薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
全170件 (170件中 1-50件目)
「判決を言い渡す。被告人には、死刑を処する。」 裁判官がそう言った瞬間、傍聴人席に座っていた真那美は安堵の表情を浮かべながら槇に微笑んだ。被告人席では、華凛を殺した柏木薫が項垂れたまま手錠を掛けられ、法廷を後にしようとしているところだった。「待って。」真那美はそう言うと、自分の方へと振り向いた薫を睨みつけた。「あなたを、わたしは死ぬまで許しません。あなたの自己中心的な考えが、叔父の命を奪った。刑務所の中で、その日が来るまで自分の犯した罪を考えてください。」真那美の言葉を聞いた薫は微かに顔を歪めると、彼女に背を向けた。「もう、気が済んだかい?」「ええ。行きましょう、もうここに居る必要はありません。」「そう・・今日はいい天気だから、ドライブにでも行こうかね?」「いいですね、行きましょう。」 裁判所を後にした真那美は、槇が運転する車に乗り、琵琶湖へと向かった。冬の琵琶湖は雪に包まれ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。厚手のコートを纏った真那美は車から降りると、冬の冷気に包まれて思わず寒さに震えた。彼女はゆっくりと、華凛の遺体が発見された場所に花を供えた。「叔父様、どうか安らかに眠って下さい。いつかわたしが叔父様達の元に行くまで、どうか天国でわたし達のことを見守って下さい。」真那美はそう呟くと、合掌した。「君は、これからどうするつもりだい?」「篠華流を継ぎます。それが、わたしに託された役目ですから。」「そうか・・」「槇さん、お願いがあるんです。」「何だい?」「嵐山に行きたいんです・・」「わかった。」 数時間後、槇は真那美とともに嵐山にある美術館の前に立った。それは、華凛が生前設計を手掛けたものだった。古都の景観を損なうこともなく、優美で趣のある外観の美術館は、今や人気観光スポットとして有名である。「ここに、叔父様は居るんですね。」「そうだよ。華凛さんの魂は、ここに居るよ。君が彼に会いたい時には、ここに来なさい。」「はい・・」「もう行こうか?」「ええ・・」美術館の中に入らずに、真那美と槇は車を停めている駐車場へと向かおうとした。“真那美、またね。” その時、真那美の背後で華凛の優しい声が聞こえた。真那美が慌てて背後を振り向くと、そこには訪問着姿で髪を結いあげた華凛が彼女に笑顔を浮かべながら立っていた。「どうしたんだい?」「叔父様が・・」真那美がそう言って華凛が居た場所を指すと、そこにはもう彼の姿はなかった。(また来ます、叔父様。あなたに会いに・・)たとえ肉体は滅んでも、華凛の魂は自分の側に居るのだと思いながら、真那美は槇とともに美術館を後にした。《完》
Sep 28, 2013
コメント(0)
正英華凛が失踪して5年、彼の白骨化した遺体が琵琶湖畔で発見されたのと同時に、彼を殺害した女が逮捕された。その女は、柏木満の妻、薫だった。 薫は事件前に華凛に対して一方的に想いを寄せており、彼が失踪した日の夜、夫が華凛と口論となり掴み合いになっているのを木陰から密かに見ていた。そして夫が華凛のネックレスを奪って気絶させ、現場から立ち去って行くのを見た後、薫はそっと華凛の方へと近づいた。「ねぇ正英さん、わたしと付き合わない?そしたらあのネックレス、取り返してあげてもいいわよ?」「お断りします。わたしは、自分の手でネックレスを柏木さんから取り戻します。ですから、余計な事はしないでください。」「何よ・・あんた一体何様のつもりよ!?」 こんな危機的な状況に陥ってもなお、自分に靡(なび)こうとしない華凛に薫は激昂し、咄嗟に近くの工事現場に置いてあった鉄パイプで華凛を撲殺した。「あなた、助けて!あの人、殺しちゃった!」動転した薫はすぐさま夫に電話を掛け、華凛の遺体を車のトランクに入れ、そのまま滋賀方面へと車を走らせた。「何処行くの?」「死体を捨てに行くに決まってるだろ!」「あなた・・」「お前が悪いんだからな!」隣で泣き喚く妻にそう怒鳴ると、柏木は琵琶湖に華凛の遺体を投げ捨てた。それが、5年前の事件の真相だった。薫が警察で華凛殺害を自供したことにより、柏木は死体遺棄で逮捕された。「叔父様は、悔しかったことでしょうね・・」「そうだね・・でも遺体が見つかってよかった。もし遺体が見つからないままだったら、あの二人は殺人の罪を隠して平気な顔をしていつも通りの生活を送っていたかもしれない。きっと、君の死んだご両親やお祖父様が、二人に罰を与えたんだろう。」「ええ・・」 華凛の遺体を引き取りに来た真那美は、槇とともに警察署の中へと入ろうとすると、突然二人の前に無数のマイクが突き出された。「今回の事件をどのように思っていますか?」「犯人に何か言いたい事があるのでは!?」「通して下さい!」槇がそう言ってレポーターを制止しようとした時、真那美は彼をキッと睨むと、彼の手からマイクを奪った。「今回の事件について、犯人に言いたい事があります。わたしは生まれてすぐに両親を交通事故で亡くし、叔父と父方の祖父に育てられました。叔父は当時高校生でしたが、赤ん坊のわたしを必死に育ててくれました。わたしはそんな叔父を尊敬していました。京都を離れ、東京で暮らす叔父が時折京都に会いに来てくれることが、わたしにとっての唯一の楽しみとなりましたが、もう二度と叔父に会えないと思うと寂しいし、悔しい思いで一杯です。叔父を身勝手な理由で殺したあなたを決して許しはしません。」真那美はそう言ってレポーターにマイクを返すと、槇に付き添われながら警察の遺体安置所へと向かった。「叔父さんで、間違いないですね?」「はい、間違いありません・・」 叔父の遺体が発見されたと真鍋に言われた時、覚悟を決めたつもりだった。なのに、叔父の遺体を見た途端、真那美はショックと悲しみに襲われ、その場に蹲った。「大丈夫かい?」「ええ・・」真那美はゆっくりと立ち上がり、そっと叔父の骨に触れた。(お帰りなさい、叔父様・・)
Sep 28, 2013
コメント(0)
華凛が失踪してから5年の歳月が経ち、真那美は衿替えをして舞妓から芸妓になった。「衿替えおめでとう、真那美ちゃん。」「おおきに。」 舞妓時代から真那美を贔屓にしてくださっている大手建設会社の吉田専務は、そう言って彼女に微笑んだ。「叔父さんの消息は、まだ掴めないの?」「へぇ、警察の方からはまだ連絡がありまへん。」真那美はそう言うと、衿元から覗くピングゴールドの鎖を見た。 5年前、叔父・華凛は突然失踪し、真那美と槇の元には彼の物であったユニコーンのネックレスだけが残った。「すまないね、辛い事を聞いて。」「いいえ・・」「余り気を落とさないようにね。」「へぇ・・」「それじゃぁ、また来るね。」吉田専務はさっと座布団から立ち上がり、部屋から出て行った。「ただいま戻りました。」「お帰り、真那美ちゃん。あのな、さっきここに真鍋さんが来たんえ。」「真鍋さんが、どすか?」「何でも、あんたの叔父様の消息が判ったとか・・うちの部屋に通したさかい、会ってきよし。」「そうどすか。」 お座敷から置屋へと戻った真那美は、女将に頭を下げると、真鍋が待っている女将の部屋へと入った。「真鍋はん、お久しぶりどす。」「真那美さん、こちらこそお久しぶりです。実は今日ここに来たのは、君の叔父である正英華凛さんが見つかりました。」「叔父様は、今何処に?」「それが・・」真鍋はそう言って低く唸った後、バツの悪そうな顔をした。「どうかなさったんどすか?」「こんな事をあなたに告げるのは言いにくいのですが・・華凛さんの遺体が、琵琶湖畔で発見されました。白骨化していました。」「そんな・・」真那美は真鍋からの言葉を聞いた後、床にへたり込んだ。叔父が―自分の親代わりだった叔父が死んだ。「どうして、叔父の遺体やと判ったんですか?白骨死体やのに?」「遺体の歯型と、叔父さんの歯型が一致しました。」「そうどすか・・お忙しいのに、わざわざお越し下さっておおきに。」「いえ・・」真鍋はハンカチで目元を押さえる真那美の肩をそっと叩くと、部屋から出て行った。「どないしたん、真那美ちゃん?」「おかあさん・・叔父様が・・」その真那美の言葉で全てをさとったのだろう。置屋の女将は、真那美を優しく抱き締めると、今日はゆっくりと休むようにと言った。「お休みなさい、おかあさん。」「お休み・・」 翌朝、華凛の白骨化した遺体が琵琶湖畔で発見され、現場周辺はマスコミが殺到した。「さきほど入った情報によりますと、正英華凛さんを殺害した犯人が逮捕されたということです。」 ニュースの画面が切り替わり、京都市内にある警察署の前に停車したパトカーから容疑者が出て来るのを、真那美と槇はテレビ画面越しに見た。「槇さん、うちはどうすれば?」「何も動じないこと。それが一番の対処法だよ。」「へぇ、わかりました。」
Sep 28, 2013
コメント(0)
華凛が突然職場から失踪してから数ヶ月が過ぎたが、警察は未だに彼の消息を掴んでいなかった。 東京の警視庁にある取調室では、華凛失踪時の唯一の目撃者である柏木満の取り調べが連日行われていた。「だから、僕はやっていませんって!」「お前と被害者は、事件前から仲が悪かったことはわかってんだ。いい加減、白状したらどうだ!」「僕は彼を殺してなどいません!どうして信じてくれないんですか!?」柏木満は半ベソをかきながら、必死に真鍋達に対して身の潔白を訴えた。だが、彼の自宅を真鍋達が家宅捜索すると、柏木の妻が使っていたドレッサーの引き出しから、華凛のネックレスが見つかった。「これに見覚えは?」「それは・・」「あんたの奥さんが使ってたドレッサーから出て来たんだよ。被害者のネックレスが、何でお前の家にあるんだ?」「それは・・その・・」「このネックレスの鎖から、あんたの指紋が出た。詳しく俺達にも解るように説明して貰おうか?」真鍋達に詰め寄られた柏木は、観念して華凛が失踪した当日に起きた事を話した。 その日、来年春に嵐山にオープンする予定の美術館のコンペディションは、華凛が所属する設計一課が勝った。「畜生、また一課に負けるなんて・・」「すいません・・」「ったく、お前は本当に役立たずだな、柏木!」上司から激しく罵倒され、意気消沈した様子で会社を出た柏木は、正面玄関前で華凛と会った。「柏木さん・・」「お前さぁ、あんまり調子に乗るなよ?」「わたしは調子に乗ってなんか・・」「お前の澄ました顔が、ムカつくんだよ!」ムシャクシャした気持ちを柏木は思わず、華凛にぶつけてしまった。彼は華凛の胸倉を掴むと、彼を乱暴に突き飛ばした。その時、華凛が首に提げていたネックレスが鎖ごとひきちぎられた。「いい物持ってんじゃん。」「返してください、それは・・」「うるせぇ、お前は黙ってろ!」柏木はそう華凛に怒鳴って地面に蹲った彼の顔を蹴った。彼は近くの自販機に後頭部を強打し、気絶した。「あいつを殺してしまったんじゃないかって、急に怖くなってその場から逃げました。」「それだけか?」「ええ。ネックレスは僕が持っていれば安全だろうと思って、現場から持ち去りました。」「柏木さん、あんた会社の金を横領してたんだろ?その罪を、被害者に擦り付けようとしてたんじゃないんですか?」「違う、横領は上司が・・井畑課長がやっていたことだ!ちゃんと彼が横領したという証拠が自宅にある!嘘じゃない!」「その言葉、信じていいんですね?」「お願いです・・早く僕を家に、妻の元へと返してください!」真鍋は柏木を一度信じることにし、彼の自宅へと向かった。「先輩、ありました!」「でかした!」 真鍋は柏木の自宅から井畑課長が会社の金を横領していた証拠を発見し、柏木を釈放した。「あなたを疑ってしまって、申し訳ありませんでした。」「いえ・・僕は、正英さんに嫉妬していたんです。彼には、建築家としての才能があった。それに、同僚や上司との関係も良くて・・馬鹿ですよね、こんなつまらない事で彼に暴力を振るって、憂さを晴らそうだなんて・・」柏木はそう呟いて溜息を吐くと、俯いた。
Sep 27, 2013
コメント(2)
「言いたい事がおありなら、はっきりと言っておくれやす。」「真那美ちゃん・・」男に詰め寄った真那美を、すかさず雛菊が窘(たしな)めた。「叔父様の身に、何かあったんどすか?」「実は、あなたの叔父に当たる正英華凛さんが、数週間前に失踪しましてね。あなたの所に居るのではないのかと思って京都に来たのですが・・」「叔父様が、失踪されたて・・」「ええ。何でも、会社の金を横領したとか・・」「そんなの、嘘どす。叔父様はそないな事をするような方やおへん!」真那美がそう叫ぶと、今まで賑やかだった会場が突然水を打ったかのように静まり返った。「真那美ちゃん、落ち着きよし。」雛菊はそう言うと、真那美の袖を引いて彼女を会場の外へと連れ出した。「真那美ちゃんが言いたい事はわかるけど、場を弁(わきま)えなあかんよ。あの方は、うちらにとってはお客様や。お客様に失礼な事を言ってはあかんえ。」「そやけど・・」「うちかて、真那美ちゃんの叔父様が横領なんてしてへんこと、信じてる。」「堪忍え、雛菊ちゃん。雛菊ちゃんにも迷惑掛けてしもうて。」「さ、戻ろう。」雛菊とともにパーティー会場へと戻ると、真那美は同僚と談笑している男の方へと向かった。「あの、さっきは怒鳴ってしまって申し訳ございませんでした。」「いえ・・こちらこそ、あなたの叔父様について失礼な事を言ってしまい、申し訳ありませんでした。自己紹介が遅れましたが、わたしは真鍋良太(まなべりょうた)と申します。」「真鍋様、これから宜しゅうお頼申します。」「こちらこそ。」真鍋刑事はそう言うと、真那美に微笑んだ。「真鍋、あれが正英華凛の姪か?」「はい。祇園の舞妓です。彼女から話を聞きましたが、正英華凛は横領などしていないと・・」「感情に振り回されるな、真鍋。」「すいません・・」先輩刑事から軽く叱責され、真鍋はそう言って俯いた。「それよりも、柏木は何て言ってましたか?」「あいつは、正英が横領したに違いないとの一点張りで・・一体どうなっているんだか・・」「来年春に嵐山にオープンする予定の美術館のコンペディションを巡って、正英華凛が所属していた設計一課と、柏木満が所属していた設計二課との間で、凌ぎを削っていたようだからなぁ。それに、柏木満は事件前から正英華凛のことを色々と恨んでいたようだし・・」「あいつを殺す動機があると?」「ああ。良く考えてみろ、正英華凛が失踪した当日、彼を目撃したのは柏木満ただ一人だというじゃないか?あいつが正英華凛に声を掛けて、彼を殺した・・」「それも有り得ますが、憶測で柏木を黒と決めつけてはいけません。もっと慎重に捜査を進めないと・・」「俺もそうしたいところだが、上層部から早く事件を解決しろと言われてな・・」 真鍋達の会話を聞きながら、真那美は華凛が無事であるようにと祈った。「ただいま戻りました。」「お帰り。真那美ちゃん、あんたにお客様え。」「お客様?どなたどすか?」「藤堂様とおっしゃる方や。」「そうどすか・・」 数分後、女将の部屋に真那美が入ると、そこには珍しく着物ではなくスーツを着た槇が座布団に座っていた。「槇さん、どないしたんどす、こないな時間に?」「華凛さんの事は、聞いているね?」「へぇ、聞いてます。ほんまに、叔父様は会社のお金を・・」「それはないと思うよ。彼は清廉潔白な人だ。不正に手を汚すような人ではない。」「うちも信じたいと思います。叔父様が、無事でいて欲しいと・・」
Sep 27, 2013
コメント(0)
真那美が店出ししてから丁度1ヶ月を過ぎた12月初旬、彼女は高熱で倒れた姉芸妓・梅千代の名代として京都市内のホテルで開かれている警視庁と京都府警主催のパーティーに出席する事になった。「ほなおかあさん、行ってきます。」「気ぃつけてな。」「へぇ。」黒紋つきの振袖に、西陣の鮮やかな金色のだらり帯をつけ、髪に12月の花簪を挿した真那美は、女将に頭を下げると、置屋の前に停まっているタクシーに乗り込んだ。「ホテルグランヴィアまで、お願いします。」真那美がそうタクシーの運転手に告げると、彼は無言で頷いて花見小路を抜けて大通りへと向かった。「12月になったら、ここら辺でよう舞妓や芸妓さんの姿を見かけますなぁ。」「この季節はパーティーや忘年会が多いさかい、休んでる暇がありまへん。」「そうどすか。無理をしたら倒れますさかい・・」「肝に銘じておきます。」運転手とそんな会話を交わしながら、真那美はホテルグランヴィア京都があるJR京都駅前でタクシーから降りた。「あ、舞妓さんだ。」「あれ、本物?」真那美の近くを歩いていた観光客らしきカップルが、そう言ってジロジロと彼女を見た。最近では観光客が舞妓に変身する“変身舞妓”が祇園近くを歩いている為、舞妓の事を良く知らない人達は変身舞妓を本物の舞妓と勘違いしている事が多い。 変身舞妓のサービスをしている専門店など、京都市内には何軒かあるが、一部のマナーの悪い観光客の所為で、祇園の文化が誤解されるのではないかと真那美は少し心配していた。彼らも京都の経済を潤していることに間違いないのだが、花街のしきたりを知らない者が舞妓に扮装していいものなのだろうか。そんな事を考えている内に、真那美はパーティー会場である「竹取の間」に着いた。「真那美ちゃんも来てたんや。」 真那美がパーティー会場に入ると、宮川町の舞妓である雛菊がそう言って彼女に駆け寄ってきた。「雛菊さん姉さんも、パーティーに?」「へぇ。うちとこの姉さんが怪我してもうて・・」「うちも、梅千代さん姉さんが高熱を出してしもうて、代理で来たんどす。」「そうなんや。それよりも、何やいかつい人ばかりやわぁ。」パーティー会場を見渡しながら、雛菊はそう言って厳つい顔をしている警察官を見ながら溜息を吐いた。「何やみんな同じ顔に見えてしまうわぁ。どこかにイケメンはおらへんのかなぁ?」「雛菊ちゃん・・」真那美が少し呆れたような目で雛菊を見た時、置屋の玄関先で見かけた男が自分を見ていることに気が付いた。「どないしたん?」「何や、あの人うちのことをじぃっと見てはる気がして・・」「気の所為やないの?」「そうやろうか?」真那美はさっと男から視線をそらして雛菊の方へと向き直ると、その男はいつの間にか彼女達の前に立っていた。「いつの間に・・」「この前は、失礼な事を言ってすいませんでした。」「へ、へぇ・・」「あの、お客様も警察の方なんどすか?」「まぁね。いつも自己紹介する時は、公務員と言ってますけど。警察だと言うと、みんな身がまえちゃって・・」「そうなんどすか。うちは宮川町の“あやな”の雛菊と申します。」「うちは、祇園の“さざれ石”の真那美と申します。」「真那美・・もしかして、君があの正英華凛さんの姪御さん?」「へぇ、そうどすけど・・叔父様の事を、ご存知で?」「まぁ、一応ね・・」ちょっと言葉を濁した男に、真那美は少し不快になった。
Sep 27, 2013
コメント(0)
手術室の赤い「使用中」のランプが消えたのは、淳史が病院に搬送されてから3時間後のことだった。「淳史、お母さんよ、わかる?」「しっかりしろ、淳史!」ストレッチャーに乗せられた淳史が手術室から姿を現すと、高史と結子は彼に駆け寄った。「先生、淳史は大丈夫なんですか?」「ええ。幸い、右足の骨折だけで済みましたし、脳に異常は見られませんでした。」「ありがとうございます、先生!」結子はそう言って医師に向かって頭を下げると、高史と手を握り合った。「良かったわね、あなた!」「ああ・・淳史が助かって良かった。」「ねぇ、お義父様には連絡を・・」「ああ、したさ。今こっちに向かってるって。」「そう。」結子が何か言いたそうな顔をして高史を見たが、彼女はさっと淳史の方へと向き直った。「結子、あの子の事はもう放っておけ。あの子が僕達を捨てて鈴久の家を出たんだ。」「あなた、そんな言い方はおよしになって。あの子はまだ15歳なんですよ?」「昔、男子は15歳で成人を迎え、子どもではなく成人として地域や組織に扱われた。あいつはもう、子どもじゃない。自分がしたことは、ちゃんと自分で責任を取らせるべきだ。」「あなた・・」「僕の息子は、淳史だけだ。」そう言った高史の目は、どこか冷たかった。「ほな、うちはこれで失礼致します。」「気をつけて帰りなさい。」「へぇ。」 最後のお座敷が終わり、料亭から花見小路を出た真那美は、夜の祇園を一人で歩いていた。昼間は観光客で賑わう祇園だが、夜となると全く人気がなかった。真那美が置屋を出る時に前日の雨で濡れて滑りやすかった石畳も既に乾いていたが、置屋への帰り道には幾つか大きな水たまりが出来ていた。それらを真那美は器用に避けながら置屋の玄関先へと向かって中に入ろうと引き戸を開けた時、中から一人の男が出て来た。「おい、邪魔だ。」「すいまへん・・」ダークグレーのスーツを着た長身の男は、胸に赤いバッジをつけていた。真那美はさっと脇に寄り、男に一礼するとそのまま置屋の中へと入った。「おかあさん、ただいま戻りました。」「お帰りやす。」「おかあさん、さっきの方、どちらさんどすか?」「何でも、東京から来はった刑事さんやわ。」「刑事さんが、何でここに来たんどすか?」「来週末、東京の警視庁の方がホテルでパーティーを開きはるんやけど、そこへ何人かうちんとこの芸妓や舞妓ちゃんを派遣してくれへんかって・・」「そうどすか。せやったら、うちもそのパーティーに行きます。」「大丈夫なんか?あんた最近働きづめで、碌に寝てへんやろう?」「そんなん、舞妓になる前から覚悟して来ましたさかい、少し位寝ぇへんかっても平気どす。パーティーには、梅千代さん姉さんも・・」「あの子も行くことになってるけど、まだ本調子やあらへんし・・」「姉芸妓の顔を立てる為に、おかあさん、どうかうちをパーティーに行かしておくれやす。お願いします。」「あんたに頭を下げられたら、うちはもう断られへんなぁ・・」 真那美に頭を下げられた置屋の女将は、そう言って溜息を吐くと彼女が警視庁のパーティーに行くことを許可した。「今夜は冷えるさかい、寝る前にお風呂に入り。」「へぇ。おかあさん、お休みなさい。」「お休み。」
Sep 27, 2013
コメント(0)
「彗はまだ京都から帰ってこんのか?」「そのようです。」「“そのようです”だと?実の息子に向かって、何て他人行儀な言い方だ!」 東京・田園調布にある鈴久家のダイニングルームで、高生はそう声を張り上げると高史を睨んだ。「お前は自分の息子が可愛くないのか?」「もうあの子は僕の手には負えません。」「お前はいつから、そんな薄情な奴になったんだ!」「僕がこうなったのは、香奈枝の所為ですよ。もう出ないと会議の時間に遅れますので、失礼。」「待て高史、まだ話は終わっておらんぞ!」背後で父の怒声を聞きながら、高史は玄関を出て待機していたリムジンの中へと滑りこんだ。「今日は渋滞に嵌りたくないから、急いで会社へ向かってくれ。」「かしこまりました。」運転手はそう言うと、邸内路から外へと出て行った。「社長、おはようございます!」「おはようございます!」 リムジンから降り、会社の中へと入った高史に、数人の社員達がそう挨拶して次々と頭を下げた。「社長、いつ見ても格好いいわね。」「既婚者なのが惜しいわぁ。」「そうよねぇ。」女子社員達は口々にそう言いながら、溜息を吐いた。「社長、おはようございます。」「おはよう、氷室君。」 高史が社長室の椅子に腰を下ろすと、彼の第一秘書である氷室宗助が社長室に入って来た。「今夜は赤坂の料亭で峰岸先生と会食のお約束が入っております。」「わかった。何時だ?」「7時です。社長、今度の選挙には出馬なさるおつもりですか?」「さぁね。僕は政治に興味はないし、二世議員って言われるのは嫌なんだ。」「そうですか。まぁ、お父様はまだ御健在でいらっしゃいますし・・」「さてと、今日も忙しいな。」 昼休み、高史が社長室で仕事をしていると、彼のスマホが鳴った。「もしもし。」『あなた、淳史が大変なの!あの子が、車に撥ねられて・・』「何だと!淳史は・・あの子は大丈夫なのか?」『あなた、病院に来て下さらない?』「わかった、今すぐ行く!」高史は社長室から飛び出すと、扉が閉まろうとしていたエレベーターに乗り込んだ。「すぐに車を出してくれ!息子が事故に遭って病院に運ばれたんだ!」「はい、わかりました!」 数分後、高史が息を切らしながら淳史が搬送された病院へと向かうと、そこにはハンカチを握りしめた結子が手術室の前に立っていた。「あなた・・」「あの子は無事なのか?」「ええ・・救急車でこの病院に運ばれた時には、まだ意識はあったわ・・けど、あの子がどうなるのかわからないの・・」結子はそう言うと、嗚咽を漏らした。「あなた、ごめんなさい、わたしがついていながら・・」「お前が悪いわけじゃない、悪いのは淳史を撥ねた車の運転手だ。あの子はきっと大丈夫だ。」目の前で我が子が車に撥ねられ、半狂乱となっている結子の背中を何度も擦りながら、高史は淳史の無事を祈った。(淳史、まだ死なないでくれ・・僕には、お前しか居ないんだ!)
Sep 26, 2013
コメント(0)
「あ、これ安くねぇ?」「え、どれ?」 大阪市内のインターネットカフェで、数人の少年達がパソコンの画面を食い入るように見ていた。そこには、彗が作成した通販会社のオンラインショップの画面が映っていた。“格安サプリメント”、“スーパーマンになれるお薬、あります”という広告が躍っており、少年達はそのサプリメントの正体が何なのか解らずに、「購入」ボタンをクリックした。「彗、お前が作ったオンラインショップの売り上げ、順調じゃねぇか?」「ありがとうございます。」「これからも宜しく頼むよ。」「はい!」「さてと、お前への労いとして、今日は俺が飯、奢ってやるよ。何がいい?」「焼肉がいいっす!」「そうか、じゃぁ行こうか。」枡田とともに事務所を出た彗は、彼が行きつけの焼肉店へと向かう途中、お座敷帰りの真那美とすれ違った。「あいつが、お前が話していた知り合いか?」「いいえ。」「そうか。」真那美を危険に晒したくなくて、彗は咄嗟に嘘を吐いた。「なぁ彗よ、お前ぇん所の爺さん、まだ現役か?」「ええ。それがどうかしましたか?」「俺の所で働いていいのか?」「別にいいんですよ、祖父ちゃんもあの人達も、何も言わないし。」 彗はそう言うと、目の前にある網に置かれているカルビを一枚自分の皿に取り、それを口に放り込んだ。「美味いか?」「美味いっす!」そう言って屈託のない笑みを浮かべる彗を見ながら、枡田は彼が家族運に恵まれていないということがすぐに解った。 枡田も、悲惨な家庭環境の中で育ったからだ。彼の父親は枡田組の組長で、母親は父親の星の数ほど居る愛人の一人だった。幼い頃から“ヤクザの息子”と呼ばれて苛められたことがあったが、いじめっ子に殴られたら殴り返し、罵倒されたらその分罵声を浴びせた。 中学の時には、凶暴な上級生たちをも震え上がらせるワルへと成長し、毎日喧嘩三昧の日々を送っていた。父親はそんな枡田を見限りはしなかったが、彼との関係は冷めたものだった。「なぁ彗よ、お前ぇ親父さんとは仲悪いのか?」「仲が良い、悪いの前に、親父は俺なんかに関心持ってませんから。親父は、俺の事産まれなきゃ良かったと思ってるんですから。」「俺でよけりゃぁ、話聞くぜ?」「実はね・・俺、死んだお袋が不倫して出来た子どもなんすよ。父親は何処の誰なのか知りませんし、興味ありませんね。金には不自由しなかったけど、いつも一人だった。寝る時も、飯食う時も。」「そうか、寂しかったんだな。これからはよ、俺を実の兄貴と思ってくれよ。」「はい、宜しくお願いします!」「可愛い奴だなぁ、お前ぇは。」枡田はそう言って豪快に笑うと、彗の頭をクシャクシャと撫でた。
Sep 26, 2013
コメント(0)
置屋へと戻った真那美は、早速自分の部屋に入って身支度を整えた。「おかあさん、化粧出来ました。」「そうか。男衆(おとこし)の南方さんが来てはるえ。」「そうどすか。」 男衆の南方に着付けを施され、12月の花簪を髪に挿した真那美は置屋を出て、前日降った雨で濡れた花見小路をおこぼで歩いた。 裾が濡れないように左手で褄(つま)を取り、目的地である老舗旅館「ささき」の正面玄関へと彼女が入ろうとした時、僅かな段差に足を取られ、彼女は身体のバランスを崩して石畳の床に転倒しそうになった。だがその時、誰かが背後で自分を抱き留めてくれた。「おおきに、助かりました。」「大丈夫、怪我はない?」「へぇ、お蔭さまで・・」真那美は自分を助けてくれた人に礼を言おうと背後を振り向くと、そこには髪を金色に染めた少年が立っていた。その少年の顔に、真那美は何処か見覚えがあった。「すいまへんけど、うちと何処かで会うたことはありまへんか?」「急にそんな事聞かれても・・君、名前は?」「うちは真那美といいます。」「真那美・・じゃぁ、君は小学校の時、よく俺と一緒に遊んだ真那美ちゃんなの?」「そうどす。あの、お名前伺ってもよろしおすか?」「俺?俺は鈴久彗(けい)っていうんだけど。」「やっぱり、彗君や!」真那美はそう叫ぶと、嬉しそうな顔で彗を見た。「お久しぶりどすなぁ、元気にしてはりました?」「まぁね。どうして真那美ちゃんはここに?」「うちはこれからお座敷どす。彗君は?」「俺はちょっと野暮用でね。じゃぁ。」彗はそう言って真那美に手を振ると、旅館の前から去っていった。「すいません、遅くなりました。」「どうした、一度も遅刻しないお前が今夜にしては珍しいじゃねぇか?」 数分後、彗が四条通にある雑居ビルの三階にある通販会社の事務所に入ると、革張りの椅子に座っていた30代前半の男がそう言って彼を見た。彼の名は枡田といって、裏社会では一目置かれている存在であった。「まさかお前ぇ、サツに目ぇつけられたんじゃねぇよなぁ?」「いいえ、それはありません。ささきの前で、知り合いに会いまして・・」「知り合い?」「小学校の時に、一緒に遊んでいた友達です。」「そうか。なぁ彗、もう俺らのパシリをするのはもう飽きたろ?俺ぁなぁ、お前ぇにでっけぇ仕事を任せたいと思ってんだよ。」「デカイ仕事、ですか?」「ああ。お前ぇ、パソコンに詳しいんだろ?いいやつがこの前入ってきたからよ、それをネット上で売りたいんだよ。」「はぁ・・」彗は枡田が自分に何を要求しているのかがわかった。「すぐに取りかかります。」「そうか、頼んだぜ。俺ぁパソコンはどうも苦手だからよ、お前ぇにしか頼める奴がいねぇんだよ。」枡田はそう言って彗の肩を叩くと、事務所から出て行った。彼はこの会社の社長だが、仕事よりも競馬場や競輪、パチンコ店などに入り浸っていることが多く、この事務所に顔を出すのは月に数回位である。 彗は枡田が関西一円を牛耳っている暴力団・枡田組の次期組長であることを知っている上で、彼の下で働いていた。何故なら自分の居場所は、ここしかないからだ。
Sep 26, 2013
コメント(0)
「保護者から苦情が来てる?」「そうや。受験前にお前が居ると子どもが勉強に集中できへんから辞めさせろとな!この際、辞めたらどうや?」そう言った前田は、何処か勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべながら真那美を見た。「先生、真那美がおったからって、受験に影響はせぇへんのと違いますか?」「そうや。いくら何でもこじつけすぎやろ?」前田の言葉を聞いた生徒達がそう口々に抗議するのを聞いて、真那美は自分が一人ではないことに気づいた。「一体何の騒ぎですか、これは?」「校長・・」「校長先生、前田先生がさっき学校を辞めろと迫っていたんです。」「それは本当かね、前田君?」「わ、わたしは・・」校長にじろりと睨まれ、前田は突然うろたえた。「君がいくら教頭先生の甥御さんでもね、やっていいことと悪い事の区別くらいつくだろう?生徒に対して暴言を吐くだなんて、許されない事だぞ?」「申し訳、ございません・・」「謝るのなら、わたしにではなく、君が暴言を吐いた生徒に対して謝りなさい。」完全に納得がいかないというような表情を浮かべた前田は、悔しそうに唇を噛み締めながら真那美の方へと向き直った。「済まなかった・・」「前田君、暫くわたしと話をしようか?」「はい・・」「君達、申し訳ないがこの時間は自習にする。自習だからといって周りの迷惑を考えずに騒いだりしてはいけないぞ?」校長はそう言って前田を連れて教室から出て行った。「ごめんね、みんな。わたしの所為で迷惑掛けて・・」「別にええよ、篠華が悪いんと違うし。」「そうや。」「真那美、こっち来て勉強しよう!」「わかった。」 校長室へと戻った校長は、来客用のソファに前田を座らせ、その前に腰を下ろした。「前田君、篠華君が舞妓をしているから彼女の事が気に食わないのか?」「いえ、違います・・」「保護者からの理不尽な苦情を自分一人の力で何とかしようとして、彼女に暴言を吐いたのか?」「わたしだって、必死にやってきたんですよ。それなのに、全く評価されないなんてあんまりだとは思いませんか!?」「君の気持ちは良く解る。だがな、一人で何でも解決しようとしたら、必ず大きな間違いを犯すことになる。」「では、わたしにどうしろと?」「君には明日から、たっぷりと時間をやる。その間に、自分が何をすべきなのかを考えなさい、いいね?」 その日の夜、真那美は槇に学校であったことを話した。「そう・・校長先生が君の仕事に理解がある方でよかったね。」「はい。この事は、叔父様には・・」「僕の方から話しておくよ。」槇がそう言って真那美に微笑んだ時、リビングに置屋の女将が入って来た。「真那美ちゃん、今夜のお座敷出てくれへんか?梅千代が高熱を出して倒れてしもうてな。」「そうどすか。わかりました、おかあさん。」「週末だけっていう約束やったのに、堪忍え。」「困った時はお互い様どすさかい、気にせんといておくれやす。」「昨日の雨で道が滑りやすくなっているから、気を付けて行くんだよ。」「わかりました。槇さん、行ってきます。」 玄関先で槇に見送られた真那美は、女将とともに置屋へと戻っていった。
Sep 26, 2013
コメント(2)
「真那美、おはよう。」「おはよう、チカ。」 二学期ももうそろそろ終わる頃、真那美が登校すると、同じクラスのチカが彼女に話しかけて来た。「明日から期末テストやなぁ、嫌やわぁ~」「もうあたしは勉強してるからバッチリやわ。」「真那美はエライなぁ、週末には舞妓さんやって、テスト勉強もして・・うちのお母さん、いつも真那美ちゃんを見習えってあたしに煩いんや。」チカと真那美が楽しげにそう話していると、教室に担任の前田が入って来た。 前田は大学の教育学部を昨年卒業したばかりの新人教師で、27歳という年齢にしては、少し老けて見えた。「授業始めるぞ、教科書の35ページを開いて~」真那美は英語の教科書を開き、板書をしている前田の背中を睨みつけた。「どないしたん、そないな顔して?」じっと真那美が前田の背中を睨みつけていると、チカが怪訝そうな顔で真那美にそう小声で尋ねた。「うち、あの人嫌いや。」「うちもや。教頭先生の甥っ子らしいで、あの人。」「へぇ、そうなんや。」二人がひそひそと話していると、突然前田が彼女達の方を向いたので、慌てて真那美とチカは教科書へと視線を戻した。「そこの二人、何話してるんや?」「何でもありません。テスト範囲は何処かなぁって話してただけです。」「ほんまか?嘘吐いたら承知せぇへんぞ?」「嘘なんか吐いてません。」真那美はそう言うと椅子から立ち上がり、前田を睨んだ。「何やその目は?」「先生、わたしの何処が気に入らないんですか?」「突然何を言うんや?」「先生、数日前にわたしに暴言吐いたじゃないですか?わたしが高等部に進学せぇへんことが、そんなに気に入らへんのですか?」「お前、今はそんな事を話す時と違うやろ!」数日前の進路相談での事を真那美が前田にぶつけると、教室中がざわめき始めた。「篠華、お前調子乗り過ぎと違うか?」「そうや、そうや。」「舞妓になったからって、偉そうにすな!」後ろの席で数人の男子生徒達がそう真那美に野次を飛ばした。「お前らこそ、調子に乗んなや!」「男の嫉妬は醜いわ~!」真那美を援護するかのように、彼らの近くに座っている男子生徒達がそう言って大声で笑った。「何やと、コラァ!」「やるんか!?」「ええ加減にしなさいよ、あんたら!喧嘩するなら外でして!」彼らの間に険悪な空気が漂っている事を感じ取ったチカはそう言って彼らを睨み付けた。「先生、真那美ちゃんの何処が気に入らないんですか?真那美ちゃんが舞妓やからですか?」「今は授業中や。そんな事聞いてどないするんや?」そう言った前田の顔は、怒りでどす黒くなっている。「先生、俺達も聞きたいです。このまま有耶無耶のままにしとったら、あかんと思う。」「わたしもそう思います。」生徒達の言葉を聞いた前田は溜息を吐くと、真那美を睨んだ。「何でお前はまだこの学校を辞めへんのや、篠華?」「この学校が好きやからです。いけませんか?」「お前の所為で、保護者から学校に苦情が来てるの知ってて、そんな事が言えるんか?」
Sep 26, 2013
コメント(0)
高史から衝撃的な告白を聞いた真那美は、その数日後に久しぶりに華凛と会えるというのに、ちっとも嬉しくなかった。「まだ、悩んでいるの?」「ええ・・」「あのね真那美ちゃん、自分が嫌だと思っている気持ちは必ず相手に伝わってしまうよ。君も舞妓として正式にデビューして、これから色々な方とお付き合いしなくてはいけないんだから、ネガティブな気持ちは隠す努力をしないとね。」「そうですね。」槇の心強いアドバイスを受け、真那美は華凛との待ち合わせ場所であるJR京都駅前にあるホテルグランヴィア京都のカフェルームへと来ていた。「真那美、久しぶりだね。」「叔父様、お久しぶりです。」「店出ししてあれから数日経つけど、どう?仕事にはもう慣れた?」「ええ。ただ学校とお座敷を両立するのは難しいです。置屋のおかあさんは、わたしがまだ学生だから週末だけお座敷に出たらいいとおっしゃってくださいましたが、これからの季節になると、そうはいきません。」「そうだね。12月になると年末年始の忘年会シーズンで忙しくなるだろうし・・」「丁度冬休みなので、学校の事を気にしないで済むのでいいんですけど・・」真那美はそう言って言葉を濁すと、華凛を見た。「どうしたの?」「実はわたし、学校で担任の先生に、“高等部に進学する気がないのに、いつまでこの学園に居るんだ”と言われてしまって・・何だか、悔しくて堪らないんです。」「その先生は、自分の考えだけが正しいと思っているようだね。そんな人の言う事など気にするな。」華凛は真那美の手を優しく握ると、彼女に微笑んだ。「叔父様、ひとつ聞きたい事があります。」「何?」「叔父様と鈴久高史様は、昔恋人同士だったんですか?わたし、数日前に高史様から叔父様との関係を告白されたんです。」「そうか。」華凛は真那美の言葉を聞いて溜息を吐くと、ネクタイを緩めてユニコーンを象ったルビーのネックレスを取り出した。「これ・・」「なかなか捨てられなくてね。今はもう別れてしまったけれど、あの人から貰った大切なプレゼントだから・・」そう言った叔父の横顔は、何処か寂しそうに見えた。「また、京都に来て下さいね。」「ああ。次に会う時は正月かな?」「さぁ、どうでしょう?正月三箇日もスケジュールが沢山詰まっていると、おかあさんから言われましたから・・」「最近寒くなってきたようだから、風邪をひかないようにしなさい。」「わかりました。」 数分後、真那美は東京へと戻る華凛にそう言うと、彼が乗った新幹線がホームを離れるのを見て華凛に手を振った。幼い頃はいつも自分の側に居て、たまには小言を言われてうんざりしていたが、華凛が東京に行ってしまい、彼と離ればなれになった途端に彼の存在の大きさを真那美は改めて思い知らされた。 過去に高史と恋人同士であろうと、華凛はもうその過去を忘れ、前を向いて歩こうとしている。「ただいま。」「どうだった、華凛さんとは?」「槇さん、もう叔父様は高史様との事を忘れています。だから、わたしも過去の事をもう二人に言いませんし、悩みません。」「そうか・・」
Sep 26, 2013
コメント(0)
一方、真那美は部屋の窓からボンヤリと月を眺めていた。彼女は未だに、叔父と高史が昔恋人同士であったということが信じられずにいた。何故男同士でありながら、二人は恋人として付き合い、高史はどんな思いで叔父にユニコーンのネックレスを贈ったのか。一体二人の間に、何が起きたのだろうか。「どうしたんだい、浮かない顔をして?」「槇さん・・」「悩みがあったら、わたしに話してごらん。わたしは口が堅いから、大丈夫だよ。」「実は・・」 真那美は深呼吸した後、槇に巽橋であったことを話した。「そうか・・華凛さんが、鈴久さんと付き合っていたのか・・」「うち、わかりまへん。叔父様と高史様がなんで別れることになったのか・・」「真那美ちゃん、恋愛感情は男女間だけで生まれるものだと思っているの?」「へぇ。」「それは偏見だよ。この世の中には性別に関係なく、恋愛感情というものは生まれるんだよ。男同士でも、女同士でも恋人として共に暮らす人達が居る。それらは決して嫌らしいものでも、気持ちが悪いものでもない。」「けど、叔父様が・・」「華凛さんにも、何か事情があったんだろう。それは僕達には解らない。かといって、華凛さんに聞く訳にもいかない。」「ほな、どうすればええんどすか?」「君に残された選択肢は二つだよ。鈴久さんの話を聞かなかったことにするか、それとも正直に二人に自分の気持ちをぶつけてみるか・・選ぶのは、君だよ。」 槇はそう言って真那美に微笑むと、彼女の肩をそっと抱いた。「お父さん、おはよう。」「おはよう、淳史。今日は早起きだな。」「お母さんは?」「お母さんなら、お祖父ちゃんと一緒に朝ごはんを食べに行ったよ。」「そう・・ねぇ、お父さん・・」「何だい?」“どうして彗お兄ちゃんは、ここに戻って来ないの?”と高史に聞きたかった淳史だが、彼の顔を見ると、そんな事は彼には到底聞けなかった。昨夜の母のように、父も悲しい顔をするに違いないから。「朝ごはん、何があるかなぁ?」「お前の好きなビュッフェだから、好きな物を沢山食べていいぞ。」「わぁ~い、やった~!」もう両親を悲しませたくなくて、淳史はわざと明るく振る舞った。「彗(けい)お兄ちゃん!」「何だよ、うるせぇなぁ・・」 東京へと戻る日の朝、京都駅で淳史に突然声を掛けられ、彗はイヤホンを両耳から外して彼を睨みつけた。「一緒に帰らないの?」「帰る訳ねぇだろう。お前はいいよな、あの人達に可愛がられてさ。」「お兄ちゃん、僕・・」「俺の事を、“お兄ちゃん”って呼ぶな。吐き気がすんだよ、お前の顔見てると。」その時、淳史は彗が自分を冷たい目で睨みつけていることに気づいて、思わず彼から一歩後ずさった。彗は不快そうに鼻を鳴らすと、淳史に背を向けて去っていった。
Sep 25, 2013
コメント(0)
「何だよ、離せよ!」「こんな夜遅くまで、何処に行ってたんだ?」「あんたには関係ねぇだろう?さっさとホテルに帰ってあの人に愛想笑いのひとつでも浮かべてやれよ!」「何だ、親に向かってその口の利き方は!」「お生憎様、俺はあんたの事一度も父親だなんて思っちゃいないよ!大体何だよ、今まで俺の事を放っておいた癖に今更父親面するのかよ!」「彗・・」高史は彗の言葉に深く傷つき、巽橋から去っていく彼を黙って見送ることしかできなった。(あいつの言う通りだ・・僕は、父親失格だ・・) 今まで彼の事を蔑ろにしてきた癖に、自分の世間体を保つためだけに彼に対して“理想の家族像”を押しつけようとしている己の醜さと愚かさに高史は気づいた。もう彗は、自分達を見限っている。15年間、彼を蔑ろにしてきたツケが、今になって回って来たのだ。「お帰りなさい、あなた。」「ただいま・・」「どうなさったのです?まさか、お義父様に何か言われましたの?」「さっき巽橋で、彗に会った・・」「まぁ、それで?」「無理矢理僕があいつをホテルに連れ戻そうとした時、あいつは今まで自分を蔑ろにした癖に今更父親面するなと僕に言って去っていった。あいつの言う通りだ・・」「あなた、彗さんもきっとあなたのお気持ちを解ってくださる日が来ますわ。」結子はそう言って高史の肩を優しく擦った。「結子、僕は今まであの子に対して、間違った接し方をしてしまったのかもしれないな・・15年間溜まりに溜まって来たツケが、こんな形で回って来るとはね・・」高史は結子の手を取ってそう呟くと、自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。(またお父さん達、泣いてる・・) リビングルームの明りがついていることに気づいた淳史がベッドから抜け出し、寝室のドアを少し開けてそっと中の様子を覗くと、ソファで何かを話している両親の姿があった。「もうあの子は、僕には手に負えない。」「そんな事をおっしゃらないで、あなた。」彼らがまた、彗の事について話していることに淳史は気づき、そっと寝室のドアを閉めた。(彗お兄ちゃんは、どうして僕達を嫌うのかなぁ?) 何度か淳史は彗と会ったことがあったが、その時も何処か彼は自分と母親に対してよそよしかった。それは父親が別の女と再婚し、半分血が繋がらない兄弟の存在を彼は認めたくはなかったからなのか。淳史は、彗が何を想っているのかがわからなかった。「どうしたの、淳史?まだ起きていたの?」「ねぇお母さん、どうして彗お兄ちゃんは僕達の事を嫌っているの?」「それは・・お母さんにも解らないわ。」そう言って自分に笑った母は、何処か悲しそうだった。 それを見た淳史は、母を深く傷つけてしまったと後悔した。(もう、お母さんに彗お兄ちゃんのことを聞くのは止めよう・・)
Sep 25, 2013
コメント(0)
「すいまへん、わざわざ置屋まで送っていただいて・・」「いや、いいんだ。丁度酔いを醒ましたかったからね。それに、最近運動不足だからウォーキングにもなるし。」 料亭を出た高史は真那美とともに歩きながらそう言うと、彼女に優しく微笑んだ。「あの、高史様と奥様は、仲がええんどすか?」「まぁね。僕はバツイチで子持ちだから、向こうのご両親も、僕の父も最初は結婚に猛反対したさ。けど、妻が妊娠してからはしょうがないとばかりに彼らは僕らの結婚を許してくれたんだよ。」「そうどすか・・すいまへん、そないな事を聞いてしもうて。」「いいんだ。それよりも真那美ちゃん、最後に会ったのは7年前だったよね?ほら、聖愛学園初等部の入学式の時に。」「へぇ、そうどしたな。叔父様は、何処か懐かしそうな顔で高史様のことを見てはりましたのを、覚えてます。」「彼、あのネックレスはまだつけているかな?」「あのネックレスって?」「昔、彼にユニコーンのネックレスをプレゼントしたんだよ。」「そうどすか・・うち、初めて知りました。叔父様と高史様が、そないに親しかったやなんて・・」「まぁ、そんな時期もあったけどね・・」高史はそう言って、巽橋の前で足を止めた。「どないしはりました?」「真那美ちゃん、これから僕が言う事を、落ち着いて聞いてくれるかい?」「へぇ。」「実は、君の叔父様と僕は、昔恋人として付き合っていたことがあるんだ。」 高史の言葉を聞いた瞬間、真那美は自分の中からこの世の音が全て消えたような気がした。「今、何と?」「僕と、君の叔父様―華凛さんとは、昔恋人同士だったんだ。」「高史様は、今でも叔父様の事を・・」「わからない。僕はあの頃、結婚生活に疲れて癒しを求めていたからね。」「じゃぁ叔父様とは、遊びやったと?」「そうじゃない。上手くは説明できないけど、僕は確かに華凛さんに惹かれていた。けれど、ある事件を境に、僕達は離ればなれとなってしまった。」「そんな・・」高史の言葉が、信じられなかった。同性同士でありながら、叔父の華凛と恋人同士であったこと。そして、二人が真剣に愛し合っていたこと。「真那美ちゃん・・」ふと我に返った真那美が高史を見ると、彼は何処か済まなそうな顔をしていた。「もし今度、華凛さんに会った時に、こう伝えてくれないか?僕の我がままで君を傷つけてしまって、悪かったと。」「そないな事、うち叔父様に言えやしまへん。どうか高史様が叔父様に直接伝えておくれやす。」「真那美ちゃん・・」自分へと伸ばされた高史の手を、真那美は振り払った。「ほな、うちはこれで。」「真那美ちゃん、待って!」これ以上高史と居たら、嫉妬ゆえに彼に対して酷い言葉を吐いてしまいそうで、真那美は彼に背を向けて歩き出した。背後で高史が自分に向かって何かを叫んでいたが、聞こえなかった。 巽橋を無事に渡り終え、真那美が置屋のある路地へと入ろうとした時、彼女は両手をスタジャンのポケットに突っこんでいる一人の少年とすれ違った。その少年は、昔一緒に遊んだ彗だった。だが真那美は彼の事に気づかず、置屋の中へと入っていってしまった。 彗は真那美とすれ違った後に、巽橋の前を通りかかった。「親父・・」「彗・・」彗は溜息を吐いて高史の脇を通り過ぎようとしたが、高史は息子の腕を掴んで彼を引き留めた。
Sep 25, 2013
コメント(2)
華凛が居るお座敷を後にした真那美は、姉芸妓・梅千代に連れられて次のお座敷へと向かう為、巽橋の近くを通りかかった。(そういえば、鈴久様とお会いしたんは、ここやったなぁ・・) まだ店出しする前、真那美は橋の上で転びそうになったところを鈴久高史に助けられ、彼に一目ぼれしてしまったのだった。今、彼が何処で何をしているのかと想うと、自然と真那美の顔が赤くなった。「どないしたん、真那美ちゃん?」「何でもありまへん、おねえさん。」「次のお座敷は、鈴久先生のお座敷や。失礼のないようにな。」「へぇ・・」 数分後、姉芸妓と鈴久高生議員が待つ料亭のお座敷へと真那美が向かうと、そこには高史の姿があった。「今日店出しした真那美どす。どうぞ宜しゅうお頼申しますぅ。」「真那美ちゃん、随分と大きくなったねぇ。」高史は正装姿の真那美を見て目を細めながらそう言うと、ビールを一口飲んだ。「高史様は、真那美ちゃんのこと知ってはるんどすか?」「ああ。彼女の叔父さんと僕は長年懇意にしていてね。真那美ちゃんとは、その時に知り合ったんだ。彼女はまだその頃は、赤ん坊だったけどね。」「へぇ、そないなご縁があったんどすか。」姉芸妓はそう言って真那美を見て笑うと、彼女の手をそっと引いて屏風の前に立った。「あの、姉さん・・」「高史様の為に、舞いよし。」「へぇ・・」 真那美は緊張した面持ちで扇子を握り締めると、三味線の名手である姉芸妓の伴奏で「祇園小唄」を舞った。「何や、緊張してしもうて余り良く舞えまへんでした。」「いやぁ、艶やかな舞だったよ、真那美ちゃん。」高史はそう言って真那美に微笑むと、彼女に労いの拍手を送った。「おおきに。鈴久様にそうおっしゃっていただけると、嬉しおす。」「良かったなぁ真那美ちゃん。鈴久様、うちの可愛い妹分の真那美を、これから可愛がっておくれやす。」「わかったよ。」「高史、お前はさっきから頬が弛(ゆる)みっぱなしだぞ?この子に惚れたのか?」「お父さん、よしてくださいよ、こんな席で。」「まぁ、結子さんにはこの事は内緒にしておこう。今夜は男同士でここへ飲みに来たんだからな。」「ありがとうございます。」「高史様、ご結婚してはるんどすか?」「ああ。恥ずかしいことに、結婚前に子どもをこさえてな。まぁ男としてちゃんと責任を取ったからいいが。」「お父さん・・」「どないなお人なんやろうなぁ、高史様の奥様て。さぞやお綺麗なお方なんやろうか。なぁ、真那美ちゃん?」「そうどすなぁ・・」高史が再婚したと知り、真那美の胸が少しズキンと痛んだ。(高史様は優しいし、ええ男やさかい、世の女性が放っておかへんのは当然や・・)そう頭では簡単に割り切ろうとしても、高史と彼の妻との関係が上手くいっていませんようにと、他人の不幸を願ってしまう自分の姿に真那美は嫌悪感を抱いてしまった。「ほな、うちらはこれで。」「梅千代、まだいいだろう?高史、真那美さんを置屋まで送っていきなさい。」「お父さん・・」「わたしに遠慮などせず、早く行け。」酒に酔った高生は上機嫌な様子でそう言うと、息子の背中を押した。
Sep 25, 2013
コメント(0)
2026年11月吉日、真那美は舞妓として正式に店出しすることとなった。「今日はおめでとうさんどす、真那美ちゃん。」「ありがとうございます、おかあさん。」真那美はそう言うと、世話になっている置屋の女将に向かって頭を下げた。「これからも、宜しゅうお頼申します。」「こちらこそ。」 この日の為に用意された西陣織の豪華な刺繍を施された紋付の振袖を纏い、舞妓の象徴であるだらり帯を締め、長い黒髪を割れしのぶに結って鼈甲の櫛と簪を挿した真那美は、男衆に連れられて置屋の玄関へと向かった。厚底の草履“おこぼ”を履いた真那美が男衆とともに置屋から一歩外へと出ると、カメラのフラッシュが眩しくて思わず目を瞑りそうになった。「堂々としよし。」「へぇ・・」 観光客たちやマスコミのカメラに怯むことなく、真那美は男衆とともに贔屓にしている料亭や置屋へ挨拶まわりに向かった。「真那美どす、どうぞ宜しゅうお頼申します。」「今日はほんまにおめでとうさんどす。」「おおきに。」男衆に連れられ、華やかな正装姿の真那美を、物陰から槇と華凛が見つめていた。「大きくなったな、真那美は・・」「そうだね。あの子はこれから祇園に名を残すほどの有名人となるかもしれないよ?」「そうですね・・あの子ならばなれるかもしれません。」「後であの子に会いに行こう。」「今日は無理でしょう。」「わたしはこの日の為に、色々と準備をしてきたんだよ。」槇はそう言って華凛に微笑むと、彼の肩をそっと叩いた。「真那美ちゃん、お座敷の時間え。」「へぇ。」 店出し初日の夜、真那美は祇園の料亭「一力」へと向かった。「真那美どす、今夜は呼んでくれはっておおきに。」「入りなさい。」「ほな、失礼致しますぅ。」真那美がそう言って座敷の襖を開き、中へと入ると、そこには華凛と槇の姿があった。「叔父様・・」「店出し、おめでとう。これからも芸に精進してね。」「へぇ。叔父様、今夜は忙しい中お越しくださっておおきに。一口どうぞ。」「ありがとう、頂くよ。」真那美から猪口に酒を注がれた華凛は、彼女に優しく微笑みながらそれを一気に飲み干した。その後、槇と華凛、真那美はお座敷遊びをして楽しんだ。「ほな、うちはこれで失礼します。」「余り無理はしないようにね。」 真那美が去った後、華凛は溜息を吐いて座布団の上に座り直した。「何だか寂しいなぁ。娘を嫁に出す時の父親の気持ちって、こんな感じなのかなぁ?」「そんなに落ち込むことはないじゃないか。彼女は、とてもいい相手と結婚したと思えばいい。」「いい相手?それは誰ですか?」「この祇園という町だよ、華凛さん。舞妓となったあの子を、わたしはこれから支えていくつもりだ。だから君は仕事を頑張りなさい、わかったね?」「真那美の事、これからも宜しくお願いします。」華凛はそう言って槇に深々と頭を下げた。
Sep 24, 2013
コメント(2)
高史達が京都市内にある高級フレンチレストランで高級食材を使ったフルコースのディナーを堪能している頃、彗は京都市内にあるクラブで悪友たちと騒いでいた。「なぁ、もう帰らなくてもいいの?」「別にいいんだよ。あいつら、俺の事なんかちっとも心配してないようだし。」彗はそう言うと、マイルドセブンの箱から一本煙草を取り出してそれを咥えると、ライターに火を付けた。初めて煙草を覚えたのは、中学に入ってすぐのことだった。彗は煙草を吸いながら、あの女が父の子どもを産んだ日の事を思い出していた。その日、父に半強制的に病院へと連れて行かれた彗は、そこであの女の腕に抱かれている彼女と瓜二つの顔をした赤ん坊を見た。「可愛いなぁ、今日からお前はお兄ちゃんだぞ?」そう言って頬を弛め、赤ん坊と自分を交互に見つめていた父の嬉しそうな顔を、彗は未だに忘れる事が出来なかった。 自分が生まれた時、一度も病院には顔を出さなかったくせに―父があの女と再婚し、血が半分繋がっている弟が生まれた時、彗の中で何かが弾けた。あの女が父と一緒に暮らし始め、彗は彼女の事を決して“お母さん”とは呼ぶまいと決めていた。自分にとっての母親は、自分をこの世に産んで死んでしまった香奈枝一人だけだ。 父に長年蔑ろにされ、彼が再婚し新しい家庭を築いたところで、彼らと家族になった訳ではない。自分は彼らにとっては異邦人なのだ。だから―「彗君、まだここに居たんだ?」「何だよ、またお前かよ・・」膝丈のミニスカートに10センチヒールの編み上げブーツを履いた少女が自分の方へとやって来るのを見て、彗は彼女にそう言って舌打ちしてクラブから出ようとした。だがその前に、少女の派手なネイルを施した手が彼の腕を掴んだ。「もう帰るの?」「ああ。あんまり遅いと、あいつらうるさいから・・」「ねぇ、今度はいつ会えるの?」「知らねぇよ。じゃぁな。」少女の手をそっと振りほどいた彗は彼女に手を振ると、クラブから出て地上へと繋がる階段を上がった。 祇園の外れにあるそのクラブの周辺には、キャバクラやピンサロ、ファッションヘルスといった風俗店が軒を連ねており、派手なドレスを纏った女達が仕事帰りのサラリーマンに声を掛けている。「あら坊や、こんな所で何してるん?」「早うママの所に帰りや。」「何やったらうちらがあんたの相手してあげるえ?」通りを歩いていると、女達が口々にそう言いながら彗に近づいて来た。「すいません、そういうの興味ないんで。」「何や、残念やなぁ~」「ほんまや。」彼女達は彗の言葉を聞くと、彼に背を向けて去っていった。(これからどうしようかなぁ・・) ポケットから財布を取り出し、その中身を確かめると、福沢諭吉が三枚、樋口一葉が二枚あり、全部で四万ある。このままホテルに戻って高史達と顔を合わせるのが嫌なので、彗は近くにあったインターネットカフェへと入った。「いらっしゃいませ~」「ナイトパック、お願いします。」 店員にブースへと案内された彗は、パソコンに触れずに持っていた鞄を枕代わりにしてソファに寝そべった。
Sep 24, 2013
コメント(0)
「あなた、落ち着いて下さい。」「うるさい、これが落ち着いていられるか!あいつは何処に居るんだ!?」「お友達の所へ行きました。」「何故止めなかったんだ?」「止める暇がありませんでした、申し訳ございません・・」そう言って結子が俯き涙を堪えていると、高史と結子の息子・淳史が部屋に入って来た。「お父さん、またお母さんを苛めたの?」「そうじゃないのよ、淳史。」「でもいつもお父さんと話した後、お母さん泣いてるじゃないか!お父さん、どうしてお母さんを苛めるの?」「淳史、決してお父さんはお母さんを苛めてはいないよ。ただ話をしていただけだ。」「じゃぁどうして・・」淳史はそこまで言った時、母が何故泣いているのか理由が判った。「お兄ちゃんは何処?」「お兄ちゃんは友達の所に行った。また朝まで戻って来ないだろう。」そう言った父の言葉の端々には、異母兄・彗(けい)に対する諦めが滲んでいた。 彗の母・香奈枝は彼を出産した直後に亡くなり、高史は彗を京都市内にあるマンションへと住まわせ、その世話を専属の家政婦とベビーシッターに任せきりにした。経済的には恵まれた生活を送っていた彗は、父親から一切の愛情を与えられずに育った結果、学校にも行かずに毎晩朝まで遊び歩いていた。高史が結子と結婚したのは彗がまだ7歳のときで、その時結子は高史の子を妊娠していた。高史の父・高生ははじめ、息子達の結婚に反対していたが、結子の腹の子が男児だと判明した後、あっさりと彼らの結婚を許した。 結子は高史と先妻との間に出来た彗の母親として一所懸命努めて来たが、彗は結子に心を開くことは一度もなかった。やがて彼女が淳史を出産すると、高史はますます彗を蔑ろにし、淳史にだけに愛情を注ぐようになった。それが、彗の人格形成に大きな影響を及ぼすとも知らずに。「あなた、お話があります。」「話はない。」「わたしは今まで、あなたの妻、鈴久家の嫁、淳史の母、そして彗君の母として精一杯努めて来たつもりです。ですが彗君は未だにわたしに心を開きません。あなた、いい加減教えてくださいな、彗君の本当の父親の事を・・」「それはわたしも知らないんだ。香奈枝は・・あいつの母親は、わたしには離婚しないと言っておきながら、裏ではSMクラブの女王様として君臨していた。相手の男は、そのクラブの客だった。」「そんな・・」「わたしは、未だに香奈枝を許せないでいる。彼女が死んでも、彗が居る。あいつの忘れ形見である彗の顔を見るたびに、虫酸が走るんだ!」「あなた・・」 夫の言葉を聞いてショックを受けた結子は、そのまま部屋から出て行ってしまった。「お父さん・・」「淳史、今日はお母さんと三人で食べようか?お前の好きな物をなんでも食べてもいいぞ!」「本当!?」淳史の屈託のない笑顔を見ると、仕事で疲弊した高史の心は瞬時に癒された。この子は自分達夫婦の元に選んで生まれて来た天使だ―高史はそれを信じて疑わなかった。この子は―淳史は彗とは違う。彗はもう15歳で、善悪の判断を持てる大人だ。自分達の手助けなど、彼はもう必要としていないだろう。「じゃぁ、行こうか?」「うん!」高史は淳史の小さな手を握ると、結子と共にホテルから出た。
Sep 24, 2013
コメント(0)
真那美が店出しするまで、あと一ヶ月を切ろうとしていた。「今日もありがとうございました。」「真那美ちゃん、今日はええ出来どしたなぁ。これなら、何処へ行っても大丈夫や。」「おおきに、お師匠さん。」「もうすぐあんたも店出しどすなぁ。早うあんたの舞妓姿を見てみたいわぁ。」「楽しみにしといておくれやす。」 三味線のお師匠さんの家を後にし、自宅へと戻ろうとした真那美はその途中でこの前自分とぶつかった男を見かけた。「あなたは・・」「おや、君はこの前の・・」鈴久高史はそう言うと、真那美に微笑んだ。「篠華真那美と申します。」「篠華って・・京舞の?」「へぇ、そうどす。うちはお店出しした後、篠華流を継ぐことになるんどす。」「そうですか・・その若さだというのに大変ですね?」「うちは篠華流を継ぐ為に生まれたんやさかい、そんなこと感じてまへん。それよりも、あなた様のお名前は?」「僕?僕は鈴久高史というんだ。」高史はそう言うと、真那美に自分の名刺を手渡した。「おおきに。ほな、うちはこれで。」真那美は高史に頭を下げると、自宅へと入っていった。「ただいま戻りました。」「お帰りなさい、真那美ちゃん。今日はお三味線のお稽古だったね?」「へぇ。いい出来やったとお師匠さんに褒められました。」「それは良かったね。店出しまであと一ヶ月しかないけれど、余り無理をしては駄目だよ?」「わかってます。身体が資本やと、叔父様がいつも言うてましたさかい。」「今日は10月だというのに夏の暑さがぶり返したみたいな暑さだねぇ。奥に冷えた麦茶があるから、それをお飲み。」「へぇ。」真那美は奥の部屋に入ると、グラスに注がれた冷えた麦茶を一杯飲んだ。「生き返ったわぁ。」「そうだろう?それよりも真那美ちゃん、頬が火照っているのは暑さのせいだけじゃないね?」「槇さんは、いつも鋭おすなぁ。」「僕は君の父親代わりとして今まで君と一緒に過ごしてきたんだから、君が考えていることなどお見通しだよ。さぁ、誰にも言わないから話してごらん?」「実は先程、鈴久高史様にお会いしました。」「鈴久さんに?何処で?」「巽橋の近くどす。前に転びそうになって、助けて貰ったんどす。」「そうか・・では真那美ちゃんは、鈴久さんに恋をしたんだね?」「何やわからしまへんけど・・鈴久様を見ると、全身が火照ってくるんどす・・」「それがまさしく恋というものさ。相手の事を想うと胸が、全身が熱くなる・・そういうものなんだよ。」「槇さんは、身を焦がすような恋をしたことがあるんどすか?」「わたしだって君よりは長生きしているからねぇ。色々な事を経験しているよ?」槇はそう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。「どうしたんだ、そんな顔をして?」 一方高史は、宿泊先のホテルの部屋へと戻り、後妻の結子が溜息を吐いているのを見て、彼女に声を掛けた。「実はね、あなた・・彗さんは友達の家に行く、朝まで帰らないっていうメールがわたしの携帯に届いて・・」「またか・・これで何度目だ!」 高史はそう言って苛立ちを紛らわす為、拳で壁を殴った。
Sep 24, 2013
コメント(0)
「お疲れ様でした。」「お疲れ~」 一方、東京都内にある大手建設会社・K建設にある設計一課のオフィスで、華凛はスターバックスで購入したショートラテを一口飲んで溜息を吐いた。「正英さん、お疲れ様です。」「あ~、疲れた。」華凛はそう言って凝り固まった肩の筋肉をほぐすため、軽く両肩を回した。ここ数日、大きなプロジェクトを抱えていた設計一課の社員達は激務に追われ、休む暇がなかった。「最近嬉しそうな顔をしてますけど、何かあったんですか?」「いやぁ・・来月に、姪の店出しが決まったんだよ。」「え?姪っ子さんって、まだ15歳でしょう?お店を出すんですか、彼女?」そう言って怪訝そうな顔をした同僚に、華凛は店出しのことを教えた。「店出しっていうのは、舞妓のお披露目みたいなものだよ。」「簡単にはなれないんですか、舞妓って?」「まぁね。花街っていうのはしきたりが多くて、その上狭い世界だから覚えないといけないことが多いし、上下関係も厳しいしね。真那美は今まで良く頑張って来たと思うよ・・」「自慢の姪っ子さんなんですね?」「ああ。わたしにとっては姪っ子というよりも、娘みたいなものかなぁ?」「今まで姪っ子さんの事を育てて来ましたもんね。姪っ子さんのお店出しの日は、京都に行かれるんですか?」「その日だけは特別に休みを取ろうかなって思ってる。そう何度もある事がじゃないからね。」「姪っ子さん、きっと喜ばれますよ。」「はは、ありがとう。」 仕事が一段落し、華凛はノートパソコンをの前から離れると、休憩室へと向かった。そこには、徹夜明けの同僚達が煙草を吸いながら雑談に興じていた。「お疲れ様です。」「お疲れ。身体大丈夫なの?さっきまで休みなしで仕事してたろ?」「もう慣れました。ただ、風呂が入れないのが辛いですね。」「そうだよなぁ。俺、会社の近くにいい銭湯知ってるから、今度連れて行ってやろうか?」「いいんですか?」「正英はいつも頑張ってるし、それくらいさせてくれよ。」「そうそう、設計一課は正英が支えているようなもんだしな。」「そんな・・」同僚達と華凛はそんな会話を交わしながら休憩室からオフィスへと戻ると、誰かが自分の椅子に座っていた。「あ、戻って来たんだ。」「柏木さん・・」華凛は、自分の椅子に座る設計二課のホープ・柏木満の姿を見て眦を吊りあげた。設計一課と二課はライバル関係にあり、一課のホープ的存在である華凛のことを、柏木は快く思っていないようで、彼は何かにつけて華凛に絡んで来る。「何かご用ですか?」「別に。」「どうやら今回のプロジェクトに関わるデーターをお探しのようですが、そこにはデーターはありませんよ。」「俺がスパイしてたとでも?」「いいえ、その可能性があると申し上げたまでです。」「チェッ、相変わらず食えないやつだよな。」 柏木は舌打ちすると、椅子から立ち上がって設計一課のオフィスから出て行った。「気にするなよ、あんなの。」「やっかんでいるんだよ、お前のこと。」同僚達にそう慰められながら、華凛は仕事を再開した。
Sep 24, 2013
コメント(0)
「いやぁ、綺麗な着物やわぁ。」「そうどすやろ?お母さんの代からの知り合いの職人さんが、うちの為に染めてくれはったんえ。」 篠華真那美は、自分の部屋の衣紋掛けに掛けられた紋付の豪華な振袖を誇らしげに見ながらそう言ってクラスメイトの方へと向き直った。「お店出しの時に、これを着るん?」「そうえ。お店出しの時は、鼈甲の櫛と簪を挿して、お世話になっている屋形さんに挨拶に行くんえ。」「えらい高そうな着物やなぁ、幾らするん?」「そんなんわからへん。」真那美はそう言うと、再び振袖を見た。この振袖は、自分が舞妓としてのデビューする「店出し」の時に纏うものであり、その価値がどんな物なのかは知らないが、今までの苦労を思えば、値段を知っても意味がないと彼女は思っていた。 この世には、金がつけられないほどの価値のあるものが沢山ある。「ほな、また来るわ。」「じゃぁ、また明日。」「おやおや、君達の声をもっと聞きたかったのに、残念だね。」 台所から声が聞こえたので真那美が背後を振り向くと、そこには篠華家の下宿人・槇がふかし芋を持って立っていた。「吹かし芋やぁ。」「まだ夕ご飯の時間には早いだろうと思ってね。」「おおきに、槇さん。」「いえいえ。」 リビングで吹かし芋を食べながら、真那美はさっきクラスメイトに店出しの時に着る振袖を見せた事を槇に話した。「もうそろそろ店出しする時期か・・ここまで良く頑張って来たね、真那美ちゃん。」「おおきに。」「週末限定とはいえ、学校に通いながら舞や鳴り物の稽古は大変だったろう?」「そうでもありまへん。舞は小さい時から叔父様から習い始めてますし、鳴り物もその頃から習ってますさかい、お稽古する時が一番楽しいんどす。」「そうか・・やっぱり真那美ちゃんは舞妓に向いているんだねぇ。今まで舞妓になりたいって子が祇園に来たけれど、半年足らずで仕込みを辞めてしまった子が多かったねぇ。」 仕込みとは、半年から一年の間に置屋で住み込み、舞や鳴り物の稽古をしながら、姉舞妓・芸妓の身の周りの世話などをする舞妓見習いの少女の事である。舞妓に憧れを抱いて祇園に来た少女達の多くは、厳しい現実に打ちのめされて祇園から去っていく。「まぁ、厳しい世界で生き残るんは、ほんの一握りの方だけどす。うちかて、何度辞めようかと思うたか・・」「わたしも、君がどんな苦労をしてきたのか知ってるよ。苦労してきたことは無駄じゃなかったね、これからも頑張りなさい。」「へぇ・・」「華凛さんは何て?」「叔父様は、“頑張れ”とだけ言うてくれました。」「華凛さんと君は、言葉を交わさなくても通じ合う関係だからね。」 真那美の叔父・華凛は大学を卒業後、東京の大手建設会社に勤務している。最近は大きなプロジェクトを抱えている為、京都に帰って来るのは月に1回くらいしかない。 実の両親が交通事故で他界し、生後間もない自分を育ててくれた華凛に対して真那美は感謝と畏敬の念を抱いていた。
Sep 24, 2013
コメント(0)
篠華真那美(しのはな まなみ)京舞・篠華流次期家元で、祇園の人気舞妓。小学校時代の同級生・彗の父親である高史に恋をするが・・鈴久彗(すずひさ けい)国会議員・鈴久高生の孫。母親が不倫して出来た“不義の子”である為、父・高史から疎まれている。鈴久高史(すずひさ たかし)高生の長男で、資産家。二番目の妻・結子との間に出来た実子・淳史(あつし)を溺愛している。鈴久結子(すずひさ ゆいこ)高史の二番目の妻。先妻と高史との子どもである彗に何処か遠慮している。鈴久淳史(すずひさ あつし)高史と結子の息子。
Sep 24, 2013
コメント(0)
「お言葉ですが高史さん、何故今まで一度も彗(けい)君に会わなかったのですか?あの子が今、どんな生活をしているのかご存知なのですか?」「ベビーシッターや家庭教師、家政婦さんから毎日メールが来るから、あの子の様子は大体わかるよ。」「顔を見なくても、ですか?あの子はお父さんに会いたくて、いつも寂しさに耐えて・・」「お願いだから、僕達親子の関係をこれ以上引っ掻きまわさないでくれ。」「引っ掻きまわすなど・・」「華凛さん、僕が変わったと思っただろう?」そう言うと、翡翠の双眸で高史はじっと華凛を見た。「わたしは・・」「香奈枝は、彗を産んだ後彼を抱く事もなく死んだ。あの子が僕と血の繋がりがないと知っていた僕は、あの子の世話をベビーシッターに任せた。これまで7年間、あの子に会う事も、抱く事もしなかった。どうしてそんなことをするのかって?あの子の顔を見ると香奈枝を思い出して、虫酸(むしず)が走るからだ!」「そんな・・」高史の口から吐き出された衝撃的な言葉を聞き、華凛は絶句した。「もう、君には用はない。二度と会う事もないだろう。」「そんな・・お待ちください。」「華凛さん、会えて嬉しかったよ。さようなら。」高史はそう言って立ち上がり、伝票を掴んでカフェから出て行った。「どうだった、鈴久さんとの話し合いは?」「全然駄目でした。」「そうか・・それじゃぁ、もう僕達がこれ以上手を出す訳にはいかないね。」「ええ。高史さんにも言われました、“僕達親子の関係をこれ以上引っ掻き回さないでくれ。”って言われました。わたし、余計な事をしてしまったんじゃないでしょうか?」「気に病むことはないよ、華凛さん。」華凛は槇に励まされ、弱々しく彼に微笑んだ。 翌日、真那美が泣き腫らした目で学校から帰って来たので、華凛は彼女を居間に連れていき、何があったのかを問いただした。「彗君が、転校しちゃった。もう、会えないよ・・」「大丈夫、きっと会えるよ。生きていれば、きっと。」「本当?」「本当だよ。伯父さんが、今まで真那美に嘘を言ったことがあるかい?」真那美の頬を撫でながら、華凛は彼女が泣き止むまで彼女の小さな背を撫でた。 それから8年の歳月が経ち、15歳となった真那美は、舞や茶道、三味線や琴のお稽古と、忙しい毎日を送りながらも充実した生活を送っていた。「真那美ちゃん、おはようさん。」「おはようございます、おかあさん。」道端で真那美は顔見知りの置屋の女将さんと出会い、そう言って彼女に頭を下げて挨拶した。「何やすっかり美人さんになったなぁ、真那美ちゃん。お店出しの日が楽しみやわぁ。」「おおきに。」東京出身の華凛はあまり京言葉を話さなかったが、京都で育った真那美は、自然と京言葉を話せるようになった。「ほな、おかあさん、うちはこれで。」「そうどすか。」真那美が急ぎ足で自宅へと戻ろうとした時、彼女は一人の男性とぶつかった。「すいまへん、お怪我は・・」「こちらこそ申し訳ない。立てますか?」「へぇ・・」真那美は男性の手を取り、ゆっくりと立ち上がると、彼に礼を言おうと俯いていた顔を上げ、男の顔を見た。「わたしの顔に、何かついていますか?」そう言った男は、翡翠の双眸を光らせながら、真那美を見た。その一瞬の出来事で、真那美はその男に恋心を抱いてしまった。―第二部・完―
Sep 13, 2013
コメント(2)
彗の家庭教師・西田聡の連絡先を華凛は彗から聞き、事実を確認する為に彼の自宅に電話を掛けた。『もしもし、西田でございますが・・』「夜分遅くに申し訳ございません、ご子息の聡さんは、御在宅でいらっしゃいますか?」『少々お待ち下さい。』電話に出た西田の母親と思しき女性は、華凛の言葉を聞いて保留ボタンを押して息子を呼びに行ったのか、数分間「森のクマさん」が受話器から流れていた。『もしもし、お電話代わりました、聡です。どちら様でしょうか?』「夜分遅くに申し訳ございません、わたくし正英と申します。そちらにお電話をお掛けしたのは、鈴久彗君の事で、お話がありまして・・」華凛は聡に、彗から聞いた話をそのまま話した。すると、彼は彗が嘘を吐いていると言いだした。『あの子はねぇ、少々ひねくれているところがありましてねぇ。愛情不足の所為か、嘘を吐いては人の気をひこうとしている子なんですよ。』「じゃぁ、あの子の足にある青痣は、一体どう説明なさるおつもりなんですか?あれは、ただ単にぶつけて出来たというものではありませんが?」『正英さん、あなたは彗君とどのようなご関係ですか?』「あの子とわたしの姪は同級生でして・・」『わたしはちゃんと仕事をしているつもりですよ?部外者の癖に、こちらを一方的に悪者扱いするのは止めていただきたいですね!』一方的に聡から電話を切られ、華凛は溜息を吐いた。「どうだった?」「家庭教師の方は否認しています。彗君は人の気をひこうとして嘘を吐く子なんだって言ってました。」「どちらが本当のことを言っているのか、わからないね。まぁ、密室で起きた事だし・・」「監視カメラさえあれば、どちらが本当の事を言っているのかがわかるんですけど・・」居間で槇と華凛がそう話していると、こたつの上に置いてあった華凛のスマホが鳴った。「もしもし、正英です。」『華凛さん、高史です。突然で申し訳ないのですが、明日ホテルグランヴィア京都のカフェで会いませんか?』「はい、わかりました。何時に伺えば宜しいでしょうか?」『午前中は予定が詰まっておりますので、13時にどうでしょうか?』「わかりました、明日13時ですね。」『では、明日。』事務的な口調で高史はそう華凛に言うと、通話ボタンを押した。彼はスマホをテーブルの上に置いた後、まだ濡れている髪を乾かしに浴室へと向かった。ドライヤーで髪を乾かしながら、高史は数時間前に父と交わした会話の内容を思い出していた。「暫くあいつに会っていないだろうから、会ってやれ。」「わかったよ。でも、会議で忙しいから・・」「仕事を口実にして、またあの子に会わないつもりか?お前には親の情というものがないのか!」「会うって言っているじゃないか、しつこいな!」 翌日、華凛が高史との待ち合わせ場所へと向かうと、ダークスーツを着た彼は一足先にカフェに来ていて、スマホを弄っていた。「高史さん、お待たせ致しました。」「華凛さん、久しぶりだね。最後に会って・・7年くらい経つかな?」「ええ。あの、お話というのは?」「彗のことだ。あの子、君に家庭教師から暴力を振るわれていると言ったそうだね?」「ええ。あの子の足には、誰かに抓(つね)られたかのような青痣が幾つも出来ていました。」「お願いだから華凛さん、うちの問題に首を突っ込まないでくれないか?」「どういう意味でしょうか?」「言葉通りだ。」華凛が思わず高史の顔を見ると、彼は苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。
Sep 13, 2013
コメント(0)
「どちら様でしょうか?」「すいません、わたくしこういう者ですが・・」華凛が玄関先へと向かい、引き戸を開けると、そこには少し癖がある髪をした男が立っていた。彼はそう言うと、華凛に向かって一枚の名刺を差し出した。「週刊日本・・あの、わたしに何をお聞きになりたいのでしょうか?」「実は、あのホテルのバーでの一件について、インタビューを・・」「お断りいたします。その件で周囲に迷惑を掛けてしまったことで心苦しい思いをしているというのに・・わたしはあなた方に協力する気はありません。」「まぁ、そうおっしゃらずに・・」「どうか、お引き取り下さい!」玄関の引き戸を閉めようとした華凛だったが、男は引き戸に足を掛け、閉めさせまいとする。「いい加減になさい、あなた。さっき警察に通報しましたから、勝手に入ると不法侵入で訴えますよ!」槇がそう男に怒鳴ると、彼は舌打ちして乱暴に引き戸を閉めた。「すいません、ご迷惑を・・」「いえ、どうしても我慢できなかったもので。他人のプライバシーを詮索するような輩には、昔から我慢できずに抗議してしまうんですよ。」「助かりました。」「それよりも槇さん、真那美達は?」「真那美ちゃんはお風呂に、彗君は居間でテレビを観ていますよ。呼んで来ましょうか?」「いいえ、もう用が済んだのでわたしが行きます。」 華凛が居間に入ると、彗(けい)はこたつに入って寝ていた。「彗君、そんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ?」華凛がそう言って彗の身体を揺り起そうとすると、彼はう~んと唸った後また眠ってしまった。「彗君、起きなさい。」再び華凛が彗を揺り起そうとした時、こたつから彼の足が飛び出した。その足には、誰かに抓られたかのような青痣が何箇所も残っていた。「彗君、これどうしたの?」「これ、ぶつけちゃったんです・・」華凛の視線が自分の足に向けられていることに気づいた彗は、そう言って俯いた。「怒らないから、ちゃんと本当の事話して?」「家庭教師の先生が、週に3日くらい家に来るんですけど・・その先生、僕が問題を間違えるたびに足を抓ってくるんです。」「お父さんには、その事ちゃんと言った?」彗は、首を横に振った。「伯父さん、お風呂上がったよ。」「真那美、明日も早いからもう寝なさい。」「え~、観たいテレビがあるのに。」「これから槇さんと彗君と、大事な話があるから、寝なさい。」「何よ、つまんない!」真那美は文句を言いながら、居間から出て行った。「僕、勉強が出来ないから先生に馬鹿にされて、いつも怒鳴られるんだ・・」「どっちの先生?」「家庭教師の先生。算数の問題集全部やって来なかったから、罰として机に縄とびで身体を縛りつけられて、眠りたい時に耳の近くで寝るなって怒鳴られた・・」「辛かったね。お父さんにどうしてそんな事を黙っていたの?」「だってお父さん、仕事が忙しそうだし・・僕が元気にしてないと、迷惑がかかるし・・」 華凛と槇が想像していた以上に、高史と彗が抱えている問題は複雑なものだった。
Sep 13, 2013
コメント(0)
「そんなことがあったんですか・・」「ええ、要らぬお節介をしてしまいました。」 グラタンをオーブンで焼いている間、槇から職員室での事を聞かされた華凛は、無責任な吉田に対して怒りを通り越して呆れてしまった。「まぁ、あの人も自分なりに精一杯やっているんだと思いますよ?でもねぇ、教師という職業は、完璧を求められることがありますからねぇ。」「槇さんは、中学校の先生だったんですよね?やっぱり、苦労されましたか?」「まぁね。中学校の場合、生徒達に苦労するよりも、その保護者達とのお付き合いで気苦労が絶えなかったなぁ。」「モンスターペアレントとか居たんですか?」「ええ。今みたいにネットが普及していないから、余り騒ぎにはなりませんでしたけど。親御さんにとって、自分のお子さん達は神のようなもの。だから、自分の子どもが主役ではないとどうしても気が済まない人が居るものです。学芸会の主役を巡っては、その人はもううちの子を主役にしろってギャンギャンうるさく喚いて。」「大変でしたねぇ。」「これも仕事だと、割り切ってましたよ。」「槇さんは、生徒さん達には慕われていたんですか?」「ええ。僕が退職した時、生徒達が先生辞めないでって泣いて大変だったんですから。」「本当の話ですか、それ?」「わたしは嘘を吐きませんよ。」 一方、居間では真那美が漢字の書き取りの宿題を終えて、彗と一緒にテレビを観ていた。「ねぇ、いつも真那美ちゃんはこうしているの?」「こうしてって、そんなに特別なことなの?毎日伯父さんや槇さん達に宿題教えて貰って、一緒にご飯を食べるのが?」「だって、僕いつも一人だから・・」「ごめん。ねぇ、彗君のお父さんはどうして彗君に会いに来てくれないの?」「わからないよ、そんなの。」「二人とも、ご飯で来たから手を洗って来なさい。」「わかりました!」 真那美と彗君が手を洗い、食堂へと入ると、食卓には茄子と南瓜のグラタン、ライスコロッケが並んでいた。「うわぁ、美味しそう!いただきます!」「いただきます。」「彗君、グラタン熱いから、気をつけて食べてね。」「ねぇ伯父さん、どうして彗君には優しいの?お客様だから?」「それもあるけど、真那美はわたしが何も言わなくても、ちゃんと言う事を聞くでしょう?」「でも・・」「真那美ちゃん、焼きもちやいているんだよ。」「焼きもちなんかやいてないもん!」顔を真っ赤にして怒る真那美を見て、華凛はくすくすと笑った。「何よ、伯父さん何て嫌い!」「全く、憎まれ口を叩いて・・」「あの年頃ではよくあることですよ、放っておきなさい。」 台所で食器を洗いながら華凛が真那美の態度に愚痴っていると、槇はそう言って笑いながら彼の肩を叩いた。その時、玄関のチャイムが鳴った。「すいません、正英さんはご在宅でしょうか?」「槇さん、後は頼みます。」 華凛はエプロンを外すと、台所から出て玄関先へと急いで向かった。
Sep 13, 2013
コメント(0)
「僕も、手伝いましょうか?」「いえ、大丈夫です。」台所で華凛が南瓜を包丁で真っ二つに切っていると、エプロン姿の槇が台所へと入って来た。「いえいえ、僕もお手伝いさせてくださいよ。一人で夕飯を作るのは大変でしょう?二人の方が、作業が捗ると思いますよ?」「それじゃぁ、お言葉に甘えて・・槇さん、そこの茄子を取ってくださいませんか?」「わかりました。」「ありがとうございます。」「今日の夕飯のメニューは何ですか?」「茄子と南瓜のグラタンです。ちょっと季節外れですけど。」「いいじゃないですか。僕グラタン大好きで、いつも暇さえあればそればっかり作って食べてましたよ。」 槇はそう言いながら、冷蔵庫から牛乳を取り出した。「どうして彗君は、うちに来る事になったんですか?」「あの子、四条通のマンションに一人で住んでいるそうなんです。お家にやってくるのは家政婦さんとベビーシッターさんだけで、二人とも夕食後にはさっさと帰っていってしまうそうです。だから彗君は、マンションの部屋でいつも一人なんだそうです。」「高史・・鈴久さんは?」「一度も顔を見に来てくれることはないそうです。クリスマスやお正月、誕生日も、一人で過ごしたそうです、彗君。」「可哀想に・・」華凛の脳裏に、マンションの部屋で一人寂しく電子レンジで温めた夕飯を食べている彗の姿が浮かんだ。 いつも置屋の芸舞妓達やお弟子さん達、そして自分や槇達に囲まれながら楽しく過ごしている真那美とは対照的な生活を、彼は送っているのだ。「うちとは大違いですね。真那美のそばにはいつも誰かが居て、宿題を見てくれる相手も、話し相手も居るから・・」「一人の方が気楽でいい、何て言う人も居ますが、子どもにとっては辛いでしょうね。彗君は僕達に遠慮して寂しくない素振りを見せていますけど、本当はお父さんに会いに来て欲しいって思っているんでしょうね・・」「鈴久さんが彗君に辛く当たるのは、香奈枝さんとのことがあるから・・」「いくら夫婦の仲が悪くても、子どもには罪はありません。僕は仕事柄、色んな子ども達を見てきました。ただ住む所と金だけを与えてやればいいという考えを持った親が、子どもを一人家に置き去りにして、自分達は海外旅行に行ったというケースもあります。それに、学校の成績重視で、テストの点が悪いと人格を全否定され、リストカットに走る生徒を見た事もあります。子どもはね、親を選んで生まれてこられないんですよ。だからこそ、その子の親達・・ひいてはこの国の大人達、若者達が何とかしないといけないんです。」「そうですよね・・でも、最近じゃ少子化の影響で一人っ子が増えて、親戚づきあいも皆無で、初めて接するのが赤ん坊である我が子、というケースが非常に増えているでしょう?」「僕が小学生だった頃は、近所に住んでいるおばさん、おじさんがいつも僕達を見守ってくれたり、何かあったら声を掛けてくれたりしてくれたんですがね・・今は、個人主義重視の時代になって、むやみに他人に声を掛けたり、他人の子を注意したり出来なくなりました。親達だって、自分達の子どもが何で泣いているのか、何で困っているのかわからなくなっている。だから苛立ちの余り、虐待に走ってしまう親も居るんでしょうね、きっと。」「わたしの場合、赤ん坊の真那美の世話は大変でしたけど、家政婦の菊さんや父が面倒を見てくれて、助かりました。ここに来てからは、伯母やお弟子さん達、芸舞妓さん達が真那美のお母さん代わりになってくれて・・彼女達にはどんなに感謝しても感謝しきれないほど、お世話になりました。」「やっぱりねぇ、一人の力では限界があるんですよ。でもねぇ、こうして周りが支えてくれていると、心細くないんです。」グラタンをオーブンに入れた槇は、そう言って華凛を見た。「今日真那美ちゃんの学校に行って、少し真那美ちゃんの担任を叱ってしまいました。」「槇さん、そんな事をなさったんですか?」「ええ。真那美ちゃんから、とんでもない事を聞いてしまってね。」
Sep 12, 2013
コメント(0)
「どうして、彗君はそう思うのかな?お父さんはお仕事が忙しくて、なかなか京都には来られないんだとおじさんは思うよ?」「だって一度も、お父さんは京都に来てくれたことがないもん。お誕生日だって、クリスマスだってお正月だって、いつも一人だったもん。」彗からそんな言葉を聞いて、槇の顔が強張った。子どもにとって、親からその存在を無視される事は、一番辛いことだ。「僕、産まれなきゃ良かったんだ。僕が産まれなきゃ、お母さんが死ぬこともなかったんだ。」「それは違うよ、彗君。君は生まれて来て良かったんだよ。」槇は彗に優しく声を掛けながら、彼の背中を擦った。「こんな所にいつまでも居たら風邪をひいちゃうよ?おじさんたちと一緒に、おうちに帰ろう?」槇の言葉に静かに頷いた彗は、ランドセルを背中に担いで教室から出て行った。「ねぇ槇さん、彗君これからどうなるの?」「それはおじさんにもわからないな。」 聖愛学園の校門から出た槇と真那美は、自分達の前を歩く彗の姿を見ながらそんな会話を交わしていた。「彗君、おうちは何処?」「四条通のマンション。いつも家政婦さんが食事を冷蔵庫に入れてくれる。」「ご飯も、一人で食べてるの?宿題でわからないところがあったら、誰に聞くの?」「ベビーシッターさんは僕が夕飯を食べた後さっさと帰っちゃうし、家庭教師の先生は東京に住んでいるから、毎日連絡できない。」「じゃぁ、宿題はそのままにしているの?」「夜寝る前に、頑張ってやってる。」「ねぇ彗君、おじさん達の家に来ない?彗君の方から、お父さんに連絡してくれないかな?」「でも・・」「宿題でわからないところがあるから、友達の家に行って来ると言えば、お父さんも反対しないよ、どうかな?」「わかった・・」彗はキッズケータイを取り出すと、高史の番号に掛けた。「お父さん、あのね・・お友達の家に今日泊まる事になったんだ。」『そうか。』「ごめんなさい・・」『別に謝るようなことじゃないだろ?向こうに迷惑がかからないようにしなさい、わかったね。』「わかりました・・」彗はケータイの通話ボタンを押すと、溜息を吐いてそれをズボンのポケットにしまった。「ただいま~」「お帰り、真那美。槇さん、すいません・・」「華凛さん、もう夕飯は作りましたか?」「いいえ、まだですが・・」「実は、真那美ちゃんと同じクラスの鈴久彗君が、急に泊まりに来たいって言って、今僕の後ろに居るんですよ。大変申し訳ないんですけど、夕飯を彗君の分も作ってあげてやってください。」「わかりました。」「彗君、華凛さんに挨拶は?」「こんにちは・・迷惑かけて、すいません。」「別に、謝らなくてもいいよ。寒いだろうから上がって。」「じゃぁ、お邪魔します・・」 純和風な篠華家の居間に入った彗は、テレビの前に置いてあるこたつに足を入れてみた。すると、冷えていた爪先が少しずつ温かくなっていくような気がした。「これ、おやつのドーナツ。彗君、アレルギーは?」「ないです。」「そう。真那美、宿題はもうやったの?」「今からやる。」真那美は華凛の言葉を聞いて、渋々とランドセルの中から漢字ドリルと漢字練習帳を取り出した。
Sep 12, 2013
コメント(0)
「あなたは真那美ちゃんが扱いにくい子だと思っているんですか?」「だってあの子、ちっともわたしの言う事を聞いてくれないんです。」「真那美ちゃんと一緒に暮らしている僕の目から見れば、真那美ちゃんは礼儀正しいし、僕や華凛さんが駄目だと言ったことは必ずしません。それの何処が扱いにくいというのですか?」「他の子はいつも休み時間は外で遊んでいるのに、真那美ちゃんだけ教室で読書ばかりして・・子供らしくないなと・・」「吉田先生、外で活発に遊ぶ子が子どもらしいとか、教室で読書ばかりしている子が子どもらしくないとか、子どもの個性をあなたの枠に嵌めようとしているのは大間違いですよ!真那美ちゃんが扱いづらいというのなら、彼女をからかった男の子はどうなんですか!?」「あれは真那美ちゃんが先に手を出してきて・・」「クラスのみんなは、真那美ちゃんは理由もなく暴力を振るうような子ではないと言っていますよ。あなた、担任なのにそんなこともわからないんですか?」「教師の仕事は、児童の人間観察だけで済んでいたら楽なものです!授業の準備や保護者の理不尽なクレーム処理・・教育委員会への報告書も毎日提出しないといけないし、睡眠時間は数時間取れればいいほうです!そんな現場の大変さがわからないから、部外者のあなたは勝手な事が言えるんだわ!」吉田は怒りで顔を赤く染めながら、そう槇に食ってかかった。「わたしは“部外者”ではありませんよ。わたしもかつて教育現場で働いていました。あなたの頃とは違いますが、多少保護者からの理不尽なクレームはありましたよ。けれど、きちんとこちらが話を聞いていれば、相手の言い分も理解できました。」「じゃぁ、真那美ちゃんの事件について、わたしの対応の仕方が悪いっていうんですか!?」「そんな事は言っていません。」「じゃぁわたしにどうしろと!?今でもいっぱいっぱいなのに!」吉田はヒステリックに泣き叫ぶと、バッグを掴んで職員室から出て行ってしまった。「お騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした。」「いいえ。わたし達の方こそ、無責任な噂で子ども達を傷つけるところでした。」「今日のところは、これで失礼致します。」「先生、さようなら。」 職員室を後にした槇は、真那美の手を引きながら来客用の下足箱へと向かおうとしていた。だが、真那美はそれとは逆の方向へと向かった。「何処行くの、真那美ちゃん?」「教室に忘れ物してきちゃったんです。漢字の書き取りの宿題、明日までに提出しないといけないんです。」「そう、じゃぁ僕も一緒に行こう。」真那美とともに槇が教室へと入ると、そこには鈴久彗の姿があった。彼は無言で俯いたまま椅子に座って泣いていた。「彗君・・」真那美が彼に話しかけようとするのを、槇は手で制した。「彗君、だよね?」「そうですけど・・」「何かあったのかな?おじさん、誰にも話さないから、話してごらん?」 突然頭上から声が聞こえ、彗が顔を上げると、そこには知らないおじさんが自分に笑顔を浮かべながら立っていた。「この人、わたしの知り合いだよ、彗君。だから信用できるよ。」「僕・・お父さんに嫌われているんだ。」しゃくり上げながら、彗はそう言って乱暴に手の甲で涙を拭いた。
Sep 12, 2013
コメント(0)
「槇さん、どうして学校に行くの?」「僕はね、真那美ちゃんの担任の先生と話がしたいんだ。職員室の場所、教えてくれるかな?」真那美は何故か槇には逆らえなくて、彼に職員室の場所を教えた。 放課後とはいえ、まだ職員室には数人の教師達が中にいる気配がした。「まさか正英さんと、鈴久先生の息子さんがあんな関係なんてねぇ・・」「高校時代から関係は続いていたらしいわよ?」「やだぁ、それって犯罪じゃない!」何処か嬉しそうな女性の声が中から聞こえて来た。「吉田先生はどう思います?」「どうって・・わたしは何も・・」「迷惑だと思っているんでしょう?正英さんは有名人ですものねぇ。」「それに、あの子・・真那美ちゃんと言ったかしら?あんまり落ち着きがないし・・」「無愛想だしねぇ。」女性達の話が華凛の事から真那美へと移った時、槇はさっと彼女の両耳を両手で塞いだ。「大丈夫、僕がついているから。」今にも泣き出しそうになっている真那美にそう言うと、槇は職員室のドアを開けて中に入った。「失礼します。」「あなた、どちら様ですか!?関係者以外ここは立ち入り禁止ですよ!?」吉田の側に居た中年の女性教師が、ヒステリックな声を上げながら槇を睨みつけた。「お言葉ですが、わたしはこの子の祖父代わりをしておりましてね。先生方、先程あなたがたの話を聞いている限り、あの週刊誌の下らない記事を鵜呑みにされているようですね?」「そ、それは・・」「真那美ちゃんから聞きましたが・・鈴久彗(すずひさけい)君のことで良からぬ噂をお立てになっているとか。あなた方の噂の所為で、子ども達が辛い思いをするのをわかっていらっしゃるんですか!?」槇はニコニコと女性教師にそう言ったが、目は全く笑っていなかった。「そ、それは・・事実でしょう!?」「たとえ事実であろうとなかろうと、そんな話を学校ですべきではないと言っているんです。あなた方は子ども達を教え、導く存在でしょう?それなのに子どもを傷つけて下劣なゴシップに興じるとは何事だ!」槇がそう叫んだ時、空気がビリビリと振動するのを真那美は感じた。「吉田先生、あなたは今回の事をどう思っているんですか?」「わたしは別に、何とも思っていません・・」吉田は俯いたまま、そう言って椅子から立ち上がろうとしていた。「あなたは真那美ちゃんと彗君の担任でしょう?周りの意見に流されずに、はっきりとご自分の言葉でご自分の意見をおっしゃってください。」「正直、迷惑だと思っています。鈴久君には、この学園から転校して欲しいと・・」「つまりあなたは、週刊誌の記事を鵜呑みにして、彗君を厄介払いしようとしているのですか?」「そんな事は・・」「あなたはさきほど、彗君が居る事が迷惑だとおっしゃったじゃないですか?それなのにすぐにそれを翻すとは、矛盾してますよ。本当のところはどうなんですか?」槇にそう詰め寄られ、吉田は今にも泣き出しそうな顔をしていた。「あなた、もうその辺にしておいた方が・・」「いいえ、このまま有耶無耶にしていては子ども達に悪影響を及ぼします。」「真那美ちゃんも彗君も、わたしの担当するクラスから居なくなって欲しいと思っています。いつもトラブルばかり起こして・・二人の尻ぬぐいや、保護者のクレーム処理をするのは全部わたし・・もうそんな事に振り回されたくないんです・・」 吉田は真那美を睨み付け、槇に向き直ってこう言った。「もう、真那美ちゃん達の世話をするのは御免です。」
Sep 12, 2013
コメント(0)
バーでの一件から数日後、ある週刊誌の表紙を、華凛と高史の写真が飾った。 その写真は、酔い潰れている高史を優しく介抱している華凛の姿を映したもので、見出しには、“鈴久高史、ホテルのバーで泥酔。元恋人が優しく介抱”と書かれていた。「やっぱりね・・こうなるとは思っていたんだが・・」「あの時、カメラのフィルムを鋏で切り刻んだのに・・」「最近はデジカメにデーターを残す人が多いからね。そういう人は大抵、フィルムが破損した時に備えて、SDカードにバックアップを取ってあるんだ。」「槇さん、これからどうすれば・・」「今はただ、嵐が過ぎ去るのを耐えるしかないと思うよ。」華凛は週刊誌をゴミ箱に捨てた。 2018年も残りあと僅かとなった頃、華凛がバイト先の弁当屋に向かうと、その前に彼を待ち伏せしていたマスコミが瞬く間に彼を取り囲んだ。「高史さんとはまだ続いておられるのですか!?」「パパラッチに暴行を働いたと聞いておりますが!?」「どうか一言、コメントを・・」華凛は彼らに対して沈黙を貫き、弁当屋の中へと入っていった。「正英君、ちょっと。」「はい・・」店長に呼び出され、事務室に入って来た華凛は、そこで彼から店を辞めて欲しいと言われた。「最近、マスコミがこの辺りをうろつくようになって、他のお客さんやスタッフの迷惑になっているんだ。勿論、今回の事は君の所為じゃないと思っているんだが・・」「わかりました。」「済まないね、こんな形で辞めて貰う事になるなんて・・」「いえ・・店長には、色々とお世話になりました。」「今まで君が働いて来た分の給料は、ちゃんと支払うからね。」「制服はちゃんとクリーニングに出して返します。」何度も自分に対して平謝りする店長に向かって、華凛はそう言うと事務室から出て行った。更衣室のロッカーから制服を取り出し、紙袋に入れて華凛が店の裏口から外へと出ると、マスコミの姿はそこにはなかった。「ただいま。」「お帰りなさい、華凛さん。それ、バイト先の制服だよね?」「ええ。今回の事でお客様や他のスタッフに迷惑がかかるから、辞めて欲しいと店長に言われました。」「そうですか・・君に責任がないとはいえ、辛いね。」「いいえ、あの時、わたしは少しやり過ぎたと反省しています。無断で写真を撮っているパパラッチを、店員さんに摘みだすようお願いしたことも出来た筈なのに・・」「まぁ、過ぎた事を後悔しても仕方がないよ。それよりも、大変なのはこれからだね。」槇はそう言うと、真那美の部屋へと向かった。「真那美ちゃん、居る?」「槇さん、どうしたんですか?」「真那美ちゃん、これから知らない人が家に上がろうとするかもしれないから、そういう人が来たら断るんだよ、いいね?」「はい。あの、槇さん・・」「どうしたの?」「あの子・・母親が浮気して出来た子どもだって、本当ですか?」「どうして僕に、そんなことを聞くのかな?」そう真那美に言った槇は、とても怖い顔をしていた。「誰に、そんな事を聞いたの?」「今日、学校に行ったら・・先生達がそんなことを噂していて・・」「真那美ちゃん、ちょっと来なさい。」槇はニッコリと真那美に微笑むと、彼女の手を引いて聖愛学園へと向かった。
Sep 12, 2013
コメント(0)
(え、何?) 一瞬華凛は、何が起こっているのかがわからなかった。しかし、華凛はカメラを構えている男の顔を見ると、あの時東京駅で新幹線に乗ろうとしていた自分にカメラを向けた男と同一人物だということに気づいた。「あなた、何をなさっているんですか?」華凛はそう言って男に抗議したが、彼はそれを無視して華凛と高史の写真を撮ることをやめようとはしなかった。「止めてください、いきなり一言も相手に断りもなく、写真を撮るなんて失礼でしょう!」華凛は男の手からカメラを奪い取り、店員を呼んだ。「何だよ、返せよ!」「フィルムを出してください。」「何でそんなこと・・」「早くフィルムを出してください。そうしないと警察を呼びますよ!」男は華凛の言葉を聞き、渋々とカメラからフィルムを取り出した。「これで全部ですか?」「そうだけど・・」「すいません、鋏お借りできますか?」「どうぞ。」「ありがとうございます。」店員から鋏を受け取った華凛は、それでカメラのフィルムを切った。「何するんだ!」「これ、お返し致します。すいません、お会計お願い致します。」酔い潰れた高史を支えながら、華凛は彼の飲み代をカードで払い、バーを後にした。「高史さん、歩けますか?」「大したことじゃない・・」そう言った高史はフラフラと覚束ない足取りでエレベーターまで向かったが、力尽きて床に蹲ってしまった。「しっかりしてください、高史さん!」「華凛さん、どうしたんだい?」「槇さん・・申し訳ないんですが、この人を運んで頂けないでしょうか?」「わかったよ。何やら訳ありのようだね?」 数分後、華凛は槇とともに高史が宿泊している部屋へと入り、泥酔した高史をベッドに寝かせた。「どうしてこんなになるまで飲んだんですか、高史さん?」「君には関係のないことだ。」「そんな・・」「華凛さん、今はそっとしておいてあげた方がいい。」「はい・・」槇とともに華凛は高史の部屋から出て行くと、自分達が宿泊している部屋へと戻った。 そこで華凛は、槇にバーでの事を話した。「その男、一体何者なのかねぇ?」「さぁ、知りません。どうやらパパラッチのようでした。」「パパラッチかぁ・・欧米では執拗にセレブにまとわりついて、その所為でセレブがパパラッチを暴行したりして大騒ぎになったことがあったね。それに、英国のダイアナ元皇太子妃が交通事故で死亡したのは、パパラッチがしつこく彼女を追いかけ回した所為だっていう人も居るみたいだし・・」「槇さん、どうしてわたしがパパラッチの標的になるんです?わたしは何もやましい事などしていませんし、セレブでもありません。」「でも、君はかつて正英流次期家元として世間の話題を浚ったことがあるじゃないか。その人が今、どうしているのかを知りたいんだと思うよ、彼らは。」「迷惑な話ですね。でもあの人は・・わたしよりも高史さんの方にカメラを向けていました。」「鈴久さんの方に?」「高史さんの父親は国会議員です。その息子がバーで酔い潰れている写真を撮ってマスコミ各社に売れば、金になると思ったのでは?」「芸能人や国会議員のプライベート写真は、高値で取引されるって聞くからね。今回の事が、大事にならないといいけど。」 槇はそう言うと、溜息を吐いた。
Sep 12, 2013
コメント(0)
「本当にいいお式だったね。」「ええ。和美ちゃんも、幸せそうでした。」「出来れば、鈴久先生もご出席なさった方が良かったんだが・・お忙しい身だから無理だろうね。」「そうですね・・」披露宴終了後、華凛達は会場からそのままエレベーターに乗って客室へと向かう途中、鈴久高生とその息子、高史と鉢合わせした。「これは、鈴久先生。お久しぶりでございます。」「久しぶりだな、正英君。こうして君と顔を合わせるのは7年振りだね?」「ええ。高史さん、ご再婚はされたのですか?」「いえ・・」「倅は、未だに独身を貫いております。孫を一人京都の別邸に住まわせて、一度も会いに行かないで仕事にかまけてばかりですよ。」「父さん、そんな事を言わないでください、このような場で・・」高史がそう言って父親の暴走を止めたが、彼はちらりと真那美の方を見て笑った。「娘さんですか?」「いいえ、わたしの姪です。真那美、鈴久先生にご挨拶なさい。」「正英真那美です。」「ほぉ、可愛らしいね。幾つだい?」「7歳です。聖愛学園に通っています。」「そうか・・孫の彗(けい)と同じ学校だな。」「お父さん、もう行きましょう!」どこか高史は、華凛を避けているようで、高生を急かしてエレベーターから急いで降りようとしていた。「全く、せっかちな奴だな。では正英君、また会おう。」「はい・・」「先生、さようなら。」無邪気に自分に向かってそう頭を下げる真那美を、高生は微笑みながら彼女に手を降り、エレベーターから降りた。「流石、あの正英君が育てた姪御さんだ。7歳なのにしっかりとしている。」「彗だってしっかりしていますよ、お父さん。」「お前は一度もあの子に会いに行かないでそんな事がわかるのか?」「あの子の担当のベビーシッターから毎日メールが届いていますし、学校での様子もあの子の担任が逐一メールで知らせてくれますから、あの子の事は大体わかります。」「文章だけで、我が子の気持ちが解るとは、時代はわたしが生きていた頃よりも随分と進んだものだな?」高生はそんな皮肉を息子に言うと、彼にそっぽを向いた。「ならどうしろと?」「あの子に一度会ってやれ。たとえ血が繋がっていなくとも、あの子にとってお前は・・」「父親だと言いたいんですか?妻が他の男と浮気した結果、作った子どもの面倒を見るなんて、僕はごめんです!」高史はそう叫ぶと、そのまま部屋から出て行った。「全く、いつから冷たい人間になったんだ、あいつは・・」 高生は溜息を吐いてそう言うと、ほうじ茶を一口飲んだ。「あぁ、君か・・」「高史さん、飲み過ぎです。」「放っておいてくれ、今は飲みたい気分なんだ。」 ホテル最上階にあるバーで華凛は高史を見かけ、彼にそう話しかけると、彼はそう言って邪険に華凛の腕を振り払った。その時、カメラのフラッシュが二人を襲った。
Sep 12, 2013
コメント(0)
淑子の四十九日の法要が終わり、華凛は真那美と槇とともに、和美と武の結婚式に出席する為、三度上京した。「真那美ちゃん、まるでお姫様みたいだね?」「ありがとう。」振袖を華凛に着せて貰った真那美は、嬉しそうな顔をして槇を見た。「あら、藤堂(とうどう)先生じゃありませんか!」突然背後から甲高い女の声が聞こえ、槇達が振り向くと、そこには上品な訪問着姿の女性が立っていた。「槇さん、こちらの方は?」「ああ、こちらの方は結城さんといって、彼女の息子さんがわたしの教え子だったんですよ。」「お久しぶりです、先生!お元気にしておられましたか?」槇に紹介された結城という女性は、そう言うと隣に居る華凛と真那美の存在を無視して一方的に彼に話しかけた。「ええ。結城さん、今日は余り時間がありませんので、お話する機会がありましたら・・」「あら、すいません!では、わたくしはこれで。」「少し変わった方ですね?」結城が去った後、華凛がそう呟いて槇を見ると、彼は苦笑しながらこう言った。「あの人は、変わった人ですからねぇ・・」 数分後、三人が和美と武の結婚式が行われるホテル内のチャペルへと向かうと、そこには新郎側の親族と友人、そして新婦側の友人が既に着席していた。「ねぇ、あの人達は?」「あの子、従兄の華凛さんじゃない?」「珍しいわね、和美ちゃんとは仲が悪かったのに。」「まぁ、親族が他に居ないんじゃ、仕方ないでしょうけどねぇ・・」時折こちらを見ながらヒソヒソとそんな事を意地の悪い笑みを浮かべながら囁く新郎側の親族の女性に、華凛は腹が立ったが、和美の結婚式を壊してはいけないと思い、ぐっと堪えた。 結婚式が終わり、ホテル内の宴会場で二人の披露宴が行われた。 新郎側の親族が連れて来た真那美と同い年位の子ども達が数人出席していたが、公共の場であるにも関わらず、彼らは会場中を走りまわり、奇声を上げて好き放題に騒いでいた。周囲の迷惑がる視線をよそに、子ども達の親はぺちゃくちゃと自分達の話で盛り上がり、子ども達を全く注意しようとしない。「あなた方、ここをどこだと思っているのですか?少しはご自分の立場を弁えてください。」華凛は堪らず子どもを放置している親族の女性達にそう注意したが、彼女達の一人は謝るどころか、不快そうに鼻を鳴らしながら華凛に向かってこう言った。「何よあんた、偉そうに。子どもが居ないからそんな事言えるのよ。」「お言葉ですが、わたしには7歳の姪がおります。その子はあなた方のお子様方とは違って、公共の場でのマナーを幼少時から教えてきました。いくら自宅よりも広い場所に来たからといって、むやみに走り回ったり騒いだりするのはルール違反だとわたしは彼女に教えてきました。そういう基本的なルールを教えるのが、あなた方の役目では?」「年下のガキが偉そうに・・」「じゃぁ、わたしにとってあなた方は年下のガキということになるわね。あなた方、つまらない言い争いをしている暇があったら、子どもを注意なさい。」 一触即発の状態になりそうな女性達と華凛との間に、一人の老婦人が割って入って来た。華凛に注意された女性達は、ブツブツ何かを言いながらその場から離れていった。「お騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした。」「いえ、いいんですよ。良く言ってくださいました。」 やがて、新郎新婦が入場し、純白のウェディングドレスを纏った和美が恥ずかしげに高砂へと向かって歩いて来た。「和ちゃん、綺麗だね。」「そうだね。」 華凛は心から、従妹の人生の門出を祝った。
Sep 12, 2013
コメント(0)
「全て吉田さんには、こちらの事情を話しました。吉田さんは、承諾してくださいました。」「そうか、良かったね。後は、和美ちゃんと鈴久先生、そして西口さん達の問題だ。」「槇さん、色々と助けてくださりありがとうございます。これからも、わたしと真那美の事を・・」「いいよ、そんなにかしこまらなくても。僕は、出来る限りの事をしたいんだよ。和美ちゃんが実の娘のようなものなら、真那美ちゃんは僕にとって実の孫同然だ。」「ありがとうございます・・」華凛はそう言うと、槇に向かって深々と頭を下げた。「この家は、真那美に継がせます。」「今はまだあの子は幼くて、自分が置かれた立場をわかっていないかもしれない。けど、成長したら自分の夢を持つかもしれない・・そんな時、華凛さんは反対する?」「それは・・わかりません。わたしは、父の下で日夜舞に励んでいましたから。家元を継ぐのはわたしの役目だと、今まで思ってきました。けれど、父が亡くなり、正英流が断絶し・・己の行く道を失い、今何をすればいいのかわからないのです。」「そういう時は、誰にでもある。僕だって、将来について悩んだ事が沢山あった。自分が何を為すべきなのかなんて、そんな大それたことがすぐに解る訳ではないのに、若い頃の僕はすぐに答えを出そうとしていた。でもね、そんな事は生きていればおのずと解るものなんだよ。」「そうですか・・」「華凛さん、焦ることはない。あなたも真那美ちゃんも、ゆっくりと考えればいい。」「わかりました。」 初七日の法要を終え、華凛は再び西口家へと赴いた。「この度は、ご愁傷様でした。」「いえ・・和美ちゃんの体調はどうですか?」「あの子は、また悪阻がぶり返してしまいまして、只今入院しております。本当に、申し訳ないことを・・」「いいえ、そちらにも事情はおありなのでしょうから、どうか謝らないでください。」美知恵に謝られ、華凛はそう言って彼女に頭を下げた。「こちらに伺いましたのは、鈴久先生の秘書、吉田さんからある話をされたからです。」「ある話、と申しますと?」「実は和美ちゃん・・わたしの従妹は、伯母が鈴久先生との間に産んだ娘だったのです。その事を知った先生は、和美ちゃんに是非お会いしたいと仰せです。」「そうですか・・和美ちゃんは、まだその事を知りません。美知恵さん、どうかこの事は内密に願います。」「わかりました。」「安定期だからといっても、まだ子どもが生まれるまで油断できませんからね。和美ちゃんには自分を責めないでくれと伝えておいてください。」「はい、必ず伝えます。」「では、わたしはこれで。」 玄関先で美知恵に見送られた華凛は、西口家を後にした。 華凛が東京駅で新幹線を待っていると、誰かの視線を感じて華凛は振り向いた。だが、そこには誰も居なかった。(気のせいかな?) 新幹線がホームに滑り込み、華凛が新幹線に乗り込むと、突然背後からフラッシュが焚かれた。華凛が眩しさに目をつぶりながら背後を振り向くと、そこには一人の男が執拗に自分にカメラを向けていた。「何なんですか、あなた!?」「お客様、危険ですので白線の内側まで下がってください!」駅員が慌てて二人の間に割って入ると、そう言ってカメラを持った男を白線の内側まで下がらせた。その数分後、華凛を乗せた新大阪行きの新幹線は発車した。
Sep 12, 2013
コメント(2)
華凛は伯母宅を出て、タクシーで吉田との待ち合わせ場所であるホテルオークラへと向かった。タクシーから彼が降り、ロビーへと向かうと、そこには既に吉田の姿があった。「申し訳ございません、このような場所にわざわざ呼び出してしまって。本当ならば菊水さんでお話を伺いたかったのですが、あちらには顔見知りの方が通われていらっしゃるとのことで・・」 創業大正五年、南座の真向かいにあるレストラン・菊水には、祇園町の芸舞妓行きつけの店でもある。花街というのは狭い世界で、祇園の近くで誰かと華凛が会って話をしているということだけでも、瞬く間にその事が良い意味でも悪い意味でも広がってしまう。それを吉田は知っていて、わざわざホテルオークラを待ち合わせ場所に指定したのだった。「あの、ここで話をされるのですか?」「いいえ。鉄板焼きの店を予約しておりますから、お昼を頂きながらお話を聞きましょう。」「そうですか・・ありがとうございます。」「では、参りましょう。」華凛が吉田とともにエレベーターへと乗り込む姿を、一人の記者が見ていた。 吉田に案内され、鉄板焼きの店に入ると、華凛達はスタッフに個室へと案内された。ドーム型の扉は、外部からの音が遮断され、静かに会話と食事が楽しめるようになっている。「吉田さん、今回の事で、話さなければならない事があります。」「何でしょうか?」「実は和美ちゃんは、東京の大学へ進学すると同時に上京し、そこで西口武さんという方と交際し、彼の子を妊娠しました。和美ちゃんと武さんは結婚するつもりす。」「そうですか、和美さんはその西口さんという方のお宅にいらっしゃるのですか?」「ええ。武さんのご両親とお姉さんと一緒に暮らしています。伯母が亡くなったと電話した時、武さんのお姉さんから、和美ちゃんの体調が優れないので申し訳ないが通夜・告別式は欠席させていただくと、連絡を頂きました。」「淑子さんは、お二人の結婚には・・」「反対しておりました。一度和美ちゃんは武さんを連れて伯母と話をしましたが、そこで激しい口論となり、二人は親子の縁をその場で切りました。」「そうですか・・そのような事情があったとは知らず、申し訳ない事を・・」「いいえ。こちらも、鈴久先生と伯母が男女の関係であったことなど一切知らされておりませんでしたから、驚きました。あの・・先生のご子息の、高史さんはこの事は御存じなのですか?」「ええ。高史様は腹違いの妹の存在を知り、是非ともお会いしたいと仰せです。」「吉田さん、伯母の初七日の法要が終わったら、すぐに西口さんと今回の事について話をしようと思っております。」「わかりました。堅い話はもう止めにして、食事にしましょう。」吉田はそう言うと、シェフにコーナー料理を二人分注文した。鉄板の上で焼かれた肉を見ながら、華凛は自然と涎が垂れて来そうで慌てて口元をナプキンで覆った。「篠華流は、どうなさるおつもりですか?」「姪の真那美に継がせます。篠華流は、代々女子のみが家元を務めるしきたりなので、男のわたしには継げません。」「そうですか。あなたは素晴らしい才能を持っていらっしゃるのに家を継げないというのは残念だと、鈴田さんがこぼしておりました。」「鈴田さんが・・そのような事をあなたにもおっしゃっておられましたか。」「あなたは22歳にしては肝が据わっておられる。流石正英流の前家元があなたを次期家元に指名しただけのことはある。」吉田はそう言うと、華凛に微笑んだ。「ただいま戻りました。」「お帰りなさい、華凛さん。吉田さんと話はついた?」
Sep 12, 2013
コメント(0)
「何でしょうか、大切な話って?」「実は・・淑子さんと先生は、男女の関係にありました。」「伯母と、先生が?」吉田の言葉を受け、華凛は驚きの余り大きく目を見開いた。「先生がまだ政治家になる前、ある議員の先生の秘書をしておりました。その時、パーティーで淑子さんにお会いしたのです。」「確か先生は、お亡くなりになられた奥様とご結婚されていたのではありませんでしたか?」「ええ。先生と淑子さんは長年愛を育んで来ましたが、先生はその議員の先生のお嬢さんとご結婚し、高史様を授かりました。ご結婚されてからも、先生は淑子さんと密かにお会いになられていました。ですが突然、淑子さんの方から先生に別れを告げたのです。」「その時、伯母は和美ちゃんを・・先生の子を妊娠していた、というわけですね?」「そうです。あなたの従妹、和美さんは紛れもなく先生の子です。先生は最近になって和美さんの存在を知り、会いたいとおっしゃっております。華凛さん、どうか先生に和美さんを会わせていただけないでしょうか?」「申し訳ありませんが吉田さん、こういったことはわたしの一存では決める事が出来ません。時間を暫く頂けないでしょうか?」「わかりました。ではわたしはこれで、失礼致します。」吉田はそう言って華凛に一礼すると、仏間から出て行った。「お見送りを・・」「結構です。それよりも、和美さんは今どちらに?」「それは・・複雑な事情がありまして、人目につくところでは話せません。」「そうですか。では、明日の告別式が終わり次第、こちらから連絡を致しますので、お待ちください。」「わかりました。どうか、お気をつけて。」華凛は吉田を乗せたタクシーが見えなくなるまで、タクシーに向かって深々と頭を下げていた。「槇さん、まだ起きていますか?」 吉田を見送った後、華凛はそう言って槇の部屋のドアを叩いた。「起きているよ。」「入っても宜しいでしょうか?」「どうぞ。丁度片付けを終えたばかりなんだ。」「では、失礼致します。」華凛は槇の部屋に入ると、他の弔問客に気づかれないようにそっとドアを閉めた。「その顔を見ると、何か訳有りのようだね?」「はい。実は・・」華凛は、吉田から聞いた話をそのまま槇に伝えた。「そうか、和美ちゃんは鈴久先生の隠し子なのか・・」「わたしも、さっき初めてその事を知りました。伯母と先生は、長年男女の関係だったようです。伯母は、先生と別れた後、未婚のまま和美ちゃんを産みました。」「政治家にとってスキャンダルは命取りだ。まだ政治家として表舞台に立つか立たないかという重要な時期に、淑子さんとの関係を明るみにされたら困ることがあったんだろうね、先生にとっては。」「ええ。それをわかっていて、伯母は自ら身を引いたんだと思います。先生は、和美ちゃんの存在を知って会いたいとおっしゃっています。」「それで、君は秘書の方に何とお答えしたの?」「暫く時間を下さいと申し上げました。」「これは、君だけでは決められない事だからね。」「告別式が終わり次第、吉田さんと会う事になっています。」「そうか。真実を全て話した方がいいと思うよ。」「そうします。」 翌日、淑子の告別式を滞りなく終わらせた華凛は、吉田からのメールを読んだ後、ある場所へと向かった。
Sep 11, 2013
コメント(2)
「本日はお忙しい中お越しくださり、ありがとうございます、組合長さん。」「いいんえ、礼なんて言わんでも。それよりも、淑子さんが急に亡くならはったやなんて、まだ信じられへんわ。」長年淑子と懇意にしている祇園町の花街組合長の鈴田は、そう言って溜息を吐いた。「和美ちゃんには、連絡したん?」「ええ。けど、体調が優れないとかで、お通夜と告別式は欠席するそうです。」「薄情な子やなぁ、母親が病死した報せを受けても、帰省せぇへんやなんて・・」鈴田は淑子の訃報を受けても帰省しない和美を余り快く思っていなさそうだった。「華凛さん、あちらの準備が出来ましたえ。」「ありがとうございます。それじゃ、あのお花をあちらに置いてください。」「へぇ、わかりました。」華凛は通夜の準備を慌ただしく進めつつも、槇の部屋に居る真那美の様子を見にいった。「真那美ちゃん、もう寝てしまいましたよ。」「すいません、槇さん。お通夜の準備までさせて、その上子守まで・・」「僕は暇人なんだから、もっとこき使ってくれていいんですよ。それよりもさっき、鈴田さんが和美ちゃんのことを色々と悪く言っていましたよ。放っておいていいんですか?」鈴田には、和美が淑子と絶縁したことを、華凛は彼女に話すつもりはなかった。「事情を話したら、また邪推されますから。」「そうだね。華凛さんも疲れただろうから、向こうでお茶を頂いてきなさい。」「わかりました。」 数分後、華凛が台所へと向かうと、そこには淑子と生前親しかった祇園町の芸妓・藤千代が居た。「藤千代さん、お忙しい中来て下さってありがとうございます。」「この度は、ご愁傷様でした。お師匠さんが急に亡(のう)うなるやなんて、未だに信じられまへん。」「わたしもです。昨夜、伯母と話をしましたから・・」「これから、篠華流はどないするんどす?お師匠さんが亡うならはって、誰が跡を継がはるんどすか?」「真那美に跡を継がせます。篠華流は、代々女子が家元を継ぐものと決まっておりますから。」「華凛さんが継ぎはったらええのに。」「ほんまや、華凛さんやったら、淑子さんも安心して篠華流を継がせるのになぁ。」「わたしは男ですから、この家は継げません。」「華凛さんはいい腕を持ってはるのに、惜しいなぁ。」「ほんまや。」鈴田と藤千代がそう言って話をしていた時、外からタクシーが停まる音が聞こえた。「どちら様ですか?」「すいません、こちらが篠華さんのお宅でしょうか?」「はい、そうですけど・・あなたは?」「申し遅れました、わたくし、こういう者です。」 停車したタクシーから出て来た喪服姿の青年は、そう言って華凛に一枚の名刺を手渡した。“衆議院議員 鈴久高生 第一秘書 吉田悠太”「わざわざ鈴久先生の秘書の方が、弔問にいらしてくださったのですか?」「こちらの女将と先生は、生前長いお付き合いをされておりました。ご多忙な先生に代わって、わたくしがご焼香を差し上げようかと・・」「そうですか、ではこちらへ。」 華凛が鈴久議員の秘書・吉田を淑子の仏壇へと案内している間、台所に居た芸舞妓達がジロジロと彼を見た。「いやぁ、男前やわぁ。」「まるで芸能人みたいな顔してはるわぁ。」「あれで政治家の秘書やなんて、信じられへん。」 吉田は淑子に焼香した後、華凛の方へと向き直った。「華凛さん、わたくしは今夜ここに来たのは、大切なお話があるからです。」「大切な話、ですか?」「ええ。」
Sep 11, 2013
コメント(0)
「すぐに夕飯を作りますね。」「いいや、その必要はないよ。僕が作ったからね。」「槇さんが?」「まぁ、女将さんの了解を得たうえでだけどね。さぁどうぞ、召し上がれ。」「いただきます。」 食卓の上に並べられた里芋の煮物に秋刀魚の塩焼き、炊き込みご飯を見た後華凛は両手を合わせてそう言うと、箸を手に取り、秋刀魚の身を少し解してそれを口に運んだ。「美味しいです。」「良かった。味付けはいつも薄めにしているんですが、華凛さんは関東の方だから・・」「いえ、薄味も好きですよ。余り濃い味付けだと、食べている気がしません。」「そう、安心したよ。それよりも今日は帰りが遅かったね?和美ちゃんと話はしたの?」「ええ。和美ちゃんは実家と絶縁する気持ちは変わらないとわたしに言いました。もうこれ以上、わたしが口出しすることはないと思っています。」「まぁ、女将さんも和美ちゃんのことを最初から居ないように振る舞っているし、もうどうしようもないんじゃないかな?部外者の僕は、こうして食事を作ったり、華凛さんの話を聞いてやることしかできない。」「何をおっしゃいますか、槇さん。槇さんのお蔭で、助かっています。」「そう。華凛さん、卒論はもう終わったのかい?」「ええ。もう提出しました。あとは、卒業まで講義に顔を出すだけです。」「君は大変優秀な学生だね。甥っ子とは大違いだ。バイトは続けているの?」「今のところは。就職先が内定しても、いつどうなるのかはわかりませんからね。無職のままでは少し格好悪いですから。」「まぁ、余り無理しない方が良い。」「肝に銘じます。お皿、洗ってきますね。」 流しで汚れた食器を洗いながら、華凛は溜息を吐いた。和美はもう、この家から完全に離れ、西口家の一員になろうとしている。そんな彼女の気持ちを尊重し、華凛はもうこれ以上何も言うまいと決めていた。「華凛ちゃん、ただいま。」「お帰りなさい、伯母さん。」「あんた、和美と会うたんやてな?あの子、元気やったか?」「ええ。あちらのご家族の方に、大変良くしていただいているようです。」「そうか。まぁうちは死ぬまであの子に会えへんけど、それはそれでいいわ。うちの方が先に絶縁するて言うたさかいなぁ・・」「伯母さん・・」華凛が淑子の顔を覗きこむように見ると、彼女の顔には光るものがあった。「何や、歳とったら涙脆くなるなぁ。華凛ちゃん、うちもう休むわ。」「お休みなさい。」「お休み。」それが、淑子と華凛が交わした最後の会話となった。 翌朝、華凛はいつまで経っても淑子が起きて来ない事を不審に思い、彼女の部屋へと向かった。「伯母さん、朝ですよ。起きて下さい。」そう言って淑子の身体を揺さ振った華凛だったが、彼女は動かない。変だと思った華凛が淑子の手首を掴んで脈を取ると、そこは氷のように冷たかった。「槇さん、大変です!伯母さんが・・」「落ち着いて、華凛さん!」すぐさま淑子は病院に運ばれたが、もう既に彼女は息を引き取っていた。急性心不全だった。慌ただしく葬儀の準備に追われながら、華凛は伯母の訃報を和美に伝えた。
Sep 11, 2013
コメント(0)
「あんたがここに来たのは、あの人の差し金でしょう?」「違うよ、和美ちゃん。今回の結婚について、色々と腹を割って話したいと思って来たんだ。」華凛がそう言うと、和美は不快そうに鼻を鳴らした。「さっきこちらのお義母様から聞いたんだけれども、伯母さんに愛された記憶がないって、本当?」「あたしが嘘を吐くとでも!?あんたはいつだって、あの人に愛されてたじゃない!いつも新しい着物を貰って、テストで満点を取れば褒めて貰ってさ!あの人はあたしに対して一度も褒めてくれた記憶なんてなかった!」「和美ちゃん・・」「あたし、産まれて来る子にはあたしと同じ想いはさせたくないの!」「そう・・じゃぁ、もう俺は何も言う事はないや。伯母さんにも、そう伝えておく。」「ありがとう。あの人が死ぬまで、あたしは子どもにも会わせないし、実家にも帰らない!」「お邪魔いたしました。」「和美ちゃん、少し興奮しているんですよ。」「いえ、あれは彼女の本心だと思います。どうか西口さん、和美ちゃんとお腹の子のこと、どうか宜しくお願い致します。」「わかりました。正英さんも、どうかお元気で。」 西口家を後にした華凛は、まだ昼食を食べていないことに気づいた。築地市場の近くを通りかかった彼は、「つちはら」と暖簾がかかった定食屋の引き戸を開き、店の中に入った。「いらっしゃいませ。」「先生、お久しぶりです。」「おう、正英じゃねぇか。元気してたか?」歳介はそう言うと、ニッコリと華凛に微笑んだ。「従妹が出来ちゃった結婚ねぇ・・そりゃぁ大変だなぁ。」「ええ。伯母と従妹は絶縁し、従妹は相手の家に世話になるようです。」「そうか・・まぁ、イビられねぇといいけどな、向こうの家の姑に。」「それはないでしょう。先程相手のお母様とお会いしてお話しましたが、随分和美ちゃんによくしてくださっているようで、安心いたしました。もう一人娘が出来たと言っていましたし。」「だったら安心だな。それよりも就職先は見つかったのか?」「ええ。でもまだ油断してはならないと思っています。土原先生、お店を継がれたんですか?」「まだ修行中の身だ。興輔は、元気に新しい学校に通ってるよ。」「良かったですね、先生。」「まぁ、今まであいつを夫婦の問題で傷つけたから、これからはあいつと一緒に居てやりたいと思ってるんだ。」「そうですか。ご馳走様でした。」「また来てくれよな、正英!」「はい、必ず伺います!」「つちはら」から出た華凛は、その足で東京駅へと向かった。「ただいま戻りました。」「お帰りなさい、華凛さん。」「槇さん、真那美は?」「あの子だったら、お部屋で寝ているよ。」「そうですか。」華凛が真那美の部屋へと向かうと、彼女はすやすやと布団の上で寝息を立てていた。「伯母さんは?」「女将さんなら、組合の会合に出掛けたよ。」「そうですか・・」
Sep 11, 2013
コメント(0)
就職説明会の会場から出た華凛は、ハンカチで額の汗を拭いながら、和美の交際相手・西口武の実家へと向かっていた。“電話を一方的に切られてしまうようなら、何か用事を作って相手のお宅に伺う方がいいと思うよ。手土産も忘れずにね。”華凛は片手に京都駅で買ったバウムクーヘンが入った紙袋を提げ、槇から渡されたメモに書かれた住所を頼りに、下町を歩き回った。「ここだ・・」 数分掛けてようやく西口家に辿り着いた華凛は、京都の伯母宅のような大きな家ではないものの、小ぢんまりとしながらも品が漂った家を見た後、チャイムを鳴らした。『はい、どちら様でしょうか?』「あの・・わたくし、和美ちゃんの従兄の、正英華凛と申します。今日は、和美ちゃんと約束をしていてこちらに伺わせていただきました。」『少々、お待ちください。』 数分後、武の母親と思しき中年女性が、家の中から出て来た。「すいません、お忙しいところを・・」「いえいえ、わざわざお暑い中来てくださってありがとうございます。どうぞ、上がっていってください。」「では、失礼致します。」玄関先で靴を脱いだ華凛は、そのまま美知恵に案内されてリビングへと入った。「これ、つまらないものですがどうぞ。」「まぁ、有難うございます。」「和美ちゃんは?」「ああ、あの子なら息子と娘と渋谷でショッピングです。ベビー用品を買いに行きたいって娘が言うもんだから。」「そうなんですか。和美ちゃんはすっかりこの家に馴染んでいるようですね。」「ええ。あの子は良く気がつくし、工場を切り盛りしているあたしや夫に代わって、家事をよく手伝ってくれていますよ。娘はもう一人妹が出来たようだとそりゃぁ喜んでねぇ。」「どうか、和美ちゃんの事を宜しくお願い致します。」華凛がそう言って美知恵に頭を下げると、彼女も慌てて華凛に頭を下げた。「こちらこそ、うちの息子がとんでもないことをしてしまったと、あちらのお母様に伝えておいてください。」「あの・・和美ちゃんは、もう実家に戻らないと言ったようですが?」「ええ。どうやら、お母さんとの間には深い確執があるようで・・そうそう、あなたのことばかりお母さんが気に掛けて、あの人に愛された記憶が一度もないって言っていましたよ、あの子。」「そんな事を・・」「和美ちゃんは、西口家の嫁ではなく、娘としてこの家に迎え入れたいと思っているんですよ。正英さん、こんなことを言うのはなんですが、もうわたし達のことは放っておいてくれませんかねぇ?」美知恵の言葉を受け華凛が黙っていると、玄関のドアが開いてベビー服の袋が詰まった紙袋を両手に提げた武と雪がリビングに入って来た。「母さん、こちらの方は?」「和美ちゃんの従兄の、正英さんよ。」「初めまして。」「あんた、一体何しに来たのよ!?」二人より遅れてリビングに入って来た和美は、華凛の姿を見るなりそうヒステリックに叫んで彼を睨みつけた。「落ち着いて、和美ちゃん。」「お義母様、どうしてこいつを家に上げたんですか!?」「あなたとお話がしたいって。一方的に感情をぶつけては駄目よ。」「わかりました・・」和美は椅子に腰を下ろすと、キッと華凛を睨みつけた。
Sep 10, 2013
コメント(0)
加害者一家が引っ越したことで真那美の事件は有耶無耶にされ、華凛は後味の悪い思いを抱えながら伯母宅へと戻った。「お帰りなさい。」「ただいま戻りました、槇さん。」「その顔だと、何か浮かない事でもあったんですか?」「ええ、まぁ・・」華凛は槇に、加害者一家が引っ越した事を話した。「確かに、後味が悪いね。実際にどっちが殴って来たのか、わからないままだしね。」「担任の吉田先生は、少し頼りないんです。やっぱり、新人だからでしょうか?」「それは偏見だよ、華凛さん。僕は中学校で教鞭(きょうべん)を取っていたけれど、ベテランでも新人でも色んな先生は居るよ。新人だからといってひとくくりにしてはいけないよ?」「すいません・・」槇と話していると、何だか華凛は脩平と話しているような気がするのだった。「真那美ちゃんは、どうしてるの?」「昨日は少し落ち込んでいましたけど、今はもう大丈夫です。」「そう、それは良かった。どうやら、クラスの子達は真那美ちゃんを信じているようだね?」「そうですね。あの子は決して、暴力を振るうような子ではありませんから。」「真那美ちゃんの事件は一応解決したけれど、まだ和美ちゃんの問題が解決していないな。」「槇さん、わたし達にはどうすることもできません。」「まぁ、暫く様子を見るとしようか。」 武の実家で暮らし始めて数ヶ月が経ち、和美はすっかり西口家の一員となっていた。「和美ちゃん、夕飯が出来たから運んで頂戴。」「はい、お義母様。」和美はそう言うと、家族5人分の夕飯をダイニングへと運んだ。「和美ちゃん、悪いわねぇ。辛かったらあたしに言ってよ?」「大丈夫です。悪阻も治まりましたし。」「そう。安定期を過ぎたからっていっても、油断は禁物よ?ほら武、あんたも座ってないで手伝いなさいよ!」「わかったよ・・」家族の中で一番先に椅子に座り、スマホを弄っている武は姉に怒鳴られ、漸く重い腰を上げた。「あんた、遅いわよ!生活態度を改めないと、和美ちゃんが苦労するのよ!?」「わかってるよ・・」「口先だけじゃ何とでも言えるわ!お鍋とフライパン、洗ってね!」武は少し不貞腐れた顔をしながらも、スポンジを手に取り汚れた鍋を洗い始めた。「ごめんね和美ちゃん、あんな子で。」「いえ、いいんです。それよりもお義母様、わたし本当にここで暮らしてもいいんでしょうか?」「いいに決まってるじゃないの!あなたはもう、西口家の娘なんだから!」「そう言っていただけると、嬉しいです。」和美がそう言って美知恵に微笑んだ時、リビングの電話がけたたましく鳴った。「わたしが出ます。」和美が受話器を取ると、華凛の声が受話器越しに聞こえた。『和美ちゃん?』「何よ、何の用?」『一度、今回の事について話したいんだけど・・』「あんたには関係ないでしょ?」和美はそう一方的に華凛に言うと、乱暴に受話器を置いた。「どうだった?」「切られちゃいました。」「そう。」 数日後、華凛は就職説明会に出席する為、朝一番の新幹線で東京へと向かった。
Sep 10, 2013
コメント(0)
それから相手側と華凛との話し合いは平行線を辿り、事の真相は明らかにされなかった。「正英さん、真那美ちゃんが悪くないということ、わたし達はわかっています。だから、気を落とさないでください。」「はい、わかっています・・」西田に見送られ、華凛は真那美の手をひきながら聖愛学園を後にした。「真那美、心配要らないからね。」「うん・・」真那美は何処か、不安そうな顔をして華凛を見た。「真那美ちゃんが、いじめられたって?」「いえ・・両親が居ない事で、クラスメイトからからかわれたとかで・・どちらが先に手を出したのかは、わからずじまいです。相手側は、謝罪しろというばかりで・・」「余り焦らない方がいい。こういった問題は、時間が解決してくれる。」「無事に解決するといいんですが・・」華凛は溜息を吐くと、色が付き始めた庭の紅葉を見た。 真那美の事件があってから一週間が経ち、彼女は突然学校に行きたくないと言いだした。「どうしたん、あんたを殴った子が怖いんか?」「はい・・」「あんたは何も悪くないんやから、堂々としよし。逃げたら負けや。」「じゃぁ、行ってきます!」「気ぃつけてな。」「伯母さん、真那美は?」「あの子ならもう学校に行ったえ。最初は行きたないと言うてたけど、悪い事してへんかったら逃げんと堂々としときって言うたんや。」「ありがとうございます、伯母さん。」「礼なんて要らへんわ。華凛ちゃん、真那美ちゃんの事を大事に思うんやったら、少しは相手の言い分も聞かんとな。」「でも、真那美は・・」「あんたにも、うちの家の血が流れてるんやなぁ。頑固で、自分が正しいと思うたら一歩も譲らへん。けどな、少しは相手に妥協した方がええ時もあるんや。」淑子はそっと華凛の肩を叩くと、自分の部屋へと向かった。「おはよう。」「おはよう。」真那美が教室に入ると、和美ちゃんが彼女の方へとやって来た。「ねぇ、昨日大丈夫だった?」「うん。ごめんね、心配掛けて。」「あいつ、休んでるみたい。あたし、真那美ちゃんを信じてるから!」「ありがとう、和美ちゃん・・」やがて吉田が教室に入って来て、彼女は真那美をからかった男子児童が転校した事を報告した。「先生、どうしてあの子は真那美ちゃんに謝らずに勝手に居なくなったんですか?」「卑怯だと思います!」「皆さん、落ち着いてください!」真那美達が教室で騒いでいる頃、華凛は事件の“加害者”である男子児童の自宅を訪れた。「転校されるそうですね?」「ええ。うちの子は一方的に悪者にされたんです。」母親は泣き腫らした目できっと華凛を睨むと、菓子折りを受け取らずに奥の部屋へと引っ込んでいってしまった。 この事件で、華凛と相手側の両親は、双方ともに後味の悪い思いをしたのだった。
Sep 10, 2013
コメント(2)
「正英先輩、おはようございます。」「久坂さん、おはよう。」キャンパス内で美香と会った華凛は、彼女に挨拶されて返事をすると、彼女は嬉しそうな顔をした。「聞きましたよ、大手企業から内定を貰ったんですって?」「うん・・でもまだ安心は出来ないよ。卒論がまだ完成していないからね。」「でも凄いじゃないですか!あそこ、倍率が30倍もあるんですよ!そんなところに就職できるなんて、先輩って優秀なんですね!」「いや、大したことじゃないよ、本当に。」食堂で昼食を取りながら、華凛はそんな話を久坂としていると、突然安達が二人の方へとやって来た。「調子乗るのもいい加減にしろよ。」「別に調子になんて乗ってないけど?それよりも卒論大丈夫なの?」「お前には関係ないだろう!」安達はそう叫ぶと、苛立ち紛れに近くに置いてあった椅子を蹴った。「気にしないでください、あんなの。」「わかってるよ。」「いつも他人ばかりあてにして、留年するのは当然ですよ。あたし、講義があるのでこれで失礼しますね。」美香はそう言って華凛に頭を下げると、食堂から出て行った。「正英さん、聖愛学園からお電話です。」「ありがとうございます。」 学務課で電話を事務員から受け取った華凛は、受話器越しに真那美の担任である吉田瞳の慌てふためいた声が聞こえた。「真那美がクラスの男子に怪我をさせられたというのは、本当なんですか、先生!?」「あの・・わたしは・・」しどろもどろになっている吉田に苛立ちながら、華凛は西田の方へと向き直った。「理事長先生、一体真那美に何があったんですか?」「実はね・・真那美ちゃんは、自分に両親が居ない事をクラスの男子児童にからかわれたので、先に真那美ちゃんの方から手を出したと・・」「真那美が、そんな事をする筈がありません!何かの間違いです!」「ですが、目撃している児童がいて・・」「その子達を今すぐここへ呼んでください!」華凛の剣幕に押され、吉田は真那美達が起こした騒ぎを目撃していた数人の児童を学校へと呼びだした。「本当に、真那美が相手の子を殴ったのを見たの?」「僕は、先に相手の子が真那美ちゃんを殴ったのを見ました。」「それじゃぁ、どうして真那美が相手を殴ったって嘘を吐くの!?」「ごめんなさい・・」「正英さん、落ち着いて下さい。片方の主張ばかりではなく、向こうの主張にも耳を傾けましょう。」「相手の親御さんは、こちらに?」「ええ、まもなく到着すると連絡がありました。」 数分後、華凛は相手の両親と対峙した。「確かに真那美には両親が居ません。ですがその事が悪い事だというのは間違いです!お宅はどんな教育を息子さんになさったのですか!」「うちの子は、あなたの姪御さんに殴られたんですよ!それなのに、謝罪もせずに責めるだなんて・・」相手の男子児童の母親は、今にも泣きそうな顔をして、華凛にそう食ってかかった。「落ち着いて下さい。」「それで、うちの子に謝ってくれるんですよね!?」「事実が確認できない以上、こちらとしては対処出来ません。」華凛がそう言った瞬間、相手の母親が怒りで顔を歪めた。
Sep 10, 2013
コメント(0)
「女将さんは、相変わらずですか?」「ええ。伯母は頑固な性格ですから、和美さんから絶縁を言い渡されて、ひくにひけなくなったんでしょう。」「似た者同士だなぁ、二人とも。和美ちゃんは和美ちゃんで一度決めた事は最後までやり遂げるところがあるし、白黒はっきりつけたがるし・・その所為で、学校では余り友達が居なかったみたいだけど。」 残暑が和らいだある日の昼下がり、華凛は槇とともに中庭を眺めながら、ロールケーキを食べていた。「和美ちゃん、いじめられていたんですか?」「いじめとか、そういう問題じゃないと思う。あの子はね、思う事をはっきりと言うタイプだから、人に嫌われやすいというか、誤解されやすいんだよ。」「槇さん、よくご存知なんですね、和美ちゃんの事。わたし、今までそんな事知らなかった・・」「まぁ、ここで下宿を始めた時、和美ちゃんはまだ幼稚園に上がるか上がらないかの年齢だったからね。彼女の父親代わりみたいなものかな、僕は。」槇はそう言うと、前髪をかきあげた。「それよりも華凛さん、就職活動は上手くいってる?」「ええ。もう大手企業から内定を貰いました。」「そうか、でも安心しちゃ駄目だよ。今じゃ大企業でも簡単に潰れてしまうほどの不景気だからね。何処の会社も安定しているとはいえないよ。」「そうですね。この前も、大手企業が倒産しましたもんね・・」「華凛さん、卒論の方はもう出来たの?」「ええ、あと数ページで終わります。」「優秀だね、君は。僕の兄貴の子が君と同じ大学に通っているんだが、そいつは楽する事ばかり考えて、他人のノートを平気でコピーして単位を取ろうとする奴だから、今じゃ誰もそいつにノートを貸さないんだ。その所為でそいつは留年決定だけどね。」槇の話を聞きながら、華凛の脳裏に安達の顔が浮かんだ。「まぁ、当然でしょうね・・」「華凛さん、もしかしてそいつのこと知ってるの?」「ええ。彼と同じ講義を取ってます。初めて会った時、彼わたしにノートを貸せと言って来たんです。その時は、キッパリと断りました。」「まぁ、あいつがどうなろうと知ったこっちゃない。兄貴の息子でわたしには甥にあたるけど、今まで一度も会った事がないからね。」「槇さん、ご家族はどちらに?」「東京に住んでるよ、両親も兄貴も。兄貴は嫁さんの両親と同居していて、兄貴の子ども達は一度もわたしの実家に遊びに来た事がないよ。まぁ、嫁さんはわたしの母親と会うのを嫌がっていたからね。」「嫁姑問題ですか?」「まぁ、ひとことで言えばそうなるね。けど、母は兄貴の嫁さんに意地悪をしたことも、嫌味を一度も言ったこともないから、何故自分を嫌うのかわからなかったって。嫁さんは、母にいつも監視されていると兄貴に訴えたそうだよ。」「色々とあるんですね、女同士って・・」「そうだね。特に子どものことが絡むと、複雑になるね。和美ちゃんは向こうのお母さんと仲が良いようだけど、子どもが生まれたら変わるかもしれないよ、その関係が。」「子育ての常識って、時代で変わりますもんね。」「まぁ、和美ちゃんと女将さんが絶縁したとしても、それは仕方がない事なんじゃないかな?女将さんは、和美ちゃんに厳しすぎたんだ。」「伯母が、ですか?」「自分が言ったことは絶対に正しくて、相手の言い分を聞こうともしない。これから、どうするのかは彼女達次第だよ。」「つまりわたし達には、出る幕はないということですか?」「そうだね・・」槇はそう言うと、すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
Sep 10, 2013
コメント(0)
淑子と激しい口論をしてから、和美はもう二度と実家には戻らないと決めていた。「なぁ、あんな風にお母さんが怒るのも無理ないよ。けど、いつまでも意地を張ったって仕方がないだろう?」「何言ってんのよ、武!あの人は、あんたのことを散々こき下ろしたでしょう!」和美はそう言うと、恋人を睨んだ。「あなたのお母さんとは大違いなのよ、あの人は!あの人にとって大切なものは、家だけよ!」「和美、そんなこと言わずにさぁ、もう一度ちゃんとお母さんと話をした方が・・」「わたしがもうしたくないって言ってんのよ!」和美は頑なに実家へと戻り、淑子と結婚について話す事を拒否し、部屋に引き籠ってしまった。「ねぇ、和美ちゃんは?」「あいつなら部屋に引き籠ってる。何だかこのまま結婚すると、嫌な気分になるなぁ。」「よそ様の家の問題に、首を突っ込むのは止しなさいよ、武。あんた、お人よし過ぎるわよ。」武の母・美知恵はそう言うと、呆れた顔で息子を見た。「けどさぁ、結婚式に新婦側の友人や親戚だけが来ていないっていうのはおかしくないか?」「いいんじゃないの、それはそれで。それよりもあんた、和美ちゃんの事大切にしてやんなさいよ。」「わかってるって・・」「まぁ、あんたが和美ちゃんを妊娠させて、結婚したいと言った時はびっくりしたけどね。でもあの子良く気が付くし、家事を手伝ってくれるから助かるわ。嫁じゃなくて、もう一人娘が増えたみたい。」「母さんはそう言うけどさ、姉ちゃんはどう思ってんのかな、俺の結婚?」 武には、2歳上の姉・雪が居る。最近仕事が楽しくて仕方がないと言っていた姉は、交際している相手すら居なかった。「あの子はまだ独身でいたいって思っているんじゃないの?弟に先を越されたなんて思ってないわよ。」「そうかなぁ・・」「あんたは考え過ぎなのよ。結婚式の準備は進んでるの?」「うん・・式場はもう予約したし、招待状も出来た。」「あんまり和美ちゃんに無理をさせないようにね。大事な身体なんだから。」「わかってるよ。」 夕食の時間となり、和美は空腹を覚えて部屋から出てリビングへと向かった。「あら、和ちゃん。」「こんばんは・・」武の姉・雪とリビングで会い、和美は慌てて彼女に頭を下げて挨拶した。「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。和美ちゃん、弟から聞いたんだけど、実家にはもう戻らないって?」「ええ。あんな人にはもう二度と会いたくはありません!」「でもあなたのお母さん、女手ひとつであなたを育ててこられたんでしょう?きっと初孫の顔を見たいんだと思うわよ?」「あの人は、家の事ばかり考えているんです!それにわたし、あの人から一度も愛されたことがありません!」「それって、どういう意味なの?」「わたしは、母から愛された記憶がないんです。あの人は、いつも優秀な従兄とわたしを比べて、“お前は基本がなってない”とか、“もっと華凛ちゃんを見習え”とか、そんな事ばかり言われてきました。」和美は雪に対して、淑子に対する鬱憤を吐きだした。「そう・・辛かったでしょうね。」「もうわたし、篠華という名を捨てて、こちらの姓を名乗ります。」「お母さん達にはその事をあたしが伝えておくから、心配しないで。和美ちゃん、ご飯食べる?悪阻は?」「大丈夫です。」雪に優しくされ、和美はこんな姉が欲しかったなと思いながら、ダイニングテーブルへと向かった。
Sep 10, 2013
コメント(0)
「ねぇ、彗(けい)君こっち見てるよ。」「そう?」 昼休み、真那美が和子ちゃんと給食を食べていると、和子ちゃんがそう言って真那美の肩を叩いた。「気の所為じゃない?」「でもほら、また見たよ。」真那美がちらりと彗の方を見ると、彼はじっとこちらを観察するような目で自分を見ていた。「何かわたしに用?」「別に。」「だったら、ジロジロ見ないでよ。」真那美はピシャリとそう言うと、和子ちゃんの方へと向き直った。「ねぇ、あの言い方ないんじゃない?」「だって、用もないのにジロジロと人の顔を見るのは失礼よ。」「きっと彗君は、真那美ちゃんの事が好きなんだと思うよ?」「そんなの、会ったばかりなのにわからないじゃない。」 給食を食べ終えた真那美は、昼休みを図書室で過ごすことにした。気になっている本を彼女が借りようとした時、誰かの手が本へと伸びた。真那美がさっとその手の持ち主を見ると、それは彗の手だった。「あなたも、この本借りるの?」「うん・・でも、君が借りたいんだったらいいよ。」「ありがとう。」真那美はそう言って彗に頭を下げた後、本を手に取り貸出カウンターへと向かった。「ただいま~」「こんな男と結婚するて、冗談やないわ!」「何よ、お母さんには関係ないでしょう!」 真那美が帰宅すると、淑子の部屋から怒鳴り声が聞こえた。「真那美、お帰り。」「ねぇ、誰か来てるの?」「真那美には関係のない話だよ。手を洗って、おやつを居間で頂きなさい。」「わかった・・」淑子が何故あんなに怒鳴っているのか、真那美には結局わからずじまいだった。「伯母さん、失礼します。和美ちゃんは?」「もう話にならへんわ。あの子、フリーターと結婚するんやて!うちさっき相手の男と会うたけど、箸使いも言葉遣いもよう出来てへんし、目上の者に対する言葉遣いもまともにできひん男やったわ!そんな男でさえ、娘を孕ませる能力だけは抜群やったんやな!」「和美ちゃんは、何処に?」「あの子は、相手の男と東京に帰っていったわ。まぁ、絶縁する言うてたけど、もううちはあの子の事を娘とは思ってへん。」「落ち着いて下さい、伯母さん・・」「華凛ちゃん、もし真那美ちゃんが碌でもない男に孕まされて、そいつと結婚したい言うてきたら、どないする?当然、反対するやろう?」「ええ。」「和美はもう死んだもんやと思う事にするわ。何や怒鳴った所為で頭が痛なってきたわ。」「お水、入れてきますね。」 華凛がキッチンへと向かうと、そこには篠華家の下宿人である槇(まき)が冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出しているところだった。「槇さん、こんばんは。」「こんばんは、華凛さん。女将さん、今日は一日中怒鳴ってましたね?何かあったんですか?」「ええ。」「まぁ、また和美ちゃん絡みでしょう。」華凛が篠華家に世話になる前から篠華家で下宿している槇は、何かを察した様子でそう言うとキッチンから出て行った。
Sep 5, 2013
コメント(0)
裕也は暫く黙った後、華凛達にこう言った。「・・実は、お腹の子の父親は、僕ではないんです。」「ほな、誰の子や?ちゃんと言いよし!」淑子は深夜の訪問者に対して苛立ちを隠そうともせずに、そう言って扇子で机の端を叩いた。「それは、まだ言えません・・」「長瀬はん、あんたこないな時間に訪ねてきて非常識と違うか?うちは和美のことでどうしても話があるいうからあんたを家に上げたんえ?それやのに、何も話せませんてそれはないやろう!」「申し訳、ありません・・」「あんたの顔なんて二度と見とうない、さっさと帰っておくれやす!」「伯母さん、落ち着いて・・」「あんたは黙りよし!」淑子はそう言うと、裕也を家から追いたてた。「すいません、伯母は興奮していて・・」「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。」裕也は華凛に頭を下げると、花見小路の角を曲がって消えていった。「伯母さん・・」「全く、和美は東京で何をしてたんや?あの子、妊娠してるて・・」「今日はもう遅いから、もう寝ましょう。」「そうやな。和美には明日、連絡するわ。」「お休みなさい。」 華凛は淑子の部屋から出て自分の部屋へと向かうと、布団を敷いて横になった。「伯母さん、おはようございます。」「華凛ちゃん、おはよう・・」翌朝、華凛が淑子の部屋に向かうと、彼女は携帯で和美と電話しているようだった。「和美、あんた今何処に居るん!?」『そんなの、あんたには関係ないでしょう!』「昨夜、あんたと付き合うてるという方が来たえ。あんた、妊娠してるんやってな!」通話口の向こうから、和美が息を呑む音が華凛にも聞こえた。「もう電話で話すよりも、直接会って話す方がええわ!あんた、一度家に戻っておいで!」『嫌よ、あたしは絶対に帰らないわ!』「もしもし和美、もしもし!?」淑子は舌打ちすると、携帯を閉じた。「どうしたのですか?」「全く、話にならへんわ。あの子は一体、東京で何を・・」「落ち着いてください、伯母さん。」「あの子を東京へやったのは間違いかもしれん。何でこないなことに・・」「伯母さん・・」どうにか華凛は淑子を落ち着かせ、真那美を連れて聖愛学園へと向かった。「先生、おはようございます。」「おはようございます。」「先生、今日も真那美を宜しくお願い致します。」「ええ。」 真那美が教室に入ると、仲良しの和子ちゃんが彼女の元へと駆け寄ってきた。「真那美ちゃん、うちのクラスに転校生が来るんだって!」「転校生?」「東京からの子だって!女の子だといいなぁ~!」「そうだねぇ~」真那美が転校生の話を和子とそう話していると、担任教師が一人の少年を連れて教室へと入って来た。「皆さん、今日から皆さんと一緒にお勉強することになった、鈴久彗(すずひさけい)君です。」「鈴久彗です、宜しくお願いします。」そう言った彗が顔を上げた時、真那美と目が合った。
Sep 5, 2013
コメント(2)
全170件 (170件中 1-50件目)