薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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小さな田舎町を揺るがした殺人事件は、ジェフ=ハノーヴァーの逮捕により更に報道が過熱し、世界中から観光客が押し寄せるようになり、その結果町の経済は一時的に潤った。 ラリーの顧客情報ファイルはハッカーによって世界中に発信され、ハノーヴァーは殺人罪で有罪となっただけでなく、その財産も没収、長年築き上げてきた政治家としてのキャリアを失った。事件の被害者であるラリーの墓には、彼の死を悼んで観光客達からの花束が絶えることがなかった。殺人現場となったクラブ『ジャーヘッド』は、ラリーの友人・アレンがオーナーとなり、ダイナーとして生まれ変わった。ラリーの死により、この町が隠していた秘密が次々と暴露され、その中にはジョージ=タンバレインが過去に犯した数々の不祥事が明らかになった。「これからどうなるかなぁ?」「さぁな。良い方向にも悪い方向にも変わっていくだろうよ。」そういいながら、ウォルフはクッキーを頬張った。「そろそろ時間だな。」「そうだね。」彼らは長距離バスのターミナルに居た。アレックスは第一希望のカルフォルニア大学への入学を果たし、LAに移住することになったウォルフとともにLA市内のアパートでルームシェアリングすることになっている。「LAはエンターテイメントの街っていうけど、どんな所なのかなぁ?」「ホットでクールな場所だから、きっと気に入るぞ。」「そうかなぁ・・」LA行きのバスに乗りながら、アレックスは次第に遠ざかってゆく母の故郷を窓から眺めていた。一年後。『アレックス、どうだ大学は?』「うまくやってるよ。おじいちゃんのほうこそ、大丈夫なの?」『ああ。メグのほうはこっちに戻ってるぞ。アレンのダイナーで働いてる。少しでも自立したいって言ってな。タンバレイン家はどこかに引っ越したよ。』「そう。ママとアレンに宜しくね。」『わかったよ、お休み。』「うん、お休み。」祖父との久しぶりの会話を楽しんだアレックスは、スマートフォンを充電した。「マックスは元気にしてたか?」「元気にしてたよ。ああ、ルナのこと言いそびれちゃったよ。」そう言ったアレックスは、ゲージの中に居る愛猫のほうを見た。ラリーの事件で二人が忙しくしている間、ルナは近所の野良猫と懇(ねんご)ろになり、アレックスがウォルフと共にLAに移住した後6匹の子供を産んだ。まだ目も開いていない子猫たちは、必死にルナの乳首に吸い付いて母乳を吸っていた。「どうしよう・・」「子猫の貰い手を探すしかないな。ネットで探すのもいいし、大学の掲示板に張り紙を貼るのもいい。」「じゃぁ、今からつくろうかな。ウォルフ、悪いけど手伝ってくれる?」「ああ、わかった。」 メグはアレンのダイナーで働きながら、ふと壁に掛けてあるカレンダーを見た。今日は長期休暇を利用してアレックスとウォルフが帰ってくる日だった。「メグ、今日は早めに上がりな。久しぶりにアレックスたちが戻ってくるんだから、親子水入らずの時間を過ごしなよ。」「悪いわね、アレン。」「いいってことよ。」 メグはエプロンを外すと、息子達が乗っているバスを迎えに行くためダイナーから飛び出した。―完―にほんブログ村
Oct 8, 2012
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「口封じのために俺達を殺すつもりか?」「まぁ、そんなところだね。さっさとブツを寄越して貰おうか?」ジャックの秘書・スティーブはそう言ってウォルフとアレックスに拳銃を向けた。「お生憎様だが、お前のボスが欲しがっているものはここにはない。残念だったな。」「そんな嘘に、俺が騙されるとでも?」「嘘かどうか、確かめればいいだろう?」スティーブは舌打ちすると、ウォルフの車の中を調べ始めた。彼が銃を車のボンネットに置いたのをウォルフは見逃さずに、素早く銃を奪った。「走るぞ!」アレックスの手を掴んで森の中へと逃げ出すウォルフの姿を見たスティーブは、怒りに顔を歪ませながら彼らの後を追ってきた。「いいか、絶対に俺から離れるなよ!」「わかった!」二人が息を切らしながら森の奥へと走ると、背後から銃声が聞こえた。「畜生、あいつ車から銃を取りに行ったんだ!」銃声が聞こえる距離が、徐々に近づいていく。「やっと見つけたぞ、ガキども!」怒りに顔を歪ませたスティーブが、トレンチコートの裾を翻しながら二人に向けてショットガンを発砲した。銃弾は二人のすぐそばにある幹へと当たった。「くそっ・・」ウォルフはそう言って舌打ちすると、スティーブに向けて発砲した。向こうの木立から悲鳴が聞こえた。「元来た道を戻るぞ、早く!」アレックスは走りすぎて胸が苦しくて、死にそうだった。足も荊や棘が刺さり、走るたびに痛かった。「がんばれ、もう少しだ!」ウォルフは隣で苦しそうに息をしているアレックスを励ましながら、漸く車のところへと戻ってきた。運転席に入りエンジンを掛けようとしたが、こんなときに限ってなかなかエンジンが掛からない。「畜生!」汗でキーを回す手が滑り、なかなかエンジンが掛からない。漸くエンジンが掛かり、ウォルフは勢いよくバックして窪地から脱出した。「やつは?」「もういない。もう何処かへ行ったんだろう・・」「ウォルフ、前!」アレックスが恐怖で顔を引き攣らせながら前を指すと、そこには足から血を流しながら憤怒の形相を浮かべるスティーブがショットガンを潅木(かんぼく)の前で構えていた。もうおしまいだ―ウォルフがそう思った瞬間、突然スティーブの脇を一台のジープが突っ込んできた。スティーブはショットガンを構えた格好のまま下の沼地へと真っ逆さまに落ちていった。一体何が起こったのだろうかと思いながら呆然とウォルフとアレックスが突然現れたジープを見ていると、そこから一人の老人―アレックスの祖父・マックスが現れた。「大丈夫か、アレックス?」「おじいちゃん、何で?」「さっき隣町に住むアレンからお前達が危ないと連絡を受けてな。何処も怪我はないか?」「うん・・」アレックスは急にへなへなと地面にへたり込んでしまった。「どうした?」「安心して腰が抜けたみたい・・」にほんブログ村
Oct 8, 2012
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南部のレストランでは未だに「白人専用席」と、「非白人席」があり、偶然ウォルフ達が入ったダイナーには、それがあった。「おいてめぇ、そこに座るなんて冗談がキツイぜ。」そう言ってウォルフに詰め寄ってきたのは、この前交差点で彼に絡んできたスポーツカーの男だった。「済まないな、こっちは腹が減ってて仕方ねぇんだ。」「ふん、そうかよ!」軽く男をあしらったウォルフは、平然とした様子でメニュー表を開いた。「何を食べたい?」「ステーキにしようかな。」「俺もそれで決めた。」ウェイトレスにステーキを注文した二人は、ラリーの事件について町中で様々な憶測が飛び交っていることをアレックスに話した。「あいつは死んで当然だ、と言ってる奴が多い。」「そうかなぁ?別に迷惑掛けてなかったけどなぁ、彼。」「まぁ、ここはバイブル=ベルトに近いから、聖書の教えに反して堂々と姦淫の限りを尽くしていたラリーが目障りだったんだろうさ。特に、アビゲイル=タンバレイン率いる婦人会や、マーチャー牧師の信徒達なんかは。」保守的でよそ者を嫌うこの町で、ラリーは孤立していた。常に女装し、周囲の非難の視線をもろともせずに胸を張って堂々とハイヒールで闊歩(かっぽ)する彼の姿を、昔から住んでいる住民達は苦々しい思いで見ていたに違いない。アレックスがラリーと打ち解けたのは、彼の自由奔放なところにアレックスがひかれ、自然と意気投合したからだ。「あの人、一体どうするつもりなんだろう?」「さぁな。恐らく直接手は下さないだろう。」「そうかな・・」「安心しろ、俺がついてる。」ウォルフはアレックスを安心させるかのように、彼の手をそっと握った。 ダイナーで腹ごしらえをした後、ウォルフが車を走らせて暫くしていると、白い車が自分達の後をつけていることに気づいた。「さっそくおいでなすったか。」ウォルフはそう言って笑うと、アクセルペダルを踏み込んだ。「何、どうしたの?」「どうやらジャックは猟犬を放って、俺達を殺そうとしているらしい。」「えぇ~!?」「そんな変な声を出すな。俺に任せておけ。」 二台の車は徐々にスピードを出しながら、町を遠ざかり、森の中にある幹線道路へと向かっていった。「畜生、しつこい奴め。」「一体どうするの?」ウォルフは幹線道路から外れて森の中へと車を走らせた。泥濘のある道を猛スピードで走る所為で、車内は激しく揺れた。巧みなハンドルさばきでウォルフは白い車を窪地へと誘(おび)き出した。「よし、出るぞ!」「う、うん・・」二人が車から出ると、白い車からスーツを着た若い男が出てきた。その手には、サイレンサーつきの拳銃が握られていた。「お前は誰だ?」「それは知らないほうがいい。」男はそう言うと、拳銃を二人に向けた。にほんブログ村
Oct 8, 2012
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「どうしてこの人が、ラリー殺害に関わっているわけ?」「それはな、これの所為だ。」ウォルフはあるファイルをアレックスに見せた。 そこには麻薬の売買に関する極秘資料があり、取引にはジャックが関わっているものがあった。「ラリーはひそかに、ジャックを脅迫してたんだろう。これを公にしたくなければ、お前とメグから手をひけと。」「どうして、ラリーがそんなことを?」「それは本人にしかわからないな。死人に口なしってやつだ。」「そうか・・」「とにかく、これは安全な場所に隠そう。タンバレイン家の者の目に見つからない内に。」「そうだね。でも何処に?」「銀行の貸金庫に入れておこう。」 二人はラリーのラップトップとUSBメモリを銀行の貸金庫へと預けた。「大丈夫かなぁ?」「大丈夫だ。貸金庫の鍵は俺とお前にしか開けられない。」「そう、だったら安心だね。」二人の会話は、ひそかに盗聴されていた。「まさか、ラリーがあんなものを残すとはな。」「ええ、失態でした。申し訳ありません・・」「ふん、まぁいい。」リムジンの中でジャックは、そう言って秘書をにらみつけた。「いいか、あいつらを今晩中に始末しろ。失敗は許されんぞ!」「御意。」「よし、行け。俺の気が変わらぬうちに。」慌ててリムジンから出て行く秘書の背中を睨みつけると、ジャックは忌々しそうに舌打ちした。(まさか、あいつに脅迫されるだなんてな・・) 絶大な権力を持った大物政治家である自分が、あんな鄙(ひな)びた田舎町の男娼風情から脅迫されるとは、夢にも思わなかった。『あんたに話があるんだよ。』『なんだ、急に?』『もうあの坊やからは手をひきな。そしたらあの忌々しいファイルを綺麗さっぱり消してやる。どう、悪くないだろう?』『ふん、それはどうかな?』ジョンはそう言うと、ラリーの後頭部を撃ち抜いた。『愚かなやつめ。わたしにかなうとでも思ったのか?』ジョンは強盗の仕業に見せかけて室内を荒らし、後はラリーのラップトップからあの忌々しいファイルを消去するだけだった。だが、それは何処にもなかった。(あれさえ見つかれば、わたしは政治生命を絶たれることはない!わたしの邪魔をするものは殺してやる!)「なぁ、どこかで食べるか?」「うん。」「美味いステーキを出すダイナーがある。そこへ行こう。」 銀行を出たウォルフは車を走らせてダイナーへと向かうと、丁度ランチタイムの時間帯で店内は込み合っていた。「どうする?」「向こうが空いてる。」ウォルフがそう言って躊躇いなく奥のテーブルへと座った途端、今まで騒がしかった店内が急に水を打ったかのように静まり返った。にほんブログ村
Oct 8, 2012
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ウォルフが交差点で信号待ちをしていると、一台のスポーツカーが隣に停まった。「おいてめぇ、顔見せろよ!」スポーツカーの運転席に座っていた男は、ガラの悪そうな顔をしていた。ウォルフがうんざりして窓を開けて外に顔を出すと、スポーツカーの運転手は彼に唾を吐きかけた。「誰かと思ったら娼婦の息子じゃねぇか。まだこの町にいやがったのか、とっとと失せやがれ。」未婚の母から生まれたということで今まで謂れのない差別を受けてきたウォルフにとって、男の罵声は大して心に響かなかった。「俺だってこんなクソの掃き溜めのような町、居たくはないが、事情があるんでね。」「へっ、そうかよ。」スポーツカーの運転手は急に興味を失ったかのように、青信号になるとスポーツカーを急発進させ闇の彼方へと消えていった。ああいう輩には関わらない方が身の為だ―そう思いながらウォルフはタンバレイン邸の敷地内へと車を入れた。 裏口から家に入ると、中には誰も居なかった。そっと二階へと上がろうとした時、誰かが言い争う声が聞こえた。「あなた、いつまであの子をそこに置いておくつもり?」「アビゲイル、少し黙っておいてくれないか!?」「何よ、わたしはあなたのために・・」「うるさい!」タンバレイン夫妻の会話をもうそれ以上聞きたくなくて、ウォルフは自室に戻るとアレンから渡されたUSBメモリをラリーのラップトップに挿し込んだ。パスワード認証画面に素早くパスワードを打ち込むと、そこには信じられないものが入っていた。 ラリーは顧客情報の中でも最も重要なものだけを、USBメモリに保存していた。そこにはある大物政治家の名があった。「おはよう、どうしたの?顔色悪いよ?」「ああ・・アレックス、朝食の後話せるか?」「わかった。」二人が階下へと降りると、タンバレイン夫妻はまるで通夜のように陰鬱な表情を浮かべて押し黙っていた。「どうかなさったんですか?」「あなたには関係のないことよ。それよりもあいつを殺した犯人はまだ捕まらないのかしら?」「それは警察にお任せいたしましょう。素人ができる事は限られていますから。」「そうね・・」タンバレイン夫人にラップトップのことを話していなくてよかったとアレックスは思った。「ご馳走様でした。」「あら、もう食べないの?」「このごろ食欲が余りなくて。失礼します。」アレックスがダイニングから出て部屋へと戻ると、ラップトップの前にはアレックスが座っていた。「ラリーを殺した犯人がわかった。」「え?」「昨日、彼の友人で隣町のクラブを経営するアレンからラリーのUSBメモリを渡された。そこにあったファイルを開いてみると、ある人物の名が出てきた。」「誰なの、彼を殺した犯人は?」「お前もよく知っている人物だ。」そう言うとウォルフは、パソコンの画面を指差した。 そこには、自分の実の祖父であるジャック=ハノーヴァーの顔写真が映っていた。にほんブログ村
Oct 8, 2012
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「一体どうして、これが俺の車のボンネットに?」「さぁ。多分犯人じゃないかな?それとも、他の誰かが。」「そうか・・」 タンバレイン邸へと戻る車中で、アレックスとウォルフは一言も喋らなかった。「さてと、起動してみるか。」ウォルフは封筒からラップトップを取り出してそれを起動すると、そこにはアンディが言ったとおり、店の顧客情報が入っていた。「犯人はこれを見て困る人物だったんだな。」「そうかもね。この中に犯人が居るかも。」アレックスはラップトップの前に座ると、マウスを動かしてファイルをひとつずつ開いた。一つ目のファイルにはめぼしいものはなかった。二つ目、三つ目のファイルも同様だった。「う~ん、あんまりめぼしいものはないな。」「そうか。」アレックスはラップトップを閉じると、ベッドに入って眠った。「お休み。」ウォルフはそっとアレックスの耳元にそう囁くと、彼の頬にキスした。 再びタンバレイン邸を出たウォルフは、車で隣町のクラブへと向かった。「よぉ、誰だと思ったらウォルフじゃねぇか?」クラブの駐車場に車を停めていると、クラブのオーナー・アレンがウォルフに話しかけてきた。「アレン、久しぶりだな。」「ああ。それよりもこのあたりは最近物騒になってきたな。ラリーのことは聞いたぜ。」「そのことで話があるんだ。」「今客がひけたから、事務所で話そうぜ。」「わかった。」アレンとともに店の事務所へと入ったウォルフは、そこでラリーの紛失した黒いラップトップを見つけたことを彼に話した。「多分誰かが置いていったんだろうよ。犯人はラリーを殺した後、そいつをどこかに捨てようとしたが処分に困って、あんたの車のボンネットにうっかり置き忘れちまった。」「とんだ間抜けだな、その犯人は。一応中を調べたが、何もめぼしいものはなかった。」「ラリーは用心深かったからなぁ。一番大事な情報はUSBメモリの中に入れてある。ご丁寧にパスワードでロックしてな。知っているのは俺と、本人だけさ。」「それを俺に教えてはくれないのか?」「あんたはラリーの友人だから、特別に教えておいてやるよ。」アレンはそう言うと紙ナプキンにボールペンでUSBメモリのパスワードを教えた。「ありがとう、アレン。じゃぁな。」「気をつけろよ、ウォルフ。犯人は必ずお前を狙ってくる。」「わかってるよ。」(今は誰も信用できない・・そう、アレン、あんたもな。)クラブの駐車場から車を出し、タンバレイン邸へと戻る車中でウォルフがラジオを付けると、丁度ラリーが殺されたことでDJがしゃべっていた。「あいつは殺されて当然よ。この平和な田舎町に混沌と破壊をもたらした悪魔だもの・・」“悪魔”という言葉を聞き、ウォルフは反射的に身を強張らせた。信心深い住民が多いこの町では、自由奔放で同性とためらいなく肌を重ねるラリーの存在は疎ましかったに違いない。彼を殺した犯人は、この町のどこかに住んでいる。そして今、そいつは自分達を狙っているのだ。にほんブログ村
Oct 8, 2012
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「本当なんですか?」「ええ。明らかに顔見知りによる犯行ですけれど、何せ被害者の交友関係が幅広くて、犯人が特定できないんです。」「それで、俺達に一体どうしろと?」「大変申し訳ないのですが、一緒に現場まで来ていただけませんか?」「わかりました。」 ウォルフとアレックスが殺人現場へと到着すると、そこにもマスコミが殺到していた。「こちらです。」立ち入り禁止テープを二人がくぐると、生々しい血痕がテーブルの上に広がっていた。そばには空になったステーキ皿と、ワイングラスがあった。アレックスはテーブルの血痕を見るなり、吐き気を催した。「大丈夫か?」「うん。」「それで、ラリーの遺体は?」「今解剖中です。彼の近親者に連絡は取れますか?」「いいえ。」確か、ラリーは天涯孤独だと言っていた。「あの、遺体の引き取り手がないと彼はどうなりますか?」「そうですね、無縁墓地に埋葬されます。」「そうですか・・」半開きになったクローゼットから、デザイナーズブランドのドレスが覗くのを見たアレックスは、もうこのドレスを着るラリーが居なくなったことを実感しはじめ、泣きそうになった。「今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございました。」ラリーのアパートから出た二人に、パリス警部補はそう言って彼らに頭を下げた。途中でタクシーを拾ってタンバレイン邸へと戻った二人に、ジェフが彼らに駆け寄ってきた。「ラリーが殺されたっていうのは本当なのか!?」「ああ。さっき現場を見てきた。」「そうか・・信じられない、ラリーが死ぬだなんて!」ジェフはそう叫んで肩を震わせながら嗚咽した。 ラリーの葬儀には『ジャーヘッド』の従業員たちや馴染み客達などが集まり、彼の死を悼んだ。「ヘイ、ウォルフ。」「アンディ、あんたも来てたのか。」『ジャーヘッド』の用心棒・アンディは筋骨隆々とした体躯を喪服で包んでいる所為で、傍目から見ると『MIB』のエージェントに見えた。「ラリーがあんな目に遭って俺も驚いてるよ。しかもあいつのラップトップも行方不明だと聞いた。」「ラップトップが?」「ああ、黒いやつだ。そこに顧客の情報が全部入ってる。まぁ用心深いラリーのことだから、バックアップはちゃんと取ってるさ。」「へぇ、そうなんだ。」「じゃぁな、お二人さん。」「じゃぁね。」アンディと別れた二人が墓地を後にすると、ウォルフは車のボンネットに何かが置いてあることに気づいた。「何、それ?」「さぁな。」封筒の封を開けて中身を確かめると、それはラリーの黒いラップトップだった。「ここから離れよう。」「そうだね。」 墓地から走り去るウォルフの車を、木陰からある人物が見ていた。にほんブログ村
Oct 7, 2012
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タンバレイン夫人が婦人会の会合に顔を出すため愛車を運転しながら町へと出ると、たちまち彼女の車をマスコミが取り囲んだ。「退いてよ!」まるでハエのようにまとわりつく彼らを、彼女はひき殺したい衝動にかられながらも、ハンドルを苛立だしげに叩くだけで終わった。「遅くなってごめんなさいね。途中でパパラッチに会っちゃって。」「まぁ、仕方ないわよ。今この町はあの事件で大騒ぎだったもの。」婦人会のメンバーがいつものように紅茶を飲みながら刺繍をしていると、メンバーの一人がそう言って笑った。どうやらタンバレイン家で起きた強盗事件は、彼女達の耳に既に入っていた。狭い町で、善悪関係なく噂というものは瞬く間に野火のように町中に広がるものだ。インターネットが普及した現代では、なおさらだ。「あれは強盗が悪いのよ。」「あら、あなた勘違いしていないこと?あの汚らわしい姦淫の館を経営していた悪魔が、殺されたのよ!」「まぁ・・」ラリーが殺されたことを聞き、タンバレイン夫人は思わず紅茶を刺繍布にぶちまけそうになった。「それは、本当なの?」「ええ。あの男の店の前に、パトカーが何台も停まっていたわ。ドラマとかで良く観る黄色い立ち入り禁止のテープなんかも張られてたわ。」「どうして彼は殺されたのかしら?」「そりゃぁ、あの男は色々と恨みを買っていたもの。それに男遊びも派手だったようだし。」「へぇ・・」 会合からの帰り道、タンバレイン夫人はラリーの店の前を通ると、そこには黄色い立ち入り禁止テープが張られていた。「ねぇ、いつまで観るの?」「ここに関する下らないニュースが終わったらだ。」「別に無理して観なくてもいいのに。」ソファの前に座ってメロドラマの再放送に魅入るウォルフを見てアレックスが溜息を吐いていると、アーニーが部屋のドアをノックした。「あのう・・警察の方がお見えです。」「警察が?」また事件のことを聞かれるのかとうんざりした表情を浮かべたウォルフは、漸くテレビを消し、一階のリビングへと降りていった。「またお会いいたしましたね。」そう言ったのは、ランシェード警察のパリス警部補はウォルフに微笑むと、太鼓腹を揺すり椅子から立ち上がった。「またあんたか。強盗事件は正当防衛だと何度も・・」「いいえ、今日は違う用件で来たんですよ。」「違う用件だと?」「ええ・・あなたのお友達・・『ジャーヘッド』の経営者・ラリーさんが昨夜何者かに殺害されました。」「何だって!?」ウォルフの眦がつりあがった。「ラリーが殺されたって、本当なの?」いつの間にかアレックスがルナを抱いてリビングに来ていた。「ええ。昨夜21時過ぎに、何者かに後頭部を撃たれてテーブルに上半身をもたれかかるようにして倒れていました。今朝出勤してきた店の従業員が遺体を発見したそうです。」「そんな・・」ラリーが殺害されたことに、アレックスは俄かに信じられなかった。にほんブログ村
Oct 7, 2012
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(何、泥棒?)アレックスはサイドテーブルの引き出しにしまってある拳銃を取り出して逆鉄を起こすと、ゆっくりと一階へと降りていった。 物音はジョージの書斎から聞こえてきた。 なるべく足音を立てないようにアレックスが書斎へと向かいドアを開くと、中には目出し帽を被った二人組の強盗が金庫をこじ開けようとしていた。「おい、まだか?」「ああ。」アレックスがドアの向こうに立っていることに気づかない彼らは、バールのようなもので無理やり金庫を開けようと必死だった。「泥棒!」ドアを開け、部屋の明りをつけたアレックスを見るなり、強盗が彼に襲い掛かってきた。アレックスはためらわずに引き金を引き、銃弾を三発強盗の一人に撃ち込んだ。「アシュリー様、一体どうなさったんです!?」銃声を聞きつけたアーニーがジョージの書斎へと向かうと、そこには床に倒れた強盗と、拳銃を握ったまま震えているアレックスの姿があった。「アーニー、警察を呼んで。」「アシュリー様、お怪我は?」「大丈夫だから。それよりも早く警察を・・」「わかりました。」 数分後、パトカーが数台、タンバレイン邸の前に停まり、事件現場となった書斎では鑑識職員や刑事らが現場検証を行っていた。犯人の返り血をつけた夜着を羽織ったまま、アレックスはダイニングの椅子に座っていた。「それで、あなたが強盗を見つけたと?」「はい、間違いありません。彼らは書斎にある金庫を開けようとしていました。バールのようなものを持って・・わたしの姿に気づいた途端、襲ってきました。」「それで、撃ったと?」「ええ。」強盗事件で犯人に発砲したアレックスは、正当防衛が認められ罪を問われなかった。小さな田舎町で起きた強盗事件は、当然のことながら注目を集め、たちまち全米のマスコミがこの町に集まり、中心部にあるホテルやモーテルの客室は満室状態となる日が続いた。「全く、これからゆっくりできると思ったら、誰かさんの所為で安眠できないわ!」タンバレイン夫人はそう朝食の席でアレックスを遠まわしに非難すると、ベーコンをフォークで突き刺した。「ではあのまま、わたしが死ねばよかったのですか?仇敵の娘が死んだとなれば、それこそマスコミの餌食になりかねなかったでしょうに。」「まぁ、あなたも言うようになったじゃないの。物静かなお嬢さんだと思っていたけれど、やはりあの家の血をひく娘だわね!」今まで自分の言葉に決して逆らわなかったアレックスが急に反論し始めたので、タンバレイン夫人の機嫌はますます悪くなった。「さてと、あなたの相手をしている暇はないわ。これから婦人会の会合があるの。」「そうですか、お気をつけていってらっしゃいませ。」タンバレイン夫人はアレックスを無視して、ダイニングから出て行った。 その日は一日中、アレックスは二階の部屋で読書や刺繍をしたりして過ごした。テレビをつけると事件のことばかりどのチャンネルもやっているので、余り観たくはなかった。「どこか出かけるか?」「いい。今出て行ったらマスコミに付け回されるから。」「そうか。」ウォルフはそう言うと、テレビをつけた。案の定、画面にはタンバレイン邸の前でリポーターが嬉々とした様子で事件の詳細を話していた。ウォルフは苦々しい顔をしてリモコンでチャンネルを変えると、メロドラマの再放送を観始めた。にほんブログ村
Oct 7, 2012
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「何処まで話そうかしら?あなたの本当のおじい様・・ジャックのこと。」「あの人は一体、どうして俺を連れて行こうとするの?」「それは、あなたがハノーヴァー家の血を唯一ひく子だからよ。わたしは、あの家から逃げたいばかりにあなたのお父さんと結婚してNYに住んだのに、結局戻されてしまったわ・・」メグはそう言って言葉を切ると、溜息を吐いた。「一体、その人と何があったの?」「あの人はね、この家の人たちよりももっと冷酷な人よ。彼が信じているのは一族の名と血統と、金だけ。」メグは深呼吸すると、再び話し始めた。 ハノーヴァー家の娘として生まれたメグだったが、女児の誕生に落胆したジャックは彼女をマックスとその妻の元へ養女として出した。その後後継者となる男児に4人も恵まれたジャックは、成人した娘がNYで結婚し、男児を儲けていることを知り、彼女を取り戻そうとした。だがそれを知ったメグはアレックスを養父であるマックスに託し、実父の手の届かない所へと向かった。しかしジャックに見つかり、メグはハノーヴァー家という名の檻に閉じ込められてしまった。「もうお前にはわたしのような辛い思いをさせたくないの。だからあの時・・」「競馬場で再会したとき、無視したんだね?俺を守るために?」「ええ。ごめんなさい、アレックス。」メグはそう言うとソファから立ち上がり、アレックスを抱きしめた。「ママ、俺は一人じゃないよ。だから心配しないで。」「そう・・それなら安心したわ。」メグはそっとアレックスの手を握ると、ウォルフを見た。「あなたがウォルフ?」「はい、ミス・ハノーヴァー。」「そんな堅苦しい呼び方はよして。メグって呼んでちょうだい。」「すいません。」「アレックスのこと、宜しく頼むわね。」「わかりました。」「じゃぁね、アレックス。身体に気をつけて。」「うん。ママもね。」別れの抱擁をアレックスと交わすと、メグは涙を滲ませながら部屋から出て行った。「話はもう済んだのか?」「ええ。ジャック、あの子はわたしたちとは一緒に行かないって言ったわ。」「そうか。まぁ時間が経てば気持ちが変わるかもしれん。」「さぁ、それはどうかしら?」 メグとジャックを乗せたリムジンがタンバレイン邸から出て行くのを窓から眺めていたアレックスは、今度母に会えるのはいつだろうかと思いながら、溜息を吐いた。「心配するな、また会えるさ。」「そうだね・・」「さてと、これからルナの為に色々としないといけないことがあるな。出来るだけ早いほうがいい。」ウォルフは床に置いていた紙袋から猫用のゲージを取り出すと、それを組み立て始めた。「これでよしっと。後はルナが気に入ってくれるかどうかだ。」アレックスがおそるおそるルナをゲージの中へと入れると、彼女は嫌がることなくベッドの中に入り、身体を丸くした。「逃げ出さないように窓やドア、ゲージの鍵は必ず掛けろ。」「わかったよ。」 その日の夜、アレックスが寝室で寝ていると、下から大きな物音が聞こえてきたので、彼は恐怖で身を震わせた。にほんブログ村
Oct 7, 2012
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大雪の所為で店を閉める羽目になったラリーは、ウォルマートで買った食料品を冷蔵庫に入れると、ステーキをフライパンの上で焼き始めた。今夜は特別な客が来るから、ディナーには奮発して高い肉を買った。ラリーは焼いたステーキを皿に載せ、ディナーセッティングしたテーブルの上に置いた。もうそろそろ客が来る頃なので、クローゼットから黒いドレスを取り出してそれに着替えた。 数分後、裏口のベルが鳴ったのでラリーは客を迎え入れた。「いらっしゃい、待ってたよ。」ラリーはそう言って客に微笑んだ。「ねぇ、今日はどうしたの?いつもはしゃべるのに、今日に限って口数は少ないね。」「まぁな。色々としないといけないから。」「へぇ・・」「それよりもお前、ハノーヴァー家の娘に色々とよからぬことを吹き込んでいるようだな。」「何のこと?」「とぼけても無駄だぞ。」男はそう言って立ち上がると、ラリーの背後に回りこんだ。「どうしたの?」「お前に良いプレゼントをやろう。」「ふぅん、楽しみだな。」「目を閉じていろ。」ラリーは男の言われたとおりに目を閉じた。まさか、それが命取りになるだなんて思いもせずに。「やめて、ジャック!この子には手を出さないで!」「うるさい、メグ!お前がぐずぐずしているからいけないんだ!」鷲鼻の男・ジャックはそう言うとメグを邪険に突き飛ばした。「ママ!」「行くぞ!」「やめて、離してよ!」タンバレイン家に突如現れたハノーヴァー家当主・ジャックはアレックスの手を掴んで無理やりリビングに出て行こうとしたが、ルナにそれを阻まれた。主人の危機を察した彼女は、思い切りジャックの腕に爪を立てた。「何をする!」「こいつには手を出すな!」ルナを払いのけようとするジャックを、ウォルフは突き飛ばした。「メグ、俺達と三人だけで話をしたい。」「ええ、いいわ・・ジャック、お願いだから20分待って。」「5分だ。」「いいえ、20分よ。さぁ行きましょう。」メグはジャックに背を向けると、ウォルフたちとともに二階へと上がっていった。「アレックス、今まで連絡も取らないでごめんなさいね!」部屋に入るなり、メグはそう言ってワッと泣き出した。「ママ、一体何があったの?おじいちゃんの養女だというのは本当?」「誰からそれを?」「ラリーから。」「そう、ラリーから・・」メグは少し考え込んだ後、溜息を吐いた。「アレックス、こうなったらあなたに全てを話すわ。わたしのことや、あなたの本当のお祖父様について。」「わかった・・」メグはそっとアレックスの手を握ると、近くのソファに腰を下ろした。「何か飲む?」「いえ、いいわ。」にほんブログ村
Oct 6, 2012
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クリスマスを過ぎると、この町は珍しく大雪に見舞われ、子供達は雪遊びに興じていた。「全く、寒くて仕方がないな。」暖炉にまた石炭を投げ入れながら、ウォルフはそう言って溜息を吐いた。「こんなので寒いっていったら、NYの方がここよりもずっと寒いよ。朝から路面が凍って、滑らないように歩くのが大変なんだもの。」「そうか。」アレックスは膝上に乗っているルナを撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らした。家族の一員となったこの猫は、今やタンバレイン家のアイドルとなった。ヘンドリックスは毎日ルナに会いに来るし、タンバレイン夫人はルナを嫌っている振りをしていながらも、こっそりと最高級のペットフードを与えていることをアレックスは知っていた。ルナは誰にでもなついたが、ジェフの娘・ジェーンにだけはなかなかなつかなかった。「どうしてかなぁ?」「第一印象が最悪だったんだろう。」ウォルフはそう言ってルナを抱き上げ、暖炉のそばにおいてあるソファに腰を下ろした。「ハーイ、アレックス。元気にしてた?」ルナのために猫専用のベッドやトイレなどをウォルフが運転する車で近くにあるウォルマートへと二人が向かうと、そこにはカートに食料品を積んだラリーと出会った。彼はダウンジャケットを羽織り、デニムのジーンズに10センチヒールのブーツを履いていた。「やぁ、ラリー。そんなヒールの高いブーツ、履いていて大丈夫なの?」「大丈夫さ。それよりも沢山買ってるね。ペットでも飼い始めたの?」「ああ。猫を飼い始めてな。これからしつけもしないといけないから、大変だ。」「ふぅん。一度見てみたいなぁ。」「ラリーも飼えばいいのに、可愛いよ!」「そうしたいんだけど、店があるからねぇ。まぁ一人暮らしだからいいかもね。」ラリーはそう言うと笑った。「ワインとか買ってるけど、誰か来るの?」「まぁね。今夜は大切なお客さんが来るんだよ。それじゃぁね。」ラリーと駐車場で別れた二人がタンバレイン邸へと戻ると、リビングがなにやら騒がしかった。「どうしたんだ?」「ウォルフ坊ちゃん、大変です!あの女が・・」「あの女?」ウォルフが眉を顰(ひそ)めると、リビングにタンバレイン家の宿敵・バルニエール家の女主人・カトリーヌが優雅に現れた。「お久しぶりね、ウォルフ。」「何をしに来た?」「あら、こちらに用があるのはわたくしではないわ。こちらの方よ。」カトリーヌは一歩退くと、そこからあの鷲鼻の男が現れた。「こちらの方はジャック。ハノーヴァー家のご当主様よ。あなたのフィアンセに話があるのですって。」カトリーヌが話し終えると、鷲鼻の男はゆっくりとアレックスに向かってきた。「お前が、あの女の子供か?」男の声は氷のように冷たかった。「は、はい・・」(何、この人怖い・・)アレックスの怯えているのが伝わったのか、彼に抱かれているルナが男に向かって低く唸った。「ジャック、お願いだからやめて!」男とアレックスが睨みあっていると、リビングに一人の女性が駆け込んできた。それは紛れもなく、アレックスの母・メグであった。「やめて、ジャック!お願いだからこの子には手を出さないで!」「黙れ、メグ。」 男はそう言うと、アレックスの手を掴んだ。にほんブログ村
Oct 6, 2012
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クリスマスの朝、アレックスは猫の鳴き声で起きた。「アレックス、メリークリスマス。」「メリークリスマス。」眠い目をこすりながらアレックスが起きると、そこには一匹の毛並みが美しいメインクーンの子猫が籠の中で鳴いていた。「これ、どこで?」「俺の親戚がブリーダーをしていてな。子猫が生まれたから、もらって欲しいと頼まれたんだ。」「可愛い・・」アレックスがそっと籠に近づくと、猫は嬉しそうに鳴いた。「オス?」「いや、メスだ。俺にはなついてる。」「ふぅん、とんだ恋のライバルだよね。」アレックスはそう言って笑うと、子猫を抱き上げた。「名前はどうしよう・・」「急ぐことはない。それよりもこいつにミルクをやろう。」ウォルフは近くにあったバスケットの中から哺乳瓶を取り出すと、ゴム製の乳首を子猫に咥えさせた。すると子猫は元気よくミルクを飲み始めた。「ありがとう、ウォルフ。最高のクリスマスプレゼントだよ。」「どういたしまして。」その後ミルクを飲んだ子猫は、籠の中で丸くなって寝てしまった。「お前の爺さんが猫嫌いじゃなかったらいいんだが・・」「大丈夫だよ、おじいちゃんは猫好きなんだ。」アレックスが子猫を撫でていると、この前浴室に乱入してきた女児が部屋に入ってきた。「ニャーニャ、触らせて。」「だめ、今ニャーニャはねんねしてるの。」「いやぁ~、触りたい~!」女児が愚図り始めると、それまですやすやと寝ていた猫が起きてしまった。「ニャーニャ!」女児は籠の中に居る子猫に手を伸ばそうとしたが、子猫は女児を威嚇して毛を逆立てて唸った。「駄目だろう、ジェーン。またお姉ちゃんを困らせちゃ。」ジェイクが慌てて部屋に入ると、ぐずる娘を抱き上げた。「パパ、あたしもニャーニャ飼いたい!」「駄目だろう、またわがまま言っちゃ!」「ねぇウォルフ、前から気になってたんだけど、あの子は誰なの?」「あいつはあの男の弟、ジェフの娘でジェーンっていうんだ。数年前に離婚して、ジェフはジェーンを連れてこの町に戻ってきた。」「そう。どうして俺達の部屋に来るのかなぁ?」「寂しいんだろう。父親が毎日仕事で忙しいから、あいつには構ってやる奴が誰も居ない。まぁ、気が向いたら俺が時々遊んでやってるが。」「ふぅん、ウォルフって結構優しいところがあるんだね。」「からかうな!」ウォルフの顔がかぁっと赤くなったのを見て、アレックスは思わず笑ってしまった。「何だ?」「いつも近寄りがたい感じだけど、そんな風に笑うんだなって。」「まぁな。それよりもこいつの名前、どうする?何なら俺がつけてやってもいいが。」「そうだなぁ・・ルナっていうのはどう?」「悪くないな。」「宜しくね、ルナ。」 アレックスがそう言って子猫を撫でると、彼女は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。にほんブログ村
Oct 6, 2012
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「アシュリーさん、ごめんなさいね。」「いいえ。」 突然バーンズ夫人を紹介されてアレックスを驚いたものの、タンバレイン夫人には平静な表情を浮かべた。「ねぇ、この後女性だけの集まりがあるんだけれど、あなたもどう?」「いいえ、遠慮しておきます。」「そう・・それは残念ね。」タンバレイン夫人は、そう言ってさっさと部屋から出て行った。「ウォルフ、待たせたね。」「大丈夫だ。」「なぁ、これからお前はどうしたい?」「どうって・・」「あれから爺さんとは連絡を取ったのか?」ウォルフの言葉を聞いたアレックスは、静かに頷いた。「さぁ、これからのことは考えてみないとわからないな。」「そうか。爺さんに連絡をしてみたらどうだ?」「そうする。」アレックスはスマートフォンを取り出すと、祖父の携帯に掛けた。『もしもし、アレックスか?』「お爺ちゃん、ごめんね。今まで連絡が取れなくて・・」『いいんだ。事情はラリーから聞いてる。あまり無茶するなよ。』「うん、わかった。おじいちゃんも、まだ本調子じゃないんだから無理しないでね。」アレックスは暫くマックスと話すと、スマートフォンの電源を切った。「じゃぁ戻ろうか?」「ああ。」「お前ら二人とも何処に行っているのかと思ったら、こんなところにいやがったのか。」アレックスとウォルフがプールから立ち去ろうとすると、彼らの前にディーンが現れた。「何の用だ、ディーン?」「爺さんに気に入られたからって、調子に乗るんじゃねぇぞ。」ディーンは一歩ウォルフのほうへと近づくと、彼をにらみつけた。「お前は所詮、愛人の子だ。俺がタンバレイン家の後継者なんだ。そのことを忘れてもらっちゃこまる。」「ああ、わかったよ。」ウォルフがそう生返事をすると、ディーンは不服そうな顔をして彼を突き飛ばし、プールから去っていった。「気にするな。」「そうだね。」あまりディーンに関わるとろくなことが起きないので、アレックスは余り彼に近づかないようにしようと思った。 タンバレイン家での生活にも慣れ始めた頃、アレックスはもうすぐクリスマスが近づいていることに気づいた。「なぁアレックス、クリスマスに何か欲しいものはあるか?」「そうだなぁ・・NYに居た頃猫が飼いたいって思ってたんだけど、父親が猫アレルギーだから飼えなかったんだ。」「なんだ、そんなことだったらお安い御用だ。」ウォルフはそう言うと笑った。 数日後、タンバレイン家のリビングに大きなクリスマスツリーが飾られ、ツリーの下には色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントが置かれていた。「アシュリーの分がないな、一体どうしたんだ?」「それはクリスマスになってからのお楽しみさ。」「ふん、それは楽しみだな。」ヘンドリックスはそう言って上機嫌な様子で笑った。にほんブログ村
Oct 6, 2012
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「どうして・・」「初めて会ったときからすぐに気づいたよ。」ジェフは口元に冷笑を浮かべると、アレックスを見た。 深い紫紺の瞳に心の奥まで見透かされてしまうかのようで、アレックスはジェフから目を逸らした。「君はどうして、ウォルフの婚約者としてここに居る?」「それは、答えられません。」「ふぅん、そう。」ジェフは少し興味がなさそうな顔をすると、曲が終わった途端アレックスから離れていった。(何だろう、あの人・・)まるで自分を珍獣を見るかのような目つきで見る彼に対し、アレックスは嫌悪感を抱いた。「アレックス、どうした?」「ウォルフ、もういいの?」「お前が心配になって、ちょっとあの女の目を盗んできた。」ウォルフはアレックスに水を差し出すと、心配そうな目で彼を見た。「ジェフに何か言われたのか?」「あいつ・・俺が男だってことに気づいてる。」「何だと!?」ウォルフの美しい眦が上がり、金色の瞳が険しく光った。「アレックス、なるべく一人きりになるな。それと、ジェフには気をつけるんだ。」「うん、わかった。それよりもウォルフ、俺のママのことだけど・・」ラリーから聞いた話をアレックスが話そうとしたとき、鞭のようなタンバレイン夫人の声が響いた。「何をしているの、ウォルフ!さっさと働きなさい!」「申し訳ございません、奥様。」ウォルフはそう言ってアレックスに頭を下げると、彼に一枚のメモを握らせて厨房へと戻っていった。「ごめんなさいね、アシュリーさん。あの子ったら、いつもわたくしが見ていない時に怠けようとするんだから。」「いいえ、わたくし全然気にしておりませんわ。」タンバレイン夫人に対する怒りを抑え込みながら、アレックスはにっこりと彼女に微笑んだ。「ねぇ、あちらで少しお話なさらないこと?」「え、ええ・・」一体彼女が何を考えているのかわからないが、アレックスはタンバレイン夫人とバール・ルームから出て行った。「どちらへ?」「皆さん、こちらがウォルフの婚約者・アシュリーさんよ。」 数分後、タンバレイン夫人がそう言って部屋に入ると、そこには数人の女性達がソファに座りながらアレックスを見ていた。「まぁ、この子が?」「随分とお若いのねぇ。」「ハノーヴァー家の娘と聞いているけれど、初めて見るお顔だわ。」ご婦人達はペチャクチャと自分達のペースでしゃべりながらアレックスの顔をジロジロと見た。「あの・・奥様、こちらの方は?」「ああ、こちらはわたくしの友人達よ。あちらが、南部婦人会のリーダー、バーンズ夫人よ。」バーンズ夫人はでっぷりと垂れ下がった尻をかろうじてソファにおさめて、しきりに扇子でブルドッグのようなしわがれた顔を扇いでいた。「はじめまして、バーンズ夫人。」「あらぁ、あなたがアシュリーねぇ。」バーンズ夫人は気だるそうな声を出して、じろりとアレックスを見た。彼女は大儀そうにゆっくりとソファから立ち上がると、アレックスにボンレスハムのような手を差し出した。「ミシェルよ、宜しく。」「こちらこそ、宜しくお願いします。」 バーンズ夫人はじぃ~っと数秒間アレックスを見つめていたが、また彼女はソファに戻り、腰を下ろすなりいびきをかき始めた。にほんブログ村
Oct 5, 2012
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クリスマスの二週間前、タンバレイン家では盛大な舞踏会が開かれた。 何せ300人も招待したので、使用人だけでは足らず、タンバレイン夫人は配膳スタッフを100人ほど急遽雇う羽目になり、また人件費がかかるとパーティーが始まる数時間前にだれかれ構わず愚痴っていた。「ウォルフ、お前も手伝ってちょうだい。」「奥様、ウォルフ坊ちゃまは・・」「お黙り、アーニー!さぁ、さっさとこれを着て厨房に向かいなさい!」タンバレイン夫人は配膳スタッフの制服を投げつけると、くるりとウォルフとアーニーに背を向けてバール・ルームへと入っていってしまった。「ウォルフ坊ちゃま・・」「気にするな、アーニー。あの女が俺をどう扱うのか、想像がついたさ。」ウォルフはさっさと腰に白いエプロンを巻くと、厨房へと向かった。 そこはさながら戦場のようで、料理長のリックが部下達にテキパキと指示を出していた。「てめぇら、もたもたするんじゃねぇぞ!」リックはグリルでステーキを焼きながら、入り口に立っているウォルフに気づいた。「ウォルフ坊ちゃん、どうしてこんな所に?」「あの魔女に体よくバール・ルームから追い出されたのさ。」「そりゃぁ、可哀想に。じゃぁ、あそこにあるステーキを運んでくれませんか?他の者はバール・ルームで飲み物を配るのに忙しくて・・」「わかった。」 数分後、ウォルフがバール・ルームへと行くと、そこには300人もの男女がダンスをしたり、シャンパン片手に談笑したりしていた。「どうぞ。」ウォルフが焼きたてのステーキを客のところに運ぶと、彼らはヒソヒソと何かを囁き合いながら彼を見た。「ウォルフ、どうしたのその格好!?」「厨房の人手が足りないからって、ピンチヒッターで給仕のバイトをしてるのさ。」厨房へと戻ろうとしたウォルフを呼び止めたアレックスに、彼はそう言って笑った。だがアレックスは、タンバレイン夫人のあからさまな嫌がらせに怒り心頭だった。「酷いよ、あの人・・何もこんな・・」「怒るな、アレックス。あいつらは俺の屈辱にまみれた顔を見たいんだろうさ。」ウォルフが指した方向には、チラチラとこちらの様子を伺うタンバレイン夫人が招待客達と談笑していた。「後で会おうね。」「ああ。」ウォルフと別れたアレックスは、何もすることがないので人気のないバルコニーへと向かった。熱気あふれる室内から出て、アレックスは冬の夜風に当たった。暫くバルコニーからライトアップされた庭をアレックスが眺めていると、背後から誰かが彼を抱きしめた。「誰~だ!」「もう、ビックリさせないでよ、ラリー!」いつも美しく着飾っているラリーだが、今夜はいつにもまして美しかった。白い毛皮のケープを羽織り、エメラルドのドレスを纏い、胸には赤ん坊の拳大位のアメジストのネックレスをつけていた。「舞踏会、楽しんでる?」「ううん。奥様は酷いんだ、ウォルフをこき使って・・」「あの女は決してウォルフをタンバレイン家の一員だとは認めないよ、自分が生きている内はね。」「ねえラリー、ママのことで何か知ってない?この前、競馬場で一緒に居た男性のことなんだけど・・」「あぁ、あれはメグの実の父親さ。」「え・・それじゃぁ、お爺ちゃんは?」「なんだ、知らなかったの?メグはマックスの養女なのさ。」「じゃぁ・・ママの本当のパパは?一体どこの誰なの?」「それはね・・」「ラリー、こんな所にいたのかい、探したよ。」 ラリーが次の言葉を継ごうとして口を開いた時、プールで見かけた青年・ジェフがバルコニーにやって来た。「アシュリー、また会えたね。この再会を祝して踊ろう。」「え・・あ、ちょっと!」有無を言わさずアレックスの手を掴んだジェフは、踊りの輪の中へと加わった。「あの、わたし踊れません・・」「いいよ、僕がリードするから。」 ジェフはそう言って笑うと、アレックスと踊り始めた。ラリーの特訓の成果か、ワルツのステップを優雅に踏みながらジェフのリードについていくアレックスを見ると、彼はくすくすと笑った。「どうしたんですか?」「いや・・君は可愛い子だと思ってね。」ジェフはそう言ってグイとアレックスの腰を掴んで自分の方へと引き寄せると、彼の耳元でこう囁いた。「君、男だろう?」にほんブログ村
Oct 5, 2012
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「あいつは、母に突然抱きつき、リビングのカウチに押し倒すと服を引き裂いて何度も自分の種を母の胎内に注ぎ込んだ!その間母は血の涙を流していたんだろう。そして、母は俺を妊娠した!」ウォルフはもうこれ以上耐えられないといった様子で椅子から立ち上がると、髪を掻き毟り始めた。 今すぐタンバレイン氏を殺したいという衝動を抑えるかのように。「妊娠を知ったとき、母は絶望の淵に立たされただろうな・・18歳でまだ将来の夢に思いを馳せていた自分が、まさか雇い先の主に暴行され、望まぬ子を宿したなんて!」「やめて、ウォルフ・・」「だが母は俺を産んだ。孤児であった母にとって、息子の俺はたった一人の家族だった。だがあの男は家族ではなかった!」「やめてよ、もう・・」「母は俺を必死に育ててくれた。だがそれをあの男の妻が許すはずがなかった。当時不妊症に悩んでいた彼女は、夫の子を産んだ貧乏な白人女が許せなかった。だから、あの女は俺の目の前で母を・・」「もうやめて、もういいよ!」アレックスはもうこれ以上彼の話を聞きたくなくて、堪らず椅子から立ち上がると、ウォルフを抱き締めた。「もういいよ、こんな話やめよう。君がどれほど辛い思いをしてきたか、わかったから・・」 タンバレイン氏に暴行され、その身に子を宿し、祝福されない命を産んだリリアナ。どんなに辛くても、彼女はプライドを殺して息子を―たった一人の家族を守る為にタンバレイン家で働いた。その命が奪われる瞬間、彼女は誰のことを想って死んでいったのだろうか。「リリアナさんは・・君のお母さんは幸せだったと思うよ?家族が出来て、生活は貧しくて苦しかったけど、君の笑顔を見て生きる気力が湧いたんだ。それが、母親なんだと思うよ。」ウォルフが嗚咽を漏らし、肩を微かに震わせていた。「もう会えないけれど、きっと天国で君の事を見守っているよ。だからお願い、死なないで・・」「ありがとう、アレックス・・俺はお前の守護天使だ。」ウォルフはそっとアレックスから離れると、彼の顎を持ち上げてキスをした。不思議と彼からキスされて嫌悪感は抱かなかった。彼のキスに応じたアレックスが舌を入れると、ウォルフはアレックスの髪に手を回すとよりいっそう深く口付けた。「済まない・・」「謝らなくていい。だから・・もっとして?」アレックスの言葉を聞いたウォルフは、そう言うと大きな声で笑った。 舞踏会が開かれるまでの間、タンバレイン家はその準備で忙しく、タンバレイン夫人は容赦なくサボろうとする使用人たちの尻を叩き、始終ヒステリックな声で怒鳴っていた。ある日の朝、タンバレイン夫人はリビングでディーンにパーティーの準備が忙しいことを愚痴っていた。「あぁ、全く忙しい!」「ママ、あいつに全部やらせればいいじゃないか?あいつの母親はここの使用人だったし・・」「それもそうね。だけど、高価な食器類に触られたくないわ。」タンバレイン夫人とディーンが話していると、ヘンドリックスが杖をつきながら部屋に入ってきた。「貴様ら、またよからぬことを企んでいるんじゃないだろうな?」「ま、まさか。そんなこと考えていないわよねぇ、ディーン?」「も、勿論だとも!」慌ててごまかした二人だったが、ヘンドリックスは彼らをじろりと睨みつけて部屋から出て行った。「何とか上手くごまかせたわね。」「うん。」「さてと、わたしはバーンズさんのところに行かなきゃいけないわ。」 タンバレイン夫人はハンドバッグのストラップを掴むと、そそくさとリビングから出て行った。にほんブログ村
Oct 5, 2012
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「どうしたんだ、アレックス?最近様子がおかしいぞ?」「気づいてたの。俺、思ったことがすぐ顔に出ちゃうんだよね。」アレックスはそう言って刺繍台をテーブルの上に置くと、ウォルフを見た。「ママを、競馬場で見たんだ。」「お前の母親に?」「うん。でも誰かと一緒だったよ。鷲鼻をした男の人と。ぱっと見て、年は60代後半くらい。」「それで最近、気分が沈みがちだったんだな。突然失踪した母親と競馬場で再会するなんて、ショックだったろう?」「はじめは嬉しかったけど・・ママの方は、あまり嬉しくなさそうだった。それよりも、俺に見つかって何だか戸惑っていた様子だったし。」メグとの再会は、アレックスの心に大きな影を落とした。 夫と離婚してすぐ、アレックスをマックスの元へと預けて失踪したメグは、見知らぬ男と競馬場に居た。彼女の身なりからして、裕福な生活を送っているように見えた。自分と目が合ったとき、メグは一瞬気まずそうな顔をしていた。もしかして、彼女は息子との再会を喜んでいなかった、それとも喜べない事情でも抱えているのだろうか。「また会えるさ。」そんなアレックスの胸中を察したかのように、ウォルフは優しく彼に声を掛けた。「生きていれば、また必ずどこかで会える。だからあんまり気を落とすなよ。」「ありがとう・・」ウォルフの言葉に、アレックスは少し励まされた。彼には会いたくても、母親は既に死んでいる。だが自分の母親は、今この瞬間でも元気で暮らしている―たとえ彼女が自分と会いたくないとしても、この世に産み落としてくれた母親を、アレックスは無駄に憎みたくはなかった。「ねぇ、ウォルフのお母さんは、この家で働いていたの?」「肖像画を・・見たのか?」ウォルフの言葉にアレックスが頷くと、彼はバツの悪そうな顔をした。「確かに、俺の母はここでメイドとして働いていた。母は孤児で、18歳になって孤児院を出てタンバレイン家で働き始めた。母は町一番の美人で、この町のクイーンにも選ばれたことがあるくらいだった。そんな母に町中の男が恋に落ちた。あの男もその一人だ。」ウォルフの言葉を裏付けるかのように、肖像画に描かれていたリリアナは何処かエチゾチックでありながら妖艶な美貌の持ち主だった。「当時、あの男には婚約者が居た。だが彼は彼女よりも俺の母を愛した。母は全くその気はなかったし、あの男の求愛にうんざりしていた。そんな中、あいつがどうしたと思う?」「さぁ、見当もつかないや。」「それは夏の嵐の夜に起きた。あの男の婚約者は、家族とケープコッドの別荘に行って留守だったし、あの爺さんも奥さんと旅行中で、家にいたのはあの男と俺の母だけだった。」ウォルフはそう言って一旦言葉を切ると、眉間にしわを寄せ、怒りで拳を握っていた。「無理に話さなくてもいいよ。」「いいや。俺はすべてを話さなければならない義務がある。」ウォルフは吐き気を堪えながら、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、それを一口飲んで椅子に腰を下ろした。「あの男は、母を手篭めにした。」彼の言葉を聞いた時、なぜウォルフがタンバレイン氏を憎む理由が解った。にほんブログ村
Oct 5, 2012
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「ねぇウォルフ、あの人は誰?」「あの女は、バルニエール家の女主人、カトリーヌだ。フランスからバトンルージュに移住してきたフランス貴族の末裔で、タンバレイン家の宿敵の一人でもある。」「一人って・・他にもタンバレイン家に敵が居るの?」「ああ。お前が名乗っているハノーヴァー家とも敵同士だ。」「そんな・・」咄嗟に名乗った名が、まさかタンバレイン家と敵対関係にある家名だということを初めて知り、アレックスは愕然とした。「こ、これからどうしよう?」「爺さんはお前を気に入っているから、誰もお前に手出しはできない。安心しろ、俺もついている。」ウォルフはアレックスの震える肩をそっと抱いた。彼に励まされ、アレックスの不安が少し和らいだ。「出て行け、バトンルージュの雌狐め!」「ふん、言わなくとも出て行くわ。全く、これだから南部の野良犬は困るわね!」カトリーヌは吐き捨てるようにヘンドリックスにそんな言葉を投げつけると、さっと毛皮を翻すとリムジンに乗り込んでいった。「みんな、興が削がれたな!それ、愉快な音楽でも楽しもうじゃないか!」ヘンドリックスがそう叫んで手を叩くと、何処からともなくヴァイオリン弾きの男達が現れ、騒がしくヴァイオリンを掻き鳴らした。はじめはきょとんとしていた客達だったが、やがて愉快な音楽に身体を動かしはじめ、暫くするとアイリッシュ・ダンスを踊り始めた。「俺達も踊ろう。」「うん!」ウォルフと手を繋ぎ、アレックスは彼と共に踊りの輪へと加わった。楽しい夜は、静かに更けていった。「何だか、今日はとてもいい気分だ。」「そうでしょうね。」「アシュリー、ウォルフのことはお前に任せられそうだ。わしはまだくたばらんが、もう年だ。いつお迎えが来るかわからん。」そう言って窓の外に浮かぶ月を眺めるヘンドリックスの横顔は、どこか哀愁を帯びていた。「さてと、休むとするか。今日は疲れた。」「おやすみなさい、おじい様。」「おやすみ。」 翌朝、朝食の席に現れたヘンドリックスは、上機嫌だった。「さてと、これから一週間後の舞踏会へ向けて気を引き締めないといかんぞ!」「はい、お義父様!」タンバレイン夫人は、どこか浮き足立っているように見えた。彼女にとってこれから迎えるクリスマス休暇に伴う冬の社交シーズンは、パーティー好きの彼女が一番好きな季節なのである。「お父さん、あまり飲み過ぎないようにしてくださいね。」「ふん、馬鹿にするな、ジョージ。わしはまだ元気だ!」ヘンドリックスはそう言って豪快に笑った。アレックスは、競馬場で再会したメグのことが気になってしかなく、一日中上の空だった。何をしていても、思い浮かぶのは母の顔ばかりだった。「・・レックス、アレックス!」「あ、ごめん・・またボーっとしてたね。」ウォルフはそんなアレックスの変化に気づいていた。にほんブログ村
Oct 4, 2012
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「ママ・・」 アレックスは母達が消えていった出口をいつまでも見つめていた。まさか、こんな場所でメグと再会するだなんて、夢にも思わなかった。「アレックス?」「ウォルフ・・」肩を叩かれてアレックスが振り向くと、そこには心配そうな顔をしたウォルフが立っていた。「あんまり遅いから、心配したんだぞ?」「ごめん・・」次々と溢れてくる涙を拭ったアレックスを見たウォルフは、そっとハンカチを差し出した。「何があったのかは知らないが、早く戻ろう。爺さんが心配してるぞ。」「うん、わかった・・」ハンカチで慌てて目元を拭ったアレックスは、ウォルフに売店で買った飲み物と食べ物が入った紙袋を渡すと、女子トイレへと入った。洗面台で化粧が崩れていないことを確認したアレックスは、ウォータープルーフのマスカラをつけていて良かったと思いながら女子トイレを後にしようとした時、マンディと偶然鉢合わせしてしまった。だが、彼女は全くアレックスに気づいておらず、友人達とペチャクチャ喋りながら洗面台を独占した。「これからパーティーだから、気合入れていかないと!」「そうよねぇ、あんた今失恋したばかりなんでしょう、マンディ?」「そうよ、あいつったら陰でコソコソとアンジェラに会ってたんだから!浮気現場に突撃して、あいつの股間にスタンガンを食らわせてやったわよ!」「やるじゃん!」マンディとその友人達は、良家の令嬢とは思えぬ下品な笑い声を上げた。彼女達の脇をアレックスは擦り抜け、女子トイレから出て行った。「遅かったな、どうした?」「トイレが混んでまして。この暑さですもの、化粧が崩れてしまっているんじゃないかと心配で・・」「そうか。」ヘンドリックスはすんなりとアレックスの嘘を信じたらしい。「今夜は祝勝会を開くぞ!何せわしの馬が優勝したんだからな!」 その夜、ヘンドリックスの宣言通り、タンバレイン邸では華やかな祝勝会が開かれた。「全く君の馬は負け知らずだな、ヘンドリックス。流石サラブレッド王と呼ばれただけあるな。」「はは、そうだろう?」友人達に囲まれたヘンドリックスは始終上機嫌だった。彼らが来るまでは。「今晩は、ムッシュー・タンバレイン。勝利の美酒に酔いしれるのに相応しい素敵な夜ですこと。」ロシアン=セーブルの毛皮を羽織り、黒いドレスを纏ったブルネットの女性がやって来た途端、和気藹々としていた周りの空気が急に張り詰めた気がした。「貴様、何しに来た?負け惜しみでも言いに来たのか?」「あら、そんなこといたしませんわ。わたくしも正式な招待を受けたのよ、ちょっとは歓迎してくださらないこと?」美女がそう言うと、ヘンドリックスに嫣然とした笑みを浮かべていた。だが彼女とは対照的に、ヘンドリックスの顔は徐々に険しくなっていた。にほんブログ村
Oct 4, 2012
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「見ろ、あれがわしの馬だ。」ヘンドリックスはそう言うと、アレックスに双眼鏡を手渡した。 パドックには、美しい葦毛の馬が艶やかなたてがみをなびかせながら歩いていた。「美しい馬ですね。」「そうだろう。あいつは子馬の時からわしが手塩をかけて育てたんだ。」そう言って威張るヘンドリックスに、アレックスはくすりと笑った。「何がおかしい?」「いえ・・普段怖い顔をなさっていらっしゃるのに、競馬場では違うお顔をなさっていらっしゃるんだなと思って。」「ふふ、そうか。馬は人を裏切らん。そして金もな。」 やがて第一レースが始まり、ヘンドリックスが所有する葦毛の馬がライバル達を追い抜き、見事優勝した。「最高の馬ですね。」「そうだろう?」「少し喉が渇いたので、飲み物を買ってきますね。」「そうか。スイート・ティーを頼むよ。」「わかりました。」 慣れないハイヒールで売店のほうまでアレックスが歩いていると、突然後ろから肩を叩かれて彼は振り向いた。するとそこには美しく着飾ったラリーが、プールで見た青年と腕を組んで立っていた。「ハーイ、あの爺さんとは上手くやってる?」「ええ。そちらの方は?」「わたしのボーイフレンド、ジェフだよ。ジェフ、この子がアシュリーだよ、ウォルフのフィアンセの。」「へぇぇ、君がハノーヴァー家の娘か。」青年は、アメジストの瞳でじろじろとアレックスを見た。まるで珍獣を見るかのようなその目つきに、彼は青年に嫌悪感を抱いた。「ジェフ、どうしたの?そんなにこの子が珍しいの?」「いや・・昨夜プールで見かけたような気がして。」思わず顔を強張らせたアレックスに気づいたラリーは、青年の脇腹を肘で突いた。「さてと、もう席に戻らなきゃ。じゃぁね。レース楽しんで。」「ええ、じゃぁまた。」そそくさとアレックスは二人の前から立ち去ると、売店へと向かった。「あの子、やっぱりプールで見かけたな。」「もう、わたしよりもあの子の方が気になるの!?」ラリーは青年の脇腹を再度肘で強めに突いた。 混雑した売店をやっと抜け出し、馬主専用席へと戻ろうとしたアレックスは、観客席の中に母・メグの姿を見つけた。メグは、鷲鼻の男性と一緒にレースを観戦していた。つばの広い帽子を被り、男性に何か話しかけているメグは、どこか楽しそうだった。「ママ・・?」アレックスの呟きが聞こえたかのように、不意にメグが彼の方へと視線を巡らせた。ブルーの瞳が、静かにぶつかった。「ママ!」アレックスがメグの方へと駆け寄ろうとすると、鷲鼻の男性が彼女の肩を掴んでアレックスを睨みつけると、出口へと向かおうとした。「待って、ママ!」 アレックスの叫びは、人々の歓声に掻き消された。にほんブログ村
Oct 4, 2012
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翌朝、アレックスがあくびをしながらベッドから起き上がると、ノックの音とともにアーニーが寝室に入ってきた。「アシュリーお嬢様、おはようございます。」「おはよう、アーニー。」「早くお支度をお済ませください。今日はダービーの日ですので。」「ダービー?」「ええ。大旦那様が毎年この季節に主催するダービーが、ケンタッキーの競馬場で開かれます。なので・・」「わかった、早く着替えを済ませるね。」アーニーはアレックスの言葉を聞くと、ホッとしたような表情を浮かべた。恐らく、タンバレイン夫人からせっつかれてこちらにやって来たのだろう。「ウォルフ、何処?」「ここだ。」寝室に入ってきたウォルフは、もうスーツに着替えた後だった。寸分なく整えられた黒髪に糊のきいたワイシャツとスーツを纏った彼は、何処からどう見ても良家の御曹司だった。「ダービーにどんな服を着ればいいかな?」「クローゼットにフォーマルドレスが何着かあるから、それを着ていけばいい。」「わかった・・」 数分後、アレックスはウォルフにエスコートされながら階下へと降りてゆくと、途中でディーンと目が合ったが、彼は何も言わなかった。「さぁみんな、行くぞ。」「はい、お義父様。」「お前とアシュリーはわしの車で、ジョージ達は向こうの車に乗れ。」二台の黒塗りのリムジンがタンバレイン邸から出て行くのを、茂みの陰から一人の男が見ていた。「アシュリー、ダービーに行くのは初めてか?」「ええ。わたし、競馬には疎くて・・」「心配するな、わしがついている。」どうやらヘンドリックスはアレックスのことが気に入ったようで、競馬場へと向かう車中、彼は笑顔でアレックスに色々な話をしてくれた。その大半がいかにして自分がアイルランド系の貧しい農民から、国中を唸らせるほどの富豪になったかという自慢話であったが、アレックスは愛想よく彼の話に適当に相槌を打っていた。「さぁ、着いたぞ。雨の後だから、地面がぬかるんでいて危ないからな。」「わかりました。」リムジンから降りたアレックスがウォルフと共に競馬場の中へと入ると、そこにはダービーを見るために集まってきた観客でごった返していた。「あそこで、ダービーを見物するんだ。」そう言ってヘンドリックスが杖で指したのは、馬主専用席だった。「もしかして、ダービーであなたの馬が・・」「ああ。わしの馬は皆負け知らずだ。今日も勝つだろうよ。」タンバレイン夫人たちは何処に行ったのだろうかとアレックスが周囲を見渡すと、彼らは既に反対側の馬主専用席に居た。何かを言い争っているようで、怒りに顔を歪ませたディーンが外へと飛び出していった。「あいつらのことは気にするな、いつものことだ。」「そうですか・・」「ジョージはあいつを甘やかし過ぎた。その所為でディーンは問題ばかり起こして、NYの学校には何処もあいつを受け入れてくれるところがなくなった!実に嘆かわしいことだ!」 ヘンドリックスがそう叫んで杖を地面に打ち付けると、ファンファーレが高らかに競馬場に鳴り響いた。にほんブログ村
Oct 4, 2012
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「こんな日にプールで泳ぐなんて、正気なの?」ラリーはそう言うと、青年の胸を白い手で撫でた。彼はくすくすと笑いながら、ベンチから上半身を起こした。「単に気晴らししたいだけさ。君のほうこそ、そんな格好で外をうろついていいのかい?」「いいんだよ、誰も見ないから。」ラリーは青年にしなだれかかると、彼に微笑んだ。「ねえ、タンバレイン家に新しい家族がもうすぐ加わりそうだよ。」「その情報は何処から?」「情報源は明かさないよ。さてと、こっちの情報を渡したから、今度はあなたの情報が欲しいな。」金色の瞳を輝かせ、ラリーは青年に妖艶な笑みを浮かべた。「最近、北部の連中が色々と厄介なトラブルを抱えているらしい。」「北部の連中・・ああ、ハノーヴァー家か。それか、ニューイングランドを根城にしているお高くとまったフランス貴族の血をひくバルニエール家かな?」「どちらでも。まぁ、やっこさん達、とうとうニューイングランド周辺の土地を買い占めるのにももう飽きたようで、こちらの領地にも手を出そうとしているらしいよ。」「鼻持ちならない北部人(ヤンキー)どもだ。まぁ、あいつらとわたし達は昔から敵同士だからね。」ラリーはフッと笑うと、サイドテーブルに置いてあったシャンパンのグラスを取った。「随分と余裕だね。それほどビジネスが上手くいっているのかな?」「まぁね。こういう娯楽が少ない場所にとってわたしのクラブは若者達の盛り場さ。NYやワシントン、ニューオーリンズには色々と遊ぶ場所があるから、クラブを経営していたらすぐに潰れただろうよ。」「まぁ、そうだろうね。君も僕らの庇護がなければ、この町で上手くやっていけなかっただろう。ここの住民達はみな信心深くて、異質な者を拒む。排他的で身内意識が強いのさ。」「その象徴たるものが、タンバレイン家だね。南部の旧家で、自分達が作ったルールが真実だと信じ込んでいる愚かな連中。ウォルフも可哀想に。」「彼はあんな連中と互角に渡り合えるだけの覚悟と根性を持っているさ、心配要らないよ。ただ、問題はあの婚約者だけどね・・」「彼女も心配要らないよ。さてと、寒いから中に入ろうか?」「ああ。」青年が濡れた髪をタオルで拭いながら、屋敷の中へと入っていった。「いつから居たの、アレックス?」ラリーはそう言うと、茂みの方へと目を向けた。「最初から。色々と話していましたね。」「まあね。アレックス、ここは悪魔の棲家だよ。気を抜いたとたんに足元を掬われないように気をつけな。」ラリーはアレックスの肩を優しくタッチすると、青年の後を追って屋敷の中へと入っていった。(悪魔の棲家、ねぇ・・)自分の部屋へと戻りながら、アレックスはラリーの言葉の意味を考えていた。悪魔の棲家とは、一体どういう意味なのか。悪魔とは、一体誰のことなのか・・「遅かったな。」「うん、ちょっと散歩しにね。」「そうか。明日から忙しくなるぞ、覚悟しろ。」「うん、わかった。お休み。」「ああ、お休み。」 アレックスがベッドに横たわって天蓋を閉めると、そのタイミングを見計らってウォルフが寝室の電気を消した。にほんブログ村
Oct 4, 2012
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「ねぇ、あそんでぇ~!」浴室に入ってきた小さな影は、4,5歳くらいの女児だった。「ごめんね、今お姉ちゃん忙しいんだ。」「やだぁ、あそんでぇ~!」女児はアレックスの言葉を聞くなり、大きな瞳を潤ませて駄々をこねた。「ジェーン、駄目じゃないか!お客様を困らせちゃ!」浴室にあのパーティーで会ったジェイクがブロンドの髪をなびかせると、浴室に入るなり女児を抱き上げた。「済まないね、娘がお騒がせしてしまって。」「いいえ・・」アレックスは素肌にバスタオル一枚という無防備な姿をジェイクに見せたくなかったので、慌ててシャワーカーテンの向こうへと引っ込んだ。「いや~、おねえちゃんとあそぶ~!」「わがままを言うのは止しなさい!」愚図る女児を厳しく叱るジェイクの声が廊下に響いたが、彼らの声は次第に小さくなっていった。「疲れたな。もう休め。」「わかった・・」ドライヤーで手早く髪を乾かすと、アーニーが用意してくれた夜着を見てアレックスはまたもや絶句した。 当然、それは女性用で、しかも透けているレース素材だった。こんなピラピラとしたものを着て寝なければならないなんて嫌だったが、ほかに着替えはない為、背に腹は返られなかった。「やけに刺激的な格好だな。」「好きでこんな格好をしているわけないよ。」寝室に戻ってきたアレックスの格好を見たウォルフがそう呟くと、アレックスは憮然とした表情を浮かべながらベッドに横たわった。「明日からどうなるかなぁ。なんだかうまく騙せる自信ないよ。」「俺だって自信はないさ。ま、お高くとまっているタンバレイン家の連中に一泡吹かせたいって思いはあるがな。」「そんなにタンバレイン家を憎んでいるのは何故?やっぱりお母さんとのことがあるから?」「それもあるが、他にも色々と憎む理由はある。」そう言ったウォルフの瞳は、悲しみで少し翳っていた。 その夜、アレックスは眠ろうとしたが、目が冴えてしまってなかなか眠れなかったので、屋敷の中を散策することにした。歴史ある名家とあって、廊下には一族の肖像画や家族写真などが飾られていた。(ふ~ん、これがウォルフのお父さんかぁ・・)いつの頃の家族写真だろうか、まだ結婚して間もないミスター・タンバレインとタンバレイン夫人の後ろに、ウォルフに良く似たメイドが一人映っていた。漆黒の髪に、金の瞳―彼女がウォルフの母親・リリアナなのだろうか。ウォルフは彼女が交通事故で死んだと言ったが、それは本当なのだろうか。夫を奪った彼女を憎いあまりに、タンバレイン夫人が彼女を事故に見せかけて殺したのではないのだろうか。そんなことが頭の中でグルグルと回っていると、プールの方で物音がした。何だろうかと思いながらアレックスがプールへと向かうと、その中では一人の青年が水飛沫を上げながら泳いでいた。こんな夜中に泳ぐ者が居るなんて珍しいなと思いながらじっと青年が泳いでいる様子を見ていると、アレックスは青年と視線が合った。(うわ、ヤバッ!)慌ててアレックスは茂みの陰へと身を隠すと、やがて青年がプールから上がってきた。「誰かと思ったら、君じゃない。こんな夜中にプールだなんて、イカれてるね。」「そんなお前もイカれてるだろ。」「ふふ、そう思う?」茂みの陰からアレックスがプールサイドを見ると、引き締まった青年の筋肉を触るラリーの姿が目に入った。一体何をするのだろうかと思いながらアレックスがしばらく様子を見ていると、ラリーは青年を抱きしめてキスをした。「ねぇ、抱いてよ。」「ああ、わかったよ。」 二人の様子は、まるで新婚のカップルそのものであった。にほんブログ村
Oct 4, 2012
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高い天井に、センスのいい家具や調度品に囲まれた部屋は、文句の付け所がないくらい素敵なものだった。 部屋の中央に置かれた天蓋つきのダブルベッドを除いては。「アーニー、これは一体どういうことだ?」「実は大旦那様が・・」「お前達は子作りに励め!なぁに、若いからすぐに子供なぞできる!」いつの間にかヘンドリックスが部屋に入ってきて、そう言って豪快に笑うと自分の寝室へと引き上げていった。「ったく、余計なことをしやがって、あの爺・・」ウォルフがギリギリと唇を噛んだあと、ソファに腰を下ろした。「お前はベッドに寝ろ。俺はここに寝るから。」「わ、わかった・・」ヘンドリックスに自分の正体がバレないで良かったと思ったアレックスだったが、いつまで彼の目をごまかせるかどうかわからない。マスコミに取り囲まれ、ヘンドリックスには変な勘繰りをされ、ストレスでどうにかなりそうだった。「取り敢えず、第一関門は突破したな。」胸元を締め付けていたブラックタイを解きながら、ウォルフは整髪料でベトついた髪を手櫛で乱暴に梳かした。「これからどうするの?あの人、結構曲者だと思うけど・・」「長年この町を仕切ってきて、その上政府のお偉方にも顔が利くあの爺さんを騙すのには、時間と労力が居るな。」「まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかったよ・・」「俺だってそうだ。あの爺に女装したお前の姿を見られたのは誤算だったな。まぁ、このゲームを途中で降りるわけにはいかないな・・」「シャワー浴びてきていい?緊張で汗かいて気持ち悪いよ。」「浴室は出て右の部屋だ。」「ありがとう。」寝室を出て浴室に入ると、アレックスはドレスを脱ぎ捨てバスタブの中へと入り、シャワーカーテンを閉めた。シャワーコッドを捻り、冷たい水を浴びていると、突然浴室のドアが誰かにノックされた。(誰!?)アレックスは素早くタオルで身体を包み、ノックの音が激しくなっていることに気づいて恐怖に震えた。鍵を内側から掛けておいてよかったと思いながらも、彼はそっとドアの方へと近づいていった。「どなた?」アレックスがそう言ってドアの前に立っている者に声を掛けたが、返事は返ってこなかった。その代わりに、ノックの音が今まで以上に激しくなった。(一体誰なんだよ!?)恐怖とパニックでアレックスが震えていると、ウォルフの声が聞こえた。「お前、そこで何してる!」相手はウォルフの怒鳴り声に驚いたようで、浴室の前から立ち去っていく足音がドアの外から聞こえた。「アレックス、俺だ。大丈夫か?」「う、うん・・大丈夫。」アレックスがそっとドアを開けると、ウォルフが溜息を吐いていた。「何かあったの?」「ああ、それが・・」ウォルフが次の言葉を継ごうと口を開いたとき、小さな影が浴室に入ってきた。にほんブログ村
Oct 3, 2012
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アレックスが驚愕の表情を浮かべながらあたりを見渡すと、邸の前には報道陣のバンやリポーターがごった返し、記者達がマイクを剣のように構えながらウォルフに迫ってきた。「あなたがタンバレイン家の私生児ですね!?」「タンバレイン家の後継者ということになるのですか!?」「そちらにいらっしゃる方が、うわさの婚約者なのですか!?」ウォルフはアレックスの手を無言でひくと、すばやく屋敷の中へと入っていった。「全く、とんだ茶番だこと!この子の所為で、落ち着いて食事も出来やしないわ!」ダイニングテーブルに二人が入るなり、そう言ってタンバレイン夫人は憎々しげにウォルフを睨みつけた。「その女が、お前の婚約者か?」タンバレイン家の家長・ヘンドリックスがじろりとアレックスを睨みつけた。すぐにここから逃げ出してしまいたい気持ちを抑え、彼はにっこりとヘンドリックスに微笑んだ。「はじめまして、ミスター・タンバレイン。わたしはアシュリー=ハノーヴァーと申します。」「ハノーヴァー家の娘か。ウォルフとは何処で知り合ったんだ?」「ええと・・」「NYで知り合ったんだ。」「そうか。さてと全員揃ったところだし、飯を食おう。」ヘンドリックスの鶴の一声で、どこか不満げな顔をしたタンバレイン夫人は口を噤み、ディーンは母親の隣で食前の祈りを捧げた。「ジョージ、お前は一体長い間こいつをほったらかしにして何をしていたんだ?」「父さん、わたしは父子の名乗りをしたかったんだが、家族が反対して・・」「当たり前じゃありませんか、あなた!娼婦の息子が居ること自体、この名誉あるタンバレイン家にとって大きな汚点ですわ!」「黙れ、アビゲイル!貴様の家が南部の社交界を牛耳っていたのは、あの戦争で北部に負ける以前のことだ!没落寸前の貴様を持参金なしにもらってやったのは、誰だと思っているんだ!?」ヘンドリックスの口ぶりから察するに、ジョージを常に尻に敷くタンバレイン夫人も、舅である彼には逆らえないらしく、悔しそうに唇の端を噛んでいた。「ウォルフ、お前の母親はどうしている?元気にしているのか?」「母は俺が5歳のときに死にました。確か交通事故だったと思います。」ウォルフはタンバレイン夫人を金色の瞳で睨みつけながらそう言うと、フォークとナイフで器用にチキンを食べた。「リリアナが事故で死んだとはな。あの女は車の運転には人一倍気をつけていた。詳しく調べてみる必要があるな・・」ヘンドリックスの独り言を隣で聞きながら、アレックスは震える手でチキンから肉をナイフで切り取った。「アシュリー、どうした?北部人のお前には、南部料理は口に合わんか?」「い、いいえ・・はじめてタンバレイン家の方々とお食事をするので、緊張してしまって・・」「そう硬くなるな。初めは慣れないだろうと思うが、家族の一員になるのだから、時間が経てばどうにかなる。おいアーニー、地下のセラーからとびきり美味いワインを持って来い!」「かしこまりました、旦那様!」 タンバレイン家の晩餐は、上機嫌なヘンドリックスが勝手に喋り、笑い、ワインを飲むだけで終わった。「ウォルフ坊ちゃん、アシュリー様、こちらです。」 夕食後、アーニーに案内された寝室を見るなり、アレックスは絶句した。にほんブログ村
Oct 3, 2012
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「一体何の話ですか、父さん?」「とぼけても無駄だぞ、ジョージ!あのパーティーのとき、わしは二階の寝室でそいつとそいつの婚約者が並んで立っているのを見たんだからな!さぁ、今すぐ呼んで来い!」「止してください、そんなに興奮したら、また発作を起こしてしまいますよ!」ジョージが慌てて父親をなだめようとしたが、彼は息子につばを飛ばした。「早く呼んで来い!」まずいことになったと、ウォルフは冷や汗を流した。 あの時はアレックスを気紛れで女装させてパーティーに出たら終わりの筈だったが、その姿をこの老人が見ていたことは想定外だった。「今彼女はこの町には居ない。」「何だと!ではいつ会えるのだ!」「一週間後だ。だからもう・・」「言い訳はいい!さっさと呼べと言っておるのだ!」老人の癇癪(かんしゃく)と脳の血管は今にでも破裂しそうで、これ以上彼を怒らせたら最悪の事態が起こることは容易く想像できた。「ウォルフ、お前はもう行きなさい。」「わかった。」老人の怒鳴り声を背に受けながら、ウォルフはタンバレイン邸を後にした。「ええ、タンバレインの爺さんがアレックスをあんたの婚約者と勘違いしてるだってぇ!?」 数分後、『ジャーヘッド』でラリーに今朝の出来事をウォルフが話すと、彼は大仰な溜息を吐いた後、カウンターに突っ伏した。「まずいことになったねぇ。」「あの爺さんは曲者だ。ごまかすにしてもそれなりの時間と労力が必要だ。」「そりゃそうだけどさ、一週間は無理だよ。アレックスにはメールしたんだよね?」「ああ。今すぐ来るって返事が・・」「アレックス、どうしたの!」二人が話していると、アレックスが店の中に入ってきた。「ちょうどよかった、あんたにも説明しなくちゃね。実は・・」ラリーが事の次第をアレックスに説明すると、彼の顔から血の気がじょじょにひいていった。「ウォルフの婚約者としてタンバレイン家で暮らすなんて・・そんなこと、出来ない!」「あの爺さんに殺されるよりはマシだろ。俺があんたを立派なレディに仕立ててやるからさ。」「う・・ん・・」 こうしてアレックスは、一流のレディとなるための特訓を毎日放課後に受けることになった。 テーブルマナーやピアノ、社交ダンス・・レディとしての立ち居振る舞いをラリーから叩き込まれたアレックスは、レッスンが終わった後極度の疲労に襲われベッドから動けない日々を送った。「これで、上出来だね。あとは・・運だね。」「もしバレたらどうするの?」「それを決めるのはあの爺さんさ。さぁ、胸を張っていっておいで!」レッスン最終日、ラリーはそう言ってアレックスの肩を叩いた。「ああ、どうしよう・・緊張する・・」「大丈夫だ、俺がついている。」 タンバレイン家全員が揃う夕食の席に招かれたウォルフの婚約者“アシュリー”ことアレックスは、緊張でガタガタと全身を震わせていた。(もしお爺さんにバレたら・・その前にディーンにバレたらどうしよう~!)パニックになりながらウォルフの手を取り、リムジンから降りたアレックスを、突如フラッシュの洪水が襲った。にほんブログ村
Oct 3, 2012
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「何だ、俺に何か用か?」 ウォルフがそう言ってタンバレイン家の執事・ジョージを睨みつけると、彼は穏やかな口調で話し始めた。「旦那様が、お呼びです。」「あいつには二度と会わないと、本人に伝えた筈だが?」ウォルフは美しい眦(まなじり)を上げてジョージを睨んだが、彼は全く動じる様子も見せなかった。「帰ってくれ。」「そうは参りません。旦那様にあなたをお連れするようにと仰せつかっておりますので。」何があってもこの老執事は、自分が“イエス”と言うまでこの場を動かないことに気づいたウォルフは舌打ちした。「着替えてくるから、そこで待っていろ。」「かしこまりました。」ジョージは満面の笑顔を浮かべるのを見ると、ウォルフはドアを叩きつけるように閉めた。(ったく、何で急に会いたいなんて・・あいつはボケ始めているのか?) 数分後、タンバレイン邸へと向かうリムジンの中で、仏頂面を浮かべたウォルフはスマートフォンでアレックスにメールを送った。「まもなく着きますので。」「そうか。」嫌なことは早く済ませて、さっさとドーナツ店で死ぬまで働いて、LAでの生活費を稼がないと―ウォルフがそう思っていると、スマートフォンがメールの着信を告げた。「どうかなさいましたか?」「いや、何でもない。」「さようでございますか。」 ウォルフがジョージに伴われてリビングへと行くと、そこにはミスター=ジョージ=フランシス=タンバレインが、慈愛に満ちたエメラルドの目で彼を見つめていた。「話って何だ?俺はもうあんたとは二度と会いたくないと言った筈だ。」「ウォルフ、お前に辛い思いをさせたことはどんなに謝っても足りないだろう。だからお願いだ、この家で暮らすと言ってくれないか?」「何度頼まれてもお断りだ。お前達のような性根の腐った人間どもの巣窟に、誰が住みたいと思う?」「お前が何を言いたいのかがわかる。だが・・」「ジョージ、まだ話は終わらんのか!」ウォルフとジョージが言い合っていると、書斎のほうから怒鳴り声が聞こえたかと思うと、アーニーが車椅子を押しながらリビングに入ってきた。「父さん、お願いですから部屋で休んでいてくれませんか?」「こいつがお前の息子か?」老人の猛禽を思わせるかのような鋭い目が、ウォルフへと注がれた。「確かに俺はこの男の息子だが、俺に父親など居ない。もう俺の話は終わったから、失礼させて貰う。」 老人の脇を通り抜けようとしたウォルフだったが、老人の手が鉤爪のように彼の腕に食い込んだ。「待て、わしの話はまだ終わっとらんぞ!」「離せよ、ジジイ!」「年長者に向かって何という口の利き方だ!」老人がウォルフに向かって杖を振り上げようとすると、ジョージが二人の間に割って入った。「父さん、これはわたしたち親子の問題です!」「黙れ、ジョージ!今すぐこいつの婚約者とやらを呼んで来い!」にほんブログ村
Oct 3, 2012
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「ここだな。」「うん。」 ラリーが言っていた“秘密のフロア”を見つけたアレックスとウォルフは、ドアを蹴破り部屋の中へと入った。そこでは、上半身裸になったマンディ達とディーンのチームメイト達が頭を振りながらダンスをしたり、カラオケをしていたりしおり、混沌とした光景が広がっていた。「みんな、こっち向いて~!」「イエーイ!」泥酔したマンディ達はアレックスにカメラを向けられていることなど気づかず、無邪気にピースサインをしたり、投げキッスをしたりしていた。「サンキュー、みんないい夜を!」アレックスは腹筋が壊れそうになって立てなくなりそうなのを堪えながら、部屋から出て行った。「見たか、あいつらのアホ面!」「見たに決まってんじゃん!あ~、笑い過ぎてお腹痛い!」ゲラゲラと二人が笑いながら『ジャーヘッド』から出ると、ラリーが入り口の方でひらひらと手を振っていた。「なぁ、これどうする?」「今すぐにでもネット上に流したいけど、良い方法考えたよ!」別にアメフトメンバーやチアリーダー達に恨みは持っていないが、傲慢な彼らを少し懲らしめた方が良い―そんな悪知恵が働いたアレックスは、ラップトップで“あるもの”を作成した。 翌朝、昨夜の馬鹿騒ぎなどすっかり忘れてしまったマンディ達は、いつものように我が物顔で廊下を歩いていると、生徒達がニヤニヤと笑いながら彼らのほうを指差していた。「何よあれ、カンジ悪い!」「ムカつくよねぇ!」マンディ達がそういいながらロッカーの前でたむろしていると、突然彼らは校長室に呼び出された。「君達、昨夜何をしたのかわかってるね?」「何の話ですか、先生?」「この期に及んで、まだシラを切るつもりなのか、君達は?」校長は呆れたようにそう言うと、ラップトップの画面を見せた。「今朝こんなものがわたしに届いたんだよ。」そこには『ジャーヘッド』で乱痴気騒ぎの様子が映っていた。「君達には無期限の停学処分と今シーズンの全試合の出場停止処分を命じる。」「先生、そんな!こんなのってあんまりです!」そう校長に抗議したのはマンディだった。「うちの両親が毎年この高校にいくら寄付しているのかご存知でしょう?私たちを試合に出さなかったら、先生の首が飛びますよ!?」「それでも構わないよ、我が校にこんな破廉恥なまねをする生徒が居るということ自体、学校の品位を落としかねないからね。今夜、この事について保護者会を開く。ああそうだ、君達のご両親にもこのメールを送信したから、覚悟するように。」校長の言葉を受けたマンディ達の顔は蒼褪(あおざ)めたり赤くなったりしていた。 その夜開かれた保護者会で、マンディ達の試合出場停止処分と無期限の停学処分は決定的なものとなり、金持ちのアメフト・チアリーダーチームが居なくなった高校には束の間の平和が訪れた。感謝祭当日、アレックスとマックスはジャネットを家に呼び、食事を楽しんだ。「まともな食事をしたのは久しぶりだよ。殆どレンジでチンするやつばっかりだったからね。」マックスお手製の七面鳥の詰め物を頬張りながら、ジャネットはそう言って笑顔を浮かべた。「感謝祭じゃなくても、週末でもいいからうちに来ればいい。いつでも歓迎するぞ。」「じゃぁ、お言葉に甘えますね。」アレックス達が楽しい感謝祭を過ごしている一方、タンバレイン家では一連の騒動の所為で険悪なムードが流れていた。「まったく、とんだ恥晒しもいいところだわ、ディーン!ここでもうまくやっていけると信じていたわたしが馬鹿だったわ!」 NYで散々問題を起こした挙句、逃げるようにこの町に戻ってきたタンバレイン夫人にとって、息子の不祥事は万死に値するものだった。「二度と問題を起こさないで!もし問題を起こしたら、お前のカードを全部停止して、この家から勘当しますからね!」「そんな・・ママ、あんまりだよ!」「黙りなさいディーン。自分がしたことを良く考えるんだな。」居た堪れなくなったディーンは、ディナーの最中だというのにダイニングから飛び出して自分の部屋へと向かってしまった。「畜生・・あの娼婦の息子め、許さないぞ!」そう呟いて鏡で自分の顔を見つめるディーンの目は、憎悪で滾っていた。 翌朝、ウォルフがいつものようにシャワーを浴びようとベッドから起き上がると、外からドアをノックする音が聞こえた。(こんな朝早くに一体どこのどいつだ?)ウォルフが憮然とした様子でドアを開けると、そこにはタンバレイン家の執事が立っていた。にほんブログ村
Oct 2, 2012
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「ねぇ、さっきマンディーになんて囁いたの?」「それは教えない。」 コンピューター・ルームでプログラミングの授業を受けながら、アレックスはカフェテリアでのことをウォルフから聞きだそうとしたが、無駄だった。「ディーンはもう俺達には手を出さないだろう。」「どうしてわかるの?」「勘だよ、勘。」ウォルフはそう言って笑うと、パソコンの画面に向き直った。「さてと、これでよしっと。後は家でやろうかな。」「ねぇ、うちに来ない?俺こういうの詳しいし、一人でやるよりも捗ると思うよ?」「そうか、じゃぁお言葉に甘えて。」 放課後、アレックスはバスに乗ると、後部座席にディーンが座っていることに気づいたが、カフェテリアでのこともあり、あまり話しかけたくなかった。すると、ディーンの方がアレックスの隣に座ってきた。「なぁ、お前あいつとはどんな関係なんだ?」「別に。君が想像するような関係じゃないから。あぁ、彼が腹違いの兄さんだってこと、知ってるよ。」「誰にも言うなよ。」「言わないよ、君が変な噂を広めない限りね。あと、これも当分流さないでおくから、安心して。」アレックスは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、ディーンの前にスマートフォンを翳(かざ)した。そこには、泥酔して全裸になってクラブで歌っているディーンの写真が映っていた。「てめぇ・・」「こんなの、俺がやれば朝飯前さ。ま、君の“お友達”からこの写真を手に入れたけど。」「ネガはどこにあるんだ?」ディーンが自分のバックパックのチャックに手を伸ばそうとするのを、アレックスは阻止した。「今時ネガなんて使う筈ないじゃん。これは切り札として取っておくよ。」「何企んでいやがる?さっさと白状した方がお前の為だぞ?」ディーンはポキポキと手の骨を鳴らしながら威嚇し始めたのを見て、アレックスは口元に冷笑を浮かべた。「何で俺がそんなことしなくちゃいけないの?この写真をばら撒かれて困ることでもあるの?」アレックスの言葉にディーンの顔がさっと怒りで赤くなった。「ねぇディーン、前から疑問に思ってたんだけど。」「何だよ?」「君、金持ちなのにどうして車持ってないの?こんなみみっちいバスなんかに乗るよりも、愛車で町をかっ飛ばした方が楽じゃない?あぁ、パパにカードを停められたんだっけ?」どうやら図星のようで、ディーンはアレックスを殴ろうと大きく腕を振り上げたが、アレックスはさっさとバスを降りて家へと向かった。「ただいま。」「お帰り。アレックス、今日は老人会の集まりで遅くなるから、戸締りには気をつけるんだぞ。」「うん、わかった。気をつけてね、お爺ちゃん。」マックスが車に乗り込み、家から出て行くのをポーチで見送ったアレックスは、寒さに身を震わせながらリビングへと戻ってラップトップを起動させた。 NYほどではないものの、天候が崩れやすいこの地域の冬は、それなりに寒いものだった。しばらくアレックスが課題をやっていると、玄関のチャイムが鳴った。「どなた?」「俺だ、ウォルフ。」「待ってたよ、どうぞ。」ドアを開けてウォルフを招き入れると、彼はソファに腰を下ろしながらラップトップを取り出した。「課題はもう終わったのか?」「うん。帰るとき、ディーンが話しかけてきたから散々脅してやったよ。これを使ってね。」アレックスがウォルフに例の写真を見せると、彼は腹を抱えてゲラゲラと笑った。「よく出来た写真だな!お前がやったのか?」「ううん、チアリーダーのシャンテルが“お詫びのしるし”にくれたんだ。」「アンジェラの元親友か。チアリーダーではマンディが学園の女王になって、色々とハメをはずしてるらしい。夜8時頃に『ジャーヘッド』に行けば、きっと面白いものが見られるぞ。」「へぇ・・それは面白そうだね。」 数分後、ディーンが運転するハーレーに跨りながら、彼とともに『ジャーヘッド』へと向かうと、そこはストレスを発散しに来た若者でごった返していた。店に入ると、高校の同級生達がビール瓶を片手にリズムに乗り、頭を激しく揺らしながらフロアで踊っていた。「随分と盛り上がってるね。」「ここしかストレスを発散させる場所がないからな。」アレックス達がバーカウンターへと向かうと、ラリーがちょうど奥の部屋から出てくるところだった。「ハーイお二人さん、また会いに来てくれて嬉しいよ。」「ラリー、マンディー達は?」「ああ、アバズレ共なら秘密のフロアでパーティーさ。スクープを撮りたいなら奥から二番目の部屋に行ってみな。」 ラリーはそう言ってスツールに腰を下ろすと、マティーニをバーテンダーに頼んだ。にほんブログ村
Oct 2, 2012
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アンジェラをアレックスがプールに突き落とした“プール事件”は、現場に居合わせたチアリーダーのマンディに撮影された動画によって、あっという間に広まった。「アンジェラ、少しは頭冷えた?」「夏でもないのにプールに入るなんて、イカしてるじゃん!」動画を観た生徒達は、アンジェラが通りかかるたびにそう言ってクスクスと意地の悪い笑い声を上げた。その度にアンジェラは歯を剥き出しにして相手に掴みかかったが、それもからかいのネタになり、彼女に対するいじめはエスカレートするばかりであった。次第に彼女とつるんでいた取り巻き達もいじめに加担するようになり、動画を撮影したマンディはアンジェラに代わって学園の新女王となった。そんな学校内の勢力図の変化を遠巻きに観察しながら、アレックスはいつ彼女に謝ろうかと考えていた。確かに家族を馬鹿にされ腹が立ったが、アンジェラをプールに突き落とすのはやり過ぎた。「どうしたんだ、アレックス?顔色が悪いぞ?」スペイン語の授業が始まる前、ウォルフに話しかけられ、アレックスは我に返った。「実は・・」アンジェラをプールに突き落としたことをウォルフに話すと、彼は笑った。「最高だぜ、お前。悪いのは向こうなんだろ?だったら謝る必要はない。」「そうかな?」「ああ。あの女は他人に今までしたことが全部自分に返ってきたんだ。」ウォルフの言葉にアレックスは反論しようとしたが、その前に始業のベルが鳴った。 ランチタイムにアレックスがカフェテリアに入ると、アメフトチームが座るテーブルの方から冷たい視線を感じたが、敢えてそちらの方を見ないようにしてウォルフと一緒にランチを取りに行った。「よぉウォルフ、お前いつからゴスの仲間入りしたんだ?」「お前女っ気ないと思ったら、ゲイだったのか?」あのタンバレイン家のパーティーで聞いた、傲慢で冷たいディーンの声に、アレックスは怒りでどうにかなりそうだった。だが、ウォルフはディーンに掴みかかろうとするアレックスを止めた。「よせ、あの筋肉バカの所為で一生を棒に振る気か?」「でも・・」「俺に任しておけ。」そう言うとウォルフはランチを載せたトレイを持つと、ディーン達のテーブルへと向かった。何をするつもりなのかと全校生徒が見守る中、ウォルフはコーラの缶を軽く振ると、それをディーンの頭上へとぶちまけた。「何すんだてめぇ!?」「手元が狂ってな。お前あまり調子に乗ってると痛い目に遭うぞ。」「ふん、娼婦の息子が生意気に!」ディーンがウォルフの胸倉に掴みかかろうとしたが、その前に彼は自分よりも華奢なウォルフに強烈なパンチを食らい、無様に床にのびてしまった。「何あれ、ダッサ~イ!」「アメフトスターもカタナシね!」チアリーダーとチームメイトの嘲笑を浴びながら、ディーンはカフェテリアから飛び出していった。「ウォルフは俺らのヒーローだ!」あたりを見渡すと、ゴスやオタク達がウォルフに向かって親指を立てながら歓声を上げていた。だが彼はそんな彼らを無視して、ゆっくりとマンディの方へと近づくなり、彼女の耳元で何かを囁いた。「さてと、もう行こうか。」「う、うん・・」にほんブログ村
Oct 2, 2012
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「え~っと、確かここだよね?」 ショッピングモールの駐車場でアンジェラから渡されたメモに記された住所を頼りに、アレックスは高級住宅街へと足を踏み入れた。そこには当然、タンバレイン家も住んでいるし、チアリーディングチームのメンバーも大抵ここの住民だ。夕食の後急いで来たので着替える暇がなく、ジーンズとパーカーというラフな格好でアレックスがカーク家の玄関の前に現れると、応対に出てきた黒人のヘルプが訝しげな目を彼に向けた。「ここでパーティーをするって、アンジェラに聞いたんですが・・」「そうですか。少々お待ちくださいませ。」そう言ってヘルプは家の中へと消えていったが、数分経っても戻ってこなかった。もうそろそろ帰ろうかとアレックスがカーク家を後にしようとすると、プールの方から笑い声が聞こえた。何だろうと思いながらアレックスがプールへと向かうと、そこにはドレスを着たアンジェラと彼女の取り巻き達が、ショッピングモールの駐車場でアレックスに会った時のことを面白おかしく話していた。「ねぇ、あいつにメモ渡したとき、目をパチクリさせてこう言ったんだよ。『パーティーって、どんな?』って!」甲高く不快な笑い声が、アレックスの耳朶に突き刺さった。「隣にあいつの爺さんが居たんだけどさ、少しボケてるみたいね。」「もともとからボケてるんだよ。だってあたし、売春クラブに出入りしてるところを見たもん!」「ボケてるってとこは、色ボケなわけぇ?ゲーッ、キモイ!」アンジェラは吐くまねをしながらそう言って笑うと、ウィスキーを飲もうとした。だがそうする前に、彼女は冷たいプールの中へと落ちて悲鳴を上げた。「何すんのよ!」「少しは頭が冷えたか、馬鹿女?」プールサイドでアレックスはキーキーと喚くアンジェラを睨みつけると、プールから立ち去っていった。「アレックス、待って!」高級住宅街の敷地からもうすぐ出られると思いながらアレックスが元来た道を戻っていると、誰かが自分の腕を掴んで呼び止めた。「何だよ?」「あの子、どっかおかしいんだよ。最近ディーンとうまくいってないらしくてさ。」アレックスが憤怒の形相を浮かべて振り向くと、そこにはアンジェラの親友・シャンテルが立っていた。「それがどうしたんだ?彼氏とうまくいっていないストレスを、他人の家族を笑いものにすることで解消するのか?ああ、確かにおかしいかもな!」「本当だよ、アンジェラはイカれてる。あたし、あいつとはもう絶縁する。」シャンテルは美しく手入れされた黒髪を撫でると、溜息を吐いた。「家、遠いんでしょ?待ってて、車で送るからさ。」「いいよ、別に。」「送らせてよ、アレックス。あんたに嫌な思いをさせたんだから。」 数分後、シャンテルはピカピカの新車にアレックスを乗せると、彼の家の前にある通りまで向かった。「さっきは怒鳴ってごめん・・イライラしててさ。」交差点に差し掛かり彼女が赤信号で停まると、アレックスは彼女に怒鳴ってしまったことを謝った。「いいよ、誰にだってそんなことあるよ。あたしなんかしょっちゅう弟と怒鳴りあってるよ。でもたまに甘えてくるからさ、憎めないんだよね。」「へぇ、そうなんだ。」暫く他愛のないことを話している内に、家の前の通りまであっという間に着いてしまった。「送ってくれてありがとう。」「ううん、じゃぁまた明日ね。」 シャンテルの車が砂埃を上げながら遠ざかってゆくのを暫く見つめたアレックスは、さっさと家の中へと入っていった。にほんブログ村
Oct 2, 2012
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「お爺ちゃん、そんなに買わなくていいのに!」「いいだろう、ジャネットも招待するんだから!」感謝祭(サンクス・ビギングデイ)の数日前、大型ショッピングモールでマックスはカート一杯に食料品を山積みにしながらスーパーの店内を回っていた。「でもさぁ、こんなに食べきれないよ。」「これから忙しくなるんだから、そん時は買ったやつを食べればいい。」「そんな・・」レジへと向かうマックスを呆れ顔で見たアレックスは、向こうにウォルフが立っていることに気づいた。アレックスが彼に声を掛けようとしたとき、ウォルフの近くにブロンドの美女が駆け寄ってくるのが見えた。「どうした、アレックス?」「なんでもないよ。」 感謝祭の買い物で、モール内はごった返していた。駐車場に買った荷物をトランクにアレックスが詰め込んでいると、アンジェラが赤いスポーツカーに乗ってやってくるところだった。「ハーイ、アレックス。」「アンジェラ、久しぶり。今日は一人?」「ええ。今日はみんなでパーティーするのよ、あなたも来ない?」「パーティーって、どんな?」アレックスは少し嫌な予感がしてアンジェラにそう聞くと、彼女はにっこりと笑ってこう言った。「それは来てからのお楽しみよ。ここで待ってるわ。」アンジェラは一枚のメモをアレックスに渡すと、ピンヒールを鳴らしながらモールの中へと入っていった。 その頃、モール内のフードコートでコーラを飲みながら、ウォルフは従妹のミーガンと互いの近況を話していた。「あんたもLAに来たらいいのに、ウォルフ。こんなダサい田舎町で燻(くすぶ)ってるなんて、あんたらしくないよ。」「そりゃどうも。こんな町に居る訳は、LAで暮らせる金を貯める為にバイトをしていることと、あいつらと決着を早く着けたいこと。その2つが済んだら、あそこを出て行くさ。」「あいつらって、タンバレイン家か。お高くとまってるKKKの連中?まだあいつら白い頭巾かぶって集会やってんの?」「さぁな。でも昨夜家に招かれた時、黒人のヘルプにあの女が容赦なく罵声を浴びせてた。性根がとことん腐りきった野郎どもだよ、タンバレイン家は。」ウォルフは吐き捨てるかのようにそう言うと、コーラを飲んだ。まるで、自分に流れるタンバレイン家の血を呪うかのように。「あ~ら、誰だと思ったら娼婦の息子じゃん。こんなところで何女を誑かしてんの?」耳障りな声が頭上から聞こえたかと思うと、アンジェラ=カークが目の前に立っていた。「ねぇウォルフ、さっき話してた尻軽のチアリーダーってこいつのこと?」ミーガンはそう言うと、アンジェラに向かって中指を突き立てた。「ああ。またパパのカードで買い物に来たのか、アンジェラ?」「うっさいわね、とっとと失せな、このクズ!」「失せるのはあんたの方よ、この馬鹿女(ビッチ)!」ミーガンがアンジェラを睨みつけると、彼女は苛立ちまぎれに近くの椅子を蹴り、フードコートから去っていった。「あいつ、とんだ臆病者(チキン)だね。あんなの相手にすることないよ。」「するわけないだろ。ピザでも食べようか、ミーガン?」「うん。あんたの奢りね。」「ったく、お前ってやつはいつもそうだよな。」たまに町に車を飛ばしてやって来て遊びに来る兄妹同然の従妹を、ウォルフはどこか憎めないでいた。にほんブログ村
Oct 1, 2012
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「お爺ちゃん!」「アレックス、来たのか。」 アレックスが祖父が入院している病室に入ると、彼はもう帰り支度を済ませているところだった。「もう怪我は大丈夫なの?」「ああ。お前の誕生日祝い、途中で台無しになったから、これからやり直そうと思ってたんだよ。お前さえよければ、いいんだが・・」「うん、いいよ!お爺ちゃん大好き!」アレックスはマックスを抱き締めると、彼は少しむせた。 その後、二人は病院を出てバスで大型家電量販店へと向かった。「さてと、どれがいい?お前が好きなのを選んでいいぞ。」「そうだなぁ、このラップトップがいいな。」「そうか。」誕生日に念願のラップトップを買って貰ったアレックスは、昨夜のパーティーのことなど忘れてしまった。「ねぇお爺ちゃん、昨日『ジャーヘッド』に行ったんだけど・・」「あそこに行ったのか、アレックス?」夕食の席でアレックスが祖父に『ジャーヘッド』に行ったことを言うと、彼は渋い顔をした。「うん。それで、お爺ちゃんがママを探してるって聞いて・・」「あそこにはジャネットが働いているからな。そうでなかったら滅多に行かん場所だ。」「そうだろうね。」まだ本調子ではない祖父を刺激してはいけないとアレックスは思いながら、スイートティーを飲んだ。「メグが居なくなってもう3ヶ月だ。あいつが一体何処で何をしているのか、知りたいんだよ。」「それは俺だってそうだよ。突然黙っていなくなったんだもん。あぁ、そういえばあの女が来たよ。」「あの女?」「俺の家族の平穏を壊した赤毛の悪魔だよ。」「キャサリンが?」「何でも、俺が心配だからって勝手にこの家に上がりこんでそこのキッチンでパンケーキを焼いてたよ。」「面の皮が厚い女め、地獄に堕ちろ!」マックスはそう言うと、小声でキャサリンへの悪態を吐いた。「ママとあの女、高校時代は親友だったんでしょう?それなのにどうしてこんなことになったわけ?」「ジャネットとメグは小さい頃から互いの家を行き来するほど仲が良かった。だがあの女はジャネットとは反りが合わなかった。まぁ、その理由は当人達でしかわからんが。」全ての父親が、女子高生であった娘達の生活を把握している訳がない。「ジャネットにも会ったよ。相変わらず元気そうだった。」「そうか。今度家に呼んで夕食でも食べよう。あいつは離婚して一人暮らしだからな。たまには話し相手も必要だろう。」「そうだね。今度誘ってみるよ。」 夕食の後、アレックスは真新しいラップトップの設定を終え、それを起動した。インターネットに接続すると、彼はすぐさま失踪者サイトで母の名を探し始めたが、ヒットしなかった。 一体母は、何処に居るのだろう。アレックスが母の手かがりを少しでも掴もうとグーグルで検索していると、メール着信を告げるアラームが鳴った。メーラーを起動させたアレックスは、スマートフォンに来ていたものと同じメールがあった。“気をつけろ、アレックス、お前はもうすぐ死ぬ。”一体誰の悪戯なのかわからないが、このラップトップのメールアドレスは設定したばかりだった。メールアドレスを知っているのは設定したアレックス本人だけだ。質の悪いチェーンメールだろうか―彼はすぐさまメールを削除した。「アレックス、どうしたんだ?」「さっき変なメールが来たんだよ。気味が悪いったらないよ。」「そうか。最近はラブレターを装ったウィルスメールがあるからな。」「お爺ちゃん、詳しいんだね。」「わしを馬鹿にするな。」マックスはそう言うと大声で笑った。「お休み、お爺ちゃん。」「お休み、アレックス。」にほんブログ村
Oct 1, 2012
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翌日、アレックスがいつもどおりにバス停へと向かうと、そこにはディーンや彼の取り巻き達が何かを話しながら笑っていた。昨夜のパーティーの件で彼の本性を知ってしまったアレックスは、あまりディーンに近づきたくなかったので、彼とは目を合わせないようにした。バスが来ると、アレックスはすぐに降りれるように前から二番目の席に乗った。iPod で音楽を聴きながら外の風景を眺めていると、不意に後部座席の方から甲高い笑い声が聞こえた。 思わずアレックスが振り向くと、ちょうどディーンがスマートフォンを見ながらアンジェラ達とくすくす笑っているところだった。「ねぇ、これ流したらあの子もう学校に来ないんじゃない?」「ああ・・まぁあんなやつ、居なくなっても誰も気づかねぇよ。」どうやらディーンは誰かをターゲットに、残酷ないじめを始めるつもりらしい。NYの学校でも、いじめはあった。 だが大都会の高校と、辺鄙(へんぴ)な片田舎の高校で行われるいじめは、どちらが残酷なものなのだろうか。都会でも田舎でも、悪意を持つ人間が居る限り、いじめの残酷さなど比較にはならない。体育会系のディーン達や、チアリーダー達のいじめは陰湿かつ巧妙で、残酷なものだ。狙われるのは大抵ガリ勉やコンピューターオタク、そしてチアリーディングチームに属さない、“普通”の女子生徒だ。「ねぇ、これで大丈夫なの?」「ああ。」「じゃぁ、今から送ろうよ。」アンジェラの手が、ディーンのスマートフォンを弄るのを見た後、アレックスはさっと彼と目を合わせぬよう、窓へと視線を戻した。「よぉ、アレックス!一緒にランチ食べないか?」「悪い・・ちょっと予定があるんだ。」「そうか。」アレックスの返事にディーンは一瞬少し残念そうな顔をしながら、アンジェラ達とともに科学室へと入っていった。アレックスは彼らと向かった教室とは反対側にある教室に入り、そこでスペイン語の授業を受けた。「よぉ、アレックス。」ランチタイムになり、少しコンピューターでも弄ろうかと思っていたアレックスが廊下を歩いていると、ゴシック系グループの一人、フェリックスが話しかけてきた。「どうも・・フェリックスだっけ?確か国語の授業で一緒だよね?」「ああ。俺たちとランチ食わないか?ピザ奢(おご)るからさ!」「うん・・」フェリックス達と学校を出て、彼の車で近くのピザパーラー『ルーイの店』でピザを彼らと食べていると、ウォルフが店に入ってきた。「ウォルフ、来たのか。」フェリックスはそう言うと、仲間を連れて何処かへと行ってしまった。そこで漸く、彼が自分をここへと連れ出した理由がわかった。「昨日は感情的になってた。」「いいんだよ。でも、これからどうするの?」「今まで通り一人で暮らすさ。それよりもディーンの奴とは会ったのか?」「今朝会ってランチに誘われたけど、断った。」アレックスがそう言ってスイート・ティーを一口飲んでいると、スマートフォンが鳴った。「もしもし?はい・・お爺ちゃんの意識が戻った?はい、すぐに行きます!」「俺が病院に連れて行ってやろうか?」「ありがとう、でもタクシーで行くよ。」 ピザパーラーを飛び出したアレックスはタクシーですぐさま病院へと向かった。にほんブログ村
Oct 1, 2012
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「何が、“俺のため”だ?笑わせるな!あんたはスキャンダルを避けるため、俺をこの家に入れようとしていることくらい、お見通しなんだよ!」「まぁ、なんて乱暴な子なのかしら!やっぱりあの魔女の息子だけあるわね!」タンバレイン夫人は憎しみに滾らせたアイスブルーの瞳でウォルフを睨みつけると、彼に向かって水を掛けた。「アビゲイル、よさないか!」「さっさとここから出ておゆき、汚らわしい娼婦の息子め!」「言われなくともでていくさ!」ウォルフはアレックスの手を掴むと、ダイニングから飛び出していった。その拍子にピーチ・コブラーを運んできたアーニーとぶつかってしまい、アレックスは慌てて彼女の元へと駆け寄った。「大丈夫ですか?」「ええ。それよりもあたしに構わず、ウォルフ坊ちゃんのことを見てあげてください。」「でも・・」「アーニー、折角のデザートが台無しじゃないの、この愚図!」アーニーが台無しになったピーチ・コブラーを片付けていると、タンバレイン夫人が彼女に罵声を浴びせた。「申し訳ございません、奥様。」「まったく、これだから黒人は嫌なのよ!さっさとそこを片付けて、作り直してちょうだい!」そう憎々しげにアーニーを睨みつけながらダイニングへと戻ったタンバレイン夫人に、アレックスは強い怒りを感じて彼女へ抗議しようとした。だが、アーニーが彼の手を掴んでそれを止めた。「あたしのことには構わずに、さぁ・・」「でも・・」「いつものことだから慣れているんです。ウォルフ坊ちゃんのことが心配です。」アレックスは後ろ髪を引かれるかのように、アーニーの元から立ち去り、ウォルフの後を慌てて追いかけていった。「ねぇ、待ってよ!」「ついてくるな!」そう言ってアレックスに唸るウォルフの姿は、獰猛(どうもう)な狼そのものだった。「君がどんな風に育ったかは知らないけど、どうしてそんなにミスター・タンバレイン氏を憎んでいるの?自分と母親を捨てたから?」「違う、あいつは母を魔女だと決めつけ、この町から追放した!そして俺は娼婦の息子、魔女の息子として烙印を押され、この町の住民達に迫害されたんだ!」まるで喉の奥から搾り出すかのような声で、ウォルフはそう叫ぶとアレックスを見た。その瞳からは、涙が流れていた。彼に一体何があったかわからないが、この町の誰もが彼の敵なのだ。アレックスに愛情を注いでくれる祖父・マックスもその一人だ。だが、自分は違うということを、ウォルフに伝えたかった。「俺はこの町の人たちみたいに、君をないがしろにしたりはしない。」「本当か?」「うん、本当だよ。この命に誓って言う。」「そうか・・」泣いているところを見られて恥ずかしかったのか、ウォルフは少し目を伏せた後溜息を吐いた。「二人とも、まだ帰ってなかったの?」 背後から涼やかな笑い声が聞こえて二人が振り向くと、そこにはラリーが立っていた。相手の男はもう帰った後らしく、ラリーの首筋や胸に残るキスマークを見れば、二人が何をしていたのかは明白だった。「あの男には会ったようだね?ま、その顔を見れば交渉決裂ってわけ?」「まぁな。あのクソ野郎とは二度と会わないさ。アレックス、迷惑を掛けて済まなかったな。」ウォルフはそう言うと、アレックス達に背を向けてタンバレイン邸を後にした。にほんブログ村
Oct 1, 2012
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「おい、起きろ!」「ん・・」アレックスが目を開けると、そこは客用の寝室だった。「急に倒れたから、ビックリしたぞ。」半ば呆れたように自分を見つめるウォルフの顔を、アレックスは睨みつけた。「だって君が、いきなり婚約者だって言うから!」「そうするしかあの馬鹿を黙らせる方法がなかったからだ。」「へぇ、そう。もう家に帰らなきゃ。疲れたし早くベッドに入って休みたいから。」アレックスがベッドから起き上がって寝室から出ようとすると、ウォルフが彼の腕を掴んだ。「実は、お前は帰れなくなった。」「何、どういうこと?」「あの人が、俺をこの家に入れたがっていることは知っているだろう?それでお前をさっき婚約者だなんて紹介したから、すっかり乗り気になってだな・・」「なんだよ、それ!僕を家同士の問題に巻き込まないでよ!」アレックスは偏頭痛が襲ってきそうになりながら、溜息を吐いた。「で、これから僕にどうしろっていうの?」「そんなこと、俺に聞かれても困る。まぁ、今わかっているのは、俺もお前も同じ部屋で一晩過ごす羽目になったってことだ。」「そんなぁ・・」アレックスはガクリと肩を落とした。 その夜、ウォルフに連れられてタンバレイン家のダイニングルームへと入ったアレックスは、冷え切って険悪な空気が漂っているタンバレイン夫妻の顔をまともに見ることができなかった。「その子が、あなたの婚約者なの?」タンバレイン夫人はそう言うと、じろりとアレックスを見た。「はい、アシュリーと申します。」「こんなブスの何処がいいんだか。女の趣味が悪いよな。」コーンブレッドを齧(かじ)りながら、ディーンはニヤニヤとウォルフを見た。「それはどうも。お前は巨乳でミーハーな女だったら誰でもいいんだろう?アンジェラ最近化粧が濃過ぎないか?」「うるせぇ!」「あの女、先週違うアメフト部員と歩いてたぞ。確か・・ネイサンってやつだったな?」「畜生、あいつぶっ殺してやる!」ディーンは乱暴に椅子から立ち上がると、ダイニングから出て行った。「あなた、一体ディーンに何を吹き込んだの!?」「別に何も。」ウォルフが涼しい顔でタンバレイン夫人を軽くあしらっていると、家政婦が料理をワゴンに載せて運んできた。食卓に並んだのはフライド・キチンとビスケットという、典型的なアメリカ南部の家庭料理だった。「デザートはピーチ・コブラーです。」「そう。お前が作るピーチ・コブラーは絶品だものね。もう下がってもいいわよ、アーニー。」「はい、奥様。」アフリカ系の家政婦(ヘルプ)は、大きな身体を揺らしながらダイニングから出て行った。「さてと、頂く前にお祈りをしましょう。」食前の祈りをささげた後、アレックス達は無言で夕食を取った。「あなた、この子を本当に家に入れるつもりですの?」「ああ、ウォルフもタンバレイン家の一員だ。トレーラーパークに住むよりも、ここでちゃんとした生活を送った方がウォルフにとっていいんだ。」「ふざけるな、誰がこんな欺瞞(ぎまん)に満ちた家で暮らせるか!」ウォルフはそう叫ぶと、ミスター・タンバレインに向かってナプキンを投げつけた。にほんブログ村
Sep 30, 2012
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「きみ、一人?」 アレックスが振り向くと、そこにはブロンドの髪を靡(なび)かせて日焼けした肌をした青年が立っていた。「いえ・・連れを待っているんです。」「ふぅん、そう。俺はジェイクだ、宜しくね。君は?」「ア・・アシュリーです・・」「アシュリーかぁ・・可愛い名前だね。」ジェイクと名乗った青年は、まるで品定めするかのようにジロジロとアレックスの全身を見ていた。「わ、わたしこれで失礼します!」「あ、待って!」ジェイクの視線に気味悪さを感じたアレックスは、ドレスの裾を摘んで屋敷の中へと入っていった。 広大な庭園を持つタンバレイン家の屋敷は、コロニアル様式の美しい外観をしており、内部はロココ様式の華美な調度品や家具が揃っていた。(ウォルフは何処にいるのかな?)マーメイドドレスの裾を摘みながら、アレックスは邸内を観察しながら歩いていると、誰かが争うような声が聞こえた。そこは、タンバレイン家の男達が葉巻を吸いながらビリヤードに興じる遊戯室だった。「わたくしは認めませんよ、悪魔の私生児をこの家に入れるだなんて!」「口を慎め、アビゲイル!ウォルフだってわたしの息子だ!」「よくも抜けぬけとそのようなことを・・わたくしの息子はディーンだけですわ!」ドアの隙間からアレックスは、怒り狂うタンバレイン夫人の顔を見た。「どうして君はあの子を受け入れることが出来ないんだ?」「愛人の子を憎むのは、当たり前でしょう!?この家にあの子を入れたら、全員呪い殺されるに決まってますわ!」「止めないか、アビゲイル!」「あの子は魔女の息子よ!わたくしやディーンだけでなく、この一族を呪い殺すでしょうよ!」(全員呪い殺される?魔女の息子?一体どういうことなんだろう?)「おい、そんなところで何をしているんだよ、このブス!」話に夢中になっていて、ディーンが近づいてくることにアレックスは全く気づかなかった。「わ、わたしは別に・・」「ちょうどいい、お前に話があるんだよ。来い!」「いやっ、やめてください!」ここでディーンに正体がバレたら最悪だ。アレックスとディーンが揉み合っていると、ウォルフが廊下の向こうから歩いてきた。「彼女を放せ、ディーン。」「うるさい、お前に命令されるなんて真っ平だ!このブスを庇うのか?」「ああ。何故なら・・」ウォルフはアレックスの腰を掴んで自分の方へと引き寄せると、いきなり彼にキスをした。「こいつは俺の婚約者だからだ。」(え、今何て・・)ウォルフの言葉に目をパチクリとさせながら、アレックスは急に身体のバランスを崩して気絶した。にほんブログ村
Sep 30, 2012
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「やっぱりあなた、あの女のことを忘れていなかったのね!だからこの子をパーティーに呼んだんでしょう!?」タンバレイン夫人がそう夫に食って掛かったが、彼はどこか心にあらずといったような顔をしながらウォルフに近づいた。「君が、ウォルフなのか?」「はい、そうです。」「あなた、その子に構わないで!」いらいらした様子で夫の腕をタンバレイン夫人が掴んだが、ミスター・タンバレインはその腕を振り払った。「君に話がある。」「わかりました。」「わたしも行くわ、あなた。」三人が屋敷の中へと入っていくのを見ながら、一人残されたアレックスは状況がわからずにポカンとしていた。「アレックス、向こうで座らない?」ラリーがいつの間にかアレックスの隣に立ち、彼の手を取って人目のつかないテーブルへと腰を下ろした。「さっきの様子、見たでしょう?ここだけの話、ウォルフはミスター・タンバレインの私生児なんだよ。」「え・・じゃぁディーンとは・・」「腹違いの兄弟さ。アビゲイルが妙にピリピリしていたのは、彼が原因だったのさ。」「ウォルフはそのことを知ってるの?」ウォルフにも高貴なタンバレイン家の血が流れていることを今知ったアレックスが気分を落ち着かせるために水を一杯飲んだ。「まぁね。あいつの母親とミスター・タンバレインの関係は町中の噂になったし、何よりも身寄りがない孤児のリリアナが名家の御曹司との間にできた一粒種を生んだんだから、とんだスキャンダルさ。」ラリーは溜息を吐くと、煙草を吸った。「だからタンバレイン夫人はウォルフのことを怒ってたんだ・・」「ご名答。アビゲイルにとってウォルフの存在は目障り以外の何者でもない。可愛いディーンにやる筈の財産を、脇からウォルフに掠め取られたらたまらないからね。」「そうですか・・」タンバレイン家の複雑な事情を知ったアレックスは、パーティーを楽しむ気にはなれなかった。「彼らはもう戻ってこないだろうから、わたし達だけで帰ろうか?」「ええ。」ラリーと共にタンバレイン邸を後にしたアレックスは、自分達の方へと近づいてくる一人の男の姿に気づいた。「誰かと思ったら、ラリーじゃないか。」「ハーイフィリップ、元気にしてた?」ラリーはそう言って男に笑顔を浮かべると、そっと彼の股間を撫でた。「なぁラリー、君に会えなくて寂しかったんだ。」「わたしもだよ。」ラリーは男にしなだれかかると、アレックスの方へと向き直った。「少しここで待っててくれない?すぐに済ますから。」「は、はい・・」ラリーは男の手を引いて、暗い森の中へと消えていった。 数分後、彼らは一向に森から戻って来なかった。(どうしたんだろう・・)不安な気持ちになりながらアレックスがラリー達を待っていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。にほんブログ村
Sep 30, 2012
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「す、すいません・・」「すいませんじゃねぇだろ、謝れよブス!」アンジェラの前でディーンはカッコいい男を見せ付けたいのか、そう言ってアレックスを睨みつけたかと思うと、彼を勢いよく突き飛ばした。「きゃぁっ!」慣れないヒールを履いている所為で、アレックスはバランスを崩して転倒してしまった。「何よこの子ダッサ~イ!」アンジェラはケラケラと笑いながら、冷たくアレックスを見下ろしていた。「さっさと謝れば許してやったのによ。」ディーンは冷笑を浮かべながら、シャンパンを飲み干した。これが彼の本性―傲慢で問題ばかり起こすディーンの姿なのだろうか。「おい、聞いてんのかよ!?」アレックスのウィッグを掴もうとしたディーンの手を、誰かが捻り上げた。 彼が顔を上げると、そこには怒りで目を滾らせたウォルフが立っていた。「わざとじゃないだろう、許してやったらどうだ?」「てめぇ、何しやがる!その汚い手を放せ、悪魔の私生児め!」「その口の利き方はなんだ?金持ちの坊ちゃんなら、他人に許しを乞う時はどうするのか親に教えて貰わななかったのか、ん?」ウォルフはディーンの腕を万力のように締め付けると、彼は悲鳴を上げた。「許してくれぇ・・」「俺ではなく、彼女に謝れ。」「悪かったよ・・」「それでいいんだ。」ディーンの言葉に満足したのか、ウォルフはディーンの拘束を解いた。その弾みで彼は一番近くにいたテーブルに頭から突っ込んでしまい、アンジェラに格好良い場面どころか、情けない姿を見せてしまった。「大丈夫か?」「う、うん・・」「いくぞ。」自分を助けてくれたウォルフに礼を言おうとしたアレックスが彼の手を取って立ち上がったとき、向こうから鋭い声が聞こえた。「あなた、何しにここに来たの!?」二人が後ろを振り向くと、そこにはブルネットの髪を結い上げた美しいドレスを着たタンバレイン夫人が自分達のほうへと向かってくるところだった。「パーティーに来ただけだ。」「あんたを呼んだ覚えはないわよ、出ていって!」「あらら、そんなに怒り狂ってどうしました、奥様?」涼やかな笑い声とともに、ラリーがタンバレイン夫人の前に現れた。「彼はわたしをエスコートするために来たんですよ。そうだよね?」ラリーのほっそりとした手にウォルフはキスすると、静かに頷いた。「ふん、ここにはあんたの居場所はないわよ。まぁそれくらい、解っているでしょうけど。」アイスブルーの冷たい瞳でタンバレイン夫人がそう言ってウォルフを睨みつけていると、ダークブロンドの髪を靡かせながらタキシード姿の男が彼らの方へとやって来た。「どうしたんだ、アビゲイル?そろそろ皆さんに挨拶しなくてはいけないだろう?」「あなたがこの子をここに呼んだんですの!?」タンバレイン夫人がそうヒステリックに叫ぶと、ダークブロンドの髪をうっとうしげに払った男は、漸くウォルフの存在に気づいた。「君は・・リリアナの・・」 周りの空気が突然冷えた気がして、アレックスはブルリと身を震わせた。にほんブログ村
Sep 30, 2012
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「口で慰めてくれたら、何もかも話すよ?」「俺をからかうと痛い目に遭うぞ。」ウォルフが黄金色の瞳でじろりとラリーを睨みつけると、彼は笑った。「冗談だよ、冗談。」ラリーは化粧台の上に置いてある煙草の箱とライターを掴むと、煙草を一本咥えて火をつけた。「あんたの爺さん・・マックスって言ったっけ?襲われる数週間前に、この店に来たよ。」「本当ですか?」マックスはこんな退廃的なこのクラブを忌み嫌い、買い物に行くときも店の前を通るのを嫌がっていた。「うん。人を探してるってさぁ。あんたの失踪した母さんの親友を探しにね。」「親友って?」「フロアで会ったでしょう?赤いマニュキュアつけていた女さ。」「今はまだ居る?」「さぁね。見てきたら?」アレックスがフロアへと戻ると、店に入ったときに声を掛けてきた女がまだ居た。「あの、すいません。もしかしてあなた、母の親友ですか?」「あんた・・もしかしてメグの息子なの?」「はい。」「うっわぁ、驚いた!あんなにちっちゃな坊やだったのに、すっかり大きくなっちまって!」そう言って母の親友・ジャネットはアレックスに抱きついた。「ああ、マックスさんだったら数週間前に店に来たよ。メグを探してるってさ。でも、あたしも離婚して以来全然会ってないんだよ。」「そうですか・・」 アレックスの母・メグは夫と離婚した後、実家へと戻りマックスにアレックスを託すと、突然姿を消した。「あの赤毛の雌狐がメグの家庭を壊して、何の罰も受けないなんておかしいよ。」「そうですね。」暫くアレックスがジャネットと話していると、奥からウォルフとラリーが出てきた。ラリーは煌びやかなブルーのドレスに、セーブルのコートを羽織っていた。いつの間にか着替えたのか、ウォルフはクールなバイクスーツからブラックタイという格好だった。「どうしたの、それ?」「パーティーに招かれたんだよ、タンバレイン家の。君もおいで。」「でも、この格好じゃぁ・・」「大丈夫、バレないように君を変身させるからね。」 数時間後、アレックスとラリー達とともに黒塗りのリムジンから降り立ち、タンバレイン家の正門前へと立った。“バレナイように君を変身させる”というラリーの言葉通り、一流の美容師とスタイリストによって、アレックスは何処からどう見ても良家の令嬢にしか見えないような可憐なドレスを纏い、緊張で萎えた足を励ましながらラリー達とともにパーティー会場へと向かった。「ハ~イ!」「パーティーへようこそ。」ラリーが受付の者に招待状を渡すと、彼は恭しくラリー達を会場へと通した。 パーティー会場は熱気に包まれ、ディーンや彼のガールフレンド・アンジェラとチアリーダー達がダンスを楽しんでいた。タンバレイン家はこの町の有力者で名家だということは知っていたが、森林公園のような広大な庭園を目の当たりにして、アレックスは馬鹿みたいに口をあけて突っ立っていた。アレックスは空いている椅子に腰を下ろそうとすると、運悪くディーンとぶつかり、彼が持っていたパンチをアレックスはまともに食らってしまった。「何処見て歩いてんだよ、このブス!」学校では何かと自分に気さくに声を掛けてくる姿ではなく、今目の前に居るディーンは傲慢でムカつくクソ野郎そのものであった。にほんブログ村
Sep 29, 2012
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「ねぇ、何処まで行くの!?」 ウォルフの腰に掴まりながらアレックスがそう聞くと、彼は無言で幹線道路を突っ切っていった。やがて彼らが辿り着いたのは一軒のクラブ「ジャーヘッド」だった。「降りろ。」「う、うん・・」このクラブには夜な夜な悪魔崇拝者が集まっては怪しげな集まりを開いているというのが、町の人々のもっぱらの噂だった。「あら、誰かと思ったらウォルフじゃない。元気にしてた?」クラブに入るなり、ウォルフを目敏く見つけた女がそう言って彼に挨拶した。彼女は胸元を大きく開いたドレスを着ていたので、彼女がどんな職業なのかアレックスは想像がついた。「ねぇ、その子は?」「こいつはアレックス。NYから来たシティボーイさ。」「ふぅぅん、可愛い子ねぇ。坊や、筆下ろしはもう済んだの?」女は真っ赤に塗られたマニュキュアを施した手で、そっとアレックスの頬を撫でた。それだけでも、アレックスの肌は粟立った。「こいつには手を出すな。」ウォルフが低い声でそう言うと、女はつまらなそうにアレックスから離れた。「あいつなら奥の部屋にいるわ。まぁ、お楽しみ中だけどね。」「そりゃどうも。行くぞ。」「う、うん・・」開店前の店内は閑散としており、音といえば清掃員が床を磨く度に響くモップの音くらいだった。 ウォルフに腕を掴まれ、アレックスがやって来たのは店の奥にある事務所のような部屋だった。「おい、居るか?」ウォルフがドアを叩くと、何の音もしなかった。彼は舌打ちすると、ドアを蹴破った。 部屋に入った途端、マリファナの匂いがアレックスの鼻をついた。泣き叫んで逃げ出そうとするのを堪え、アレックスが部屋の中へと入ると、ベッドでは半裸の男達が互いの肉体を貪り合っているところだった。華奢な一人の男を前後に挟み、ボディレスラーのような筋骨隆々の男二人が居た。一人の男は激しく華奢な男の尻に腰を叩きつけるかのように動き、前の男は自分の股間を咥えている男を見ながら苦悶の表情を浮かべていた。やがて男達の動きが激しくなり、一人の男が吐精して床に転がると、華奢な男が緩慢な仕草でシュミューズを纏い、漸くアレックス達に気づいたようだった。「誰かと思ったら、ウォルフじゃない。」ふっくらとした唇に優雅な鼻梁、そして華奢な身体つきも相まってか、アレックスは彼が同性とは思えなかった。「また昼間から盛ってたのか。」「だってこんな田舎じゃ、何も出来やしないもの。セックス以外はね。」男の視線がウォルフからアレックスへと移り、アレックスは彼と目が合った。「その坊やはだぁれ?」淡褐色の瞳が黄金色に輝き、男は舌なめずりしながらゆっくりとアレックスの方へと近づいてきた。「おいラリー、こいつを相手にするな。」「なぁにウォルフ、嫉妬してるの?」「そんなんじゃない。」「じゃぁなに?」「着替えてからお前に話したいことがある。」「わかったよ。」膝丈のシュミューズを纏い、細い腰を揺らしながら男がバスルームに入ると、ウォルフはショッキングピンクのけばけばしいソファに腰を下ろした。「彼は誰?」「ああ、彼はこのクラブの経営者の、ラリーだ。お前も見たと思うが、クラブっていうのは表向きで、裏は高級売春クラブだ。奴が元締めで、時間と金を持て余している金持ちどもに娼婦を派遣している。どうやらお前が気に入ったらしい。」「そうなんだ・・じゃぁ、町の人達が、ここが悪魔崇拝者たちの集会所だっていうのは嘘だったんだね?」「ああ。俺達はサタンはもとより、神なんか信じちゃいない。自由気ままに暮らしているだけさ。」ウォルフがそう言ってスマートフォンを弄くっていると、ラリーが彼の隣に座った。「それで、用件っていうのはなに?」「昨夜こいつの爺さんが何者かに襲われた。幸い一命を取り留めたが、お前何か知ってるか?」「ふぅん、そんなことを聞きに来たの。少しだけ教えてあげるけど、タダじゃ駄目。」「どうすりゃいいんだ?」お前のふざけたお遊びに付き合うのは嫌だと言わんばかりにウォルフがラリーを睨むと、彼は足を大きく開くと、シュミューズの裾を捲り上げた。にほんブログ村
Sep 29, 2012
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どれ位病院のベンチに座っていたのかはわからないが、アレックスに一人の医師が話しかけてきたのは、夜明け前のことだった。「お爺さんは大丈夫だよ。あと二、三日もすれば退院できるだろう。」「ありがとう・・ございました。」「今日も学校があるんだろう?無理をしないで休みなさい。」「はい・・」医師の優しい言葉に、不安で波立っていたアレックスの心が少し和らいだ。 バスに乗って祖父母の家へと戻ると、その前には見慣れぬ車が停まっていた。ドアを開けて中に入ると、キッチンからは美味しそうなパンケーキの匂いがしてきた。「アレックス、久しぶりね。元気にしてた?」そう言ってアレックスに笑顔を浮かべたのは、父の愛人であるキャサリンだった。 NYでコンサルタントをしていた父・アレンの同僚だった彼女は、妻子もちである彼と長年不倫関係にあり、アレックスの母・メグとは高校時代の親友でもあった。「何であんたがここにいるのさ?」自分から両親と温かい家庭を奪った張本人を目の前にして、アレックスの声は自然と刺々しくなった。「あら、あなたのお祖父様が倒れたって聞いたから、すぐに高速を飛ばして駆けつけたのよ。」「それでずかずかと他人のキッチンでパンケーキを焼くんだ?へぇぇ、流石人の家庭を壊しただけの無神経さはいまだに健在だね!」自分をアレックスが歓迎していないことに気づいたのか、キャサリンの顔から笑顔が消えた。「ねぇアレックス、あなたはわたしのことを憎んでいるんでしょうけど・・」「もうすぐわたしたちは家族になるのよ、って?言っておくけど、俺の親権はお祖父ちゃんに移ったんだよ。だからあんたと家族にはならないよ。」「そう。昔から思っていたけれど、あなたって本当にかわいげのない子ね!」「お生憎様。パンケーキは食べるから、作り終わったらさっさと帰ってくれない?」 もう何を言っても無駄だとわかったのか、キャサリンは無言でエプロンを外してそれをバッグの中へと突っ込むと、裏口のドアを叩きつけるように閉めてから外へと出て行った。「二度とくるな、汚らわしい娼婦め!」 キャサリンが車に乗り込む前に、アレックスは彼女に罵声を浴びせるとさっさと家の中へと戻っていった。祖父が突然倒れたことはショックだが、あの女に我が物顔で料理されるのも十分ショックだし、むかついた。こんな気分で授業を受ける気にはなれないと思ったアレックスは、学校に連絡して今日は休むことを伝えた。 マックスが用意してくれた部屋に入り、ベッドに横になると、アレックスは深い溜息を吐いて目を閉じた。やがて窓に何かが当たっているような気がして彼がカーテンを開けて外を見ると、そこには昨日学校で見かけたウォルフが家の前に立っていた。どうして自分の家がわかったのだろうとアレックスが呆然とウォルフを見ていると、枕元に置いていたスマートフォンが鳴った。「もしもし?」『ちょっと外に出て来いよ。お前に面白いものを見せてやる。』すばやく着替えを済ませて家から出てきたアレックスを、ウォルフは金色の瞳で見つめていた。「面白いものって、何?」「あれに乗ればわかるさ。」そう言ってウォルフが指差したのは、ハーレーのバイクだった。「ちゃんとつかまれよ。」「う、うん・・」 ウォルフの腰につかまると、彼はバイクのエンジンを掛けて弾丸のように幹線道路を飛び出していった。にほんブログ村
Sep 29, 2012
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はじめアレックスは聞こえない振りをしようとしたが、少年と目が合ってしまったので、逃げられないと思い、少年を見た。「うん、見てたよ。不快に思ったのなら謝るよ。」「へぇ・・」アレックスの言葉を聞いた少年は片眉を上げると、フッと笑った。それと同時に、金色の瞳が光った。「お前、名前は?」「アレックスだ。君は?」「俺はウォルフ。アレックス、俺たちのことが知りたいなら、この場所に来い。」そう言って少年は、アレックスに一枚のメモを渡した。それは町の中心部にあるバーの名前だった。「じゃぁな。」彼はひらひらとアレックスに手を振ると、バス停から立ち去っていった。「ただいま・・」「お帰り、アレックス。転校初日はどうだったか?」「まぁまぁかな。アメフトスターのディーンに気に入られたから。」「ディーンっていうと、あのタンバレイン家の?」「お爺ちゃん、知ってるの?」「ああ。奴の息子の代から知っとる。あいつらは代々アメフトスターで、傲慢な金持ち野郎だ。お前も新聞で見たことがあるだろうが、ディーンの親父さんは・・」「上院議員のフランシス=タンバレインだろ?NYに居ればそりゃぁ知ってるよ。それよりもどうしてディーンはNYやワシントンの学校じゃなくて、こんな辺鄙(へんぴ)な田舎町の高校に通ってるわけ?」「さぁな。噂によれば、ディーンはNYの私立校で色々と問題を起こして退学になって、知り合いが居ないここに引っ越して来たらしい。」「“らしい”?」「なぁアレックス、あいつとは余り深く付き合わない方がいいぞ。だいいち、お前とあいつとでは性格が合わないかもしれんからな。」マックスの言葉には一理あると、アレックスは思った。バス停で声を掛けられた時は嬉しかったのだが、彼と深く付き合いたくはない気がした。「さてと、冷蔵庫にケーキが入っているから取って来るよ。」マックスは腰を上げると、キッチンへと消えた。ダイニングでスマートフォンを弄っていたアレックスは、一通のメールが来ていることに気づいた。何気なくメールを開くと、そこには血文字で書かれた悪趣味なメッセージが液晶画面に表示された。 “気をつけろ、アレックス。もうすぐお前は死ぬ。”(何だよ、これ・・)アレックスがメールを削除しようとすると、皿が割れる派手な音がキッチンから聞こえた。「お爺ちゃん?」彼がキッチンに入ると、そこには祖父が倒れていた。「どうしたの、お爺ちゃん、しっかりして!」アレックスは狼狽しながらマックスの身体を揺らすと、彼はアレックスの手を握った。「アレックス・・あいつらに気をつけろ。」「あいつらって誰?ねぇ、お爺ちゃんしっかりして!」マックスは病院に運ばれ、一命を取り留めた。(一体、お爺ちゃんに何が・・) アレックスは何がなんだか解らずに、ただひたすら祖父の無事を祈った。にほんブログ村
Sep 22, 2012
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(何だ?)急に周りを取り巻いていた空気がガラリと変わったことに気づいたアレックスは、黒尽くめの集団を見ようと首を伸ばすと、慌ててディーンが彼の肩を掴んで自分たちの方へと引き戻した。「あいつらには関わらない方がいいぜ。」「どうして?」「おいディーン、新入りはあいつらのこと知らねぇだろう?俺が教えといてやるよ。」ネイサンがそう言ってポテトを口に放り込んでアレックスを見ると、急に声を潜めた。「あいつらはサタン・・悪魔崇拝者のグループだ。いつも毎晩森の奥で集会を開いては、黒魔術をやってるんだ。」「悪魔崇拝?だからみんなゴシック系な格好なんだ?」「まぁ、そういうことだよ。俺に言わせりゃぁ、あいつらは変人だ。変人に近づいたら碌なことがねぇからよ、忠告しとくぜ。」「わかった・・」NYの学校ではゴシック系や体育会系の生徒など、個性的なファッションをしている連中が多かったが、アレックスはゴシック系の生徒たちと親しかったし、彼らを一度も変人だとは思わなかった。だがこの高校の生徒たちは違うらしい。マックスが住んでいる地域は、バイブル=ベルトと呼ばれている保守的なキリスト教徒が住む地域に近かった。そんな地域に住む彼らが、悪魔崇拝者のグループを忌み嫌うのは当たり前かも知れない。だが、外見だけで人を判断してはいけない―幼い頃からそうマックスに教えられていたアレックスが反論しようとした時、一人の男子生徒と目が合った。 艶やかな黒髪に、狼のような瞳。黒い襟を立てたコートを着た姿は、ロックスターのようで格好良かった。「アレックス、どうした?」「いや・・なんでもない。」「うちのチームに見学に来いよ。」「う、うん・・」アメフトなんて、テレビで観ただけだから、自分にできるかどうかわからなかった。ただ、見学だけならと軽い気持ちでアレックスはディーン達とともにスタジアムへとやって来た。「ハーイディーン、久しぶりじゃない!」 スタジアムに入るなり、ディーンの前にブロンドの髪をなびかせながら一人のチアリーダーが駆け寄ってきた。「ジェーン、元気にしてたか?」「ええ。今度の試合、楽しみにしてるわね。それよりも、この子だぁれ?」「ああ、こいつはNYから来たアレックスだ。」「ふぅん、可愛いわねぇ。」チアリーダーはまるで品定めするかのようにアレックスを見た。 ディーン達のプレイを見学した後、アレックスは自分には無理だと思いながら、アメフト部に入部をどう断ろうかと迷いバス停へと向かっていると、カフェテリアで見かけた男子生徒が立っていた。アレックスは声を掛けようかと思ったが、ネイサンの言葉が脳裏に甦った。“あいつらは変人だ。”アレックスが背を向けてバス停から去ろうとしていると、誰かに肩を掴まれた。「お前、俺の事を見ていただろう?」彼が振り向くと、金色の双眸が自分を射るように見つめていた。にほんブログ村
Sep 22, 2012
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何処からか、狼の遠吠えが聞こえる。その声を聞きながら、少年はパソコンに向かっていた。両親の離婚により、喧騒に満ちた都会から、この自然豊かな田舎町に来てからまだ数日も経っていないが、彼はここが好きだった。「何処にも居ないと思ったら、ここに居たのか。」背後から声がして少年が振り向くと、そこには母方の祖父・マックスが立っていた。「向こうの友達にメールを送ってたんだ。」「そうか、NYはここから遠いからなぁ。今は誰とでもすぐに繋がっていいなぁ。」「そうだね。それよりもお爺ちゃん、どうしたの?」「これをお前に渡そうと思ってな。」そう言ったマックスは、ペンダントを彼に手渡した。「これは何?」「わしが若い頃に軍に居た頃に着けた認識票だ。明日お前の誕生日だから、ラップトップとか洒落たもんをやろうと思ったんだが・・」「いいよ。これは世界にひとつしかないものでしょう?ありがとう、大事にするね!」明日が16歳の誕生日だということに、少年は忘れていた。「誕生日おめでとう、アレックス。明日は盛大なパーティーをしような。」「ありがとう、お爺ちゃん。」 少年―アレックスは、明日から始まる学校生活に期待と不安を胸を抱きながら、眠りに就いた。翌朝、彼が祖父母と朝食を食べて家を出てバス停へと向かうと、そこには既に先客が居た。ダークブロンドの髪に転校先の高校のエンブレムが刺繍されたブルーのジャケット。「隣、いいかな?」「ああ、いいぜ。お前、見かけない顔だな?」そう言うと、ブルーのジャケットを着た少年はアイスブルーの瞳でアレックスを見た。「俺、アレックス。」「ディーンだ。宜しくな。転校生か?」「ああ。数日前NYからこっちに引っ越してきて、今は爺ちゃん家に居る。」「そうか。部活は何入ってたんだ?」「コンピューター部さ。君は見たところアメフトかバスケやってそうだね?」「当たり。俺はライオンズのメンバーさ。今度見学に来いよ、楽しいからさ。」ディーンと二人で話している間に、スクールバスが二人の前に止まった。「よぉディーン、先週の試合良かったな!」二人がバスに乗り込むと、後部座席に座っていた男子生徒たちの一人がそう言ってディーンに声を掛けた。「よぉネイサン、お前も最高だったぜ!」ディーンはその男子生徒のほうへと向かうと、彼とハイタッチを交わした。「見ない顔だな、新顔か?」「こいつ、NYから来た転校生のアレックスだよ。アレックス、こいつはネイサン。俺の親友さ。」「どうも、宜しく。」「宜しく、仲良くやろうぜ、ニューヨーカー!」ネイサンはそう言って白い歯を見せて笑うと、アレックスともハイタッチした。 転校初日は順調だった。ランチタイムになると、アレックスはディーンたちとともに一緒のテーブルへと座った。彼らがガールフレンドとすごした週末の事で盛り上がっていると、コツコツと甲高い靴音がしたかと思うと、数人の黒尽くめの集団がカフェテリアに入ってきた。すると、その途端カフェテリアが水を打ったかのようにシーンと静まり返った。にほんブログ村
Sep 22, 2012
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