薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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「あんた、この世界は初めて?」「ええ。」「なにやら訳ありって感じだけど・・まぁいいわ、給料は沢山出すから働いてちょうだい。」「ありがとうございます。」こうして香帆は、スナックでホステスとして働くこととなった。 水商売は初めてだったが、酒が苦手な香帆は、客の興味をそそる話で徐々にお得意客を増やしていった。「初めてにしちゃぁ、やるわねあんた。」「ありがとうございます。」ママに褒められ有頂天となった香帆だったが、そう甘くはなかった。「悪いけど、あなた明日から来なくていいわ。」「え?」「こんなものが今朝うちのポストに入れられててねぇ。あんたがそんな女だとは知らずに雇ったあたしが馬鹿だったわ。」ママが煙草を吸いながら香帆に見せたのは、例の週刊誌の記事だった。「・・お世話になりました。」香帆は頭を下げると、ママは溜息を吐いて店の奥へと消えていった。 それから香帆は何とかキャバクラに勤め始めたが、そこでもうまくはいかなかった。「あんたが例の不倫女?可愛い顔してやるのねぇ?」「そんな・・」「退いてよおばさん、邪魔!」店の稼ぎ頭であるホステス・留美に突き飛ばされ、香帆は無様に床に転がった。「あ、あんたもう来なくていいって、ママが言ってたよ。」「そんな、どうすれば・・」「それは自分で決めなさいよぉ。さ、行こう。」留美は取り巻きを従えて、更衣室から出て行った。二軒目の勤務先を解雇された香帆は、途方に暮れながら夜の歓楽街を歩いていた。一体どうしてこうなってしまったのだろうか。歳三と不倫し、家族を失った結果、惨めな人生を送るとは、彼に抱かれている間はわからなかった。世間から後ろ指を指されながら生きているのが辛くて、伊豆のアパートから飛び降りたが、死ぬこともできなかった。もう、駄目だった。(馬鹿なことをしたなぁ、わたし・・)溜息を吐きながら、香帆は腹が減り、ファストフード店の前に来ていた。財布の中を覗くと、千円札しかなかった。だが、飢え死にするよりマシだろう。「いらっしゃいませ。」カウンターの前に立つと、そこには制服姿の香が立っていた。「これのサラダセットひとつください。」「640円です。」「じゃぁ、これで・・」「ありがとうございます、360円のお釣りです。」香は自分の方をちらりと見ず、淡々と仕事をしていた。もう彼は、自分のことなど忘れているのだろう。いや、忘れようとしているに違いない。 自分は彼の家庭を壊し、父親を奪った悪い女なのだから。「ありがとうございました。」店を出た後、香の冷たく事務的な声が、香帆の胸に深く突き刺さった。完にほんブログ村
Dec 12, 2012
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伊豆を出て、家族と縁を切った歳三は、大阪で働き始めた。もう過去のことを忘れ、一人だけで暮らすことを決意した歳三は、がむしゃらに働き、職場と自宅の往復する日々を送っていた。だが時折仕事をしながらも、香帆のことが気になって仕方がなかった。あれから、香帆は元気にしているのだろうか?夫と子ども達と、再会しているのだろうか?「おい、危ないやろ!」歳三が我に返ると、彼はあやうく食器を床に落とすところだった。「ぼけっとしとらんと、働け!」「すいません・・」食器を洗いながら、歳三は騒がしい厨房と店内を歩き回った。居酒屋のバイトは、時給が高かったが、明け方まで残業することが多く、昼のバイトをひとつかけ持ちするだけで精一杯だった。 学生時代飲食店でバイトをした経験があった歳三だったが、夜の居酒屋はいろんな客が来た。大学生のグループが一番多く、色々と理不尽なクレームを言われたりした。だが生活の為と思い、歳三は黙って耐えてきた。 コンビニ弁当を手にアパートのドアを開けて部屋の中に入ると、歳三は溜息を吐いて部屋の電気をつけた。一人で食べる食事は、さびしかった。(どうしてこんなことになっちまったんだろうなぁ・・)歳三は溜息を吐き、弁当を食べた。 一方、東京へと戻った香帆は、病院で意識を取り戻した。「ねぇ、歳兄ちゃんは?」「あの人のことは忘れなさい!」「でも・・」「いいわね!」両親の言葉に納得できない香帆は、歳三の実家へと向かったが、門前払いされた。「お願いだから、二度とここには来ないで。」「そんな・・」伊豆で飛び降り自殺に失敗し、東京に戻った香帆は、歳三の消息を探したが、彼の行方はわからなかった。香帆は生活する為仕事を探そうとしたが、年齢制限があり何処も雇ってくれなかった。学生時代に取った資格は全く役に立たなかった。(どうすればいいの、どうすれば・・)八方塞りの中、香帆は街中を歩きながらお茶でもして帰ろうとした。その時、一軒のスナックに求人広告が貼られてあった。“18~36歳まで。良く働いてくれる方募集!”広告の下に、電話番号が書かれていたので、香帆は慌てて手帳にその番号をメモした。「ただいま・・」「お帰り、どうだった?」「駄目だったわ。」帰宅した香帆は、部屋に入って先ほどメモした番号に電話を掛けた。『もしもし、クラブ・エリです。』「もしもし、求人広告を見つけてそちらで働こうと思うんですけれども・・」『じゃぁ、明日の朝9時に面接するから、来てちょうだい。』「わかりました、宜しくお願いします。」香帆はそう言うと、携帯を閉じた。にほんブログ村
Dec 12, 2012
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歳三が病院に駆けつけると、香帆が運ばれた救急救命室のランプが赤く光っていた。「香帆、どうしてこんなことに・・」「ご主人でいらっしゃいますか?」歳三が俯いている顔を上げると、そこには一人の看護師が立っていた。「ええ。妻の容態はどうなんですか?」「意識不明の状態です。このままだと、昏睡状態に陥ることになるかもしれません。」「そんな・・」「覚悟しておいてください。」看護師はそう言うと、救急救命室へと入っていった。 香帆の手術は朝までかかった。待合室にある長椅子で寝ていると、携帯に職場から着信があった。「すいません、妻が事故に遭って・・」『今日は休みなさい。詳しいことはあとで話そう。』「はい・・」携帯を閉じ、歳三は深い溜息を吐いた。「歳三さん!」「歳!」ふと顔を上げると、そこには香帆の両親と姉の信子の姿があった。「このたびは、ご迷惑をお掛けしてすいません・・」「どうしてこんなことになったのよ!あなた、うちの香帆に何をしたの!?」香帆の母親は、そう叫ぶなり歳三の胸を拳で叩き始めた。「すいません・・」「あんたって子は、何処まで他人に迷惑掛ければ気が済むのよ!」信子はつかつかと歳三のほうへと近づくと、彼の頬を叩いた。その時、救急救命室のランプが消え、担架に載せられた香帆が出てきた。「香帆、しっかりして!」「香帆!」香帆はアパートの部屋から飛び降りたことは、瞬く間に町中に広まった。「土方さん、もうここには来ないでくれるかな?」「それって、クビってことですか?」「そうだ。こんな事が起こった以上、もうここには居られないだろう?」「・・ええ。短い間でしたが、お世話になりました。」歳三は頭を下げると、ホテルから去っていった。 数日後、彼はアパートの部屋を引き払い、町から出て行った。行きあてなど何処にもないのはわかっていたが、誰も知らない場所へと行きたかった。 新幹線に乗り込み、座席にもたれかかりながら、歳三はゆっくりと目を閉じた。香帆は東京の病院に転院することが決まり、姉や彼女の両親は歳三との絶縁を言い渡した。「あんたは絶縁されるだけのことをしたのよ。もう連絡して来ないで。」母代わりに自分を育ててくれた姉の言葉は、何よりも歳三の胸に深く突き刺さった。もう実家に自分の居場所はない。(これから、どうっすかなぁ・・)窓の外を見ると、ちょうど富士山が見えた。朝日を受けて輝く霊峰・富士は、美しかった。歳三は暫しその美しさに見惚れながら、再び眠りに就いた。今はもう、何も考えたくなかった。『新大阪、新大阪です~』目を開けると、新幹線は終点の新大阪に着いていた。にほんブログ村
Dec 11, 2012
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職場を一方的に解雇されたと香帆が歳三に告げると、彼は深い溜息を吐いた。「そうか・・心配すんな、俺が何とかしてやるから。」歳三はそう言うと、香帆の肩を叩いた。「うん・・」解雇された香帆は、次の就職先を探したが、何処も人手が足りていて、誰も彼女を雇ってはくれなかった。 歳三に迷惑をかけまいと思いながら就職活動をしながら、不採用通知を受け取る香帆の焦りが募ってゆくのと比例して、頻繁に嫌がらせの電話がかかってきた。“不倫女、何とか言え!”“タダでやらせてるんだろう?”自分を誹謗中傷する受話器越しに怒鳴り声を聞きながら、香帆の神経は徐々に磨り減らせていった。子ども達に会いたい―そう思いながら、香帆は夫の実家へと電話をかけた。『もしもし?』「お義母さん、お久しぶりです。」離婚前にはよく頻繁に連絡を取り合っていた姑に向かって、香帆は無意識に頭を下げていた。『あなた、今更電話をかけてくるなんて!無神経にもほどがあるわ!』「申し訳ございません・・あの、子どもたちは・・」『もう、あなたはうちとは何のかかわりのない人間です。迷惑なのよ!』耳元でガチャンと受話器を戻す音が聞こえたとともに、甲高いダイヤルトーンが香帆の耳を突き刺した。 香帆は、両膝の間に顔を埋めて泣いた。「香帆、居るのか?」帰宅すると部屋の中が暗かったので、歳三が電気をつけると、リビングの隅に香帆が膝を抱えて座っていた。「どうした、そんなところで風邪ひくぞ?」「歳兄ちゃん、ごめんね。」香帆はそう言うとゆっくりと立ち上がり、歳三に抱きついた。「わたしの所為で、迷惑掛けてごめんね・・」「何言ってやがる。もう俺はお前と生きると決めたんだ。」「歳兄ちゃん・・」二人の唇が重なろうとしているとき、ドアを誰かが拳で殴っている音が聞こえた。「おい、不倫女、出て来いよ!」「そこに居るんだろう!」ガンガンと頭に響くかのような鈍い金属音に怯えながら、香帆はいつの間にかベランダの窓を開け放った。「香帆・・?」歳三はドアに気をとられ、香帆が何をしようとしているのかがわからなかった。窓を開けた彼女はベランダの柵を乗り越え、夜の闇へと消えていった。「きゃ~!」「誰か救急車!」階下の住人の悲鳴で、歳三は何が起きたのか漸く気づいた。救急車のサイレンの音が聞こえ、歳三はドアを叩いていた者達が去った気配を感じ、部屋から飛び出した。「土方さん、奥さんが今病院に運ばれたわ!」「何処の病院ですか?」「あっちに向かっていったわ!」(香帆、死ぬなよ!)自転車を必死に漕ぎながら、歳三は香帆の無事を祈った。にほんブログ村
Dec 11, 2012
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「ねぇ、あの人でしょう?」「そうよ、あの人よ、不倫して子ども捨てたっていう・・」「おとなしそうな顔をして、やることはやっているのねぇ・・」事務室に入る前、給湯室に居た仲居たちが顔をつき合わせながら、香帆のほうを時折チラチラと見てはヒソヒソ話をしていた。彼女達も、あのサイトを見ているのだろうか。「おはようございます・・」香帆が彼女達に挨拶すると、彼女達はそそくさと給湯室から出て行った。「何あれ、かんじ悪い!気にしない方がいいよ。」「は、はい・・」のぞみとともに事務室へと戻り、香帆は何も考えなくてもいいように仕事をした。「お昼休憩、何処行く?」「お弁当、作ってきましたから。」「そう、じゃぁあたしは外で食べてくるね!」「お気をつけて。」のぞみが事務室から出て行ってドアが閉まると、そこはしんと静まり返った。香帆以外、事務スタッフは昼休憩の為ランチを食べに行っていて誰も居ない。 香帆は溜息を吐きながら弁当箱の蓋を開けると、そこには歳三が早起きして作ってくれた色とりどりのおかずとご飯がある弁当が入っていた。「いただきます・・」両手を胸の前で合わせ、香帆は箸を手に持ち弁当を食べ始めた。 その時事務室のドアが開き、給湯室で会った仲居が入ってきた。「それ、ご主人に作って貰ったの?」「はい・・」「ふ~ん、愛されてるのねぇ。」無遠慮な視線を香帆に向けながら、仲居はそう言うと弁当を見た。「ねぇ、ちょっと味見してもいいかしら?」「え?」「その卵焼き美味しそう!」あっという間に、仲居はいつの間にか手に携えていた割り箸で卵焼きを摘むと、香帆が抗議する暇を与えずにそれを口の中へと放り込んだ。「何するんですか!」「そんなに怒ることないじゃない。たかが卵焼きひとつくらいで。あんたよりも捨てられた子ども達のほうが、よっぽど辛い思いしてるんだから。」「それは・・」夫の元に残されてきた子ども達のことを思うと、香帆は何も言い返せなかった。「じゃぁ明日も宜しくねぇ~!」何も反論できない香帆を見て満足気な笑みを浮かべた仲居は、そう言うとさっさと事務室から出て行った。「ただいま。」「どうした、元気ないな?もしかして、誰かにいじめられたのか?」「まぁね。彼女達がわたしに文句のひとつやふたつ言いたいのも、わかる気がする。歳兄ちゃんは?」「似たようなもんだよ。まぁ、そういう奴は相手にするな。」「わかった・・」 翌朝から、あの仲居たちに対する香帆への陰湿ないじめが始まった。決済書類を隠したり、私物をロッカーから盗んだりするというものだったが、香帆が少しも動揺している様子がないので痺れを切らしたのか、彼女達は裏サイトの掲示板で彼女の噂をばら撒いた。“香帆は股が緩い変態女”その書き込みと共に、過去に千尋が撮影した歳三との情事を撮影した動画のURLが張られており、その下には香帆の携帯番号とアパートの住所や連絡先、更には二人の子どもの顔写真や氏名などが記載されていた。香帆とその家族の個人情報が書き込まれて数時間も経たない内に、香帆の携帯に100件ほどの非通知電話がかかってくるようになり、やがて旅館にも悪戯電話がかかってきて業務に支障をきたすようになった。「土方さん、あなたには悪いけれど、ここを辞めて貰うわ。」(どうして・・どうしてこんなことに?)同僚からの理不尽ないじめに遭い、一方的に解雇された香帆は、途方に暮れながらアパートへと戻った。にほんブログ村
Dec 10, 2012
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「はい。ですが、その記事に書かれていることは事実無根です。」「そうか・・では仕事に戻りなさい。」「わかりました。ではこれで失礼いたします。」 上田のオフィスから出て行くと、歳三は厨房へと戻った。「なぁ、あんた元医者だったんだって?」「ええ。」「この記事のこと、本当なの?」「いいえ。」「ふぅん、そう・・」この日から、同僚が自分を見る目が変わったと、歳三は思った。「ただいま。」「お帰りなさい。何か変わったことあった?」「ああ。それよりも香帆、何読んでんだ?」「今日発売の週刊誌。これ・・」香帆の手から週刊誌を奪い取ると、それを歳三はゴミ箱へと捨てた。「こんなくだらねぇもん見るな!」「ごめんなさい。でもまさか、こんなものが出るなんて思いもしなかった。」「もう忘れろ、な?」「うん、わかった・・」 その夜、歳三はなかなか寝付けずに部屋を抜け出し、煙草を外で吸った。「寒っ!」厚手のダウンジャケットを着ていたが、厳しい潮風と寒さが身にしみた。「あ~、土方さん!」そろそろ部屋に戻ろうかと思ったとき、電柱の陰から沙織が現れた。「どうした、こんなところに?」「土方さんに会いに。」沙織はそういうと、にっこりと笑った。「ねぇ土方さん、昨日奥さんにお会いしましたよ。」「香帆に?」「ええ。あの人、あんまり自分のことはなしませんね。それに地味だし。」“わたしよりも”という沙織の声が、歳三は聞こえたような気がした。「そんな話を、俺にしに来たのか?」「まさかぁ、違いますよ!」沙織はそういうと、大きな声で笑った。「土方さん、付き合ってくれません?」「お前寝ぼけてんのか?俺は既婚者だぞ?」「ええ、知ってますよ。あたし、他人のものが欲しくて堪らない性格なんです。」「そうか。でも俺は興味ねぇよ。じゃぁな。」歳三はそう言って沙織に背を向けて歩き出そうとしたが、彼女は歳三についてきた。「香帆さん、バツイチなんでしょう?そんな人と良く付き合えますよね?」「うるせぇな。俺だってすべてを捨ててきたんだ。子どもや医師としての地位や肩書きをな。お前みたいな小娘に割く時間はねぇから、放っておいてくれ!」歳三は沙織のほうを見ずに、アパートの中に入った。「何だ、つまんないの。」沙織は舌打ちすると、アパートの中へと入っていく歳三の背中を睨んだ。 歳三は本当に香帆を愛しているのだろうか。あんな地味な女に、自分が負ける訳がない。帰宅した沙織はノートパソコンの電源を入れると、ある掲示板へとアクセスした。そこは、香帆がパートとして働いている旅館の従業員が運営する裏サイトだった。“事務の香帆さん、バツイチ。夫と子どもを捨てて伊豆に来た不倫女。”「これでよしっと・・」沙織はマウスを動かし、「送信」ボタンをクリックした。あとはこの掲示板を見た誰かが、好き勝手に何かを書いてくれるだろう。「おはようございます。」翌朝、香帆がいつものように出勤すると、同僚達の態度がやけによそよそしかった。「あの、どうしたんですか?」「ねぇ土方さん、ちょっと向こうで話さない?」そう言って事務室から自分を連れ出したのは、のぞみだった。「昨夜、このサイトの掲示板にあんたのこと、書き込まれてたんだよ。」「え?」「まぁ、見てみなって。」のぞみは休憩室にあるパソコンの電源をつけると、裏サイトにアクセスした。「これは・・」香帆は掲示板に書かれている内容の酷さに絶句した。そこには彼女が不倫をして家族を捨てて伊豆に来たこと、歳三とは籍を入れていないことなどが書かれていた。「書き込んだやつのIPアドレス、調べてみたんだけどさ、ネットカフェで書き込んでるから誰が書き込んだのかわからないんだよね。」「のぞみさん・・」「気にしないほうがいいよ、こんなの。さ、仕事に戻ろう。」のぞみはそういうと、香帆の肩を叩いた。にほんブログ村
Dec 10, 2012
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「おはようございます。」「おう、おはよう。」 歳三が勤務先のホテルの従業員専用入り口に入ると、同じ厨房で働いているコックの西本が彼に挨拶を返してきた。「なぁ、もうすぐクリスマスだなぁ。」「ああ。ホテルはクリスマスも正月も関係ないからな。」「今年も家族と過ごせないクリスマスになりそうだよ。それに比べてお前はいいよな、あんな美人な奥さんが居てさ。」「そうかな・・」周囲には、あれこれ他人に詮索されるのが嫌なので、歳三は香帆のことを妻として紹介していた。籍も入れず、ただ一緒に暮らしているだけだったが、香帆とは夫婦同然だった。「今日、かみさんは家に居るのか?」「ああ。クリスマスは休みを取ってどっか連れて行こうかと思ってるんだ。」「へぇ、そうか。やっぱりそういうところが女心をくすぐるのかもな。」西本はそう言って笑うと、更衣室から出て行った。 クリスマスシーズンに突入してから、ホテルにはカップルや家族連れの客が来るようになり、乳幼児連れの若夫婦を厨房から見ながら、歳三はふと香帆が中絶した子どものことを思い出していた。もし自分が彼女に子どもを産んでくれと頼んでいたら、今ならあれ位の年になっているのだろうか。 香帆は夫や子ども達と別れ、腹の子を中絶して歳三の元へとやって来た。だが復縁しても、彼女とセックスすることはなくなった。完全にという訳ではないが、昔のように激しく燃え上がるような濃厚なものから、淡白なものへと変わっていき、回数も月に数回位だった。セックスよりも、歳三は香帆と過ごす時間や、彼女が交わした会話の回数に重きを置いていた。子どもなどいなくても構わないー歳三はそう思いながら、客席から視線を外し、調理に取り掛かった。 その時、レストラン内に赤ん坊の泣き声が響き渡った。母親と思しき女性が、周囲に頭を下げながら必死に赤ん坊を泣き止まそうとしているが、腹が減っているのか、赤ん坊はますます泣き喚いていた。周囲でランチを楽しんでいるカップルや数人の女性グループがしかめ面をしながら母親に対して非難の視線を送った。歳三は客席で母親に声を掛けようかと思い始めたその時、一人の女性がつかつかと親子連れの方へと近づくなり、母親から赤ん坊を取り上げてその小さな頬を叩き始めた。「お客様、おやめください!」「うるさいわよ、あんた母親でしょう!?自分のガキを泣き止ませられないなら、こんなところに来るんじゃない!」歳三は居ても立ってもいられずにその母子と女性との間に割って入った。「お客様、赤ちゃんは泣くのが仕事です。お客様のお気持ちはわかりますが、どうかここのところは穏便に済ませてはいただけないでしょうか?」歳三の言葉を聞いた女性は顔を真っ赤にしてプルプルと震え出し、周囲の視線は女性を非難するものへと変わっていった。「すいません・・すいません・・」「いえいえ、お気になさらず。たまにはこういう場所に来て息抜きもしたいですよね。」歳三がそう言って赤ん坊をあやすと、母親は今にも泣きそうな顔をしていた。「土方さん、あとで話がある。」「あ、はい・・」総支配人・上田に呼び出された歳三は、彼のオフィスへと入った。「昼間のレストランでの一件は聞いたよ。君の対応はホテルマンとしてベストなものだった。」「ありがとうございます。」「それよりもね、昨日わたしの家のポストにこんなものが入れられていたんだ。」そう言って上田が歳三に見せたのは、一冊の週刊誌だった。その見出しには、“有名病院勤務の外科医が謎の失踪!3歳年下の人妻と愛の逃避行か!?”と書かれていた。「この記事に書かれている外科医は、君のことかね?」にほんブログ村
Dec 3, 2012
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「じゃぁ、行ってくる。」「うん、行ってらっしゃい。」翌朝、いつものように香帆は玄関先で歳三を見送った。「今日は仕事、休みなのか?」「うん。」「戸締り、しっかりしておけよ。」「わかったよ。」ドアが閉まった途端、香帆は溜息を吐いてこたつの中に入ってテレビをつけた。画面には、アイドルグループやお笑い芸人が馬鹿騒ぎをしている。うんざりした香帆はテレビを消し、バッグを持って部屋から出て、ドアに鍵を掛けて自転車で近くのレンタルDVDショップへと向かった。「いらっしゃいませぇ~」気だるそうな口調で、レジカウンターに居る店員が香帆を迎えた。香帆は小さい籠を持つと、韓流コーナーへと向かった。 最近休みの日は、こうしてここに来ては韓国ドラマや昔のトレンディドラマや映画のDVDを借りて一日中それを観ているか、ネットをしているかだった。以前は近所のカルチャースクールでお花やお琴などを習い、習い事仲間とお茶をしたりしていたが、今はそんな時間的余裕はなかった。 伊豆で仕事を見つけてから、毎日職場と自宅の往復の生活で、休みの日は家に籠もりっきり。いつまでこんな生活が続くのだろうか―香帆がそう思いながらDVDを探していると、丁度観たいドラマのDVDがあったので、それに手を伸ばして籠の中へと入れた。「あの、落ちましたよ。」 レジへと香帆が向かおうとしたとき、誰かに肩を叩かれて彼女が振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。茶色くカールされた長い髪に、フレアのミニスカート。まだ人生これからといった20代前半くらいの女性が香帆に差し出したのは、いつの間にか籠から落ちてしまった長財布だった。「ありがとうございます。」「あの、わたし水田沙織と申します。あなたのご主人の同じ勤め先のホテルで働いています。」「主人と?」香帆は、まるで小動物のような愛らしい女性の目が、少し険しく光ったことに気づいた。「ええ。」「どうも、主人がいつもお世話になっています。それじゃ。」香帆は沙織から長財布を受け取ると、さっさとレジで会計を済ませて店から出て行った。「ふぅん、あの人が奥さんなんだぁ。地味な人・・」自転車に乗った香帆の背中を眺めながら、沙織はそう呟くとヒールの音を響かせながら駅前のカフェへと向かった。「お待たせぇ~!」「んもう、遅いよ沙織!待ちくたびれちゃったじゃん!」彼女がカフェに入ると、窓際の席に座っていたホスト風の男がそう言って沙織に抱きついた。「敦、ごめん。ねぇ、何処行く?」「そうだなぁ、ホテルとか?」「もう、敦のエッチ!」沙織はそう言って男の肩を叩いたが、その顔は何処か嬉しそうだった。「沙織、お前さぁ、最近狙っている男居るって聞いたけど、ホントか?」「まぁねぇ。既婚者だけど狙ってんだぁ。」「お前、他人(ひと)のもんに手ぇ出すのが好きだよなぁ。」「そうかなぁ?敦だって同じじゃん。」沙織はそう言って敦を見ると、彼は少しバツが悪そうな顔をした。 敦と付き合い始めて数ヶ月前になるが、女癖の悪い彼は女だとわかればその尻を追いかけずにはいらない男だった。沙織は敦と似たようなものだが、彼女が今まで付き合った男性は、全て既婚者だった。彼女は他人の者を奪いたくて仕方がない女なのだった。にほんブログ村
Dec 3, 2012
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「お疲れ様~」「また明日~」 終業時間を迎え、香帆をはじめとする事務の女性パートたちはそう挨拶を交わしながら次々と事務所から出て行った。香帆は事務所を出て、アパートへと向かって歩き出していた。その時、背後から車のクラクションが聞こえた。「乗ってく?」「え、いいんですか?」「いいよぉ。ここ観光地っていってもさぁ、夜は人通りが少ないから、若い女の一人歩きには向かないよ。」「ありがとうございます、じゃぁ・・」のぞみの厚意に甘え、香帆は彼女の車の助手席に乗り込んだ。「すぐ近くですから。」「そう。あたしん家、駅の近くなんだ。そこで両親と兄夫婦と暮らしてる。でも嫁(い)き遅れって両親から毎日言われてさぁ、肩身狭い思いしてるよ。」「そうですか・・」「あたしはさぁ、来年で28になるんだよねぇ。でもここいらじゃぁ、高校で一緒だった子達はもう結婚して肝っ玉母ちゃんになってる子が殆ど。東京でバリバリ働いてて毎日充実してたと思ったんだけどねぇ。何か現実は違ったみたい。」「・・わたしも、今の人と一緒になる前、好きな人と結婚して、家庭を持って・・幸せだと思ったことがあったけど、何かが物足りなかった。だから・・」「もういいよ、それ以上は言いなさんな。はい、着いたよ。」のぞみはコーポ・リメージュの前で車を停めた。「ありがとうございました。」「うん、また明日ね。」「おやすみなさい。」香帆はのぞみの車から降りると、彼女に礼を言ってアパートの外階段を上がっていった。「ただいま。」歳三と借りている304号室のドアを開けると、まだ歳三は帰ってきていないらしく、ドアに鍵がかかっていた。香帆は溜息を吐くと、バッグから鍵を取り出してそれをドアに挿し込んで中に入った。部屋の明かりをつけると、リビングは几帳面な歳三の性格を現しているかのように小奇麗に片付けてられていた。歳三に夕食のことを聞こうと彼の携帯に掛けたが、それはダイニングテーブルの上に置いてあった。「歳兄ちゃんったら・・」香帆はそう言って苦笑すると、こたつのスイッチを入れて歳三の帰りを待った。「じゃぁ土方さん、お疲れ様です。」「ああ、お疲れ様。」 漸く仕事が終わった歳三は、香帆に連絡しようと携帯を探したが、家に置き忘れてきたことに気づいて苦笑した。事務所から出て駐輪場へと彼が向かっていると、誰かが自分の方へと小走りでやってくる気配がした。「土方さん、お疲れ様です!」「ああ、お疲れ・・」息を切らしながらやってきたのは、パートにきている女子大生の水田沙織だった。「もうお帰りですか?」「ああ。」「あの、送っていきましょうか?」「いいよ。一人で帰れるから。」沙織が何かと口実を作っては自分との距離を縮めようとしていることに勘付いていた歳三は、そう言うと自転車に跨って駐輪場から去っていった。「ただいま。」歳三が帰宅すると、キッチンから良い匂いがしてきた。「お帰りなさい。ハンバーグ作ったんだけど、食べる?」「ああ。」家庭も仕事も何もかも捨ててきた香帆と歳三は、幸せだった。にほんブログ村
Nov 26, 2012
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「これから何処行こうか?」「温泉地でも行こうか。お前は何処に行きたい?」「そうだなぁ、伊豆がいいな。歳兄ちゃんは?」「伊豆にしよう。お前がそう言うんなら。」 途中で特急列車を降りた二人は、伊豆の温泉旅館・きぬたで働き口を探し始めた。「いきなりじゃぁねぇ・・ちゃんと履歴書持ってきてくれないと。それに事務として働きたいんなら、何か資格あるの?」「簿記2級持ってますし、パソコンも出来ます。」「そう・・じゃぁ、今日から宜しくね。これだけは言っておくけど、うちは客商売だから、お客様に愛想よくね。」「ええ。宜しくお願いします。」香帆は、そう言って女将に頭を下げた。 きぬたでの事務仕事は、帳簿の管理が主で、エクセル2級を持っている香帆にとって結婚前に働いていた職場の仕事よりも楽だった。「随分と手際がいいのね。」「はい・・ありがとうございます。」事務室で香帆がパソコンで仕事をしていると、女将がそう言って彼女のデスクにお茶を置いた。「この調子で、頑張ってね。」「はい・・」時計を見ると、もうすぐ正午になろうとしていた。「ねぇ、お昼行かない?」そう言って香帆の肩を叩いたのは、仲居の堀田のぞみだった。「はい・・」「じゃ、行こうか!」のぞみとともに、香帆は旅館の近くの喫茶店へと向かった。「ここのBLTサンド、絶品なんだよ!」「そうですか、それじゃぁそれのランチセットを。」のぞみはランチセットを注文した後、香帆を見た。「ねぇ、何処に住んでるの?」「旅館の近くにあるコーポ・リメージュです。」「ふぅん。あのね、女将さんは従業員の男関係には厳しいのよ。前に一度さぁ、ここで働いていた子が客と出来ちゃってさぁ。」のぞみはそう言うと、両手で妊婦のジェスチャーをしながら、“きぬた騒動”と呼ばれた事件のことを話した。 高校を卒業したばかりの仲居が、一人の客と恋に落ち、駆け落ち同然に辞めて姿をくらましてしまったのだという。「相手の男が、県会議員の息子だったんだよねぇ。そいつ、大きな会社の社長令嬢と婚約してたんだけど、それを蹴って逃げちゃったのよ。」「あの、二人は今何処に?」「さぁ、それは知らないわ。でも駆け落ちなんてしてもさ、一時の感情に走ってそれが冷めると激しく後悔するもんよ。」のぞみがそう言葉を切った時、店員がランチセットを運んできた。「さ、いただきましょ!」「いただきます。」出来立てのBLTサンドを頬張りながら、のぞみは香帆を見た。「あの、どうしたんですか?」「昨日、あんたの歓迎会やってあたしがあんたを送っていったでしょう?部屋から出てきたイケメン、もしかしてご主人なの?」のぞみの言葉を聞いた香帆は、コーヒーで咽(むせ)てしまった。「ちょっと、大丈夫?」「はい・・」「これ使いなよ。」「ありがとうございます。」香帆はのぞみからナプキンを受け取ると、それで口元を押さえた。「それで、どうなの?」「彼とは同棲しているだけで、結婚はしてません。」「ふぅん。色々と事情抱えてるの?」「はい・・」香帆の言葉に何か思うところがあったのか、のぞみはそれ以上何も聞かなかった。にほんブログ村
Nov 26, 2012
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「ねぇ、どうなの?」「また、連絡する・・」一度は別れたつもりだったが、再び歳三は香帆と付き合い始めた。二人は“友人に会う”という名目で、密会を重ねていった。「お父さん、また香帆さんと会ってるの?」「ああ。」「香帆さんと駆け落ちでもするつもり?俺と千歳はどうなるの?」「・・すまない。」ある日の朝、それだけ言うと歳三はスーツケースを引いて玄関から出て行った。「父さんだけは、違うと思ったのに・・」絶望に包まれながら、香は溜息を吐いた。妹に何と説明すればいいのだろう。 約束の時間に、香帆は来た。「じゃぁ、行くか。」「ええ・・」「携帯は変えないとな。俺はもう変えた。」「わたしも・・もう、何もかも捨ててきた。」「じゃぁ、行こうか。」二人が立っているホームに、特急列車が滑り込んできた。特急列車が動き始めたとき、二人の姿はそこにはなかった。「ねぇ、パパはどこなの?」「もうパパのことは忘れろ。」歳三と香帆が一緒に姿を眩ました後、香と千歳は歳三の姉・のぶの元に身を寄せた。「全く、歳は一体何をしているんだか・・」台所で夕飯の支度をしながらのぶがそう呟くと、隣で彼女を手伝っていた香は、溜息を吐いた。「もう、あの二人のことは諦めたよ。」「香ちゃん・・」歳三と香帆の行方は、ようとして知れなかった。 二人が姿を消してから一年半もの歳月が過ぎた。二人の行方は、依然としてわからないままだ。それでも香はよかった。香にとって歳三は良い父親だったー香帆と駆け落ちするまでは。二人がー特に香帆が歳三に想いを寄せていたことは、のぶから聞いて知っていた。母親と離婚し、既婚者であるにもかかわらず、香帆は歳三との関係に溺れた。そして夫と子ども達、大切な家族を失った。帰る家、居場所さえも失った彼らは、案外すぐ近くに居るのかもしれないー「いらっしゃいませ~」大学進学資金を溜める為に、香はファストフード店でアルバイトを始めた。はじめは慣れない仕事ばかりできつかったが、何度も繰り返せば慣れてきた。高校の学費は叔母が卒業まで出してくれるが、これ以上彼女に甘えていられない。昼食時には主婦や学生達のグループで混む店内も、深夜には殆ど客足が少ない。繁華街の近くに面しているからか、この時間帯に来るのはホストやホステスが多かった。華やかなドレスに包み、片手で携帯を弄りながらポテトを頬張る窓際の席に座るホステスは、どこか疲れているような顔をしていた。一般事務職のOLとは桁違いの月給を稼ぐといわれるホステスだが、それはあくまでも売れっ子の場合だけだ。一見華やかに見えていても、中を覗けばノルマや酒代・ドレス代だけで給料は消えてゆくという、過酷でシビアな職業だ。香はホステスの疲弊しきった表情をちらりと見ながら、一人のホステスが店に入ってくるのを見た。「いらっしゃいませ~!」満面の笑顔を浮かべながらレジカウンターで彼女を迎えた香は、そのホステスが香帆だということに気づいた。「すいません、サラダセットください。」「かしこまりました、640円になります。」「それじゃぁ、これ・・」おそらく客に買って貰ったであろう、高級ブランドの新作財布から香帆が取り出したのは、しわくちゃの千円札だった。[完]
Nov 23, 2012
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「・・誰だよ、こんな夜中に・・」ホテルから出て行った後、歳三は香を叱った後、頭痛がしたのでそのまま部屋に入って横になって休んだまま、いつの間にか寝てしまった。彼が手探りでベッドサイドにある携帯を探って通話ボタンを押すと、そこから香帆の声が聞こえた。「香帆、どうした?」『歳兄ちゃん、今から会えない?』「ああ・・」ベッドサイドに置いてあるデジタル時計は午前2時を指していた。『わかった、今行く。』歳三は舌打ちするとスーツを羽織り、部屋から出てエレベーターに乗ってマンションの地下駐車場へと向かった。「お前、今何処だ?」『国道沿いのファストフード店。』「わかった・・」車を何分か走らせると、国道沿いにある24時間営業のファストフード店の駐車場に停めた歳三が店内に入ると、窓際の席に香帆が座っていた。自分の子を中絶したという連絡を受けてから数ヶ月経つが、香帆は少しやつれたかのように見えた。「どうしたんだ?」「あのね・・今夜、歳兄ちゃんに抱かれに来たの。」「もう、俺とは終わったんじゃないのか?」「終わらせたくないの。」香帆はそう言うと、歳三に抱きついた。「お願い・・抱いて・・」「わかったよ・・」店を後にし、歳三は香帆とともに国道沿いのラブホテルへと入っていった。ここで何度も歳三と身体を重ねたが、香帆はまた歳三に初めて抱かれたときのような感覚に襲われた。「どうした?」「歳兄ちゃん、抱いて・・」「わかってるよ。」歳三は香帆を横抱きにすると、彼女のブラウスを脱がせ、乳房に顔を埋めるとそれに唇を這わせた。「あぁ・・いやぁ・・」「何が嫌なんだ?こんなに溢れてるぜ?」歳三はそっと香帆の内腿を撫ぜると、彼女は悩ましげな声を上げた。香帆が歳三を見ると、彼のものがズボン越しに怒張しているのがわかった。「ねえ、舐めてもいい?」「ああ、いいぜ。」香帆は歳三のズボンを下ろして彼のものを咥えると、それに舌を這わせた。祐司とまだ夫婦だった頃、こうして彼のものを咥えてはいたが、それは夫の溜まった性欲を鎮める為の、彼女の仕事だった。だが自分の頭を両手で押さえつけ、快感に呻いている歳三を見ていると、香帆の中に欲望の炎が灯った。「もういい・・」歳三はそう言って香帆を突き飛ばすと、彼女の足を大きく広げてじぶんのものを彼女の中に挿れた。「歳兄ちゃんの、熱いぃ!」「香帆、お前のが絡みついてきて、もう出そうだ!」「駄目、まだ出しちゃ駄目ぇ!」その夜、二人は夜が明けるまで激しく互いの身体を貪り合った。「ねぇ、お願い!お願い!」香帆は狂ったように歳三の背中に爪を立てると、熱に浮かされたかのように何度もそんなことを呟いていた。「ねぇ歳兄ちゃん、一緒に何処かへ逃げない?」「香帆、お前どうしちまったんだ?」「あたし、歳兄ちゃんと一緒だったら、何処へでも行けるよ?だから、逃げよう、ね?」香帆はうつろな目をして歳三にそう言うと、彼にしなだれかかった。
Nov 23, 2012
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「いってぇ~!ほんとに殴ることないじゃないですかぁ!」「うるせぇんだよ。大体、俺の息子を拉致りやがって・・ただじゃおかねぇぞ!」エレベーター内で歳三は男の顔を拳骨で殴ると、彼は悲鳴を上げた。「香、お前ぇもお前ぇだ。変なやつにのこのこ着いてきやがって・・」「俺だってこんな猿芝居に付き合いたくはなかったよ。でもこいつ、日当くれるっていうからさぁ・・」「それ、いくらだ?」「5万だってさ。」「へぇ、そうか。後でじっくりと話をこいつから聞く必要があるな。」「は、はい・・」エレベーターが漸くロビーに着いたとき、そこには千尋と彼女の再婚相手が立っていた。「あら、お久しぶりねあなた。紹介するわ、この人がわたしの再婚相手の、松下よ。」千尋は何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべると、歳三は舌打ちして彼女と目を合わさずにエレベーターから降りた。そんな彼を慌てて香が後を追いかけた。「千尋、あれが君の前の夫かい?」「ええ。顔もいいし、彼、ベッドの中ではモンスターなのよ。でも性の不一致で別れたのよ。」「そうか。10年も連れ添ってきたっていうのに、白状だな。」「もうあの人への愛情はないわ。でも、子ども達のこととなると話は別よ。」千尋の蒼い瞳が、獲物を仕留めた獣のような満足げな光を湛えた。「先生、退院おめでとうございます。」「これはマダム、来てくれて嬉しいよ。」吉田議員の快気祝いパーティーに出席した千尋は、そこで吉田議員に手厚く迎えられた。「松下先生もお忙しい中よくきてくださって。」「いえいえ、妻から話を聞いて、是非あなたにお会いしたいと思っておりましてね。今日は奥様ご一緒ではないのですか?」「ああ、家内は女同士の集まりに行っていてね。まぁ、余り顔を合わせないほうがいいかもしれないが。」吉田議員はそう言うと、ワインを一口飲んだ。「あなた、吉田先生とお話がしたいの。いいかしら?」「いいよ、行っておいで。でも吉田先生はまだ病み上がりなんだから、余り無理させないように。」「ええ、わかったわ。」千尋は夫にそう言うと、吉田議員と目配せしてパーティー会場から誰も気づかれずに出て行った。「それで?君のご主人とは親権について話がついたのかい?」「いいえ。でもわたくしのところにいるよりも、あの人のところで暮らした方があの子達にとってはいいんじゃないかって思うのよ。」「ほう、そうか?随分と心変わりしたんだね、マダム。」「ええ。わたくしはもう、一人で生きることに決めたのよ。あの人のことは諦めたわ。」「諦めが早いのは感心するよ。瑠美にも見習って欲しいくらいだ。」エレベーターから降りると、吉田議員はスーツの内ポケットからカードキーを取り出すと、それを部屋のドアに挿し込んで中に入った。 ドアが閉まった途端、彼は千尋の唇を荒々しく奪った。「いけませんわ、本調子ではありませんのに・・」「そうか?誘ったのは、君の方だろう?」吉田議員は千尋のパンティを素早く脱がせ、自分もスラックスと下着を脱ぐと彼女の中に入っていった。「君の中はいつも熱いな。」「先生のものも熱いですわ。」吉田は暫く腰を振っていたが、やがて千尋の中に精を吐き出した。「こんなに沢山出ているのに、無精子症だなんておかしいですわ。」「そうか?実はね、不妊の原因があるのは、実は私ではなく妻の方なんだ。」「まぁ、それじゃぁ先生は嘘を?」「ああ。彼女に束縛されるのにはもううんざりしていたからね。家同士の結婚だから、何のしがらみもなく別れられる方がいいと思ったんだ。」吉田はそう言うと、ベッドに寝転んだ。
Nov 23, 2012
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「先生、どうしたんですか?あんまり飲んでいませんねぇ?」香の身を案じている歳三の前に、突然ビールグラスが突き出された。不機嫌さを隠さずにジロリと彼が相手を睨むと、そこには内科の看護師・上村栄子だった。「すまねぇが、俺は下戸でな。」「そうなんですかぁ、残念!」看護学校を卒業して誠心会病院に勤務して2年目を迎えた彼女は、大のミーハー好きで、歳三が独身だと知り猛烈にアタックしてきていた。今夜の彼女は胸元を露にしたパーティードレスを纏い、自分のセクシーポイントであるGカップの巨乳を見せ付けるかのように歳三に近寄ってきた。「さてと、俺はもう帰るか。」「え~、帰っちゃうんですかぁ。」唇を尖らせて拗ねる栄子を見て、歳三は愛らしさよりも嫌悪感を抱いた。「栄子、ここにいたのか。」「優ちゃん!」宝石のような輝く白い歯を煌かせながら、一人の青年医師が栄子に近づいてきた。彼は小児外科の西村優吾といって、甘いマスクを漂わせ、まるで童話に出てくる王子のようなチャーミングな笑顔を浮かべているが、彼の歯が全てインプラントであることを、歳三は密かに小児外科の看護師から聞いた。「あ、外科部長じゃありませんか?向こうで一杯、飲みません?」「優ちゃん、土方先生は下戸なんだって。だからあたしと飲もう!」先ほどまで自分に気を惹かせようと必死になっていたくせに、歳三がそれになびかないとなると、栄子は優吾に標的を変え、彼にしなだれかかった。「わかった。じゃぁ、行こうか。」さり気無く栄子の腰に手を回す振りをしながら、優吾は彼女の尻をそっと撫でると、彼女と共にパーティー会場から出て行った。(ったく、したたかな女だぜ。)女という生き物は、強かでずる賢いものなのかもしれない。歳三がそう思ったのは、悪夢のような結婚生活から得た経験からであった。まるでつかみどころがない闇のようなものを持っている千尋。そんな彼女の魔性に惹きつけられていく男達。千尋と離婚してから、歳三は再婚する気が全く起きなかった。寧ろ、独身の方が気楽でよかった。さっさとパーティー会場から出て行った歳三は、フロントへと向かうためにエレベーターへと乗り込んだ。フロントがある1階のボタンを押すと、途中のレストランフロアとなっている6階で、一組のカップルが入ってきた。男の方はホスト崩れの高そうなスーツを着ており、女の方は一点物だろうか、高級そうな振袖を着ていた。エレベーターがフロントへと降りてゆく間、カップルは一言も話さなかった。気まずい空気を感じながら、歳三が溜息をついていると、女の方が突然男の腕を振りほどいて歳三に抱きついてきた。「おい、何だてめぇ!?」「父さん、俺だよ、俺。」耳元でそう囁いた女の顔を見ると、それは確かに息子の香だった。「お前ぇ、何でこんなところに居るんだよ?」「それは後ろのあいつに聞いてよ。」「あれ?このおっさん、知り合いなの?」「知り合いも何も、俺の息子にこんなふざけた格好させやがってどういうつもりだ!?」歳三がカッとなって男の胸倉を掴むと、彼は情けない悲鳴を上げた。「いやぁ~、何処から話せばいいのかわからないんですが・・」 数分後、ホテルのティーラウンジで歳三と香と向かい合わせに座った男は、頭をぼりぼりと掻きながら、事情を話し始めた。「親が結婚しろってうるさいから、こいつを女装させて婚約者として連れて行ったんですよ、見合い場所のレストランに。親父は怒鳴るわ、お袋は泣くわ、先方の娘さんは泣き叫んで過呼吸の発作を起こすわ・・もうカオスでしたよ。」「父さん、こいつに突然声掛けられて変なところに連れてかれたんだよ!」「お前、歯ぁ食い縛れ。」歳三はそう言うと、拳を鳴らした。
Nov 23, 2012
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香が裏サイトを見ると、そこには歳三の不倫のことや、香の実母・千尋が高級娼館を経営していることなどが書かれており、掲示板には香の悪口で溢れていた。掲示板のスレッドを読んでいる途中で香は気分が悪くなり、履歴を消してから二ノ宮の携帯に掛けた。「なぁ、あれ、誰の仕業だ?」『きっと足立のやつらだよ。多分、お前の教科書を切り裂いたのもあいつらの仕業だよ。』「証拠もであるのか?」『まぁな。』 翌日、香が登校すると、二ノ宮からメールが来ていた。『証拠持ってきた。教室じゃ不味いから学食で。』学食へと香が向かうと、二ノ宮が笑顔で彼に手を振った。「それで、証拠っていうのは?」「ああ、これ。」二ノ宮がそう言って鞄から取り出したのは、何の変哲もない万年筆だった。「何だ、これ?」「俺の親父、弁護士なのは知ってるだろ?俺中学ん時にいじめに遭っててさ、親父に相談したらこういうやつに小型カメラ仕掛けて動画や写真を撮れって言われたんだよね。朝練行く前、何かあるだろうなと思って俺、お前の机にこれを入れたんだよね。そしたらビンゴだった。」そう言って二ノ宮はにっこりと笑った。「ビンゴって?」「撮れてたんだよ、あいつらの顔がさ。じゃ、行こうか。」二ノ宮に連れられ、香はPC室へと入った。二ノ宮はおもむろに万年筆のキャップを取り外し、ペン先を引っ込めてUSB端子をPCに接続すると、動画が自動再生された。そこには、剣道部の更衣室で足立たちが石灰を香の袴に掛ける姿や、香の教科書を引き裂きノートに剃刀を仕込む姿がばっちりと写っていた。「な?これって、確実な証拠になるだろ?」二ノ宮はそう言うと、万年筆をPCから抜いた。「これ、二階堂先生に見せたらいいかもな。あと、コピーも作ってCDや他のメモリにも焼いといたから、場合によっては教育委員会に送った方がいいな。」「二ノ宮、サンキュ。」「礼なら親父に言ってくれよ。ま、暫く足立たちも気まずくなるだろうな。」そう言った彼の顔は、何処か嬉しそうだった。 案の定、足立たちは無期限の謹慎処分を食らい、来年度の全試合出場停止処分を受け部活にも居づらくなったのか退部していった。足立たち二年部員が居なくなったので、それまで彼の影に怯えていた一年部員達は、今までのように練習に精を出すようになった。「これでお前が部長になることは確定したな。でも気を緩めちゃ駄目だからな。」「うん、わかってるよ。」「じゃぁ、おれこっちだから。」「ああ、またな。」部活が終わり、校門の前で二ノ宮と別れた香は、バス停の前でバスを待っていると、突然赤いスポーツカーが彼の前に停まった。「お前、土方香だよな?」「はい、そうですが?」運転席に乗っている開襟シャツの上に高級そうなジャケットを羽織った男は、掛けていたサングラスを外すと香をじろじろと見た。「ちょっと付き合ってくんないかな?」「はい?」香がキョトンとしていると、男が急に腕を伸ばし、彼を無理矢理助手席に座らせた。「え、あぁ、ちょっと!」抵抗する間もなく、あっという間に香を乗せたスポーツカーはエンジンを唸らせながら高校の前から走り去っていった。(香のやつ、家にはまだ帰ってねぇのか・・)何度掛けても繋がらない息子の携帯のアナウンスに、歳三は舌打ちしながら携帯を閉じた。
Nov 23, 2012
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「おはようございます!」「土方、ちょっと来い。」 他の一年生部員達よりも少し遅れて朝練にやってきた香は、顧問の二階堂に呼び出された。「もう知っていると思うが、部長以下三年の連中は受験の為引退して、今後継者を探しているところなんだ。そこでな、お前に部長をやらせたいって一年連中から意見が出たんだよ。」「俺が、部長に?」「ああ。剣の腕も立つし、人望も厚いし、お前にはぴったりだと思ってな。それに、山下から練習メニューや合宿中のスケジュールを作成したり、部費の管理も徹底しているだろう?」「ええ、山下先輩から教わってますけど・・でも部長になるとのは話が違います。それに、二年の先輩方がどう思っているのか・・」二年の先輩部員達を差し置いて、一年の自分が部長になることで彼らの反感を買うのではないかと香は不安を抱いていた。「その点については問題ない。話は以上だ、練習に戻れ。」「はい、わかりました。」 朝練を終えた香が教室に入ると、同じ剣道部の二ノ宮が彼に話しかけてきた。「なぁ、お前次期部長になるって本当か?」「ああ、そんな話を二階堂先生から聞いたけど、まだ部長になることは決めてないから。」「そうか。二年の先輩達はどう思っているのか知らないけどさ、俺ら一年はお前が部長になるの、大賛成だからな!」二ノ宮はそう言うと、香の肩を叩いた。まだ部長になるとは決まった訳ではないのに、二ノ宮たちはすっかり乗り気になってしまっていることに、香は少し困惑していた。 昼休み、香が学食でカレーを食べていると、サッカー部に所属している二年生が彼に話しかけてきた。「お前、余りいい気になるなよ。」「はぁ、何言ってんすか?先輩確かサッカー部ですよね?部外者がどうしてそんな事知ってんすか?」香がそう言って彼を見ると、彼は急にバツが悪そうな顔をして学食から出て行った。「大丈夫か?」「なぁ、今のやつ誰?」「ああ、あの人西岡って奴。ほら、うちの部に二年の足立っているじゃん?そいつと仲良いんだってさ。」「そうなのか・・」二年の足立は、何かにつけては先輩風を吹かしては一年をこき使って威張り散らし、一年が口答えするとビンタするというチンピラのような不良だった。「あいつさぁ、部長達が引退して自分が部長になれると思ってたんだろうな。部活サボってんのになれるわけねぇのに。」二ノ宮はそう言って笑った。 放課後、香が更衣室で道着に着替えようとしたとき、袴に陸上部が使うライン引きの石灰がついていた。「何だよ、これ!」「多分あいつらの嫌がらせじゃねぇ?気にすることないって。」香は袴を外で払い、染みが残っていないことを確かめると更衣室へと戻った。「大丈夫か?」「うん、何とかいける。」香が練習に出たが、その日は何も起こらずに終わった。 彼の周辺で異変が起き始めたのは、学食で西岡に絡まれてから数日後だった。教室に入って自分の席に座ると、机の中にしまっておいた教科書の表面が剃刀で切り裂かれたようにボロボロとなっていた。「あいつらの仕業かもよ。ったく、陰湿なことしやがるよな。」「ま、大丈夫だからいいや。」授業が始まり、香がノートを開こうとしたとき、指先に激痛が走った。何だろうと思ってよく見ると、ノートの右上に剃刀が両面テープで貼られていた。保健室で患部を消毒して貰い、香は二階堂に部活を休む旨を伝えた。『お前、今大変なことになってるぞ。』帰宅後、二ノ宮のメールを見た香は、そこに添付された裏サイトのURLをクリックした。
Nov 23, 2012
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自業自得とはいえ、祐司と共に育んできた5年もの結婚生活がいとも簡単に終わることになろうとは、思いもしなかった。しかし、もう後戻りはできないのだ。彼と離婚し、子ども達を手放すーそれが香帆に残された唯一の道なのだから。「ただいま。」「お帰りなさい。どうだったの?」「離婚することになった。」母に離婚することになったことを告げると、彼女は何も言わずに奥へと引っ込んでいった。子ども達には、ママはお仕事で遠いところに行くことになったから、パパと三人で仲良く暮らすようにと言おう―香帆はそう思いながら勇太郎と篤朗が居る部屋へと向かった。「ママ、パパはいつ迎えにくるの?」「明日、迎えに来るよ。それよりもゆーちゃん、ママ、明日からお仕事ですごく遠いところに行かないといけなくなったの。それまでパパとあっちゃんと仲良く暮らしてくれる?」「うん・・」まだ5歳の勇太郎に、不倫だの離婚だのという大人の事情はわからない筈だが、両親の様子が尋常ではないと、彼なりに察しているようだった。「ママ、これからママは一人なの?」「うん、そうなるね。あっちゃんと仲良くしてあげてね。」「わかった。」その日の夜、香帆は子ども達と二人で川の字で寝た。 翌朝、祐司が子ども達を迎えに来た。「あなた、子ども達のことを宜しく頼みます。」「ああ、わかったよ。」子ども達を先に車に乗せ、祐司はそう言うと香帆に微笑んだ。「元気でな。」「あなたも。」祐司は何かを言いたそうに暫く口を動かしていたが、結局何も言わずに車に乗り込んだ。 三人が乗った車が住宅街の角を曲がって完全に見えなくなってしまったとき、今まで堪えていた涙を香帆は流し、地面に崩れ落ちた。「父さん、最近香帆さん来ないね。」「ああ・・」昨夜のドライブから、香帆がどうなったのか、彼女と縁を切った今になって歳三はわかるはずがなかった。「じゃぁ、俺朝練に行って来る。」「気をつけて行って来いよ。」「わかった、行ってきます。」香は玄関から外へと向かうと、最寄のバス停まで歩き始めた。「寒ぃ・・」街はクリスマスムードで溢れ、朝晩になると凍えるような寒さが肌に突き刺さる。厚手のコートを羽織っていてよかったと香は思いながら、バスに乗り込んだ。『次は~高校前、~高校前』目的地を告げるアナウンスが車内に流れたので、香は降車ボタンを押した。定期を見せてバスから降りようとした彼の肩を、誰かが叩いた。「ねぇ、そこの君。」「何ですか?」不機嫌さを微塵にも隠さずに香がそう言って背後を振り向くと、そこには私立のお嬢様学校の制服を着た少女が立っていた。「あなた、土方香くんでしょ?少し話したいんだけど、いいかな?」「忙しいんで。」「ちょっとでもいいじゃない。」少女は香にしつこく食い下がり、己の腕を彼の腕に絡ませてきた。ちらりと背後に目をやると、他の乗客が迷惑顔で香を見ていた。「運転手さん、降ります。」香はさっと少女の腕を振りほどくと、バスから降りていった。少女が何か言おうと口を開いたとき、バスの自動扉が閉まり、高校の前から離れた。
Nov 23, 2012
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第三部「どうしたの、もう会わないんじゃなかったの?」「香帆、俺と逃げねぇか?」「え・・」歳三が放った信じられない言葉に、思わず香帆は彼の顔を見た。「ねぇ、どういうこと?一体何を言っているの?」「俺と何処か遠いところに逃げよう。そうしよう。」「馬鹿なこと言わないで、あたしにも歳兄ちゃんにも家族が居るんだよ!?それを全部捨てて逃げるなんて無理!」「・・そうだよな。すまねぇ、さっきのは本気にしなくていいから。じゃぁな。」「言いたかったことは、それだけ?」香帆の問いに、歳三は何も答えなかった。「ただいま・・」「お帰り。歳三君、何だって?」「さぁ。ただ会いたいって。それだけ。」「香帆、ちょっといらっしゃい。」母はそう言うと、香帆を自分の部屋に連れて行った。「あなた、歳三君とはもう別れたのよね?」「ええ。お母さん・・この際だから言うけど、わたし彼の子を中絶したの。祐司さんにもそのことを言ったわ。暫く距離を置きたいって言われたの、彼の方から。」「そう。今あんたに言えることは、現実から逃げないでとことん悩むこと。不倫した女の気持ちなんて誰にもわからないし、わかりたくない。誰にも頼らず、あんたは自分ひとりで答えを出しなさい。いいわね?」「わかったわ・・」 その夜、香帆は自分の部屋でベッドに寝転がりながら、今まで何て馬鹿なことをしたんだろうと思い始めていた。千尋と歳三が結婚し、彼女との結婚生活が破綻したとき、歳三が自分を頼りにしてくれて嬉しかった。(やっとわたしに振り向いてくれた、歳兄ちゃん。)今まで憧れてはいるものの、決して手には届かなかった存在が、急に自分の目の前に現れ、頼りにしてくれているーそれだけでも、香帆は幸せだった。しかし、歳三との愛を得た代償は、大きかった。今まで不倫なんてドラマや小説といった、フィクションの世界の中にあるものだと思っていた。歳三は憧れの人であって、決して彼を愛すことはないーそんなことを思っていながら、いつしか香帆は歳三との情事に夢中になってしまっていた。自らの首を絞める結果を招いてしまったことに、苦笑せざる終えない。これからどうするのかー祐司との別居生活を続けるのか、それとも離婚して一人で生きるのか。自分に残された選択肢は二つしかなかった。目を閉じたとき、香帆はその中の一つを消し、後者のほうを選んだ。「祐司さん、話があるの。」『そうか。じゃぁ駅前のカフェで会おう。』「わかった・・」数分後、香帆は数週間ぶりに祐司と会うことになった。「話って、何だ?」「離婚しましょう、わたしたち。子ども達の親権はあなたにあげる。」「そう。わかった。」あれまで離婚を拒んでいた祐司があっさりと香帆の要求を呑んだことに、香帆は不審に思った。「ねぇ祐司さん、どうして離婚を拒んでいたのに、今になって・・」「応じたかって?もう、互いを深く傷つけあう前に、別れた方がいいと思ってね。」「ありがとう、あなた。」「じゃあな。今まで・・楽しかったよ。」祐司はそう言うと、ゆっくりと立ち上がりカフェから出て行った。
Nov 23, 2012
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手術から一ヵ月後、吉田議員は無事退院した。「退院おめでとうございます、吉田先生。」「ありがとう、土方君。君のお陰だよ。」看護師から花束を受け取りながら、稔麿はそう言うと歳三を見て笑った。「あなた、行きましょうか?」瑠美はわざと歳三に見せ付けるかのように、稔麿の腕に自分の腕を絡めた。「じゃぁね。」リムジンに乗り込む吉田夫妻を見送ると、歳三は病院の中へと戻った。「もう、終わりましたよ。」「そうですか・・」中絶手術を終えた香帆は、病衣のまま待合室へと向かった。「その様子だと、中絶したみたいね?」「千尋さん・・」「ねぇ、おなかの子を殺したあと、どんな気持ち?」「やめてください・・」「そう。あなたは人殺しなのよ。その事をしっかりと憶えておくことね。」勝ち誇った笑みを浮かべると、千尋は香帆の前から立ち去っていった。 中絶手術を受けた後、香帆の耳に千尋の言葉がこびりついて一度も離れなかった。“あなたは人殺しなのよ”自分は新しく宿った命を殺した。自分の保身のために。その罪は、決して消えることはない。「パパ、ママは?」「ママは少しからだの調子が悪いから、今日はパパがお弁当を作ったからな。」昨夜から寝室に籠もったまま出てこない妻を心配しながらも、祐司は勇太郎と篤朗を幼稚園へと送った。「香帆、どうしたんだ?」「あなた・・ごめんなさい、気分が優れなくて・・」祐司が寝室に入ると、香帆が気だるそうにベッドから起き上がってきたところだった。「一体どうしたんだ?子ども達も心配してるぞ?そんなに悪阻が酷いのか?」「いいえ。」「じゃぁ・・」「昨日、中絶してきたの。」「本当なのか、それは?」「ええ。あなた、暫く子ども達を連れて実家に戻るわ。」「わかった・・」不貞を犯した妻を罵りたかったが、祐司はそれをぐっと堪えて寝室から出て行った。 香帆は子ども達を連れて実家に戻り、気持ちの整理がつくまで祐司とは別居することになった。「香帆、一体どういうことなの?いきなり祐司さんと別居するなんて。」「ごめんなさい、お母さん。今は何も言えないの。」「そう・・」突然実家に戻ってきた娘に、両親は何も言わなかった。彼らは何かを察していたのかもしれない。 ある日の夜、香帆がキッチンで夕飯の支度をしていると、玄関のチャイムが鳴った。「わたしが出るわ。」香帆がそう言って玄関先に出ると、そこには歳三が立っていた。「今、時間あるか?」「ええ。うちではちょっと・・」「わかった。」「お母さん、少し出かけてくるわね。」香帆はそう言うと、家から出て歳三の車へと乗り込んだ。
Nov 23, 2012
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「先生、ご無沙汰しておりますわ。」「おや、誰かと思えば。」吉田稔麿議員が読んでいた文庫本から顔を上げると、病室に千尋が入ってくるところだった。「外が急に騒がしくなったかと思ったら、何でも女子高生が救急車内で出産したというじゃないか?」「ええ。あの子は育てるつもりはないそうですわ。親になる資格がない癖に、簡単にセックスをするなんて、まるで獣ね。」「そんなことを言うもんじゃない、マダム。彼女はある意味被害者だ。身勝手な男に騙された被害者さ。」「それはそうかもしれませんわね。まぁ、事が公になれば、男の方だって無傷ではいられませんわ。」そう言った千尋は、何処か嬉しそうな顔をしていた。「まるで、君ははじめから計画していたんじゃないかい?」「まさか、そんなことありませんわ。それよりも先生、退院したらうちの店に来てくださいな。たっぷりとサービスいたしますわ。」千尋は吉田議員にしなだれかかった。「ああ、わかったよ。」「では、お待ちしておりますわ。」千尋は吉田議員に一礼すると、病室から出て行った。「あら、誰かと思ったら汚らわしい娼婦じゃないの。」「あなたにそんなことを言われたくないわね、奥様。若い男のものを平気で咥えている癖に。」「何ですって!?」廊下で稔麿の妻・瑠美と鉢合わせした千尋がそう言って笑うと、瑠美は顔を怒りで赤く染めた。「土方先生、お客様が来ております。」「ああ、わかった。」医局でカルテの整理をしていた歳三が外へと出ると、そこには香帆の姿が廊下にあった。「どうしたんだ、香帆?」「これから産婦人科に行くの。残念だけど、おなかの子は諦めるわ。それだけ言いにきたの。」「そうか・・」「これにサインして。」「わかった。」香帆に差し出された中絶同意書にサインした歳三は、それを彼女に手渡すと、香帆はその足で産婦人科病棟へと向かった。「中絶手術を受けたいんですが・・」「暫くお待ちください。」待合室の長椅子に彼女が腰を下ろすと、隣には赤ん坊を抱きかかえた少女が座っていた。ところどころ地毛が見えるくすんだ金髪に、濃いメイクをした少女は、ぼうっとした様子で赤ん坊をあやしていた。香帆が声を掛けようかどうか迷っていた時、千尋が少女の下へとやってきた。「どう、決心はついた?」「はい・・」「あなたはいいことをするのよ。もう過去は忘れておしまいなさい。」少女から赤ん坊を受け取った千尋は、赤ん坊をあやしながら少女の前から立ち去っていった。「どうぞ、処置室の方へ。」「はい・・」千尋と何があったのか香帆が少女に聞こうとしたとき、看護師が彼女を処置室へと案内した。「すぐに済みますからね。」「はい・・」「じゃぁ、10から0まで数えてくださいね。」「わかりました・・」香帆は病衣に着替えて下着を脱ぎ分娩台に横たわると、医師が麻酔の注射を彼女の腕に打った。
Nov 23, 2012
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「頼みって何だ?」「簡単な事よ。この子、妻子ある男と関係を持って妊娠してね。はじめは産む気があったんだけど、産みたくないって言いだすのよ。もうじき臨月なのに。」千尋はそう言うと、歳三を見た。「それで、俺にどうしろってんだ?」「賢いあなただったら、わかるでしょう?」つまり千尋は、少女の腹に宿る胎児を殺して欲しいと言っているのだ。「そんな真似、出来る訳ねぇだろ。みさ、とか言ったな? お前はそれでいいのか?」「あたし、産みたくない。」少女はそう言って、歳三を見た。「あのなぁ、自分の都合で今更産みたくねぇっつっても、もう中絶できる時期は過ぎてんだよ。後は産むしか選択肢はねぇ。」「そんな・・だってあたし、バイトだけじゃ子ども食べさせられない。だったら殺す方が・・」少女の安易な考え方に、歳三は少し苛立った。彼女は子どもの命を何だと思っているのだろうか。まだ10代後半と思しき彼女が、一人で子どもを育てる事は難しい。「だったら、養子にでも出すんだな。親になる覚悟も資格もねぇお前よりも、子が欲しくても出来ない夫婦の子になった方が、幸せってもんだろ。」歳三から厳しい言葉を投げつけられ、少女は俯いた。「俺はな、魔法使いじゃねぇんだよ。てめぇの事はてめぇで解決しな。」「まぁ、あなた、冷酷な人間になったのねぇ。まぁでも、あなたならそう言うと思ったわ。」千尋はそう言ってくすりと笑うと、少女の肩を叩いた。「みさちゃん、赤ちゃんの事は養子に出す方向で考えましょう。さぁ立って。」千尋がそう促しても、少女は椅子から立ち上がろうとはしない。何処か様子がおかしい。「おい、どうした?」歳三がそう言って少女に駆け寄ると、彼女は突然呻き声を上げた。「痛い、痛い!」見ると、彼女の足元に破水した羊水が濡れて水溜りを作っていることに気づいた。「誰か救急車を!」 数分後、千尋と歳三は誠心会病院へと搬送される少女に付き添っていた。「いや、産みたくない、産みたくない!」「みさちゃん、落ち着いて!」千尋がパニックに陥る少女を優しく宥めたが、彼女は四肢を痙攣させ、呻いた。「一体どうなってやがる!」「胎児の心音が下がっています。このままだと母子ともに危険です!」「いつ到着するんだよ!」誠心会病院までは目と鼻の先の距離であるのに、ちょうど帰宅ラッシュに嵌ってしまい、渋滞で身動きが取れずにいた。(畜生・・)「あなた、赤ちゃんをここで取りあげて。」「何言ってやがる。ここじゃ設備が・・」「あなた医者でしょう、さっさと取りあげて。」千尋はそう言って溜息を吐いた。歳三は舌打ちすると、少女に話かけた。「今から赤ん坊を取り上げる。呼吸法は知ってるか?」少女は歳三の問いに首を横に振った。「いいか、陣痛と一緒に息を大きく吸って吐け、わかったな。」「わかった・・痛い!」思わず息む少女の手を、歳三は握った。「まだだ、よし、息め!」少女の苦悶に満ちた声が救急車の中に満ちたかと思うと、新しい命の産声が響いた。「良くやった、元気な男の子だ。」羊水と血に塗れ、臍の緒をつけた赤ん坊を、少女は感慨深げに見ていた。「あなた、素晴らしかったわ。後のことはわたくしがするから、お疲れ様。」病院に到着し、少女と赤ん坊が院内へと搬送された後、千尋はそう言って笑った。「千尋・・」「子ども達のことは諦めないわ。勘違いしないで頂戴ね。」
Nov 23, 2012
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祐司が自分に対して慰謝料を請求して当然だと、歳三は思った。自分は他人の妻を寝取った上に妊娠までさせたのだから。「いくら欲しいんだ?」そう言って彼がコーヒーを一口飲むと、祐司は笑った。「欲しいのは金じゃない。」「じゃぁ何が・・」「香帆とは離婚しませんよ、子ども達が成人するまでは。あなただって今の生活を壊したくないでしょう? そこで、わたしから提案があるんです。」祐司はそう言うと、鞄から一枚の書類を取り出した。 そこには、来春建設予定の医療センターの図面と、その予定地が印刷されていた。「この医療センターの建設中止を、あなたから理事長におっしゃってくれませんか?」「何言ってやがる。外科部長の俺がそんな権限を持ってる筈がねぇだろう!」歳三がそう祐司に怒鳴って思わず立ち上がると、周囲の客が何事かとひそひそと囁き始めた。「この医療センター、マスコミからは税金の無駄遣いと叩かれているんですよ。それなのに、理事長は建設を強行しようとしてるじゃありませんか。わたしには、彼が来年度の選挙に関する利権絡みで動いているようにしか思えません。」流石、一流新聞社の記者というべきか、祐司の指摘は鋭かった。 建設予定の医療センターには、20億もの金が掛かっており、それらは全て市民からの血税だった。だがわざわざ莫大な血税をかけて医療センターを建設しても、既に設備が整っている誠心会病院がある限り、無用の長物にしか過ぎない。それなのに理事長が敢えてセンターの建設を強行するのには、政治の利権絡みでしかないと、祐司は睨んだのであろう。 理事長の芹沢鴨は医師でありながらも、野心家で患者主体よりもどう金が儲けるかどうかという、損得勘定の上で病院経営を行っていた。医師達や看護師をはじめとするスタッフ達はそんな彼の経営方針に対して反発していたが、病院を私物化しようとする芹沢の暴走を誰も止めようとはしなかった。 仮にそういう者が居たとしても、芹沢の巨大な権力でその存在を抹消され、医療に従事できなくなる。旧態依然の閉鎖的な体制が、誠心会病院には蔓延っていた。「あなたは吉田稔麿議員と親しいのでしょう? 彼にそれとなく医療センターの事を伝えてみては?」「お前は一体何が目的なんだ? 単に自分の女房を俺に寝取られたからって、そこまでする必要があるのか?」「ええ。医療センターの建設予定地の住民達は、今年末まで立ち退きを余儀なくされており、多くは行き場のない高齢者です。彼らに新しい住居を提供することも理事長は考えていらっしゃらないようですし・・もう、直訴するほかありません。」祐司はそう言うと、さっと椅子から立ちあがり、自分のコーヒー代だけ払って店から出て行った。(くそ、一体どうすりゃぁいいんだ・・)残された歳三が溜息を吐きながら今後の事を考えていると、千尋が店に入ってくるのが見えた。「こっちよ。」彼女はどうやら連れがいるらしく、ドアを開けながら誰かが入ってくるのを待っている。「すいません・・」申し訳なさげにそう言って店に入って来たのは、一目で妊婦とわかる少女だった。「あなた、久しぶりね。」千尋は歳三を見ると、ヒールの音を響かせながら彼の前に座り、口端を歪めてにぃっと笑った。 彼女の唇に塗られた真紅の口紅が、夏の陽光に照らされて毒々しく光った。「あの子は?」「ああ、あの子はあなたの患者よ。みさちゃん、いらっしゃい。」千尋が少女を呼ぶと、彼女は大きな腹を大儀そうに抱えて椅子に座った。「どういうことだ、俺の患者って?」「この子ね、今困ってるのよ。あなた、力を貸してくれない?」
Nov 23, 2012
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「あの、勇太郎の怪我は・・」「大丈夫です、軽い擦り傷でした。」園長から勇太郎が走り回って転んでしまったことを聞き、香帆はほっと安堵の表情を浮かべた。「良かった・・お電話を頂いた時は、勇太郎が誰かと喧嘩したのではないのかと思いまして・・」来年小学校入学を控えているというのに、勇太郎は落ち着きがなく、年少の頃はよく同年代の友達と喧嘩をしたりして、相手方の母親に怒鳴りこまれたこともあった。「お母様、心配なさらなくても大丈夫ですよ。勇太郎ちゃんも小学校に入学したら落ち着きますよ。」「そうでしょうか・・」香帆はそう言って椅子から立ち上がろうとした時、突然眩暈に襲われた。「大丈夫ですか?」「いいえ・・突然椅子から立ち上がったから・・今日はこれで失礼致します。」幼稚園から帰宅した香帆が玄関のドアを開けると、勇太郎が彼女に抱きついて来た。「ママ、お帰りなさい。」「ただいま、勇君。怪我は大丈夫? 痛くない?」「うん。ねぇママ、あーくんがさっきから泣いてる。」「そう。」香帆は勇太郎と共にリビングに入ると、散らばったおもちゃの中で3歳になる次男の篤朗が泣いていた。「あーくん、どうしたの?」「ママぁ!」篤朗は香帆に抱きついた。「あーくん、ずるい! ママから離れろ!」勇太郎はそう叫ぶと、篤朗を香帆から離そうとした。「やめなさい、勇太郎。あーくん、さびしかったでしょう。」「ママ、あーくんと僕、どっちが好きなの?」「何言ってるの、二人とも大好きに決まってるじゃないの。」「嘘だもん、ママあーくんの事ばかり構ってるもん!」勇太郎は癇癪を起こし、手足をバタつかせながら床で暴れ始めた。「ママは僕の事ばっかり怒ってるもん!」「それはあなたの為を思って・・」「ママなんか大嫌い!」 その日の夕食は、ピリピリとした雰囲気のまま終わった。香帆はあの眩暈が夏バテの所為だと思っていたのだが、スーパーで買い物をしている最中に突然意識を失って倒れた。「香帆、大丈夫か?」「あなた・・」香帆が病室で目を覚ますと、祐司が心配そうに自分を見つめていた。「あなた、どうしたの? 子ども達は?」「子ども達は僕がみてるから、心配するなよ。君はもう一人の身体じゃないんだから。」「え・・」「妊娠7週目だってさ。」「そう・・」香帆の脳裡に、歳三に抱かれた日の事が過った。「土方さんにもこの事は知らせておくよ。僕には心当たりがないからね。」「あなた、やめて。」「どうして? 彼は君を妊娠させたんだ。夫として彼に伝えるのは当然だろう?」祐司は冷たい笑みを妻に向けると、病室から出て行った。「香帆が、妊娠?」「ええ、そうですよ。あなたが僕の妻を妊娠させたんです。責任は取ってくださいますよね?」 病院近くのカフェで、祐司は妻の不倫相手を見た。「俺にどうしろっていうんだ? 赤ん坊が生まれたら引き取れっていうのか?」「いいえ、子どもは僕と妻が育てます。それよりも土方さん、まだ子ども達を離婚した奥さんに渡さないつもりでいらっしゃるんですか?」「あなたには関係のないことでしょう?」歳三がそう言って祐司を睨むと、彼はコーヒーを飲んだ。「あなたは、他人の家庭を不幸にしたんだ。その代償を子ども達が成人するまで払って貰いますよ。」
Nov 23, 2012
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「あなたね、主人の不倫相手は?」 吉田稔麿議員の妻・瑠美はそう言って歳三を睨んだ。「どういうことですか、奥様? 話が全然見えないのですが・・」「あら、そう。ではこれはどうなのかしら?」瑠美はバッグの中から離婚届を取り出し、応接テーブルの上に広げた。「手術が終わったら、離婚すると主人から言われたの。まぁ子どもが居ないから大丈夫だと言ってたけど、まさか男と不倫しているなんてね。」「不倫も何も・・吉田先生とはほんの数週間前に会ったばかりですし、奥様が考えているような事は一切ありません。」「そう。では主人に伝えて頂戴、わたくしはあなたと別れるつもりはないと。子どもは外でわたくしが作るから、心配要らないと。」瑠美は一方的にそう言うと、理事長室から出て行った。(一体何なんだ、あの女は?)稔麿から妻とは夫婦仲が冷え切っていること、稔麿に不妊の原因があることは聞いていたが、夫に子種がないからといって、他所の男との間に作った子どもを彼に押し付ける瑠美の神経が解らなかった。「吉田先生、調子はどうですか?」「いいよ。それよりも、妻が来ていなかったかい?」特別室で、稔麿はそう言って歳三を見た。「ああ。」「大方、外で子どもを作るから離婚はしないと言いに来たのだろう。世間体があるから愛がなくても離婚しないのさ、彼女は。」「お前ぇはそれでいいのか? 何処の馬の骨とも知らねぇ子を押しつけられるなんて・・俺には耐えられねぇぜ。」「わたしもだ。だが瑠美の両親は、妊娠中の娘が離婚して実家に出戻るようになるのが恥だと思っているようだ。わたしの子ではないことは解っている癖に。」稔麿はそう言って自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。「マダムとは会ったのかい?」「ああ。あいつ、子ども達を引き取りたいと言ってきやがった。香は俺達が言い争ってるのを見て薄々気づいたみたいだ、俺達の関係を。」「そうか。マダムと子ども達を会わせないつもりかい?」「勿論だ。あいつはもう、子ども達の母親じゃねぇんだ。」歳三はそう言いながら、きっと子ども達も同じ気持ちだと思っていた。 だが―「ただいま。」香が帰宅すると、父はまだ帰っていなかった。リビングに人の気配がして電気を点けると、そこには原稿用紙と睨めっこしている千歳の姿があった。「千歳、何してんだ、そんな暗いところで?」「お兄ちゃん・・」千歳は香の顔を見るなり、大声で泣き出した。「どうしたんだ、学校で何かあったのか?」「実はね・・」 来週の授業参観日で、「わたしのお母さん」というタイトルで作文を書いて発表する宿題が出されたのだという。「その先生、うちに母親が居ないこと知っててそんな宿題出したのか。父さんにこの事、俺から話してみるよ。」「うん・・」 翌日、香から千歳の事を相談された歳三は、彼女の担任と話し合う為、千歳が通っている小学校へと向かった。「申し訳ありません、土方さんの事情も知らずに千歳さんを傷つけるような事をしてしまって・・」「先生、悪気があって宿題を出したつもりではないことは理解しております。ですが、家庭環境が複雑なこの事をもう少し慮って欲しいのです。思春期を迎えた子ども達は、微妙に自分達と違う子の事をいじめたりしますから。」「申し訳ありませんでした・・」歳三の言葉に担任は平謝りしていたが、歳三は釈然としていなかった。 結局、授業参観には社会の社会見学発表へと変更されることとなり、歳三は娘がクラスメイト達と発表しているのを見て、思わず頬が弛んだ。だが、千歳が真実を知ってしまったらどうなるのかと、彼は不安でならなかった。 一方、香帆は勇太郎が幼稚園で怪我をしたと聞き、幼稚園へと向かった。
Mar 21, 2012
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「何よ、あたしから子ども達を取りあげて10年も会わせてくれなかったじゃない!」千尋は自分がしてきたことを棚に上げ、歳三をそう責めると、彼を睨んだ。「さっさと今の旦那の所に帰るんだな!」「嫌よ、子ども達を連れて帰るまでここを動かないわ!」目の前で繰り広げられる父親と、死んだ筈の母親が互いに醜く罵り合っているのを見て、香は一体何が起こっているのかがわからなかった。「お兄ちゃん、どうしたの?」周囲のただならぬ様子に気づいたのか、千歳が香の方へと駆け寄ってきた。「あの人、誰?」「さぁ・・父さんの昔の知り合いだよ。」何も知らない妹には、目の前にいる女が母親であることは黙っておきたかった。香は妹の手をひいたが、彼女はそこから動こうとしなかった。「どうした?」「ねぇ、あの人誰?」「知らないよ。もう行こう。」「でも・・」「俺達にとっては赤の他人だ、もう行くぞ!」突然香が怒鳴ったので、千歳は泣きそうになったが、慌てて兄の後を追いかけていった。「今日のところはこれで退き上げるとするわ。でもあなた、わたくしは子ども達のことを絶対諦めないわ。」「引き取ってどうするつもりだ? 役立たずの継子の代わりに香を政治家にでもさせようってのか? そして千歳にはお前の汚らわしい商売を引き継がせようとしてんのか?」「偏見を持ってもらっては困るわね、あなた。あれでも立派なビジネスなのよ。」「人から金を違法に絞り取って、何がビジネスだ!」歳三は千尋とはもうこれ以上話したくなくて、彼女に背を向けた。「ふん、なかなか落ちないわね。」「奥様、余り気を落とさずに。」幸助がそう言うと、千尋は彼をじろりと睨みつけた。「あなた、わたくしの為なら何でもやるって、言ったわよね?」「はい・・」「吉田先生の手術の時、あの人を少し困らせてやろうと思うのよ。あなた、それのお手伝いをしてくれないこと?」千尋はそう言うと、幸助の耳元に何かを囁いた。「それは・・」「出来ないというの? 報酬ならたっぷり払うわよ。」 数日後、吉田稔麿議員の手術が誠心会病院で行われた。その指揮を執っている歳三は、手術を終わらせようとした時、異変に気づいた。「土方先生、どうなさいましたか?」看護師が歳三にそう話しかけると、彼は険しい表情を浮かべながらスタッフ達を睥睨した。「誰だ、違う薬をすり替えたやつは!」―なんですって・・―そんな・・―一体誰が・・「先生、一体どういうことですか?」「手術が終わる前に投与する薬の種類が違ってたんだよ。気づかないまま投与してたら、患者は死ぬところだった。」吉田議員の手術終了後、歳三はそう言って医局のソファに腰を下ろした。「真田、お前何か知ってるな?」「いえ、わたしは何も。」「本当か?」「ええ、本当ですよ。あ、患者さんが呼んでますので、これで。」どこか奥歯に物が挟まったような物言いをした真田は、これ以上歳三と話したくないと言わんばかりに、医局から出て行った。「土方先生、吉田先生の奥様が先生にお会いしたいと・・」「解った、すぐ行く。」 医局を出て理事長室へと歳三が入ると、そこには吉田議員の妻・瑠美が芹沢と談笑していた。「奥様、こちらが御主人の手術を担当された土方君だ。」「今回はうちの人の手術をしてくださってありがとうございます。理事長、二人きりでお話ししたいので、席を外していただけないかしら?」瑠美はそう言うと、歳三を刺すような視線で見た。
Mar 21, 2012
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「土方先生、こちらにいらしたんですね。」缶ビール片手に歳三と香帆の元へと駆け寄ってきた幸助の顔は、ほんのりと鮭の所為で赤くなっていた。「そちらの方は?」「俺の幼馴染の、香帆だ。香帆、俺の同僚の真田幸助だ。」「はじめまして。」「はじめまして・・」香帆がそう言って幸助に挨拶すると、彼はじっと上から下まで彼女を舐めまわすように見た。「香帆さん、っていいましたっけ? ご結婚はされているんですか?」「ええ。主人と2人の子どもがおります。真田さんは?」「僕はまだ結婚とかは考えたことがなくて・・土方先生の下で色々と勉強したいことも沢山ありますし。」「ああ、そうだな。」「香帆さん、勇ちゃんがトイレに行きたいって。」香がそう言ってぐずる勇太郎の手をひいて歳三と香帆の方へと駆け寄った時、彼らは若い医師と談笑していた。「ママ、トイレ!」「勇ちゃん、来年小学校にあがるのに、ママと一緒にトイレに行くのはやめなさい。」「トイレ~!」「もう、仕方ないわね。お話の最中すいません。」香帆は息子の手をひき、歳三達から離れた。「もしかして、土方先生の息子さん?」若い医師がそう言ってちらりと香を見た。「初めまして、土方香です。」「どうも、お父さんの部下の、真田幸助です。」「どうも。」「じゃぁ先生、そろそろ行きますね。色々と話さないといけない人が向こうにいるんで。」「ああ・・」「じゃぁ香君、行こうか?」幸助はそう言って香の手を掴んだ。「どうして僕が一緒に?」「君に会わせたい人が居るんだ。来てくれ。」「待って下さい、誰なんですかそれ?」香の質問に幸助は一切答えずに、パーティー会場の片隅に停まってある黒塗りのリムジンへと向かった。「連れてきましたよ。」「ありがとう。」幸助がそう言った時、リムジンの窓が開き、金髪蒼眼の女性が姿を現した。「香、大きくなって!」リムジンから降りた女性は、そう叫ぶと香に抱きついた。(どうしてこの人、僕の名前を・・)「あの、あなた誰なんですか?」突然見ず知らずの女性に抱きつかれた香がそう言って女性を見ると、彼女は笑った。「わたくしの事を憶えていないのは当たり前よね。香、わたくしはあなたのお母様よ。」「え・・?」女性の言葉を聞いた香は、一瞬周囲の音が聞こえなくなったかのような気がした。 確か母は香が小さい頃交通事故で死んだのではなかったのか。「本当に、あなたは僕の母さんなんですか?」「そうよ。やっと会えたわね、香。」(嘘だろ・・どうして父さんは・・)「香!」背後から鋭い声が聞こえて香が振り向くと、そこには今までに見た事がないほど険しい表情を浮かべた歳三が立っていた。「千尋、お前香を何処に連れて行くつもりだ!」「決まってるじゃない、わたくしがこの子を引き取るのよ。」「子どもを捨てた癖に、まだ寝言を言ってやがるのか!」歳三はそう言うと、女性と香との間に割り込み、香の手を掴んで自分の方へと引き寄せた。
Mar 21, 2012
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通話口で香帆のすすり泣きが聞こえ、歳三は彼女の身に何かあったのかと心配した。「どうした、大丈夫か?」『歳兄ちゃん、もう駄目かも・・』「今家か?」『うん・・祐司さんに、全部知られた。離婚しようって言ったけど、彼は離婚しないって。』「そうか。一度三人で会おう。」香帆との関係が祐司に露見した今、歳三はこの事態をどう収拾すべきか考え始めていた。「お父さん、どうしたの、難しい顔して。」背後で声がしたので歳三が振り向くと、そこには香が怪訝そうな顔をして自分を見ていた。「ああ、ちょっとな。」「そういえば、大きな手術があるんだよね。身体壊さないようにしてね。」「解った。」香が部屋に入って行くのを見送った歳三は溜息を吐くと、香帆との関係をどう清算するか考えていた。 歳三に携帯を掛けた香帆は、寝室で横になる気にもなれず、リビングのソファに横になって眠りに落ちた。(これからどうしよう・・)「香帆、起きろよ。」「ん・・」香帆が目を開けてソファから起き上がると、そこにはパジャマ姿の祐司が立っていた。「あなた、おはよう。ご飯作るわね。」「ああ。」まるで何事もなかったかのように、香帆は家族の食事を作り、夫や子ども達を玄関先で見送った。「じゃぁ、行ってきます。」「気を付けろよ。」歳三もまた、いつも通りに子ども達を玄関先で見送り、職場へと向かった。「おはようございます、土方部長。」「ああ・・」出勤した歳三に、真田幸助が話しかけてきた。「どうしました、顔色が優れませんね?」「最近忙しくてな。論文も仕上げねぇといけねぇし、来週にはオペが控えてやがる。休む暇がねぇよ。」「そうですか。来週の日曜、僕が住んでいる団地でバーベキューパーティーがあるんですが、ご家族といらしては?」「まぁ、行ければな。」「そうですか、楽しみにしてますよ。」幸助はそう言って笑うと、颯爽と廊下を歩いていった。 あっという間に週末が来て、日曜になり歳三は子ども達を連れて幸助が住む団地へと向かった。「あ、歳兄ちゃん。」「おう香帆、お前ぇも来てたのか?」「うん。ここに住んでるから。香君、千歳ちゃん、こんにちは。」「こんにちは。」「ママ!」香帆の元に、1人の男児が駆け寄って来て、歳三達をじっと見た。「長男の勇太郎よ。勇ちゃん、ご挨拶して。」だが男児はむすっと不機嫌な顔をして、香帆の背に隠れた。「ごめんなさいね、この子人見知りが激しくて。来年小学校なのに、この調子で大丈夫なのかしら。」「勇坊、宜しくな。」香は腰を屈めて勇太郎に挨拶すると、彼はじっと母親の背から出てきた。「お兄ちゃん達とあっちで遊ぼうか?」「うん。」勇太郎の手をひきながら香と千歳が芝生の方へと向かうのを見た歳三と香帆は、人気が少ないベンチの方へと向かった。「あれから、どうなった?」「祐司さんは、離婚しないって。」「そうか・・」歳三が溜息を吐いていると、幸助がこちらにやって来るのが見えた。
Mar 21, 2012
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「ん・・歳兄ちゃん・・」歳三とキスをした後、香帆は熱で潤んだ瞳で彼を見た。「抱いて。」「香帆、もうやめよう。」「え?」歳三は苦しそうに顔を歪ませ、次の言葉を継ごうと口を開いた時、突然ドアが開け放たれた。「香帆、何やってんだ!」「あ、あなた・・」部屋に入って来たのは、香帆の夫・祐司だった。「一体どういう事なんだ、お前がこんな所にいるなんて!」「ごめんなさい、あなた。わたし、あなたを裏切りました。」香帆はそう言って俯くと、祐司に詫びた。「帰るぞ、香帆。話はそれからだ。」祐司に腕を掴まれ、香帆は部屋から出て行った。 家へと向かうタクシーの中でも、彼女は黙ったままだった。「いつからだ?」リビングで妻と向き合って座った祐司は、そう言って妻に歳三との関係を問い詰めた。「数ヶ月前から。わたし、魔が差して歳兄ちゃんに抱かれて・・それから、歳兄ちゃんと会う事がやめられなくなって・・」妻の口からあの男の名が出るたびに、祐司は虫酸が走った。自分と出逢う前から、彼女が恋焦がれていた男の事は、少し聞いていた。長身で、色が白くて女顔で、頭が切れる男。恋人同士だった時も結婚してからも、祐司は香帆の事を自分なりに愛していたし、彼女もそれに満足していると思っていた。だが、香帆は自分よりも初恋の男を選んだのだ。「離婚しましょう。子ども達はあなたが引き取って下さい。」「離婚はしないよ。」「え?」香帆はそう言って夫を見ると、彼は今までに見た事がないような冷たい表情を浮かべて自分を見下ろしていた。「浮気がばれた、離婚してはい終わりという訳にはいかないよ。君は彼との関係をこれからも続けたらいい。その代わり君は、あいつに抱かれる度に僕と子どもたちへの罪悪感を感じるんだ。それが、君に対する罰だ。」「そ、そんな・・」「全てをなかったことにするなんて、到底無理な話だよ、香帆。」祐司はそう言うと、香帆に微笑んだ。心が通っていない、冷たい笑み。(わたしは、何ということを・・)自分が犯した過ちの所為で、夫の心に鬼が棲みついてしまった。そして、自分の心にもそれが棲みつき、徐々に蝕んでいくことに香帆は漸く気づいた。だが、もう遅かった。 浮気がバレても、香帆は今まで通り夫と子ども達の前では笑顔を浮かべた。だが祐司との夜の生活は減っていった。「今日はあの男と会わないのか?」「ええ。どうしてそんな事聞くの?」「彼は僕よりもセックスが上手いじゃないか。」祐司がそう言って香帆に見せたのは、あの動画だった。「ど、どうしてこれを・・」「今朝家のポストに入ってたんだ。今度あいつとあいつの子ども達を呼んでバーベキューパーティーでもしないか? お互いの事を知り合うチャンスだし。」「あ、あなた・・」口調こそは穏やかだったが、祐司の目は全く笑っていなかった。「今度の日曜にしよう。いいね?」「解ったわ・・」自分の所為で夫は変わってしまった―彼がリビングを出て行った時、香帆は罪の呵責に苛まれ、押し殺した声で泣いた。その時、バッグにしまっていた彼女の携帯が鳴った。「はい・・」『香帆、大丈夫か?』耳元で聞こえた歳三の声に、香帆の張りつめていた緊張の糸が一気にゆるんだ。
Mar 21, 2012
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千尋が思春期を迎え、学校に通うようになると、オリガは彼女を毎日『汚らわしい女』と罵り、何かにつけては長男の嫁・ナターリアと比較しては彼女のプライドを傷つけた。ミハイロフは娘の事を気に掛けていたが、仕事に忙しく家に居ることは少なかった。千尋はじっとオリガの虐待に耐え、いつか彼女を見返してやると思いながらも、勉強やスポーツに励んだ。 その結果、彼女はコロンビア大学進学のチケットを手にし、学友に囲まれながら楽しいキャンパスライフを送った。だがNYのセレブの間では、彼女は所詮「愛人の子」だった。上流階級の中でも最下層に位置する彼女は、由緒ある名家の令嬢達にその出自を馬鹿にされ、新たなる屈辱に耐えていた。 歳三と結婚し、千尋は漸く忌まわしい過去を断ち切ろうとした。だが子どもを産んだことにより、継母に虐待された記憶が不意にフラッシュバックし、彼女は無意識に我が子に対して虐待に近い行動を取ってしまうようになった。このままではいけないと思った千尋は、咄嗟に子ども達を置いて家を出た。「と、これがマダムが下した決断と言うわけだ。マダムは常に継母の陰に怯えていたのだよ。」歳三の脳裡に、結婚式で自分を睨みつけているオリガの顔が浮かんだ。彼女から受けた虐待の記憶は、そう簡単に消えるものではない。だからと言って、子どもを捨てて良いわけではない。「俺は子ども達をあいつに渡さねぇ。」「そうか。それが父親としての、君の本音か。」稔麿は溜息を吐くと、浴室から出て行った。 シャワーを浴びて歳三が部屋で服を着替えていると、稔麿はシーツに包まって眠っていた。歳三はちらりと稔麿を睨むと、部屋から出て行った。ホテルから出ると、外はもう暗くなっていた。「歳兄ちゃん?」不意に背後から声がして歳三が振り向くと、そこにはクリーム色のドレスに身を包んだ香帆が立っていた。「どうした、香帆?」「高校の同窓会がそこのホテルであったのよ。歳兄ちゃんはどうしてここに?」「ああ、少し人と会っててな。」男に啼かされたと言える筈もなく、歳三は咄嗟に嘘を吐いた。「そう。ねぇ歳兄ちゃん、この後時間ある?」香帆がそう自分に聞くのは、密会の合図だった。「ああ。」歳三は香帆の腕に己の腕を絡めて、夜の街を歩いた。 一方、香帆の夫・祐司は同僚と飲んだ後、駅前を歩いていた。香帆は高校の同窓会があるから遅くなると言っていたが、彼はそれが嘘ではないのかと少し妻を疑い始めていた。最近、彼女は外出が多くなってゆき、それと比例してファッションやメイクも垢抜けたものになってきた。子育て中の母親がお洒落に気を遣うことに対して祐司は反対しないし、たまに息抜きをしてもいいと思っている。「あ、あれ先輩の奥さんじゃないっすか?」後輩がそう言って指した先には、クリーム色のドレスに身を包んだ妻が、見知らぬ男性と歩いている姿があった。(香帆、あいつは誰だ?)祐司がそう思った時、不意に相手の男が香帆に話しかけたため、その顔が祐司にも見えた。 香帆と一緒にいた男は、彼女の初恋の人だった。「先輩、どうしたんすか?」「すまない・・もう俺先に帰るわ。」「え~!」慌てふためく先輩を駅前に残し、祐司は慌てて彼らの後を追った。 香帆と相手の男は、ラブホテル街へと入っていった。「香帆・・」一軒のラブホテルの中に入っていった妻の後を、祐司は追い掛け、彼らが部屋に入ってゆくのを見た。
Mar 21, 2012
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性描写ありです。苦手な方は閲覧にご注意ください。「てめ、何しやが・・」「じっとして。」稔麿は慣れた手つきで歳三の窄まりに指を突っ込むと、その中に溜まっていたものを掻きだした。「やぁ・・」歳三の内腿から、ドロリとしたスペルマが滴り落ち、排水口へと流れていった。「もう駄目だ、我慢できない。」稔麿はそう言うと、歳三の腰を掴み、ひくひくと痙攣しているサーモンピンクの襞に、自分の肉棒を挿れると、激しく腰を振り始めた。「んやぁぁ!」激しくバックで突かれ、歳三は万歳の格好をしてタイルに両手をつき、口端からよだれを垂らしながら喘いだ。パンパン、と肉同士がぶつかり合う音が浴室内に響き、稔麿は歳三の襞が自分を締め付けるのを感じて、一層激しく腰を振った。「う・・」彼は腰を激しく痙攣させると、歳三の中に再び精を放った。「畜生・・」ずるりと歳三はタイルの床に蹲り、荒い息を吐きながら稔麿を睨みつけた。「その反抗的な瞳・・ぞくぞくするよ。」「黙れ、この変態! てめぇなんか野垂れ死ね!」「ふふ、面白い男だ。どうしてわたし達は、もっと早くに出会わなかったんだろうね?」稔麿はそう言うと、歳三の白い頬に指を這わせた。「もし君が女であったら良かったのに。そうだったらわたしの妻にしてあげることもできた。」「ふん、既婚者が何言ってやがる。こんな所で油売ってないで、とっとと女房の所に帰りやがれ。」「生憎だが、妻は他の男との情事にうつつを抜かしているよ。あれはわたしに子種がないばかりに、もうわたしの事を見限ったらしい。」稔麿はそう言うと、バスローブを羽織り、濡れた髪をタオルで拭いた。 吉田議員が閨閥結婚で大手財閥の会長令嬢を数年前に娶ったことがニュースで取りあげられていたが、“おしどり夫婦”として知られている彼と妻との夫婦仲が、そんなに冷え切っているとは思わなかった。「どういうことだ、子種がねぇって?」「新婚時代、なかなか子どもが出来なくてね。妻がしきりに不妊外来に行こうと言ったから、そこで検査を受けたんだよ。不妊の原因は妻ではなく、わたしが無精子症であることが解った。それからだ、彼女との仲が急速に冷え切ったのは。」稔麿は溜息を吐きながら、どこか羨望の眼差しで歳三を見た。「子は夫婦を繋ぐ鎹(かすがい)というが、それは本当らしいね。たとえば君とマダム―とっくに切れた縁だが、彼女との間には子どもがいる。それ故にマダムは君を憎み、執着する。子宝に恵まれず、家庭運がないわたしにとっては大層羨ましい話だ。」「ふん、何も知らねぇ癖にそう言えるんだ。あいつはてめぇが腹を痛めた子どもを捨てたのさ。今じゃ代議士先生の妻として高級娼館のマダムとして君臨してやがる。」「君は全ての女性が生まれながら母性を持っているとでも思ったのかい? マダムのように親から虐げられた子は己の存在意義すらわからないのに。」「それ、どういう意味だ?」歳三はそう言って稔麿に詰め寄ると、彼はふっと口端を歪めて笑った。「おや、知らなかったのかい? マダムは親から虐待を受けていたんだ。まぁ、正確に言えば、血が繋がらない継母―父親の正妻からね。これはわたしと君だけが知る、マダムの真実だ。」稔麿はバスタブに腰を掛けると、静かに千尋の半生を話し始めた。 ロシア貴族の末裔で、資産家であるボゴスロフスキー家当主・ミハイロフと、祇園の芸妓・揚羽との間に生まれた千尋は、実母から生後間もなく引き離され、ミハイロフの正妻・オリガの下で上流階級の令嬢として相応しい教育を彼女から受けたが、それには体罰が伴っていた。 千尋が7歳の時、決定的な事件が起きた。オリガが千尋を特別扱いする事を気に入らなかった次兄・アリョーシャが、わざと彼女が気に入っているルビーの指輪を千尋の宝石箱に隠し、盗みの濡れ衣を着せたのだ。千尋は必死に身の潔白を訴えたが、オリガは実子のアリョーシャを信じた。そこから、地獄のような日々が始まった。
Mar 21, 2012
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性描写ありです。苦手な方は閲覧にご注意ください。「う・・」強い酒を飲み、そのまま意識を失ってしまった歳三は、朝日の光に照らされてゆっくりと目を開けた。やけに寒いと思ったが、自分が何ひとつ身につけていないことに気づいた。(ここは、どこだ?)シーツの海から抜け出し、歳三が状況を把握しようとした時、隣で呻き声が聞こえた。 ビクリと身を震わせて恐る恐る彼が隣を見ると、そこには吉田稔麿議員が全裸で寝ていた。(一体何がどうなってやがる!?)ホテルの部屋で稔麿とベッドの中で全裸になっていたことが、歳三は俄かに信じられなかった。それよりも彼が起きる前にさっさとここから出なければ―床に散らばった下着や衣服を歳三が拾い上げようとした時、誰かが自分の首に腕を回してきた。「おはよう。」「離せ!」「昨夜は積極的だったのに、つれないねぇ。」口端を歪めてくすりと笑うと、稔麿はそう言って歳三の股間を撫でた。「やめろ、俺は男に興味はねぇ!」「じゃぁ、これは?」稔麿はすっと指を二本、歳三の奥の窄まりに挿れた。「やめ・・ろ・・」「ふふ、君のココは嫌がっていないようだよ?」稔麿は指を歳三の中で掻きまわし始めた。その度に、グチュッグチュッという淫らな音が室内に響いた。それと比例して、歳三の肉棒が昂り始めた。「お前、何を・・」「別に。ただ君の酒に強い媚薬を入れただけさ。」稔麿は空いている手で、歳三の肉棒を激しく上下に扱き始めた。「なぁ、やめっ・・」「そろそろ頃合いだね。」稔麿はそう言って歳三の腰を掴み、その華奢な身体からは想像もつかぬ程の強い力で彼を自分の膝の上に座らせた。「さあ、腰を落としてご覧。」「誰が・・するか!」「そう・・じゃぁ仕方無いね。」くすりと稔麿は笑うと、無理矢理歳三の腰を掴み、奥の窄まりを自分の肉棒で貫いた。「い~!」余りの激痛に声が出ず、歳三は必死に暴れたが、稔麿はがっしりと歳三の腰を掴んで離さず、そのまま下から激しく突き上げた。「ん~、んぁぁ!」陸に上げられた魚のように口をパクパクと開きながら、歳三は熱で潤んだ灰紫の瞳で稔麿を見つめた。「そう、その瞳(め)だ。もっとわたしを感じなさい。」稔麿はくすりと笑うと、腰を一層激しく振り始めた。「もぉやぁぁ~、いやぁ~!」歳三は稔麿の胸や腹に、精を放った。「君とわたしは相性がいいね。これからも宜しく頼むよ。」「誰が、てめぇなんかと・・」歳三は稔麿を睨み付けると、浴室でシャワーを浴びた。頭から冷水を浴び、歳三は徐々に冷静さを取り戻していた。(あいつは信用ならねぇ。あいつは、千尋と繋がっている・・)自分に対して敵意を抱いている元妻の顔を思い出した時、歳三は吐き気がした。「入るよ。」浴室のドアが開き、湯気の向こうから稔麿が姿を現した。「もうじき終わる。」「まだだよ。ここが終わってないじゃないか。」稔麿はそう言って歳三の手からシャワーヘッドを奪うと、その湯を彼の窄まりに向けて放った。
Mar 21, 2012
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「ようこそ吉田先生、お待ちしておりましたわ。」千尋はさっとソファから立ち上がって稔麿に微笑むと、彼は千尋の掌に口付けた。「相変わらずお美しいね、マダム。そちらの方は?」稔麿の視線が、千尋から歳三へと移った。「先生、紹介いたしますわ。誠心会病院外科局長の、土方歳三先生です。」「彼がわたしの手術を?」「ええ。大船に乗った気でいてくださいな。」稔麿は歳三に手を差し出した。「土方君、宜しく頼むよ。」「全力を尽くします。」「良かったですわね、先生。」「では俺はこれで失礼を。」歳三がオフィスから出ようとした時、千尋が彼の腕を掴んだ。「まだあなたに渡してないものがあったわ。」彼女はクラッチバッグから札束を取り出した。「これはあなたへの礼金よ。」「要らねぇよ。」「とっておきなさいよ。育ち盛りの子ども二人を養うには、充分じゃなくて?」千尋はそう言って口端を歪めると笑った。彼女の言葉に歳三は顔を歪め、金を受け取らずにオフィスから出て行った。(畜生、馬鹿にしやがって!)代議士の妻としての境遇をわざわざ見せつける為に自分をここに呼び出した千尋の陰険さに、歳三は吐き気がした。廊下を歩いていると、部屋のあちらこちらから女の喘ぎ声が聞こえた。高級クラブをカモフラージュした高級娼館のマダムとして、千尋が君臨しているのも、彼女が再婚した夫のお蔭なのだ。そう思うと無性に腹が立った。歳三はさっさとここから立ち去ろうと、螺旋階段を降りようとしたところ、部屋のドアが開いた。「おいあんた、助けてくれ!」「あ?」そこには髪を派手な金髪に染めた青年が腰にバスタオルを巻いたままの姿で廊下に立っていた。「どうした?」「俺の連れがおかしいんだ! あんた医者だろ、診てくれよ!」「・・案内しろ。」歳三は舌打ちすると、青年の連れがいる部屋へと向かった。 寝台の上では鮮血の海の中で1人の少年が血を吐きながら全身を痙攣させていた。「いつからこうなった?」「数分前。一発やったあと、煙草吸ってたら突然・・」「退け。」歳三が少年の脈拍や呼吸を確かめると、彼は意識がなかった。「助かるんだろう?」「今すぐ救急車を呼べ。ここでは充分な治療ができねぇ。」「その必要はないわ。」背後で冷たい声が聞こえたかと思うと、千尋がいつの間にか部屋に入って来ていた。「全く、薬使うなってあれほど言ったでしょ? 厄介事起こさないでよね。」「マダム、早く救急車を! お願いだ!」「駄目よ、早くこいつを裏へ運びな。誰にも見られないようね。」娼館の用心棒らしき男に千尋は冷酷にそう命じると、彼は痙攣している少年をシーツに包んで部屋から出て行った。「おい千尋、てめぇ見殺しにする気か?」歳三が千尋の肩を掴むと、彼女は乱暴に彼の手を振り払った。「あいつは元々店の厄介者だったのよ。薬に溺れちまった挙句に死にやがって。」華のような顔をしながら、吐き出す言葉の端々には鋭い棘が含まれていた。千尋は歳三に背を向けると、オフィスへと戻っていった。目の前の命を救えなかった悔しさを、歳三は酒を飲むことで忘れようとした。
Mar 21, 2012
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千尋に連れて行かれた場所は、一見すると銀座にありそうな高級クラブのようだった。「これが、お前が連れて行きたかった場所か?」歳三がそう千尋に尋ねると、彼女は口端を歪めて笑った。「入れば、解るわよ。」千尋とともに店内へと入ると、そこには豪華なシャンデリアが輝き、18世紀末フランス宮廷を思わせるかのようなロココ様式の豪華なソファやテーブルが置かれており、中央にはグランドピアノが漆黒の輝きを放っていた。「マダム、お帰りなさいませ。」店の奥から、ダークグレーのスーツを纏った男性が現れた。「ただいま。こちらは誠心会病院外科部長の、土方さんよ。これから彼にお店を案内するから、女の子達をお願いね。」「はい。」「さぁあなた、行きましょうか。」ヒールの音を響かせながら、千尋は店の奥へと進んだ。「ここは表向きは高級クラブになっているけれど、実は違う目的の為にこの店を作ったのよ。」「ある目的、だと?」「ええ。」千尋は螺旋階段を上がり、とある扉の前へと立った。彼女が扉を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。部屋の中には半裸や全裸の男女がまぐわっていた。「ここは?」「見て解らない? 高級娼館よ。お客さんは政財界の著名人や代議士、芸能人・・ありとあらゆるジャンルの方々が癒しを求めに来るところなのよ。」オフィスに入った千尋はそう言ってソファに座ると、ゆっくりと足を組んだ。「お前、一体何をしたいんだ?」「何って、お金儲けよ。代議士の妻なんか退屈で、やってられないのよ。」千尋は煙草の煙を歳三に吹きかけると、そっと彼の股間に手を這わせた。「やめろ。」「あら、どうして? 香帆っていう女とはするのに、あたしとはしたくないわけ?」「お前・・」香帆との関係を千尋が知っていることに、歳三は驚愕の表情を浮かべて彼女を見た。「あの子、昔からあなたの事好きだったんでしょう? わたくしという邪魔ものがいなくなって、箍が外れてあなたとの関係に溺れているんじゃないかと思ったけど、やっぱりね。」千尋はスマートフォンを取り出すと、ある動画を再生した。『んぁぁ、またイク、イグのぉぉ~!』白目を剥き、髪を振り乱しながら理性を失った香帆が絶頂に達し、その陰部に容赦なく自分のものを打ちつけている歳三の姿がそこにはあった。香帆の陰部から愛液と歳三の体液が溢れ、彼女の秘肉がヒクヒクと痙攣しているところがクローズアップされ、最後にはベッドにうつ伏せになった歳三の姿が映っていた。「あなたは相変わらず、ベッドの中ではモンスターなのね。」「どうするつもりだ、それ?」「さぁ? あなたがわたくしの要求を呑んでくれたら、これをネットに流すのを止めるわ。」「お前の要求は何だ?」「ある先生の外科手術を、あなたに担当して欲しいのよ。」千尋はそう言うと、一枚の書類を歳三に渡した。そこに書かれていたのは、最近不正献金疑惑で何かとマスコミに取りざたされている代議士・吉田稔麿の名があった。「吉田先生は心臓がお悪くてね、あなたに是非手術をして欲しいとおっしゃっておられるの。やってくれるわよね、あなた?」「冗談じゃねぇ、何でこんな奴を・・」「どんな患者でも受け入れるのが、医師の仕事なのでしょう?」千尋がそう言って笑った時、不意にオフィスのドアが開いた。「話は済んだかね、マダム?」そこには漆黒の髪をなびかせ、切れ長の瞳をした吉田稔麿が立っていた。
Mar 21, 2012
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「今日の練習はここまで!」「ありがとうございました!」剣道部の練習を終え、香が学校を出て駅前の書店で問題集を選んでいると、突然背後から誰かに肩を叩かれた。「香君、久しぶりだね!」そこには幼馴染の、吉田七海(ななみ)が立っていた。「誰かと思ったら七海じゃねぇか。元気にしてたか?」「うん。香君はこんなとこで何してんの?」「問題集選んでんだ。そろそろ期末テストだからなぁ。お前は?」「あ~、あたしは友達とショッピング。」「ふぅん、女同士の付き合いって大変だなぁ。」香は自分達を見ている数人のギャルの視線に気づいた。「まぁね。っていうか、フツーじゃないとやっていけないもん。」そう言って笑った七海の両手の爪は、派手なネイルに彩られていた。中学の頃はストレートの黒髪をおさげにして、地味な格好をしていたが、高校に入ってから彼女は派手な茶髪に染め、ピアスを開けるようになった。「そうか。でもお前ぇの性格は変わってねぇよ。」「ありがとう。そんな事言ってくれるの、香君だけだよ。今日は会えてよかった、じゃぁね!」七海は屈託な笑みを浮かべると、香に手を振って友人達の方へと走っていった。 問題集を買った香がホームで電車を待っていると、鞄の中に入れておいた携帯が鳴った。「もしもし?」『香、今日も遅くなるから、千歳を頼むぞ。』「うん、わかった。」携帯を閉じた香は、ホームに滑り込んだ電車に乗り込んだ。「ねぇ歳兄ちゃん、あたしそろそろ戻らないと・・夕飯の支度があるし。」「まだいいじゃねぇか。」シーツに包まった香帆にそう言うと、歳三は彼女の唇を塞いだ。 一線を越えてから、香帆と歳三は時々繁華街にあるビジネスホテルで密会するようになった。互いに家族が居る身でありながら、2人は会うことを止めなかった。「あぁ、駄目・・」「こんなになってるのにか?」歳三は意地の悪い笑みを浮かべながら、香帆の陰部を愛撫した。「あ、あぁ~!」歳三に抱かれる度に、香帆は快感に震え、何度も絶頂に達した。「じゃぁな。」「うん、またね。」歳三と駅前で別れた香帆は、その足で自宅に帰った。「ママ!」長男の勇太郎がリビングから出て来て、香帆に抱きついて来た。「ただいま、勇ちゃん。ご飯にしようね。何食べたい?」「う~んとね、ハンバーグ!」「そう、じゃぁハンバーグにしよう!」先ほどまで夫ではない男に抱かれた腕を大きく広げ、香帆は我が子を抱き締めた。「ただいま。」「遅かったじゃないか、香帆。一体何処に行ってたんだ?」「学生時代の友達と会ってたのよ。お腹空いたでしょう、すぐにご飯作るわね。勇君、手伝ってくれる?」「うん!」息子とともにキッチンでハンバーグを作りながら、香帆は歳三の事を想っていた。 ホテルを出た歳三は、駅前のブックカフェでコーヒーを片手に読書をしていた。「あなた、また会ったわね。」自分の前に置かれた椅子が引かれ、千尋が優雅に腰を下ろした。「子ども達は渡さねぇぞ。」「そんな話はしたくないわ。今日はあなたをある場所に連れて行こうと思って。」千尋はそう言うと、歳三の手を握った。
Mar 21, 2012
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性描写ありです。苦手な方は閲覧なさらないでください。 香帆が絶頂に達した後、歳三は再び彼女の中に入った。「あぁ、歳兄ちゃんの、大きいよう・・」彼女の秘肉がぬるりと自分のものに絡みつき、歳三は快感で身を震わせた。「香帆・・香帆・・」うわ言のように彼女の名を呼ぶと、香帆は身体を反転させ、歳三の上に跨った。「ん・・んぅ・・」ゆっくりと腰を落とした香帆は、そっと自分の秘所に歳三のものを宛がった。はじめは緩慢な動きだったが、ベッドが激しく軋むほど、香帆は無意識に腰を振っていた。「香帆、そんなに・・動くな。」「だって、気持ちいいんだもん!あ~、イク!」香帆の秘肉が歳三のものを締め付け、腰奥から激しい快感が襲ってきたのを、彼は感じた。「もう、出る!」「出して、お願い!」「うう・・」ドクリ、と歳三の欲望が自分の内部に迸るのを感じ、香帆は意識を失った。「ん・・」朝の眩しい光がカーテンの隙間から射し込んできて、香帆は目を覚ました。ゆっくりとベッドから身体を起こすと、隣には歳三が眠っていた。乱れたシーツと、床に散らばった衣服を見た彼女は、かぁっと顔を赤く染めると、自分の衣服を拾ってそれを身に付けると、土方家から出た。 夏なのに、朝の冷気が全身を包み、火照った身体には気持ち良く感じた。始発のバスに乗り、夫と子ども達が待つ家へと帰った香帆が浴室へと向かおうとすると、リビングの方で音がした。「あなた、まだ起きてたの?」「お帰り、香帆。」リビングに入ると、夫がデスクトップパソコンの前で欠伸を噛み殺していた。「また仕事してたの?」「ああ。香帆、昨夜は帰ってこなかったな。」「うん・・友達と飲んでたの。ご飯まだでしょう?」「ああ。コーヒーを頼む。」「解ったわ。」香帆はキッチンに入り、コーヒーメーカーにコーヒー豆を入れてセットした。今日はスクランブルエッグでも作ろうか―香帆がそう思いながらフライパンを取り出してグリルの上に置いた時、突然夫に抱き締められた。「あ、あなた?」「香帆、しようよ。」「駄目よ、仕事で疲れてるでしょう?」「いいじゃないか。まだ子ども達は寝てるんだし。」夫の手が香帆の桃尻を撫でまわし、ストッキング越しに彼女の秘所を愛撫した。「あんっ」歳三のものを受け入れた箇所を弄られ、香帆は思わず声を上げてしまった。「もう、いい加減に・・」「舐めてくれ、香帆。」夫はズボンを下ろし、昂った自分のものを妻に見せていた。「あなたったら、徹夜明けの時はいつもわたしとしたがるのね。」香帆は発情する夫に苦笑しながらも、慣れた様子で彼のものを咥えた。 一方、円山町のラブホテルの一室では、千尋が数人の男達と淫宴を繰り広げていた。彼らはみな、義人の遊び仲間で、千尋は義人に呼び出されてここに来た途端、あっという間に彼らに裸に剥かれ、激しく犯された。だが立場は逆転し、千尋は少年達を意のままに操り、彼らは千尋の身体に溺れていった。「義人さん、わたくしイクのよ、ほら見なさい!」若い男根に膣と肛門を貫かれ、千尋はそう叫ぶと絶頂に達した。それを合図に少年達が呻き声を上げながら次々に絶頂に達し、部屋にむぅっとした生臭い匂いが充満した。「最高だぜ、小母さん・・」「ふふ、まだ終わらないわよ。徹底的にあなた達のエキスを絞り取ってやるわ。」千尋はそう言うと、サイドテーブルにあった電動マッサージ器を手に取ると、それを少年の一人の肛門に突き刺した。
Mar 21, 2012
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性描写あります。苦手な方は閲覧なさらないでください。「あ、あの・・やっぱ、帰るね。」羞恥で顔を赤くした香帆は、そう言うとリビングから出て行こうとした。だが一歩彼女が歩き出した時、歳三が背後から彼女を抱き締めた。「歳・・兄ちゃん?」「帰さねぇぜ、香帆。」無理矢理彼の方に振り向かされ、そのまま香帆は歳三に唇を奪われた。「ん・・」歳三の白い指先が香帆のブラウスのボタンをひとつひとつ、外してゆく。ブラジャーのホックまで外され、白い乳房が露わになり、彼女は慌てて両手で胸を隠した。「いや、見ないで・・」「恥ずかしがるな、香帆。」そっと香帆をソファに寝かせると、歳三は彼女の乳首を強く吸い上げ、空いている手で乳房を揉んだ。「あぁ、いやぁ!」ミディアムショートの髪を揺らしながら、香帆は歳三の愛撫に感じていた。結婚して二児の母である彼女だが、夫とのセックスでこんなに感じたことは一度もなかった。(わたし、何処かおかしいの?)「どうした、香帆? 辛いならやめるぞ?」「ううん、続けて。」香帆がそう言うと、歳三の灰紫の瞳が輝いた。彼女がちらりと歳三を見ると、タオルを破らんばかりに彼のものが昂っていることに気づいた。(あれが、歳兄ちゃんの・・)夫のものよりも、歳三のものは一回り大きくて、激しく脈打っていた。「今日は、大丈夫か?」「わからない・・」香帆が首を振ると、歳三は苦笑して脱衣所にある洗面台の戸棚を開けてコンドームの箱を取り出した。「優しくするから・・」香帆はゆっくりと目を閉じ、歳三のものが自分の中へと入ってくるのを感じた。「あぁぁ!」狭い場所に歳三のものが入って来て、香帆は痛みに顔を顰めた。「力、抜け・・」「痛い・・」歳三の背に爪を立て、香帆は痛みに耐えた。「動くぞ。」「うん・・」自分の中で歳三のものが激しく動いて擦れる感触が気持ち良く、香帆はいつの間にか声を出していた。「歳兄ちゃん、もう駄目・・イク、イッちゃう!」「香帆、香帆!」歳三は香帆の白い腰を掴み、激しく腰を打ちつけると、彼女の中に精を放った。そっと彼が香帆から離れると、コンドームに血が滲んでいた。「痛かったか?」「大丈夫だよ。それよりも、今度はゴム付けなくていいよ。」肩で息をしながら、香帆はそう言って歳三に微笑んだ。「そんなに良かったのか?」「気持ち良くて死にそうだった。」「そうか・・」歳三は香帆を抱き締め、彼女にキスをした。その後、歳三は香帆を寝室に運び、彼女の股間に顔を埋めた。「やぁ・・そんなところ、汚いよぉ・・」達したばかりの秘所を舐められ、香帆は歳三の頭を退かそうとしたが、彼の舌は執拗に彼女の中心を舐めていた。やがてそこからトロリとした愛液が流れ出してゆき、それを歳三は音を立てながら吸った。「はぁ、もうイク、イク~!」腰を激しく痙攣させながら、香帆は絶頂に達した。脳髄まで快感が襲って来て、もう何も考えられない。
Mar 21, 2012
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歳三は苛々しながら、千尋が待ち合わせ場所に指定したカフェでコーヒーを飲んでいた。「待たせてしまってごめんなさい。」ハイヒールを響かせながら、千尋はそう言って歳三の前に腰を下ろした。「5分も遅刻して、また子どもを渡せとか言うんじゃねぇだろうなぁ?」「いいえ。ねぇあなた、香帆さんとは一体どういうご関係なの?」優雅な手つきでバッグから煙草を取り出し、千尋はそれを咥えて火をつけた。「煙草なんて吸うんだな。」「まぁね。あなたの前では吸わなかっただけよ。今の主人の前でもそうだけど。」「ふん、再婚してやがるのか。今度は旦那を腹上死させるつもりなのか?」「あの人にはわたくしのほかに星の数ほど女が居るわよ。それにあんなおじさんよりも、若い子の方が良いわ。」肉食獣を思わせるかのような獰猛な光を蒼い双眸に宿しながら、千尋はそう言うとグラスに入った水を飲んだ。「ねぇあなた、香帆さんはまだ独身なの?」「てめぇには関係ねぇだろう。香帆に手ぇ出したら、タダじゃおかねぇぞ。」「それは妹を守る“兄”として? それとも、“男”として?」「てめぇと話しても埒が明かねぇ、帰る。」歳三は乱暴に椅子を引いて立ち上がると、自分のコーヒー代だけ払ってカフェを出た。「もしもし、義人さん? もう学校終わったの?」『ああ。今何処なんだ?』「渋谷近くのカフェよ。」スマートフォンをバッグの中にしまった千尋は、店員にコーヒーを注文すると、もう1本煙草を吸った。 彼女が吐き出した紫煙が、まるでヴェールのように彼女の全身を覆った。「歳兄ちゃん、お帰りなさい。」「香帆、また来てたのか。毎日来なくていいって言っただろうが。」歳三が帰宅すると、香帆がキッチンで夕食を作っていた。「香君と千歳ちゃんは信子さんの所に行ってる。ビーフシチューもうすぐ出来るから、食べようか?」「あ、ああ・・」これまで香帆と幼い頃から何度も二人きりで過ごしたことがあったが、何故か今夜は彼女と顔が合わせられなかった。千尋の言葉を真に受けてしまったせいなのだろうか、歳三には解らなかった。「歳兄ちゃん、どうしたの? 美味しくなかった?」「済まねぇ、考え事してた。香帆、千尋の事なんだが・・」「あの人、一昨日マンションに来たよ。子ども達に会いたがってたみたい。」「千尋が?」彼女は本気で自分から子ども達を奪う気だ―歳三はあの千尋の狂気に滲んだ瞳を思い出し、鳥肌が立った。「ねぇ歳兄ちゃん、これからどうするの?」「あいつとはもう終わったんだ。香達は渡さねぇよ。」「そう・・あのね、歳兄ちゃんにお願いがあるんだけど・・」「何だ?」「わたしを、抱いてくれる?」一瞬、時が止まったように感じた。「お前ぇ、冗談にしてはきついぞ?」「本気だよ。わたし、昔から歳兄ちゃんの事が好きだった。」香帆はそう言って椅子から立ち上がると、歳三の逞しい背中に抱きついた。「お願い、一度でいいから抱いて。」「香帆・・」香帆が自分の背に顔を押しつけて泣いていることに気づいた歳三は、そっと彼女を抱き寄せた。「後悔、しねぇか?」「うん・・歳兄ちゃんになら、抱かれていいよ。」夕食の後、歳三は先に浴室に行ってシャワーを浴びている間、香帆は皿を洗っていた。我ながら、自分が口にした言葉が今更恥ずかしく感じ、顔から火が出そうになった。「香帆、お前もシャワー浴びろ。」「う、うん・・」香帆がそう言って振りむいた時、そこには上半身を露わにして腰にタオルを巻きつけただけの歳三が立っていた。
Mar 21, 2012
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第二部(千尋さん・・) 10年前、歳三に妻として紹介されたあの人は、あの時と同じ美しさを保っていた。『香帆さん?』少し苛立ったような声がインターホン越しに聞こえ、香帆ははっと我に返った。「ごめんなさい、今忙しくて手が離せないの。」『そう。では次の機会に来るわ。』千尋はそう言うと、インターホンのスイッチを切った。(何で来たんだろ?)歳三から、千尋と離婚した事、子ども達を置いて彼女が出て行った事を知った香帆は、何故今になって子ども達の前に姿を現したのかが解らなかった。(もしかして、歳三兄ちゃんとヨリを戻そうっていうんじゃ・・)そんな事を彼女が考え始めていた時、不意に外から視線を感じ、彼女は窓の方へと向かった。 マンションから少し離れたところで、千尋がじっとこちらを見上げていた。彼女の美しい蒼い瞳は、狂気に滲んでいた。(千尋、さん・・?)あの瞳は、千尋が自分に詰め寄った時に見せた瞳だ。何だか寒気がしてきて、香帆がカーテンを閉めようとした時、千尋と目が合った。すると彼女は口端を歪めて笑うと、背を向けて車へと乗り込んだ。(あの人、怖い!)香帆は慌ててカーテンを閉め、平静さを装って香達の方へと戻った。「どうしたの、香帆さん?」「何でもないわよ、さぁ、いただきましょう。」香帆の笑顔が少し引き攣っていたのを、香は見逃さなかった。「お帰りなさいませ、奥様。」「ただいま。あの人はまた銀座のクラブなの?」「はい・・」「そう、あなた達はもう下がっていいわ。」気だるそうにソファに座ると、千尋はそう言ってメイド達を居間から下がらせた。「何だ、帰ってたのかよ。」居間のドアが開き、夫と前妻の息子・義人が入って来た。17歳だというのに、学校にも行かずに悪い仲間と付き合っては毎晩遊び歩いている彼の姿をこの家で見るのは稀だった。「あら、そういうあなたこそ。お父様は銀座のクラブで遊んでいるらしいわ。またお気に入りの子を見つけたのかしら。」千尋はそう言うと、バッグの中から煙草とライターを取り出すと、煙草を咥えてそれに火をつけた。「親父の前では猫被ってる癖に、俺の前では煙草を吸うんだな。」「別にいいじゃない。あんただって薬を安く仕入れて売りさばいてるの、知ってんだからね。」千尋の言葉に、義人の顔が引き攣った。「親父には・・」「言うわけないじゃん。あんたとは利害関係が一致してんだから、悪いようにはしないわよ。」長い吸殻を乱暴に灰皿に押し付けると、千尋はそう言っておもむろに義人に近づき、そっと彼の股間を撫でた。「盛ってんじゃねぇよ、小母さん。」「ふん、言ってくれるわね、坊や。あたしが欲しくて堪らない癖に。」数分後、千尋は義人と立ったまま繋がっていた。室内にはパンパンと、肉がぶつかり合う音が響いた。「うっ、もう出るっ!」「あぁ~、いいわぁ~!」千尋は快感の余り白目を剥きそう叫ぶと、絶頂に達した。「ねぇ、最近生理が来てないのよ。」「マジ?」「別にビビらなくてもいいじゃない。あの人だってあちらこちらに種蒔いてんだから、お互い様でしょう?」蓮っ葉な口調でそう言った千尋は、義理の息子に微笑んだ。歳三が千尋に呼び出されたのは、仙台からの出張で帰ってきた数日後のことだった。graphics by Heaven's Garden
Mar 21, 2012
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「あの・・誠心会病院の、土方先生ですよね?」「ああ、そうだが・・君は?」歳三がそう言って学生を見ると、彼はパァッと顔を輝かせた。「今日学会でこちらにいらっしゃることをさっき知ったんです! サインしてください!」彼がそう言って歳三に差しだしたのは、学会で発表した論文が載っている冊子だった。「サインって・・俺ぁ芸能人じゃねぇんだから。」歳三が突然の事に困惑していると、背後からヒールの音が響いた。「サインしてさしあげれば? この子はあなたの貴重なファンなんだし。」「千尋・・」学生の背後には、パンツスーツにヒールを履いた元妻が立っていた。「お久しぶりね、あなた。」「まさか仙台でお前ぇに会うとは思わなかったぜ。何の用だ?」「少しあなたとお話ししたくて。」歳三は学生の手から冊子を奪うと、それに素早くサインしてつかつかと千尋の方へと駆け寄った。「場所を変えましょうか?」いつの間にか人が集まって来てちらちらとこちらの方を窺っている学生達を見ながら、千尋はそう言って歳三を見た。「ああ。」2人はキャンパス内にあるカフェに入った。「で、話って何だ?」「単刀直入に言うわ。子ども達をわたくしに渡して頂戴。」「はぁ、ふざけんな! 勝手に子どもを捨てた癖に、10年経ってから突然返せだと!?」歳三はそう言うと、千尋を睨んだ。「わたくしがあの子達を産んだのよ! それなのにあなた、わたくしの事を勝手に死んだとか子ども達に吹き込んでいたそうじゃない。」「じゃぁ、何て言えばいいんだ? お前のママはお前らの世話が嫌になったからお前らを捨てたと、正直に言えばよかったのか?」「とにかく、これはもう決まった事なのよ。父子家庭で子ども2人を養ってくれたあなたにはそれ相応の謝礼は払うわ。だからあの子達を渡して。」千尋はバッグから分厚い封筒を取り出すと、それを歳三に向かって放った。「俺を馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!」歳三は乱暴に椅子から立ち上がると、カフェから出て行った。「交渉決裂か・・まぁいいわ、せいぜいわたくしの怖さを思い知りなさいな。」千尋は口端を歪めて笑うと、スマートフォン片手にカフェから出て行った。「彼には会ったのか?」「ええ。全く話にはならなかったわ。ねぇあなた、誠心会病院の理事長さん、あなたのお知り合いよねぇ?」「ああ、そうだが・・一体何を企んでいるんだ?」「別に。ねぇ、折角仙台に来たんだから、市内観光や松島観光でもして、楽しみましょうよ。」そう言って夫にしなだれかかった千尋の瞳には、狂気の光が滲んでいた。(あたしを怒らせたね、土方歳三。タダで済むと思うなよ。) 歳三が学会で留守にしている間、香帆が土方家に手伝いに来ることとなり、部活で忙しくなった香は、妹が家で独りぼっちになることが無くなって安心した。「香帆さん、すいません。」「いいのよ、あなた達の事は実の子同然に思っているんだから。」香帆はそう言って肉じゃがを皿へと移した。「わぁ、肉じゃがだ~!」自分の大好物を前にして、千歳がそう言って瞳を輝かせていると、玄関のチャイムが鳴った。「はぁい。」インターホンの画面を覗きこんだ香帆の顔から、笑顔が消えた。『お久しぶりね、香帆さん。』エントランスにはダークグレーのスーツを着た数人の男を従えた千尋が立っていた。
Mar 21, 2012
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香が剣道部顧問・二階堂の誘いを受けて剣道部に入部すると、彼はその頭角をすぐにあらわした。その日は、三年生や二年生が集まる朝練のことだった。「今日は一年と合同で模範試合をする。」「はい!」二階堂の指示で、一年の部員達はそれぞれ上級生と組んで試合することになった。 香の試合相手は、部長の山下健吾だった。面倒見がよく、後輩達からも慕われている健吾は、香と目が合うとにっこりと微笑んで彼に礼をした。「宜しくお願いします。」香はそう言うと、健吾に礼をした。「始め!」二階堂の合図で、道場に竹刀の打ちあう音や気合の声が聞こえてくる。健吾と香は互いに微動だにせず、相手の見方をじっと待っていた。「やぁ~!」健吾が竹刀を上段に構え、面を狙おうとしているところを香は阻止し、竹刀で胴を払った。「一本、土方!」二階堂の声に、周りにいた部員たちが一斉にどよめいた。「嘘だろ・・」「部長を倒すなんて・・」「あの一年、やるな・・」二年生達は、部長を倒した一年生に羨望と畏敬の眼差しを向けた。「土方、さっきの胴はよかった。」「ありがとうございます。」香は健吾に礼をすると、顔を洗いに道場から出て行った。「・・ふぅ。」試合の後に水道の蛇口を捻って顔を洗った香は、そう溜息を吐くとタオルで顔を拭こうとしたが、道場に置き忘れてしまったことに気づき、舌打ちした。「どうぞ。」どうしようかと彼が思っていると、突然タオルを差し出す女の白い手が視界に入った。「ありがとうございます。」香がゆっくりと顔を上げると、そこにはブロンドの髪を靡かせた女性が立っていた。流行最先端のファッションを着こなしているその姿は、モデルのようだ。「こちらの学校の生徒さん?」「はい、そうですけど・・あなたは?」「この学校の理事をしてますの。タオルは差し上げるわ。」女性はそう言って香に微笑むと、颯爽と彼の前から去っていった。香は彼女が実母とも知らずに、顔を拭くと道場へと戻って行った。「あの子には会えたのかい?」「ええ。」千尋が車に乗り込むと、夫はそう言って彼女を見た。「わたくしに似て美少年に育ってたわ。それに礼儀正しいし・・わたくしが育てた甲斐があったというものね。」幼い2人の子を捨てた事は棚に上げ、千尋はそう言って夫に自分の育児がいかに素晴らしい成果をなしたのかを語った。「ねぇあなた、これから仙台に行きましょうよ。今日はお休みなんでしょう?」「ああ。」夫はそう言うと、エンジンを掛けた。「わたくし、あなたと結婚して本当に良かったわ。」「わたしもだよ。」 彼らが車で仙台へと向かっている頃、歳三は学会の発表を終えて東北大学内の構内にある喫煙室で煙草を吸っていた。今頃子ども達は学校から帰って来ている頃だろうか―歳三がそう思いながら喫煙室を出ると、タイミングを計ったかのように1人の学生が彼の方へと駆け寄ってきた。
Mar 21, 2012
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ホテルを出た千尋は、タクシーに乗って白金の自宅へと戻った。「ただいま、あなた。」「お帰り。」瀟洒なヴィクトリア様式の調度品や家具、壁紙に囲まれたリビングに入った彼女は、暖炉の前に座る夫の首に両手を回し、彼にしなだれかかった。「パーティーはどうだった?」「別に。退屈だったわ。それよりもあなた、あの子は・・義人さんはどうしてるの?」「あいつの事なら気にするな。もう親が干渉する歳でもないし、あいつがどこで遊び歩いていようが関係ない。」「そうね。」千尋はそう言って溜息を吐くと、夫の前に腰を下ろした。暖炉の炎が爆ぜ、彼女が纏っている紫のドレスが緋に輝いた。「アナスタシア、本気なのか?」「本気もなにも、わたくしがあの子達を産んだのよ。こちらに引き取るのは当たり前じゃなくて?」千尋は気だるそうに結いあげていた髪を留めていたバレッタを外した。「君は前の夫にはその事を話したのか?」「いいえ、まだよ。あいつはわたくしに会いたくないのよ。その上、子ども達はわたくしの事を死んだと思っているのよ!」昂った気持ちを、千尋は樫のテーブルにぶつけた。「あの子達を産んだのはわたくしなのに! あいつはわたくしから子ども達を奪って勝手にわたくしを悪者にして・・許せないわ!」「感情的になるな、千尋。慎重に動いた方がいい。」「そうね・・」(わたくしは必ず、あの子達をあいつから奪ってやる!) 揺らめく暖炉の炎が、千尋の美しい顔を照らした。「じゃぁ、行ってくるぜ。」「行ってらっしゃい、父さん。」翌朝、歳三は学会で仙台へと発つ前、香と千歳に「行ってきますのキス」をした。「気をつけてね。」「ああ。香、千歳、食事はファストフードや出前ばっかり取るんじゃねぇぞ、解ったな?」「解ってるよ。父さんこそ、体調管理に気を付けてね。」「じゃぁな。」父を玄関先で見送った後、香と千歳は朝食を済ませ、それぞれ学校へと向かった。「土方、お前が土方か?」下足箱で上履きを履いていると、突然香は一人の教師から声を掛けられた。「そうですが・・俺に何か用ですか?」「喧嘩の話は、聞いたぞ。この学校でお前の存在は好奇の対象となるから、色々と言ってくる奴らがいるだろう。だがな、暴力を暴力で返しても何にもならないぞ。」説教臭いその教師の言葉を、何故か香は聴いていた。「お前、剣道は?」「父の影響で、幼稚園の頃から習ってます。他には合気道もやってます。」「そうか・・突然で悪いんだが、剣道部に入らないか?」「剣道部に、ですか?」香は蒼い瞳を驚きで見開いた。「ああ。」「いいですよ。別にこんな学校でやることが何もないので。」「そうか、ありがとう。放課後、道場に来てくれ。」教師はそう言うと、香の肩をポンと叩いて廊下へと消えて行った。 彼との出逢いが、香の人生を大きく変えた。
Mar 21, 2012
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警察から歳三の携帯に連絡が入ったのは、千歳に昼食のサンドイッチを作って彼女に食べさせてやっている時だった。彼が警察署に駆けつけると、そこには唇から血を滲ませた香が長椅子に腰を下ろしていた。「香!」「父さん・・」香はゆっくりと俯いている顔を上げると、目の下に殴られた跡があった。「お父様ですか?」歳三が香に何があったのかを聞こうとした時、背の高い刑事が彼らの前に現れた。「息子に一体何があったんですか?」「あちらでお話ししましょう。」刑事に連れられ、応接室に入った歳三は、そこで彼から香と同級生が喧嘩した事を知った。「どうしてあいつが喧嘩なんか・・」「どうやら、家庭環境の事をからかわれたことが原因だそうです。お宅は確か、父子家庭でしたよね?」「はい。妻とは10年前に離婚しています。男手ひとつで2人の子ども達を育ててきました。」「奥様は、今どちらに?」「さあ・・彼女が今何処に居るのかは知りませんし、子ども達には会わせないつもりです。」「そうですか。息子さんをきつく叱らないでやって下さい。」「解りました。」応接室から出た歳三は、廊下で自分を待っている香に声をかけた。「帰るぞ。」香は歳三の言葉に静かに頷いた。「なぁ父さん、千歳はどうしてる?」「不安がってるよ。お兄ちゃんは何処って泣いてる。」「悪い事、しちまったな・・」香はそう呟くと、窓の外を見た。「香、学校に行きたくなきゃぁ、行かなくてもいいんだぞ。あそこはお前には窮屈過ぎる。友達と同じ公立に転校したら・・」「それはしたくない。あいつらに喧嘩売っちまったんだ、必ず勝つまで俺は逃げないよ。」「・・それでこそ俺の息子だ。」歳三はそう言って香に微笑んだ。 一方、真田幸助は都内某所の高級ホテルで開かれたとある政治家の出版記念パーティーに出席していた。「真田君、お帰り。待っていたよ。」「ただいま戻りました、先生。」幸助はそう言うと、自分に懇意にしてくれる政治家に笑顔を浮かべた。「あら幸助さん、こちらにいらしたのね。」長い金髪を波打たせながら、1人の美女が紫のTストラップヒールを鳴らし、ゆっくりと幸助達の方へと近づいて来た。「おやアナタスタシア、今宵も美しい。蒼もお似合いだけれど、紫のドレスもお似合いだ。」「ありがとう。」美女はそう言って笑うと、幸助の方へと向き直った。「今日、あんたの元旦那に会ったよ。」「そう。でもあたしには関係ない人よ。」「薄情だね。仮にも結婚して子どもを儲けた仲だったのに?」「もう済んだことよ。」美女が少し苛立ったようにそう言った時、彼女のスマートフォンが鳴った。「もしもし、あなた?」『まだ戻らないのかい、ハニー?』「もう少ししたら戻るわ。愛してるわ。」美女がスマートフォンをバッグの中にしまうと、幸助を見た。「わたし、もう戻らないと。じゃぁね。」「ふん、可愛げがない。」幸助は舌打ちすると、パーティー会場の喧騒の中へと戻った。
Mar 21, 2012
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プルルルッ!「もしもし、こちら誠心会病院外科医局ですが。」『トシ、あんたまだ仕事なの?』歳三がデスクに備え付けの電話を取ると、姉の信子の朗らかな声が聞こえてきた。「なんだよ姉貴、職場には電話をかけてくるなっつってんだろ。何か用か?」『何かって、あんたこの前のお見合い、まさか断ってないでしょうね?』「断ったに決まってんだろ。」通話口の向こうから姉の溜息が聞こえた。『全くあんたって子は。いくら最初の結婚が大失敗したからって、男手ひとつで子ども2人育てる大変さが身に沁みたでしょう? それに千歳ちゃんだってこれから年頃になるんだから、女親が居ないと駄目で・・』「子どもつったって、香はもう15だし、千歳は11だ。あいつらは自分の事は1人でやれる。だから心配してねぇで義兄さんと仲直りしろよ。」歳三はそう言うと、一方的に電話を切った。「ったく、このくそ忙しい時にお節介すんなよ、姉貴。」「外科部長、理事長がお呼びです。」「解った、今行く。」歳三は溜息を吐いて白衣の裾を翻すと、理事長室へと向かった。「失礼します。」理事長室のドアをノックすると、中から芹沢が誰かと楽しそうに話している声が聞こえた。「土方君、入りたまえ。」歳三が理事長室に入ると、そこには20代前半と思しき青年がソファに座っていた。「理事長、こちらの方は?」「こちらは真田幸助君、今日付けで君の下で働くこととなった。真田君、こちらが君の上司になる外科部長の土方君だ。」「初めまして、真田幸助です。」青年はそう言って黒い瞳を輝かせながら歳三に右手を差し出した。「どうも。」これが、歳三と幸助の出逢いだった。「土方先生のお噂は色々と聞いています。37歳にして外科部長にまで昇進し、その腕は神の腕と謳われるほどだとか。」幸助は歳三と並んで廊下を歩きながら、ぺちゃくちゃと歳三に話しかけた。(よく喋りやがる奴だなぁ・・)歳三が幸助に少しうんざりしていた時、胸ポケットに入れてあった携帯が鳴った。「もしもし、千歳? どうした?」『パパ、今から家に帰ってこれる? お家の鍵失くしちゃったの。』「香はどうした? まだ帰ってきてねぇのか?」『うん。携帯に掛けてみたんだけど、出なくて・・』「解った、すぐに行くからな。」歳三が携帯を閉じて胸ポケットに仕舞うと、幸助がじっと自分を見ていることに気づいた。「土方先生、お子さんがいらっしゃるんですね。」「ええ・・15歳の息子と、11歳の娘が2人。それがどうかしましたか?」「いえ・・」(なんだぁ、あいつは? どうも胡散臭ぇなぁ。)歳三は初対面であるのに余り良い印象が持てない幸助の事を考えながら、車を自宅へと走らせた。 同じ頃香は、下校途中に駅前で学校の柄の悪い上級生数人に絡まれ、駅から離れた人気のない倉庫へと連れ込まれた。「てめぇ医者の息子だか知らねぇが、生意気なんだよ。」「貧乏人はおとなしくしてろよ。」彼らはそう言いながら、香に殴る蹴るの暴行を加えた。「暴力で訴えることしかできねぇクソに、いちいち頭下げてられっかよ!」「てめぇ、言わせておけば!」激昂した上級生の1人が香に向かって鉄パイプを振り翳したが、彼はそれを奪い、上級生の鳩尾に一発突きを入れた。 父に倣って剣道を幼稚園の頃から始めた香にとって、彼ら素人の攻撃を受け流す事など朝飯前だった。
Mar 21, 2012
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10年後。「お兄ちゃんの馬鹿、どうして起こしてくれなかったのよ!」土方家の朝は、小学6年生になる長女・千歳の怒声から始まった。「うるせぇぞ、千歳。寝坊したお前ぇが悪いんだろうが。」キッチンで子ども達の弁当を作っていた歳三が、そう言って千歳を叱ると、彼女はふくれっ面を作って椅子に腰を下ろした。「だってパパ、お兄ちゃんが・・」「昨夜ゲームばかりしてなかなか寝なかったのはどこのどいつだよ?」千歳の隣に座っている香が、そう言って彼女の肘を突いた。今年高校生となった彼は、金髪碧眼の容姿をしていて否がおうにも歳三は千尋の事を思い出してしまう。10年前、彼女とは離婚し、その後彼女が今何処で何をしているのかは知らない。子ども達には彼女は事故で死んだことにしているし、今更彼女の事など知りたくもなかった。「父さん、今日は入学式だから弁当要らないって昨夜言ったじゃん。」「あ、すまねぇ。じゃぁ昼に食べろ。」「解った。父さんごめんね、忙しいのに・・」「なぁに言ってやがる、息子の入学式より仕事を選ぶ父親が何処に居るってんだ。」 歳三は37歳の若さにして、誠心会病院の外科部長として多忙な日々を送っていた。「明日から学会で出張するんでしょう? 準備はしておいたからね。」「いつも済まねぇな、香。お前結婚したらいい主夫になれるぞ。」「そうかなぁ。」香が照れ臭そうに頭を掻くと、千歳が恨めしそうに2人を見た。「男同士で話なんてずるい。」「もう遅刻するんじゃねぇのか、千歳?」「じゃぁ行ってきます。」歳三から弁当を受け取ると、千歳はランドセルをかついで玄関から出て行った。「父さん、今から出ても間に合うね。」「ああ。早起きして良かったな。」歳三がそう言って皿洗いを終え、香とともに家を出た。 向かった先は、香が入学する橘欖(きょうらん)大学付属高等部だった。赤坂に近いこの学校は政治家や旧華族の子息などが通う、所謂“お坊ちゃま校”で、卒業後には東大進学、霞が関へのエリートコースが待っている。しかし昨今の少子化の影響ゆえに、中等部からの内部進学よりも公立中学からの外部受験生による新入生が年々増加しており、香もその一人だった。もはや身分制度というものがとうになくなっている現代日本に於いて、この学校は少し特殊な空間であったが、香はまだ知らないでいた。「香、ここで3年間過ごすのか。」「金持ちの子ばかりが通う学校なのに、俺みたいのが通っていいのかなぁ。」香はそう言って不安そうに歳三を見た。「なに言ってやがる。お前ぇは実力で入ったんだ、自信持て。」「ああ。じゃぁ父さん、俺行くわ。」「しっかりな。」歳三に励まされ、香は校舎の中へと入っていった。「土方香くん。」「はい!」担任に名前を呼ばれ、香が元気よく返事をすると、周りがくすくすと笑った。「元気があっていいな、土方。明日から1泊2日のオリエンテーションだから、全員遅れないように。今日はここまで!」「ありがとうございました!」香が鞄を担いで教室から出ようとした時、ドアの近くに居た生徒達の声がした。「片親なのに、よくこんなところに・・」「父親が医者だから、裏口か何かで・・」香の蒼い瞳が怒りに滾った。「女みてぇにコソコソ人の陰口叩いてんじゃねぞ! 確かに俺ん家は片親だ、父子家庭だよ。てめぇらみてぇなご大層なお家の生まれじゃなくて悪かったな、実力で入ってよ!」香の言葉に、陰口をたたいていた生徒達は怒りで顔を赤く染めた。
Mar 21, 2012
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「芹沢センセ、おこしやす!」「お梅、元気にしてたかぁ~!」歳三が芹沢達に連れられて高級クラブ「リゼ」に入ると、ママと思しき和風美人の女性がそう叫んで芹沢に抱きついた。「センセ、そちらの方は?」「ああ、そいつは妻子持ちだから諦めろ、お梅。お前には俺がいるだろう?」「いややわぁ~、もう! 今夜はたっぷりサービスしますえ!」女性―「リゼ」のママ・お梅は芹沢達をテーブルに案内すると、彼の隣に座った。「土方君は酒が余り飲めないんでな。お梅、彼には余り強くない酒をやってくれ。」「へぇ。センセ、新しい子が入ってますさかい、紹介してもよろしおすか?」「構わん。」「皐月ちゃん、ちょっと来てや!」「はい・・」芹沢達の元に1人のホステスがやってきて、歳三は思わず声を上げた。漆黒のドレスに身を包み、金髪をセットして厚化粧を施したそのホステスは、紛れもなく歳三の妻・千尋に違いなかった。 千尋は歳三に気づいたのか、バツが悪そうな顔をした。「皐月ちゃん、どないしたんえ? センセらにはよお酒注ぎよし。」「は、はい・・」千尋は震えながら芹沢に酒を注ごうとしたが、手元が狂ってしまい、ウィスキーを芹沢のスーツに零してしまった。「もう、何してんの!」「すいません・・」「いやぁ、新人なんだから大目に見てやれよ、お梅。それよりも今夜はお前と飲み明かしたいなぁ。」「いややわぁ、またそんな事言わはって。」それから芹沢とお梅がカラオケで歌い始め、芹沢の取り巻きが拍子を取っている間、歳三は千尋を見た。「今まで何処に行ってた?」「あんたには関係ないでしょ。」「関係ねぇだと? 香や千歳がお前の帰りをいつも待っては泣いてんだぞ! それなのにお前ぇはこんな所で働いて良心が痛まないとは思わねぇのか、お前ぇそれでも母親か!」千尋は歳三の言葉をぶすっと聞きながら、煙草を吸った。「餓鬼ならあんたにくれてやるわ。ったく、あの子達を産んでからあんたあたしの相手をちっともしてくれやしない。1日中餓鬼の面倒と家事をするのに疲れたのよ。離婚ならいつだってしてやるわよ。」「千尋・・」失踪した1年間、千尋はすっかり別人となっていた。お淑やかで子ども達に深い愛情を注いでいた彼女はもう何処にも居ない。居るのは自己中心的で子を捨てた身勝手な母親のなれの果てだった。「皐月ちゃん、あっちのお客さんがあんたをご指名や。」「はぁ~い。」千尋はさっとテーブルを立つと、去り際に歳三に向かってこう言った。「言っとくけど、あたしはあの家には二度と戻らないから。じゃぁね。」 帰宅した歳三は、溜息を吐きながらソファに寝転んだ。千尋との結婚生活は、一体何だったのだろうか。彼女の本性が明らかになった今、あんな彼女と子ども達を会わせたくなかった。もう子ども達には千尋の事を忘れて貰おう―歳三はそう決意した。「パパ、ママはまだ帰って来ないの?」姉の家から子ども達を迎えに来た時、香はそう言って歳三を見た。「香、よく聞けよ。ママは死んだんだ。」帰りの車の中で、歳三は深呼吸した後、香に嘘を吐いた。「嘘だもん、ママちゃんと帰ってくるもん!」「ママは車に跳ねられて死んじまったんだ。天国に行ったんだ。」赤信号になって歳三が車を停めると、その隙に香が車から降りた。「香、待て!」「ママ探すもん、帰って来てってお願いするの!」「やめろ、そんなことしても無駄だ! これからはパパがお前達を守る!」「ママ、会いたいよ、ママ~!」香の泣き声が、冬の空に悲しくこだました。
Mar 21, 2012
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吉田栄美が娘の七海(ななみ)と幼稚園へと向かうと、丁度歳三と香親子に会った。「おはようございます、土方さん。」「おはようございます、吉田さん。」栄美は千尋の姿が無いことに気づいた。「あれ、千尋さん最近どうしたんですか?」「ああ、あいつは千歳の世話につきっきりで。それに色々と疲れているから、暫くは香のお迎えは俺がする事になったんですよ。」「そうなんですか。もしかして・・」「嫌、それはないですよ。」千尋の妊娠を否定した歳三は、そう言って栄美と幼稚園の前で別れた。(土方さん、いつもは気さくに話しかけてくれるのに・・今朝は何だか変ね。)「ママ、行ってきます。」「いってらっしゃい、七海。」笑顔で香と手を繋ぎ、幼稚園へと入ってゆく娘に手を振りながら、栄美は歳三が何かを隠していることに気づいた。 歳三が溜息を吐きながら部屋に入ると、床には洗濯物が雑然と散らばっていた。千歳の泣き声がして子ども部屋に入ると、彼女は真っ赤な顔をして口をもごもごさせていた。「ミルク今から作るからな、待ってろよ。」娘を抱いてあやしながら、歳三は手早くミルクを作り、哺乳瓶を人肌程度に温めた。(乳飲み子置いてどこいっちまったんだ、千尋!) 昨夜歳三は千尋に襲われた後、彼女に香にもっと優しくしてやれ、自分の思い通りにならないからといって八つ当たりするなと説教した。すると彼女は髪を振り乱し、“一日中子どもの相手をしていない癖に何がわかる、あたしを馬鹿にしているのか”と歳三を口汚く罵った。 朝が来たら頭が醒めるだろうと思った歳三だったが、千尋はもうベッドから抜け出した後だった。どうせ気晴らしに散歩でもしたのだろうと、歳三ははじめはそう楽観的に考えていたが、クローゼットにいつもしまってある千尋のスーツケースと服がなくなっているのに気付き、彼女が家出したことに気づいた。幼い2人の子どもを残して、彼女は一体何処へ消えたのだろうか。香は千尋が家に居ないと解ると、家中の部屋を調べ、彼女の姿を懸命に探した。「僕が嫌いになったから、ママは家から出て行ったの?」「そうじゃねぇよ、大丈夫だ、ママはすぐに帰って来るさ。」しかし、千尋が家出して数ヶ月経っても、彼女が帰ってくる気配はなかった。香は千尋の家出が自分に愛想を尽かした所為だと思い込み、夜中に突然泣き出したり、おもらしをしたり、幼稚園へ行く時になかなか歳三の傍から離れなかったりした。忙しい仕事の合間を縫い、歳三は香と千歳を懸命に育てた。千尋からの連絡はおろか、彼女の消息すら掴めぬ中、あっという間に1年が過ぎた。「土方君、最近疲れていないかい?」歳三が医局で凝り固まった肩の筋肉をほぐす為に両腕を回していると、芹沢がそう言いながら彼を見た。「理事長、何かご用でも?」「この1年、君はよく頑張ってくれた。今夜は君の功労を讃えて飲みに行こうと思うんだが・・」「解りました。」姉に今夜遅くなりそうだから子ども達をそっちに泊まらせてくれないかと電話をした後、歳三は芹沢達と飲みに行った。 夜の歓楽街へと足を踏み入れ、芹沢が贔屓にしている高級クラブ「リゼ」へと向かっている最中、歳三はある風俗店の前で足を止めた。そこには上半身を露わにした女性達の写真が置いており、その中に千尋と思われる女性の写真があった。(千尋・・)「どうした、土方君。」「・・ああ、すいません・・」
Mar 21, 2012
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「香、どうしてこんな点取ったの! ママがいつも教えてるのに!」千尋はそう言うと、香の頬を叩いた。「ママ、ごめんなさい・・」「ごめんで済んだら警察は要らないの! 0点取るなんてどういうつもりなの!?」髪を振り乱し、般若のような形相を浮かべながら千尋は香を睨みつけた。「今日はご飯なしよ、解ったわね!」「はい、ママ。」「千尋、そんなに怒るこたぁねえだろう。まだ5歳なのに塾なんて・・」「あなたは黙っててよ!香、さっさと部屋に行きなさい!」「ごめんなさい、ママ。ゆるしてください・・」香は泣きながら千尋に土下座したが、彼女は息子を無視した。「香、腹減ったんなら飯食え。」「でも・・」歳三は千尋に怯えている香が可哀想に思い、その日は彼に夕飯を食べさせた。「あなた、香を最近甘やかし過ぎなんじゃない? 0点を取ったのに夕食を食べさせるなんて、信じられないわ。」千歳を寝かしつけた千尋は、そう言って夫を睨むと、彼は自分を睨み返してきた。「厳し過ぎだろ、千尋。俺は香に八つ当たりしているように見えるんだ。」「別に八つ当たりなんかしてないわよ。あの子がわたくしの思い通りにしてくれないから、躾(しつ)けているだけよ!」「あのなぁ、香はお前ぇの操り人形じゃねぇんだ! それにテストで0点取ったからって飯を食わせねぇなんて虐待だろうが!」「何を言ってるのよ!わたくしはそうやって育てられたわ。いい事、あなたみたいに子どもを甘やかせば碌でもない子に育ってしまうのよ!そうしない為の躾なの!」「お前、おかしいぞ!」「おかしいのはあなたの方じゃない!」歳三は千尋がだんだん解らなくなってきた。アメリカで付き合っていた時からの違和感が徐々に膨れ上がり、それが歳三の中で疑惑へと変わっていった。 (こいつ、何か変だ・・) 翌朝、千尋は香を徹底的に無視した。彼が何か話しかけても聞こえない振りをし、抱っこをせがんでも無視し、幼稚園の送迎もしなくなった。「パパ、ママは僕の事嫌いになっちゃったの?」「そんな事ねぇよ。パパもママも香の事大好きなんだ。ママは少し拗ねてるだけなんだ。もう寝ろ。」「お休みなさい。」自分の部屋へと向かう香の小さな背中を愛おしそうに見つめた歳三は、夫婦の寝室へと入った。「あなた、しましょうよ。」ベッドに入るなり、ベビードール姿の千尋がそう言って歳三にしなだれかかった。「悪ぃがそんな気分じゃねぇんだ。千尋、お前はいつまで香を無視するんだ?」「わたくしの気が済むまでよ。あの子にはお仕置きが必要だわ。」「お仕置きだぁ? お前のしてる事は虐待に近いだろうが!」「堅い話はもう終わりにして、楽しみましょう?」千尋はそう言うなり、歳三のものを咥えた。「やめろ!」千尋を離そうとしたが、彼女は執拗に自分のものを咥えたまま執拗に愛撫を続けた。「あなたはわたくしのものよ。」千尋は狂気に滲んだ瞳で歳三を見上げると、彼の上に跨り腰を振り始めた。歳三は目の前で腰を振っている彼女が一瞬悪魔のように見えた。
Mar 21, 2012
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「畜生、早く出て来い、痛ぇ~!」分娩台の上で、千尋は悪態を吐きながら陣痛と闘っていた。髪を振り乱し、白目を剥いて苦しがる妻の様子を見て、歳三はただ彼女の手を握ることしかできなかった。「もう少しで頭が出て来ますから!」「ぎゃぁぁ~!」断末魔の叫び声を上げながら、千尋は新たな命を産みだした。彼女の産道から臍の緒がついたばかりの赤ん坊が出て来て、産声を上げた。「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」「千尋、良く頑張ったな。ありがとう。」泣き叫ぶ赤ん坊は清潔なガーゼで身体を拭われ、臍の緒を切られて千尋の胸の上に載せられた。 この病院では、出産直後の赤ん坊を母親に抱かせるカンガルーケアを行っていた。「可愛い、赤ちゃん。」千尋は涙を流しながら、10ヶ月間胎内で育んできた命と漸く対面を果たした。この日生まれた赤ちゃんは、香と名づけられた。 一週間の入院生活を経て、歳三と千尋は新しい家族となる香を抱いて我が家に帰宅した。「あなた、明日から家政婦を雇うわ。これからはこの子に全てを注ぎたいの。」「そうか。」それから、3人の暮らしが始まった。千尋は夜中でも早朝でも、香の授乳やおむつ替えなどの育児に精を出し、家政婦を雇って家事に時間が掛からなくなったからか、以前のようにあの狂気に滲んだ目をしなくなった。「あなた、可愛いわね。」ベビーベッドの上で眠っている香を見ながら、千尋はそう言って微笑んだ。「ああ。」歳三はそっと、我が子の頬を撫でた。(元気に育てよ。) 香は大きな病気も怪我もなく、すくすくと育ち、5歳の誕生日を迎えた。「香、5歳の誕生日おめでとう。」「おめでとう。」母親の手作りケーキを前に、香は母親譲りの蒼い瞳を輝かせながら蝋燭を懸命に吹き消した。「かおる、たんじょうびおめでとう。これ、プレゼント。」吉田家の長女・七海は、そう言って香に手作りのブレスレットを渡した。「なつみちゃんありがとう。」「まぁ、香と七海ちゃんは仲良しなのね。香、七海ちゃんとは将来結婚するのかしら?」香達の様子を見ていた千尋は、そう言いながら臨月の腹を擦った。初めての出産が大変だったので、暫く2人目は作らないでおこうと歳三は千尋にそう提案したが、“一人っ子では可哀想だ”という千尋と話し合い、香が4歳の時に2人目の妊娠が発覚した。「ママ、いつ赤ちゃん生まれるの?」「さぁね。香、赤ちゃんが生まれたらママのお手伝いをしてくれる?」「うん!」「良い子ね、香。あなたは本当に良い子・・」我が子の頭を撫でる千尋の瞳に、もう消え失せていた狂気の色が滲んでいる事に歳三は気づき、一抹の不安を感じた。 その不安は的中し、第2子・千歳が生まれると、千尋は幼子2人の育児に追われ、時々声を荒げるようになった。「どうして人参を残すの、香、ちゃんと食べなさい!」「おもちゃを片付けなさいって言ったでしょう!」「どうして早くお着替えしないの!」「どうしてこんな問題が出来ないの!」千尋は毎日仁王立ちしながら、香に些細な事で苛立ち、怒鳴るようになった。香が幼稚園に入った頃から、千尋はピアノや習字、水泳や英会話などを習わせ、それに加えて小学校受験への対策として有名な進学塾「山田カレッジ」へと通わせるようになった。容赦なく言葉の鞭で息子を打つ妻の姿に、歳三が苦言を呈したのは、香が塾の模試で0点と取った夜の事だった。
Mar 21, 2012
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安定期を過ぎると、千尋は日に日に膨らんでゆく下腹の重みを感じ、歩くだけでも息切れがしてしまう日々を送っていた。 妊娠前のように普通に家事をしている千尋だが、食器を高い場所にしまったり、布団の上げ下ろしなどをしたりした後、必ず下腹の皮膚が強張るのを感じた。不安になり病院でその事を伝えると、「余り無理をしないように」と医師から言われた。だが完璧主義者の彼女は、妊娠したことで日常の生活リズムを崩したくなかったから、布団の上げ下ろしや重い物を平気で持った。 妊娠初期に感じていたつわりや貧血は安定期を過ぎると嘘のように消え、代わりに足のむくみと腰痛、倦怠感が襲ってきた。「千尋、どうした?」「あなた、腰が痛いの。布団の上げ下ろしをしていたらいきなり痛くなって・・」「馬鹿野郎、それくらい俺が手伝うよ。」歳三はソファに横たわった妻の腰を優しく擦った。「でもあなたの手を煩わせる訳にはいかないわ。」「家政婦でも雇おうか? 俺が留守にしている間、お前が家事や育児を1人でするには限界があるだろう。」歳三の提案に、千尋は首を横に振った。「他人にわたくしの家を弄られるのは好きじゃないわ。わたくしは何でも自分1人で完璧にしたいの。」「千尋・・」いつも家政婦を雇うことを話すたびに、千尋はそれを頑として聞き入れない。歳三としては、彼女の負担を減らしたいと思って提案したのだが、千尋は他人に自分の領域を侵されるのが嫌だと言う。「あなた、子どもが生まれてもわたくし、今の生活リズムを変えるつもりはないわ。」「それは無茶だろう、千尋。赤ん坊は夜中でも関係なく腹が減ったら泣くし、熱は出すし、自分の思うようにいかねぇもんなんだぜ?」「お腹が空いたらミルクをあげればいいし、それ以外はおしゃぶりを咥えさせればいいわ。ベビーベッドに1日中寝かさせておけば、怪我もしないわよ。」「千尋・・そんな理屈が通る訳ねぇだろ。」歳三は生まれてくる子どもをのびのびと育てたかったが、千尋は彼の育児方針とは真逆のことを考えているらしい。「あなた、常に最悪の事態を考えておかなくてはいけないわ。赤ちゃんは理屈が通らない生き物だってことは良く解っているわ。だからわたくしが管理すべきじゃない。」「千尋・・」千尋が狂気に滲んだ瞳をまたしていることに、歳三は気づいた。 結局家政婦を雇う話は平行線のまま終わり、千尋は臨月を迎えても相変わらず家事をしたり、重い物を持ったりしていた。「もういつ産まれてもおかしくありませんから、なるべくお腹に負担を掛けないように。」医師から再三そう忠告されても、千尋は相変わらずお腹に負担をかける事を続けた。 その結果、出産予定日の三週間前に、彼女は突然破水した。その日の朝、いつも通りに夫を玄関先で送り、千尋が掃除をしている時に下腹が急に張ったかと思うと、何かが破裂したかのような音がして、床に湯が飛び散った。「うあぁぁ~!」その直後、身を引き裂かれんほどの激痛に襲われた千尋は、髪を振り乱して叫んだ。痛みで顔を顰めながら、千尋は携帯で救急車を呼んだ。(もうそろそろ産まれる頃だろうな・・)医局で歳三がそう思いながらコーヒーを飲んでいると、看護師の和田が慌てた様子で入って来た。「どうしたんだ?」「土方先生、早く分娩室へ! 奥様が破水されました!」「何だって!?」急いで分娩室へと駆けつけた歳三が見たものは、陣痛に泣き叫びながら分娩台の上で暴れる妻の姿だった。「痛ぇ、痛ぇよぉ~!」「千尋、しっかりしろ!」「畜生、なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねぇんだ、クソッたれ!」いつもお淑やかな妻は、痛みにより人が変わったかのように悪態を吐いていた。
Mar 21, 2012
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土曜日、香帆は広美とともに土方家へと向かった。「ようこそ、パーティーへ。大したものはないけれど、どうぞ召し上がって。」香帆がチャイムを鳴らすと、エプロンを付けた千尋がそう言って2人を出迎えた。「お久しぶりです、千尋さん。」「香帆さん、そちらの方は?」「友人の、広美です。」「初めまして。あの、土方さんは?」「ああ、うちの人ならキッチンで料理を作っておりますの。本当はわたくしが作ろうと思ったのですけれど、つわりが酷くて・・」千尋の言葉に、香帆は衝撃を受けた。彼女は今、自分がかつて好きだった人の子を妊娠している。忘れようと思っていた心の傷が、再び疼き始めていた。「香帆、どうしたの?」「ううん、何でもない。じゃぁ、お邪魔しますね。」「ええ、どうぞ。」土方家へと2人が入ると、そこには一組の夫婦がいた。「香帆さん、広美さん、ご紹介するわ。こちら吉田栄美さんと、ご主人の敬助さん。わたくしのママ友になる予定なのよ。」「初めまして。」「初めまして。じゃぁ、吉田さんも?」「ええ。今三ヶ月に入ったところなのよ。」栄美はそう言うと、まだ膨らんでいない下腹を擦った。「香帆、来たのか?」キッチンから歳三が顔を覗かせ、香帆に笑顔を浮かべた。「千尋さん、妊娠したんだってね。おめでとう。」「ありがとうな、香帆。」「千尋さんと歳兄ちゃんの子どもなら、きっと美人か美男が生まれるだろうね。」「ああ。」(酷い人・・あたしがあなたの事を好きなの、知ってる癖に。) 今の歳三はとても幸せそうだ。千尋も彼の子を宿して幸せそうな顔をしている。それなのに、自分は未だに歳三への想いを引き摺っている。(忘れないようにしないと。) パーティーの間中、香帆は吉田夫妻と談笑し、楽しい時間を過ごした。「今日は楽しかったです。」「またいらしてね。今度はベビーシャワーの時にお会いしましょう。」「ええ。」吉田夫妻に手を振った後、千尋は玄関から外へと出ようとする香帆を呼び留めた。「香帆さん、ちょっといいかしら?」「はい・・」千尋とともに夫婦の寝室へと入った香帆は、彼女が狂気に滲んだ瞳で自分を見つめていることに気づいた。「あんた、まだあたしの男が好きなの?」「え?」普段のおしとやかな口調とは違い、突然蓮っ葉な口調になった千尋を香帆が見つめていると、彼女はつかつかと香帆に近づくと、彼女の頬を張った。「あたしの男に手ぇ出したら殺してやるからね。解ったらさっさと帰りな。」「失礼します。」香帆は土方家を出て行き、先ほどの出来事にショックを覚えながら帰宅した。 土方家のホームパーティーから数ヶ月が過ぎ、繁華街にはクリスマスソングが流れ始め、並木街にはイルミネーションが煌めき始めていた。「胎児は順調ですよ。」「そうですか。性別は判ります?」「ええ。男の子ですよ。」千尋は医師の言葉に美しい顔を綻ばせ、隣に居る夫を見た。歳三はそっと妻の膨らんだ下腹に手を置くと、腹の子が動いた。
Mar 21, 2012
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