薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。 事の始まりは、数日前監察方からある文が歳三の元に届いた事だった。 その内容は、宮川町の三味線屋・良治が長州と密かに繋がっているというものだった。 良治は五花街のひとつである宮川町に店を構え、それなりに繁盛しているらしい。 良治は、年は二十五だが、父親の代から店を継ぎ、職人としての腕も一流だった。 そして役者のような切れ長の瞳、何処か謎めいた雰囲気を纏った彼は、芸舞妓のみならず、大店の令嬢達に人気があった。「こんにちはぁ。」「お梅はん、おこしやす。」「さっき若い娘達が良治さんの事を話していましたよ。」「へぇ、そうどすか。」 良治はそう言いながらも、仕事の手を休めない。「うちは京へ来てまだ日が浅いんですけどね、良治さんのお店の三味線は良い音がしてねぇ・・」「お梅さんにそう言って貰えると助かりますわぁ。」 良治はそう言うと、嬉しそうに笑った。 この“人の良い笑み”に、何人もの女が騙されたのだろうか。「お梅はん?」「何でもないよ。」「それにしてお梅はんは、洒落てますなぁ。」「そうかねぇ?まぁ、実家が呉服屋だったから、色々と良い物を子供の頃から見てきたからだろうねぇ。」「そうどすかぁ。」 良治に話していたのは少し嘘が混じっているが、松坂屋での奉公時代の話は本当だ。「そうや、これ、お梅さんに似合うと思うて買うて来たんどす。」「へぇ、銀細工の簪だね。あたしが梅好きだといつ気づいたんだい?」「そら、三味線を入れている袋の柄ですわ。」「そうかい。それにしても、ビラビラ細工の簪なんて、挿したのは何年振りだろうねぇ。」「よう似合うてますわ。簪は、美しい人が挿したら映えるんどす。」「へぇ・・」「やっぱり、よう似合ってますえ。」「おおきに。うちもまだいけているねぇ。」 鏡台の前で良治から挿して貰った簪を歳三が満足そうな顔で見ていると、そこに先程彼にぶつかって来た娘が入って来た。「良治様、修理した三味線を取りに参りました。」「お由良様、ようお越しくださいました。」「まぁ、あなたはわたくしの財布を拾ってくださった・・」「おや、奇遇だねぇ、また会えるなんて。」「ここで会えたのも何かのご縁・・何処か静かな所でお話しましょう!」「ほんなら、うちの二階の座敷を使っておくれやす。」「それなら良治さんのお言葉に甘えようかねぇ。」(この娘、確か父親が町奉行の役人だったな。) 良治の店の二階の座敷で、由良は尋ねもしないのに自分の事を勝手に歳三に話した。「へぇ、あんたお武家さんの娘さんかい?道理で凛とした顔立ちをなさっている訳だ。」「まぁ、何故わかるのですか?」「あたし、昔呉服屋で女中奉公していましたから、色々とわかるんですよ。」「お梅さん、またここで会いませんか?」「えぇ、お由良さんがよろしければ。」 こうして、歳三は由良との繋がりを持った。「ただいま。」「お帰りなさいませ、土方様。」「あいり、屯所に来ていたのか。」「へぇ。兄上から、文を預かりまして・・」「そうか。」 あいりから真紀の文を受け取った歳三は、それに目を通した後、深い溜息を吐いた。 文には、悪阻が酷くて何も食べられなくて身体が辛いというものだった。「あいり、真紀を一度医者に診せた方がいい。手遅れになる前に。」「へぇ・・」 その日の夜、真紀が流産したという文が歳三の元に届いた。「そうか・・」「子は天からの授かりものだというからな。」「確かに。俺は、あんたとの子を一度は授かったが流れちまったし・・それ以来、子を授かれなかった。」 歳三はそう言うと、俯いた。「なぁトシ、俺はあの時、お前が助かっただけでも嬉しいと思っていたよ。」「勝っちゃん・・」 歳三が勇の方を見ると、彼は自分に優しく微笑んでいた。「子は焦らずとも、出来るさ。」「そうだな・・」 歳三と勇は、冬の空に浮かぶ月を見ながら笑った。 数日後、歳三は良治の店の二階で由良と会った。「お梅さんは、何処の生まれなのですか?」「江戸さ。まぁ、色々とあってね。あんたも江戸の生まれかい?」「はい。」「そうだろうと思った。あたしゃ、京に来てから数年経つけれど、京言葉は慣れないねぇ。」「えぇ。わたくしも、京言葉には慣れませんわ。それよりも、こうして会えたのですから、一緒に三味線のお稽古を致しましょう。」「そうだね。」 三味線の稽古を終えた歳三は、良治の店の前で由良と別れ、屯所へと戻った。「はぁ、疲れた・・」 歳三はそう言うと、平打簪で元結の部分を掻いた。「土方さん、大変そうですね?」「あぁ。髪は結っているから、痒くて仕方ねぇ。」「昨日話してくれたお由良って子、良治と親しいんですか?」「まぁな。」「でも、“梅”って・・もっと良い名前あったでしょうに。」「うるせぇ。いちいち偽名ごときで迷う暇があるなら、仕事した方がマシだ。」「そう言うと思いましたよ。」 総司はそう言うと、軽く咳込んだ。「おい、大丈夫か?」「大袈裟ですよ。ただの風邪ですって。」「そうか。」“あいつは、労咳だ。長くても、あと二年位もつか、もたねぇか・・” 松本良順から総司の病を知らされた歳三は、彼にその事を告げようかどうか迷っていた。「ねぇ土方さん、その袋、自分で作ったんですか?」「あぁ。まぁ、昔呉服屋で奉公していた頃から色々と縫い物をしていたから、こんなの朝飯前だ。」「へぇ。」「さてと、髪結いを呼んで来てくれねぇか?」「はい、わかりました。」 髪結いによって結ってくれた髪を解かれ、久しぶりに歳三は風呂で髪を洗った。「おう、来たかえ!」「てめぇ坂本、何でここに居る!?」「いやぁ~、おまんにちと伝えておきたい事があるき、ここへ寄っただけじゃ。」 龍馬はそう言うと、白い歯を見せて笑った。にほんブログ村
Sep 11, 2021
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。 真紀は龍馬に、謎の男から奇襲を受けた事を話した。「ほうかえ。何はともあれ、無事で良かったのう。」「えぇ。坂本さんが下さったこれが役にたちました。」 真紀はそう言うと、拳銃をそっと握り締めた。「兄上は、うちを助けてくれはったんどす。」「ほぉ、この銃は少し扱いづらいが、初めて撃ったにしては良い腕をしとるのぅ。」「えぇ、これも坂本さんのご指導のお陰です。」「これからの時代は、剣ではなく銃の時代ぜよ!まぁ、剣と銃、このふたつの両方使いこなせれば、鬼と金棒じゃ!」「そうですね。坂本さん、何故危険を冒してまで京へ来たのですか?」「それは、まだ話せん。まぁ、これから長州と薩摩が手を取り合うようになるぜよ。」「・・今のは聞かなかった事に致しましょう。」「おんしは賢くて助かるのう。お龍もそうじゃが、余計な詮索はせん。」「“沈黙は金”といいますからね。それよりも、身体が少し辛くて剣の鍛錬が出来ないので少し憂鬱になってしまいますね。」「ほうかえ。無理はせん方がええ。しかし、最近寒くなってきたのう。」「まぁ、冬ですから仕方ありません。北国の冬は、京の冬よりも厳しいようですし。」「考えるだけで、嫌じゃのぅ。長崎の冬はここよりもマシじゃぁ・・」 龍馬はそう言うと、ブルブルと身を震わせた。「まぁ、まるで子供のよう。」「さてと、わしは寺田屋へ行ってお龍に会いに行って来るぜよ!」「お気をつけて。」(全く、風のようなお方だな・・)「あの女、許さぬ!」「まぁ遊馬様、落ち着いて下さいませ。」「うるさい、俺に構うな!」「きゃぁっ!」「うるさいと思ったら、こんな所で遊んでいるのか。全く、情けない。」「父上・・」 遊馬は、酒で濁った目で西村を見た。「ゆきから聞いたぞ、あの宮下真紀を殺そうとしたが、返り討ちに遭ったそうだな。」「えぇ。父上、これからどうしたら・・」「それは、自分で良く考える事だな。」「えぇ。それよりも父上、“青い瞳の聖母”をご存知で?」「さぁ、知らぬな。遊馬、何を企んでいるのかは知らぬが、わたしに迷惑を掛けるなよ?」「えぇ、わかっておりますよ・・」 遊馬はそう言うと、再び溜息を吐いた。「全く、あやつには困ったものよ。攘夷などという熱に浮かされおって・・」「良いではありませぬか。さ、一献。」「ありがとうございます、田村様。ご息女様は息災でいらっしゃいますか?」「我が娘ならば、毎日薙刀の稽古に励んでおる。男に生まれていれば、この家を継がせてやれるというに・・」「良いではありませんか。ご息女の勇ましさは、後の世に役立ちます。」「そうだといいんだが・・」 西村の同僚・田村は、男勝りな娘・由良の将来を案じた。 その由良は、自宅の中庭で薙刀の稽古をしていた。「お嬢様、今日も稽古に精が出ますね。」「えぇ。父上は?」「西村様にお会いになっておりますよ。」「もしかして、また縁談の話を?父上には、いい加減諦めて欲しいものだわ。」「まぁ、お嬢様ったら。」 由良の乳母・きぬはそう言うと苦笑いした。「お嬢様、こちらにいらっしゃったのですね。」 そう由良に声を掛けて来たのは、由良の幼馴染・えりだった。「“お嬢様”はやめて頂戴。」「いいえ、わたしにとっては、“お嬢様”です。」 えりはそう言うと、目を伏せた。 えりは元々、由良と同じ良家の子女であったが、“安政の大獄”によって父が処刑され、世を憂えた母は幼い弟を連れて夫の元へと旅立った。 独り残されたえりは、田村家に使用人として、由良の侍女として引き取られた。「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」「日が暮れる前に、戻るわね。」 由良は薙刀の稽古を終え、えりを連れて三味線の稽古へと向かった。「冬も近いわね。毎日こう寒くなると参ってしまうわ。」「えぇ。」「ねぇ、あそこのお店に寄っていかない?」 そう言って由良が入ったのは、簪や櫛などを売っている店だった。「これ、あなたに似合いそうね。」 由良がえりの艶やかな黒髪にそう言いながら挿したのは、血珊瑚の簪だった。「まぁお嬢様、こんな物を頂く訳には参りません。」「お願い、貰ってよ。」「由良様、わたくしは物乞いではありません。」「えり・・」 えりの、己をまるで鞭打つかのような言葉に、由良は驚きの余り目を大きく見開いた。「欲しい物は、自分のお金で買います。」「ごめんなさい。」「いいえ、こちらこそ言い過ぎました。」「さぁ、急ぎましょうか。」 二人が店を出ようとした時、彼女達は一人の女性と擦れ違った。 美しい黒髪を丸髷に結い、紺の麻の葉文様の小袖姿だった。 女は雪のように肌が白く、美しい形の唇はほんのり紅をさしているだけでも艶めかしかった。「ねぇ、あの人、素敵ね?」「えぇ。」 三味線の稽古が終わり、由良とえりが師匠の部屋から辞そうとした時、また店で見かけた女と廊下で擦れ違った。「あの、落ちましたよ。」「ありがとう。」 女の財布を由良が渡すと、彼女は由良に礼を言った後、由良に優しく微笑んだ。 美しい切れ長の瞳は、澄んだ青だった。「あの人、また会ったわね。」「えぇ。身なりを見る限り、何処かのお内儀様でしょうか?」「凛とした方だったわね。」 二人がそんな話をしながら帰路に着いている頃、その“素敵な方”こと歳三は、三味線の師匠であり情報屋である左近と向かい合う形で座っていた。「土方様がそのようなお姿になられるとは、お珍しい。」「まぁ、“仕事”だからな。男のなりをすればすぐに敵にバレるから、この格好なら敵にバレずに近づける。」「それで、敵さんの方に動きはありましたか?」「あぁ、少しな。」 歳三はそう言って、左近に敵の潜伏先である宿屋の住所を記した紙を手渡した。「よろしく頼むぞ。」「へぇ、わかりました。」 左近は、そっとその紙を懐にしまった。にほんブログ村
Jul 18, 2021
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「ご主人様、只今戻りました。」「首尾は?」「鬼の片割れを見つけました。」 男はそう言うと、主に何かを囁いた。「そうか。では、そやつについて探れ。」「はい・・」「全く、あやつは只者ではないと思っていたが、やはりな・・」「あの者達は、どうしますか?」「それは放っておけ。暫く泳がせた方がいい。」「わかりました、そのように致します。」「なぁ、お前が以前話した噂は本当か?“青い瞳をした聖母が居る”という・・」「あんなものは、ただの噂ですよ。」「そうであろう。お主はもう下がれ。」「わかりました。」 部屋の前から男の気配が消えた後、彼の主は煙管を咥えた。「お珍しい、あなたが煙管をお吸いになられるなんて。」「ここへはもう来るなと言った筈だ。」「まぁ、つれない事をおっしゃらないで下さいな、遊馬様。」 部屋に入って来た女はそう言うと、忍の主・遊馬に少ししなだれかかった。「お前は、あやつらが“先生”と慕っていた男の事を憶えておるか?」「えぇ。その男と、彼らと一体どういう関係なのです?」「それを今、部下に探らせている。」「楽しみですわね、その鬼達に会える日が。」「あぁ、そうだな・・」 遊馬はそう言うと、煙を吐き出した。(俺の左目を抉った借りは、必ず返してやるぜ。)「ねぇ土方さん、あの二人どうするつもりなんですか?」「それは明日決める。」「まぁ、その口ぶりからすると、悪いようにはしないんでしょうけど。」 総司はそう言って横目でお優を見ると、副長室から出て行った。「今日はもう遅いから、お前はここで休め。」「へぇ。」「きっと俺が、必ず“先生”を殺した奴を見つけ出してやるから、安心しろ。」「うちはずっと、あなた様を誤解しておりました・・血も涙もない鬼やと・・でも、それはうちの勝手な勘違いやったようどす。」「誰にだって、間違いを犯す事がある。大切なのは、それとどう向き合うかだ。」「わかりました・・」 翌朝、お優の処遇についての詮議が局長室で行われ、お優は暫く歳三の小姓として働く事になった。「本当なら女中として働かせてやりてぇと思ったんだが・・」「わかっています。この姿は人目につくさかい、うちと弟は隠れるようにして生きて来ました。」「そうか・・」「弟は、今知り合いの町医者の所に居ます。右目の怪我は、少し良くなったそうやと・・」「お前ぇには、弟が居るんだったな?」「へぇ。物心ついた頃から、弟はたった一人の家族どした。弟の為やったら、うちは何でもします。」 そう言ったお優は、優しい母親のような顔をしていた。「兄上、あいりどす。」「来てくれたのか、あいり。」 あいりが真紀の家を訪れると、彼は丁度布団から起き上がって来た所だった。 妊娠してからというもの、真紀は体調を崩し床に臥せる事が多くなった。「まったく、最近は剣の鍛錬が出来なくなってしまう程身体が弱くなってしまうなんて、情けない。」「妊娠は病気と違いますけど、普通の状態と違いますさかい、辛いどすなぁ。」「あぁ。何かを食べても吐いてばかりいて、横になる事しか出来ない。」「お粥さんなら食べられますやろうか?」「少しだけなら・・」「ほな、今からお粥さん作ってきますさかい、兄上は寝といて下さい。」「わかった・・」 蒼褪めた真紀が再び布団の中に入るのを見たあいりが彼の部屋から出て厨で粥を作っていると、外から何か物音が聞こえて来た。(何やろか?) あいりは懐から隠し持っていた苦無を握り締めながら物音が聞こえて来た庭の方へと出ると、そこには見知らぬ男が立っていた。 頭に編笠を被っていて顔は良く見えないが、男は全身から殺気を漂わせていた。「あんた、何者や!」「今から死ぬ奴に、名乗る名などない!」 男はそう叫ぶと、刀の鯉口を切った。 あいりは男に向かって苦無を投げたが、それは男によって刀で弾き飛ばされてしまった。 帯の中に隠し持っていた懐剣を取り出そうとしたが、男の動きの方が速かった。「諦めろ。」「あんたが何者なんかは知らんけれど、兄上はうちが守る!」「笑止。」 男はそう言って口端を歪めて笑うと、あいりの首を両手で万力のように締め上げた。(兄・・上・・) このまま、やられる訳にはいかない。 だが、身体が動かない。 あいりが必死に男に抵抗していた時、銃声と共に男の悲鳴が上がった。「次はお前の頭に風穴を開けてやる。」「クソ!」 男は真紀に撃たれた右肩を押さえると、そのまま消えていった。「あいり、大丈夫か?」「はい。」「坂本さんから護身用に渡された拳銃が役に立ったな。」 真紀はそう言った後、持っていた拳銃を下ろした。「本当はあの男を袈裟斬りにしたかったが、距離があり過ぎたし、間に合わないと思ってこれを初めて使ったが、性能は良さそうだな。」「兄上、おおきに。」「礼など不要。お前を襲った男がどこの誰なのかはわからぬが、あの男は二度と剣を握れぬだろうよ。」 真紀はそう言うと、自室へと戻った。「曽我、残念だが君の右腕は二度と剣を握る事が出来ない。」「おのれぇ、あの女、許さぬ!」 遊馬は、真紀に撃たれた右肩を押さえながら、怒りに震えていた。「顔色が少し良くなったのぅ。」「えぇ、坂本さんが下さったはぁぶとかいう西洋の薬草のお陰です。」「そうか。それは良かったのぅ。そういえば、桂さんからおまん宛の文を預かって来たぜよ。」「ありがとうございます。」「坂本様、お久しぶりどす。」「あいり、元気にしちょったか?」「へぇ。」にほんブログ村
Jun 23, 2021
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「ねぇ、君が新月の夜に出没する鬼?成程、その姿は・・」「お前、土方の仲間か?」「そうだけど、それが君に何か関係あるの?」「お前の首を、土方への土産にしてやる!」お優はそう言って総司の胴を薙ぎ払おうとしたが、その前に総司が彼女の胴を峰打ちにして気絶させた。「あんまり僕を軽く見ない方がいいよ。」「沖田先生、ご無事ですか?」「屯所に戻って、この子に色々と聞かないとね。」総司はそう言うと、気絶したお優を肩に担いで屯所へと戻った。「トシ、少し痩せたか?」「そうか?」「今夜の会合で、余り食べていなかったな?」「俺はあんな豪華な料理は好きじゃねぇんだ。沢庵と茶漬けだけありゃぁいい。」「トシは少食だからなぁ・・少し肉をつけた方がいいんじゃないか?」勇はそう言うと、歳三の胸に顔を埋めた。「やめろよ、くすぐったい・・」「いいだろう、別に・・」 副長室で歳三と勇がそんな事を言いながら裸でじゃれあっていると、廊下から総司の声が聞こえて来た。「土方さ~ん!」「いけねぇ、総司が巡察から帰って来やがった!」「もうそんな時か・・」 慌てて互いに服を着た勇と歳三は、呼吸を少し整えた後、副長室の襖を開けた。「どうした、総司?」「新月の夜に出没する鬼を捕えたんですけれど、どうします?」総司はそう言うと、肩に担いでいたお優をそっと畳の上に寝かせた。「こいつは・・」「土方さん、こいつを知っているんですか?」「あぁ。昔、江戸で会った事がある。」「そうなんですか。じゃぁ話が早いや。」「総司、そいつをどうする気だ?」「それは土方さん次第ですよ。」総司はそう言うと、口端を歪めて笑った。「ん・・」 お優が目を開けると、そこには長年追い続けてきた“仇”の姿があった。「土方さん、さっきからこいつが言っている、“先生”って誰なんですか?」「江戸に居た頃、俺はキリシタンとして洗礼を受けた。その時に俺は、”先生“―松本安斎に出会ったんだ。」 歳三はそう言いながら、“先生”こと松本安斎(まつもとあんざい)と初めて会った時の事を話した。 安斎は、亜麻色の髪に琥珀の瞳という、日本人にしては珍しい容姿をしていた。 それ故に、近隣の村人達からは「鬼」と呼ばれ、恐れられていた。 だがそんな大人達とは違って、子供達は読み書きや算盤、剣術などを教えてくれる彼によく懐き、慕った。 歳三も、その中の一人だった。「なぁ、“先生”がこの前、仔鬼を連れているのを俺の父ちゃんが見たんだと。」「仔鬼?」「あぁ、何でも銀色の髪と、血のように紅い瞳をしていたんだと。」「へぇ・・」 寺子屋でそんな噂を聞いた歳三は、その真偽を確かめる為、安斎が暮らす家へと向かった。 そこには、確かに鬼と見紛うかのような、銀髪紅眼という何処か不気味な容姿をした二人の子供が居た。「そこで何をしているんです?」「先生、俺は・・」「良かったら君も、お団子食べませんか?丁度四つありますし。」「は、はい・・」 その二人の子供―巽とお優の姉弟は、歳三と目が合った瞬間、まるで威嚇するかのように唸った。「すいませんね、この子達は今まで、この容姿の所為で周囲の大人達から散々ひどい目に遭わされてきたんです。だから君だけは、この子達と仲良くしてあげて下さいね。」安斎はそう言うと、歳三に優しく微笑んだ。 それから歳三は、時折安斎の家を訪ねては、彼らと共に楽しい時間を過ごした。 だが、そんな幸せは長く続かなかった。「先生、大変です!近々大規模なキリシタン狩りがあると・・」「そうですか。」「逃げないのですか、先生?」「わたしは何も悪い事はしていません。わたしはただ、自分の信じる神を信じただけです。」そう言った安斎の顔は、何処か安らかなものだった。 数日後、大規模なキリシタン狩りが行われ、礼拝の最中に役人達によって惨殺された村人達の遺体を発見した歳三は、胸騒ぎがして安斎の家へと向かうと、そこは既に灰燼(かいじん)に帰していた。「先生、何処ですか~!」歳三が安斎の姿を探すと、彼は袈裟斬りにされ、血の海の中で喘いでいた。「先生!」「どうか・・彼らを・・守ってあげて下さいね。」 歳三が頷くと、安斎は微笑みながら安らかに逝った。「・・それが、俺が見た“先生”の最期だ。」「じゃぁ、“先生”を殺したんは誰なん?」「それは、俺にもわからねぇ。だが、俺は先生を殺してねぇ!」 歳三の言葉を聞いたお優の真紅の瞳が大きく揺らいだ。「あれが、鬼の片割れか・・」にほんブログ村
Aug 14, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「土方様!」 突然背後からあいりの声が聞こえたかと思うと、何かが男に向かって飛んで来た。 それは、苦無だった。 男は苦悶の叫びを上げ、苦無が刺さった右目をそのままにして、歳三達の元から去っていった。「大丈夫どすか、お怪我は?」「あぁ、大丈夫だ。あいり、苦無の扱い方を何処で習った?」「兄上からどす。それにしても、あの男は一体何者なんやろうか?」「さぁな・・」 歳三があいりと西本願寺の屯所の前で別れた後、中に入ると大広間の方が騒がしい事に気づいた。「おい、どうしたんだ?」「土方さん、いい所に!お願いだ、あの二人を止めてくれ!」そう言って原田が指したのは、激しい喧嘩をしている総司と斎藤の姿があった。「おいお前ら、やめろ!」「土方さん、止めないで下さい、これは僕とはじめの男同士の戦いなんです!」「男同士の戦いだぁ!?」「副長、手出しは無用です。」 総司と斎藤は互いに睨み合いながら、中庭へと躍り出た。「土方さんに愛されているのは僕だ!」「いや、この俺だ!」 二人の下らない喧嘩を、歳三は何処かさめた目で見ていた。「土方さん、あの二人、止めなくてもいいのか?」「放っておけ。」「そ、そうか・・」「俺は暫く部屋で休んでいるから、二人にはそう伝えておけ。」「わかった・・」「いや、二人には伝えなくていい。」「土方さん、少し顔色悪いぜ?余り無理すんなよ?」「わかった。」(本当にわかっているのかねぇ、土方さんは。) 歳三が副長室で仮眠を取っている頃、彼を襲った総髪姿の男は、あいりに投げつけられた苦無が刺さった右目を町医者に治療して貰っていた。「どうだ?」「幸い、眼球は傷ついていないようですな。暫くこちらで休んで、傷を治しなはれ。」「かたじけない。」 男は目を閉じ、眠り始めた。「ごめん下さい。」「あぁ、ええ所に来てくれはりましたなぁ、お優はん。」「あの子はどこなん?」「奥の部屋で休んではります。」「おおきに・・」 診療所に入って来た女は、そう言って町医者に頭を下げると、総髪姿の男が寝ている奥の部屋へと向かった。「かわいらしい顔で寝てはるなぁ。」女は男と同じ真紅の瞳を細めると、そう言って笑った。「姉・・上・・?」「よう寝てたなぁ、巽。右目の怪我、誰にやられたんや?」「女や、女にやられた。土方をあと少しで殺れると思うてたのに、女が苦無を俺に投げて来た。」「苦無やて?その女は忍なんか?」「いいや、普通の町娘や。姉上、土方は“先生”の事は覚えてた・・」「そうか。後はうちが上手くやるさかい、あんたは休んどき。」「姉上、俺は・・」「あいつは・・土方は、“先生”の仇や。うちらが必ず仇を討たなあかん。それまで体力を蓄えておき。」「はい・・」 女―お優はそう言うと、弟の頭を優しく撫でた。 お優と巽の姉弟は、銀髪紅眼という容姿の所為で生まれてすぐに捨てられ、寺の和尚に育てられた。 だが、優しかった和尚は流行病で亡くなり、二人は廃墟と化した寺の中でただ朽ちるのを待っているだけだった。 そんな中、自分達を救ってくれたのが、“先生”だった。『こんな所に居ないで、わたしの元へおいでなさい。今日からわたしが、あなた達の養い親になってあげますよ。』そう言って優しく自分達に向かって差し伸べた手を、二人はしっかりと握った。 その日から、“先生”は二人にとってかけがえのない存在となっていった。だが―「姉上、大変だ!“先生”が・・」“先生”との別れは、突然やって来た。「嘘や、先生がそんな・・」「姉上、あいつや・・石田村の土方が先生を殺したんや!」「それはほんまか、巽。」「ほんまや、姉上。俺、見たんや。」「何をや?」「土方が、先生を斬ったんや!」「そうか・・」“先生”はもう居ない。 お優と巽は、“先生”を殺した仇である“土方”を探し回った。 そして二人は漸く、土方を見つめたのだ。(必ず、“先生”の仇は討つ!その為にうちはまだ立ち止まる訳にはいかへんのや!)お優は、“先生”から親子の証として渡されたロザリオを握り締めた。「今夜は新月かぁ・・何だかこんな夜には、鬼が出てきそうで嫌だなぁ。」「鬼、ですか?」「あぁ、君は知っているかな、新月の夜に出没する鬼。何でもそいつらの髪は銀色で、瞳は血のように赤いんだって・・て、もう聞いていないか。」総司はそう言うと、隊士を斬り伏せた“鬼”を睨んだ。「へぇ・・本物の鬼って、随分華奢なんだね?」「抜かせ!」そう叫んだ鬼―お優は総司と斬り結んだ。「なかなかやるね。」にほんブログ村
Jul 28, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「土方様、この度は兄を助けて頂き、ありがとうございました。」「礼なんて要らねぇ。それよりもあいり、お前これからどうするんだ?」「うちは宿に戻ります。」「そうか。夜道を女子一人で歩かせる訳にはいかねぇから、宿まで送ってやるよ。」」「おおきに。」 歳三があいりを宿まで送っている頃、桂は真紀を診察した町医者から信じられない言葉を聞かされた。「それは、確かなのですか?」「はい。まだ母体の状態が不安定なので、くれぐれも無理をさせないようにしてください。」「わかりました・・」 町医者が去った後、桂は真紀が寝ている部屋へと向かった。「真紀、起きているか?」「はい・・」 真紀は少し疲れた様子で布団からゆっくりと起き上がった。「俺は、どこか悪いのですか?」「真紀、落ち着いて聞いてくれ・・」 桂が真紀に妊娠を告げると、彼は突然涙を流した。「どうした、真紀?」「本当に、俺が・・」 真紀はそう言うと、そっとまだ膨らんでいない下腹に触れた。 「産むか、産まないかはお前が決める事だ。」「わかりました・・暫く時間を下さい。」「・・そうか。わたしは、出来る事なら産んで欲しい。」桂はそう言うと、真紀を抱き締めた。「俺に、“女”になれとおっしゃるのですか、桂さん?」「そうではない・・」「では、俺はこの子を諦めても良いのですね?」「真紀・・」「今まで俺があの廓の中でどんな思いで暮らしていたのか、わからないでしょう。あの時、俺が廓に火をつけていなかったら・・」「真紀、落ち着け。」「俺は、廓でただ死を待つだけの女を沢山この目で見てきました。俺は、彼女達のようにはなりたくありません!」「わかった。真紀、落ち着いてくれ。お前は少し疲れているんだ。」桂がそう言って真紀を抱き締めると、彼は小刻みに震えた。「今はゆっくりと休むと良い・・」「はい・・」 真紀の震えが治まった後、桂はそっと彼を布団に寝かせた。「桂さん、おるかえ!?」「大きな声を出さないでくれ。真紀が隣の部屋で寝ているんだ。」「ほうかえ。じゃぁ、ちぃと何処かで一杯飲みながら話そうかのぅ。」「・・そうだな。」 「ま、真紀が妊娠!?それは、本当かえ!?」「わたしが今まで君に嘘を吐いた事があるかい?」「まっこと、めでたい事ぜよ!赤飯を炊かないかんのう!」「そんなに手放しで喜ぶ事が出来るのならいいのだが・・」桂はそう言うと、猪口から酒を一口飲んだ。「真紀は、わたしと出会う前に廓で暮らしていた。廓での暮らしは酷かったらしい・・真紀は左利きで三味線の撥を左手で持っていたというだけで、女将に左腕に火箸を押し当てられたんだ。」「惨いのぅ・・」「真紀は、廓に火をつけて逃げ出した。そうする事でしか生きる事が出来なかったんだ。」「ほうか・・」「真紀の母親は、彼を産んですぐに亡くなったそうだ。母親の愛と温もりを知らない真紀はこれからどうするのかがわからないんだろうな・・」「何じゃぁ、わしにはとんとわからんが、母親ちゅうもんは、すぐになれるもんじゃないぜよ。まぁ、わしらには一生わからん事じゃき、桂さんは真紀の事を見守ってやればええがじゃ。」「・・君と話せて良かったよ。」桂はそう言うと、穏やかな笑みを浮かべた。「送って下さって、おおきに。」「いや、俺も少し歩きたかっただけだ。それじゃぁ、俺はもう行くぜ。」「お気をつけて。」 宿の前であいりと別れた歳三は、朝日に包まれながら屯所への道を歩いた。数歩歩いたところで、彼は背後から殺気を感じて振り向くと、そこには誰も居なかった。(気の所為か・・) 歳三は安堵の溜息を吐いた後、再び歩き出そうとしたが、その時彼の前に一人の男が立ちはだかった。 「・・やっと見つけたぞ、土方歳三。」「誰だ、てめぇ。」 総髪姿の男は、今にも漲らんばかりの殺気を真紅の瞳に宿らせながら、次の言葉を継いだ。「お前は・・あの方を、“先生”を裏切ったのだ!今まであの方から受けてきた恩を、お前は全て仇で返したのだ!」「話がわからねぇ・・俺は“先生”を裏切ってなんかいねぇ・・」「問答無用!」 総髪姿の男はそう叫ぶと、歳三に斬りかかって来た。 男の殺気を感じたところで兼定の鯉口へと手を伸ばしていた歳三は素早く抜刀し、男の攻撃を受け止めた。「てめぇは何者だ?」「今から死ぬ奴になど、名乗りは不要!」(こいつ、強ぇ・・) 歳三は男と刃を交わしながら、はじめて死への恐怖を感じた。「貰ったぁ!」にほんブログ村
Jul 18, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「何だと・・まだ百合乃がお座敷から戻って来ていない!?それは、確かなのか!?」「へぇ、昼過ぎにここを出てから、こないな時間になっても帰ってけぇへんのどす。いつもお座敷が終わったらまっすぐうちに帰って来る子が・・」久はそう言うと、不安そうな顔をして桂を見た。「今朝、百合乃ちゃん宛に脅迫状が届いたんどす。」「脅迫状が?」「へぇ、“必ずお前を殺す”と書かれてました。桂様、どうか・・」「心配しないでくれ、必ずわたしが百合乃を見つけてみせる。」「おおきに。」久はそう言うと、桂に向かって頭を下げた。(何処に行ってしまったんだ、真紀!?) 久蔵から出た桂は、そう思いながら闇の中へと駆けていった。 桂と入れ違いに、歳三とあいりが久蔵へと向かうと、そこの女将が彼らの顔を見るなり、二人の方へと駆け寄って来た。「新選組の土方様、どうか百合乃ちゃんを助けておくれやす!」「あぁ、わかった。女将さん、百合乃に脅迫状を出した人間に心当たりはねぇか?」「そういえば、前にお座敷でお客様にしつこく言い寄られていたと、百合乃ちゃんが珍しく愚痴をこぼしてはったわ。」「その客の名前は?」「確か、榎本様という方どしたなぁ・・」(榎本・・確か、前に一度会合で顔を合わせたような気がするな・・)「土方様?」「女将、ありがとうよ。」 桂と歳三達が真紀を探している頃、当の本人は、人里離れた屋敷に囚われていた。「う・・」「目が覚めたか?」 真紀が目を開けると、そこには下卑た笑みを浮かべながら自分を見つめている数人の男達の姿があった。「俺の事を覚えているか、百合乃?」「あぁ・・確かわたしにしつこく付きまとって、女将さんに塩を撒かれた方ですね?」「あれは、お前が悪いのだ、俺に・・」「それで、こうしてわたしをこんな所に閉じ込めて手籠めにでもするつもりですか?」真紀がそう言って男を見ると、彼は真紀の頬を殴った。「何だその目は、俺を馬鹿にしているのか!?」「榎本、こんな女、少し痛い目に遭わせてやれば、黙って言う事を聞くさ。」「そうだ!」男達の言葉を聞いた真紀は、口元に薄笑いを浮かべた。「何がおかしい!」「わたしは誰の支配も受けない。わたしを支配できるのはわたしだけ。」「おのれ!」「殴りたければ殴ればいい。」榎本は真紀の言葉に激昂し、何度も拳を真紀の顔に振り下ろした。「お前など、滅茶苦茶にしてやる!」 榎本の言葉を聞いた後、真紀は意識を失った。 「あそこだ。」 歳三が漸く真紀の監禁場所を突き止めたのは、もうすぐ夜が開けようとしている頃だった。「本当に、あそこに兄上が?」「待て、暫く様子を見てから踏み込んだ方がいい。」 急いで屋敷の中に入ろうするあいりを制し、歳三は彼女と共に近くの茂みに身を隠し、敵の様子を探る事にした。「何だ、こいつ、死んだのか?」「まぁ、あんなに可愛がってやった後だ、当然だろ。」「その辺に捨てておくのは惜しいし、何処かの遊郭にでも売り飛ばすか?」「そりゃぁいい・・」 男達の一人がそう言いながら部屋の隅に倒れたまま動かない真紀に近づくと、彼は両目を押さえながら悲鳴を上げた。「こいつ!」「あの程度で、わたしが殺せるとでも?」真紀はそう言うと、倒れた男を足蹴にした。 彼の顔は赤紫色に痛々しく腫れ上がり、唇は切れて血が滲んでいた。屋敷の中では、暫く男達の怒号や悲鳴が聞こえた。「兄上、ご無事ですか?」「あいり、どうしてこんな所に・・」「兄上、どうしてこんな・・」あいりは真紀の顔に残る痛々しい痣を見た途端、涙が止まらなくなった。「あいり、俺は大丈夫だから泣くな。」「兄上~!」 真紀が子供のように泣きじゃくるあいりの頭を撫でてなだめる姿を歳三が見ていると、そこへ桂がやって来た。 「真紀、無事か!?」「桂さん・・」「お前をこんな風にした奴らは誰だ?」「安心して下さい、そいつらは皆俺が殺しました。それよりも、どうして桂さんがここに?」「君達の後をつけたのさ。」桂はそう言うと、歳三達を見た後、真紀を抱き締めた。「本当に、無事で良かった。」「桂さん・・」真紀は桂の姿を見て安心したのか、そのまま気を失った。「兄上!」「大丈夫、彼は気を失っているだけだ。」桂はそう言うと、気絶している真紀を優しく横抱きにした。「君達はもう帰りたまえ。真紀はわたしが連れて帰る。」「そうか・・」「土方様、うちらはもう・・」あいりに促され、歳三は屋敷から出た。(真紀、これらかはわたしがお前を守る。)「桂はん、この子は?」「あぁ・・この子はわたしの恋人だ。彼女は怪我をしているから、医者を呼んでくれないか?」「へ、へぇ・・」宿の女将はそう言うと、町医者を呼びに行った。「う・・」「真紀、大丈夫だ、わたしがついている。」桂はそう言うと、真紀の髪を優しく梳いた。にほんブログ村
Jul 11, 2020
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「どうします、土方さん?」「宮下は暫く泳がせておけ。」「わかりました。」総司はそう言った後、歳三の顔色が少し悪い事に気づいた。「余り無理しないでくださいね。」「あぁ、わかっているよ。」「それじゃぁ、僕はこれで失礼します、巡察があるので。」 総司が副長室から出て行った後、歳三は首に提げているロザリオを取り出した。 このロザリオは、あの時キリシタン狩りに遭い、瀕死の重傷を負った恩人から譲り受けたものだった。 両親を幼い頃に亡くし、上の兄姉達に大切に育てられていた歳三だったが、心のどこかで何とも言えぬ寂しさを抱えていた。 そんな時に歳三が会ったのが、“彼”だった。“彼”は、自分と同じキリシタンでありながら、寺子屋を開いて村の子供達に読み書きを教えていた。“彼”は、時折寺子屋に顔を出す歳三に対して優しかった。―君は、いつか後世にその名を残す事になるだろう。“彼”は、キリシタン狩りに遭う前夜、そう言って歳三に微笑んだ。―先生! キリシタン狩りから辛くも逃れた歳三は、袈裟斬りにされ血の海の中で喘いでいる“彼”の姿を見つけた。―これを・・ “彼”は、歳三に自分のロザリオを手渡すと、息絶えた。 あれからもう、10年以上の月日が経とうとしていたが、あの時の光景は未だに脳裏に焼き付いて離れなかった。「副長、今よろしいでしょうか?」「入れ。」「失礼致します。」 副長室に入って来たのは、何やら深刻そうな表情を浮かべた斎藤だった。「何かあったのか、斎藤?」「副長にお会いしたいと申す者が、屯所の前で門番と揉めております。」「俺に会いてぇ奴だと?どんな奴だ?」「若い娘です。年の頃は・・」「わかった。」 斎藤からそのような報告を受けた歳三は、自分に会いたがっている娘の顔を見に、屯所の正門へと向かった。「離しておくれやす!」「大人しくしろ!」「おい、何の騒ぎだ?」 門番と揉めている娘との間に割って入った歳三は、その娘があの時蔵で見かけたキリシタンの一人である事に気づいた。「お前は、あの時の・・」「マリア様、どうかお助けを・・」「副長、その娘は・・」「俺の知り合いだ、お前達は持ち場に戻れ。」「はい・・」歳三はそう言って隊士達を娘―あいりから遠ざけると、彼女と共に屯所の中へと戻った。「どうして、俺に会いに来た?」「兄上の事で、あなたにお願いしたい事があるんどす。」「兄上?」「宮下真紀様の事どす。兄上は、今命を狙われているんどす。」「誰に命を狙われているんだ?」「それはわかりまへん。けど、兄上が居る置屋に、こんな文が届きました。」あいりはそう言うと、懐から一通の文を取り出した。そこには血文字で、“必ず、お前を殺す”とだけ書かれてあった。「どうか、兄上を助けて下さいませ!」あいりはそう叫ぶと、額を畳に擦り付けんばかりに土下座した。「お座敷、ですか?」「そうや。何でも、あんたをご指名やそうや。」「そうどすか。」“百合乃”に変身した真紀は、客から指定された料亭へと向かった。「こんにちはぁ、百合乃どす。」 襖を閉めた後、真紀は何者かに口を塞がれた。真紀は抵抗したが、鳩尾を殴られて気絶した。にほんブログ村
Jul 4, 2020
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。真紀は祇園の茶屋で桂と別れると、世話になっている置屋「久蔵」へと向かった。「真紀ちゃん、お帰りやす。」「ただいま帰りました。」「桂はんとは会えたん?」「へぇ、おかあさん、うちは部屋で休みます。」「今夜は立て続けにお座敷が入ったさかい、疲れたやろ。」 女将・久にねぎらいの言葉を掛けられた後、真紀は舞妓姿のまま自分の部屋へと向かった。 白粉を塗った顔を懐紙で丁寧に拭い、化粧を落とした真紀は、鏡台の前で溜息を吐いた。 いつまで、こんな生活を続けなければならないのだろう。 新選組への潜入作業に加え、真紀はこの置屋で桂と連絡を取る為に舞妓として暮らしていた。 置屋での生活は、否応なしに廓での苦い記憶を想起させた。 桂と出会う前の、絶望と闇に満ちたあの日々は、真紀にとっては悪夢以外の何物でもなかった。 左腕の古傷が、ヒリヒリと痛んだ。―全く、あんな男の子を孕んで、こっちに押し付けて死んぢまうなんて、とんだ疫病神だよ、お前の母親は! 廓での生活が嫌で、真紀は何度も足抜けしてはその都度連れ戻され、女将から激しい折檻を受けた。―お前など、生まれてくるんじゃなかったよ! 女将はいつも、真紀に対して憎悪と怨嗟の言葉をぶつけた。真紀は只管、女将の折檻に耐えるしかなかった。 そんなある日、真紀が三味線の稽古をしていると、偶々(たまたま)そこへ通りかかった女将は、左利きの真紀が撥(ばち)を左手で持っている事に激昂した。 そして彼女は、熱した火箸を真紀の左腕に押し当てた。真紀の悲鳴を聞いていた楼主がすぐさま医者を呼んで手当てをさせたが、真紀の左腕には醜い痕が残った。 真紀はもうこれ以上廓に居たら女将に殺されてしまうと思い、楼主が留守の夜を狙って眠り薬入りの酒を女将に飲ませ、彼女の部屋に火をつけた。遠くで紅蓮の炎に包まれる廓を見ながら、真紀は漸く自由になれた気がした。 飢えをしのぐためなら何でもやった。 そんなその日暮らしを送っていた中で、真紀は桂と出会ったのだった。“わたしの元へ来なさい。”そう言って自分に救いの手を差し伸べてくれた桂の手を、真紀は迷いなく掴んだ。(俺は、桂さんの為なら何でも出来る。) 真紀と別れた桂は、その足で定宿「いさき屋」へと向かった。「桂様、才谷様がお見えです。」「そうか。」桂が奥の部屋へと向かうと、そこには一足先に晩酌をしている才谷梅太郎こと坂本龍馬の姿があった。「桂さん、久しぶりじゃのう!」「坂本君、元気そうで良かった。」「真紀は元気にしとるかえ?」「あぁ、元気にしている。まさか、君が京に居るなんて思いもしなかったよ。」「ほうかえ?」「・・それで、こうして君がわたしに会いに来たのは、何か提案があるのだろう?」「鋭いのぉ・・」「話によっては、聞いてあげようか?」桂はそう言うと、渇いた喉を潤す為、猪口に注がれた酒を飲んだ。「このままやと、わたしはいかんと思うんじゃ。」「何がだい?」「このまま長州と薩摩がいがみ合うても、西洋の列強諸国から狙われるだけぜよ。長崎でわたしは日本ちゅう国が西洋から奇妙に見られちゅう事がようわかったぜよ。」「それで?」「わしゃぁ、薩摩と長州が手を組んだらええと思っちゅう・・」「それは、出来ないな。」「桂さん・・」「久しぶりに会えて、どんな話を聞けるのかと思ったら、無駄だったな。」「桂さん、わしはおまんに会いに来たがは、それだけではないがじゃ。」龍馬はそう言うと、懐から一通の文を取り出した。 「それは?」「真紀に絶対に渡してくれと、あいりから頼まれたんじゃ。」「あいり・・長崎で見かけた娘か。」「桂さん、わしゃぁ真紀を自分の弟のように思っとる。だから、真紀を大事にしてくれんかのう?」「・・君にそう言われなくても、真紀は大事にするさ。」桂はそう言うと、あいりの文を龍馬から受け取った。「そいじゃ、わしはこれで失礼するぜよ。」「ああ。」 桂は龍馬が部屋から出て行った後、溜息を吐いた。(あの男は、一体何を考えているのかがわからないな・・)ひょうひょうとしていて、風のようにとらえようがない男。そんな彼が、何故真紀の事が気になっているのかがわからなかった。それに―(宿敵である薩摩と手を組めだと!?坂本は一体何を考えているのかわからん!) 桂が龍馬の言動に混乱している頃、あいりは龍馬の帰りを宿の玄関先で待っていた。「おうあいり、わざわざ起きて待ってくれたんかえ!?」「坂本様が心配で・・京は最近物騒やと聞いたので・・」「確かに、最近の京は何かと騒がしいのう。あいり、桂さんにはちゃんとおまんの文を渡しに来たぜよ。」「おおきに。」「おまんは、いつも真紀の事を心配しちゅうが、さてはあいつに惚れたかえ?」「そないな事・・」あいりはそう言って頬を赤く染めたが、龍馬はその反応を見て笑った。「おまんは真紀とは赤の他人でも、実の兄妹のように仲がええのう。羨ましい限りじゃ。」「それなら、坂本様と兄上の仲がうちには羨ましいと思うてます。何や女のうちにはわからへん、男同士の絆いうもんを感じるんどす。」「そうかえ。」「兄上、元気にしているとええんどすけど・・」「わしもそう思っとる。まぁ、便りがないがは元気の証拠じゃ!」龍馬はそう言うと、あいりの背を強く叩いた。「大丈夫じゃ、何も心配はいらん!」「へぇ。」(何だか、胸が何故か苦しいのは、嫌な予感がするからやろうか?)「土方さん、総司です。」「入れ。」「僕達が祇園で見かけたあの舞妓、百合乃っていうんですって。」「それがどうした?」「その百合乃の馴染みは、あの桂小五郎だそうですよ。」「へぇ・・」にほんブログ村
Jun 19, 2020
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「副長、朝餉をお持ち致しました。」「ありがとう。」 斎藤に礼を言った後、歳三は椀の蓋を取り、数月振りに炊き立ての米の匂いを嗅いだ。 その匂いを嗅いだだけで食欲が失せてしまった日々は、今となっては懐かしい。箸を持つ手が震えている事に気づき、歳三は自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。 たかが食事で、こんなに感傷的になる事はないのに。 塞いだ気持ちを晴らそうと、歳三が襖を開けると、遠くから幼子のはしゃぐ声が聞こえて来た。 恐らく、近所の子供達が総司と遊んでいるのだろう。総司は子供好きで、壬生村の屯所に居た時も八木家の子供達と良く遊んでいた。 もし腹の子が無事に産まれていたら、総司はまるで自分の子のように甲斐甲斐しく世話をしてくれただろうか―そんな事を思っていると、歳三は自分が泣いている事に気づいた。(何で、涙が・・)「トシ、入るぞ。どうしたんだ、トシ!?」 勇は歳三の様子を見に副長室に入ると、そで涙を流している彼の姿を見て慌てた。「いや、何でもない・・」「俺は、何も出来ない・・こんなにお前が苦しんでいるのに、お前の傍に寄り添って手を握る事しか出来ない。」「今の俺には、それだけで充分だよ、勝っちゃん。」「・・そうか。」総司は、そんな二人の会話を聞いた後、厨へと戻った。「総司、副長の膳はどうした?」「まだ副長室にあると思うよ。でも、後で土方さんが持って来るから、今はそっとしておこう。」「あぁ、そうだな。」 歳三は流産してから一月後に、仕事を再開した。「余り無理をするなよ、トシ。」「大丈夫だ。今まで休んでいた分を取り戻さないとな。」「そうか・・」「心配性なんだよ、あんたは。」歳三はそう言うと、いつもの日常が戻って来た事を感じた。そんな中、歳三に江戸に居る姉・信から文が届いた。「トシ、どうした?江戸で何かあったのか?」「信姉が、縁談を持って来た。相手は、大店の若旦那だそうだ。」「良かったじゃないか。」「良くねぇよ!俺は勝っちゃんの以外の男とは所帯を持つ気がねぇんだ!」「トシ、これからどうするんだ?」「どうするもこうするも、信姉にはその縁談を断るよう返事を・・」「トシさ~ん、居るかい?」 歳三が信の文への返事を書こうと筆を手に取ろうとした時、何故か江戸に居る筈の八郎の声が聞こえた。 はじめは気の所為かと歳三は思ったが、何処か慌ただしい足音が聞こえた直後、副長室の襖が勢い良く開き、伊庭八郎が歳三に抱きついた。「トシさん、久しぶり!」「八郎、てめぇ何で京に・・」「俺も京に仕事で来る事になったんだ。あれ、トシさん、暫く会わない内に少し痩せたかい?」「あぁ、色々あってな・・」「そう。ねぇトシさん、積もる話も色々とあるからさ、今夜一杯どうだい?」「わかった、わかったから、もう離れてくれ・・苦しい。」「あぁ、ごめん。久しぶりにトシさんに会えたから、興奮しちゃって、つい・・」八郎はそう言うと、慌てて歳三から離れた。「あれぇ、誰かと思ったら八郎さんじゃない。久しぶり。」「総司、久しぶり!」八郎はそう言うと、今度は総司に抱きついた。「なぁに、どうしたの八郎さん、急に甘えん坊になって?」「いやぁ、こうしていると、昔の事を思い出すなぁって。」「へぇ。」「なぁ総司、今夜飲みに行かないか?」「いいねぇ!」 その日の夜、歳三と総司、八郎は祇園の茶屋で酒を酌み交わした。「てっきり島原辺りに繰り出すのかと思ったら、こんな高級な所なんて・・流石、旗本のお坊ちゃんは違うなぁ。」「よしてくれよ、総司。こうして酒を酌み交わしていると、トシさんとよく吉原で遊んだ事を思い出すなぁ。」「そんな昔の話なんざ、忘れたよ。」「はは、トシさんは覚えちゃいねぇが、酔っ払ったトシさんが吉原の遊女達に恋の句を作って、三味線でそれを・・」「やめろ、思い出させんな!」「はは、やっぱり思い出したんじゃないか。」八郎はそう言うと、腹を抱えて笑った。「さてと、そろそろ行こうか。」「そうだな。」 三人が茶屋から出ようとした時、隣の部屋から客と思しき男と、舞妓が出て来た。「こんな時間にお座敷遊びなんて、優雅なものですね。」「あぁ、そうだな。」 歳三が総司とそんな話をしながら廊下を歩いていると、男と話していた舞妓と目が合った。 その舞妓は、美しい翡翠の瞳をしていた。「土方さん、何しているんです、早く来て下さいよ。」「おう、わかったよ。」歳三はそう言うと、慌てて総司の方へと向かった。「どうした?」「どうやら、会ってはいけない人に会ってしまったようです。」「そうか・・それは少し厄介な事になったな。それよりも真紀、お前にこれを。」「何ですか、この包みは?」「堕胎薬だ。万一の時にはこれを使え。」「わかりました。」にほんブログ村
Jun 14, 2020
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「宮下君、君は何者なんだい?」「それは、秘密です。」「まるで君の身体は、甘い毒のようだな。」「伊東先生、俺の事をお気に召しましたか?」「あぁ。」―陥落(おち)た。伊東に抱かれながら、真紀は口端を歪めて笑った。 歳三は夏を迎えた途端、急に悪阻が酷くなり、寝込む事が多くなった。「トシ、大丈夫か?」「畜生、自分の身体だってのに何でこんなに辛いんだ・・」「薬は飲んだのか?」「あんなの、全然効かねぇよ。」「何か欲しい物はないか?」「土方さん、お粥出来ましたよ。」「悪いな、総司。」「あ~あ、こんなにやつれちゃって・・鬼副長が台無しですよ。」「うるせぇよ・・」そう総司に憎まれ口を叩きながらも、歳三は粥を平らげた。「俺が代わってやれたらなぁ・・」「大丈夫だ、寝ていれば少しはマシになる。」「そうか・・」 副長室から出た勇と総司は、中から聞こえてくる歳三の咳を聞きながら、同時に溜息を吐いた。「近藤さん、どうしたんですか?」「いや、こういう事に関して何も出来ないのは歯痒いと思ってなぁ。」「こればかりは、何も出来ないですからねぇ。」二人がそんな事を話していると、そこへ原田が通りかかった。「二人共、溜息なんて吐いてどうしたんだ?」「土方さんの体調が良くなくてね。どうすればいいのかなって話していたところなんだよね。」「そうか。まぁ、こういう所だと、そういう話は疎くなるのは当然だよなぁ。」原田はそう言うと、少し唸った。「そういや、八百屋の店先でこんなものを見つけてよ。夏みかんっていってな、これだったら土方さんが食べられるんじゃないかと思って買って来たんだが・・」「左之さん、ありがとう!今からこれを厨で切って来るよ!」「役に立って良かったよ。それにしても、土方さんどこが悪いんだ?」「いやぁ・・トシの体調が悪いのは悪いんだが、病じゃないのが・・」「・・そうか、あんたが言いたい事はわかったよ、近藤さん。」原田はそう言うと、巡察に向かった。 朝からうだるような暑さは、夜になると少し和らいだ。「土方さん、どうぞ。」「おぅ、済まねぇな。」「どうです、今日は左之さんが夏みかんってやつを買って来てくれたんで、お粥にすりおろして入れてみました。」「うめぇな、これなら食べられる。」「そうですか、それは良かった。」 穏やかな日々をこのまま出産まで過ごせると、歳三は普通に思っていた。だが―「メース(※オランダ語で師匠のこと)、早く来てください!」「そんなに急かすな!」 夏の暑さも少し和らぎ始めた頃、総司から歳三が突然喀血したという文を受け取り、松本法眼とその弟子である南部医師は大坂から京の新選組屯所へとやって来た。「土方、大丈夫か!?」「松本法眼・・よく来て下さいました。」歳三はそう言った後、激しく咳込んだ。「いつからそんな咳が出るようになった?」「七日前からです。」「そうか。じゃぁちょっと診るぜ。」「お願い致します・・」 副長室で診察を終えた松本法眼は、暗い表情を浮かべていた。「松本殿、トシは・・」「残念だが、腹の子は諦めた方がいい。」「そんなに深刻な病なのですか、トシは?」「あいつの病は軽いが、腹の子は助からねぇ。」「トシは、その事を聞いて・・」「腹の子と己の命、どちらかを選べと言って来た。」松本法眼は、そう言って勇の肩を叩いた後、屯所から去っていった。「トシ、しっかりしろ!」「勝っちゃん、俺はまだ、死なねぇよ・・」「トシ、トシ~!」 勇の手を握った後、歳三は意識を失った。 どこからか、赤子の泣き声が聞こえた。―何処だ、何処に居る? 歳三は薄闇の中、必死に赤子の姿を探したが、声はすれども、赤子の姿は一向に見えなかった。 やがて歳三の前に、赤子を抱く一人の女の姿が現れた。『あなたの子は、あなたと会えるその日まで、わたしがこの子を預かっています。』 青い着物姿の女は、歳三が五歳の時に死別した母だった。―俺はこいつを・・『あなたにはまだ、やるべき事が、なすべき事があります。さぁ、戻りなさい、あなたが居るべき所へ。』―母上・・『わたしはあなたと一緒に居られる時間は長くなかったけれど、わたしはいつも、あなたの事を見守っていますよ。』歳三の母・恵津は、そう言って歳三に優しく微笑むと、そっと彼の背を押した。「・・トシ、良かった!目が覚めたんだな!?」「勝っちゃん、ただいま・・」 歳三はそっと、何も宿っていない下腹を擦った。にほんブログ村
Jun 14, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「内海、数日前に新しく入隊した隊士が居るとか・・」「あぁ、宮下真紀君の事ですね。」「知っているのか、内海!?」「えぇ。何でも彼は、桂小五郎と深い繋がりがあるとか・・」「ほぉ、それは興味深い噂だね。」伊東はそう言うと、開いていた扇をパチンと閉じた。「一度会ってみたいね、その子に。」(やっぱりね・・) 内海は伊東に男色の気がある事に薄々気づいてはいたが、新入り隊士に手を出そうとするとは―「内海、聞いているのか!?」「えぇ、聞いていますよ。」 新選組に入隊してから七日が過ぎた時、真紀は自分が周りから好色な目で見られている事に気づいた。 そんな視線を向けられたのは、一度や二度ではない。―真紀、お前にはどこか華がある。 桂は真紀を抱いた後、そう自分に言った。―お前には人を惹きつけるものがある。(人を惹きつける力、か・・) 真紀が桂の言葉を思い出しながら廊下を歩いていると、向こうから内海がやって来た。「宮下君、伊東さんが君に会いたいそうだ。」「・・わかりました。」真紀がそう言って内海を見ると、彼は真紀の懐に文を入れた。「今宵、その場所に来て欲しい。」「・・わかりました。」 そんな二人の姿を、総司は遠くから見ていた。「ねぇ土方さん、あいつ何だか怪しいですよ。」「あいつって?」「やだなぁ、この前話したじゃないですか。ほら、池田屋で僕が会った・・」「あぁあいつか。そいつがどうかしたのか?」「そいつ、入隊早々伊東さんに目をつけられたみたいなんですけれど、気になるんですよね。」「何がだ?」「上手く言えないんですけど、気になるんですよね。」「総司、そんな事を言いに来たのか?」「違いますよ。土方さん、近藤さんから言伝です。“仕事熱心なのはいいが、余り根詰めるな。”」「そうは言ってもなぁ・・」「土方さん、貴方はもう一人だけの身体じゃないんですから・・」「わかっているがなぁ・・まだ実感が湧かねぇんだよ。」 歳三は溜息を吐きながら、まだ目立たない下腹を撫でた。「これ、松本法眼からいつもの薬です。ちゃんと毎日飲んで下さいね?」「あぁ、わかったよ。」歳三はそう言うと、悪阻止めの薬を飲んだ。 勇の子を妊娠してから、今まで以上に勇が過保護になっているのを、歳三は薄々と感じていた。 いや、勇はここひと月程、歳三に対してかなり過保護になっていた。 自分が座る座布団だけがやけに分厚いし、風邪をひいてはいけないからと、厚着させようとする。そんな勇の気遣いに対してありがたいと思ったのは最初だけで、最近は彼に気遣われ過ぎて歳三は少し彼を疎ましく思うようになってしまった。「近藤さん、土方さんの事余り構い過ぎない方がいいですよ。」「総司、どうして急にそんな事を言うんだ?」「土方さん、最近イライラしているの、妊娠の事もありますけれど、色々と土方さんの事を構い過ぎですよ。病気じゃないんですから。」「そうは言ってもなぁ・・」「土方さん、イライラし過ぎて稽古で隊士達に当たり散らして大変なんですから。」「わ、わかった・・」 総司の忠告をお陰なのかどうかはわからないが、その日から勇は余り歳三に対して過保護になる事はなくなった。「土方さん、近藤さんにはちゃんと釘を刺しておきましたからね。」「ありがとうな、総司。」「お礼なら最近出来た茶店に連れて行って下さいよ。」「あぁ、わかったよ。」 そんな話を歳三が総司と話している頃、真紀は伊東と会う為に身支度をしていた。「おい、あれ・・」「あんな綺麗な女、新選組に居たか?」 真紀は女子姿のまま屯所を出ると、伊東が指定した場所へと向かった。「やぁ、待っていたよ。」伊東はそう言うと、女子姿の真紀を見て目を細めた。「ほぉ、これは艶やかだな・・」「お気に召してくれたようで、何よりです。」「さぁ、あそこに座ってくれ。」「はい。」 伊東と酒を酌み交わした後、真紀は彼が新選組への不満を吐いているのを、ただ黙って聞いていた。「済まない、僕ばかり話してしまって・・」「いいえ。」 真紀はそう言うと、伊東にしなだれかかった。「伊東先生、伊東先生は副長の事をどうお思いになられていますか?」「僕は彼が嫌いだよ。まぁ、向こうも僕を嫌っているから、気にしないけどね。それよりも、僕は君の事がもって知りたいなぁ。その胸は詰め物かい?」「いいえ、本物です?」真紀はそう言うと、伊東に微笑んだ。―いいか真紀、新選組に潜入したら、伊東甲子太郎に接触しろ。「伊東先生、わたしも伊東先生の事、もっと知りたいです。」「本当かい?」「えぇ。」―伊東と接触したら、必ず陥落(おと)せ。にほんブログ村
Jun 7, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。第二部 江戸で隠れ見たキリシタンの集会で初めて“マリア様”と会った時、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。 絹糸のような美しく艶やかな黒髪、雪のような白い肌、そして宝石を嵌め込んだかのような蒼い瞳―桂は一目で“マリア様”に心を奪われた。 その“マリア様”の正体を知った時、桂は呆然としてしまったが、ますます彼は“マリア様”―歳三に心を奪われ、彼の虜になってしまった。 そんな中、桂は知人から“マリア様”に関する噂を聞いた。―“マリア様”は男女両方の性を持っている。 その噂の真偽を確かめてみたいが、その前に敵の動きを探るのが先だと考えた桂は、真紀を新選組に潜入させる事にした。「また、“マリア様”の事を考えていらしたのですか?」 背中に突然鋭い痛みが走り、桂が我に返ると、そこにば仏頂面を浮かべた真紀の姿があった。「済まない・・」「暫く桂さんとは会えなくなるというので、俺はこうして桂さんに抱かれているだけでも嬉しいのに、つれないですね。」「嫉妬か?」「いいえ。少し桂さんに腹が立っただけです。」真紀はそう言って身体を反転させると、桂の上に跨った。「今宵は、俺だけを見て下さいませ。」「あぁ、わかったよ・・」桂はくすくすと笑いながら、真紀の唇を塞いだ。 同じ頃、西村の屋敷に監禁された歳三は、喉が渇いて水を飲もうと厨へと向かおうとした時、中庭を挟んだ向かいの部屋からくぐもった男の呻き声と女の嬌声が聞こえて来た。(なんだあいつら、俺の事放っておいて盛ってんじゃねぇか。) 歳三がそう思いながら部屋の前を通り過ぎて厨へと向かおうとした時、不意に部屋の襖が開かれ、あっという間に彼は部屋の中へと引き摺り込まれた。 部屋の中は薄暗く、何処か咽せ返るかのような甘い香りが漂っていた。「さぁ、あなた様も快楽を味わって下さいませ。」「やめろ・・」「恥ずかしがらないで、快楽に身を委ねるのです。」「俺に触るな!」 歳三は自分の着物を脱がそうとするしずの手を乱暴に払い除け、自分の部屋へと戻って愛刀と脇差を握り締めて屋敷から飛び出した。「旦那様、逃げられてしまいましたわ。」「追わずともよい。“マリア様”とはまた会う事になるだろう。」 西村はそう言うと、口端を歪めて笑った。 「では真紀、ここでお別れだ。」「はい。桂さん、どうかお元気で。」「お前も、元気でな。」 宿の前で桂と別れた真紀は、その足で新選組屯所がある西本願寺へと向かった。「何だ、貴様は?」「新選組に入隊したいのですが・・」「ここで暫く待っておれ。」「はい・・」 真紀が暫く屯所の正門前で待っていると、そこへ巡察を終えた一番隊がやって来た。「あれぇ、君、確か池田屋で会ったよね?もしかして僕に殺されに来たの?」「沖田先生、この者は入隊希望者です。」「ふぅん、そうなの。じゃぁ、僕が直々に入隊試験をさせてあげるよ。」「ありがとう・・ございます。」「お礼なんていいって・・まぁ、君が生きて帰れるかどうかはわからないけれど。」 総司はそう言うと、口端を歪めて笑った。「何だ、道場がいつもより賑やかだな。」「局長、お帰りなさいませ。先程入隊希望者が屯所に来て、沖田先生が今その者に試験を・・」 大坂出張から戻った勇に隊士がそんな話をしていると、突然道場の方からどよめきが起こった。「今のは何だ!?」「行ってみましょう!」 二人が道場へと向かうと、その中では入隊希望者の若者と総司が対峙していた。 「どうしました、もう終いですか?」「・・うるさい!」総司はそう叫ぶと、木刀を構え直した。「そうですか。」「次は、殺してやる!」「総司、やめないか!」 殺気立った二人の間に勇が慌てて入ると、総司は正気を取り戻した。「近藤さん、お帰りなさい。」「彼が、入隊希望者かな?」「はい。確か、名前は・・」「宮下真紀と申します。」「宮下君か。年は幾つだ?」「17です。(※数え年、満年齢は16歳)」「総司、彼の剣の腕前はどうだ?」「そんな事、僕に聞かないで下さいよ。」総司はそう言って額の汗を拭った後、溜息を吐いた。「総司、宮下君の入隊を認めるか?」「えぇ。」「では宮下真紀君、よろしく頼む。」「こちらこそ、よろしくお願い致します。」こうして真紀は、新選組への潜入に成功した。「どういう目的で入隊したのかは知らないけど、下手な動きを少しでもすれば、僕が君を斬るよ。」(これから用心しないといけないな。)にほんブログ村
Jun 3, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「そいで、話ちゅうのは何ぜよ?」「実は・・」 喜助は、近々メリケンの内戦が終わり、最新式の西洋銃が入ってくる事を龍馬に話した。「ほぉ、そうかえ。そんな情報をおまんが何で知っちゅう?」「商人は風の動きを読むのが仕事です。」「まぁ、わしもカンパニーを始めたから、おまんの言う事はわかるのう。」「そうでしょう?」「坂本殿、そろそろ・・」「すまんのう、もっとおんしの話を聞きたいけんど、先客がおるがじゃ。」「そうですか。ほなまた今度。」喜助はそう言って龍馬に頭を下げると、部屋から出て行った。「怪しい男でしたね。」「真紀、おなんいつもしかめ面ばかりして疲れんのか?」「いえ、別に・・」「美人にしかめ面は似合わんぜよ。」「男が美人と言われても、ちっとも嬉しくありません。」「まぁ、おんしは一筋縄ではいかん性格だということはわしも知っちゅうが・・」「坂本様、わたくしに何か言いたい事があるならはっきりと言うて下さらなければ困ります。」「兄上、もうすぐお客様が来はります、うちらは護衛に戻らんと。」「そうだな、あいり。では坂本様、俺は仕事に戻ります。」「わかった。」 龍馬の部屋から出た後、真紀とあいりは意外な人物と廊下で再会した。「おや、珍しい。君達とこのような所で会うなんて。」「桂さん、お久しぶりどす。」「おや、君は確か、あの時の女中の・・」「あいりと申します。」「元気そうで安心したよ。まだ剣術は続けているのかい?」「へぇ、まだ続けています。」「そうか。真紀、後で君と話したい事がある。」「わかりました。」 龍馬との会合を終えた桂は、真紀を自分が泊っている宿の部屋へと呼び出した。「桂さん、お話しとは何でしょうか?」「真紀、君に頼みたい事がある。」「頼みたい事?」「新選組に潜入して、あいつらの動きを探ってくれ。」「それは出来かねます。俺は敵に顔が知られていますし・・」「それでも、やって欲しい。」「ですが・・」「真紀、お前は勘違いをしているようだな・・お前の主は坂本ではなく、このわたしだ。」桂はそう言って立ち上がると、真紀の胸倉を掴んだ。「何を・・」桂と揉み合っている内に、真紀の着物の片袖が破れてしまった。「真紀、その傷は何だ?」桂はそう言うと、真紀の左腕に残る醜い火傷の痕を見た。「これは、あの女・・廓の女将に折檻された痕です。」「折檻だと!?」「あそこは、幼い俺にとっては生き地獄そのものでした。あの時、桂さんに拾って頂かなければ、俺はもうこの世には居ません。」「済まない・・辛い事を聞いてしまったな。」「いえ、いいのです。もう昔の事です。」真紀はそう言うと、姿勢を正した。「桂さん、俺は桂さんに拾って頂いたこの命、無駄には致しません・・ですから、桂さんの為に、粉骨砕身の気持ちで力を尽くそうと思います。」「そうか・・」「坂本殿には、俺の方から話を・・」「いや、その必要はない。坂本君には既にわたしの方から話しておいた。」「そうですか。」「真紀、急な事で済まないが、明朝わたしと京に行ってくれ。」「はい、わかりました。」 その日の夜、真紀は龍馬とあいりの元へと戻った。「桂さんもおまんには色々と気に懸けておるのう。しっかし、敵の牙城に潜入して大丈夫かえ?」「兄上、今すぐにでもお断りした方が・・」「それは出来ぬ。」「何でどす!?京であの沖田に殺されそうになった事、もう忘れてしまったんどすか?」「忘れてなどいない・・あいつに後ろ傷を負わされそうになった時の事、一度も忘れてなどおらぬ。」真紀はそう言うと、翡翠の双眸を怒りで滾らせた。「あいり、真紀は頑固者じゃき、おまんが何を言うても聞かんぜよ。」「そうどすか・・兄上、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」「あぁ、行って来る。」 明朝、真紀は桂と共に京へと向かった。「真紀、お前にばかり辛い役目を背負わせてしまって済まない。」「俺は平気です、桂さん。」 京入りした日の夜、真紀は桂と同じ部屋で布団を並べて寝た。 真紀が寝返りを打とうとした時、いつの間にか桂が自分の布団に入っていた。「桂さん、何を?」「夜這いをしに来た。」「そんな・・」「愛している、真紀。」 桂はそう言うと、真紀の胸に巻かれていた晒しを解くと、その下に隠されていた白い乳房があらわになった。「風の噂で、聞いた事がある。“マリア様”は、お前と同じ、男女両方の性を持つ身だという。」「それを俺に確めろと?」「そんな野暮な事は頼まんよ。」桂はそう言うと、真紀の左腕に口づけた。「あの女は、俺の裸を見た時、俺を“悪魔”と罵りました。」「お前が悪魔なものか。西洋では悪魔は両性だが、天使も両性だという。」「そうですか・・」 桂は真紀を抱きながらも、心では蒼い瞳の“マリア様”―歳三を想っていた。―第一部・完―にほんブログ村
May 31, 2020
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土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「・・まさか、泣く子も黙る新選組副長が、“マリア様”だったとはな。」「・・俺に何をするつもりだ?」「キリシタンを捕えたら、普通はそやつが転ぶ(改宗する)まで拷問漬けにするのだが、そなたはキリシタンにとって大切な存在・・特別に可愛がってやろう。」西村はそう言うと、そっと歳三のほつれた髪を手櫛で整えた。ただそれだけなのに、歳三は全身が粟立つのを感じた。「わたしについて来い。」 歳三は西村に連れられ、彼個人が所有する屋敷へと向かった。 奉行所と同じように広い造りの武家屋敷なのだが、中には全く人の気配がない。「お帰りなさい、旦那様。」 屋敷の奥からすぅっと現れたのは、小袖姿に丸髷を結った女だった。「しず、この者を着替えさせよ。」「御意。」 しずという無口な女に連れられた歳三は、彼女と共に奥の部屋へと入った。 そこには、女物の帯や袴、着物、櫛や簪などが並んだ、衣装部屋だった。「さぁ、お好きな物を選んで下さいませ。」「選べって言われても・・」「では、こちらで選ばせて頂きます。」しずはそう言うと、紫の地に御所車の模様が美しい振袖を手に取り、それを歳三の前にかざした。「肌の白さが映えて美しいこと。」「あんた、何者だ?」「わたくしは、あなた様の世話を任された、旦那様の妾です。」しずはそう言うと、歳三の手を触った。「何と美しい手・・しみひとつない。わたくしとは大違い・・」そうぶつぶつと独り言を呟くしずの姿は、薄気味悪かった。「旦那様はいずれわたくしを捨て、あなたをわたくしの後釜に座らせるのでしょうね、あぁ口惜しや・・」しずはそう呟きながら、歳三の手に爪を立てた。「あら嫌だ、わたくしったら・・少し取り乱してしまいましたわ。」しずはそう言うと、歳三の衣装選びを再開した。「旦那様、お待たせ致しました。」「おぉ、美しい・・」 西村は、美しく着飾った歳三を見てそう言うと溜息を吐いた。「おい、俺はてめぇらの遊びに付き合う程、暇じゃねぇんだ。」「遊びではない。わたしは、そなたを手に入れる。」「手に入れる、だと?」「さよう。:「旦那様、程々になさいませ。」「わかっておる。」(なんだ、こいつら・・) 「土方さんの事、近藤さんには話した方がいいよね?」「俺が文で、局長に副長の事を伝えておいた。」「ありがとう、はじめ。土方さん、奉行所で拷問とかされてないよね?」「相手は賢い、俺達が会津藩御預かりの身分である事を知っている。それ故、副長を無下に扱う事はないだろう。」「そうだよね・・」「いつも副長につっかかる癖に、やけに副長の事を気に懸けているな、総司?」「僕は土方さんの事は嫌いじゃない、ただ近藤さんと土方さんの仲が良いのに嫉妬しているだけ。」「そうか。」「土方さんを捕えた西村って奴、何だか怪しいんだよね。」「怪しい?」「何だか上手く言えないんだけれど・・あいつ、前から土方さんを付け狙っていたみたいなんだよね。」「何だか薄気味悪いな・・」「うん、だから土方さんの事が心配なんだ。」総司はそう言うと、静かに目を閉じた。 同じ頃、長崎・丸山では、料亭で行われる会合に出席する龍馬の護衛の為、真紀とあいりは龍馬に同行した。「何や、色んな人が居てはりますなぁ。」「長崎は唯一、異国に開かれた港だからな。」真紀がそう言いながら周囲の様子を窺っていると、怪しい男が廊下を行ったり来たりしている事に気づいた。「あいり、ここを離れるなよ。」「へぇ。」真紀はそう言うと、怪しい男の背後に立った。 「貴様、そこで何をしている!?」「ひぃぃ!」 背後から真紀に声をかけられ、男は頓狂な悲鳴を上げた。「すいまへん、うちはただ・・」「何の騒ぎぜよ!?」 襖が勢い良く開かれたかと思うと、龍馬がそこからひょいと顔を覗かせた。「坂本はん、この人は・・」「すいまへん、坂本龍馬様ですか?」「そうじゃが・・おんしは?」「うちは大坂で両替屋をやっています、井上喜助と申します!坂本様と一度お話ししたくて、無礼を承知でこちらへ参りました!」「ほうかえ、わしに会いにはるばる大坂から長崎まで・・」「坂本殿、敵の罠かもしれません。」「そんなに構える事はないぜよ。それに遠くから来た客人を無下に扱う訳にはいかん。」「しかし・・」「喜助殿、はよう中へ入りや。」「あ、ありがとうございます!」「真紀、すぐに人を疑う癖、直しや。まずは人を信じる事こそが、新時代を築く基本中の基本じゃ。」「わかりました。」「まだ会合の時間までには充分ある。あいり、真紀、おんしらも同席せぇ。」「わかりました。」そう言って龍馬達と共に部屋に入った真紀だったが、何故か彼が喜助の隣に座ると、喜助は悲鳴を上げて後ずさった。「真紀、顔が怖い。」「顔が、ですか?」「美人にしかめ面は似合わんぜよ。」にほんブログ村
May 31, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。「はぁ!?俺が妊娠だと!?そんな事ある訳・・」「ねぇとは完全に言い切れねぇよ。何せお前ぇさんの身体は、稀有なものだからな。」「俺は、男として生きてきたんだ。それなのに、今更女として生きられるか!」「どっちを選ぶのかは、お前ぇさん次第だぜ。」松本法眼はそう言うと、副長室から出て行った。「トシ・・」「済まねぇが勝っちゃん、暫く一人にしてくれねぇか?」「あぁ、わかった・・」 勇と総司が副長室から出て行き、一人となった歳三は、そっとまだ目立たぬ下腹に触れた。 もし、この身に小さな命が宿っているとしたら、この命を無事に産み育てられるだろうか? まだ新選組は小さい組織だ。これから組織を大きくするには、自分が頑張らなきゃならない。(俺は、この子を産めるのか?新選組の鬼副長として・・)「ねぇ近藤さん、さっきから何書いているんです?」「あぁ、これはだな・・」 総司は文机の前で何かを熱心に書いている勇の肩越しに彼が書いているものを見ると、それは男女それぞれの名前だった。「“恵”、“誠”、“愛”・・男女の名前なんて書いて、どうするんですか?」「いやぁ、俺とトシの子かぁ・・」「なぁにニヤけているんですか?まだそうだとは決まった筈じゃないでしょう?」「だがなぁ・・」「まぁ、近藤さんの気持ちもわからなくはないですがね。」総司はそう言いながら、松本法眼から妊娠を告げられた時の、歳三の動揺した顔が妙に気にかかっていた。「土方さん、入りますよ?」「総司か、入れ。」「失礼します。」総司が副長室に入ると、歳三は溜息を吐きながら下腹に手を当てていた。「これから、どうするつもりなんですか?」「それは、俺にはわからねぇよ・・」「近藤さんは、土方さんの身体について何処まで知っているんです?」「俺が勝っちゃんに話した。」「僕も土方さんの秘密を知ったから、近藤さんの“仲間”ですね。」「総司・・」「大丈夫です、秘密は誰にも口外しませんよ。」総司はそう言うと、歳三の隣に座った。「さっき近藤さん、局長室で何してたと思います?真剣な顔をして、土方さんと自分の赤子の名前を書いていたんですよ。しかも、決まって三文字。」「なんだそりゃぁ・・」「笑えるでしょう?」 この幸せが、続きますように―歳三は総司と笑い合いながらそう思った。 同じ頃、新選組の屯所からそう遠く離れていない場所で、キリシタン達が秘密のミサを行っていた。 「天におられるわたし達の父よ、御名が聖されますように、御国が来ますように。御心が行われる通り、地に行われますように。わたし達の日ごとの糧を今日もお与えください、わたしたちの罪をお赦し下さい。わたし達も人を赦します。わたし達を誘惑に陥らせず、悪からお救いくだしさい、アーメン。」 キリシタン達が祈りの言葉を唱えていると、蔵の扉が開かれ、揃いの装束を纏った役人達が中へ雪崩れ込んで来た。「キリシタン共を一人残らず生け捕りにしろ!」 西村は部下達にそう指示しながら、キリシタン達に“マリア様”の姿を探したが、何処にも居なかった。「“マリア様”は何処に居る?」「知りませぬ・・わたくしは何も。」「そなた、酷い顔をしておるな?どれ、顔を洗ってやろう。」西村はそう言うと、一人の信徒の顔を水が入った盥(たらい)の中に突っ込んだ。「もう一度聞く、“マリア様”は何処に居る?話せば、そなたの家族と仲間は見逃してやろう。」「“マリア様”の名は・・」「そうか。」「本当に、わたし達を見逃して下さるのですか?」「武士に二言はない。」西村はそう言うと、部下達を率いて新選組屯所へと向かった。「新選組副長・土方歳三、疾くこの門を開けられよ!」「何だ一体・・何で奉行所が土方さんに会いに来てんだよ!?」「良く見ろ、新八。あいつらは土方さんを捕まえに来たんだ。」「捕まえにって・・土方さんが一体何したって言うんだよ!?」「それは、俺にもわからねぇよ。」「畜生、近藤さんが大坂に出張中の時に限って、こんな事が・・」「どうします、左之さん?あいつらみんな斬っちゃいましょうか?」「それは駄目だろ、総司。ここは俺達が何とか時間を稼いで土方さんを逃がさねぇと・・」「その必要はねぇ・・」「土方さん、まさか・・」「その“まさか”だ。大丈夫、すぐ戻って来るから。」「そんなの、無謀ですって!殺されたりしたらどうなるんです!?」「総司、俺は必ず戻ってくる。だから近藤さんには俺は大丈夫だ、必ず戻ってくるから心配するなと伝えてくれ。」「必ず伝えます・・」「頼んだぞ。」歳三はそう言って総司に微笑むと、彼の涙を手の甲で優しく拭った。「では、行って来る。歳三はそう言って屯所の門を開けると、刺叉(さすまた)を持った役人達が彼を取り囲んだ。 その中からすっと現れた西村は、歳三の蒼い瞳をじっと見つめた後、こう呟いた。「・・やっと会えたな、“マリア様”。」にほんブログ村
May 10, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。西村が、“マリア様”こと、歳三に初めて会ったのは、まだ江戸に居た十年前の事だった。“江戸には、蒼い瞳を持ったマリア様が居る。その方は、満月の夜に現れる”―捕縛したキリシタンから聞いたその噂の真偽を確かめる為、彼は満月の夜に部下一人を連れてキリシタン達の集会へと身分を隠して向かった。「マリア様・・」「おぉ、我らの美しき聖母、麗しき御方・・」「美しい・・」 キリシタン達は、“マリア様”の姿を見ながら一心に祈り続けていた。その姿を見た西村は、その美しさに目を奪われた。 満月に照らされ、“マリア様”の蒼い瞳は、宝石のように美しい光を放っていた。 あれから西村は“マリア様”の消息を探ったが、まるで“彼女”は煙のようにその姿を掻き消してしまった。 だが、まさか十年の時を経て、赴任先の京で“マリア様”と再び会える事になるとは、運命の巡り合わせだろうか。「・・今度こそ、逃がさぬぞ。」 西村は部下達を引き連れて、西本願寺から去っていった。(必ず、そなたを俺のものにしてみせる。) 西本願寺に新選組が屯所を移転してから何日か経った頃、勇がある人物を新選組に連れて来た。 坊主頭のその男は、蘭方医をしていて、松本良順と名乗った。「土方さん、診察には行かないんですか?」「あぁ、少しこの仕事を片づけてから受ける。」「わかりました。でも土方さん、顔色が悪いですよ?」「大丈夫だ・・」そう言って白い紙の上に筆を走らせる歳三の顔は、少し蒼褪めていた。「食事は、ちゃんと食べているんですか?」「うるせぇな、総司。お前ぇはいつから俺の母親みてぇになったんだ?」「そう憎まれ口を叩くんだったら、大丈夫そうですね。」総司はそう言うと、副長室から出た。(・・やっと出て行ったか・・) 歳三はそう思いながら、文机の引き出しからある物を取り出した。 それは、月の障りの痛みを和らげるものだった。 歳三には、勇以外誰にも話せない秘密があった。 それは、自分が男女両方の性を持つ身であるという事だ。 歳三が初潮を迎えたのは、彼が11歳の時、初めて奉公先で食事を取っていた時の事だった。 「あんた、どうしたんだい?袴が血で濡れてるよ?」 奉公先で他の奉公人達と食事を取っていた時、歳三は己の下腹に鈍痛が走り、袴が血で濡れている事に気づき、それが月のものである事を女中から教えられ、困惑した。 奉公先の江戸から日野まで一夜で戻った歳三は、姉に己の身に起きた事を問いただした。 信は、落ち着いた表情を浮かべ、静かな声で歳三に話したのだった―彼が、男女両方の性を持っている身であるという事を。“この事は、誰にも話しては駄目よ、わかったわね?” それ以来、歳三は極力人前で肌を見せないようにしていた。だから、勇と深い関係になる前に、歳三は勇に自分の身体の事を打ち明けた。“性別なんて関係ない、俺はトシを愛しているんだ。” 歳三は勇の言葉を聞いた瞬間、嬉しくて涙が止まらなかった。(誰にも知られてはならない・・誰にも。) 歳三がそんな事を思いながら文机の前で仕事をしていると、廊下の方から数人分の慌しい足音が聞こえて来たかと思うと、襖越しに総司と勇の声が聞こえて来た。「松本法眼、今はまだトシは仕事中で・・」「土方さん、仕事の邪魔されると怒りますから、今はどうか・・」「ええぃ、そこを退きやがれ!」 野太い男の声と共に副長室の襖が開き、部屋の中に松本法眼が入って来た。「おい土方、てめぇ幹部の癖に俺の診察を受けねぇとはどういう事だ!?」「今は仕事が立て込んでおりまして、診察は後で・・」「そんな言い訳、俺には通じねぇぞ!」 松本法眼はそう叫ぶと、歳三の着物を脱がせようとした。「松本法眼、これ以上は・・」 歳三は慌てて肌蹴た着物の襟元を掻き合わせたが、松本法眼に晒しから覗く乳房を見られてしまった。「・・そういう事だったら、仕方ねぇな。」 松本法眼はそう言うと、弟子に襖を閉めるように言った。「さてと、これで診察が出来るな。じゃぁ、着ている物を全部脱いで貰おうか。」「・・わかった。」 これ以上彼に何を言っても無駄だと思った歳三は、大人しく診察を受けた。「最近、食事の量に変化はないか?」「余りない。」「土方さん、嘘吐いちゃ駄目ですよ。最近、食事取ってないでしょう?」「うるせぇ総司、黙ってろ。」「吐き気や眩暈(めまい)といった症状は?」「多少あるが・・引っ越しで色々と忙しくて疲れているだけだ。」「月の障りはいつ来た?」「さぁな・・どうしてそんな事をお聞きになられる、法眼?」「俺は専門医じゃないからわからねぇが・・まだ確定できねぇと思うが、お前ぇさん妊娠してるな。」にほんブログ村
May 10, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「一体何のお手紙なんやろうか?」「それは俺達が知らなくてもいい事だ。」「そうどすな。」」 二人がグラバー邸に戻ると、グラバーは庭の方で誰かと話していた。『グラバー様、只今戻りました。』『お帰りなさい、二人共。』『教会で神父様からお手紙を受け取りました。必ずグラバー様にお渡しするようにと・・』『ありがとう、マキ。』 グラバーは真紀から神父の手紙を受け取った後、渋面を浮かべた。『手紙には何と?』『キリシタン狩りがますます厳しくなっているらしい。長崎に居る間君達の身の安全は保障するが、君達の事を長崎奉行所が目をつけたらしいから、気を付けた方がいい。』『わかりました。』 その日の夜、あいりは中々眠れず部屋から出て、窓から海を眺めていた。「眠れないのか?」「はい。これからの事を考えると、色々と不安になってしもうて・・」「それは俺も同じだ、あいり。これからこの国がどうなってしまうのかは、誰にもわからない。」「うちらは、どうすれば・・」「俺達はただ、自分に出来る事をすればいい。」「へぇ・・」 少し開いた窓から吹いた潮風が、優しくあいりの頬を撫でた。 一方、京では・・「土方さん、大変だ!」「どうした左之、そんなに慌てて・・」「山南さんが何処にもいねぇ!」「何だと!?」 原田から山南が屯所から姿を消した事を知った歳三は、監察方を使って彼の消息を探した。「山南総長は、近江の宿に居るそうです。」「そうか・・」「僕が山南さんを迎えに行きます。」「頼んだぞ、総司。」「はい・・」 総司が屯所から出て馬で近江宿へと向かうと、山南は晴れやかな笑顔を浮かべながら総司を迎えた。「何て顔をしているんですか・・」「済まないね、沖田君・・」「逃げて下さい・・今からでも間に合う。」「わたしは京に戻る。」「わかりました。」 京へと戻った山南を待ち受けていたものは、切腹という厳しい処分だった。「土方君・・」「山南さん、どうしてこんな事をした?」「もう、疲れてしまったんだ・・」 山南の死後、歳三は一人部屋に引きこもる事が多くなった。 「土方さん、また朝餉を残したの?」「あぁ。副長の体調が心配だ。」「山南さんの死に、責任を感じているのかなぁ?だとしたら、部屋にひきこもっているよりもいつもみたいに鬼副長ぶりを発揮して欲しいよねぇ。」総司はそう言うと、朝餉を副長室へと持って行った。「土方さん、僕です。」「総司か、入れ。」「失礼します。」 副長室に入った総司は、歳三が文机に向かって仕事をしている姿を見て溜息を吐いた。「土方さん、余り根詰めると身体に良くないですよ?」「うるせぇな・・」そう言った歳三の両目の下には、深い隈が出来ていた。「もしかして、また寝ていないんですか?」「あぁ。寝る暇があったら、仕事をしちえた方がマシだ。」「そんな・・」 これ以上何を言っても無駄だと思った総司は、歳三に背を向けて副長室から出て行った。 その時、彼の背後で大きな音がした。 総司が振り向くと、文机の上に顔を伏せた状態で歳三が倒れていた。「土方さん、しっかりして下さい!」 町医者から、歳三は過労と診断された。「トシ、働き過ぎは良くないぞ?」「済まねぇ、勝っちゃん・・」「山南君の事で、お前が自責の念に囚われる事はないんだ。」「済まねぇ・・」歳三はそう言うと、勇の胸に顔を埋めて大声で泣いた。 山南の喪が明けないうちに、新選組は壬生村の屯所から、西本願寺の屯所へと引っ越した。「おい、何だあれ?」「あぁ、西本願寺の信徒達だよ。」 歳三達が荷物を新しい屯所の中へと運んでいると、竹矢来の向こうからこちらを睨んでいる女達の姿に歳三は気づいた。「これからこちらに世話になる、新選組副長の土方だ。暫く騒がしくなると思うが、よろしく頼む。」「へ、へぇ・・」「土方さん、やりますねぇ。」「はじめが肝心だって言うだろうが。」「さてと、これから忙しくなりますね。」「あぁ・・」 そんな歳三の姿を、遠くから見ている男が居た。「あのう、何かこちらにご用でしょうか?」「いいえ・・」(変な人やなぁ・・)「どうだった?」「間違いありません・・彼があの“マリア様”です!」「そうか・・」 部下から話を聞いた男―町奉行・西村紀男はそう言った後、口端を上げて笑った。にほんブログ村
May 2, 2020
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「若様、起きて下さい、若様!」「何だ、僕は忙しいんだ。」「江戸から文が届いております。」「江戸から?」 英吉は身支度を整えながら、江戸に居る父から文を受け取った。それは、父の危篤を知らせるものだった。「若様、すぐに得何処へ・・」「嫌だ、僕は行かない!」「若様、お早く!」「嫌だ~!」 英吉は父の危篤の知らせを受け、急遽江戸へと向かう事になった。「英吉、よく帰って来たな。」「兄上、父上は・・」「お前が帰ってくる前に、息を引き取られた。」「そんな・・」 父の臨終に間に合わなかった英吉は、父を見送った後衝撃的な事実を二人の兄達から聞かされた。「わたしの、京でのお役目を解く・・それは本当なのですか?」「あぁ。お前は江戸にこのまま留まり、加納家を守ってくれ。」「・・嫌だ、僕は京に戻る!京に戻って、あの人に会うんだ!」「わがままを言うな、英吉!」「嫌だ、嫌だ~!」(あと少し・・あと少しなのに!)「来ませんでしたねぇ、あの人。」「そうだな。」「まぁ、あんな気色悪い奴と一緒に働きたくないから来なくてよかったです。」総司はそう言うと、あくびをして屯所の中へと戻っていった。歳三は暫く屯所の前で英吉を待っていたが、結局彼は現れなかった。「トシ、もうすぐ日が暮れる。それに、風が冷たくなって来たから中に入ろう。」「あぁ、わかった・・」歳三は勇に肩を抱かれながら屯所の中へと入る姿を、英吉は遠くから見ていた。兄達を説得して、漸く京に辿り着いた彼は、全てが終わった事を悟った。(僕は・・僕は・・)英吉は失意の涙を流しながら、一人寂しく江戸へと戻っていった。「こんなに身体が冷えて・・どれ、俺が温めてやろう。」「大丈夫だ、勝っちゃん。」「いや、まだ冷たいな。今夜は一緒に寝ようか、トシ?」「勝っちゃん・・」 その日の深夜、山南が歳三の元を訪れようとすると、副長室の前に総司が立ちはだかった。「山南さん、今土方さんには会えませんよ。」「何故だい?」「今、取込み中なんですって。」「どうしたんだ、山南さん?俺の顔に何かついているか?」「い、いや・・」 翌朝、歳三達が車座になって朝餉を取っていると、山南がしきりに自分の方を見ている事に気づいた歳三がそう言って山南を見ると、彼はしどろもどろになってそのまま俯いてしまった。「土方さん、さっきのはまずかったですよ。」「何がだ?」「ここ、くっきりと残っていますよ。」 朝餉の後、総司はそう言って歳三の首筋を指した。「あ?」 歳三が鏡で自分の首筋を見ると、そこには昨夜勇が自分につけた痕が残っていた。「昨夜は、お楽しみだったようですね?」「う、うるせぇ!」「隊内の士気が下がりますから、程々にして下さいね。」総司はそう言うと、副長室から出て行った。「土方君、ちょっといいかな?」「どうした、山南さん?あんたが副長室に来るなんて珍しいな。」「わたしは白黒つけたい性格でね。単刀直入に聞こう。君と近藤君は念と友なのか?」「ああ。」「そうか。」 山南はそれだけ言うと、副長室から出て行った。「山南さん、どうしたんですか?顔色悪いですよ?」「いや、少し夏バテしただけだ・・」「そうですか。」 総司は、きっと勇と歳三の関係に彼が気づいたのではないか―そう思いながら巡察へと向かった。 長崎では、教会に外国人信者達が集まり、ミサに出席していた。 その中に、真紀とあいりの姿があった。「京ではうちらは息を潜めてマリア様に祈りを捧げてきたのに、長崎では堂々とマリア様にお祈りが出来るんどすね。」「ここは、幕府の力が及ばない外国人居留地だからな。」 真紀とあいりは、長崎に滞在している間、幕府の力が及ばぬ外国人居留地内にある、スコットランド人の貿易商人・トーマス=ブレーク=グラバーの元に身を寄せた。 ミサがそろそろ終盤にさしかかろうとしていた頃、祭壇の前に一人の少年が立った。 パイプオルガンの音色に合わせ、少年は澄んだ声で歌い始めた。 「まるで天使のような歌声やわ・・」「あぁ・・」 教会から出た二人は、突然一人の神父から声を掛けられた。『あなた方は、もしかしてグラバー様の元で世話になっている客人ですか?』『はい、そうですが・・それが何か?』 真紀がそう英語で神父に尋ねると、彼は一通の手紙を真紀に手渡した。『この手紙を、必ずグラバー様に渡して下さい。』『わかりました。』にほんブログ村
May 2, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「ねぇ見てよ、はじめ。」「どうした、総司?」 稽古の後、汗を斎藤が井戸で水浴びをしていると、突然総司が彼に話しかけて来た。「あれだよ、ほら。」 総司が指し示す方を斎藤が見ると、そこには縁側で仲良く茶を飲んでいる勇と歳三の姿があった。「最近、二人なんだか仲良くなってない?」「そうか?」「ねぇ、伊東さんが僕達に隠れて長州の志士と密会しているって噂、知ってる?」「いや・・はじめて聞いた。それは、確かなのか?」「あくまで噂だよ。まぁ、あの人は尊王攘夷思想がある人だし、あの清河と同じだね。」「そうか・・」「はじめは、伊東さんの事どう思っているの?」「俺は、政治の事は何もわからぬが、伊東さんとは余り親しくしたいとは思わない。」「良かった、僕と同じ考えで。」総司はそう言って斎藤を見て微笑んだ後、井戸から去っていった。「おい勝っちゃん、これは近過ぎだろ?」「そ、そうか?」「二人共、何しているんですか?」「総司、丁度いいところに来た!」 勇はそう言うと、副長室に入って来た総司にあるものを見せた。「何ですか、それ?」「お前の新しい羽織だ。俺が縫おうと思ったんだが、針仕事は苦手でな・・」「そんなの、別にいいのに・・」「何言っていやがる、総司。お前ぇの冬用の羽織、綿があちこち出てきてボロボロじゃねぇか?」「僕は、物を大事にするんです。」 総司はそう歳三に向かって憎まれ口を叩いたが、その顔は何処か嬉しそうだった。「何だか二人でそんな風に寄り添っている姿を見ると、夫婦みたいですね。」「そ、そうか?総司からそう言われると、何だか照れるなぁ・・」「よせよ、勝っちゃん・・」(見せつけてくれるよねぇ・・) 目の前でためらいもなく仲良く、もといイチャついている勇と歳三の姿を見ても、何故か総司はイライラしなかった。 以前は理由もなくこんな二人の姿を見ていた時はイライラとしていたのに。(あぁ、僕は知らない間に土方さんに嫉妬していたけれど、それは土方さんに近藤さんを取られるかもしれないって、勝手に思っていたからなんだ。でも、二人は僕の事をちゃんと考えてくれている・・)「どうした、総司?」「いいえ、何でもないです。」「年が明ける前には羽織を完成させてやるから、待ってろよ。」「はい、楽しみに待っています。」(伊庭さん、あなたが言っていた事は間違っていませんでしたよ。) 総司がそんな事を思いながら巡察していると、彼は一人の男とぶつかりそうになった。「ちょっと、何処見ているのさ!」「ご、ごめんなさい・・」 総司が自分にぶつかって来た男をにらみつけると、彼は昔、練武館の門下生だと総司は気づいた。「あれぇ、君確か練武館の門下生だったよね?何で京に居るの?」「ぼ、僕の事、覚えていてくださったんですか!?」男―加納英吉はそう叫ぶと総司に抱きついた。「ちょっと離してよ、気持ち悪いなぁ!」「沖田組長、その方はお知り合いですか?」「知り合いも何も、こんな気持ち悪い男と知り合いになりたくないね!」「ねぇお願いだよ、僕をあの人の元へ連れて行っておくれ!」「どうします?」「あぁもう、面倒臭いなぁ・・」総司は自分にしがみついて離れようとしない英吉を連れ、そのまま屯所へと戻った。「おい総司、そいつは何だ?」「助けてくださいよ、左之さん。こいつ、土方さんに会わせろって言って僕にしがみついて離れようとしないんです!」「へぇ、そりゃぁ災難だな。」「笑ってないで何とかして下さいよ!」「総司、どうした?何の騒ぎだ?」「あ、土方さん、いいところに。」 総司が英吉を必死に自分から引き剥がそうとしていると、そこへ歳三が偶然通りかかった。「やっと会えた、僕の“マリア様”!」 英吉はそう叫ぶと、総司を突き飛ばして今度は歳三に抱きついた。「こいつ、誰だ?」「あぁ・・昔伊庭さんの道場の門下生だった人ですよ。」歳三の脳裏に、江戸に居た頃自分を試衛館の前で待ち伏せしていた男の顔が浮かんだ。「あぁ、あの時の・・」「やっと思い出してくれたんだ、嬉しいよ!」「それで?一体俺に何の用だ?」「き、君の傍に居たいんだ・・」「なぁんだ、入隊希望者か。じゃぁ、試験を受けさせないとね。」総司はそう言うと、口端を上げて笑った。「今すぐという訳にはいかねぇだろう、総司。日を改めてやろうか。」「その方がいいですね。」「では、明後日に午の刻(午前11時頃)にこちらへ来て試験を受けるように。」「わかったよ!」 上機嫌な英吉を屯所の正門まで送った歳三は、溜息を吐いて屯所の中へと戻った。「どうするんです、土方さん?あいつ、何とかしないと・・」「今あいつをどうするのかは、考えているさ。それよりも勝っちゃん・・近藤さんは何処だ?」「近藤さんなら、島原で会合ですよ。」「そうか。勝っちゃん、いつも酒に弱い癖に飲まされるから、今のうちに酔いざましでも作っておくか。」歳三はそう呟くと、厨房へと消えていった。「‥何だか最近、土方さんは近藤さんの女房みてぇだなぁ。」「そりゃぁ、江戸に居た頃から色々と土方さんは近藤さんの世話を焼いていたもんなぁ。今じゃすっかり近藤さんの女房だな。」「まぁ、あの二人が仲良かったら安心するな。」「そうだな。」にほんブログ村
Apr 26, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「少しからかったのに、殴る事ないじゃないか!」「うるせぇ!」「どうした、トシ?」 歳三と伊庭が屯所の中庭で口論していると、そこへ近藤がやって来た。「勇さん、聞いてくれよ!」「伊庭八に門下生だった奴の事を聞いていただけだ。」「いやぁ、トシさんに勇さんと何処まで進んだのかを聞いたら、いきなり殴られちゃってさぁ。」「いやぁ、そんな事を聞いてトシが照れるのは当たり前だろう?」「へぇ~、その様子だと二人共、もう・・」「馬鹿野郎、俺はまだ勝っちゃんに抱かれてねぇ!」「え、土方さん、近藤さんにまだ抱かれていないって事は、“処女”ですか?」「あ・・」 勢いにまかせて歳三は、自ら口にした言葉で墓穴を掘っている事に気づいたが、もう遅かった。「あ、俺急用を思い出したからこれで帰るわ。」「僕も巡察の時間だから失礼しま~す!」「おい、てめぇら・・」 伊庭と総司のいらぬ気遣いで突然二人きりにされた歳三と勇との間に、暫く気まずい空気が流れた。「勝っちゃん、さっきのは忘れてくれ・・」「トシ、今まで俺はお前の気持ちに気づいてやれなかった・・いや、気づいてやろうとしなかったんだな・・」「そんな、あんたが謝るような事じゃ・・」歳三がそう言って勇を見ると、彼は真っ直ぐな瞳で自分を見つめていた。「今夜、お前の部屋に行くから、待ってろ。」「あぁ、わかった・・」「ねぇ、あの二人あれからどうなったのかな?」「さぁね。でもあんたも憎いねぇ。わざと気を利かせてトシさんと勇さんを二人きりにさせるなんて・・」「それは伊庭血さんだって同じでしょ?あの時、わざと土方さんを怒らせて本音を出させたよね?策士だね。」「はは、バレたか。」「近藤さんは伊庭さんにとって恋敵でしょう?何で敵に塩を送るような真似を?」「恋敵なんておこがましい。俺はいつだってトシさんの幸せを願っているだけさ。」「ふぅん。」総司は伊庭の言葉を聞いて少しつまらなさそうにそう言った後、少し冷めた茶を飲んだ。「まぁ僕も、土方さんの事は嫌いだけれど、近藤さんには幸せになって欲しいだけです。」「あんたは昔から勇さんが好きだったから、トシさんに勇さんを取られちまったみたいで面白くねぇんだろう?」「いやだなぁ、そんな事ありませんよ。」「まぁ、後はあの二人が上手くいってくれるように願うだけだな。」「そうですね。」そんな総司と伊庭の話を、密かにある男が聞いていた。「桂先生、こんな所に居たんですか、探しましたよ!」「済まない、喉が少し渇いていたから茶店に寄っていたんだ。」「すぐ勝手に居なくならないで下さいよ!」「あぁ、わかっているよ。」 男―桂小五郎はそう言って茶店を後にした。「桂先生、最近京で“マリア様”を見かけたという噂を聞きました。」「“マリア様”ね・・」「桂先生、ご存知なんですか?」「まぁね・・」 桂の脳裏に、江戸で“マリア様”と呼ばれていた歳三の姿が浮かんだ。「桂先生?」「いや、何でもない・・戻ろうか。」「はい。」 桂が長州藩邸に戻ると、そこには珍しい客人の姿があった。「おや珍しい、あなたの方からこちらを訪ねて来るなんて・・」「おや、いけませんか?」「いいえ。しかし、わたしとあなたとの関係が知られたら、彼らが放っておかないと思うのですかねぇ―伊東さん。」「構いません。いずれ時が来たら、わたいは彼らの元を離れるつもりですから。」そう言った伊東は、口元に笑みを浮かべた。「伊東さんは、土方歳三の事をどうお思いで?」「土方君とは、相性が合いません。彼はやけにわたしにつっかかってくるし・・」「そうか。わたしも余り彼の事を好きになれないね。価値観が違い過ぎる。」「どうしてそんな事を?」「興味本位で聞いてみただけです、お気になさらず。」「は、はぁ・・」「先生、お茶が入りました。」「ありがとう。」 歳三は、副長室で勇が来るのを待っていた。 今夜、彼に抱かれるのだと思うと、歳三は急に緊張してきた。「トシ、入るぞ?」「お、おぅ!」 緊張の余り、声が裏返ってしまった事に気づいた歳三は、頬を羞恥心で赤く染めた。「どうした、トシ?顔が赤いが、熱でもあるのか?」「いや・・今夜あんたに抱かれると思ったら、緊張しちまっただけだ・・」「そ、そうなのか・・」 歳三が俯いていた顔を上げて勇の顔を見ると、彼は自分と同じように頬を赤く染めていた。「勝っちゃん・・」「トシ、ずっとお前を抱きたかった・・」「俺だって、ずっとあんたに抱かれたかった。」歳三はそう言って、勇に抱きついた。「トシ、愛している・・」「俺もだ、勝っちゃん・・」 月明かりが、徐々に重なり合う二人の影を優しく照らした。 歳三が翌朝目を覚ますと、隣に寝ていた筈の勇の姿はそこにはなかった。「トシ、朝餉を持って来たぞ。」「済まねぇな、勝っちゃん。」「身体、辛くないか?昨夜はその、お前に無理をさせてしまったから・・」「だ、大丈夫だ・・」歳三はそう言って朝餉を受け取ると、赤くなって俯いた。 その時、彼の白い首筋に散らばる赤い痕に気づいた勇は、思わず息を呑んだ後、頬を赤く染めて俯いた。にほんブログ村
Apr 23, 2020
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加納英吉が歳三と初めて会ったのは、江戸・御徒町の心形刀流の道場・練武館の門下生だった頃の事だった。 そこには、天賦の剣の才能を持った“伊庭の小天狗”こと伊庭八郎が居た。 英吉は旗本の三男坊で、家督を継げぬかわりに、剣の腕を磨こうと練武館の門を叩ものの、連日の厳しい稽古についていくのがやっとという有様だった。 そんな中、練武館に天然理心流の者達が稽古をしにやって来た。「天然理心流四代目宗家・近藤勇と申す。」「トシさんからあなたの話は聞いていますよ。今日、トシさんは?」「あぁ、トシなら、今日は所用があるとかで少し遅れて来るそうです。」「そうですか、それは少し残念だなぁ。」伊庭八郎はそう言って溜息を吐くと、岩のように厳つい顔の男と話していた。 同じ剣術といっても、天然理心流は実践を重んじる“喧嘩剣法”で、木刀を稽古で使用し、剣術だけではなく柔術や棒術などをあわせ持ったものだった。 田舎剣法とはじめ馬鹿にしていた英吉達門下生は、ことごとく近藤達によって倒された。(強い、こんなに強いなんて・・) 英吉はただただ、近藤達の強さに圧倒されていた。「すまん、遅れた!」 その時、英吉に運命の人が現れた。「遅かったじゃないか、トシ。」「悪ぃな、用事を少し済ますつもりが、遅くなっちまった。」「トシさん、用事って何ですか?もしかしてまた別れ話・・」「そんな訳ねぇだろ、バカ!」 夜の闇を全て集めたかのような艶やかな黒髪、雪のような白い肌、そして美しく澄んだ蒼い瞳―英吉はたちまち、“彼”の美しさに魅了された。「あれが、“バラガキのトシ”か・・」「彼を知っているのか?」「あぁ、知っているも何も、あんな役者みてぇなツラして、触れると血が出ちまうほど茨のように気性が荒いんだと。だから、“バラガキのトシ”と呼ばれてんのさ。」 その日から、英吉は只管歳三の姿を見たいがために多摩まで足繫く通った。―一度だけいい、自分に歳三が笑いかけてくれたら、どんなに幸せだろう・・ そんな事を思いながら英吉は多摩まで行っては、試衛館の前で歳三が通りかかるのを待つ事しか出来なかった。 しかし、そんな彼に運命の女神が漸く微笑んでくれた。「あなた、誰ですか?いつもここに来ていますよね?」 英吉がいつものように試衛館の前で歳三が通りかかるのを待っていると、そこへ一人の少年が現れた。「え~と、そのぉ・・」「何も用がないならここに来ないでくれます?はっきり言って迷惑なんですけど。」少年はそう言うと、蔑みを含んだ翡翠の瞳で英吉を見た。「ぼ、僕は・・」「おい総司、そんな所で何してんだ?」 背後から声を掛けられ、英吉が振り向くと、そこには彼が恋焦がれている相手が立っていた。「この人、毎日試衛館の前で誰かを待ち伏せしているようなんですよ。」「お前ぇの知り合いか?」「こんな気色の悪い奴、知りませんよ。」「そうか。」「あ、あの、お久しぶりです・・土方さん。」「あぁ、どうも。」 英吉に掛けられた言葉は、素気ないたった一言のものだったが、それだけでも英吉の気持ちは天にも昇るようなものだった。「あ、あのぉ・・」「土方さんの知り合いですか?」「さぁな。」 頬を紅潮させながら歳三に話しかけようとした英吉だったが、そんな彼を無視して歳三と少年は彼の脇を通り過ぎていった。「最近来てなかったじゃないですか。土方さん、また女の人との別れ話がこじれたんですか?」「おい、人を女たらしみてぇに言うんじゃねぇ!」「事実じゃないですかぁ。」「トシ、来たのか!」「勝っちゃん、久しぶり!」 英吉は、歳三が近藤と楽しそうに話しているのを見て、肩を落としながら試衛館を後にした。 それから彼は、二度と多摩を訪れなかった。 歳三たちが上洛したと英吉が知ったのは、それからすぐの事だった。(僕の恋は、あの時終わったと思ったよ・・でも、僕が父上に命じられて上洛するなんて、思いもしなかったよ!)「若様?」「ねぇ・・あの人は京で何をしているの?」「何でも、土方達は壬生浪士組という組織に入ったそうです。ですが会津藩から『新選組』という名を賜ったようです。」「そう・・」(まるで夢みたいだ、僕の手の届く所に君が居るなんて!)「トシさん、久しぶり!」「おぅ、誰かと思ったら伊庭八じゃねぇか。お前ぇも京に来ていたのか?」「はい。トシさん、それは?」「先程、俺宛に届いた文だ。なぁ伊庭八、加納英吉って奴知ってるか?」「あぁ、うちの門下生だった奴ですよ。何だかトシさんに気があるようだったなぁ。」「は、俺に?気色悪い事言うな!」歳三はそう言うと、自分宛の文の中身も見ずに破り捨てた。「ところでトシさん、勇さんとはあれからどうなっているんですか?」「馬鹿野郎、いきなり何言いやがる!」「その反応だと、もう勇さんに抱かれたね、トシさん?」 伊庭がニヤニヤしながらそう言った後、彼の顔に歳三の拳がめり込んだ。にほんブログ村
Apr 19, 2020
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長崎で、真紀とあいりが龍馬の下で砲術の稽古を受けるようになったからはやひと月が過ぎた。 はじめはただ銃声に驚いていた二人だったが、今や弾の発射後の装填も滞りなく出来るようになった。「二人とも、偉い成長したのぅ。流石、若い者は呑み込みが早いのう。」「何をおっしゃる、坂本殿もお若いではありませんか?」「はは、そうじゃのぅ!」 稽古の後、龍馬は昼食を取りながら、抜けるような青空を見ながら、歳三の美しい青い瞳に想いを馳せた。「坂本殿、箸の手が止まっておりますぞ。」「いやぁ、済まんのぉ。ちょっと想い人の事を考えとった。」「まぁ、坂本はんにもそないな人が?」「わしにも想い人の一人や二人位いるぜよ!」「どんな方なのですか?」「そうじゃのぅ、髪は艶のある黒髪で、肌は雪のように白い。そして瞳は美しい蒼をしとる。じゃが、美人だというのに気が強い。この前尻を挨拶代わりに撫でていると、頬を張られたじゃ。」「それは当然でしょう。」「もしかして、その御方は“マリア様”どすか?」「“マリア様”?」「へぇ、うちらキリシタンの間では、黒髪に蒼い瞳の“マリア様”に会うと、幸せになれるという伝説があるんどす。」「ほぅ、そうかえ。あいりは、その“マリア様”と会うたことがあるがか?」「一度だけ、京で会いました。」「そうかえ。わしも一度だけでいいから、その“マリア様”に会うてみたいのぅ。」 その“マリア様”こと、新選組副長・土方歳三は、伊東が入隊して以来、いつもイライラしていた。 そしてそのイライラは、平隊士達に向かっていた。「そこ、声が小せぇ!」「腰がひけてるぞ!」 その日の朝稽古、平隊士達は鬼副長から厳しい“洗礼”を受け、次々と倒れていった。「土方さん、平隊士達に八つ当たりしないで下さいよ。」「うるせぇ。」「僕だって、伊東(あいつ)の事嫌いですよ。何だか近藤さんの事軽んじているし、お高くとまっているし・・」「お前ぇとは妙に気が合いそうだな。」「まぁね。土方さん、僕はあなたの事が嫌いです。でも、心の底からあなたの事を嫌っている訳じゃないですよ。」「わかっているよ、そんな事ぁ。」歳三はそう言って総司の頭を撫でようとしたが、彼によってその手を邪険に払いのけた。「やめて下さい、もう子どもじゃないんですよ。」「済まねぇ。」歳三がそう言って笑った後、道場に勇が現れた。「二人共どうした?こんな所に居るなんて珍しいな?」「あれ、近藤さん、今日は黒谷に用事があるんじゃないですか?」「そうだが、少し時間があってな。それまで三人で甘味でも食べようと思ってな・・」「わぁ、大福だ!僕ここのお店の大福大好きなんですよ!」「そうか、トシもどうだ?」「いらねぇ。」「土方さん、甘い物を食べて気分を落ち着かせましょうよ。」「わかったよ・・」「美味しいなぁ、この大福!」「そうか。総司が喜ぶ顔を見られて良かった。」「近藤さん、珍しいですね。僕だけならともかく、土方さんに甘味を買って来るなんて・・」「あぁ、ちょっとな・・」「あ、僕これから巡察だった!」総司は突然そう叫ぶと、副長室から飛び出した。「何だ、あいつ・・」「トシ、伊東さんの事で、お前がイライラしている事を、総司から聞いたよ。」「総司の奴、余計な事を・・」歳三がそう言って舌打ちすると、勇はそっと歳三の頭を撫でた。「勝っちゃん、俺はガキじゃねぇ!」「トシ、伊東さんは魅力的な人だが、俺がこの世で愛するのはお前ただ一人だけだよ。」「勝っちゃん・・」「だから、機嫌を直してくれないか、トシ?」「馬鹿野郎・・」そう勇に言って俯いた歳三の顔は、耳元まで赤く染まっていた。「・・ねぇ、本当なの?」「はい。確かに見ました。」「そう・・こんなに近くに居るなんて、思いもしなかったよ!」 薄暗い部屋の中で、男の欲望に滾った目だけがギラギラと輝いていた。(ねぇ、君は覚えていないだろうけれど、僕は君と会った日の事を覚えているよ・・) 男―加納英吉は、歳三と初めて会った日の事を思い出していた。にほんブログ村
Apr 16, 2020
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伊東達が入隊してから数日後、大広間に隊士達を集めた歳三は開口一番、彼らにこう告げた。「最近隊士数が増え、今の屯所が手狭になった。そこで、屯所を移転しようと思う。」「屯所を移転って、こんな大所帯を引き受けてくれるところがあるわけねぇだろう。どうすんだよ土方さん?」永倉新八がそう言うと、歳三はニヤリと笑って間を少し置いた後、次の言葉を継いだ。「移転先ならもう見当がついている。」「何処だよ、それは?」「それは、西本願寺だ。」「本気なのか、土方君?西本願寺へ屯所を移転するだなんて、それがどんなに危険な事なのか承知の上で言っているのかい!?」普段温厚な山南が突然大声を上げたので、隊士達は何事かと彼を見ながらザワザワと騒ぎ始めた。「ああ、本気だ。あんたは反対か?」「反対に決まってるだろう!あそこは・・」「長州贔屓で有名だっつってんだろ?別にいいんじゃねぇか、屯所を移しても俺らには何の支障もねぇぜ、なぁ?」「ああ。歳が決めたんなら俺もそう思う。」勇は歳三の意見に賛同し、その姿を見た山南は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。彼ら二人が屯所移転を西本願寺に決めた以上、その決定を覆すことはできない。「伊東さん、あなたはどう思われる?」歳三は剣呑な視線を伊東に送りながら彼に水を向けると、彼は飄々(ひょうひょう)とした口調でこう言った。「土方君の意見に賛成ですよ。長州贔屓の西本願寺に屯所を移転するとなると、長州の動きも監視できますし、洛中に屯所を移すことによって黒谷への移動時間も短縮できますしね。」尤もらしい伊東の意見が癪にさわった歳三は、彼の意見に噛みついた。「ほう、それは異なこと。確か伊東殿は勤王倒幕の思考がおありとか?それならば今回の屯所移転の件、反対すべきことでは?」「いいえ、わたしはそんなことは言っておりませんよ。」「ではどのような・・」「いい加減にしないか、歳。少し頭を冷やして来い!」勇は歳三を諌めると、彼は憮然とした表情を浮かべていた。「歳、どうしたんだ?お前らしくないぞ?」「何だよ、あんただって伊東さんになびこうとしてるじゃねぇか。」局長室に呼び出された歳三は、そう言うと勇を睨んだ。「お願いだから邪推せんでくれ。」「わかったよ。」局長室から出て行った歳三の姿を、中庭で素振りをしていた斎藤と総司が見ていた。「あ~あ、土方さん最近荒れちゃってるね。」「何処か楽しそうだな、総司。」「そう?僕もさぁ、ムカついてるんだよね。伊東さん、近藤さんに馴れ馴れしいんだもん。今あの人が目の前に現れたら斬っちゃいたいなぁ。」総司はそう言うと、愛刀を力強く振り下ろした。 一方長崎では、龍馬に連れられ真紀とあいりは初めて砲術の稽古を受けることになった。「これが、西洋の銃どすか?何や火縄銃とはえらい違いどすなぁ。」「これだと雨の日でも火薬が湿らんでも撃てるぜよ。ほれ、いっちょう撃ってみ。」「へぇ・・」龍馬に教えられた通り、あいりは銃を構え引き金に手を引いて発砲すると、銃声と撃った反動で彼女は地面に尻餅をついてしまった。「いやぁ、偉い音がするんどすなぁ。」「最初は慣れんが、練習すれば慣れてくるぜよ。さ、もいっちょ。」「へぇ。」その日、あいりは日が暮れるまで砲術の稽古に励んだ。「真紀、あいり、これからの時代は刀だけではいかん、銃も自由自在に操れんと、戦には勝てんぜよ。」「はい、肝に銘じます。」風に乗って、天主堂の鐘の音が彼らの元にまで聞こえた。それは、新しい時代の始まりを告げる音のようだった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「近藤さん、お帰りなさい!」「おお総司、ただいま。」勇の姿が見えるなり抱きついて来た総司を、彼の隣で歳三はじろりと睨みつけた。「総司、よさねぇか。他の隊士達に示しがつかねぇだろう?」「はいはい、わかりましたよ。あれ、近藤さんそっちの人は?」総司の視線が、勇から伊東へと移った。「今回入隊される伊東甲子太郎殿だ。伊東さん、これがうちの新選組一番隊組長の、総司です。俺の試衛館の師範代も務めております。」「ほう、君が近藤君の愛弟子か。」「近藤君?」総司の翡翠の双眸が、剣呑な光を宿した。「近藤さん、ここじゃ何だから色々と後で話そうか?」「ああ、そうだな。」気を利かした歳三は、そう言うと総司の手を掴んで中へと入っていった。「あの人、一体何様のつもりなの?馴れ馴れしく近藤さんを呼ぶだなんて・・」「俺だって気に食わねぇさ。だがな、こんなところで争いを起こしても何もなんぇねよ、堪えてくれねぇか。」「わかりましたよ。土方さんだって、あの人の事気に食わないんでしょう?」「ああ。」歳三は伊東を新選組に入隊したのは間違いではないかと思い始めるようになっていた。そしてその思いは、日頃強くなっていった。「わたしを新選組参謀に取り立てていただき、ありがとうございます。」伊東の歓迎の宴が島原で開かれ、彼は酒を飲んで少し赤くなった頬を勇に向けるとそう言って彼に微笑んだ。元々美しい顔立ちをした彼は、笑うとまるで天女のように美しく見えた。「いやぁ、わたしとしては、伊東さんの力を是非お借りしたくて・・」「それは頼もしい事です。」盛りあがる二人の傍らで、歳三はいかにも面白くないような顔をしていた。「何あれ、近藤さんに馴れ馴れしくしちゃってさ。」「総司・・」「一体何様のつもりなんだろ、あの人?しかも参謀だなんて、山南さんの立場がないじゃない。」「総司、わたしは大丈夫だからやめなさい、そんなことを言うのは。」山南敬助はそう言って総司を窘(たしな)めると、歳三の前に腰を下ろした。「うかない顔だね、土方君。」「ああ。それよりも山南さん、本当にいいのか?」「別にわたしは地位などに固執したりはしないよ。それよりもそんな仏頂面じゃ、折角の宴が台無しになるだろう?」「わかったよ。」普段意見が合わず対立している山南と歳三だったが、試衛館の貧乏時代に苦楽を共にした仲なので、互いの事を認め合っていた。「歳、どうしたんだ?機嫌が悪そうだな?」「何でもねぇよ。」局長室に入った歳三は、そう言って勇にそっぽを向いて部屋から出ようとした時、彼に抱き締められた。「何だよ、急に・・」「お前が欲しい。」勇はそう言うと、歳三の唇を荒々しく塞いだ。「んん!」息が出来ぬ程の激しい口付けに、歳三は腰砕けになりそうになった。「土方君、居るかい?」その時、廊下から伊東の声が聞こえ、二人は慌てて離れた。「伊東さん、どうしたんです?」「いえ、今後の隊の方針についてお話があって。」「そうですか・・」勇はちらりと歳三を見たが、彼は部屋から出て行った後だった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「おう、来たかえ!」『亀山社中』と書かれた門の前に真紀とあいりが立つと、中から浅黒い肌をした男が二人を出迎えた。「坂本殿、お久しぶりです。」「お~、お前、真紀じゃなかか?暫く見ん間に、大きゅうなったのう!」龍馬は骨張った大きな手で真紀の頭を乱暴に撫でた。「お前の隣に居る女子は誰じゃ?」「初めまして、あいりと申します。」「ほう、可愛いのう。それよりも、桂さんから何かを預かってきたがか?」「はい。ここでは人目がありますので・・」「わかった。中で茶でも飲んで話そうかのう。」 三人は、ゆっくりと建物の中へと入っていった。「長州が馬関で列強の艦隊と戦をしたがか・・そんで、勝ったかが?」「いいえ。圧倒的な軍事力で、我が藩は大敗を喫しました。」長州藩は、馬関海峡に於いてイギリス・フランス・オランダ・アメリカの4ヶ国に砲撃を受け、惨敗した。その原因は、前年長州藩がフランス艦を馬関で砲撃したことにあった。「今回のことで、桂さんは尊王攘夷から開国勤皇へと藩は大きく考え方を変えるべきだとおっしゃっておりました。そこで、坂本殿のお考えをお聞きしたいと・・」「わしゃぁ、このままでいっては日本はいかんと思うぜよ。」「では、どうすればよいと?」「メリケンちゅー国は、日本のように血筋で選ばれた将軍が国を治めんと、国民一人一人が選んだ大統領が治めるがじゃ。身分も何も関係ない者が国を動かす。面白い事だとは思わんかえ?」「そうですね・・ですがそれを日本でしようとするとなると、至難の業でしょう。徳川家が容易に将軍職を手放すかどうか・・」「なぁ真紀、外国人らにはこん国が面妖なもんに見えて仕方がないと言われたがじゃ。それぞれの国に王様がおって、西と東にも王様がおる。国中がバラバラな動きをしとる。」「確かに、エゲレスでは女王が一国を治めておりますし、オロシヤでもあの広大な国を皇帝が一人で治めています。日本でもそれが出来る筈・・」「そうぜよ。それがわしの目指している未来の日本の在り方じゃ。共和国ちゅーもんを作りたいんじゃ。」「共和国?」「これからこの国の王は、血筋でなくて国民一人一人が選んだ者がなるんじゃ。」「それはいいですね。しかし、それが実現するまでどれほど時間がかかるか・・」真紀はそう言って溜息を吐くと、茶で乾いた喉を潤した。「すいまへん、ちょっと坂本はんに聞いてもよろしいどすやろうか?」先程まで真紀と龍馬の会話を聞いていたあいりが、そう言って龍馬を見た。「何か言いたい事があるがかえ?」「坂本様が目指す新しい国には、キリシタンが居てもいいんどすやろか?」「おんし、確かキリシタンやったのう。」「へぇ。うちは悪い事を何もしてへんのに、どうしてあないな目に遭わされるんかわからへんのどす。」「わしは、キリシタンもそうでない者も、みな同じ人間じゃ思うちょる。」龍馬の言葉に、あいりはパッと顔を輝かせた。「そうどすか。ほんなら、うちも坂本はんの新しい国づくりの手伝いをしてもよろしおすか?」「ありがたいぜよ、これから宜しゅう頼む!」龍馬は屈託のない笑みを浮かべて、あいりに骨張った手を差し出した。「あの、これは?」「シェイクハンド言うて、西洋の挨拶じゃ。」「ほな、宜しゅうお頼申します。」あいりはにっこりと龍馬に微笑んだ。「ねぇ、土方さん達江戸から戻って来るのは、今日だっけ?」「ああ。何でも、向こうで伊東甲子太郎なる人物が入隊をしたらしい。」「ふぅん、どんな人なんだろうねぇ、その人。」総司がチラリと屯所の門の方を見ると、丁度近藤達がやって来るところだった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「平助がお前に会わせたい奴が居るんだとさ、歳。」「平助が?」 勇と身体を重ねた翌朝、歳三は彼とともに江戸市中にある道場へと向かっていた。「何でもその方は、平助と山南さんと同じ流派の者だそうだ。」「北辰一刀流か。それで、どんな奴なんだよ?」「さぁ・・詳しいことはよくわからないが、和歌に精通していてかなりの切れ者だという噂があるそうだ。」「へぇ、そうかい。」少し歳三が嫉妬を滲ませた口調で言うと、勇が怪訝そうな表情を浮かべて彼を見た。「もしかして歳、嫉妬してるのか?」「馬鹿、嫉妬なんかしてねぇよ!」歳三は顔を赤くすると勇にそっぽを向いた。「あ、土方さん、近藤さん!」「平助、俺達に会わせたい奴って誰なんだ?」 道場へと着くと、その入り口では平助が二人に手を振りながら彼らの方へと駆け寄ってきた。「伊東先生なら、道場の中に居るぜ?」「伊東っていうのか。」「藤堂君、お客様かい?」道場の中で玲瓏な声が聞こえたかと思うと、一人の男が二人の前に姿を現した。 その余りの美貌に、勇と歳三は思わず絶句してしまった。端正な美貌と、透き通るような白い肌、華奢な身体―歳三と似たような美貌を伊東は持っていたが、ひとつ歳三と違うのは、瞳の色が紫紺だということだろうか。「僕の顔に何か?」「いえ・・平助から聞いた話だと、かなり剣の腕が立つとか・・それで、どんな猛者なのかを想像していましたら・・」「これは失礼、近藤君の想像とは違ったようだ。」伊東甲子太郎(いとうかしたろう)は、そういうと勇に微笑みかけた。初対面の相手に向かって“君”づけで伊東が勇を呼んだことに、歳三は一種の不快感を覚えた。(何だこの野郎・・勝っちゃんに対して馴れ馴れしくねぇか?)「そちらの方は?」「ああ、こいつは俺の道場の門下生で、新選組副長の、土方歳三といいます。ほら歳、そんなに仏頂面を浮かべてないで挨拶せんか。」「初めまして、土方です。」「君が、噂の土方君か。話は藤堂君から聞かせて貰ったよ。何でも、隊内の規律を乱す者には容赦なく切腹を命じるとか。」「ええ。新選組は今後ますます規模が大きくなりますからね。隊士達をまとめるには、厳しい規則が必要です。いけませんか?」「おや、まるで僕が君のやり方を批判しているようじゃないか?まぁ、そう思ってくれても結構だがね。」「ほう、そうですか・・」両者の間に、見えない火花が散った。「歳、一体どうしたんだ?伊東さんにあんな言い方をして・・」「どうしたもこうしたもねぇよ。俺はあいつが気に入らねぇ。」「歳、そんなことを言うなよ。伊東さんは必ず新選組を支えてくれる存在になるさ。」「そうか?俺にとっちゃぁあいつはぁ新選組の疫病神にしかならねぇと思うけどな!」歳三はそう吐き捨てると、伊東の道場を後にした。「疫病神、か・・かなり酷い言い草だね。」「兄上、気になさらないでください。」歳三たちが去っていった方向を眺めている伊東の背後に、彼の弟の三木三郎が立ち、そう言って兄を慰めた。「わたしは彼の言うことなど気にしていないよ。ただ・・土方君という男は、少し厄介だね。」伊東甲子太郎と、土方歳三―二人にとって互いの第一印象は最悪なものとなった。「あいり、見えてきたぞ。」「あれが長崎やろか、兄上?」「ああ、そうだ。」 一方、萩から一組の兄妹―真紀とあいりが、桂からある用事を言いつけられて長崎の土を踏んだ。「ここはほんまに日本どすか?何や偉い京や江戸とは違いますなぁ。」「長崎は鎖国中の日本で唯一の貿易港だ。あれを見てみろ、あいり。」そう言って真紀が指したのは、ゴシック様式の教会だった。「あれは、教会?」「長崎ではエゲレス人やフランス人が多いからな。キリシタンも江戸や京よりも多いだろう。」「そうどすか・・」「さてと、ぐずぐずしている暇はないぞ。急がねばな。」「へぇ・・」 あいりは天高く聳(そび)え立つ教会の尖塔を見つめると、真紀と共に歩き始めた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「またあんたのことだから、仕事ばかりして碌にご飯も食べてないんじゃないの?」「うるせぇな!」試衛館道場に隣接する母屋の中で、のぶはぐちぐちと歳三に向かって小言を言いながらも、彼の茶碗の中に白いご飯をよそった。「飯なんていつでも食えんだよ。」「あんたって子は・・いつまで経っても変わらないんだから!」「まぁまぁ二人とも・・歳、おのぶさんはお前の事を心配してるんだから、そんなに怒らなくたっていいだろう?おのぶさん、歳も今は大変な時期なんです、わかってやってください。」勇が二人の間に割って仲裁に入ると、二人はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。「全く、歳は昔から口が減らないねぇ。京でもそんなふうにやってると、敵を作っちまうぞ?」勇の養父・周斎は赤ら顔でそう言うなり、歳三の肩をバシンと叩いた。「周斎先生までそんなことを・・」「まぁ、歳は完璧主義なところがあるから、色々と衝突しているな。特に総司とは顔が合えば喧嘩ばかりしていて困るよ。」勇が朗らかな笑みとともに歳三を見ると、歳三は照れ臭そうな顔をして俯いた。「勝っちゃん、さっきはありがとな。」「なぁに、どうってことねぇよ。それよりも歳、お前なんか俺に隠してることないか?」「え・・」歳三が勇とともに道場へと向かう途中、勇がそう歳三に尋ねると、彼は激しく狼狽した様子で自分と目を合わせようとはしなかった。(やっぱり、何かを隠している。)そう確信した勇は、更に畳掛けるように歳三にこう言った。「実はなぁ、江戸に発つ前に総司から歳の様子がおかしいと言われてな。だから気になって聞いてみたんだが・・」「総司の野郎、余計なことを・・」歳三は舌打ちすると、そう小さな声で毒づいた。彼の脳裏には、小憎たらしい笑みを浮かべている総司の顔が浮かんだ。総司は何処まで自分を苦しめようとするのだろう。「勝っちゃん、俺はあんたに言いたい事がある。」「ここじゃ人目につく。道場の中で聞こう。」「ああ。」 道場の中へと入り、歳三は勇の方へと向き直った。そして深呼吸した後、彼にこう告げた。「勝っちゃん・・俺は、キリシタンなんだ。」勇の岩のように厳つい顔が驚愕でひきつるさまが、歳三の瞳に映った。「俺は多摩に居た頃・・ガキの頃から、キリシタンだったんだ。この事は、姉貴や義兄さんにも言ってねぇ。周斎先生にも・・ただ、総司にはあっさりとバレちまったがな。」わざとらしく笑いながら、歳三はそう言って頭を掻いた。勇の顔を見るのが、怖かった。彼は自分を軽蔑しているのか、それとも―「何だ、そんなことか。」勇はそう言うと、歳三の肩に両手を置いた。「あんたには悪いと思ってる。酷い奴だって・・」「そんなこと、俺は一度も思っちゃいないよ。歳がキリシタンでも、俺はお前を愛してる。だから、俺のことをずっと支えていてくれ。」「勝っちゃん・・」勇の言葉に驚きながらも、歳三は涙を流した。涙とともに、長年勇にキリシタンだと隠していた重荷や、後ろめたさといったものが流れていった。 やはり、彼の事を愛している―一人の男として。「俺も、あんたのことを愛しているよ、勝っちゃん。」「歳・・」月に照らされた勇と歳三は、互いの唇を吸い合った。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「久しぶりの江戸だな、歳。」「ああ・・」 隊士募集のため江戸へとやって来た歳三と勇は、約半月ぶりに故郷の空気を吸い、少し安堵したかのような表情を浮かべていた。「さてと、俺はたまこに会いに行くよ。お前は?」「俺は別に寄る所がある。」「じゃぁ、試衛館で落ち合おう。」勇と品川宿の前で別れると、歳三はある場所へと向かった。 そこは、歳三がキリシタンになった11歳の頃、足しげく通っていたキリシタンの集会所だった。「マリア様、来てくださったんですね!」「おい、その呼び名はやめろっつただろうが!」集会所へと入った歳三は、そう言って一人の少年を睨みつけた。「申し訳ありません、つい・・」「マリア様、お久しぶりでございます。」少年の背後から、一人の老人が現れた。「喜八、お願いだからマリア様って呼ぶのはやめてくれねぇか?むず痒くならぁ。」「何をおっしゃいますか。あなたはわたし達にとって慈悲深き父なるキリストの母、マリア様です。」喜八と呼ばれた老人はそう言って歳三を見つめると、胸の前で十字を切った。「さてと、どうぞ中へ。皆が待ってます。」「ああ。」歳三は喜八達とともに、集会所の中へと入った。「マリア様!」「マリア様がいらっしゃった!」「おお、マリア様が我々の御前に!」 集会所に歳三が入ると、信者達が口々に歳三の姿を見てそう叫びながら、胸の前で一斉に十字を切った。彼らは、歳三の仲間で、幕府の目から逃れてキリスト教を信仰している者達だった。(ったく、何だよみんなしてマリア様って・・俺は男だぞ!)男だというのに、“マリア様”と呼ばれ、心中複雑な歳三であった。ふと視線を感じた彼が集会所の隅へと目を向けると、そこには鳶色の瞳をした青年が自分を見つめていた。「喜八、あいつはぁ誰だ?見ねぇ顔だな?」「ああ、あのお方は桂小五郎というお方です。江戸で道場を開いています。」「桂って・・」歳三の蒼い瞳が、鋭く光った。「喜八、向こうで待っててくれねぇか?俺はあいつと話がある。」「わかりました。」歳三からただならぬ気配を感じたのか、喜八はそそくさと彼の元から去っていった。彼がゆっくりと桂の前に立つと、桂はにっこりと歳三に微笑んできた。「あなたが、お噂の“マリア様”ですか?」「俺ぁそんな風に呼ばれちゃいねぇよ。あんたが、“逃げの小五郎”か?」「それは不名誉なあだ名だね。言っておくが、ここに来たのは君と戦うために来たわけではない。」「じゃぁ、何しに来たんだよ?」「それは後で説明する。少し時間あるかい?」「ああ・・」桂と連れ立って集会所から出て行く歳三の姿を、喜八は不安げに見ていた。「喜八様、マリア様は・・」「心配することはないよ。」 集会所から出た桂と歳三は、日本橋近くの茶店に落ち着いた。「それで?俺に話ってなんだ?」「君は、この国をどう考えているんだい?」「あんたの言ってる意味がわからねぇな。」歳三は茶を一口飲むと、桂を睨んだ。「君はわたしのことを誤解しているよ、土方君。ただ単にわたしは倒幕を叫ぶ危険人物だと思ってはいないかい?」「ああ、その通りだよ。あんたは御所に発砲した長州の奴らと同じで、天子様と上様に弓ひく逆賊だ。それ以上でも、それ以下でもねぇ。」「そうか・・どうやら、わたし達は永遠に分かり合えないようだね。」「あんたと仲良くするつもりなんざ、はなからねぇよ。」歳三は吐き捨てるようにそう言うと、茶店から出て行った。「歳、遅かったじゃないか!」「済まねぇな勝っちゃん。ちょっと用事があってよ。」「そうか。さぁ、中へ入ろう!みんなお前を待ってるぞ!」「あぁ、わかったよ・・」半月ぶりに試衛館の門をくぐると、そこには姉・のぶと勇の妻・つねが立っていた。「歳、あんた見ない内に少し痩せたんじゃない?」「ああ。忙しくてな。」のぶはそっと歳三の頬を撫でると、母屋の中へと彼を引っ張っていった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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歳三が河原で轟音を聞いた時、山本覚馬をはじめとする会津藩兵達が警護している蛤御門に、長州藩兵が攻め込んできた。「御所を通ることは罷りならん!」「鉄砲隊、前へ!」馬上に居る指揮官と思しき藩士の指示で、長州藩兵達が洋式銃を構えた。「あいつら、御所に鉄砲向ける気だ・・」「全く恐れを知らねぇ奴らだ、俺らで迎え撃つべ!」もはや御所に対して発砲する事もいとわぬ長州藩の狼藉ぶりに山本達は怒り、広沢も宙周藩兵達を睨みつけた。「槍隊、前へ~!」「放て、撃てぇ!」会津藩兵達が長州藩勢の方へと突進してきたが、彼らの槍の穂先が向こうへと届く前に、彼は長州藩の鉄砲隊の前に悉(ことごと)く倒れ伏した。「これじゃぁ埒が明かねぇ、鉄砲隊、前へ!」山本が率いる鉄砲隊が槍隊と入れ替わるようにして前に進み、一斉に長州藩勢に向かって射撃した。「怯むな、撃てぇ!」山本は敵の銃弾を素早く避けながら、指揮官の男の足を撃った。「今だ、突っ込めぇ!」指揮官が倒れ、敵が相好を崩したのを見計らった会津藩兵が長州藩勢を押すと、彼らは逃げるように退却していった。「一旦中へ入るべ。」 会津藩兵は一旦門の中へと退くことにした。「ねぇ土方さん、あそこに居るの、長州の奴らじゃないですか?」総司が走りながら向こうの角に見える鎧姿の男達を指すと、歳三はゆっくりと彼らの方へと近づいていった。「てめぇら、何もんだ!?」「会津中将様お預かり、新選組である!」「新選組じゃと?」「池田屋の仇、ここで討っちゃる!」 会津藩・桑名藩、そして新選組と激戦の末、長州藩は大敗を喫して京から退却していった。その際鷹司邸に放たれた火が強風に乗り、千年王城の都を一瞬にして灰燼(かいじん)と化した。煤で顔を汚した町民たちは、都を焼いた会津藩と新選組に対して憎悪の視線と怨嗟の言葉をぶつけてきた。「鬼め、この人殺し!」「早う京から去ね!」「この人殺し!」都を長州から守ったとはいえ、その代償は余りにも大きかったのである。「なぁ総司、一体俺達は何の為に戦っているんだろうな。」「何を言ってるんですか、土方さんらしくないですよ。」辺り一面灰燼と化した都を歩きながら歳三が弱音を吐くと、すかさず総司が憎まれ口を叩いてきた。「あ~あ、折角好き放題に暴れたっていうのに、土方さんがそんなんじゃぁ戦った甲斐がないなぁ。」「てめぇ・・」「あはは、怒ったぁ。それでこそ鬼副長ですよぉ。」「うるせぇ!」歳三は総司の挑発にいとも簡単に乗ってしまい、拳を振り回しながら彼を追いかけ回した。「それじゃぁ、行って来る。」「気を付けてくださいねぇ。あ、もう戻って来なくてもいいですよ?」禁門の変からいくばくか経たぬ内に、歳三は勇達とともに隊士を募る為江戸へと向かった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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池田屋で喀血した総司は、念の為暫く自室で療養する事となった。「あ~あ、つまんないな。みんな稽古やら巡察やらしてるのに、僕だけ横になってばかりだなんて。」総司はそう言うと、素振りをしている斎藤を恨めしそうな目で見た。「そう言うな。土方さんの命令は絶対だ。」「わかってるよ、そんなこと。でもやっぱり納得いかないよ!」まるで幼子のように拗ねる総司に、斎藤は溜息を吐いた。「総司の様子はどうだ?」「変わりません。どうやら身体を動かせないのが辛いみたいです。」「そうだろうと思ったよ。余り症状が酷くないのなら隊務に戻らせよう。」歳三は文机に置いてある書物に再び目を通した。「今回は、新選組にしてやられた・・」 長州藩邸では、桂が池田屋事件で宮部や吉田という優秀な人材を失ったことに自責の念を感じていた。「先生、お気を落とさないでください。挽回する機会はまだいくらでもあります。」「そうだな・・どちらが正しいかは、いずれ歴史が証明してくれることだろう。」桂はそう言うと、窓の外から京の街を眺めた。「暫くは何処かに身を潜めるべきかと。」「一度荻に戻った方がいいだろう。」「お供いたします。」真紀が桂に頭を下げると、桂は彼を見た。「お前がそう言ってくれるのはありがたいが・・あいり君はどうする?」「彼女も新選組に顔が知られています。暫く京を離れた方が得策かと。」「そうだな・・」こうして、真紀とあいりは桂とともに京から離れることとなった。 池田屋事件から一ヶ月後、会津藩本陣に長州が挙兵し街道沿いに京へと向かっているという報せが入った。「殿、如何されますか?」「長州が上洛するまで、まだ時間はある。余り下手な動きをすれば、我らの命取りとなろう。」会津藩主・松平容保は、手に持っていた扇を膝に当てながらどのような策を練ろうかと考えていた。「殿、はやまってはなりません。」「わかっておる・・」 報せを受けた翌日、容保は二条城で一橋慶喜と謁見した。「京都守護職は一体何をしておる。速やかに長州勢を追討せぬか!」「しかしながら、まだ長州の動きを抑えるのは時期尚早かと・・」「甘いわ!武芸に長けておると名高い会津藩が、腑抜けになったか!」慶喜は言葉を濁す容保に対して苛立った口調でそう叫ぶと、彼をジロリと睨みつけた。「長州は帝に弓引く逆賊じゃ!早う追討せよ!」「ははぁっ!」 一方、長州勢は徐々に伏見街道を北上し、京へと迫りつつあった。天王山に拠点を置いた彼らは、大砲や洋式銃を調達して陣を構えた。「会津に今度は煮え湯を飲ます番じゃ。」「負けたままでは終わらんぞ!」真木和泉は、怒りに滾らせた目で京を見た。 その後、会津藩兵たちは伏見街道沿いと御所の蛤御門の警護を任され、会津藩士・山本覚馬は獲物を狙う鷹のような鋭い目で通りを見渡していた。「ここは絶対に通さねぇ。」 一方、新選組にも会津藩から出動要請が出た。「暫しここで待機しておれ。」「くそ、池田屋の時といい、事が起こるまで待てってか・・いつまで俺らを虚仮にするつもりだ!」歳三は歯噛みしながらそう吐き捨てるように呟いたその時、御所の方から轟音が轟(とどろ)いた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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※BGMとともにお楽しみください。1864(元治元)年6月5日。「遅ぇな・・」長州の目的を会津藩に報告した歳三達だったが、新選組は会津藩側から待機を命じられた。「この非常事態にじっと待ってろっていうのか?」「仕方ないだろう、歳。俺らは会津藩お預かりの身なんだ。勝手に動くわけには・・」「甘ぇよ近藤さん!ここで指を咥えて待っている間にも、京が燃えるかもしれねぇんだぞ!出陣するなら今だろうが!」会津藩の指示に従おうとする勇に対し、歳三はカッと目を見開きながらそう怒鳴った。「そうか・・では、出陣するか!」「それでこそ新選組の大将だ!」 こうして、新選組は独断で長州の目的を阻止するため、彼らの会合場所に討ち入りする事を決めたのである。「二手に分かれるぞ。歳は四条河原沿いの四国屋、俺達は三条小橋の池田屋を調べろ。」「わかった。」「武運を祈るぞ、歳!」「あんたもな!」黒谷の前で別れた勇と歳三は、それぞれ会合場所と思しき旅籠へと向かった。「御用改めである、神妙にいたせ!」歳三が四国屋へと踏み込むと、そこに長州藩士らの姿はなかった。「ちっ、外れか・・」「伝令、伝令!」 四国屋を後にした歳三達の前に、伝令役の隊士が現れた。「本命は、三条小橋、池田屋!」(畜生、今から行っても間に合うかどうか・・)歳三は歯噛みしながら、部下を率いて池田屋へと駆けていった。「御用改めである、神妙に致せ!」「お客様、早う逃げとくれやす!」 池田屋の主は二階の浪士達に向かってそう叫んだが、階段を上がる途中で沖田総司によって気絶させられた。「こん幕府の犬が!」「どこまで俺らの邪魔をする気か!?」いきり立った数人の浪士達が総司に斬りかかったが、彼の鋭い突きを喰らい階段から転げ落ちていった。「手向かい致せば容赦なく斬り捨てる!」勇がそう叫んだ瞬間、全ての灯りが消えた。「曲者!」「そこを退けっ!」 一方、池田屋の裏口へと入った真紀とあいりは、そこを守っていた奥沢栄助に咎められ、真紀は彼の槍をかわして彼を一撃で斬り伏せた。「あいり、済まぬがお前を守ってはやれぬ。」「承知してます。」「行くぞ!」二人が池田屋へと踏み込むと、辺りは血の臭いで充満していた。(宮部さんは何処に・・)あいりが二階へと駆けあがると、奥の部屋から人の声が聞こえた。「あ、君この前の・・」背後から声を掛けられて彼女が振り向くと、そこには返り血を浴びた総司が立っていた。「二度目は逃がさないって、言ったよね?ここで死んでくれるかな?」「嫌どす!」「ふぅん、女の癖に逆らうの?」総司は口端を歪めると、あいりに刀を向けた。あいりは素早く鯉口を切ると、正眼に構えた。 暫く二人は睨み合った後、同時に互いに向けて突進した。「ふぅん、なかなかやるじゃない。でもいつまで続くかな?」「黙りよし!」あいりはそう言うと、総司の肩を切り裂いた。「いつの間に剣を振るえるようになったの?まぁ、君みたいな子、すぐに斬り伏せて・・」「余所見をするな!」真紀は怒声を上げると、総司の前髪を切り落とした。「ああ、君も居たんだ?今度は逃げないの?」「抜かせ!」総司と真紀は互いに一歩も退かずに刃を交えた。「君もなかなかやるじゃない。でもこれで終わり・・」総司はそう叫んだ途端、喀血した。「お前・・」総司が真紀を見ると、彼は何処か自分を憐れむような顔で見ていた。「憐れみは要らないよ!」総司が鋭い突きを真紀に喰らわそうとしたその時、外が騒がしくなった。「退くぞ。応援が来たようだ。」「へぇ。」真紀とあいりは懐紙で刀の血を拭うと、裏口から逃げていった。「逃げるな!」総司は二人の後を追おうとしたが、思うように身体が動かず、うつ伏せに床に倒れたまま意識を失った。「副長、宮部は奥で腹を切っていました!」「そうか。まだ息がある者は補縛しろ。」「はい!」 歳三は激しい戦闘の痕跡が残る室内を見ながら、二階へと上がった。「総司、何処に居る!?」歳三が総司を探すと、彼は二階の廊下で倒れていた。「誰か戸板を持ってこい!」(しっかりしろ総司、死ぬんじゃねぇ!)総司とは仲違いしてしまったが、彼の死を歳三が願ったことは一度もなかった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「何も知らん癖に、軽口ばっかり叩くな!」「何やとぉ!」「女子の癖に、生意気を言うちょるか!」突然あいりから冷水を浴びせられた藩士達は呆然としていたが、瞬時に怒りで顔を赤くして彼女の胸倉を掴んだ。「女子に手を上げるとは、感心せんのう。」「けんど、こいつが・・」「お前らには他にやることがあるがなかか?そげな者に構っちょらんで、向こう行け。」宮部はそう言って藩士達を睨み付けると、彼らは舌打ちして廊下の角へと消えていった。「助けてくださって、おおきに。」「おんしは出来過ぎた女子や。けど、それを快く思わん奴も居る。それを覚えておけ。」「へぇ・・」宮部はあいりの肩を叩くと、元来た道へと戻って行った。「兄上、お加減はどうどすか?」「だいぶ良くなった。それよりももうすぐ祇園会だな?」「へぇ。兄上は、祇園会は初めてどすか?」「ああ。まだ上洛して間もないからな。良かったら案内してくれないか?」「喜んで。」真紀の笑顔を、あいりは初めて見た。 二人が穏やかな時間を過ごしているとは対照的に、新選組内では長州の過激派浪士の補縛・取り締まりを強化しているので、緊迫とした空気が流れていた。「枡屋が武器・弾薬を隠し持っているとの報告が。」「そうか。じゃぁすぐに向かうぞ!」「御意。」新選組は、枡屋喜兵衛―長州藩士・古高俊太郎の存在を会津藩に報告した後、彼を補縛し、蔵へと連行した。「吐け、吐かぬか!」前川邸の暗くて蒸し暑い蔵の天井から逆さづりにされて鞭うたれながらも、古高俊太郎は長州の目的を一向に吐こうとはしなかった。「ったく、あいつちっとも吐きやしねぇ。こうなりゃぁ持久戦に持ち込むしか・・」「俺が奴を吐かせる。」歳三はそう言うと、蔵の中へと入った。「誰か五寸釘と八目蝋燭を持ってこい。」「はい!」蔵の中から古高の呻き声を聞いた隊士達は、中で何が起こっているのか気になった。足の裏を五寸釘で貫かれ、その上に八目蝋燭を垂らされた古高は、とうとう長州の目的を白状した。「風の強い日を狙って御所に火をつけ・・帝を長州へとお連れあそばす・・」「よかったな。足が少し痛んだだけで済んで。」歳三はそう言うと、蔵から出て行った。「そうか・・では会津藩に報告しよう!」「ああ。」こうして、新選組と長州―それぞれにとって長い夜が始まろうとしていた。「みんな、集まったか?」「ああ。」三条小橋の旅籠・池田屋には、長州・肥後・土佐の過激派藩士達が次々と集まって来た。] その頃、あいりと真紀は祇園会の宵山見物をしていた。伝統ある祭りとあってか、往来は人の波が出来る程混雑していた。「おお~い、真紀!大変だ!」「山下様、どないしはったんどす?そないに息を切らして・・」「新選組が・・三条小橋の池田屋に!」「行くぞ、あいり。」「へぇ。」あいりは腰に帯びた刀をそっと指先で触れると、真紀とともに雑踏の中を走りだした。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「あ~あ、つまんないなぁ。」「どうしたんだよ、総司。」巡察の後、総司がそう言って溜息を吐いていると、藤堂平助が怪訝そうな顔で彼を見た。「だって、一番いいところで土方さんに邪魔されてさぁ。それに石も投げられたし。ここ見てよ、こんなに腫れちゃって。」総司は額に残る痣を指すと、また大仰な溜息を吐いた。「いいじゃん、不逞浪士をやっつけたんだから。」「良くないよ、だって・・」「総司、後で俺の部屋に来い!」平助と総司が話していると、歳三の怒声が廊下から聞こえた。「まぁた土方さんから呼び出しだよ、嫌になっちゃう。」「俺は知らねぇからな。」総司はさっと立ち上がると、副長室へと向かった。「てめぇ、丸腰の相手を斬るたぁどういう神経してんだ!?」「ああ、あの子丸腰じゃありませんでしたよ。それにどうみても、浪士(あっち)側だし。斬っても何の罪にも問われませんよね?」「てめぇ、ふざけんな!お前ぇに斬られた奴は子どもを庇って抜刀しなかったんだ!周りの状況くらい把握しやがれ!」「そんなに上から目線に偉そうに言うの辞めて貰いませんか?あなたが陰険で策士だから隊士に煙たがられているんですよ!」「総司、てめぇ・・」歳三の白い手が拳を象るのを見て、総司は少し心が躍ったが、今ここで歳三とやり合うと後でまずくなると思ってやめた。「話はもう終わりですか?それじゃぁ失礼します。」「てめぇ、待ちやがれ!まだ話は・・」歳三の怒声を聞きながら、総司はそそくさと副長室から出て行った。 最近歳三は総司と口論してばかりで、偏頭痛に見舞われる。「土方さん、薬をお持ちしました。」「悪ぃな斎藤。」斎藤が部屋に入ると、歳三は偏頭痛で顔をしかめていた。「横になられてはいかがですか?」「そんな事出来たら、苦労はねぇよ。」斎藤の手から薬と水が入った湯呑みを取ると、歳三は一気に薬を飲んだ。「少しはマシになったぜ、ありがとな。」「ええ。では俺はこれで失礼致します。」斎藤は歳三に頭を下げると、副長室から出て行った。 歳三は溜息を吐きながら、眉間を指で揉んだ。(最近総司の奴、妙に俺につっかかって来やがる・・)総司とは江戸に居た頃、関係は良好そのもだったが、上洛してからは何処か彼は自分を敵視しているようだった。「兄上、大丈夫ですか?」「ああ。それよりも、あの子は?」「無事でした。今晒しを替えますさかい。」「わかった。」真紀が痛みに顔を顰めながら起き上がると、あいりが素早く彼の上半身に巻かれていた晒しを解き始めた。彼の白い背には、生々しい刀傷が残されていた。「後ろ傷やなんて、こんな・・」「俺はあの子を守っただけだ。気にすることはない。」「へぇ・・」あいりはそう言うと、涙を流した。 長州藩邸では、後ろ傷を負った真紀の陰口を、藩士達が叩いていた。「ふん、やはり腑抜けじゃ。」「あんな小僧に、桂さんが守れるわけがなか!」高笑いする彼らの頭上に、突如冷水が浴びせられた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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あいりは、真紀とともに洛中を歩いていた。「すいまへん、うちが頼んでしもうたさかい・・」「気にするな。たまには外に出るのは気晴らしになる。」 剣術の稽古の後、主から休みを貰ったあいりは真紀とともに宿の近くにある甘味処に来ていた。店の中は女性客ばかりで、どうしても男の真紀は悪目立ちしてしまう。「甘い物はお嫌いどすか?」「いや、少し苦手だ。」「へぇ、そうどすか。それよりも宮下様はおいくつどすか?」「17だ。そなたは?」「うちは15どす。これから宮下様を、“兄上”とお呼びしてもよろしおすか?」「何故俺が兄上なのだ?」「年上やし。」「ふん、好きにしろ。」真紀は何処か嬉しそうな顔をしながら、みたらし団子を頬張った。 店から出ると、通りで幼女がビードロを鳴らしながら歩いていた。通りには魚売りの男や花売りの娘達が行き交い賑わいを見せていた。何の変哲もない、平和な日常だった。「平和どすなぁ。」「ああ。」真紀とともに雑踏の中を歩いていると、あいりは向こうの角から浅葱色の羽織を纏った集団がやって来るのが見えたので、思わず目を伏せた。「どうした?」「いえ・・」そうあいりが言った時、激しい剣戟の音が響き渡った。「斬り合いや!」「早う逃げ!」人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う中、新選組一番隊組長・沖田総司は次々と相手を斬り伏せた。「ふん、大した事ないね。」翡翠の瞳で冷たく敵を睨み付けると、止めを刺した。 その時、彼の前にビードロを吹いていた幼女が歩いて来た。「おのれぇ!」まだ息があった浪士の一人が、総司に向かって刀を振り翳そうとしていた。「危ない!」真紀はとっさに浪士と幼女との間に割って入り、己の身体を盾にした。総司の刀が一閃し、真紀の背を切り裂いた。「運が悪かったね、あんた。ここで死んでね?」口端を歪ませて笑うと、総司は地面に倒れ伏している真紀の首筋に向かって刃を振り下ろそうとした。「壬生狼は早う京から去ね!」あいりは小石を掴むと、それを総司の顔に向かって投げつけた。総司が端正な顔を怒りに歪ませ、あいりを睨みつけた時、背後から黒髪をなびかせた男が走って来た。「総司、一体これぁ何の騒ぎだ!?」「土方さん、いいところを邪魔しないでくださいよ。」「ふざけんな!」歳三が総司を睨み付けると、彼は舌打ちしてそこから去っていった。「また会った時は、女子でも容赦しないからね。」擦れ違いざまに総司はあいりを睨み付けると、部下を率いて彼女の傍を通り過ぎていった。「う・・」「兄上、ご無事どすか!?」「大事ない・・ただのかすり傷だ。」そう言った真紀の額からは脂汗が滲み出ていた。「誰か医者呼んで来ておくれやす!」 真紀は戸板に載せられ、近くの町医者の元へと運ばれて一命を取り留めた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「えい、やぁ!」「気合いが足りぬ!もっと腹の底から声を出せ!」 あいりが真紀に剣術の稽古を受け始めてから数日が経った。今まで木刀など握った事がない彼女は、何度もその重みになれずに倒れそうになったが、その度に真紀から叱咤される内に重みに慣れてきた。「腰がひけておる、そのような事では敵に斬られるぞ!」「蚊の鳴くような声では敵に侮られる!」真紀の指導は的確でもあったが、厳しくもあった。あいりは仲間の仇を討ちたい一心でその指導に耐えたが、こんなことをしていつになったら刀を握れるのか、内心焦りが出始めていた。それを真紀は見抜いたらしく、ある日の朝、彼は打ち合いをすると言って来た。 しかし、初心者のあいりに対して真紀は容赦なく打ち込んできた。情けなさと悔しさで泣きそうになった彼女の頭上に、真紀の雷が落ちた。「生半可な心で剣を握るなと申したであろう、馬鹿者!泣くくらいならば、やめてしまえ!」「嫌や!」涙で溢れる目を乱暴に手の甲で擦りながら、あいりは木刀を握り直して真紀を睨みつけた。「そうか、そなたがそのつもりなら、容赦はせぬぞ!」カン、カンッという木刀同士が打ち合う音が響く中、あいりは漸く真紀から一本取った。「最初のころよりも太刀筋がしっかりしておる。だが油断してはならぬぞ。」「おおきに・・」あいりが真紀に頭を下げると、彼は少し照れ臭そうに頬を赤く染めた。「あいり、何してるんや、そないなところで!」喜びも束の間、背後から主の鋭い声が飛んできて、あいりは身を竦ませた。「何をしてるかと思うたら剣術の稽古などして・・早う仕事に戻らんか!」「すいまへん・・」「お武家様、うちのもんがとんだ失礼を。勘忍しておくれやす。」主がそう言って真紀に向かって頭を下げると、彼は毅然とした口調でこう言った。「今や女子でも己の身すら守らねければままならぬ世。俺がそなたの女中に稽古をつけているのは、決して戯れなどではない。」「へ、へぇ・・」真紀に真正面からそう言われた主は暫く両の手を揉みながら彼の顔色を窺っていたが、やがて諦めたかのように奥へと消えていった。「おおきに、助けてくださって・・」「礼はいらん。そなたほど教え甲斐がある弟子はおらぬゆえな。さてと、もう一本勝負せよ。」「へぇ!」再び宿屋の中庭で、木刀が打ち合う音が響いた。「真紀の奴、女になんぞ剣術の稽古ばつけちょるとか?」「朝からせからしくてかなわんわ。」「女子が人ば斬れやせん。」二人の稽古の様子を遠目で眺めていた志士たちはそう口々に陰口を叩いていると、部屋の襖がすっと開いた。「あの子は剣技の才がある。君達が胡坐を掻いている間に、彼女はいずれ君達を打ち負かすことになるだろうねぇ。」「か、桂先生!」「お早いお戻りで!」「暫くだったね、皆息災で良かった。」桂小五郎は、慈愛に満ちた鳶色の瞳で志士たちを見つめた後、彼らに優しく微笑んだ。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「壬生狼の奴らめ・・最近ますます調子に乗りおって!」そう言って盃を乱暴に膳に叩きつけるようにして置いたのは、肥後の宮部だった。「あやつらは人の生き血を啜る鬼の軍団じゃ!この前キリシタンを焼き殺した!」「まさに鬼の所業じゃ!」いきり立つ維新志士達の様子を、遠めで一人の少年が見ていた。年の頃は17,8といったところか、黄金色の長い髪を高い位置に纏め、どこか醒めたような翡翠の双眸で彼らが激論を交わしているのを眺めていた。「真紀、お前も何か言いたいことがあるだろう?」「いえ、俺は何もありません。」「宮部さん、あいつに意見を求めても無駄です。何たってあいつは・・」「人斬りの俺には難しいことはとんとわかりませぬ故、これにて失礼仕る。」男の言葉が言い終わらぬうちに、少年はさっと部屋から出て行った。「なんじゃぁ、あいつは?相変わらず愛想がないのう。」「気にすんな。桂さんの秘蔵っ子だからと、調子に乗りおるんじゃ。」「桂さんもどうかしちょる。あんな女子のような華奢な身体で、人が斬れるとか。」男達の陰口を背に受けながら、少年―宮下真紀は静かに廊下を歩きだした。桂の傍仕えとして上洛して以来、あのような陰口の類にはもう慣れた。 真紀は遊女だった母と、英国軍人との間に生まれた混血児で、母は産後すぐに亡くなり、彼は遊郭で育てられた。世間の混血児に対する視線は冷たく、真紀は廓の中ではぞんざいに扱われた。それに耐えきれなくなって足抜けし、路上で野垂れ死にそうになっていた真紀を救ったのが、桂だった。桂は真紀に和歌・書道と、剣術の手ほどきをし、自分の傍仕え兼護衛として何処に行くときでも彼を連れて歩いた。異人との混血児を桂が連れて歩いている、という噂は瞬く間に広まり、高杉晋作などは物珍しに真紀を見ながら、こう言ったものだ。「女みてぇな面して、刀が振るえるかねぇ。」だが華奢な身体つきと、西洋の彫刻のような美しく整った顔立ちとは裏腹に、真紀の剣は容赦なく敵を討つ。はじめは彼を軽んじていた高杉や周りの藩士達も、徐々に真紀の実力を認めつつあったが、容姿に対する陰口を叩かれるのは相変わらずだった。だがそんなものは、真紀にとっては痛くも痒くもなかった。桂の為ならば、どんなに手を汚そうとも、彼の為に働けるのならそれでいいと思っているのだった。(会合が長引きそうだな・・外の風にでも当たるか。)ちらりと真紀が維新志士達が籠る部屋を見た時、角を曲がって来た女中とぶつかった。「すいまへん。」「怪我はないか?」「へぇ。」コツン、と何かが床に落ちる音がして真紀がそこを見ると、そこにはロザリオが落ちていた。「あ・・」女中は一瞬気まずそうな顔をして慌ててロザリオを拾い上げようとしたが、真紀の方が早かった。「これは、お主のか?」「へぇ・・お武家様に、少しお願いがあるんどすけど・・」「何だ、俺に願いとは?」「うちに、剣の稽古をつけさせてはもらえまへんやろうか?」「女の細腕で刀を握れるほど、剣の道は甘くはない。女に剣術など合わぬ。諦めよ。」「お願いどす、仲間の仇を討ちたいんどす!」真紀の言葉に一瞬落胆した表情を浮かべた女中だったが、いきなりそう彼に叫ぶと土下座した。「頭を上げよ。そなた、名は?俺は宮下真紀と申す。」「あいり、と申します。」「ではあいりとやら、俺について来い。」 あいりが戸惑いながらも真紀の後をついて行くと、そこには剣術の稽古場のようなものがあった。「まずはこの木刀を握ってみよ。」「へ、へぇ・・」あいりは真紀から木刀を手渡されたが、余りにも重いのでそのままつんのめりそうになった。「そのような有様では、刀は握れぬ。まずはその重みに慣れる事だな。」「へぇ。」 こうしてあいりは、真紀から剣術の手ほどきを受けることとなった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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キリシタン達を焼き殺した一件で、歳三達は会津藩本陣が置かれている黒谷金戒光明寺へと呼び出された。「こたびのこと、どう責を負うつもりか?」「今回の事、我らといたしましては、芹沢を詮議し・・」「それでは手ぬるい。聞けばその芹沢とやら、尽忠報国の義士だと名乗っては、軍資金を押し借り紛いに商店から奪っているではないか。その上、今回のようなことがあるとなると、こちらとしては黙ってはいまい。」「と、致しますと・・」「芹沢を斬れ。これは殿直々の命である。」「ははぁっ!」会津公から芹沢を斬れと命じられた近藤と歳三は、神保修理に対して頭を深く垂れた。「芹沢を斬れ、か・・どのみちそうなるところだと思っていたが、やっぱりな。」「なぁ、歳、俺は出来る事なら芹沢さんを斬りたくないんだが・・」「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ、勝っちゃん。もう芹沢は手に負えねぇ。俺達の手でやるしかねぇんだよ!」怒気を孕んだ蒼い瞳で歳三が勇を見ると、彼は無言で副長室から出て行った。 その後、歳三達は綿密な計画を立て、島原で宴を催した。「珍しいな、近藤殿がこのような席を設けるなど。」「何をおっしゃいます。壬生浪士組がここまで大きくなったのは芹沢殿のお蔭です。それに会津公から、“新選組”という有り難い名を頂いたのも、芹沢殿のお蔭ではありませんか。」「ふん、たまにはいい事を言うな。」芹沢は上機嫌で酒を飲み、千鳥足で八木邸へと帰っていった。「準備はいいな?」「ああ。」 雨の中、黒装束に身を包んだ歳三達は、八木邸へと踏み込んだ。「貴様ら、何奴!」侵入者に気づいた平間重助が刀に手を伸ばそうとしたが、その前に総司によって袈裟斬りにされ、事切れた。歳三達は部屋で寝ている平山を斬り、芹沢の部屋へと踏み込んだ。「おのれ、曲者!」芹沢は泥酔したとは思えぬほどの素早い動作で刀を手に取り、悲鳴を上げる妾・お梅を押し退け隣の部屋へと逃げ込んだ。「ひぃぃ!」「あんた、運が悪かったね。」総司は恐怖に震えるお梅を冷たく見下ろすと、彼女の頭上に刃を振り翳した。「土方、貴様・・」「悪ぃが、あんたには死んで貰うぜ。」逃げ惑う芹沢を追った歳三は、彼が文机につまづいた隙を突き、彼の背を袈裟斬りにした。「終わりましたね。」「ああ・・」長州藩の仕業だと見せかける為、長州藩の家紋が彫られた笄を投げ捨て、歳三達は八木邸を後にした。 芹沢鴨が“何者かに”暗殺された数日後、近藤達は彼の為に盛大な葬儀を執り行った。「我らは芹沢殿の遺志を引き継ぎ、この京と上様をお守り致す所存である!」近藤の演説に、隊士達は歓声を上げた。 芹沢派を一掃したことにより、勇達は徐々に力をつけていった。「これからだな、勝っちゃん。」「ああ。」歳三が勇とともに夜空の月を眺めている頃、鴨川沿いの宿では、密かに維新志士達が集まっていた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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草むらを、歳三は何かにおわれながらも走っていた。だが、次第に距離を詰められていくのを感じ、早く逃げなければと彼が焦っていると、小石に躓(つまづ)き転んでしまった。『見つけたぞ。』地の底から響くかのような声が前方から聞こえ、歳三がゆっくりと振り向くと、そこには幼い頃キリシタン達を惨殺した男達が立っていた。彼らは刀を抜き、じりじりと歳三に迫ってきた。立ち上がろうとしたが、足が萎えてしまって動かない。『覚悟しろ。』「やめて・・」歳三が命乞いをすると、男達はせせら笑った。『お前達は国にあだなす邪教徒だ。』『この国のためにはならない。』男達は刃を歳三に向けた。「やめて、許して!」白銀の月が、自分の蒼褪めた顔と男達の憎しみに満ち満ちた顔を照らし出した。「土方さん、どうしたんですか?」息を荒くしながら歳三が目を覚ますと、傍らには総司が立っていた。「総司、お前ぇいつから・・」「さっき、大きな声が聞こえたから来たんですよ。」総司はそう言って歳三を見ると、そっと指先を伸ばして歳三の首に提げているクルスを引きちぎった。「てめぇ、何しやがる!」「これが、土方さんの秘密ですか。僕いつも疑問に思っていたんですよねぇ、どんなに暑い日でも一分の隙もなく着物を着込んでいる土方さんは、何かを隠しているんじゃないかって。」「返せ!」「嫌ですよ。」総司はそう言うと、クルスを持っていた手を高く掲げた。「ねぇ、どうしてキリシタンであることを黙っていたんです?そうしないと近藤さんの傍に居られなくなるから?」「それは・・」「図星みたいですね。」総司はせせら笑いながら、クルスを見た。そこには、十字架に磔にされた耶蘇の姿が金で象られていた。「いつからです?」「それは・・江戸に居た頃からだ。俺のほかにも、何人か信者は居たが、みんな殺されちまった。」歳三の脳裏に、幼い日に見た惨劇の光景が浮かんだ。異国の神を信じただけというのに、虫けらのように無残に殺されてしまった信者達に、あの蔵で見た信者達の姿を重ねていた。今まで隠し通せていた秘密が、こうも簡単に露見するとは。「総司・・このことは・・」「話しませんよ。土方さんの秘密を握っただけでも満足してるんですから。」総司はそういうと、暗い愉悦の笑みを浮かべながら歳三を見た。「総司・・」幼い頃、あんなに華奢で守ってやりたいと思っていた少年は、いつの間にか狂気に満ちた目で自分を見つめていた。「お前は、一体どうしちまったんだ?どうしてこんな・・」「あなたが悪いんですよ。あなたが、近藤さんばかり独占するから・・」「総司・・」歳三は総司に手を伸ばしたが、彼はその手を振り払って副長室から出て行った。 クルスを握り締めながら、総司は肩を震わせて笑った。(土方さんはもっと苦しめばいいんだ。僕から近藤さんを奪ったんだから・・)白銀の月が、総司の狂気に歪んだ顔を照らした。 翌朝、歳三は朝餉を食べながら総司を見たが、彼は昨夜見せた狂気に満ちた表情を浮かべたのが嘘のように、平助たちと談笑していた。あれは、嘘だったのだろうか。「どうした、歳?」「なんでもねぇよ。」「そうか。」 道場へと向かおうとしたとき、歳三の前に総司が現れた。「土方さん、僕あなたのこと嫌いですから。だから、あなたが苦しむ姿をこれから見るのが楽しみです。」総司はそう言って笑った。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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その日、あいりたちはいつものように蔵で神への祈りを捧げていた。「ゼウスは我々を救ってくださる。」「神はいつも我々を見守ってくださっている。」信者達は神へ感謝と祈りの言葉を口々に述べながら、ロザリオを握っていた。その時、外が俄かに騒がしくなった。「奥様、早うお逃げ下さい、奉行所が・・」「何や、どないしたんや?」あいりは、自分の目の前で丁稚が刃を受け絶命する姿を目の当たりにし、その場に蹲った。「キリシタンどもを捕えろ!」 奉行所の者達が一斉に蔵に入って来たので、信者達は悲鳴を上げながら逃げ惑った。だが武装した彼らに丸腰の信者達は敵う筈がなく、彼らはあっという間に補縛されてしまった。「あいり、あんただけでも逃げよし。」「奥様、奥様を置いて逃げられまへん!」「うちはええのや。さぁ、行きよし!」背中を押され、あいりは蔵から出て行った。 近くの茂みに隠れて彼女が様子を見ていると、浅葱色の羽織を纏った数人の男が、蔵の前に立って話していた。「どうなさいますか、芹沢先生?」痩せた面長の男が、隣に立っている大柄の男に向かって指示を仰いでいた。するとその男は、鉄扇を開くと信じられない言葉を口にした。「蔵に火をつけてしまえ。そうすれば補縛する手間も省ける。」 戦支度を整え、歳三達がキリシタン達が潜伏しているという吉田屋へと向かうと、半鐘の音が市中に鳴り響いた。「土方さん、あれ!」平助の指す方角から、黒煙が立ち上っているのを確認した歳三は、胸騒ぎを覚えた。(まさか・・!)「急ぐぞ!」「おうっ!」 歳三達が吉田屋の前に行くと、そこには通行人達が紅蓮の炎に焼かれる店舗を見て口々に騒いでいた。「キリシタンが・・」「蔵ん中で・・」(畜生、遅かったか!)自分達が到着する前に、芹沢達が火を放ったに違いない。もう少し着くのが早かったら―歳三は臍(ほぞ)を噛みながら、蔵へと向かった。 芹沢が火を放った蔵には、信者達が苦悶の叫びと呻きを上げながら祈りを捧げていた。「皆さん、主は我らを救ってくださる!我々は、これから主の元へと参るのです、何も恐れることはありません!」集会を取り仕切っていた青年はそう信者達に呼びかけると、目を閉じた。蔵が勢いよく燃えていくさまを、あいりは息を殺して見ているしかなかった。「芹沢さん、何てことをしやがる!」「奴らは邪教を信じた者どもだ。いずれはこの国に反旗を翻すかもしれん。その前に一掃するのが、我々の仕事ではないのか?」「俺らはただ、信者達を補縛しろと命じられただけだ。奴らを焼き殺せとは命じられてねぇだろう!」「話にならんな。行くぞ。」芹沢が自分に背を向けて歩き出すと、歳三は憎々しげにその背中を睨みつけた。やがて雨が降り出し、焼け落ちた蔵の中からは炭化した信者達の遺体が折り重なるようなかたちで発見された。歳三がやりきれない思いで彼らに向かって十字を切っていると、茂みの中から一人の女が出てきた。その女は、上洛した際自分にぶつかった女だった。「お前ぇ・・」「マリア様、またお会いできるなんて・・」女はそう言うと、歳三の前に跪いた。「行け、人が来る前に。」「ありがとうございます、あなたに神のご加護がありますように。」女は歳三に向かって十字を切ると、雨の中へと消えて行った。(どうしてだ・・どうしてこんな・・)彼らを助けられなかったやりきれぬ思いが一気に胸に押し寄せてきて、歳三は静かに涙を流した。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「あ、はじめ見っけ!」 斎藤が素振りをしていると、総司が嬉しそうな顔をしながら彼に近づいて来た。「何の用だ、総司?」「これ、さっき京都町奉行所から土方さんに届いたんだよね。」そう言った総司の手には、文が握られていた。「だからさ、これ土方さんに渡しておいて。」「あんたが行けばいいだけの話だろう?」じろりと総司を斎藤が睨みつけると、総司は少し小馬鹿にしたような笑みを口元に閃かせた。「僕、色々と忙しいんだよねぇ。君、今日非番なんだからやってよね。」「・・わかった。」渋々と総司から文を受け取った斎藤は、副長室へと向かった。「土方さん、今宜しいでしょうか?」「ああ、入れ。」「失礼致します・・」斎藤が副長室へと入ると、歳三は彼に背を向けたまま仕事をしていた。「京都町奉行所から、文が。」「そうか、そこに置いておけ。」斎藤は文机の上に文を置くと、副長室から出て行った。「やっぱり、土方さんまだ怒ってたんだ?」「総司、あんたはどうして土方さんを憎んでいるんだ?」「理由なんて、いっぱいあり過ぎて思いつかないよ。まぁ、特に言えば・・あの人が近藤さんの親友だからかなぁ。」そう言った総司は、何処か遠くを見つめているような目をした。「僕、近藤さんの為ならいつだって死ねるよ。近藤さんは土方さんばかり頼ってるんだ。土方さんも、そんな近藤さんのこと、満更でもないようだし・・」まるで小さい兄妹に親の愛情を奪われて拗ねる子どものようではないかと、斎藤は思ったが、口には出さなかった。「なら、何故あのような姑息な真似をせずに、土方さんに思いの丈をぶつけない?」「あの人、僕がそんなことしなくてもとっくに僕の想いに気づいていると思うよ。気づいていながら、相手にしていないだけ。」だから僕は土方さんが嫌いなんだよ、と総司は吐き捨てるかのような口調で言った。「だから、はじめは土方さんをもっと求めていいんだよ?どうせあの人、男と寝たんだし。」「総司、貴様・・!」腰の刀へと手を伸ばそうとした斎藤だったが、理性が怒りを押しとどめてくれたお蔭で、抜くことはなかった。「さてと、今頃土方さんどうしてるんだろうなぁ。」総司はちらりと副長室の方を見て、屯所から出て行った。 一方、歳三は京都町奉行所からの文を読み終えると、深い溜息を吐いた。そこには、京で禁教である耶蘇教(キリスト教)の信者が潜伏しているので、彼らを補縛せよと書かれていた。浦賀にペリーが艦隊を率いて来航し、将軍家光の御世から長く続いた鎖国が解かれたとともに、西洋の文化や思想などが入ってきても、キリスト教はまだ禁教とされ、キリシタンたちは迫害に遭っていた。歳三は首に提げていたクルスを取り出すと、そっとそれに口付けた。誰にも言えぬ秘密を抱えたまま、キリシタン補縛という辛い役目を負う事になるという重圧に耐える為、歳三は何度も押し殺した声で神に許しを乞うた。「つい先ほど、町奉行所から文が来た。市中に潜伏しているキリシタン達を補縛しろいう旨が、そこに書かれてあった。」広間に全隊士達を集めた歳三は、そう言って彼らを見渡した。「皆、すぐに支度を整えろ!」「おうっ!」男達は慌ただしく戦支度を整え始めた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「斎藤、やめろ!」「申し訳ありません、副長。もうこの想いは止められません。」斎藤はそう言うと、歳三の唇を塞いだ。「やめろ、んぅ・・」歳三は斎藤を押しのけようとしたが、彼の身体はビクともしなかった。そのうち、彼の手は歳三の内腿へと伸びていった。「やめろ!」また脳裏にあの日の悪夢が浮かび、歳三は斎藤を突き飛ばした。「出て行け、俺の前に顔を見せるんじゃねぇ!」「・・御意。」斎藤は一瞬悲しそうな顔をしたが、無言で部屋から出て行った。「あ~あ、失敗しちゃったね。」「総司・・」斎藤が肩を落としながら副長室へと出て行くと、総司が木陰から現れた。「強引なのは嫌われるって、知らなかった?」「あんたって奴は・・」「まぁ、奥手なはじめにしては上出来だよね。でも、土方さんは嫌いになっちゃったかもしれないけど。」総司は嬉しそうにそう言うと、斎藤に背を向けて去っていった。「歳、どうしたんだ?何だか顔色悪いぞ?」「そうか?」翌朝、歳三が昨夜の事を思い出していると、勇が怪訝そうに彼を見た。「ああ、少し熱があるんじゃねぇのか?」「いや、そんなことねぇよ。」「そうか。」勇はそう言うと、自分の額を彼のそれに押し当てた。(顔、近ぇよ・・)歳三は頬を赤らめながら、勇を見た。(あ~あ、面白くないなぁ。)そんな二人の様子を横目で見ていた総司は、舌打ちしながら味噌汁を啜った。「巡察の報告には行かないの?」「ああ。」「やっぱり気にしてるんだ、昨夜の事。」「総司、あんたは一体何を企んでいるんだ?」「それは教えな~い。さてと、巡察行って来るとするか!」総司はそう言って笑うと、意気揚々と屯所から出て行った。 一方、京一番の大店・吉田屋の蔵では、禁教を信仰する信者達が集会を開いていた。「デウスは皆様の傍におられます。今この世を絶望が覆い尽くそうとも、父なる主はあなた達の御心を救ってくださいます。」「アーメン!」信者達は押し殺した声で父なる神の名を呼び、十字を切って祈りを捧げた。その中には、歳三がぶつかった女性も居た。彼女の名はあいりといい、この店で働く女中だった。「あいりちゃん、どないしたん?」「奥様・・うち、この前マリア様のような方にお会いいたしました。」あいりはそう言うと、傍らに立った女性を見た。「どんなお人やったんや?」「とても白い肌をした方で、綺麗な蒼い瞳をしていらっしゃいました。」「そうか。うちも会うてみたいなぁ・・」「奥様・・」 あいりは、死期が近い主の何処か寂しそうな横顔を見た。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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(一体俺は何をしているのだ。) その夜、斎藤は昂る心を抑える為、素振りをしていた。昼間、局長室で歳三と勇が睦み合っているのを見た時に感じた胸のざわめきに、斎藤はどうこのざわめきを鎮める術があるのかを考えていた。その結果が、素振りである。「あっれぇ、こんなところで何してるの?」「あんたこそ、こんな時間まで何処に行っていたんだ?」神経を逆なでするかのような声が聞こえ、斎藤が振り向くと、そこには総司が井戸に凭(もた)れかかるようにして立っていた。「別に。それよりもはじめは、土方さんのこと好きなんでしょう?」「あんたには関係のないことだ。」「大ありだよ。僕にとっては、すごく邪魔なんだよね、あの人。」「総司、一体何をするつもりだ?」「何もしないよ。今はね。」きらりと、総司の目が光った。まるで、血に飢えた狼のように。「ねぇ、いつまで君は指を咥えて土方さんが自分のものになるまで待つつもりなの?」「何が、言いたい?」「奪っちゃいなよ。このまま土方さんを近藤さんのものにされちゃう前に。」「総司!」翡翠の目を怒りで滾らせ、自分を睨みつける斎藤の姿を見て総司は嬉しそうに笑った。「冗談だよぉ。君って、本当にクソ真面目なんだから。」総司はポンポンと斎藤の肩を叩くと、彼に背を向けて屯所の中へと入っていった。(総司め、馬鹿なことを・・)斎藤は再び素振りを再開したが、頭の中では総司の言葉が何度も浮かんでは消えていった。“奪っちゃいなよ。”「土方さん、斎藤です。少し宜しいでしょうか?」「何だ、どうした?」 副長室の襖が開き、斎藤が入って来るのを、歳三は文机に向かって仕事をしながら横目で見ていた。「土方さんに折入ってお話があります。」「何だ、妙にかしこまって。」仕事を終わらせ、歳三がゆっくりと斎藤に振り向くと、彼は何処かそわそわとした様子で自分を見ていた。「斎藤、どうした?」「土方さんは、局長の事をどう考えておられるんですか?」「何だよ、藪から棒に。勝っちゃ・・勇さんのことは男として尊敬してるぜ。」突然斎藤の口からそんな言葉が出たので、歳三は若干戸惑いながらもそう答えると、突然彼は自分を畳の上に組み敷いた。「斎藤・・」「あなたを、お慕いしておりました。」そう言った彼の目は、熱で潤んでいた。「いつからだ?いつからそんな・・」「江戸に居た頃から、ずっとあなたをお慕い申し上げておりました。」斎藤は歳三の両手首を押さえつけると、ゆっくりと唇を彼のそれに近づけた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「総司、どうしたんだその顔!?」「近藤さん、土方さんが僕のこと殴ったぁ~!」朝餉の時間、顔に痛々しい赤紫色の痣を作った総司が広間に現れると、近藤は血相を変えて彼の方へと駆け寄ってきたので、総司は大袈裟に泣き声を上げて近藤に抱きついた。「歳、本当なのか?」「ああ、殴ったさ。だがな、そいつを殴ったのはちゃんと理由が・・」「歳、まさか昨夜のことが原因なのか?」勇はそう言うと、歳三を見た。「勇さん、俺ぁ昨夜のことはあんまり覚えてねぇんだ。だから昨夜何があったのか教えてくれねぇか?」「教えなくていいですよ、近藤さん。僕の所為で大変な目に遭ったって、逆恨みするんですもの。」「大変な目って?」歳三は勇を見ると、深呼吸した後口を開いた。「実はな、昨夜見ず知らずの男と寝ちまったんだよ。」「何だと!?」近藤は驚きの余り、持っていた茶碗をひっくり返してしまった。「何やってんだよ!火傷してねぇか?」「ああ、大丈夫だ。」「平助、雑巾持って来い!」あたふたとした様子で、歳三は平助から手渡された雑巾で勇の袴についた味噌汁を拭き取ってやった。「歳、本当か?」「ああ。後で話す。」「そうか・・」「近藤さんに味噌汁かけるほど、憎いんですか、土方さん?」「てめぇ、何言ってやがる。」歳三がジロリと総司を睨むと、彼はどこか勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。「昨夜、島原で近藤さんが贔屓(ひいき)の妓(おんな)といちゃついているのを見て、土方さん自棄酒あおってたじゃないですかぁ。自分が大変な目に遭ったからって、八つ当たりはよくないと思いま~す。」「てめぇなぁ・・」「総司、余り土方さんをからかうな。」「はじめは土方さんの肩を持つんだね。もしかして、土方さんの事好きなの?」「そ、それは・・」総司に突っ込まれ、斎藤の頬が赤く染まった。「俺は、そんなつもりで言ったわけでは・・」「じゃぁどんなつもりで言ったわけ?」「総司、あんたは土方さんをいつもからかってばかりだろう。いい加減土方さんに迷惑を掛けるようなことはやめろ。」「何だ、つまんないの。あ~あ、急に食欲なくなっちゃった。」総司は唇を尖らせて拗ねるような表情を浮かべると、広間から出て行った。「ったく、何なんだ総司は・・今日はあいつ、ちょっとおかしいぞ。」「土方さんが最近構ってやらないから、拗ねてるんじゃねぇの?」「馬鹿言ってんじゃねぇよ。もうあいつはぁガキじゃねぇんだ。」 朝餉を終えた歳三が、近藤の部屋へと入ると、彼は歳三を抱きしめた。「歳、俺の所為でごめんな・・」「そんなこと言うなよ、勝っちゃん。別に初めてじゃねぇし。」「そうか・・」勇の体温を胸に感じながら、歳三の脳裏にあの忌まわしい過去の記憶が浮かび上がってきた。 それは、歳三が数えで11となった年の頃、彼は松坂屋へ奉公へと出された。だが彼はその美しさが仇となり、年上の丁稚や番頭に貞操を奪われることとなった。ある夜、歳三が丁稚部屋で寝ていると、年嵩の番頭が彼の布団を突然剥ぎ、歳三の上にのしかかってきた。『お前ぇが悪いんだぜ。』その後、歳三は丁稚や番頭たちに輪姦された。もう今となっては随分そのときの記憶も褪(あ)せていて、悪夢に魘(うな)されることはなくなったものの、昨夜の出来事があの悪夢の夜を否応にも思い出してしまったのだった。「俺は穢れた身だ。だから、あんたの想いには・・」「歳、お前が穢れてても俺は構わないんだ。だから、傍に居てくれ!」「勝っちゃん・・」歳三と勇は、京に来て初めて口付けを交わした。「土方さん・・」二人が睦み合っている姿を偶然目撃してしまった斎藤は、ちくりと痛む胸に己の手を押し当てた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「う~、痛ぇ・・」しこたま酒を浴びるように飲んでしまった日の翌朝、歳三は激しい頭痛に襲われて目を開けた。何だか寒いなと思った彼は、自分が一糸纏わぬ姿で布団の中に居る事に気づいた。(何でこんなことになってやがんだ!?)パニックに陥りながらも、歳三は着物を着ようと手を伸ばした。その時、誰かが歳三を抱きしめた。「まだいいぜよ。」浅黒く焼けた肌に、くしゃくしゃとした癖のある髪。「お前は・・」江戸に居た頃散々自分に付き纏っていたあの男が、あろうことか自分と同じ全裸で布団の中に居るーこの状況は、どう見ても“疾しい関係”の後のようだった。「てめぇ、俺に何しやがったぁ!」「おまんが道端で倒れて動かんかったき、わしがここに運んだだけじゃぁ。」「嘘吐け!何で俺達は裸なんだよ!ちゃんと俺にわかるように説明しやがれ!」「まぁ、おんしを抱いたことは間違いないけぇのう。」「てめぇ、ふざけんな!」歳三は男にそう吼えると、彼の頭上に拳骨を喰らわした。「誤解ぜよ~!」「うるせぇ、ついんてくんじゃねぇ~!」朝の洛中に、男二人の野太い怒鳴り声が響いた。そのうちの一人、坂本龍馬は鬼のような形相を浮かべた歳三の後を必死についていった。(ったく、冗談じゃねぇ!俺が何であんな野郎なんかと!)前後不覚となるまで泥酔したのは自分の責任とはいえ、こんな男に抱かれたなんて歳三には屈辱以外の何物でもない。さっさとこの事を忘れたいのに、龍馬はしつこく自分の後を追ってくる。「なぁ、待ちや!」「うるせぇ!」とうとう龍馬に右手を掴まれ、歳三は彼の向う脛を蹴ろうとしたが、それも阻まれてしまった。「しつけぇ野郎だな!俺に近づくんじゃねぇ!」「ますます興味が湧いたぜよ!」龍馬は歳三の手を掴んで自分の方へと引き寄せると、天下の往来で彼を抱き締めた。「俺に触んなぁ~!」「あっれぇ土方さん、朝帰りですかぁ~?」やっとこさ龍馬を撒いた歳三が屯所へと戻ると、総司がニヤニヤしながら井戸の端に腰掛けて彼を見た。「総司、てめぇ昨夜俺をどうしたんだ?」「え~、連れて帰るのが面倒くさいんで、そこらへんに寝かせました。」「てめぇ、よくもやってくれやがったな!」「どうもすいませんでしたぁ~」口先だけでは謝っているものの、総司は全く反省の態度を示してはいなかった。「てめぇ・・」総司の胸倉を歳三が掴んでいると、斎藤が慌てて二人の間に割って入ってきた。「総司、一体何をした?」「僕は何もしてないよ。」「とぼけんのもいい加減にしやがれ!」総司の端正な顔に、歳三の拳が正面から入って鈍い音が屯所中に響き渡った。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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その夜、近藤と芹沢達は島原の料亭で宴を開いていた。「近藤殿、一杯どうだ?」「申し訳ありませんが芹沢殿、わたしは酒が全然飲めないものでして。」「ほぉ、そうか。つまらん男だな。」そう言って鼻を鳴らす芹沢を見た歳三が立ち上がろうとすると、勇が手で制した。「やめておけ、歳。」「あんたを侮辱したんだぜ。このまま黙っているのかよ?」「今日はみんな楽しんで酒を飲んでるんだ。それに水を差したらいかん。」勇は怒りで顔を歪める歳三を見てそう言うと、彼はムッとしながらも座布団の上に座った。「土方、俺に酌をしろ。」「わかったよ・・」歳三が舌打ちしながら芹沢の方へと行くと、彼の隣に座っていた痩せた男が怒りで顔を赤くしていた。「貴様、芹沢先生に何という口の利き方を!」「俺は別に構わん。ただ美人に酌をして貰えれば、酒が美味くなると思ってな。」「美人、ねぇ・・言ってくれるじゃねぇか。」唇を噛み締めながら歳三が芹沢の猪口に酌をすると、彼は満足そうに酒を一気に飲み干した。「ああ、そういえば、あなたは確か芹沢先生に近藤殿の細君と間違われた方ですなぁ。」新見は嫌味ったらしい口調でそう言うと、歳三のこめかみに青筋が立った。「へぇ、確かいつも芹沢さんの後をくっついて回ってる金魚の糞ってのは、あんたのことだったのか、新見さん?」「な・・金魚の糞だと!?」歳三の言葉に対してとっさに言い返せず、新見は口をパクパクさせながら彼を睨みつけた。「本当だ、今の新見さん、まるで金魚みたいですよ。」酒を飲みながら、総司はヘラヘラと笑いながら新見を指した。「総司、やめろ。飲み過ぎだ。」「え~、そうかなぁ?」斎藤が新見を見ると、彼は突然立ち上がり、刀の鯉口を切ろうとしていた。「貴様、血の匂いがするな。」芹沢は突然そう言うと、斎藤をじっと見た。「俺にはわかるぞ。お前、過去に人が殺めたことがあるだろう?」「・・何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりません。」斎藤はそう言うと、芹沢を睨んだ。「芹沢さん、もうこの辺でお開きにしようぜ。」「ふん、つまらん宴だったな。まぁよい、屯所に戻って飲み直せばよいことだ。」芹沢はしこたま飲んでいるとは思えぬ様子でさっと立ち上がると、新見を引き連れて部屋から出て行った。「相変わらずいけ好かない奴だよね。あの時に斬っとけばよかった・・」芹沢達が去った後で、総司はそう言って酒を飲んだ。「総司、いい加減にしやがれ。てめぇまだあの事根に持っていやがるのか?」「根に持っていない方がおかしいですよ。土方さんだって、芹沢さんを殺そうとしてたじゃないですか?あ、今から行って芹沢さん殺しに・・」「いい加減にしろ、総司!」歳三は総司の態度に腹が立ち、彼を怒鳴ろうと立ち上がった時、急に視界が揺れた。「土方さん、大丈夫ですか?」「あ~あ、下戸なのに芹沢さんに無理に付き合ったから酔っ払ったんですよ。」「うるせぇ、黙りやがれ!」総司の方へと歩こうとした歳三だったが、まっすぐに歩けない。ついに彼は、畳の上に倒れてしまった。自分の頭上で総司が神経を逆なでするような笑い声を上げていることに気づきながら、歳三は意識を失った。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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芹沢の言葉の意味がわからず、歳三は戸惑い気味に彼を見ると、彼は鼻を鳴らして笑い、馴れ馴れしく彼の肩を置いた。「隠さずともよい。お前はあの近藤の愛人なのだろう?」漸く彼の言いたいことが解せた歳三は怒りに満ちた目で彼を睨みつけた。「ほう、怒ったか?」「芹沢さん、誤解しねぇくれ。俺は勝っちゃ・・近藤さんとは只の友人だ。あんたが勘繰っている下衆な関係じゃねぇよ。」「そうか。ならば俺のものとなれ、土方。」頤(おとがい)を掴まれ、強引に上を向かせられた歳三は、芹沢に唇を塞がれた。「何しやがる!」歳三は芹沢の頬を殴ったが、彼は全く動じなかった。それどころか、彼を畳の上に組み敷いてきたのである。「やめろ、馬鹿!」「ふん、その威勢のいいところがいつまで続くかな?」欲望に滾った芹沢の瞳が、冷たく歳三を見下ろした。彼の手が袴の紐に伸び、あっという間にそれを脱がせた。「離せ、畜生!」「ほう、いい眺めだ。」歳三が暴れれば暴れるほど、芹沢の性欲を煽り立てた。着物の裾が乱れ、彼の生白い足が露わとなった。「余り暴れるな。」「やめろ・・」恐怖に満ちる目で歳三は芹沢を見つめると、彼は嗜虐的な笑みを口元に閃かせ、乱れた裾の中から手を挿し入れた。ビクン、と歳三が震えたのを見た芹沢は、その手を尻まで伸ばそうとした。「芹沢先生、失礼いたします。」「ふん、邪魔が入ったな。」音もなく襖が開き、部屋の中に一人の男が入ってきた。「何だ、一体何の用だ。」「あの、土方殿にお会いしたいという方が・・」「通せ。」「それが・・」「ええい、はっきりと申せ!」男の言葉に苛立った芹沢は、彼の頭上に鉄扇を振り翳した。「その方は、土方殿としかお会いになりたくないようで。」「では、俺は邪魔だということか。ふん、つまらん。」芹沢は憮然とした表情を浮かべると、部屋から出て行った。「俺に会いたい奴って、誰だよ?」「申し訳ございません、あれは嘘です。」男はそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。芹沢に襲われていることを知り、彼はとっさに機転を利かせたのだろう。「助かったぜ。あんた、名は?」「平間重助と申します。以後お見知りおきを。」「そうか。さてと、あいつが戻ってこねぇ内に帰るとするか。」「お気をつけて。」平間に縁側で見送られ、歳三は裸足のまま前川邸へと戻っていった。「副長、どうなさったのですか?」誰にも見られぬように部屋に戻ろうと思ったのに、斎藤に見つかってしまった歳三はバツの悪そうな顔をして彼を見た。「ああ、ちょっとな・・」斎藤は歳三が裸足で八木邸から前川邸に戻ってきたことや、いつもは高い位置で纏めている長い髪が下ろしたまま乱れていることに気づいたが、何も言わなかった。「っ痛ぇ・・」井戸で汚れた足を洗っていると、足裏に鋭い痛みが走り、歳三は思わず顔をしかめた。「どうかなさいましたか、副長?」「石が刺さってたみたいだ。」見ると、歳三の足裏には細長い石が突き刺さっており、そこから血が滲んでいた。「すぐに手当てを。」「大した怪我じゃねぇよ。」石を足裏から抜いた歳三は、手早く懐紙で血を拭った。「ですが・・」「この事は、誰にも言うなよ?」そう言った歳三は、鋭い眼差しで斎藤を見た。「はい。」「それと、“副長”って呼び方も止めてくれねぇか?堅苦しいの俺が嫌いなの、知ってんだろ?」「では何とお呼びすれば?」「江戸に居た頃と同じでいいよ。」「では・・土方さん。」「その方がしっくり来らぁ。」そう言って笑った歳三は、美しかった。胸の高鳴りを感じた斎藤は、同性であるにも関わらず、歳三に惹かれている自分に気づいた。(俺は・・一体・・)「斎藤、どうした?顔赤いぞ?」「いえ、何でもありません!では、これで失礼致します!」逃げるようにして、斎藤はその場から立ち去った。「変な奴だな・・」歳三はそう言って小首を傾げた。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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清河に対して勢いよく啖呵を切ったのはいいが、今後の事を何も近藤は考えていなかった。「どうするんだ、歳?」「ここでは何のコネもねぇ。会津藩に俺達の実力を認めて貰うしかねぇだろ。」「そうだな・・」「だが、俺達は今会津藩お預かりの身だ。下手なことをすれば、俺達の責任だけでなく、会津藩まで責められることになるぞ。」「慎重にやろうぜ。それよりも勝っちゃん、この前の返事なんだが・・」歳三が頬を赤く染めながら勇を見ると、彼も頬を赤く染めていた。「考えてくれたか、歳?」「ああ。まさかあんたが、俺の事を好いているってことを知って驚いたよ。あんた、男色には全く興味なさそうに見えたからな。」「それは周りには隠してたからさ。それに、俺は男色には全く興味はない・・お前以外は。」「勝っちゃん・・」ずっと想い続けてきた勇の口から出た言葉を聞いた歳三は、ますます顔を赤くした。「歳、俺と一緒にやってくれるか?」「ああ。俺達は必ず武士になるんだ!」勇とともに、幼い頃から抱き続けてきた夢。武士になること。その夢を果たす機会が、今来たのだ。「土方さん、何だか機嫌良さそうですねぇ。あ、もしかしてとうとう近藤さんと契ったんですか?」「馬鹿野郎、んなわけねぇだろうが!」 翌朝、歳三が朝餉を食べていると、総司が笑顔でそう聞いてきたので、彼は危うく味噌汁を噴き出しそうになるところだった。「ふぅん、そんなに動揺しているってことは、もうした後なんだぁ。」「だから、何でそんなことになってんだよ!」「なになに、何の話?」二人の会話に耳をそば立てていた藤堂平助が、彼らの間から顔を出した。「平助、いいところに来たね。実は土方さんが・・」「黙れ、総司!」歳三が総司に怒鳴った時、芹沢が部屋に入って来た。「随分と賑やかなものだな。こちらまで聞こえたわ。」「芹沢殿、申し訳ありません。」近藤が慌てて芹沢に謝ろうとしたが、彼はニヤリと笑って顎鬚(あごひげ)をいじり歳三を見た。「確か土方殿、といったかな?近藤殿とは一体どういう関係なのだ?」「歳は、わたしが運営している江戸の道場の門下生でして・・頭が切れて商才にも長けているので・・」「ほう?まるで自慢の細君を紹介するような口ぶりだな、近藤殿。」そう言った芹沢は、品定めするかのような目で歳三を見た。「そうでしょうか。はは・・」勇は照れ臭そうに笑いながら頭を掻いた。だが彼の隣に座っている歳三は、渋面を浮かべていた。「芹沢殿、ご用件は何でしょうか?」「ああ、そうだった。君に話があるんだった。わたしとともに来て欲しい。」「俺に、ですか?」少し不安そうな顔を浮かべた歳三は、ちらりと勇を見ると、彼は“行って来い”と歳三に目配せした。「みんな、後を頼む。」歳三は芹沢とともに前川邸の離れへと向かった。「お話とは一体何でしょうか?」「土方、いつもお前はそんな澄ました顔をしているのか?」 離れに入った途端、芹沢の口調が急に砕けたものとなった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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「諸君、はるばる江戸から上洛してくれて、本当に感謝する!」 上洛した歳三達を、清河八郎が新徳寺に招集したのは、到着したその日の夜であった。「なぁ、一体何の話があるんだろうな?もう疲れて寝たいのに・・」「さぁね。早く終わらないかなぁ?」平助と総司がそう言い合いながら欠伸を噛み殺していると、歳三が総司の脇を肘で突いた。「お前ぇら、もっと緊張感を持て、緊張感を!」「はいはい、わかりましたよ。」「今宵諸君に召集をかけたのは、他でもない!わたしの・・いや、我々浪士組の真の目的を伝える為である!」「真の目的だと?」「将軍警護ではないのか?」「では、一体なぜ・・」周囲がわざつき始めると、清河は咳払いをして場を静めた。そして、深呼吸して次の言葉を継いだ。「我々の真の目的は将軍警護ではなく、天子様をお守りし、攘夷を実行する!よって我々は明日江戸へと出立する!」「尊皇攘夷だと?」「ふざけやがって・・最初からあいつはぁそのつもりで・・」歳三は上座に座る清河を睨みつけると、彼はじっと歳三を見た。周囲が騒然となる中、二人の視線がぶつかり合った。「歳・・」ふと歳三が我に返ると、隣では勇が不安そうな目で自分を見ていた。「一体清河さんは何を考えているんだ、攘夷だなんて・・俺達を騙したのか?」「近藤さん、どうする?江戸へ帰るか、それとも京に残るか。決めるのは大将のあんただぜ。」「うむ・・」勇は両腕を組み、目を閉じた。暫くの間、歳三は静かに勇の声を待っていた。「勝っちゃん。」腕を組んでいる勇の震える指先を、そっと歳三が握ると、彼は何かを決意したかのようにカッと目を見開いた。「さぁ諸君、時は金なりだ!さぁ、明日江戸へ・・」「申し訳ないが清河殿、我々は京に留まることにした!我々の任は、尊皇攘夷にあらず!」勇の言葉を聞いた清河は、悔しそうに歯噛みするのを歳三はちらりと横目で見た。(よく言った、勝っちゃん!)歳三は親友の決断に内心快哉を叫んだ。周囲は急に水を打ったかのように静まり返り、清河がどう出るのかを皆待っていた。すると、意外な人物が立ち上がった。「我々も、京に留まろう。将軍警護といってわれらを京に連れてゆき、その実尊皇攘夷実行と明かされては、騙まし討ちも同然。貴殿とは、袂を分かとうと思う。」芹沢鴨はそう言うと、猛禽のような鋭い目で清河を睨みつけた。「・・そうか。では彼ら以外にわたし達につくものは?」清河があたりを見渡すと、次々と男達が立ち上がった。彼らは報奨金目当ての連中だったので、目的が将軍警護でも尊皇攘夷でも、どうでもよかったのだった。「では、我々はこれで。」何処か勝ち誇ったかのような笑みを歳三に浮かべると、清河は颯爽と広間から出て行った。 最終的に京に留まったのは、歳三と勇をはじめとする試衛館派と、芹沢鴨らをはじめとする元天狗党派の、17名だった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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それから一月あまり後、勇達は漸く京都に着いた。「これが、天子様がおわす京か・・」勇は江戸とは違う街並みが広がる京を、興味深げに見ていた。「歳、本当に来たなぁ。」「何はしゃいでんだ、勝っちゃん。あまりうろちょろするんじゃねぇぞ。」「わかったよ。」歳三に諌められ、勇は少し肩を落としながら芹沢達の後へと続いていった。「全く、近藤さんばかり余りいじめないでくださいよ、土方さん。」歳三の隣に並びながら、総司はそう言って彼を追い越していった。「勘違いすんじゃねぇぞ、総司。見ろ、町民達の視線を。」総司が周囲を見渡すと、道行く町民達がジロジロと無遠慮な視線を自分達に投げかけてきていることに気づいた。「なんやあの人ら・・」「汚らしい格好して・・」「嫌やわぁ・・またどこぞの浪士やろか。」ひそひそと聞こえよがしに京雀達は歳三たちとすれ違いざまにそう囁いては通り過ぎていった。「ここは天子様がおわす京で、長州贔屓(ひいき)の輩が多いんだよ。だから妙な真似はしない方がいいぜ。」「わかりましたよ。それよりも土方さん、近藤さんのことどう想っているんですか?」「どうって?」「嫌だなぁ、とぼけないでくださいよ。近藤さんの告白の返事、まだなんでしょう?」「ああ。」「じゃぁ、僕が近藤さんを貰っちゃおうかなぁ?だって土方さん、その気がないんでしょ?」「馬鹿、俺は・・」歳三が頬を赤らめて歩いていると、突然誰かが自分にぶつかってきた気配がした。「すいまへん、お怪我ありまへんでしたやろか?」「ああ、大丈夫だ。」歳三がそう言ってぶつかった女性を見ると、彼女はじっと歳三の顔を見るなり、小声で呟いた。「マリア様・・」歳三の聞き違いでなければ、この女性が自分と同じキリシタンであることは確かだ。「お前、名は?」「すいまへん、うちはこれで!」女性はハッと我に返ると、そそくさとその場から立ち去っていってしまった。(ったく、何なんだあの女・・)「土方さんには困ったものですねぇ。」「うるせぇ。」総司とともに勇達の姿を探していると、突然誰かに背後から抱き締められたので、歳三が振り向くとそこには江戸で何度か会った男が立っていた。「また会うたぜよ!」「てめぇ!」「土方さん、お知り合いなんですか?」「俺はこんな奴、全然知らねぇよ!」歳三はそう言うと、男を睨みつけた。「そこを退いて貰おうか?」「嫌じゃ。やっとおまんに会えたちゅうに、逃がす訳にはいかんぜよ!」男は歳三の頬を両手で掴むと、その唇を荒々しく塞いだ。「俺に触るんじゃねぇ!」歳三はそう言うと、男の頬を殴った。「行くぞ、総司!」「ちょっと土方さん、待ってくださいよ~!」総司は慌てて走り去っていく歳三の後を慌てて追いかけていった。「気が強いのは相変わらずぜよ・・」龍馬は地面に転がり、暫く蹲った後そう呟いて立ち上がった。にほんブログ村
Jun 17, 2013
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