らに気づかれる前に早く・・」「わかった。」 歳三は千の話を聞いた後、部屋で荷物をまとめて出て行こうとしたが、その前にジェイドに見つかってしまった。 『その様子だと、ここから出て行くんだね?』『・・あぁ。』『話はシャーロット様から聞いている。この金を今後の生活費の足しにしてくれ。』『ありがとう。』 歳三はジェイドから金が入った鞄を持つと、レイノルズ伯爵邸の裏口から外へと出た。 その日は朝から雪が降っており、昼過ぎになるとそれは吹雪へと変わった。(クソ・・フランスに着く前に凍え死んぢまうな。) ロンドン行きの汽車に乗る前に、歳三はダラムの街にある一軒の宿屋へと入った。「いらっしゃい、旦那。」「部屋をひとつ、頼む。」「あいよ。お兄さん、良い男だねぇ。今夜、あたしと遊ばないかい?」「悪ぃが、今夜は疲れているんだ。」「あらぁ、残念ねぇ。」 宿屋の女将は豊満な胸の谷間を歳三に見せつけながら、彼を部屋へと案内した。 選ぶ宿を間違ったかなーそう思いながら歳三は粗末なベッドの上で眠った。 その日の深夜、歳三は誰かが部屋に入って来る気配を感じて目を覚ますと、彼の前には一人の女が立っていた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jul 6, 2020
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『大奥様、大変です!』『ジョージ、どうしたのです?そんなに大声出して。』『ジェイド様が、お戻りになりました!』『何ですって!?』 レイノルズ伯爵家の女主人・シャーロットは、ジョージの言葉を聞いて思わずワイングラスを握り潰しそうになった。『大奥様、大丈夫ですか?』『本当に、ジェイドが生きているの?それは間違いないわね!?』『はい大奥様、実は・・』ジョージが次の言葉を継ごうとした時、ダイニングルームの扉が開き、一人の男が入って来た。 漆黒の髪をなびかせ、紫紺の瞳を煌めかせたその男―ジェイドは、荒い息を吐きながらシャーロットの元へと駆け寄った後、彼女の前に跪いた。『只今戻りました、シャーロット様。』『あなた、お帰りなさい!』『アリス、ただいま。そちらの方達は誰だい?』『こちらはチヒロさん、わたし達の親戚よ。』『そうか・・初めまして、ジェイドといいます。シャーロット様、わたしは先に部屋に戻って休みます。』『えぇ、そうね。ジェイド、また後で話しましょうね。』『はい。』ジェイドはそう言ってダイニングルームから出て行った。『チヒロ、貴女はこの家を継ぐ気はあるのね?』『はい。』『その答えを聞いただけで満足よ。明日からお前にはレイノルズ伯爵家次期当主になれるよう、一流の教育を受けて貰います。』『わかりました。』 夕食を終えた後、千がメイドに案内された部屋に入ると、そこは青い小花模様の壁紙に囲まれた、上品で優しい雰囲気に包まれていた。『ここは、どなたのお部屋です?』『エミリーの部屋よ。』『大奥様・・』『そんなに堅苦しい呼び方は止めて頂戴。お祖母様と呼んで。』『お休みなさい、お祖母様。』『お休みなさい、チヒロ。』 その日の夜、千はベッドで寝返りを打っていると、何処からか狼が吠える声が聞こえた。 中々眠れずに千が広い屋敷の中を歩いていると、図書室の方から誰かが言い争っているような声が聞こえて来た。『あの男は危険だ!』『チヒロが連れて来た男のこと?彼は危険そうには見えないわ!』『お前は何も知らないからそう言う事が言えるんだ!わたしはあの男が同族を悪魔のように屠っていたのを、この目で確かに見たんだ!あの男は悪魔だ!』 アーノルドとイザベラの会話を盗み聞きしてしまった後、千は静かに自分の部屋へと戻った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 22, 2020
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『さぁ、こちらです。』 馬車から先に降りたアーノルド達は、一足先に正面玄関からレイノルズ伯爵邸の中へ入っていったので、千も歳三と共にアーノルド達に続いて伯爵邸の中に入ろうとすると、ジョージが歳三の腕を掴んだ。『申し訳ありませんが、あなた様は裏口の方へ・・』『彼はわたくしの客人です、使用人扱いしないで頂きたい。』『これは、大変失礼致しました。』ジョージはそう言って歳三に向かって頭を下げた。『以後、気をつけなさい。』千が威嚇するかのようにジョージを睨みつけると、彼はそのまま裏口へと回った。「さぁ、行きましょうか。」「あぁ・・」 千達がレイノルズ伯爵邸の中へと入ると、玄関ホールには揃いの黒ワンピースの上にレースのエプロンとキャップ姿のメイド達が二人を出迎えた。『アーノルド様達はダイニングルームへと先に向かわれましたので、案内致します。』『ありがとう。』 二人がダイニングルームへと向かっている頃、そこではレイノルズ伯爵家の者達が千尋について話し合っていた。『あなた、本当にあの子はこの家を継ぐつもりなのかしら?』『どうやら、彼はそのつもりのようだ。』『冗談じゃないわ!お父様は一体何をお考えだったのかしら、裏切り者の妹の子に全財産を相続させるなんて!』『落ち着いて下さい、お義姉様。』『お黙り、アリス!あのアイルランド男はまだ生きているの?死んでくれたらわたくしとしては嬉しいのだけれど!』『イザベラ、言葉が過ぎるぞ!』アーノルドがそう言って妻を窘(たしな)めると、ダイニングルームに千と歳三が入って来た。『遅れてしまって、申し訳ありません。』『ジェイド、お前、生きていたの!?』『お義姉様、彼はジェイドではありませんわ。彼と瓜二つの顔をしていますけれど。』『あら、そうなの。』『みんな、揃ったね。』 凛とした声がダイニングルームに響き渡った後、ジョージに車椅子を押されながら、一人の老婦人が千達の前に現れた。『あなたが、チヒロね?』『はい・・お祖母様。』『さてと、全員揃ったから夕食にしようか。』老婦人がそう言って手を打つと、料理を載せた使用人達がダイニングルームに入って来た。 重苦しい空気の中、千達は只管(ひたすら)ナイフとフォークを動かし、黙々と食事をしていた。 暫く経った頃、突然ジョージが慌てふためいた顔をしてダイニングルームに入って来た。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 15, 2020
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『彼はわたしの夫で、ジェラルディンの父親の、ジェイドです。彼は、仕事で渡米した後、行方不明になりました。』『それは、いつ頃ですか?』『確か、五年前だったと・・娘が生まれてすぐだったと思います。』 五年前といえば、米国は南北戦争が激しくなっていた時期だ。『ご主人は、その時どちらに?』『アトランタです。そこには、彼の実家があるので・・』『そうですか、ご主人、早く見つかると言いですね。』『ありがとうございます・・』 明朝、千と歳三はアリスとジェラルディン、そしてアーノルドと共にパリを発ち、船で英国へと向かった。 港には、英国行きの客船へと向かう乗客達や、港湾労働者達で溢れ返っていた。『はぐれないようにしろよ。』『はい・・』 人波の合間を縫うように千達が客船の方へと向かっていると、歳三が自分に向かって手を差し出してきた。「ありがとうございます。」「なぁ千、あの母娘の事だが・・」「アリスさん達の事ですか?何か気になる事でも?」「アーノルドの奴、アリスさんと知り合いなんじゃねぇかって・・」「どうして、そんな事を?」「それは、後で話す。」「わかりました・・」 彼らは船で英国へと向かった後、汽車でレイノルズ伯爵家の領地があるノーサンバーランドへと向かった。『羊ばかりだな。』『まぁ、北へ行けば自然とそうなるさ。それにしてもチヒロ、本邸に着いたらお前に話したい事がある。』『わかりました。』 一行を乗せた汽車がダラム駅に着くと、彼らの到着を待っていたかのように黒い燕尾服姿の老紳士が汽車の中に入って来た。『アーノルド様、チヒロ様、アリス様、ジェラルディン様、長旅お疲れ様でございました。外に馬車を待たせてありますので、どうぞあちらへ。』『わざわざお出迎えありがとう、ジョージ。』アーノルドは笑顔を浮かべ、老紳士ことレイノルズ伯爵家の執事長・ジョージに労いの言葉を掛けた。 駅舎の外で待っていた二台の馬車では、アーノルドとアリス、ジェラルディン母娘と、千と歳三がそれぞれ乗り込んだ。「あれが、レイノルズ伯爵邸か・・」千はそう呟くと、首に提げているカメオのペンダントを握り締めた。「大丈夫だ、自分を信じろ。」「はい・・」「俺がついているから、安心しろ。」歳三はそう言って不安がる千の手を優しく握った。『大奥様、アーノルド様がお帰りになられました。』『そう・・わたくしもあの子の顔を見に行こうかね。』『お供致します。』この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 15, 2020
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『わたしに会いに、わざわざパリまでいらしたのですか?』『お前を迎えに来た。』 いずれ、自分をレイノルズ伯爵家の人間が迎えに来るとわかっていたが、こんなにも早くその日が来るとは思っていなかった。『いつから、わたしはパリを発てばいいのですか?』『明日の朝だ。それまでに荷物をまとめろ。』『わかりました・・』 千が溜息を吐きながら部屋へと戻ると、そこでは見知らぬ幼女が歳三の膝上に乗って菓子を食べていた。「土方さん、その子は?」「知らねぇ・・ドアをノックしたと思ったら、急に入って来たんだ!」『あなた、お名前は?』 千が幼女にそう笑顔で話し掛けると、彼女は機嫌を損ねたのか、歳三にしがみついたまま千にそっぽを向いた。「これじゃ埒が明かないですね。」「あぁ、そうだな・・」 二人がそんな事を話していると、誰かが部屋のドアをノックした。『どうぞ。』『あの、ここに娘が来ていませんでしたか?』 ドアを千が開けると、そこにはピンクの小花模様のドレスを着た貴婦人が立っていた。『娘さんと、いいますと?』『年は五歳位で、髪の色はブロンドで・・』『おい、誰か来たのか?』『ジェラルディン!』 歳三が幼女を抱いたまま部屋から出ようとした時、貴婦人が慌てて幼女の方へと駆け寄った。『いけません、その方から離れなさい!』『う~!』『この子は、あんたの娘か。』『はい。わたしが目を離した隙に何処かへ行ってしまって・・娘がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。ジェラルディン、帰るわよ!』『いや、この人と一緒に居る!』『わがまま言わないの!』『やだ~!』 貴婦人が幼女を歳三から引き離そうとすると、彼女は身をよじって歳三にしがみついた。『パパと一緒に居る!』『いい加減になさい!』 結局、貴婦人・アリスとその娘・ジェラルディンは千と歳三の部屋に一晩泊まる事になった。『あの子は、父親の帰りをずっと待っているんです。』『父親というのは、あなたのご主人ですか?』『えぇ。』そう言うとアリスは、首に提げていたロケットを開け、中の写真を千に見せた。 そこには、歳三と瓜二つの顔をした男が、アリスとジェラルディンと共に笑顔を浮かべている写真があった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 15, 2020
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「何だ、こんな夜中に?」「わかりませんが、出た方がいいのでは?」「そうだな・・」歳三がそう言ってドアを開けたが、その直後警官達が部屋に雪崩れ込んで来た。「何だ、お前達!?」『この男だ!』 警官達の中から、昼間歳三とカフェでぶつかった男が現れた。『こいつだ、わたしの財布を盗んだんだ!』『言いがかりは止せ!確かに俺はあんたにぶつかったが、俺は何も盗んじゃいねぇ!』『嘘を吐くな!』 警官の一人がそう叫ぶと、歳三を絨毯の上に突き倒すと、うつ伏せになった彼の首を両膝で圧迫した。『すぐに彼から離れろ!』『彼は何もしていない、早く彼から離れろ!』仲間の警官達が慌てて歳三から彼の首を圧迫した警官を引き剥がした。『彼が抵抗したから押さえつけただけだ!』『我々は彼に事情を聞くだけだった筈だ!死んだらどう責任を取るつもりだ!』『お客様、大丈夫ですか?』 騒ぎを聞きつけたホテルの支配人が、そう言って部屋に入るなり歳三に駆け寄った。『あぁ、何てことを・・お医者様をすぐに呼んで参ります!』「土方さん、大丈夫ですか!?」「あぁ・・」そう言った歳三の顔は、蒼褪めていた。 ホテルの支配人が医者を連れてホテルに戻って来たのは、騒動から数分後の事だった。『何と酷い・・あざになっていますね。どれ位圧迫されていたのですか?』『数秒位です。こちらの男性が彼に財布を盗まれたと言っていたので、彼に事情を聞こうとしたら、こいつがいきなり・・』『わたしは彼が抵抗したから押さえつけただけだ!』『黙りなさい!』 歳三に財布を盗まれたと主張していた男性は自分の勘違いだと認めた後、歳三に謝罪した。『そんな事があったのですか・・怪我は大丈夫ですか?』『あぁ。首が少し痛いけどな。』『その警官は何と愚かなのでしょう。』 ブリュネはそう言って溜息を吐いた後、紅茶を一口飲んだ。『失礼致します、お客様。お客様にお会いしたいという方がロビーにいらっしゃいます。』『わかりました、すぐに行きます。』千がホテルの支配人と共に部屋から出て、ロビーに降りると、そこにはアーノルドの姿があった。『久しいな、チヒロ。』『お久しぶりです。』この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 8, 2020
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「ここがパリか・・江戸よりデケェな。」「土方さん、はぐれないように手を繋ぎましょうか?」「馬鹿野郎、ガキ扱いすんじゃねぇ!」そう叫んで少し強がっていた歳三だったが、汽車から降りる際、バランスを崩して転倒しそうになった。「大丈夫ですか?」「あぁ・・」『お二人共、わたしについてきて下さい。』『あ、ブリュネさん、待ってください!』 千と歳三は、ブリュネの後を慌てて追いかけた。 その後、二人はブリュネと共にパリ市内を馬車で巡った。「あれが、ノートルダム大聖堂かぁ・・」千はそう言うと、馬車の窓からノートルダム大聖堂をセーヌ川越しに眺めた。『ノートルダム大聖堂をご存知なのですか?』『はい、母がヴィクトル=ユゴーが好きなので・・』『おぉ、それはフランス人としては嬉しい限りです。もしよければ、今から行きましょうか?』『はい、喜んで!』 何処か楽しそうな様子の千とブリュネを見て、歳三は少し恨めしそうな顔をしていた。「土方さん、どうしたんですか?」」「別に。」『土方さんは恋人を取られてしまって、面白くないんですよ。』「う、うるせぇ!」そう言った歳三の顔は、少し赤くなっていた。 馬車から降りた三人は、ノートルダム大聖堂の中へと入っていった。「うわぁ、綺麗!」 今までテレビの画面越しでしか見た事がなかったノートルダム大聖堂の“薔薇窓”を目の前で見て、千は思わず感嘆の声を上げた。『美しいでしょう?』『えぇ、とても。』「なぁ、ここは西洋の寺みてぇなもんなのか?」「そうですよ。」「何だか、西本願寺とは違うな。」「土方さん、もう行きましょうか?」「あぁ、そうだな。」『お二人共、そろそろ昼食を取りに行きましょう。』 ブリュネが千と歳三を連れて行ったのは、凱旋門の近くにあるカフェだった。『ここの料理は絶品なんですよ。』「へぇ、そりゃ楽しみだ。」歳三がそう言ってカフェのドアを開けようとした時、中から出て来た一人の男とぶつかった。『済まねぇな。』歳三がそう言って男にフランス語で謝ると、男は舌打ちしてそのまま去っていった。『気にする事はありません、さぁ、食べましょう。』『あぁ。』 カフェの料理はどれも美味しかった。『ブリュネ、今日は色々とありがとう。』『いいえ、土方さん、昼間の事は気にしないで下さい。あんな下らない事でフランスを嫌いにならないで欲しい。』『・・あぁ、わかったよ。』 その日の深夜、宿泊先のホテルの部屋で眠っていた歳三と千は、突然のノックの音で目を覚ました。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 8, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「土方さん、もう行きましょう。こんな店で食事する価値はないです。」「あぁ・・」 言葉は解らなくても、その場に居る者達の態度を感じ取ったのか、歳三はそう言うと千と共に店を後にした。「千、あいつらは何て言っていたんだ?」「土方さんが知らなくていいことです。」「そうか・・」歳三は、車椅子を握る千の手が震えている事に気づいた。「なぁ千、俺はあいつらにどう見られていたんだ?」「彼らは土方さんの事を、“得体のしれない東洋人”として見ていたんです。」 千は今まで、金髪碧眼という容姿の所為で、学校でいじめられ、幾度も理不尽な目に遭って来た。 南アフリカという辺境の地で初めて人種差別を受けたが、ヨーロッパに渡ればもっと酷い差別を受ける事だろう。「そうか。何だかそう思われるなんて、初めてだな。」「僕は今まで、この容姿の所為で色々と嫌な目に遭いました。でも、差別はなくならない、あって当たり前なんです。」千はそう言った後、唇を噛み締めた。「差別はあって当たり前ですが、それに屈してはならないんです。土方さん達が、身分の所為で苦しくて理不尽な思いをしたのと同じように、屈してはならないんです。」「あぁ、わかっているさ。」「もう船に戻りましょうか。」「そうだな。」 千と歳三が船に戻ると、彼らを出迎えたのは『クイーン・ジョゼフィーヌ号』船員・レオンだった。『お二人共、お帰りなさいませ。』『ただいま、レオン。』『今夜はパーティーがありますから、是非ともご出席して下さいませ。』『わかりました。』 『クイーン・ジョゼフィーヌ号』は、ケープタウンを出港した後、フランス・マルセイユに到着した。「漸くフランスに着きましたね。」「随分と賑やかな所だな。」「フランス最大の港ですからね。土方さん、足元に気をつけて下さい。」「あぁ、わかっているよ。」 漸く歩く事が許された歳三は、千に支えて貰いながらも『クイーン・ジョゼフィーヌ号』から降りた。『イジカタさん、お久しぶりです。』船から降りた二人を出迎えたのは、箱館で共に戦ったブリュネだった。『おいブリュネ、イジカタじゃねぇって何度も言っているだろうが!』『すいません・・』『ブリュネさん、お久しぶりです。』『センさん、フランス語がお上手になりましたね。』『ありがとうございます。』 ブリュネと共に歳三と千はマルセイユ駅から汽車でパリへと向かった。「こうしていると、初めて“新幹線”に乗った時の事を思い出すな。」「あの時、土方さんかなり怯えていましたよね?」「やめろ、思い出させるんじゃねぇ!」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 1, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。―トシ、起きろ。 歳三が目を開けると、そこは何故か試衛館道場の中だった。 そこには、死んだ筈の勇や平助、原田、山南、そして総司が居た。「勝っちゃん、俺は・・」「トシ、もう一人で苦しまなくていいんだ、一緒に逝こう。」「あぁ・・」 歳三がそう言いながら勇達に向かって手を伸ばそうとした時、急に周囲が闇に包まれた。―勝っちゃん、総司、何処だ! 絶望に包まれながら暗闇の中で歳三が打ちひしがれていると、誰かが自分を背後から優しく抱き締めた。“土方さん、そんなに悲しまないで。いつかきっと、また必ず会えますから。”―総司・・ 歳三が振り向くと、そこには自分に優しく微笑んでいる総司の姿があった。―総司、必ず・・どんな所にお前が居ても、必ずお前を見つけてやるから、それまで待っていてくれ!“待っています。” 「土方さん、気が付かれたんですね、良かった!」「千、ここは何処だ?」「ここは、フランス行きの船の中です。ブリュネさんが手配してくれました。」「そうか。」歳三がそう言って起き上がろうとした時、右脇腹に激痛が走った。「まだ無理をしないで下さい、傷がまだ塞がっていないんですから。」「千、俺達はこれからどうなるんだ?」「それは、わかりません。ただ、僕はこれから荻野さんの代わりに英国で生きるつもりです。」「向こうにはバレるんじゃねぇか?いくらお前があいつの振りをしても、完璧にあいつになりすます事は出来ないんじゃ・・」「それはやってみるしかないですね。」千はそう言うと、歳三のベッドの傍に置いてある椅子に腰掛けた。「その本は何だ?」「ラテン語の教科書です。上流階級ではラテン語の習得が必須なので。」「難しいな・・こんなの頭に入るのか?」「時間はたっぷりあるので、大丈夫です。」「千、胸の傷は大丈夫か?」「はい、大丈夫です。」「お前ぇは若いから、何でもやれるからいいな・・」「何言っているんですか、やる気さえあれば何でも出来ますって!」「そうか。でも俺はこんな身体だし、暫くは動けねぇ。ベッドの上でも出来る事ってねぇか?」「刺繍とかはどうですか?はじめは難しいと思いますが、慣れれば楽しいですよ。あと、レース編みとか。」「いいかもしれねぇな、退屈しないで済みそうだ。」歳三はそう言って笑った。 歳三達を乗せた船は、南アフリカ・ケープタウンに寄港した。 風光明媚な風景を眺めながら、千と歳三は一旦船から降りて、ケープタウンの街を散策した。 歳三は徐々に回復していったが、医師からはまだ歩くのは無理だと言われ、車椅子に乗る事になった。「何だか情けねぇな、自分の足で歩けねぇのは。」「暫く辛抱して下さい、土方さん。」「あぁ。」 そんな事を話しながら千が歳三と海岸沿いの道を歩いていると、歳三がふと水平線の向こうを見つめたかと思うと、彼は押し殺したような声で、こう呟いた。「総司にも、見せてやりたかったな・・」歳三の紫紺の瞳が、涙で潤んでいる事に千は気づいた。「土方さん、お腹空きませんか?あそこのお店、おいしそうですよ。」「そうだな・・」 千が歳三と共に近くのレストランで食事を取ろうと中に入ると、周囲の白人客達が何かを囁き合いながら二人を見た。(何だろう?)『お客様、申し訳ありませんが、お連れのお客様はお外でお待ち頂いて・・』『彼は僕の大切な友人です。』『ですが・・』 千はこの時初めて、人種差別を受けている事に気づいた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Jun 1, 2020
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1870年12月24日、クリスマス・イヴ。 その日、パリの街は雪で一面白く染まり、幻想的な雰囲気を醸し出していた。 そんな中、一台の馬車が、ノートルダム大聖堂の前に停まった。 馬車の中から降りて来たのは、白貂のコートを着た美しい令嬢―千だった。『センさん、お久しぶりです。』『ありがとう。』 コートの裾を翻し、千は大聖堂の中へと入った。 美しい“薔薇窓”の下に、“その人”は立っていた。 漆黒のフロックコート姿の“その人”は、千の気配に気づくと、ゆっくりと千の方へと振り向いた。「土方さん・・」「千、やっと会えたな。」「怪我の具合はどうですか?」「大丈夫だ。」「そうですか、良かった。」千はそう言うと、歳三に抱きついた。 歳三の紫の瞳が、“薔薇窓”に照らされ、暗赤色に輝いた。―第一部・完―この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 22, 2020
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「土方副長、お話しとは何でしょうか?」「この写真と刀を、日野まで届けてくれ。」「嫌です、俺もここに残って戦います!」「鉄、こんな事を頼めるのはお前しかいねぇ。お前ぇだけは生きて、新選組の事を後世まで語り継いでくれ。」「わかりました・・」鉄之助はそう言って歳三から彼の写真と愛刀を受け取った。 1868(明治2)年5月11日。 遂に新選組は箱館への総攻撃を開始した。「土方君、どうしても行くのかい?」「あぁ・・新選組を見捨てる訳にはいかねぇ!:歳三は孤立した新選組を救う為、五稜郭から弁天台場へと向かった。「土方さん、僕も行きます!」「千、絶対に俺から離れるんじゃねぇぞ!」「はい!」 五稜郭を出た歳三達は、一本木関門へと差し掛かった。だが、既にそこには新政府軍が待ち構えていた。「さぁ、今度こそ君の敵をその銃で撃つんだ。」「わかっているよ・・」(千尋、一緒に家へ帰ろう。) 優之が放った銃弾は、歳三の右脇腹に命中した。「土方さん、しっかりして下さい!」「安心しろ、俺はまだ、死なねぇ・・」そう言った歳三の顔は、完全に生気を失っていた。「千尋、一緒に帰ろう!」「黙れ!」 千はそう叫び、優之を一撃で斬り伏せた。 だがその直後、一発の銃弾が彼の胸を貫いた。千は歳三の上に覆いかぶさるような形で倒れ、意識を失った。―千尋、僕と一緒に帰ろう? 闇の中で、優之が笑顔を浮かべながら千に向かって手を伸ばしたが、彼は冥王の部下によって何処かへと連れ去られてしまった。―さぁ、君の願いを聞こうか?(僕の、願いは・・この人と一緒に居られる事・・)―その願い、聞き届けよう。 冥王はそう言うと、紫紺の瞳で歳三と千を見た。―さぁ、暫く休むといい。 徐々に目蓋が重くなり、千は静かに眠り始めた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 22, 2020
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「おい島田、俺はもう、“副長”じゃねぇだろう?」「すいません、昔の癖で・・それに、今の役職名は呼びづらくて・・」「それはそうだな。」「何だかこうして副長と話していると、京都に居た頃の事を思い出しますね。」「あぁ、そうだな・・」そう言った歳三は、何処か遠くを眺めているかのような目をしていた。「副長?」「いや、何でもねぇ・・そろそろ会議の時間だったな?」「はい。」「島田、後はよろしく頼む。」「わかりました。」 1869(明治2)年3月25日。 宮古湾に於いて、旧幕府軍は新政府軍の主力艦である甲鉄の奪取作戦を実行した。「おい、あれは・・」「敵艦か?」「いや・・」 新政府軍は悪天候の中、望遠鏡の中で辛うじて見えるアメリカ国旗を掲げる戦艦を見て一瞬安堵したが、その旗が日章旗に変わった途端に罠だと気づいた。「アボルタージュ!」 激しい波飛沫と衝撃音と共に、敵艦から旧幕府軍が甲鉄に乗り込んで来た。 奇襲作戦には成功したが、新政府軍が装備していたガトリング砲から放たれた弾丸の犠牲となる兵が多かった。(あいつだ・・土方歳三!) 混乱の最中、優之は「回天」へと撤退しようとしている歳三に狙いを定めた。(あいつさえ居なくなれば、僕は千尋を・・) しかし優之が拳銃の引き金を引こうとした時、一人の男―野村利三郎が彼の前に現れた。「土方さんを殺すなら、まずは俺が相手だ!」「邪魔をするなぁ!」激昂した優之は野村の胸に銃弾を放った。こうして、旧幕府軍の奇襲作戦は失敗に終わった。 1869(明治2)年4月13日、二股口。 蝦夷地に上陸した新政府軍を、歳三達は雨の中迎え撃った。一時は新政府軍を退かせたものの、4月28日、兵力を増した新政府軍は、箱館へと進軍した。 そんな中、鉄之助は歳三の部屋に呼び出された。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 22, 2020
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「どうしたんだい、そんなに落ち込んで?」「千尋が、僕を拒絶した・・」「何だ、そんなことか。」 新政府軍の本陣へと戻った優之の様子がおかしい事に気づいた鈴江がそう尋ねると、そんな答えが返ってきたので、彼は拍子抜けして笑ってしまった。」「君にとっては大した事ではないかもしれないが、僕にとっては一大事なんだ!」「はいはい、わかったよ・・それで、君の敵は撃てたのかい?」「いや、まだだ。」「旧幕府軍は私達より早く蝦夷地(北海道)へと渡り、蝦夷共和国というものを樹立したそうだ。まぁ、そこが奴らの墓になるだろうね。」鈴江はそう言うと、タブレットの画面に表示された一枚の写真を優之に見せた。「君の敵は、この写真の中に居るかい?」「あぁ・・こいつだ。」優之はそう言って、迷いなく歳三を指した。『失礼、話し声が聞こえたから、気になって様子を見に来たんだが、邪魔だったかな?』そんな断りの言葉と共に二人の前に現れたのは、マッケンジー大尉だった。『いいえマッケンジーさん、どうかお気になさらず。』『この男、前に港で会った事があるな。』マッケンジー大尉はそう言うと、歳三の写真を指した。 『まぁ、それは奇遇ですね。』『色々とあってね・・それよりも、彼は君の知り合いかい?』『まぁ、そんなところです。それよりもマッケンジー大尉、一刻も早く母国に帰りたいのでは?』『はは、そうだね。』『何の因果か、あなたの甥御さんが敵側におられるとは・・しかもその甥御さんが、レイノルズ伯爵家の正当な後継者だとは、さぞや大尉としては口惜しいのでは?』『あぁ。父があの忌々しい遺言など残さなければ、こんな極東の島国など来ずに済んだものを!』マッケンジー大尉はそう言うと、唇を噛み締めた。『落ち着いて下さい、大尉。やがて甥御さんとあなたが雌雄を決する時が来ます。その時まで耐えて、力を蓄えておかなければ・・』『そうだな。』 同じ頃、蝦夷地へと渡り、「蝦夷共和国」を樹立した旧幕府軍は、その役職を「入札(選挙)」で決める事になった。 その結果、総裁が榎本武揚、陸軍奉行が大鳥圭介、そして陸軍奉行並が歳三に決まった。「何だか、覚えにくい役職ですね・・」「確かにそうだな・・」「副長、こちらにいらっしゃったのですね?」そう言って巨体を揺らしながら歳三達の元へやって来たのは、京都時代からの新選組隊士・島田魁だった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 22, 2020
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「前に土方さんにお話ししましたよね、うちの複雑な家庭環境のこと。」「あぁ、知ってる。お前ぇとその兄貴は、確か両親が違うんだったよな?」「はい、そうです。父―義理の父は僕に良くして下さったのですが、兄とは全く話をした事がありませんでしたし、向こうも離したくないような感じだったし・・」「そうか。」 これ以上他人の家庭問題に口を出すのはまずと思ったのか、歳三はそれ以上何も言ってこなかった。「もし義兄と刺し違える事になっても、僕は義兄を斬る事は躊躇(ためら)いません。」そう言った千の瞳には、迷いがなかった。「それでは、お休みなさい。」「あぁ、お休み。」 歳三の部屋から出て、自分の部屋へと向かおうとした千は、その途中で中庭の方から何かが蠢(うごめ)いている影に気づいた。(何だろう・・) 恐る恐る彼が中庭の方へと近づくと、その蠢く影は黒い着物姿の子供だった。 どうしてこんな所に子供が―そう思いながら千が子供に声を掛けようかどうか迷っていると、俯いていた子供がゆっくりと顔を上げ、千の方を見た。 子供には、日本人には珍しい紫の瞳を持っていた。―ヤットミツケタ。 子供はそう言うと、千の腕を掴んだ。「ひぃっ!」「また会えたな、少年。」「あなたは?」千は自分の背後に立っている男の存在に気づき、怯えた。「その様子だと、わたしの事がわからないようだな?」男はそう言うと、千を見た。「我は冥王、死を司る神だ。我はそなたにある事を伝えに来た。」「ある事?」「以前そなたは、我と契約したな?そなたとそなたの愛しい人の命を永遠のものにしてくれと・・その契約は、受け入れた。」「あの、それは断る事は出来ないのですか?」「当然だ。」 男―冥王はそう言うと、黒い翼を羽搏(はばた)かせながら去っていった。(何だったんだろう、今の・・) 千がそう思いながら部屋に入ると、布団の上には漆黒の羽根が置かれていた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 21, 2020
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1868(明治元)年9月23日、会津は新政府軍に降伏した。「では皆さん、今までお世話になりました。」「千様も、今までお城で頑張ってくれて感謝してもしきれねぇ。」「どうか、千様もお元気で。」千は会津の国境で山本八重と彼女の家族達と別れると、一路仙台へと向かった。今まで新選組と共に旅をしてきた千にとって、これが初めての一人旅だった。歳三が旅の足しになるよう、金を多めに持たせてくれた為、千は滞りなく仙台までの旅を終える事が出来た。「土方さん。」「無事に合流出来て良かった。」「土方さん、荻野さんは・・」「斎藤からの文で、あいつが戦死した事はもう知ってる。」「そうですか・・」「長旅の疲れもあるだろうから、今日はゆっくり休め。」「わかりました。」「土方殿、こちらにおられたのですね!」 千が宿の玄関先で歳三と話していると、そこへ新しく彼の小姓となった市村鉄之助と田村銀之助がやって来た。「荻野さん、長旅お疲れ様でした。」二人はそう言って千に向かって頭を下げると、奥の部屋へと向かった。「土方さん、夕食の後話したい事があるんですが、いいですか?」「わかった。」 宿の大広間で千達が夕食を取っていると、伝習隊の隊士達が居る方から視線を感じた。(何だろう?) 伝習隊の隊士達が自分と歳三に変な視線を向けて来た理由は、夕食後にわかった。「ねぇ土方君、改めて聞くけれど・・」「何だ大鳥さん、もったいぶってねぇで早く言え。」「荻野君とは念友なのかい?」 襖越しに歳三が茶を噴き出す音を聞いた千は、慌てて彼の部屋に入った。「土方さん、大丈夫ですか?」「あぁ、大丈夫だ・・大鳥さん、あんた変な勘違いしているようだが、こいつとは何の関係もねぇぞ!もしかしてあんたか、俺と千が念友だって噂を流したのは!?」「ごめんね、変な事聞いて。」大鳥はそう言うと、部屋から出て行った。「千、俺に話したい事とは何だ?」「実は・・」 千は千尋を殺したのは自分の義理の兄である事を話すと、彼は眉間に皺を寄せた。「おめぇの兄貴が、敵側に居るって事か・・」「えぇ、そうです。僕はあの人の事を兄だとは思っていません。」「そうか・・」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 21, 2020
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新政府軍の砲撃に晒された鶴ヶ城内では、連日怪我人や病人で溢れ、千達はその看病や手当に追われていた。「土方さん、お話しとは何ですか?」「大鳥さんから、会津から撤退するよう命令された。」「そうですか・・」「どうするのかは、お前達で決めろ。」「・・わたくしは、会津に残ります。」千尋はそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。「副長、今までお世話になりました。」「仙台で待ってる。」「はい・・」 歳三と共に千が仙台へと発つ数日前、彼は千尋と共に食糧の調達をする為、城から出て近くの農村へと向かった。「まだ敵の姿はありませんね・・今の内に食糧を調達して城に戻りましょう。」千尋がそう言った時、背後から大きな砲声が聞こえて来た。「まさか、こんな近くに敵が・・」「あなたは先に城へ戻っていなさい。ここはわたしが食い止めます。」「でも・・」「早く行きなさい!」 千は食糧を風呂敷に包むと、農村を出て城へと向かった。だが運悪く、彼は敵に見つかってしまった。「こいつ、土方の小姓だ!」「殺して、その首を桂さんへの土産にしちゃる!」下卑た笑みを浮かべた敵兵の首がその身体から離れ、残された胴が地面に転がった。「早く逃げなさいって言っているでしょう!」「こなくそ!」千尋は間髪入れず、もう一人の敵を斬った。「今の内に、早く!」千は千尋に背を向けて再び城へと向かって走り始めた。「千尋・・」 あと少しで城に着くという時に、千は思わぬ人物と再会した。「義兄さん、どうして・・」「千尋、今ならまだ間に合う。また兄弟仲良く・・」「冗談はやめてくれ!今まで僕の事を邪魔だと思っていた癖に!」「そんな事はない!」「退け、さもなくば斬る!」「千尋、お前は・・」 千に刃を向けられ、優之はショックを受けた後、拳銃を彼に向けた。「お前だけは・・信じていたのに!」 千は目を閉じ、襲い掛かってくる激痛を覚悟した。だが目を開けると、そこには優之の銃弾を胸を受け倒れている千尋の姿があった。「しっかりして下さい!」「土方さんを・・頼みましたよ。」 千尋はそう言った後、静かに息を引き取った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 20, 2020
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「皆さん、早くお城へ避難して下さい!」 新政府軍の銃声が遠くから聞こえてくる中、千は藩士の家族を城まで避難誘導していた。「千君、このままだと君も危ない!早く君も城の中へ!」「わかりました。」 千が城へと向かっている途中、彼は何処からか呻き声が聞こえて来る事に気づいた。(何だろう?) 声が聞こえて来たのは、立派な門がある武家屋敷だった。「お邪魔します・・」 恐る恐る千が屋敷の中へと入ると、そこは不気味な程静まり返っていた。 もう中の住人は城へと避難したのだろうか―千がそう思いながら屋敷から出ようとした時、再び呻き声が聞こえて来た。「誰か、誰か居ませんか!?」千はそう言いながら、屋敷の奥へと向かった。 その部屋の襖を開けると、中は一面血の海だった。 死装束姿の老人、子供、赤ん坊に至るまで、中に居る者は皆もう生きていなかった。その血の海の中で、懐剣を握り締めた女が苦しそうに呻いていた。 「・・て。」 女は血塗れの手を千に向かって伸ばした。 恐らく彼女は、自害に失敗したのだろう。 城下に残っていた老人や女性、子供達が足手纏いにならぬよう、自害した事を千は現代に居た時に歴史書で読んで知っていた。「殺して・・」 千は腰に提げていた刀の鯉口を切ると、その白刃で女の胸を貫いた。女は一瞬身体を大きく震わせた後、息絶えた。「千、遅かったな。」「はい・・」「疲れているだろうから、向こうで休め。」歳三は、千の服に返り血がついている事に気づいた。「どうなさったのです?」「何でもないです。」「あなたは、嘘を吐くのが下手ですね。」千尋はそう言うと、千の隣に座った。「僕は、この手で初めて人を殺しました。」「やむをえぬ状況だったのならば、あなたがそれを悔いる事は出来ません。」千尋はそう言うと、瓜二つの顔をした親友の肩を優しく叩いた。 新政府軍が会津の総攻撃を開始したのは、それからすぐの事だった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 20, 2020
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「鈴江さん、あなたは一体何を企んでいるんだ?」「企んでなんてないさ。」鈴江はそう言って笑うと、優之(まさゆき)にしなだれかかった。「まだこの期に及んで、弟を取り戻したいのかい?」「取り戻したいに決まっている!血が繋がらなくても千尋は俺の弟だ!」「そう・・」鈴江は優之の手からタブレットを奪うと、その画面を食い入るように見つめた。「この箱は、わたし達にとって有利なものとなる。ただ一つ欠点なのは、その使い方が君にしかわからないという事だ。」「使い方は教える。」「そうだ、君に贈り物があるんだった。」「贈り物?」「あぁ、そうだ。」鈴江はそう言うと、優之に拳銃を手渡した。「これで、君の弟を奪った敵を撃て。」「そんな事・・」「出来ないと?全く、君はとんだ根性無しなんだな。」そう鈴江に面罵されても、優之は何も感じなかった。彼が言う通り、自分は臆病者なのだから。「鈴江君、余り優之君をいじめないでやってくれないかい?」「桂さん、これからどうなさるおつもりで?」「会津攻めには、薩摩が協力してくれる事になったよ。」「それは頼もしい事で。」「会津攻めは、中止しないのですか?」「勿論だ。わたし達は今まで、会津に散々煮え湯を飲まされてきた。会津は、一人残らず殲滅(せんめつ)させる。」そう言った桂の声音は、何処か氷のように冷たかった。 1868(慶応4)年7月29日。「二本松城が陥落した!?それは確かなのですか?」「あぁ。二本松城に籠城していた者達は皆城に火を放ち、自害したそうだ。」「そんな・・」「これから、どうなるのですか?」「新政府軍が会津へやって来るのは時間の問題だ。」(戦争の恐ろしさなんて、今まで知らなかった・・いや、全然知らなかったんだ・・) 母方の祖父母から幾度も戦争の話を聞いたが、戦争の記憶が完全な“過去”のものとなってしまったので、千は全く実感が湧かなかった。 だがこうして戦場に身を置いていると、母方の祖父の気持ちが理解できるようになった。 1868(慶応4)年8月21日、会津・母成峠。 旧幕府軍800に対し、新政府軍の兵力2,200。 大鳥圭介の伝習隊を中心に、会津藩白虎隊士中二番隊などが懸命に戦ったが、彼らが扱う銃は旧式で、新政府軍が使う最新式のものにはかなわなかった。1868(慶応4)年8月23日。新政府軍は遂に、会津若松城下へと侵攻した。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 16, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。 その日は、風が気持ち良い日だった。 「風が気持ち良いねぇ、福。」 総司はそう言って、自分の胸の上で寝ている福の頭を撫でると、それは氷のように冷たかった。 福を千が拾って家族にしてからそろそろ二年になろうとしていた。 いつか来ると思っていた日が、こんなに呆気なく来るなんて思わなかった。 「福、今までありがとう。」 総司はそう言って福の亡骸を中庭に埋めた。 寝床へと戻ろうとした時、彼は激しく咳込んでその場に蹲った。 その掌は、真紅に染まっていた。 ―あぁ、遂に・・ 自分にも、“その時”が来たのか。 何故か死の直前になっても、総司は妙に落ち着いていた。 “総司。” 風に乗って、勇の声が聞こえて来た。 総司が振り向くと、そこには勇と平助、山南の姿があった。 “福が俺達をお前の所へ連れて来てくれたんだ。” 勇はそう言って総司に向かって手を差し出した。 “さぁ、逝こうか。” “はい。” ―土方さん、あなたを置いて逝くのは辛いけれど、一足お先に近藤さん達の元へ行って来ますね。 総司と福の魂は、風に乗って天へと昇っていった。 「土方さん、どうしたんですか?」 「・・いや、今総司に呼ばれたような気がしたんだが、気の所為か。」 「そうですか・・」 1868(慶応4)年5月30日、沖田総司死去。享年25歳。 「江戸から文が届いています。」 「ありがとうございます。」 千は江戸からの文を受け取ると、すぐさま歳三の部屋へと向かった。 「土方さん、江戸から文です。」 「そうか・・」 「僕、少し外へ出ますから、何か必要なものがあったら言って下さいね。」 「わかった。」 千が歳三の部屋を出て宿から出ると、彼は一人の少年とぶつかった。 「ごめんなさい!」 「大丈夫ですか?」 「・・その肩章、もしかしてあなた、新選組の方ですか!?」 「はい、そうですけれど・・」 この作品の目次はコチラです。 にほんブログ村
May 16, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。 1868(慶応4)年4月19日、宇都宮城。 千達は大鳥圭介率いる伝習隊と共に宇都宮城を一度は奪取したが、4月22日、新政府軍により宇都宮城を奪われ、この戦いでも新政府軍に敗れた旧幕府軍は、一路会津へと向かった。「副長、どちらにいらっしゃいますか?」「土方さん、何処ですか!?」 戦いの最中、撤退しようとしている兵士達の中で歳三の姿を見失った千は、千尋と共に彼の姿を血眼になって捜した。「わたくしは向こうを捜しますから、あなたはあちらを捜して下さい!」「はい!」 千尋と二手に分かれ、歳三の姿を捜した千は、漸く宇都宮城の南側で戦っている彼を見つけた。「土方さん!」「千、どうした!?」「大鳥さんからの伝令です!ここから即撤退せよと・・」「わかった、すぐに合流すると大鳥さんに伝えろ!」「わかりました!」そう言って千が歳三に向けた時、一発の銃声が戦場に響いた。「土方さん、しっかりしてください!」「大丈夫だ、こんな怪我で俺は死なねぇ・・」そう言って蹲った歳三の足は、鮮血に染まっていた。 宇都宮城の戦いで負傷した歳三は、療養の為本軍より先に会津入りする事になった。「土方君、失礼するよ。」「大鳥さんか、入ってくれ。」 歳三が文机に向かって勇の助命嘆願書を認めていると、大鳥が部屋に入って来た。「宇都宮での君の戦いぶりは無事だったよ。でもあの戦い方は参謀としては失格だ!」「そうか・・」「では僕はこれで失礼するよ。」 大鳥が去った後、歳三は溜息を吐いた。「参謀としては失格か・・何だかあの人から言われるとこたえるな。」「土方さん・・」「副長、只今戻りました。」「千尋、伝習隊に兄貴が居ると言っていたが、会えたのか?」「はい。義理の母はわたくし達が会津に着く前に亡くなったそうです。」「そうか。会津の様子はどうだった?」「会津は何かとしきたりを重んじる者達が多いようで、藩士達の多くは洋装を嫌い、甲冑を纏って戦に出るつもりだとか・・」「色々とややこしくなりそうだな。」「そうですね。」(何だか、嫌な予感がする・・)「その箱は?」「これで、戦の結末がわかりますし、作戦も立てられます。」優之はそう言うと、タブレットを鈴江に見せた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 8, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「あの男はまだ寝ているのかい?」「はい・・」「全く、情けないねぇ。大の男が一日中泣き疲れて寝るとはねぇ。」「これから、あの方をどう致しましょう?」「放っておきなさい。」「鈴江様、桂先生がお見えです。」「わかった。」 鈴江は女中を部屋から下がらせると、身支度を整えた。「桂さん、暫く見ない内に洋装姿が板につきましたね。」「そういう君こそ、西洋のドレスが良く似合っているじゃないか。」「着替えに人手が要るのは苛々しますけどね。さてと、例の件についてですが・・上手くいきそうです。」「そうか。ところで君はこれからどうするつもりだい?」「何も考えていませんよ。まぁ、この戦がどんな結末を迎えるのかを見届けたいと思います。」「あの男は、本当に千君の親族なのか?」「えぇ。母親違いの兄だとか、男なのに義弟に袖にされただけで泣くとは・・」「君みたいに家族に情を抱かない人間は稀だよ。しかし、わたしは君達が住む時代と、この世がどう繋がっているかが気になるね。」「全てわたしにお任せ下さい。」(さてと、あの男をどう利用しようかねぇ?)「千尋、千尋ぉ・・」「まだ泣いているのかい、情けないねぇ。」「鈴江さん・・」「もう泣くのはお止め。」「でも・・」「わたしがついているよ。」1868(慶応4)年4月・流山。 甲州勝沼の戦いで敗れ、原田と永倉達と離別した勇は、“大久保大和”と名を変えて潜伏生活を送っていた。「局長、大変です!屋敷の周りを敵が包囲しました!」「そうか・・」「勝っちゃん、ここは俺が食い止める、だから・・」「トシ、お前は隊士達を連れてここを離れろ。俺は投降して時間を稼ぐ。」「そんな・・」「大丈夫だ、トシ。新選組を頼むぞ。」「わかった・・」「近藤さん、今までお世話になりました。」「千君、トシを頼んだぞ。」「はい・・」 千は歳三と共に、流山を離れた。「そうですか、局長が新政府軍に・・」「はい。無事に帰ってくれればいいのですけれど・・」 1868(慶応4)年4月25日。 近藤勇は板橋刑場によって斬首された。 享年35歳―夢に生き、ひたすら友や仲間達と共に駆け抜けた生涯だった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 8, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。千が振り向くと、そこには現代に居る筈の義理の兄・優之(まさゆき)が立っていた。「え、どういう事?どうしてあなたがここに?」「千尋、一緒に家へ帰ろう。」「義兄さん?」「母さんもお前の事を心配しているから・・」「義兄さん、僕を何処へ連れて行く気ですか?」「だから、それは・・」 千は優之の言動に違和感を抱き、彼から少し離れた。「千尋?」「僕に近づかないで下さい。」 自分に近寄ろうとした優之に、千は刃を向けた。「おい千尋、やめろよ・・」「全く、演技が下手だねぇ。これじゃぁ時間稼ぎにもなりゃしない。」 どこからこの状況を楽しむような声が聞こえて来たかと思うと、京で行方知れずになっていた鈴江が千達の前に現れた。「やぁ、久しぶり。元気そうで良かったよ。」「あなたが、どうして義兄さんと・・」「最近尊王派、もとい新政府軍の間でよく当たる占い師の存在が話題になっていてね。でもまさか、君の義弟だとは。」「僕をどうするつもりですか?」「それは君次第さ。わたしの手を取るか、取らないか―君が選べばいい。」「僕は、あなた達とは行きません。」「そう、それは残念だ。」鈴江はそう言って笑うと、優之の肩を叩いた。「もう義弟さんの事は諦めた方がいい。彼は新選組と運命を共にするつもりだ。」「目を覚ませ、千尋!国賊の仲間になる事はないだろう!」「黙れ、あなたに何がわかる!」「また会おう・・」「千尋、千尋・・」 優之は、涙を流しながら次第に遠ざかってゆく千の背中を見送った。「可哀想に・・でも大丈夫、これから君の義弟とはまた会う事になるよ。それまで元気をお出しよ。」「うぅ、千尋・・」(馬鹿な男ほど可愛いというのは、嘘じゃないね。)「鈴江様、今までどちらにいらっしゃったのですか?」「ちょっと野暮用でね。それよりも、例の件は進んでいるかい?」「はい。」「誰か、桂さんを呼んで来てくれないかい?彼と二人きりで話したい事があるんだ。」「わかりました。」(さぁて、これから楽しくなりそうだね。) 甲州勝沼の戦いで、旧幕府軍は新政府軍の鉄砲や大砲の前に敗れた。「まだだ、まだ俺達は負けてねぇ!」「そうだな、トシ。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 8, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「お話しとは何ですか、兄上?」「母上がお前に会いたがっている。」「わたくしはあの人にお会いしたくありません。」「母上は、脚気(かっけ)を患っておられる。いつ脚気衝心(心不全)を起こしてもおかしくない状態だ。」「せめて最期に一目だけわたくしがあの人に会えと?会って何を話すのです?今までわたくしを蔑ろにして下さってありがとうと礼を言えとでも?」「千尋・・」「兄上、わたくしはあの人から虐げられた記憶は決して消えません。わたくしは、あなたへの感謝はありますけれど、あの人には憎しみしかありません。」「そうか・・」「耀次郎兄上は、今どちらに?」「伝習隊に入隊したと、この前届いた文には書かれていた。」「では、いずれ会えますね。」「あぁ、そうだな。」「正義兄上、これをあの人に渡して下さい。」 千尋はそう言うと、自分の脇差で高い位置で括っていた髪をばっさりと切った。「これはわたくしの遺髪です。わたくしは、死んだと思って下さい。」「わかった・・」正義はそう言って千尋に背を向けると、一度も彼の方を振り向かなかった。「ただいま戻りました。」「お前、その髪どうした?」「今生の別れだと言って、義理の兄に遺髪として渡しました。」「そうか・・」「荻野さんは、家族に会いたいとは思わないんですか?」「思いません。元より荻野の家は仮初の家でした。」「でも・・」「あの人は、夫が外の女との間に作ったわたくしを、年端のゆかない頃に女郎屋へと売り飛ばそうとしたのですよ。貴方だって、血の繋がらぬ家族と暮らす息苦しさが、おわかりの筈でしょう?」「・・外の風に当たって、頭を冷やしてきます。」千はそう言うと、宿から外に出た。(何だか、一言も言い返せなかったなぁ・・) 血の繋がらない家族と暮らす息苦しさ―それは実際に暮らした者でないとわからない。 千は義理の父や祖母、兄から一度も虐待された事はなかったが、彼らとは“家族”にはなれなかったのは確かだ。(今まで自分を虐待していた母親と会えなんて、酷い事を言ったなぁ。後で謝らないと。) そんな事を思いながら千が宿へと戻ろうとした時、突然彼は何者かに口を塞がれ、人気のない場所へと連れて行かれた。「誰です!?」「その声・・もしかして、千尋か?」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 8, 2020
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「総司、何処だぁ~!」「副長、どうなさったのですか?」「荻野、総司を見かけなかったか?」「いいえ、見ておりませんが・・」 長い黒髪を振り乱しながら、歳三が部屋に入って来た。「また、沖田先生が何かをしたのでしょうか?」「俺の句集を盗みやがった・・」 歳三の言葉を聞いた千は、思わず噴き出してしまった。「何がおかしい!」「す、すいません・・」「あいつ、見つけたらタダじゃおかねぇ・・」歳三はそう言いながら、部屋から出て行った。「助かりました、二人共ありがとう!」「今回ので最後にしてくださいよ、沖田先生。」「はいはい、わかってますよ。この量だと、二人だけだと朝までかかりますね。わたしも手伝います!」「体調はどうなのですか?」「今日は調子が良いです。」 千達が針仕事をしていると、そこへ歳三が入って来た。「総司、こんな所に居たのか。」「あ、土方さん・・」「部屋で休まねぇと・・」「大丈夫です。句集はお返ししますよ、どうぞ。」「総司・・」「わたしはまだ死にませんよ。だから必要以上に過保護にしないでください。」「わかった。」歳三はそう言うと総司に微笑んだ。 歳三は総司を抱き締めた後、徐に自分の脇差で長い髪をばっさりと切った。「あ~あ、もったいない事を・・」「この髪は、俺の分身だと思って持っていてくれ、総司。」「はい、わかりました。」「荻野、お前に客人だ。」「わたくしに、ですか?」「あぁ。」「わかりました、では副長、失礼致しますね。」 部屋から出た千尋は、客人が待っている階下へと降りた。「千尋、久しいな・・」「正義兄上、ご無沙汰しております。」 宿の玄関先には、異母兄・正義の姿があった。「こうして会うのは、六年振りだな・・」「義姉上様は、息災でいらっしゃいますか?」「あぁ、美津も耀次郎も、父上も元気にしている。千尋、どこか静かな所で話さないか?」「はい・・」 千尋と正義が宿を出て何処かへ向かう姿を、千は二階の窓から見ていた。「誰だろ、あの人・・」「お前ぇには関係がねぇ事だ。」 歳三はそう言うと、部屋から出ようと腰を浮かした千を手で制した後、二人の姿が角を曲がって見えなくなるのを見送った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 7, 2020
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(ここが、幕末の江戸か・・) はじめて千は江戸に足を踏み入れ、その活気さに目を奪われていた。「おい千、何してる、行くぞ!」「は、はい!」「そんなに江戸の街が珍しいか?」「初めて来たので・・」「そうか。まぁ俺も、初めて江戸に足を踏み入れた時はたまげたなぁ。」「へぇ、原田さんは江戸出身じゃないんですか?」「俺は伊予松山(愛媛)の出だ。ま、今は帰る家がねぇから関係ねぇがな!」原田はそう言うと、千の背をバシンと叩いた。「それにしても、僕達はこれからどうなるんでしょうね?」「さぁな。」「おい左之、何処に行っちまったのかと思ったよ!」「新八、その酒は何だ?」「最近色々と辛気臭ぇ事ばかり続くからよ、ぱぁっと飲んで憂さを晴らそうと思ってよ!」「ったく、お前ぇはしょうがねぇな・・という訳で千、俺はちょっくら用事が出来たから・・」「余り飲み過ぎないで下さいね!」「わかってるよ!」 原田達と別れた千は、そのまま歳三達が居る宿へと向かった。 「遅かったではないですか。今までどこへ行っていたんですか?」 千が宿に戻ると、渋面を浮かべた千尋が千をにらみつけていた。「すいません、原田さん達とつい話し込んじゃって・・」「そうですか。仕事が沢山あるので、手伝って頂けませんか?」「は、はい・・」 千が千尋と部屋に入ると、そこには新しい隊服が山のように積まれていた。「これは?」「新しい新選組の隊服です。洋装の方が何かと和装よりも機能的で動きやすいので副長が導入されたそうです。」「だから床屋さんが宿に来ているんですね。」「えぇ。洋装の隊服を着たい者は希望者を募るそうです。」「あれが、その希望者の・・」「そうです。わたくしは洋裁の事など一切わかりませぬので、この際わたくしに洋裁を教えて頂けないかと・・」「わかりました。」 千が千尋と共に隊服の寸法直しをしていると、福を抱いた総司が部屋に入って来た。「沖田先生、どうかなさったんですか?」「お願いです二人共、暫くの間匿って下さい!」「総~司~!」 廊下の方から、まるで地の底から響くような声が聞こえてきた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 7, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「戦だ、戦が始まったぞ!」「本当か!?」1868(慶応4)年1月4日。 薩摩藩率いる新政府軍と旧幕府軍が睨み合いとなり暫く膠着状態となった後、薩摩藩側の発砲により戦闘が開始された。「戦況は、一体どうなっているのですか?」「それが・・新政府軍の銃撃におさえ、劣勢だと・・」「そうですか。」 千は隊士から戦況を聞きながら、生前龍馬が言っていた事を思い出していた。“このままだと、日本はとんでもない事になるぜよ。” 彼の言葉通り、そのとんでもない事―戊辰戦争が起きてしまった。「くそ、このままじゃ埒が明かねぇ!」「敵はここから目と鼻の先に陣をしいている。向こうが先に仕掛けてきたんなら、こっちも仕掛けてやろうじゃねぇか!」「おう!」 新選組と会津藩は、薩摩藩が布陣をしいている御香宮神社に奇襲攻撃を仕掛けた。 しかし、薩摩藩側の砲撃と銃撃によって多くの死傷者を出した。 鳥羽・伏見で新政府軍に敗北した旧幕府軍は、淀へと向かった。 しかし、旧幕府軍は淀藩から援軍を断られ、更に“錦の御旗”を新政府軍が掲げた為、これまで賊軍とされていた長州・薩摩が一転して官軍に、徳川幕府に仕え、忠義を尽くしてきた会津藩が賊軍となった。「どうしてこんなことが・・」「信じられねぇ、今まで俺達がやって来た事は何だったんだ、畜生!」 淀千両松の戦いで旧幕府軍は新政府軍に敗北した。この戦いで、新選組は試衛館時代からの幹部隊士・井上源三郎を失った。「何だか、源さんまで居なくなって、急に寂しくなっちまったな・・」「えぇ、そうですね・・」 旧幕府軍が大坂城へと辿り着くと、そこに将軍の姿はなかった。 総大将である彼は、部下を置き去りにして江戸へと逃げたのだった。「俺達は江戸へ向かうぞ。」「はい・・」 大坂から江戸へと向かう船の中で、瀕死の重傷を負っていた山崎が息を引き取った。 さまざまな想いを抱えながら、新選組は江戸の土を踏んだ。にほんブログ村
May 7, 2020
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1867(慶応3)年12月16日。「今日も寒いですね。」「ああ。」 この時代に来てから、千は何度も京の冬を経験したが、この骨まで凍えるような寒さは未だに慣れなかった。「近藤さんはどちらに?」「局長なら、二条城で会議に出席している。そろそろこちらへ戻ってくると思うが・・」斎藤がそう言った時、急に外が慌しくなった。「おい、一体何があった!?」「大変です、近藤局長が何者かに狙撃されました!」「何だと!?局長は無事なのか!?」「今、山崎さんが治療していますが、危険な状態です・・」 隊士から報告を受け、千と斎藤が医務室に入ると、そこは血の臭いに満ちていた。「山崎さん、近藤さんは・・」「弾は右肩を貫通しとる。これからその弾を取り出すさかい、お前はしっかり局長を押さえとけ!」「待って下さい、麻酔は!?」「そんなもん、ある訳ないやろ!」「わかりました・・」 千は苦しそうに呻く近藤の顔を見て一瞬躊躇(ためら)ったが、山崎に睨まれたので、慌てて彼の身体を押さえた。「山崎君、やってくれ・・」「わかりました。」 山崎が近藤の右肩の傷口を焼灼(しょうしゃく)すると、近藤は手負いの獣のような唸り声を上げた。「近藤さん、後少し終わりますから・・」「終わりましたよ、局長。」「そうか・・」 近藤はそう言うと、静かに目を閉じた。「近藤さんの様子はどうですか?」「落ち着いている。それにしても、一体誰が近藤さんを・・」「多分、御陵衛士の残党かと。」「後は俺が近藤さんを看るから、お前はもう休め。」「わかりました・・」 千が自室に入ると、隅で休んでいた福が自分の方へと駆け寄って来たので、彼は福におやつをあげた。「福、まだ元気で居てね・・」千がそう言って福を撫でると、彼はゴロンと仰向けになり、そのまま眠ってしまった。 近藤は治療のため大坂へ移送される事となり、肺結核が悪化した総司も大坂へ移送される事となった。「千君、どうかお元気で・・」「沖田さんも。」 近藤不在のまま新年を迎えた新選組の元に、思いもよらぬ知らせが届いた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 7, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「沖田さん、失礼します。」「千君、来て下さったんですね、ありがとう。」「いいえ。」 病状が悪化した総司は、松本良順医師から助言を受けて、不動堂村の屯所から、“療養”目的で勇の妾宅に隔離された。 肺結核は空気感染する為、歳三に命じられて千達が総司を世話する際、マスクと消毒は必須だった。 とはいえ、この時代にはアルコール消毒液などないので、焼酎を少し水で薄めたものを小瓶に入れていた。「身体の調子はどうですか?」「今日は調子がいいです。」「そうですか、それは良かった。」総司はそう言うと、自分の近くに寄って来た福を撫でた。「福ちゃん、少しやせましたね?」「えぇ、もうすぐ二歳になりますから、餌はいつもの物をふやかして与えています。」「そうですか・・土方さんは、どうしていますか?」「土方さんは、色々と忙しそうです。」「年の瀬だから、仕方ないですよね、土方さんがこちらに来ないのは。」総司はそう言って笑ったが、その笑みは何処か寂しそうだった。「土方さん、お話があります。」「何だ、今忙しい。」「沖田さんの所に、たまには顔を見せてあげて下さい。」「わかった。」 数日後、総司がいつものように福と遊んでいると、そこへ歳三がやって来た。「総司、少しやせたな・・ちゃんと飯は食っているのか?」「土方さんこそ、酷い顔・・ちゃんと休んでいるんですか?」「あぁ。」「これから、どうなってしまうのでしょうね?」「さぁ、それはわからねぇな。」「見て下さい土方さん、これ千君がわたしの為に作ってくれたんですよ!」そう言って総司が歳三に見せたのは、千が作ってくれたマスクだった。「ねぇ土方さん、あとどれ位、わたし達は一緒に居られるんでしょうね?」「なぁ、総司。俺はいつまでもお前と一緒に居たい・・こうして、馬鹿話してお前ぇと笑い合いたいんだよ、俺は・・」「・・漸く、本音を言ってくれましたね、土方さん。」「総司・・」 歳三が総司の方を見ると、彼は涙で潤んだ翡翠の瞳で自分を見つめていた。「愛しているよ、総司・・」「わたしもです、土方さん・・いいえ、歳三さん。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 7, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「大変だ、土佐の坂本が暗殺された!」「それは本当か?」「あぁ。下手人はまだ捕まっていないらしい・・」 千は屯所の中庭で平隊士の話を聞いても、千は不思議と驚かなかった。(あぁ、やっぱり・・) いずれこうなる日が来る事はわかっていた。 何故か、悲しみや怒りなどという感情が湧いてこない。「原田組長が奉行所に捕まった!」「どうして、そんな・・」「何でも、近江屋で坂本が殺された晩、原田組長の姿を見たという者が居るらしい。」「その者は誰だ?」「さぁ・・」「あ、斎藤先生・・」 千が中庭の方を見ると、そこには御陵衛士に新選組の間者として潜入していた斎藤の姿があった。「斎藤さん、お久しぶりです。」「千、元気そうで何よりだ。」「副長は?」「副長室にいらっしゃいます。」「そうか。」 副長室に斎藤が入ると、そこには歳三と永倉の姿があった。「斎藤、何でお前・・」「斎藤には、俺の命で間者として御陵衛士に潜入してもらった。」「そうか。じゃぁ斎藤がこっちに戻って来たって事は、向こうで何か動きがあったって事か?」「伊東は、近藤局長を暗殺しようと企んでいる。坂本殺しの下手人が原田だと奉行所に証言したのは伊東だ。」「何だと!?」「このままだと、こちらがやられるばかりです。」「そうだな・・やられっ放しなんて俺の性には合わねぇ。」「では・・」「殺られる前に、殺る。」 1867(慶応3)年11月18日。 歳三と勇は、伊東に適当な嘘を吐いて勇の妾宅へと呼び出した。 泥酔し帰宅途中であった伊東を、近くの路地で待ち伏せしていた大岩鍬次郎らに殺害された。 新選組は伊東の遺体を路上に放置し、遺体を回収しに来た御陵衛士達を襲撃した。御陵衛士の中には藤堂平助の姿があった。「土方さん、お願いがある・・」「何だ?」「平助だけは助けてやってくれないか?」「・・わかった。」 だが、永倉達の願いは叶わなかった。「副長、永倉達から御陵衛士の粛清を終えたという報告がありました。」「そうか・・殺されたのは何人だ?」「篠原泰之進、鈴木三樹三郎、服部武雄、毛内有之助、加納直之助、富山弥兵衛・・藤堂平助の七名です。」「もう下がっていい・・」「はい・・」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 7, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。 男性妊娠・出産描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください。 1867(慶応3)年10月14日。 この日、将軍徳川慶喜が明治天皇に政権返上をした“大政奉還”が行われた。 「じゃぁ、幕府がなくなるということですか?」 「それはないと思う。だが、これからどうなるのかはわからない。」 「そうすね・・」 「千、君が不安になっているのはわかる。我々だって、侍がこの先どうなってしまうのかがわからないんだ。」 「確かに・・今は自分に出来る事をするしかないと思っています。」 「そうした方がいい。それよりも、総司の容態はどうだ?」 「一進一退、といったところです。」 「来月には出産予定日だが、このまま何事もなく総司が出産を終えてくればいいが・・」 「僕も、そう思います。」 大政奉還から一月後、総司は出産したが、産んだ赤子は間もなく息を引き取った。 その日から、総司の体調は坂道から転げ落ちるように悪化していった。 「総司、しっかりしろ!」 「土方さん・・」 「死ぬな、俺よりも先に!」 歳三は、自分が吐いた血の海の中で苦しそうに喘いでいる総司の身体を揺さ振った。 「土方さ・・」 「今はそっとしておいた方がいい。」 「はい・・」 その日の夜、千は何も出来ない自分の不甲斐なさに腹が立つのと情けなさで、一晩中涙が止まらなかった。 1867(慶応3)年11月15日―京・近江屋。 「今日は一段と寒いのぅ。」 「藤吉に軍鶏鍋(しゃもなべ)でも作ってもらおうかの。」 龍馬はそう言いながら、ぶるりと身を震わせた。 朝方から降っていた雪の所為で、夜になると骨まで凍えるような寒さに襲われた。 「藤吉はまだかのう?早く軍鶏鍋が食べたいのう。」 「暫くの辛抱じゃ、龍馬。」 中岡慎太郎がそう言いながら窓の外を見ていた時、下から物音がした。 「ほたえな(騒ぐな)!」 龍馬がそう叫んだ時、何者かが二階へと駆け上がって来る気配がした。 「坂本はやったか?」 「はい。」 「良か。こいでわしらの邪魔をする者はおらん。」 この日、坂本龍馬は何者かに暗殺され、31年の短い生涯を終えた。 その犯人は、未だにわかっていない。 この作品の目次はコチラです。 にほんブログ村
May 4, 2020
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―アノ子ダ、間違イナイ。―デモ、違ッタカラ・・ ヒソヒソと、“人ならざぬ者”達の声がしていたが、千には全く聞こえていなかった。―冥王様ニ、知ラセヨウ―ソウシヨウ やがて、“人ならざぬ者”達は去っていった。「沖田さん、入りますよ。」「うわぁ、可愛い!千君、ありがとうございます!」「気に入って頂けて、嬉しいです。」 山崎が総司の部屋に入ると、そこには千が福の散歩用リードを彼に見せている所だった。「千、来てたんか?」「はい。沖田さんに頼まれたので、福の散歩用リードをいくつか作りました。」「へぇ・・」 山崎がチラッと千が作った散歩用リードを見ると、羽織のようなものに紐をつけた物が数点あった。「大したもんやな。これ全部お前が作ったんか?」「はい。山崎さんはどうしてここに?」「薬湯を持って来たんや。」「え~、またあの苦いの飲むんですか?」「そうしないと治るものも治りませんよ。」山崎はそう言うと、薬湯が入った皿を総司の前に差し出した。「うわぁ、苦そうですね。」「そりゃぁ、“良薬口に苦し”やからな。」「この薬湯飲んだら、お菓子食べてもいいですか?」「わかりました。本当は副長に沖田さんに菓子をやるなって言われているんですけどね。」「じゃぁ僕、お菓子作りに行って来ます!」「わぁ、楽しみだなぁ!」厨房に入った千は、前もって冷やしておいたクッキーを取り出すと、それを竈で焼いた。「お待たせ致しました、ココアクッキーです。」「うわぁ、おいしそう!」「毎回思うけど、千は珍しい菓子を作るなぁ。材料費、結構かかるんと違うか?」「まぁね。でも、沖田さんが喜ぶ顔を見たら、材料費なんて惜しくありませんよ。」 本当は歳三に菓子の材料費を出して貰っているのだが、千はその事を話すつもりはなかった。「もうすぐ夏も終わりますね。」「そうですね。」「ねぇ千君、もしわたしが居なくなったら、土方さんの事よろしくお願いしますね。」「はい、わかりました。」 季節は夏から秋、冬へと変わっていった。「うわ、寒いと思ったら雪降ってる!」「お前それ何度目や!」「だって寒いもんは寒いんだもん。」 山崎は、溜息を吐きながら必要以上に厚着をしている千を呆れて見ていた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
May 4, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「女子供の遊びに、ムキにならないでください。」千がそう言って自分に刃を向けている男を見ると、彼はますます逆上した。「こんガキ、ようも俺を馬鹿にしてくれたな!こん場で叩き斬ってやっ!」(このガキ、よくも俺を馬鹿にしてくれたな!この場で叩き斬ってやる!)『最初から馬鹿にしてきたのはあんただろ?惨めな負け犬が吠えるな。』「二人共やめ給え。ここで言い争っても仕方ないだろう。」「じゃっとん、桂さん・・」「ここはおさえてくれ。」「わかりもした。」男は千を睨みつけた後、どかりと隅の方に腰を下ろした。「そうか。君の占いは当たるのかどうかは知らないが、君の言葉には嘘がないようだね。」「どうも。」千はそう言って、茶屋を後にした。「桂さん、あのガキを信用してもよかですか?」「桂さんに対してあのなめくさった態度・・許せん!」「君達、落ち着け。彼は余りわたし達の事を良く思っていないんだ。」「じゃが・・」「わたしは彼の占いを完全に信じていない。所詮占いは気休め程度に信じればいいのさ。」「桂さん・・」「さて、帰ろうか?」 茶屋から屯所へと戻った千は、風呂に浸かりながら今後の事を考えていた。 桂にああ言ったものの、適当に占っただけだ。(それにしても、薄井さんは新選組内に間者を潜ませているという事か・・気を付けないと。) 千がそう思いながら溜息を吐いていると、風呂場の扉が開いて原田と永倉が入って来た。「千、あまり長風呂しているとのぼせるぞ!」「すいません、すぐに上がります!」 慌てて風呂から上がった千は、部屋へと戻る途中、裏庭で何かが動く気配を感じた。(なに・・?) 恐る恐る彼が裏庭へと向かおうとした時、その気配は消えていた。(何だ、気の所為か・・) 部屋に入って千が布団を敷いていると、福が彼の肩に飛び乗っていた。「今日は疲れたね。」 福と共に布団の中で千が眠っていると、彼の部屋の前に怪しい人影が浮かんだ。―ミツケタこの作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 30, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「あ~、忙しい。」「そりゃ引っ越しすんだから当たり前だろ!」 1867(慶応3)年6月、新選組は西本願寺に構えていた屯所を、不動堂村へと移転した。 その為、千達は朝から引っ越し作業で大忙しだった。「何だか、山南さんの葬儀の事を思い出すなぁ。」「確かに。葬儀の後に壬生村から西本願寺の屯所へ引っ越したもんなぁ。」「ま、俺達は今まで借家で暮らしていたから、近藤さん達にとっちゃぁ、今から引っ越す屯所は、はじめての自分達の“城”なんだよなぁ。」「そうでしょうね。」 新しい屯所は、広さは一万平方メートル、土方達幹部らの部屋や平隊士の部屋、三十人が一度入れる大風呂などがある立派な部屋だった。「あ~、疲れた。」 自分に宛がわれた部屋に入って千が荷解きをしていると、そこへ一人の隊士がやって来た。「あの、何か?」「これをお前に必ず渡せとある方から頼まれた。」彼はそう言って千に文を渡すと、そのまま部屋から出て行った。―酉(とり)の刻、こちらの場所に来られたし 文で指定された場所は、通りから少し離れた所にある茶屋だった。(誰なんだろう、こんな所に僕を呼び出したのは?) 千がそう思いながら周りを見渡していると、向こうから一人の男がやって来た。 その男は、桂小五郎だった。「君が、千君だね?確かに、千尋と顔が良く似ているな。」「一体、僕に桂さんが何の用ですか?」「君は、未来を予言する力があるそうだね?」「何処からそんな情報を?」「薄井君からさ。ここに君を呼んだのは、我が藩の命運を占って貰いたいからだ。」「断ったらどうします?」「力ずくでも君を僕達の元へと連れて行く。」「賢い子だね、君は。」 千が桂と共に茶屋の中に入ると、そこには十人ほど男達が集まっていた。「こんガキが、予言者か?」「桂先生ちゅうお人が、女子供の遊びに夢中になるとは!」「君達、静かにしなさい。」桂がそう言って男達を黙らせると、桂は千に花札を渡した。「さぁ、これで占ってくれ給(たま)え。」「わかりました。今後長州藩は新時代を築き上げた立役者としてその功績を人々から讃えられますが、後世では国賊の謗(そし)りを受けます。」「何じゃとぉ!」 千の近くに座っていた男は突然そう叫ぶと刀の鯉口を切った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 30, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「千、居るか!?」「どうしたんですか、皆さん?」 部屋に入って来たのは、中村五郎、茨木司、富川十郎、佐野七五三之助の四人だった。「千、お前占いが出来るんだってな?」「えぇ、そうですけれど・・」「俺達の未来を、占ってくれないか?」「へ?」 驚きの余り、千は声が裏返ってしまった。 この世人は新選組から脱退し、伊東の元へ逝こうとしたが拒絶され、自害したのではなかったか。 前回、現代から幕末へ戻った時、現代で治った筈の総司の肺結核は再発した。“人の死は何者にも変える事はない”―千は総司の肺結核再発で、そう思ったのだった。(適当に占おう。) 現代に居た時、学校帰りによく立ち寄った商業施設で、“よく当たる占い”という看板を掲げた占い屋があったが、蓋を開けてみれば霊感商法まがいの事などをしている詐欺師だった。 結局その店はオープンで一ヶ月足らずで潰れたが、騙される人は騙されるものなんだなと店の跡地を見た千はそう思った。「・・わかりました。」 あの店を訪れた時は一度きりだったが、その占い師のやり方を真似てみる事にした。「このカードの中から一人ずつ、一枚選んで下さい。」「わかった・・」 適当にシャッフルしたタロットカードを中村達に選ばさせた千は、そのカードを一枚ずつめくった後こう言った。「あなた達の未来に、暗雲が見えます。もしかしてあなた達、伊東先生の所へ行こうと思っていますね?」「なんでそれを・・」「このカードが示すあなた達の未来は、死です。避けられない未来です。その未来から遠ざかる一つの方法は、今動かない事、それだけです。」「本当に、お前の占いは当たるのか?」「僕のカードは嘘を吐きません。」中村達を占った後、千は深い溜息を吐いた。(あの四人の未来が変わる事はないけれど、出来る限りの事はした。) 千が四人を占ってから暫く経った後、彼らが新選組を脱退した事を知った。「あいつら、どうなるんだ?」「さぁ、今土方さんが会津中将様の所へ行っているから・・」「みんな、大変だ!」「どうしたんだ、そんなに血相を変えて・・」「中村達が・・会津中将様の所で、自害した!」その知らせを聞いた千は、溜息を吐いた。「それは本当か?」「はい。間違いありません。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 27, 2020
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「どうした?」「いいえ、何でもありません・・」千はそう言って死神のカードを隠そうとしたが、呆気なくそれを歳三に取り上げられてしまった。「これは、何だ?」「それは・・」「薄井か?このカードを俺に送って来たのは?」「はい・・」「そうか。」「このカード、どうしましょうか?捨てましょうか?」「いや、取っておけ。後で何かに使えるだろう。」「そうですね。」「折角だから、占ってみたらどうや?」「何を、ですか?」「そうやなぁ、新選組の未来とか。」 山崎の言葉を聞いた千の顔が、少し蒼褪めた事に歳三は気づいた。「千、俺達に秘密はなしだ、わかったな?」「はい。」千は歳三の言葉を聞いた後、死神のカードを握った。(たとえどんな運命が待っていようと、僕はそれに抗ってやる!) 千はタロットカードで、新選組の未来を占った。「どうだ?」「この先、新選組は険しい茨の道を歩む事になるでしょう。しかし、新選組の功績は後世にまで語り継がれる事でしょう。」「それ以上、詳しい事はわからへんのか?」「はい。」 これ以上、詳しい事を言わないようにしろ―千はその心の声に従った。「“険しい茨の道を歩む事になる”か・・幕臣に取り立てられたからって浮かれるなって事だな。」「はい、そうです。土方さん、昔読んだ本には、“人生の頂点を極めた時こそ、魔物に気をつけろ”と書いてありました。」「そうか、わかった。」「千、こんな所に居たのか!総司が呼んでいるぞ!」「わかりました、すぐ行きます!」千は歳三と山崎に一礼すると、総司の部屋へと向かった。「沖田さん、千です。」「千君、忙しいのに呼んでしまって済まないですね。」そう言って布団から起き上がった総司の身体は、以前よりもひとまわり小さくなっていた。「福ちゃんとさっきまで遊んでいたんですよ。」 千が屯所の厨房で命を救った名済みは福と名付けられ、隊士達から可愛がられていた。 福は、飼い主の千よりも総司によく懐いていた。「ねぇ千君、福ちゃんとお散歩できるようなものを作ってくれませんか?」「リードのような物ですか?」「えぇ。ずっと家の中に閉じ込めていたら可哀想だし、たまには福ちゃんを中庭で散歩させたいなぁって思って・・」「わかりました、作ってみます。」「ありがとう、千君!」 千が福のお出掛け用のリードを作っていると、廊下の方から数人分の慌しい足音が聞こえて来た。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 27, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「やったなぁ、勝っちゃん!俺達の夢が漸く叶ったぜ!」「あぁ、トシ、お前のお蔭だ。」 歳三と勇は、『武士になる』という長年の夢を叶え、感慨無量であった。「これでもう、馬鹿にされずに済むぜ。」「あぁ・・」歳三のそんな姿を見ながら、千は少し複雑な思いを抱いていた。この後、新選組を待っているのは過酷な運命しかない。そしてそれを、誰にも変える事は出来ない。(このまま僕は、黙って見ているしかないのかな・・)「どうした、千?何処か具合でも悪いのか?」「いいえ。」「千、丁度えぇ所に居ったわ。少し、手伝って貰えへんか?」「は、はい・・」 山崎に急に呼び出され、千は彼の部屋へと向かった。「お邪魔します・・」「千、さっきどこか浮かない顔しとったな?何か悩みでもあるんか?」「いいえ、別に。」「最近、荻野にしごかれているやろう?同じ顔していても、性格は全く違うなぁ。」「確かに・・」「そういや、最近千も少しずつあいつに似てきたな。」「え、何処がですか?」「・・お前、ちょっと着物脱いでみ?」「へ?」「えぇから。」 山崎はそう言うなり、千の着物を脱がし始めた。「ちょっと、何を・・」「やっぱり身体つきが少し変わっとるなぁ。」「身体つき、ですか?」「そうや。お前、前はこんなに筋肉ついてなかったやろ?」 山崎は千の腹斜筋を少し触りながら彼を見ていると、そこへ歳三が入って来た。「てめぇら、一体何を・・」「土方さん、これは決して嫌らしい事では・・」「千の腹斜筋を確めていただけです。」「そうか。それよりも山崎、先程こんな包が俺宛に届いた。」「差出人の名前が書いていませんね。」「俺が開けます。」 山崎が土方宛に届いた包を開けると、そこにはタロットカードが何枚か入っていた。「これは?」「西洋の占いの道具です。」千がそう言いながらタロットカードを一枚ずつ見ていると、あるカードの裏にメッセージが書かれている事に気づいた。“このカードで君達の運命を占ってみたらどうだ?”そのカードは、“The Death”―死神だった。そのカードを見た時、千は誰がこのカードを歳三に送ったのかわかった。(薄井さん、一体何を考えて・・)この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 23, 2020
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龍馬が昨夜千の部屋に闖入してきた事は、瞬く間に新選組内に広まった。「よぉ千、お前昨夜男に夜這いかけられたんだってな!」 翌朝、千が隊士達と共に朝餉を取っていると、そこへ原田左之助がそう言いながら彼の肩をバシンと叩いた。「よ、夜這いって・・」「お前も隅に置けねぇなぁ!まぁ、お前も可愛い顔をしているからなぁ・・」「は、はぁ・・」 女を満足に遊郭で抱けない平隊士の間で暖色が一時期流行っていたと聞いていたが、原田の口ぶりから察するに、“それ”は未だに流行っているようだった。「あの、荻野さんはどちらに?」「あいつならさっき土方さんに呼ばれて副長室に行ったぜ。」「そうですか、ありがとうございます。」朝餉を食べた後、千が副長室へ向かうと、中から歳三と千尋の話し声が聞こえた。「土佐の坂本とお前は親しいのか?」「いいえ。一方的にあちらが絡んでくるだけです。」「そうか。それよりも、お前ぇの父方の親族から、昨夜こんな文が届いた。」「そうですか・・」 千尋は歳三から自分宛の手紙を受け取り、それに目を通した。「・・文には何と書いてある?」「わたくしの遺産相続の件について、近々あちらで家族会議が開かれるそうです。」「そうか。」「家族会議とは名ばかりの、無益な話し合いです。」「無益な話し合いじゃねぇだろう。お前ぇの一生に関わるものなんだから・・」「ですが・・」「それよりも、いつまでそこに居るつもりですか?入って来なさい。」「は、はい・・」 千が副長室に入ると、千尋が渋面を浮かべながら千を見ていた。「丁度いい所へ来ましたね。」「え?」 千尋が千に話したのは、レイノルズ家との関係の事と、千が彼に成り代わるという話だった。「どうして僕が・・」「あなたにしか頼めないからです。まぁ、向こうを欺く為には、完璧にわたくしになって頂かないといけませんね。」「そんなの無理です!」「無理だとか出来ないとか言う前に、やりなさい!逃げ癖など身に着けてはなりません!」「は、はい・・」 こうして、千は戸惑いながらも、突然千尋から武道や華道・茶道・芸事等を全て厳しく叩きこまれる日々を送る事になった。「あ~、疲れた。」 千が疲弊した身体を引き摺りながら道場から出ると、急に母屋の方から雄叫びのようなものが聞こえて来た。(何?)この日―1868(慶応3)年6月10日、新選組は会津藩預かりから隊士全員が幕臣となったのだった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 20, 2020
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天童が自害し、御陵衛士達の間に動揺が走った。「伊東先生、わたし達は大丈夫なのですか?」「大丈夫だ。落ち着きたまえ。」「ですが、天童の自害は、新選組の仕業だという噂が・・」「それは嘘だ。天童は自らの名誉を守る為に自害したのだ。君達も、土方の拷問がどんなものなのか知っているだろう?」「そ、それは・・」「生きて虜囚の辱めを受けるよりも、天童は潔く死を選んだのだ。諸君、今宵は天童の為に弔いの宴を開こうではないか!」「そうだ、そうだ!」「天童を称えよう!」 天童を弔う為に開かれた酒宴には、藤堂と斎藤の姿はなかった。「なぁ、土方さんが天童を・・」「それはない。」「どうしてそう言い切れるの?」「土方さんは、慎重深い人だ。隊内に敵の間者が潜んでいると知ったら、すぐには殺さず、相手を泳がせる。殺すとしたら、相手から徹底的に情報を引き出した後でだ。」「確かに。」「しかし、伊東は天童の死を利用している・・いや、利用しようとしている。」「何で、そんな事・・」「恐らく、新選組に対する憎しみを植え付ける為だろう。」「伊東さんが、どうして・・」「彼にとって、新選組は目の上のたんこぶのようなものなんだ。」「これから、俺達はどうなるんだろう?」「・・それは誰にもわからない。」斎藤はそう言うと、溜息を吐いた。 一方、西本願寺の新選組屯所内の一室で千が眠っていると、誰かが部屋に入ってくる気配がした。 そのまま気づかぬ振りをしていると、相手は大胆にも布団の中に潜り込んで来た。「何すんだ、この変態!」 千がそう叫びながら自分の布団に潜り込んで来た相手の顔を拳で殴ると、微かに手応えがあった。「おい千、どうした!?」「僕の部屋に変態が・・」「わしゃぁ変態じゃないき、信じてくれ!」 千が蝋燭で闖入者の顔を照らすと、その人は坂本龍馬だった。「さ、坂本さん、一体こんな夜中に何の用ですか?」「それはのぅ、ちぃっと訳があるがじゃ・・」「その訳、とは?」「おんしが首に提げているその装身具、ちぃっと見せてくれんかのう?」「は?嫌に決まっているじゃないですか、そんなの。」「・・邪魔したのう。」」(変な人・・)この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 17, 2020
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あの舞台が功を奏したのかどうかはわからないが、舞台の後から何故か急に入隊希望者が新選組屯所の門を連日叩くようになり、その対応に千達は追われていた。「入隊希望者が増えるのは嬉しいんですがねぇ、屯所が手狭になる一方ですね。「そりゃ志方ねぇな。それにしても、天童の奴最近にやけに大人しくねぇか?」「えぇ、そうですね。平田さんがお亡くなりになってからは特に・・」 天童と平田が長州側の間者であった事は、新選組内では周知の事実だった。 しかし、平田が謎の死を遂げた後、あれほどまでに歳三にまとわりつき、彼の周囲に探りを入れていた天童は、今は鳴りをひそめているかのように大人しくなっている。「あいつが長州側の間者だったはねぇ。まぁ、最初から怪しいと思っていたんだが・・」「副長は暫くあいつを泳がせておくように言っていたが、監察方は何か掴んでいるのか、千?」「さぁ、僕は何も知りません。」―良いですか、誰かに何かを聞かれても、何も言ってはなりません、わかりましたね。(千尋さんは7あぁ言ったけれど、多分隊内(ここ)には平田さん以外に天童さんと繋がっている者が居るかもしれない・・)「千、副長が呼んでいるぞ。」「わかりました、すぐに行きます。」 厨房から出て、千が副長室へと向かっていると、彼は中庭で何かが光っている事に気づいた。(何だろう?) 千が“それ”を拾い上げると、“それ”は拳銃だった。 指紋をつけないように、千は拳銃を懐紙で包むと、それを持って副長室に入った。「土方さん、千です。」「入れ。」「失礼致します。」「それは何だ?」歳三はそう言うと、千が持っている拳銃を見た。「中庭で見つけたんです。」「こんな物騒なもんを落としたのは何処のどいつなんだ?」「さぁ、わかりません。」千はそう言うと、拳銃に弾が装填されていない事に気づいた。「この銃、弾が入っていません。」「そうか。それよりも千、例の件は誰にも話してねぇだろうなぁ?」「はい、誰にも話していません。」「そうか。この銃は俺が預かっておく。」「わかりました。それにしても、天童さんが妙に静かですね・・」「向こうから下手に動くなと言われているんだろう。なぁ千、土佐の坂本が言っていた事は本当か?」「はい。アメリカで内戦が終わって、その内戦で使用済みになった銃が近々流れてくるそうです。」「そうか。それにしても、この前お前を拉致したエゲレス軍の動きも気になるな・・」「はい。」千と歳三がそんな話をしていると、廊下の方から慌しい足音が数人分聞こえてきた。「土方さん、大変だ!」「どうした、お前ら!」「天童が自害しました!」「それは本当か?」「はい・・」 千と歳三が天童と平田が使っていた部屋に入ると、そこは血の海だった。 これで、彼が長州側と繋がっている証拠が手に入らなくなってしまった。「・・そうか、天童が・・」「ご安心下さい、彼の遺書は処分致しました。」「助かったよ、向こうにわたし達の動きがバレたら大変だからね。これからもよろしく頼むよ。」「はい・・」 御陵衛士の屯所である高台寺の中にある一室で、伊東甲子太郎はそう言って一人の青年に微笑んだ。「これから、どうなさるのですか、伊東さん?」「さぁね。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Apr 14, 2020
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「家事当番制か、悪くねぇな。お前達二人だけで家事を任せる訳にはいかねぇ。後の事は俺が上手くやっておくから、お前は仕事に戻れ。」「はい。」 千尋が自室へ戻ると、てる達が彼の方へ駆け寄って来た。「どうなりました?」「土方さんは前向きに検討してくれるそうです。」「それは良かったわぁ。これから家事が少し楽になりますねぇ。」「そうですね。」 歳三が家事当番制を設けた事により、千達二人にかかっていた家事の負担が少なくなり、その空いた時間を衣装の仕立てや劇の稽古に回せるようになった。「おい総司、この脚本書きやがったのは誰だ?」「わたしです。」「何で俺がロミオと背中合わせで大立ち回りした後に心中ってなるんだよ!原作だとジュリエッタは毒を飲んで死んだ振りして、ロミオがジュリエッタが死んぢまったって勘違いして自害して、ジュリエッタがその後を追うんだろうが!こんなのまるで歌舞伎じゃねぇか!」「土方さん、頭が固いなぁ。ひとつの作品を読んで、星の数ほど一人一人の読者の解釈や感想が違うんですよ。劇をやるにしても、それぞれ自分が思った結末を脚本にしてもいいと思うんです。」「確かに、それはそうだが・・」「わたし、原作の結末も良いと思うんですが、それよりも駆け落ちして追手と大立ち回りするロミオとジュリエッタの姿も良いと思ったから自分なりに脚本書いてみたんです。」 こうして、歳三達は会津藩に劇を披露する日を迎えた。 会場は屯所がある西本願寺内に設けられた舞台という事で、会津藩士達だけではなく、西本願寺の信徒達も集まり、舞台の前は大変賑わっていた。「何だか緊張するな・・」「大丈夫ですよ、練習通りにしましょう。」「はい!」 舞台に女装した隊士達と歳三が現れると、観客達はどっと笑った。 劇は滞りなく進み、いよいよラストの大立ち回りのシーンとなった。「ロミオ、ジュリエッタ、ここから先は通さねぇ~!」何故か追手役の隊士は、歌舞伎口調でそうセリフを言いながら見栄を切った。「ジュリエッタ、お前ぇを一生守り抜くぜ。」「お前様ぁ~」 背中合わせに戦う近藤と歳三に、観客達から声援が送られた。 劇は大成功で終わり、劇の後、歳三達は島原で打ち上げと称した宴会を開いた。「みんな、今日は良くやってくれた!今夜は無礼講だから、とことん飲もう!」近藤の言葉を聞いた隊士達は、一斉に歓声を上げた。「てめぇら、局長があぁ言ったからってハメ外すんじゃねぇぞ!」 歳三はそう言って隊士達に注意したが、彼らはもう聞いていなかった。「副長、お疲れ様でした。」「あぁ、明日は筋肉痛になるな。」「まだ若いんですから、大丈夫ですよ。」「そうか?それにしてもこうしてみんなと集まって飲むのは久しぶりだな。」「そうですね。こうして皆さんとまたお酒を飲める日が来ますよ。」「そうだといいな。」 そう言った歳三の横顔は、どこか寂しそうだった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Mar 4, 2019
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「土方さん、只今戻りました。」「おう、戻ったか。それで、どうだった?」「注文を引き受けて下さるそうです。」「そうか、これから忙しくなるな。」「土方さん、ジュリエット役を本当に演るつもりですか?」「会津中将様直々の頼みとあっちゃ断れないだろう。」 歳三はそう言いながら溜息を吐いた。 数日後、大坂から色とりどりの反物と、歳三が姉に注文した着物が届いた。「千、これから劇に出る奴を大広間に集めろ。」「はい!」 劇に出演する者達を大広間に集めた千は、衣装を作る為千尋達と協力して彼らの採寸をした。「結構時間がかかりますね、全ての衣装を二人で仕上げるのは。」「ええ。」「ごめんください、誰かおりませんかぁ?」 千が来客の応対の為に屯所の正門前へ向かうと、そこには風呂敷を抱えている十数人の女性達の姿があった。「あの、貴女達は・・」「うちらは大坂の梅澤屋から参りました。」 女性達の中からまとめ役と思しき中年女性が千の前に出てきて、一通の文を彼に手渡した。 その文には、劇の衣装を仕立てる手伝いとして、うちの女中達をそちらへ派遣する旨が書かれていた。「暫くの間、お世話になります。どうぞ宜しゅうに。」「こちらこそ、宜しくお願い致します。」 梅澤屋から派遣されて来た女中達は皆働き者で、衣装の仕立ての他に炊事などの家事全般を手伝ってくれた。「いつもわたくし達二人で家事全般をこなしているので、大いに助かります。」「うちらは大所帯分の食事を作るのに慣れてますけど、二人やと大変でしょう?」「えぇ。ほかに家事をする者が居ないので、結局わたくし達がすることに・・」「それやったら、家事を当番制にしたらどうでしょう?こんなに沢山働き盛りの男はんが居てはるんやから、交代して家事をやったらお二人の負担も軽くなると思うんです。」「それは良い考えですね。」 梅澤屋の女中・てるの話を聞いた千尋は、早速この案を歳三に話した。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Mar 4, 2019
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千が総司から頼まれていた事を話すと、歳三の顔がみるみる険しくなっていった。 「何で俺が、女装して舞台に立たねぇといけねぇんだ!」(やっぱりそう来るだろうと思った。) 歳三の予想通りの反応に、千は内心溜息を吐きながら、これからどう歳三を説得しようかと考えていた。「副長、斎藤です。」「入れ。」「失礼いたします。」 斎藤が副長室に入ると、千は何処か気まずそうな顔をしていていた。「手短に用件を話せ。」「会津藩の使いの者から、文が届きました。」「わかった、少し待て。」 歳三は会津藩からの文に目を通すと、怒りの余りそれを握り潰してしまった。「副長?」 斎藤が歳三によって丸められた文に目を通すと、そこには歳三がジュリエッタとして舞台に出るようにとだけ書かれていた。「これは・・」「近藤さんはどこだ?」「局長は大坂に出張中です。」「そうか・・千、白松屋に文と俺が頼んだ着物の代金を届けてくれ。斎藤、三番隊の巡察に千を同行させろ。」「承知しました。」 千は三番隊の巡察に同行するかたちで、梅澤翁が滞在している白松屋へと向かった。「おこしやす。」 白松屋に千が入ると、奥から女中が出て来た。「新選組の者ですが、梅澤様はいらっしゃいますか?」「梅澤様はお二階の突き当りのお部屋にいらっしゃいます。」「ありがとうございます。」 千が梅澤翁の部屋へと向かうと、彼は快く千を迎えてくれた。「土方はんの使いの者ですか。お忙しい中わざわざ来てくれて、おおきに。」「いいえ、こちらこそ。」 梅澤翁は歳三の文を読んだ後、満面の笑みを浮かべ、千にこう言った。「これも何かの縁や、うちがこの注文、全部お引き受けしましょう。」「ありがとうございます。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Feb 28, 2019
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「馬鹿を言うな、千!ネズミなど飼える訳がないだろう!」「それはやってみないとわからないでしょう?」 千はそう言うと、自分の腕の中で暴れているネズミの頭を撫でた。 するとネズミはウトウトし始め、瞬く間に千の腕の中で熟睡した。「米を食べようとしただけで動物に手をかけようとするなど、貴方達は本当に武士ですか?」「何だと!?」「武士ならば多少の事で全く動じぬというのが武士というものです。そんな事すらわからぬとは、嘆かわしい。」 千尋がそう言って千を馬鹿にした隊士達をにらみつけると、彼らの間に険悪な空気が流れた。「おいてめぇら、朝っぱらから何していやがる!?」「副長、おはようございます。朝からこの二人がつまらぬことをしようとしていたので、わたくしが止めただけの事です。」「つまらねぇ事?」「えぇ、米を食べようとしたネズミを彼らが殺そうとしたのです。」 歳三の視線が、隊士達から千が抱いているネズミの方へと移った。「無駄な殺生はするな。」「は、はい!」「千、俺の部屋に来い。」「わかりました。」 千が歳三と共に副長室に入ると、中は火鉢が置いてあるお陰で厨房よりも暖かった。「ここなら、あいつらは簡単に手出しできねぇだろう。」「は、はい・・」「お前ぇがそのネズミを飼う事については何も言わねぇ。ただ生き物を飼う以上、最後まで責任を持って世話しろ、わかったな?」「はい、わかりました!」「それじゃぁもうお前は仕事に戻れ。」「あの、土方さん、もうひとつ話したいことが・・」「もうネズミの話は済んだだろう?まだ何かほかにあるのか?」「実は・・」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Feb 28, 2019
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「この前会津中将様から何か新選組で催し物をやってくれないかと頼まれましてね。それで、その催し物を何にするのかを迷っていましてね。」「それで、この本の劇をやろうと思ったのですね?」「そうなんです!でも、土方さんがこのジュリエッタ演ってくれるかなぁ?」「え?ジュリエット役を土方さんがするのですか?沖田さんではなく?」「わたしは体調が優れなくて、長時間舞台に立てる自信がなくて・・それに、わたしの代わりに女役を演じてくれる方がいるかどうか・・」「それは、そうですね・・」「だから、土方さんにジュリエッタ役を演ってくれるように、千君から頼んでくれませんか?」「え・・」「荻野君に頼んでも、断られてしまいそうで・・だから、お願いします!」(困ったなぁ・・) 溜息を吐いた千は、千尋の部屋に入ると、彼もまた溜息を吐いて頭を抱えていた。「どうしたんですか、荻野さん?」「話は沖田先生から聞きましたね?」「えぇ。もしかして、荻野さんも沖田さんから同じことを頼まれたのですか?」 千の問いに、千尋は黙って頷いた。「局長は完全に乗り気ですし、沖田先生はあの通り。どうすれば良いのかわかりません。」「僕もです。」 二人で何とか総司からの頼みを断ろうと考えている内に、二人はいつの間にか眠ってしまった。 翌朝、千が眠い目を擦りながら布団の中でモゾモゾとしていると、突然厨房の方から悲鳴が聞こえた。「何かあったのですか?」「荻野、そいつを捕まえろ!」 千達が厨房に入ると、彼らの足元を丁度一匹のネズミが駆けていくところだった。 千がネズミの尻尾を掴んで捕まえると、ネズミは不満そうにキーキーと鳴き、少し太めの身体を揺らした。「こいつ、俺達の米を食おうとしてたんだ!」「水に沈めて殺しちまおうぜ!」 隊士達の言葉を理解しているのか、ネズミは千の腕の中で暴れ、悲鳴のような鳴き声を上げた。 薄茶と白のまだら模様のネズミは、千を円らな黒い瞳で助けてくれと彼に訴えているかのように見つめてきた。「この子、僕が飼ってもいいですか?」 そんな言葉が、千の口から自然と突いて出て来た。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
Feb 25, 2019
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