薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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2008年から連載を始めてから5年、漸く「fin」と打てました。色々と波乱尽くしの展開を書いてきましたが、最後は転生したミシェルとユリウス、ガブリエルとヴィクトリアスが再会するシーンで終わらせました。当初は140話まで書こうと思っていたのですが、ラストシーンの構想が浮かんできて、それが消えぬ内に書かなければ!と、急ぎ足ですが133話で「薔薇と十字架」を完結させることにしました。今まで支えてくださった皆様に感謝致します。2013.5.17 千菊丸
May 17, 2013
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1890年、ロンドン。クリスタル・パレスには、平日にも関わらず大勢の人で賑わっていた。「はぁ、来るんじゃなかったな・・」そう言って溜息を吐いた一人の青年は、鬱陶しそうに前髪を掻きあげた。「お兄様、早く早く~!」「ああ、今行くよ!」妹の声が聞こえ、青年はゆっくりと彼女の方へと向かった。「お兄様、次はピラミッドが見たいわ!」「なぁ、そんなにあちこち行かなくてもいいだろ?クリスタル・パレスはすぐになくならないぞ?」「お兄様はちっともわかっていらっしゃらないんだから!こんな場所、滅多に行けないのよ!」そう言って頬を膨らませる妹を見て、青年は再び溜息を吐いた。「早く!」「わかったら、そんなに手を引っ張るなって!」 仕事で地方の出張からロンドンへと帰って自宅でゆっくりしたいと思っていたのに、妹が“クリスタル・パレスへ連れて行け”というので仕方なく来たのだが、いい加減彼は人混みの多さと妹の我が儘にうんざりしていた。「ねぇ、お兄様ったら!」「わかったから・・」グイグイと妹に手を引っ張られ、青年は一人の女性とぶつかってしまった。「すいません、大丈夫ですか?」「ええ。」青年はぶつかってしまった女性の顔を見ると、何故か既視感に襲われた。金色の髪に、トルマリンの瞳―彼の脳裏に、誰かの顔が浮かんだ。「わたくしの顔に、何かついてますか?」「いえ・・初めてお会いしたのに、何処かで会ったような気がしてならないんです。」「あら、わたくしもですわ。あなた、お名前は?」「ユリウスです。あなたは?」「わたくしはマーガレットです。そちらは妹さん?」女性はそう言うと、妹を見た。「ええ。」「ここで会ったのも何かのご縁ですわ。どちらへ行かれるの?」「ピラミッドを見に。」「まぁ、わたくしも見ようと思っていたところなんですの。よろしかったら、一緒に行きませんこと?」「ええ、喜んで。」 青年―ユリウスは、そう言うと女性の手を取って歩き出した。「さっきの方、綺麗な方だったわね、お兄様?」「何だよ、俺は・・」「隠しても駄目よ!兄様、あの人のこと好きなんでしょう?」「うるさい!」 帰りの馬車の中で妹に図星を指されたユリウスは、顔を羞恥で染めながら彼女を怒鳴りつけた。 一方、パリの路上で一人の女性が男とぶつかってしまった。「ごめんなさい・・」「いえ・・」 女性の顔を見た男は、彼女を抱き締めてこう呟いた。「やっと、見つけた・・」~fin~
May 17, 2013
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「出て来たぞ!」「殺せ!」ガブリエルの姿を見たルシリュー軍が、一斉に彼に向って矢を放った。それを剣で払い落しながら、ガブリエルはリューイへと突進した。「お前だけは許さない、ルシリュー!」「愚かな、わたしに勝てると思っているのか!」ガブリエルをせせら笑ったリューイは、彼の攻撃をかわすと、強烈な蹴りを彼に喰らわした。「うっ」ガブリエルは呻いて腹を押さえている隙を狙い、リューイは間髪入れずに彼の頭上から剣を振り下ろそうとした。しかし、ガブリエルは素早く体勢を立て直し、リューイの喉元を短剣で掻き切った。彼は血泡を吐きながら、ゆっくりと後退していった。「おのれ・・」彼は持っていた松明を落としそうになり、己の身体に火をつけてしまった。燃え盛る炎に我が身を焼かれながら、彼は断末魔の悲鳴を上げ、地面へと倒れた。「哀れな・・」「よくも、父上を!」リューイの焼死体を冷ややかに見つめていたガブリエルの前に、ユリウスが現れた。その顔は怒気に満ちており、コバルトブルーの双眸は激しい怒りで満ちていた。彼はすっとガブリエルの前に立ったかと思うと、素早く鞘から剣を抜いた。「わたくし達は、やはりこういう運命の下にあるのですね!」「抜かせ!」ユリウスは激しい憎悪と怒りに駆られ、ガブリエルに次々と攻撃を仕掛けた。ガブリエルもユリウスに応戦し、たちまち二人の身体はそれぞれの血に塗れた。「次で終わりだ。」「そうですね・・」兵士達が固唾を呑んで見守る中、ガブリエルとユリウスは同時に地面を蹴った。ガブリエルの胸に己の剣が吸いこまれていくのを見たユリウスは一瞬安堵の表情を浮かべたが、突如襲ってきた激痛に顔をしかめた。見ると、ガブリエルの剣が己の心臓に突き刺さっていた。二人が同時に剣を互いの身体から抜くと、ガブリエルは支えを失い地面に倒れた。「おい、しっかりしろ!」ユリウスがガブリエルの方へと駆け寄ると、彼は既に息絶えていた。(俺はまた、愛する人を死なせてしまった・・) 涙を流しながらミシェルの事を思い出していたユリウスは、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がして、後ろを振り向いた。そこには、死んだ筈のミシェルが立っていた。“ユリウス、行こう。”「・・ああ、待ってろ。今すぐ行くから。」 ユリウスがミシェルの手を取ったその瞬間、彼の魂は肉体から抜け出した。宮廷を二分したドルヴィエ家とルシリュー家は、こうして共に滅びた。 スペインの無敵艦隊でイングランド海軍と戦っていたヴィクトリアスは、誰かが自分の名を呼んでいることに気づき、周囲を見渡した。気の所為だと思ったその瞬間、敵の刃が彼の頸動脈を切り裂いた。(ここで、わたしは死ぬのか・・)薄れゆく意識の中で、ガブリエルが自分の頬を優しく撫でるのをヴィクトリアスは感じながら、静かに目を閉じた。 スペインの無敵艦隊・アルマダは、イングランド海軍の前に無残にも破れ去り、兵士達は軍船諸共海の藻屑へと消えていった。
May 17, 2013
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処刑されたアンヌの遺体は、ドルヴィエ家の一族の墓所に手厚く葬られた。「ガブリエル様、あなたを残してスペインに帰国するのが辛いです。」「わたくしのことは、お気にならさず。遠くからヴィクトリアス様のご健闘をお祈りしておりますわ。」 葬儀から数日後、ガブリエルはスペインへと帰国するヴィクトリアスにそう言って彼を送り出した。「また、会いましょう。」「ええ。その日を楽しみにしておりますわ。」ガブリエルはヴィクトリアスと別れる悲しみを隠し、彼の姿が見えなくなった途端にその場で泣き崩れた。「お嬢様、大丈夫ですか?」「少し泣いたら、スッキリしたわ。もう戻りましょう。」「はい・・」 主を失くした邸は、何処かガランとした空間に見えた。「お嬢様、お帰りなさいませ。」「夕食はまだ食べないわ。」「かしこまりました。」自室へと入ったガブリエルは、化粧台の前に座り鏡で自分の顔を見た。そっと腰下まである長さの髪を摘んだガブリエルは、近くに置いてあった鋏を取った。「ガブリエルお嬢様、晩餐(ばんさん)の準備が整いました。」 数分後、アンドレがガブリエルに夕食を告げて彼女の部屋のドアをノックしたが、中から返事はなかった。「お嬢様、入りますよ?」アンドレは腰に巻きつけている鍵束の中から一本の鍵をガブリエルのドアノブに挿し込むと、部屋の中へと入った。部屋の中は暗く、化粧台の前でガブリエルは疲れていてしまったのか寝てしまっていた。「お嬢様、起きて下さい・・」アンドレがガブリエルを揺り起そうとした時、彼女の長い髪が耳の下まで切り揃えられていることに気づいた。「アンドレ・・」「何ということを!お嬢様の美しい御髪が・・」「髪の事など、どうでもいいの。髪はいずれ生えてくるでしょう。」アンドレは腰を屈めると、床に散らばった金髪の束を拾い上げた。「わたしね、もう迷わないことにしたの。」「何をなさるおつもりですか?」「戦うわ、リューイと。」「わたしも、お嬢様と運命を共にいたします。」「ありがとう、アンドレ。」母の死によって、ガブリエルは貴族の令嬢としての人生を捨てた。華やかなドレスから甲冑を纏ったガブリエルは、本来の性に戻ったような気がした。「閣下、どうなさいますか?」「決まっている・・ドルヴィエ家の遺児を殺せ!たとえどんな手を使ってでも、始末せよ!」「ははっ!」(面白いことになってきたな・・) リューイは口端を歪めて笑うと、ゴブレットに注がれた葡萄酒を一気に飲み干した。 翌朝、ドルヴィエ邸をルシリュー軍が包囲した。「お母様、わたしに力を貸してください。」 ガブリエルはそう呟き胸の前で十字を組むと、外へと飛び出していった。
May 17, 2013
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※BGMとともにお楽しみください。 死刑執行までの数日間、アンヌは生まれて初めて穏やかな気持ちになった。これまで男達に負けぬよう、必死に歯を食いしばって生きて来た。だが弟が死に、王妃に陥れられて今まで築き上げて来た地位や権力を全て失った今となっては、もう何もかもどうでもよくなってきた。「奥様、お食事です。」「ありがとう。」「明後日ですね・・」「そんなに悲しい顔をしないで。」「ですが・・」アンヌはそっとルイーゼの手を握ると、彼女に微笑んだ。「ガブリエルに伝えて。もしわたしが居なくなっても、ずっとあなたの傍にいると。」「わかりました、必ず伝えます。」「ありがとう。」 一方ガブリエルは、母・アンヌの死刑執行を聞き、泣き崩れて部屋に籠ったまま出て来なかった。「お嬢様、せめて少しお食事を・・」「放っておいて!」「ですが・・」使用人達が説得してもなかなか部屋から出てこないガブリエルをどんな言葉を返したらいいのかわからずに右往左往していると、ヴィクトリアスが彼女達の前に現れた。「いつまでそうなさっておられるおつもりですか、ガブリエル様!」「あなたには、関係のないことでしょう!」「関係なくはありません!あなたは、これから多くの敵と立ち向かっていかねばならないのですよ!それなのに、あなたは泣き崩れるしか術はないのですか!?」「わたしは・・」「本気で戦いたいとお思いならば、今すぐ部屋から出なさい!」ヴィクトリアスの言葉が、ガブリエルの萎えかけた足と心を奮い立たせた。「ヴィクトリアス様、お願いです。わたしを母の元へ連れていってください。」「わかりました。」 アンヌが斬首刑に処される日が来た。彼女は真紅のドレスに身を包み、泣き崩れるルイーゼをそっと抱き締めてこう言った。「今までわたくしに尽くしてくれて、ありがとう。また来世で会いましょう。」「奥様・・」「アンヌ様、お時間です。」「わかりました。」彼女は背筋を伸ばし、地下牢から出て行った。 処刑場には“氷の貴婦人”の最期を見ようと、大勢の見物人で溢れ返っていた。その遠くに停められている馬車から降りたガブリエルは、目深にフードを被り見物人の中に紛れ込んだ。「“氷の貴婦人”がやってきたぞ!」「これから死ぬ運命だってのに落ち着いていやがる・・」ガブリエルが周囲を見渡すと、一台の粗末な馬車からアンヌが降りてくるところだった。 真紅のドレスを纏い、凛とした様子で処刑台の前へと向かうアンヌは、ガブリエルが自分を見つめていることに気づき、ガブリエルに微笑んだ。ガブリエルはアンヌに何か言おうとしたが、言葉が出なかった。 やがて処刑人が処刑台でうつ伏せになったアンヌの頭上に斧を振り翳(かざ)すと、その首を一撃で刎(は)ねた。ガブリエルは、母の最期を見届けると馬車の中へと戻った。(さようなら、お母様・・)
May 17, 2013
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「そういえば、先程こちらにあなた宛ての手紙が届きましたよ。」 異端審問所にあるアリスティドの執務室で、アンヌは彼から自分宛の手紙を受け取った。そこには、ニコルが昨夜突然喀血し、そのまま息を引き取ったと書かれてあった。「どうかなさいましたか?」「義妹からの手紙でした。弟が、昨晩喀血し息を引き取ったと・・」「そうですか・・それでは、もうあなたの無実を証明する者は居なくなりましたね。」アリスティドはそう言うと、アンヌを少し憐れむような目で見た。「わたしを憐れまないでくださいませ。」「アンヌ様、王妃様があなたにお会いしたいそうです。」「そうですか・・わかりました。」アリスティドはさっと椅子から立ち上がって扉を開け、王妃を招き入れた。「あなたはもう逃げられないわよ、アンヌ。」狂気に満ちた翡翠の双眸を爛々と輝かせながら、王妃はアンヌにそう言うと彼女を睨みつけた。「承知しております、王妃様。」「そう、なら話は早いわ。アリスティド、これに署名なさい。」王妃がそう言ってアリスティドの鼻先に突き付けたのは、アンヌの死刑執行書だった。「ですが王妃様、わたしは・・」「アンヌの命をどうするかは、もうわたくしが決断したのです!お前はそれに従うしかないのですよ!」 やや高圧的な王妃の言葉にアリスティドは少しムッとしたような表情を浮かべたが、王妃の手から死刑執行書を受け取った。「これで宜しいでしょうか?」「ええ。ありがとう。」アリスティドがサインした死刑執行書を受け取った王妃は、満足気な笑みを浮かべながらアンヌを見た。「もうあなたと会えなくて済むなんて、せいせいするわ。」「王妃様、わたくし達はどこから道を間違えてしまったのでしょう?」「そんなこと、わたくしに聞かないで頂戴。わたくしはあなたの事が、最初から嫌いだったのよ。ただ、それだけよ。」もうこれ以上お前とは話したくないとばかりに、王妃はアンヌに背を向けて部屋から出て行った。「アンヌ様、あなたに会わせたい女が居るのです。」「会わせたい女?」「入りなさい、ルイーゼ。」王妃と入れ違いに、ドルヴィエ家で下働きをしていたルイーゼが入って来た。「お久しぶりです、奥様。」「ルイーゼ、どうして・・」「あなたが補縛されたと聞き、この女は我が身の危険を顧みずにあなたの世話をするとわたし宛に手紙を書いてきたのです。」「そう・・」「さぁルイーゼ、あなたはアンヌ様と一緒にこの部屋から出なさい。」「わかりました。」 地下牢に戻ったアンヌは、ルイーゼに髪を梳いて貰った。「ここでの生活は、いかがです?」「まぁ、最高とは言えないわね。それよりもルイーゼ、あなたの仲間達は・・」「ダリウスもダニエルも、元気にしております。奥様、これから誠心誠意お仕えさせていただきます。」「宜しく頼むわ、ルイーゼ。」 伯父の訃報と、アンヌの死刑執行が決まったという手紙がガブリエルの元に届いたのは、夜明け前の事だった。
May 17, 2013
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数日後、王妃主催の御前試合が練兵場で開催された。そこには、腕に覚えがある屈強な猛者達が集まり、その中で華奢なガブリエルは目立っていた。「よぉ姉ちゃん、来る場所間違えたんじゃねぇのか?」「金持ちの旦那捕まえるんなら、娼館に行きな。」「ここはガキが来る所じゃねぇんだ、帰んな!」案の定、ガブリエルはそう男達から野次を飛ばされたが、ガブリエルは平然とした様子で愛剣を確かめた。「ガブリエル様、奇遇ですね。」「あら、ユリウス様。あなたも御前試合に?」「ええ。あなたがご出場されるとは意外ですね。」ユリウスはそう言ってガブリエルに微笑むと、誰かに呼ばれたようでそこから去っていった。「王妃様、大変です!これが今朝届いて・・」「見せなさい!」 王妃が女官の手から封筒を乱暴に受け取ってそれを逆さにすると、中から乾いた目玉が大理石の床に転がり落ちた。近くに居た女官が悲鳴を上げ、床にへたり込んだ。「何をしているの、早くその汚らわしい物を片付けなさい!」「は、はい・・」(敵はかなり手強いようね。まぁいいわ、既に手は打ってあるんだもの。) 鎧を身に包み、練兵場の選手控室へと出たガブリエルを待っていたものは、男達の下卑た笑い声と罵声だった。「恐れてはなりませんよ、お嬢様。」「わかっているわ。ヴィクトリアス様は?」「それが・・急用でいらっしゃらないとか。」「そう。」ヴィクトリアスが来てくれると思っていたガブリエルは、アンドレの言葉を聞いて失望したが、剣の柄を握り締めた。 ユリウスは真紅の天幕から現れた対戦相手がガブリエルだと知り、驚愕の表情を浮かべた。「何か不都合なことでも?」「いえ・・」審判の合図によって、試合は開始された。 毎日ヴィクトリアスと剣術の稽古をつけると言っているだけあって、ガブリエルの剣の腕はかなりのものであった。日々鍛錬を積み重ねているユリウスでも圧倒される腕前で、彼はたちまち劣勢に立たされた。『よいですか、必ず彼女を倒すのですよ?』 試合前、王妃がそう言って金貨が詰まった袋を自分に手渡した光景が、ユリウスの脳裏に浮かんだ。この勝負ははじめから仕組まれており、公の場で王妃がガブリエルを殺害しようと企んでこの御前試合を思いついたのだった。ユリウスは、“事故”と見せかけてガブリエルを殺さなければならなかった。だが、そんなことは出来なかった。「勝負、つきましたわね。」 ガブリエルに剣の切っ先を喉元に突き付けられたユリウスは、素直に敗北を認めた。「役立たずめ!」 王妃は憤然とした様子で練兵場から立ち去った。
May 16, 2013
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部屋の中に居たのは、リゼットだった。「貴様、そこで何をしている!」ヴィクトリアスがそう言ってリゼットを睨むと、彼女は舌打ちし、隠し持っていた短剣を抜いて彼に突進してきた。しかしヴィクトリアスの方が早かった。彼は電光石火の動きでリゼットの手首を柄で打ち、彼女は短剣を床に落とした。「一体何の目的でここに来た?」「それは言えないね。」ヴィクトリアスは剣の切っ先をリゼットの喉元に突き付けたが、彼女は平然とした様子でそう言うと、彼の顔に唾を吐きかけた。「こいつを縛りあげろ。」「かしこまりました。」「何すんだよ、離せ!」アンドレと男性使用人達に部屋から摘みだされたリゼットは、憎悪に満ちた視線をガブリエルに投げつけて来た。思わず恐怖で身を竦めた彼女を、リゼットは嘲笑った。「お姫様には剣は似合わないね。御前試合なんて出るのやめたら?」「何故、あなたがそんなことを知っているの?」「ふん、それも言えないね。」「どうかな?いずれお前の口を割ってやろう、ありとあらゆる手を使ってな。」 ヴィクトリアスがリゼットを睨み付けると、彼女は俯いた。「ガブリエル様、先にお休みになってください。わたしはやることがありますので。」「は、はい・・」「アンドレ、ガブリエル様のお傍についていてくれないか?」「あなたに命じられなくても、わたしはそうするつもりです。」アンドレは憮然とした表情を浮かべると、部屋から出て行った。「お嬢様、腕に痣が・・」「ああ、これ?剣術の稽古で出来たのね、きっと。」夜着に着替えたガブリエルの右上腕部に青痣が出来ていることに気づいたアンドレは、思わず彼女に抱きついた。「もうおやめ下さい、こんなことは。」「わたしはやめないわ、アンドレ。お願いだから、わたしを止めないで。」「わかりました、お嬢様・・」アンドレはそう言うと、ガブリエルに頭を下げて部屋から出て行った。 ドルヴィエ邸の地下牢では、ヴィクトリアスがリゼットを天井に逆さ吊りにして彼女を鞭打っていた。「ここに入った目的を言え!」「言うもんか!」「そうか、それではこれで吐く気になるか?」少し苛立った様子の彼は、熱した鉄製の火箸を躊躇(ちゅうちょ)なくリゼットの両眼に突き刺した。手負いの獣のような叫び声が、ドルヴィエ邸に響いた。「わかった、言うよ・・」「ふん、はじめからそう言えばよいものを。お前が意地を張るから、全盲となったのだから自業自得だ。」 ヴィクトリアスはそう言うと、長剣の切っ先で荒縄を天井から切り落とし、床に倒れ伏したリゼットの亜麻色の髪を掴んだ。眼球があった箇所からの大量の出血で、彼女の顔は血まみれになっていたが、彼女は血が滲んで腫れた唇を動かし、ある事をヴィクトリアスに告げた。「あたしを物乞いの格好をさせてここに送りこんだのは・・王妃様だ。お願いだよ、あたしを・・」「ふ、そうか。では用はないな。」 ヴィクトリアスは長剣を床に投げ捨てると、短剣で彼女の頸動脈を切り裂いた。
May 16, 2013
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リゼットが慣れた手つきで魚を捌く姿を見ながら、アンドレは何故彼女がドルヴィエ邸にやって来たのかを訝しがり始めていた。「お前、リゼットといったな?」「はい・・」「ここにやって来た目的は何だ?」「あの・・わたしは・・」「一夜の宿を借りるなら、何処でもいいだろう?」「ちょっと、口を動かす暇あったら手を動かしな!」「すいません・・」リゼットを尋問しようとしたアンドレは、ルイーゼに怒鳴られて舌打ちし、仕事に戻った。「今日は美味しそうな魚料理ね。」「新鮮なものを市場で仕入れましたから。それよりもガブリエルお嬢様、後でお話したい事がございます。」「わかったわ。アンドレ、あなた方もいただきなさい。」「ですがお嬢様・・」貴族の令嬢であるガブリエルが使用人と食事を共にするなど、非常識甚だしかったが、そんなことを気にするガブリエルではなかった。「では、頂きます。」 厨房に戻ったアンドレは、ルイーゼとリゼットにダイニングに来るように言った。「あら、あなた見ない顔ね?」「リゼットと申します、お嬢様。一夜の宿を借りる代わりに、魚を捌いて貰いました。リゼット、ガブリエルお嬢様にご挨拶しろ。」「リゼットと申します、ガブリエルお嬢様。」「そんなに怯えないで、リゼット。」怯えたような目で自分を見つめるリゼットに、ガブリエルはそう優しく声を掛けると、彼女は笑顔を見せた。「ルイーゼ、戻って来てくれたのね!」「お久しぶりです、お嬢様。」「ダニエル達は、元気にしている?」「ええ。それよりもお嬢様、王妃様主催の御前試合にご出場されるとか・・」「ヴィクトリアス様に剣術の稽古をつけて貰っているの。」「そうですか。それよりも後で話したい事があるのですが・・」ルイーゼはそう言うと、チラリと横目でヴィクトリアスを見た。「出来れば、ヴィクトリアス様にも・・」「わかった。話を聞こう。それよりも今は腹ごしらえをせねばな。」ヴィクトリアスはそう言うと、胸の前で十字を切り、食前の祈りを捧げた。 夕食後、ガブリエルとヴィクトリアスはルイーゼと共にアンヌの部屋に入った。「話とは何なの?」「実は王妃様主催の音楽祭当日の夜、この家に暗殺者が送り込まれました。」「何ですって!?」「その暗殺者は、これを握っておりました。」ルイーゼはそう言うと、暗殺者が死に間際に握り締めていた紙を二人に見せた。「一体、誰がこんなものを・・」「用心しないといけませんね。」「ええ。けれど、お母様の身に危険が迫って・・」「しっ!」突然ヴィクトリアスがガブリエルの口を右手で塞いだので、ガブリエルとルイーゼは思わず彼を見た。「どうしたんです?」「誰かが・・隣の部屋を荒らしている!」押し殺した声でそう言ったヴィクトリアスは、長剣を鞘から抜き、短剣をガブリエルに手渡した。二人が忍び足で隣室の前へと向かうと、その中では何者かが家具を動かしている音が聞こえていた。ヴィクトリアスはガブリエルに目配せすると、二人で同時に隣室の扉を蹴破った。「そこに居るのは誰だ!」
May 16, 2013
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数日後、王妃主催の御前試合が開かれることをガブリエルは知り、ヴィクトリアス指導の下、剣術の稽古に励んだ。「かなり上達しましたね。」「ヴィクトリアス様の教え方が良いからですわ。」額から流れ出る汗をハンカチで拭いながら、ガブリエルはそう言ってヴィクトリアスに微笑んだ。「御前試合まではまだ時間がありますから、余り無理をしないでください。」「わかりました。」「ガブリエルお嬢様、お手紙です。」アンドレは少し不機嫌そうな様子で二人に近づくと、ガブリエルに手紙を手渡した。「ありがとう。」「いえ・・ではわたしはこれで失礼致します。」アンドレはガブリエルとヴィクトリアスの姿を見たくなくて、くるりと彼らに背を向けて邸の中へと戻った。「アンドレ、久しぶりだね。」「ルイーゼ様、お久しぶりです。確かあなた方はイングランドへと向かったのでは?」「ちょっと用事を思い出してね。それよりもあの手紙、ちゃんとお嬢様に渡してくれたかい?」「ああ。」 厨房に入ったアンドレは、じゃがいもの皮を包丁で剥き始めた。ルイーゼはそんな彼の姿を見た後わざとらしい溜息を吐くと、木箱に入っていた魚を見た。「ねぇ、これからどうするんだい?」「どうするも何も、わたしはお嬢様とドルヴィエ家をお守りするだけだ。流れ者のお前達とは違って、わたしは奥様に借りがあるからな。」「流れ者、ねぇ・・よく言ってくれるじゃないか?あたし達だって好きで各地を放浪している訳じゃないんだ。」ルイーゼはそう言ってアンドレを睨み付けると、木箱から魚を一尾取り出してそれを包丁で捌(さば)き始めた。彼女が鱗(うろこ)を器用に削り取っていると、裏口を誰かが激しくノックする音に気づいた。「あんた、出てくんない?あたしは手が離せないからさ。」「わかった。」アンドレはじゃがいもの皮剥きを中断し、裏口へと向かった。 そこには、みずぼらしい身なりをした少女が寒さに震えながら立っていた。「何の用だ?」「申し訳ございません、あの・・一夜の宿をお借りできないかと・・」「今は忙しい。」アンドレがそう言って少女を見ると、彼女は落胆の表情を浮かべた。「入れてあげりゃぁいいじゃないか?このままこの子が行き倒れでもしたら、お嬢様に責められるのはあたし達だよ。」ルイーゼの言葉を聞いたアンドレは、渋々と裏口のドアの前から移動して、少女を招き入れた。「ありがとうございます。」彼女は大変恐縮した様子で何度もアンドレに頭を下げながら厨房に入った。「あんた、魚は捌けるかい?」「ええ・・漁村で暮らしていましたから。」「そうかい。じゃぁ、あそこにある魚を捌いておくれ。夕食まで時間がないからね。あんた、名前は?」「・・リゼットと申します。」 謎の少女・リゼットはそう言うとルイーゼ達に頭を下げ、魚を慣れた手つきで捌き始めた。
May 16, 2013
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「ありがとうございます、少し落ち着きました。」 数分後、ヴィクトリアスの診察を受けたユリウスは、そう言うと彼に頭を下げた。「余り無理をなさらない方がいい。精神的負担が大きくなればなるほど、発作を起こす頻度が多くなりますから。」「肝に銘じます。あなたは?」「ヴィクトリアスと申します。」「ヴィクトリアス・・それでは、あの・・」「“死神”って呼んでいただいても結構ですよ。はじめは嫌だった渾名(あだな)ですが、今では結構気に入っておりますから。」「そうですか。いつスペインにお戻りに?」「そろそろイングランドとの戦争が勃発するだろうとにらんでおりますから、出来れば来年の春辺りには帰国しようかと思っております。」「残念ですわ、ヴィクトリアス様が帰国されるだなんて。弓術や剣術の稽古をもっとお受けしたかったのに。」「何をおっしゃいます、ガブリエル様。あなたに教えることは何もございません。」「ガブリエル様は、剣術の稽古を受けていらっしゃるのですか?」「ええ。今まではダンスや刺繍(ししゅう)ばかり習っていましたけれど、万が一のことが起きたら己の身を守りたいと思いまして・・」「そうですか。」華奢なガブリエルが、その細腕で重い剣を振るう姿が、ユリウスはどうしても想像できなかった。「それでは、これで。参りましょうか、ガブリエル様?」「ええ。ユリウス様、またお会いしましょう。」「ええ。」 ユリウスはヴィクトリアスとガブリエルに手を振ると、薔薇園を後にした。 一方、異端審問所にはリューイの姿があった。「あの女の尋問は上手くいっているか?」「それは・・わたしにもよくわからないのですよ。」「よくわからないというと?」「アンヌ様は、何かを隠そうとしておられるが、それが何なのかがわたしにも、あなた様にも決してわからないと思うのですよ。」「回りくどい言い方をするでない!」リューイがそう言って机を拳で叩くと、アリスティドは溜息を吐いて彼を見た。「アンヌ様が何を考えていらっしゃるのかわからない以上、わたしにはどうすることもできません。」「ならば、拷問しろ!この際手加減などいらん!」「それは出来ません。いくら罪人といえども、相手はか弱い女性です。」「ハッ、甘い考えだな。お前はアンヌの恐ろしさを知らぬから、そう言うことが・・」「むやみに罪人を拷問し、死に至らしめたら陛下から糾弾されるのはこのわたしだけではありませんよ?」何処か蔑(さげす)んだような視線をリューイに送ると、アリスティドは書類の束を捲った。「アリスティドめ、馬鹿にしおって!」「閣下、落ち着いてくださいませ・・」「うるさい、落ち着いてなどいられるか!」 従者を怒鳴りつけたリューイは、憤然とした様子で異端審問所から去っていった。「せいぜい悪あがきなさることですね、閣下。わたしはあなたには決して手を貸しませんよ。」
May 15, 2013
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「驚きましたわ、まさかあなたと宮廷でまたお会いできるだなんて。」「わたしもですよ、ガブリエル様。お母上様はご息災であらせられますか?」 父の策略に嵌り、異端審問所にアンヌがその身柄を拘束されていることを知りつつも、ユリウスはそうガブリエルに尋ねずにはいられなかった。「母は少し体調を崩しておりますけれど、元気ですわ。」「そうですか、それはよかった。」「ユリウス様、ひとつお聞きしたいことがありますの。」「わたしにですか?」「ええ。何故、あなたのお父様はお母様を陥れるようなことをなさったの?お二人の仲が悪いと聞いていらしたけれど・・」「それは、わたしにも解りません。ただひとつ言えるのは、父はあなたのお母様・・アンヌ様に嫉妬しているからだと思います。」「嫉妬ですって?お母様に?」「ええ。アンヌ様は政治的手腕に長け、陛下のご信頼も厚い方。対して陛下は父に対して余り良い印象を持っておられない。その違いが、アンヌ様への敵愾心(てきがいしん)と嫉妬に芽生えたのだと思います。」 宮廷で己の身を守り、確固たる地位を得る為には、国王からの絶大な信頼を得るのが一番である。リューイは何とか国王からの信頼を得ようと金品を彼に献上し奮闘したが、結局国王は彼に対して不信感を抱いただけで終わってしまった。だがアンヌは、いとも簡単に人嫌いで気難しい性格の国王からの信頼を得て、押すに押されぬ地位へとあっという間に上りつめた。女だと彼女を侮っていたが、その女に足元を掬われたリューイにとって、アンヌは己の誇りを傷つけた許し難い宿敵となった。「あなたのお父様のような立派な方でも、誰かに嫉妬なさるのね?」「人間は完璧ではありません。どんな聖人君子でも、時には他人に嫉妬いたします。」ユリウスがそう言ってガブリエルを見た時、彼の脳裏に今は亡き恋人・ミシェルの顔と重なった。 従兄弟同士だからだろうか、ミシェルとガブリエルは瞳の色こそ違うものの、良く似ている。“ミシェル”彼の事を思い出すたびに、彼を手に掛けた時の事を思い出したユリウスは、少し息苦しさを覚え、胸を押さえた。「どうかなさったの?」「いえ、何でもありません。少し休めばよくなります。」「でも・・」「大丈夫ですから、本当に。」 ユリウスの蒼褪めた顔を見たガブリエルが誰かに助けを呼ぼうと大声を出そうとした時、ヴィクトリアスの姿が廊下に現れた。「ヴィクトリアス様、助けて下さい!」「どうなさいましたか、ガブリエル様?」「この方が・・ユリウス様が急に苦しまれて・・」「ユリウス様、あちらへ横になって下さい。」「わかった・・」 ユリウスが苦しそうに喘ぎながら近くの長椅子に横たわると、ヴィクトリアスが慣れた手つきで彼の上衣を脱がし始め、脈を取った。「恐らく、過呼吸でしょう。」「ヴィクトリアス様、医術の心得がおありですの?」「ええ。」ガブリエルに羨望の視線を向けられ、ヴィクトリアスは少し照れ臭そうな顔をして俯いた。
May 15, 2013
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「あら、いらっしゃったわ。」「面の皮が厚い方ね。」「図々しいったらありゃしないわ。」 貴婦人達はガブリエルの姿を見るなり、わざとらしく大袈裟な溜息を吐きながら彼女を中傷した。「あなた方、わたしの友人を侮辱するなんていい度胸ね?」「アレクサンドリーネ様、わたくしたちは侮辱などしておりませんわ。」「そうですとも。わたくし達はこの方に、身の程を弁えろとご忠告申し上げているだけです。」「あら、そう?わたしにはそんな風には聞こえなかったけれど。」「アレクサンドリーネ様もお気をつけなさいませ。この方に肩入れしてしまっては、いずれは我が身を滅ぼすことにもなりかねませんから。」何処か勝ち誇ったかのような笑みを浮かべると、貴婦人達は薔薇園から去っていった。「あんなの、気にすることはないわ。あなたが若くて聡明だから、やっかんでいるのよ。」「そうですね・・それよりもアレクサンドリーネ様、お話というのは?」「実はね、近々アリスティドがアンヌ様を再び取り調べるそうよ。異端審問所で下働きしている下女に聞いたんだけれど・・アリスティドは拷問も考えているんですって。」「拷問・・?」 ガブリエルの脳裏に、生爪を剥がされ、焼き鏝(ごて)を捺され苦しむアンヌの姿が浮かんだ。DNA検査をはじめとする科学捜査など存在しないこの時代に於いて、異端審問所では被告人に対して苛烈な拷問を掛けた上で、罪を自白することを主としていた。だが被告人が罪を自白しても、その先に待っているのは火刑台か、絞首台である。「でも、まだ決まったわけではないのよ。ごめんなさい、そんな話をする為に、あなたを呼び留めたのではないのに。」ガブリエルの顔が蒼褪めていることに気づいたアレクサンドリーネは、慌てて話題を変えた。「お母様は今、あなたの婚約者であるヴィクトリアス様にお会いしている頃だわ。」「王妃様がヴィクトリアス様に何のご用なのかしら?」「さぁ、それはわたしにもわからないわ。後でヴィクトリアス様にお聞きになられたらいかが?」「そうですね。」「ねぇガブリエル、暫くはここはあなたにとって辛い場所になるでしょうけれど、わたしがあなたを守ってあげるわ。あなたは一人ではないの、それを忘れないで。」「ええ。それでは、これで失礼致します。」「またあなたとお話したいけれど、今は忙しくて時間が取れないの。落ち着いたら、あなたをお茶会に誘うわね。」―あなたは一人ではないの、それを忘れないで― アレクサンドリーネの言葉は、ガブリエルの萎(な)えた足と心を大いに奮い立たせてくれた。ただ悲嘆に暮れるだけの日々に別れを告げ、自分に出来る事をしなければ―ガブリエルがそう決意しながら廊下を歩いていると、ガブリエルは誰かとぶつかった。「すいません、大丈夫でしたか?」「ええ。あら、あなたは・・確か神学校で見かけた・・」「お久しぶりです、ガブリエル様。」そう言うとユリウスは、“白薔薇の君”ことガブリエルに微笑んだ。
May 15, 2013
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ガブリエルが自分の告白を聞き、絶句している姿を見てアンヌは無理もないと思った。「ガブリエル・・」「お母様、どうしたらわたしはお母様を救えるの?」「わたしのことはもういいの、それよりもあなたはフランスから出なさい。」「どうして、そんな事をおっしゃるの?」ガブリエルがそう言ってアンヌの手を格子越しに握ると、彼女は苦悶の表情を浮かべた。「いずれ、王妃様はあなたのことを亡き者にしようとするでしょう。その前に、ルイーゼ達と合流し、イングランドに向かいなさい。」「お母様・・」 いつだって母は、強くて凛としている女性だった。しかし、今自分の前に居る母は、窶(やつ)れて少し老けているように見えた。ガブリエルがそっとアンヌの黒髪を梳くと、黒檀のような艶やかな髪は潤いをなくしており、白髪が覗いていた。「どうして泣いているの、ガブリエル?」「お母様の髪が・・」「髪なんて、どうでもいいのよ・・今のわたしにとっては、あなたが大事なの。」「わたし、必ずお母様を助けてみせますから!」「その言葉と気持ちだけでも、嬉しいわ。」アンヌがそう言ってガブリエルに微笑むと、そっと彼女の手に何かを握らせた。「もうお行きなさい、誰か来るわ。」「わかりました・・また来ます。」 地下牢から出たガブリエルは、アンヌの手を握った左手をそっと開いてみた。そこには、アンヌが愛用している指輪が掌に載っていた。「ガブリエル様。」「ヴィクトリアス様。」背後から声を掛けられ、アッシュグレイの双眸に見つめられたガブリエルは、咄嗟に指輪を隠した。「さっき、一体何を隠したのです?」「いえ、何も・・」「嘘はいけません。さぁ、わたしに見せてください。」「わかりました・・」ガブリエルは観念して、ヴィクトリアスに指輪を見せた。「これは、アンヌ様の指輪ですね?あなたが何故これを?」「さきほど、母に会ってきました。母から全ての真実を明かされた後、これを渡してくれました。」「全ての真実・・?」「それはまた、時間がある時にお話致します。ヴィクトリアス様はどちらに?」「王妃様に会いに。何でも、アンヌ様のことで話があるとかで・・」「そうですか。」 是非ともヴィクトリアスが王妃と謁見する席に同席したいが、先程の自分に対する王妃の冷淡な態度を思い出したガブリエルは、無言で彼を見送った。「ガブリエル。」「アレクサンドリーネ様、ご無沙汰しております。」「そんなにかしこまらなくてもいいじゃないの。わたくしたち、お友達でしょう?」そう言って屈託のない笑みを自分に向ける王女に、アンヌが補縛されて以来暗く沈みがちだったガブリエルの心が少し明るくなった。「それ、アンヌの指輪じゃなくて?」「ええ。母がさきほど、わたしに渡してくれました。」「上質なルビーね。こんな純度が高いもの、滅多に採れなくてよ。そうだガブリエル、少しあちらでお話しないこと?」「ええ、喜んで。」 ガブリエルとアレクサンドリーネは薔薇園へと向かうと、そこには数人の貴婦人達が固まって何かを話していた。
May 15, 2013
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「まぁニコル、来てくれたのね!」カトリーヌはそう言うと、ニコルに対して弾けるような笑顔を浮かべた。「ご無沙汰しております、カトリーヌ様。この度はご出産とご即位、おめでとうございます。」「ありがとう。あなたにそう言われると嬉しいわ。」「まぁ・・」ニコルがカトリーヌとにこやかに談笑しながら話しているのを見たアンヌは、そっと二人の方へと近づいた。「ニコル、久しぶりね。」「姉上、お久しぶりです。」「随分と大人びたものね。小さい頃はよくわたしの後ろにくっついて泣いていたというのに。」「そんな昔の話、もう忘れてしまいました。」「あらアンヌ、ニコルとお知り合いなの?」嫉妬を滲ませた口調でカトリーヌがそう聞いてきたので、アンヌは口元に笑みを閃かせながらこう彼女に答えた。「ええ。ニコルはわたくしの弟なんですの。」「あら、そうなの。でも余り似ていないんじゃなくて?」「母親が違うんです。」「まぁ、それはどういった事情で・・」「こらカトリーヌ、止さないか。二人とも困っているではないか?」妙にアンヌに突っかかるカトリーヌの姿を見た国王は、すかさずアンヌに助け船を出した。「まぁあなた、わたくしは・・」「いい加減にしないか。ニコルと申したな?」「はい、陛下。」「そなたがアンヌの弟とは気がつかなんだ。なるほど、カトリーヌが惚れるだけの男だな。」「おほめ頂きありがとうございます。」国王の世辞をさらりと受けながらしながら、ニコルは彼に微笑んだ。「いつの間に社交術を身に付けたの?」「宮廷に上がった時からです。あちらでは、言葉の駆け引きが命の駆け引きそのものですからね。わたしは武芸にひいでておりませんから、せめて話術だけはと思いまして。」「まぁ、いい心がけだこと。今夜はどこに泊まるの?」「暫く、ドルヴィエ邸に滞在しようと思うのですが、ご迷惑ならば・・」「いいえ、あなたならいつでも大歓迎よ。」 仲良く連れ立って歩くアンヌとニコルの姿を、カトリーヌは遠くで恨めしそうに見ていた。「アンヌ、最近調子に乗っていないかしら?いくら宮廷での発言権が強くなったからって、偉そうに!」 晩餐会の後、カトリーヌはブラシを化粧台の上に叩きつけながらそう言うと女官を睨んだ。「尤もなお言葉でございます、王太子妃様。」「“王太子妃様”ではないでしょう!」「申し訳ございません、“王妃様”・・」「わかればいいのよ、わかれば。」カトリーヌはそう言うと、フンと鼻を鳴らした。 出産してからの彼女は、最近ヒステリーを起こす頻度が多くなったのではないかとその女官は訝しがったが、カトリーヌがヒステリーを起こす原因は、アンヌとニコルが姉弟であることを二人が自分に黙っていたことだった。(あの女、何処までわたしを馬鹿にすれば気が済むのかしら!?) 表面上は仲良くしているアンヌとカトリーヌであったが、その実二人の間には深い軋轢が生じていたのだった。「・・これが、全てよ。」「お母様・・」 アンヌからの告白を聞き、ガブリエルは暫く絶句していた。
May 14, 2013
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「あなた、一体どういうつもりであんな物を王太子妃様に贈ったの!?」 部屋に入るなり、凄い剣幕で王太子妃付の女官はアンヌに怒鳴って来た。「一体何のことでしょう?わたしが王太子妃様に不快な思いをさせましたか?」「とぼけないで下さい、傷心の王太子妃様に産着を贈ったのはあなたでしょう!?」「まぁ、そんな事が・・」どうやら、妹・アレクサンドリーヌの安産を願って彼女に贈った手縫いの産着が、手違いでカトリーヌの元に届いてしまったらしい。「大変申し訳ないと、王太子妃様にお伝えください・・」「王太子妃様は大変お怒りのご様子です!謝罪ならば本人に直接おっしゃってくださいませ!」女官はそう言うと、さっとアンヌの背を向けて部屋から出て行った。「お嬢様、申し訳ございません。わたしがいたらないばかりに・・」「何を謝るの、モリエール?悪いのはわたしなのだから、お前が謝ることはないでしょう?」「ですが・・」モリエールはそう言葉を切ると、悔しそうに唇を歪めた。 数時間後、アンヌはカトリーヌの元へ謝罪に訪れた。「この度は、王太子妃様に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳なく思っております。」「あなた、謝って済むと思っているの!?」「おやめなさい。何もアンヌは悪気があってやったわけではないのだから。」カトリーヌはアンヌを激しく責め立てる女官を手で制すと、ゆっくりとアンヌの方を見た。「アンヌ、あなたはどうやら、わたくしの事を嫌っているようね?」「何をおっしゃいます、王太子妃様。わたしはそんな事を微塵も思っておりません!」「それは、本当かしらね?まぁ、いいでしょう。いずれはわかることだから。」カトリーヌはそう言うと、わざとらしくこめかみを押さえた。「気分が悪くなったから、さがって。」「わかりました。それでは、失礼致します。」アンヌは深々とカトリーヌに頭を下げると、彼女の寝室から辞した。 その日から、アンヌとカトリーヌとの間には溝が生まれ、それは歳月とともに深くなっていった。「お嬢様、お気を落とさずに。」「わたしは平気よ。それよりもどうしてあんなに悔しがっていたの?」「わたしの大切なお嬢様を侮辱されたようで、悔しかったのです。あの方、わざと言いがかりをつけていらっしゃるんじゃないかと思いましたよ!」「そんな事は滅多に言うものではないわ。何処で誰が聞いているのか、わかったものではないから。」「はい、肝に銘じます。」 “産着事件”から数年後、カトリーヌは再び妊娠し、王女を産み落とした。彼女の出産祝いの宴に、アンヌは招待されなかった。「アンヌ様が招待されないなんて・・」「当たり前でしょう、あんな事をなさったんですもの。」「そうよねぇ・・」貴婦人達はヒソヒソとふんだんにレースを使った扇子の陰でそんな事を囁き合いながらも、絹の産着に包まれたフランス王女・アレクサンドリーネの寝顔を見て微笑み合った。カトリーヌがアレクサンドリーネを出産して数ヵ月後、舅が病没し、夫が国王に即位し、彼女は王太子妃から王妃となった。 ニコルがフランスにやって来たのは、国王夫妻主催の晩餐会当日のことだった。
May 14, 2013
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その手紙は、王太子妃・カトリーヌからのものだった。「王太子妃様からのお手紙にはなんと?」「ご懐妊されたそうよ。」「長い間、不妊症に悩まされておりましたからねぇ・・」「お祝いの品はどうすればいいかしら?まだご懐妊がわかったとしか書かれていないから、贈る時期には気をつけなくてはね。」「ええ。妊娠初期は、流産しやすい時期だといいますし。それよりも、アレクサンドリーヌ様からまたお手紙が届きましたよ。」「まぁ・・」モリエールから妹の手紙を受け取ったアンヌは、彼女の妊娠の経過が順調であることが書かれていた。「近いうちに、祝いの品を妹に贈ってあげないとね。」「そうですね。産着を縫われては如何でしょう?」「それはいいわね。性別が判らないから、色は緑か白にしようと思うの。」「明日にでも生地屋を呼び寄せます。」「お願い、頼むわね。」 アンヌは、いずれ産まれてくる甥や姪に想いを馳せながら、妹が無事出産を迎えられますようにと神に祈った。「あらアンヌ、お久しぶりだこと。」「ご無沙汰しております、王太子妃様。この度はご懐妊、おめでとうございます。」「ありがとう。そういえば、あなたの妹も妊娠されたのですって?」「ええ。経過は順調だそうです。」「そう、それは良かったこと・・」 数日後、王太子妃・カトリーヌ主催の園遊会に招かれたアンヌが、そこで彼女に祝福の言葉を述べると、彼女は嬉しそうに微笑んだものの、その笑みには少し翳(かげ)りが見えた。「王太子妃様、いつまでも風に当たってはお身体に障ります。」「そうね。ではこれで失礼するわ。」女官に付き添われながらカトリーヌが庭園を後にしようとした時、暴れ馬が突然彼女達の前に現れた。「危ない!」咄嗟にアンヌは暴れ馬の前に立ち、彼女達の盾となった。女達の悲鳴と、男達の怒号が響く中、アンヌはカトリーヌが腹部を押さえて蹲る姿を見た。「王太子妃様、どうなさいました!?」「お腹が・・急に・・」「ええい、早く医者を呼ばぬか!」カトリーヌは暴れ馬に腹を蹴られずに済んだものの、暴れ馬が現れた時に激しく動揺し、その所為で流産してしまった。「今回は・・非常に残念なことに・・」「お願い、今は一人にして・・」「はい。」女官達がそそくさと部屋から出て行くと、カトリーヌは押し殺した声で泣いた。スペイン王女としてフランス王家に嫁ぎ、結婚7年目にして漸く授かった命だった。彼女はそっと、先ほどまで宿っていた下腹に手を当てた。つい先ほどまで感じていた小さな鼓動は、もう聞こえなかった。「王太子妃様、アンヌ様から贈り物がございます。」「贈り物?」 数日後、床上げしたカトリーヌはアンヌから“贈り物”を受け取った。「アンヌお嬢様、大変でございます!」「どうしたの、そんなに大きな声を出して?」「それが・・」 モリエールが次の言葉を継ごうとして口を開いた時、王太子妃付の女官がノックもせずに部屋に入って来た。
May 14, 2013
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「あらお嬢様、どうなさったのです?そんな顔をして?」「モリエール、ガブリエルに従兄弟が出来るんですって。」「まぁ・・」妹からの手紙をアンヌがモリエールに見せると、彼女の顔がたちまち笑顔になった。「アレクサンドリーヌお嬢様は婚家で大事にされているのでしょうね。」「ええ。何かとそそっかしい子だから、心配していたのだけれど・・向こうのご両親にも優しくされているようで良かったわ。」アンヌはそう言うと、溜息を吐いた。妹が幸せな結婚生活を送っているのとは対照的に、アンヌとマカリオとの夫婦仲は完全に冷え切っていた。「マカリオ様は、今夜もお帰りになられないのですね。」「いつものことよ。それよりも、ガブリエルは何処に居るの?」「ガブリエル様なら、厩(うまや)に行っております。どうやら、馬の世話に興味を持たれたようで。」「まぁ、好奇心旺盛な所はわたくしに似たのね。あの子を迎えに行かないと。」アンヌはそう言うと、書物机から立ちあがって部屋から出て行った。 一方、ガブリエルは厩で馬に餌をやっていた。「おいしい?」ガブリエルがそう尋ねると、馬は嬉しそうに嘶(いなな)いた。彼女が世話をしているのは、一週間前に産まれた子馬だった。「ガブリエル、迎えに来たわよ。」「お母様!」「まぁ、髪に干しわらがついているじゃないの。」アンヌはそう言うと、娘の髪についている干しわらを取った。「ごめんなさい、お母様。」「さぁ、手を洗ってお昼を食べましょう。」「はい!」 ダイニングに二人が入ると、そこには見知らぬ一人の女が座っていた。「初めまして、奥様。」「あら、どなた?悪いけれど、あなたを招待した憶えはなくてよ?」アンヌはそう言って冷淡な態度を夫の愛人と思しき女に取ると彼女はそれを一笑に付(ふ)し、腕に抱いている赤ん坊をあやし始めた。「その子は・・」「旦那様のお子です。ルシフェルといいますの。」アンヌが思わず赤ん坊の顔を覗きこむと、その子はマカリオに何処か似ているような気がした。「抱いてみます?」勝ち誇ったかのような笑みを口元に浮かべながら、女はアンヌに赤ん坊を差し出すかのように両腕を前に突き出した。「お母様・・」母の異変を感じ取ったのか、ガブリエルが不安そうな顔をして彼女のドレスの裾を小さな手で摘んだ。「遠慮しておくわ。生憎だけど、夫は今夜も戻らないのよ。」「え・・」アンヌの言葉を受け、女は虚を突かれたかのような顔をした。そんな彼女の反応を愉快に思いながら、アンヌは次の言葉を継いだ。「あら、ご存知なかったの?何も愛人は、あなただけではないということを。」「そんな、嘘よ・・」「嘘だと思うのなら、彼が頻繁に通っているこの館へ行かれたらいかが?」女は顔を真っ赤にしながら、赤ん坊を抱いてダイニングから出て行った。 夫に侮(あなど)られるのは耐えることはできるが、その愛人にまで侮られてはならない。マカリオと夫婦でなくなっていても、正妻としての意地とその地位を誰にも渡すまいとアンヌは思っていたのだった。 その夜、ドルヴィエ邸に一通の手紙が届いた。
May 14, 2013
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「お母様・・」「アンヌ、アレクサンドリーヌも・・」「お母様、死んではいけません!」アレクサンドリーヌは完全に取り乱した様子で、マリーの手を握った。「やめなさい、アレクサンドリーヌ。お母様が困っているじゃないの!」「いいのよ。アンヌ、あなたはこんな時にも強がらなくてもいいのよ。泣きたい時にはお泣きなさい。」「お母様・・」アンヌはその時、病に臥せり、痩(や)せ細ってしまった母の顔を見た。今まで自分を愛し慈しみ育てくれた母が、もうすぐ自分達の元を去ろうとしている。「何故、お母様がこのような目に・・」「これは、神様がお決めになったことなのよ。だから、誰も恨んではいけないわ。」マリーはそう言うと、アンヌへ向かって手を伸ばした。「二人とも、よくお聞きなさい。あなた達姉妹はこれから互いに助け合って生きていかねばなりません。姉妹で争っては駄目よ、わかったわね?」「ええ、わかったわ。」「そう・・これで、わたしは安心して神様の下に・・」 マリーは静かに目を閉じ、アンヌが握っていた彼女の手が力なくシーツの上に落ちた。「残念ながら、ご臨終です。」「そんな・・お母様~!」 アンヌとアレクサンドリーヌの母・マリーは流行病に倒れ、60歳で亡くなった。「おかあたま、おばあたまはどこなの?」「ガブリエル、お祖母様は天国へ行かれたのよ。」「天国って、わたしでもいけるところなの?」「いいえ。わたし達はまだ天国へは行けないわ。けどね、お祖母様はいつもわたし達を見守ってくださっているわ。」幼い娘にそう説明したアンヌは、彼女が小首を傾げながらも必死に自分の言葉を理解しようとしている姿を見て、思わず堪えていた涙を流した。「どうして泣いているの?」「ガブリエル、暫くお母様を一人にしてさしあげて。」アレクサンドリーヌはとっさに機転を利かせ、ガブリエルの手を取って教会から出て行った。 マカリオは、姑の葬儀にも参列しなかった。「全く、マカリオには呆れて物が言えない。一体、あいつは何を考えているんだ!」「お父様、申し訳ございません。」「お前が謝るな。あいつはすっかり変わってしまったな。とうとう化けの皮が剥がれたか!」ダニエルはそう叫ぶと、ワインを一気に呷(あお)った。マリーの死後、マカリオは愛人の元に入り浸るようになった。「姉様、わたくし結婚する事になったの。」「まぁ・・おめでとう!」「ありがとう、姉様。これで幼い頃の夢を叶えられるわ。」トルマリンの瞳を輝かせながら、アレクサンドリーヌは嬉しそうに笑った。「まぁ、憶えていたのね、そんな昔の事を。」「ねぇ姉様、お義兄様とはどうなっているの?」「それは、わたしにもわからないわ。全ては神様がお決めになられるわ。」 数ヶ月後、奇しくもアレクサンドリーヌは父と同じ名の貴族、ダニエル=モントレーの妻となった。アンヌは最前列で花嫁の姉として、妹の晴れ姿を継父とともに見ていた。
May 13, 2013
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ガブリエルが3歳の誕生日を迎えた頃、スペインからニコルが婚約者を連れてドルヴィエ家に帰省した。「ニコル、久しぶりね。」「姉上もお元気そうでなによりです。義兄上は?」「ああ、あの人なら仕事よ。全く、あの人はいつも空けているから、困ったものだわ。」そう言ったアンヌの横顔を見ながら、ニコルは姉夫婦が問題を抱えていることに気づいた。「ニコル、こちらの方がお義姉様なの?」「姉上、紹介するよ。婚約者の、ビアンカだ。」「初めまして、ビアンカです。」「あなた、ご両親の職業は?」「ちょっとした商売をしております。それが何か?」「そう・・爵位をお持ちでないの?」「ええ・・」ビアンカは少しムッとしたような顔をしてアンヌを見た。「成り上がり者の娘を貰うだなんて・・」「止してください、姉上。」「そうですよ、アンヌ。お止めなさい。」未来の義妹とアンヌが睨み合っていると、マリーが慌てて二人の間に割って入った。「ビアンカ、さぁこちらへ。」「はい、お義母様。」ビアンカはアンヌと擦れ違った時も、ニコリとも微笑まなかった。 お互いの第一印象が最悪なものとなったビアンカとアンヌはその後も打ち解けず、アンヌは弟の結婚式に参列しなかった。「アンヌ、臍(へそ)を曲げるのは止して。」「臍など曲げてはいませんわ。わたしは、あの女が気に入らないだけです!」アンヌはそう言うと、持っていた扇子を乱暴に閉じた。 初めて顔を合わせた時から、ビアンカの事が気に入らなかった。今更彼女に嫉妬しているのではないかと思っているマリーだったが、その事をアンヌには聞けずにいた。「ねぇアンヌ、ガブリエルの事だけど・・」「あの子、可愛いでしょう?天使の名をつけただけありますわ。」「あの子、本当はニコルとの子じゃないの?」「え・・」アンヌが思わず母の顔を見ると、彼女はそっとアンヌの手を握った。「どうして、そんなことをお思いになるのです?」「わたくしが何も知らないとでも思っているの?それにね、母親は娘の事は大抵わかるものです。」マリーはそう言うと、アンヌを見た。「この事は誰にも言わないわ、アンヌ。けれど、ガブリエルをこのまま女の子として育てるつもりなの?」「ええ。あの子は産まれてはならない子だったんです。けれど、あの子はわたし達に幸せを運んでくれる・・あの子の存在があるから、わたしは生きていけるんです。どうかお母様・・」「言わないわ、誰にも。わたくしは、あなたの味方よ。」「ありがとう、お母様。」「感謝の言葉など要らないわ。」 マリーが病に倒れたのは、夏の盛りの頃だった。「お嬢様方、奥様がお呼びです。」「わかったわ。行きましょう、アレクサンドリーヌ。」 震える妹の手を握り締め、アンヌは母の寝室へと入った。
May 13, 2013
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幾度も激しい陣痛に襲われ、アンヌは半ば意識を失いながらも、難産の末に男児を出産したのは、破水してから数日後の夜のことだった。「おめでとうございます、元気な若様でございますよ。」「見せて頂戴(ちょうだい)・・」真新しいシーツに包まれた赤ん坊の顔を見たアンヌは、それがニコルとの間に出来た子どもだと一目でわかった。 金髪に、血のような真紅の瞳。この世にこの子を生みだすその日迄、“どうか夫か自分に似た子が生まれますように”と密かに願っていたアンヌは、暫く赤ん坊を見つめた後、こうモリエールに告げた。「マカリオには、女が生まれたと伝えなさい。」「アンヌ様・・?」「モリエール、お願いだから・・」「かしこまりました。」主の様子を察したモリエールは、そそくさと彼女の寝室から出て行った。「産まれたか!」 産室から出て来た妻の乳母を見たマカリオは、そう言って彼女の方へと駆け寄ってきた。モリエールは精一杯の笑みを彼に浮かべながら、こう告げた。「元気なお嬢様がお生まれになられました。」「何だ、女か。あの元気の良い産声で、男だと思っていたのに・・」「悪阻が酷いと男が生まれるという迷信はよく聞きますが、それは余りあてにならぬようです。旦那様、お嬢様をご覧になられますか?」「いや、急いで済ませたい仕事がある。」アンヌが女児を出産したという知らせを受けたマカリオは、急速に妻に対する愛が冷えていくのを感じた。その後、アンヌとマカリオの夫婦仲は、幸せに満ち溢れていた新婚時代とは対照的に急速に冷え切り、第二子であるジュリアーナが誕生してからは夫婦別々の寝室で寝るようになった。「アンヌ様、旦那様はお帰りになられないようです。」「そう、わかったわ。」「まぁ、一体これで何度目なの?マカリオがわたくし達との約束を破るなんて。」一家の主であるダニエルの誕生祝いの宴に顔を出そうとしないマカリオの態度に、マリーはそう苦言を呈した。「お母様、余り彼を責めないであげてください。お仕事がお忙しいのですわ、きっと。」アンヌはそう取り繕ったが、マカリオが外に女を作っていることなどとうに知っていた。だが、そんな事でいちいち夫と言い争い、時間を浪費したくはなかった。「おかあたま。」「まぁガブリエル、まだ起きていたの?」少し癖のあるプラチナブロンドの髪を揺らしながら、ガブリエルがダイニングに入ってきたのを見たアンヌは、腰を屈めて彼女を見た。「駄目じゃないの、早く寝なくては。」「申し訳ありません、どうしてもお母様の元に行くとおっしゃられて・・」「まぁガブリエル、こちらにいらっしゃい。あなたもお祖父様のお誕生日を祝いに起きてきたのね?」マリーの言葉に、ガブリエルは静かに頷いた。「おじいたま、これ・・」「おお、これを渡しに来たのか?」ダニエルがそう言って笑顔で頭に載せたのは、ガブリエルが作った花冠だった。 娘からのプレゼントに喜ぶ母と継父の姿を見たアンヌは、この幸せを守ろうと胸に誓った。
May 13, 2013
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マカリオと結婚してほどなく、アンヌは妊娠した。「男の子かしら、それとも女の子?」「まだわからないわよ。」アレクサンドリーヌが自分以上に妊娠を喜んでいる姿を見て、アンヌも自然と笑顔になった。「ニコル兄様ったら、結婚式の後しばらく滞在するっておっしゃっておられたのに、すぐに帰られてしまうだなんて・・」「仕方がないでしょう、ニコルも結婚するのだから。」「そうでしたわね。いつニコル兄様はこちらに戻られるのかしら?」「あらあら、せっかちね。」アンヌはそう言うと、再び笑った。 だがほどなくして彼女は激しい悪阻に襲われ、一日の大半を寝室で過ごすまでに体調が悪化していた。「何か口に入れませんと・・」「そうね。」悪阻が治まり、アンヌはモリエールの手から水が入ったグラスを受け取った。ここ数週間、水以外の飲食物を受け付けず、悪阻以外にもアンヌは頭痛や微熱に悩まされていた。「アンヌ、ローマから医師を呼びましたよ。」「ありがとうございます、お母様・・」「妊娠は病気ではないけれど、こういうのは一時的なものだからね。」「ええ、わかっております・・」母にそう励まされたアンヌだったが、悪阻は安定期を過ぎた妊娠8ヶ月まで続いた。その上、流産・早産を誘発するような子宮収縮が度々起こり、その度にアンヌは静養を余儀なくされ、議会はおろか、宮廷にも上がることもできずにいた。「一体、この子はどうしてわたしにばかり悪さをするのかしら?」「アンヌお嬢様、そのような事を言ってはなりませんよ。お腹の赤ちゃんが聞いております。」「そうだけど・・」「わたしも、似たような経験がございますから、お嬢様が今どのようなお気持でいらっしゃるのかわかります。」 モリエールは、そっとアンヌの手を握った。 アンヌが半月ぶりに宮廷に上がると、廊下の向こうから数人の侍女達を引き連れたカトリーヌが自分達の方へと歩いてくるところだった。「王太子妃様、お久しぶりでございます。」「アンヌ、そろそろ産まれる頃ね。」カトリーヌはそう言うと、臨月を迎えたアンヌの腹を見た。「まだ男か女、どちらなのかはわかりませんが、健康に産まれてきてくれさえすれば、何も望みません。」「そう・・あなたはいいわね、幸せの頂きに立っていて。わたくしとは大違いね!」突然カトリーヌは大声を出し、吐き捨てるような口調でそんな言葉をアンヌに投げつけると、彼女に背を向けて去っていった。「アンヌ様、余りにも無神経すぎるのではないですか?」「わたしが何か、王太子妃様に失礼を・・」「王太子妃様は、不妊症に悩んでおられるのですよ。それなのに、このようなお姿を見せるなど・・ご自分のお立場というものを、弁(わきま)えてくださいませ!」主同様、カトリーヌ付の侍女がそう言ってアンヌを睨み付けると、慌てて主の後を追った。 本来、妊娠というものは喜ばしい事ではあるが、それは一部の者にとっては癪の種にもなるということを、アンヌはその時思い知ったのだった。「お嬢様、如何なさいました?」「お腹が・・急に・・」 アンヌが破水したのは、その夜のことだった。
May 13, 2013
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結婚式の後、ドルヴィエ邸では華やかな宴が開かれた。主役は勿論、新郎新婦であるアンヌとマカリオだった。「結婚おめでとう、アンヌ姉様!」「ありがとう、アレクサンドリーヌ。」「ねぇ姉様、わたしもいつか姉様みたいに綺麗な花嫁さんになれるかしら?」「きっとなれるわよ。」純白の花嫁衣装を着たアンヌは、アレクサンドリーヌの目には美しく輝いて見えた。「結婚おめでとう、アンヌ。今天国のお父上も君の花嫁姿を見ていらっしゃることだろう。」「ありがとう、お義父様。そう言ってくださると嬉しいですわ。」ダニエルに微笑みながら、アンヌは彼が注いだワインをゴブレットに受け取った。 はじめ、彼のことを余り良く思っていなかったアンヌだったが、彼が義理の父親となり、自分と母、そして妹を大切にしてくれる男だと気づき、徐々にアンヌの中にあったダニエルに対する悪感情は消えていった。「お義父様、短い間でしたがお世話になりました。」「止せ、照れ臭いじゃないか。おぉピエール、そこに居たのか!」ダニエルはわざとらしく咳払いをすると、友人達の方へと走っていってしまった。「きっと寂しいのよ、あの人。まぁ無理もないわね。」「お母様・・」「幸せにおなりなさい、アンヌ。」「ええ。」アンヌはそう言うと、母に微笑んだ。「お母様、ニコル兄様が何処にも居ないの!」「まぁ、困った事。アンヌが結婚すると聞いて拗ねてしまったのかしらねぇ?」「わたし、探してくるわ。」アンヌはそう言うなり、ドレスの裾を摘んで宴席から抜け出した。 一方、人気のない森の中で、ニコルは溜息を吐いていた。脳裏には、礼拝堂で幸せそうにマカリオに微笑むアンヌの姿が浮かんだ。本来、彼女の隣に立っているのは自分である筈なのに、何故自分は彼女と結婚出来ないのだろう。 何故、自分とアンヌは姉弟として生まれてきてしまったのか。この時ばかりニコルは、自分を産み落とした母を深く恨んだ。何故、アンヌの父を愛し、自分を産んだのか。アンヌの父とは違う男と恋に落ち、自分を産んでくれればこんなにも苦しい思いはしなかっただろうに。どうして、自分だけがこんなに苦しむのだろう。どうして―「ニコル、此処に居たのね。」 空を覆っていた雲が消え、銀色の月が顔を覗かせると、月の女神のような美しいアンヌがニコルの前に姿を現した。「姉上・・この度はご結婚、おめでとうございます。」「ありがとう。ニコル、どうしてそんなに暗い顔をしているの?」「理由は、わかっている癖に・・」ニコルはそう言うと、堪え切れずに涙を流した。「拗ねているのね。」「そうじゃない・・そうじゃないけど・・」「わかってる、わかってるから。」 アンヌは、そっとニコルの背を優しく擦った。
May 12, 2013
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「姉様はどうしたの?」 朝食の時間となっても降りて来ないアンヌの身を案じたアレクサンドリーヌがそう言ってモリエールに尋ねると、彼女は笑顔でこう答えた。「お嬢様は、お身体の具合は優れないとおっしゃられております。」「何ですって?姉様は・・」「心配なさることはありませんよ、アレクサンドリーヌお嬢様。」モリエールが何故ニコニコとしているのかわからず、アレクサンドリーヌは小首を傾げた。「姉様、入ってもいいかしら?」「アレクサンドリーヌ、いらっしゃい。」 朝食後、姉の部屋をアレクサンドリーヌが訪れると、姉は寝台で半身を起こして朝食を食べていた。「モリエールから、体調が悪いって聞いたけど・・大丈夫なの?」「ええ、大丈夫よ。だからそんな顔をしないで、モリエール。」今にも泣き出しそうになっている妹の頬を優しく擦ると、アンヌは彼女に微笑んだ。「姉様、肩に噛み痕が・・」アレクサンドリーヌに指摘され、アンヌが左肩を見ると、そこには昨夜ニコルが残した歯形がくっきりと残っていた。「ああ、猫と遊んでいて噛まれてしまったのね。」「そうなの?」「ええ。それよりもニコルは何処に居るの?」「ニコル兄様なら、お友達と狩猟にお出かけになったわ。ニコル兄様は、姉様の事を心配していらっしゃらないのかしら?」「さあ、それはどうかしらね。」アンヌはそう言うと、フッと笑った。 一方、ニコルは友人達と鹿狩りに興じていた。「どうしたんだ、ニコル?何だかお前、変だぞ?」「そうかな?」「もしかして、女にでも振られたのか?」「そんな事は・・」「じゃぁ何で顔を赤くしてるんだ?」友人達の指摘を受けながら、ニコルは昨夜の事を思い出していた。「そういえば、お前の姉さん、もうすぐ結婚するんだってな?」「ああ。相手はイタリアの貴族だけどね。何でも、国王陛下主催の鹿狩りで姉上が巧みに馬を操る姿を見て一目ぼれしたとか。」「へぇ、随分と変わり者が居たもんだ。」「本当だな。」「どういう意味、それ?」ニコルがジロリと友人達を睨み付けると、彼らは慌てて頭を振った。「いやぁ、その求婚する男が変わり者だっていうんだよ。」「そうそう!」華奢で女性的な外見を持ったニコルだったが、姉の事を侮辱されると手がつけられないほど暴れることを彼らは知っていた。「そう。それよりも、結婚式が楽しみだよ。姉様に求婚した男の顔が見られるんだもの。」ニコルはそう言って笑ったが、目は全く笑っていなかった。 数日後、アンヌとマカリオの結婚式が、ドルヴィエ家ゆかりの礼拝堂で執り行われた。純白の花嫁衣装を身に纏ったアンヌを信徒席から見つめていたニコルは、彼女の隣に立っているマカリオに嫉妬を覚えた。
May 12, 2013
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性的表現が含まれます。18歳未満の方は閲覧なさらないようにお願いいたします。 ニコルは我を忘れ、姉の滑らかな肌に赤い痕をつけた。「いや、やめて・・」「どうして?身体はこんなに喜んでいるのに。」ニコルは頬を上気させ、自分を睨み付けるアンヌに対して余裕綽々とした笑みを浮かべると、彼女の下肢に顔を埋めた。「ひぃっ!」ビロードのような滑らかなニコルの舌が、誰にも見せた事がない自分の蜜壺を舐める感触がして、思わず足を閉じようとした。「感じてるの?」クスクスと、何処か自分を嘲笑うかのようなニコルの声が聞こえた。「姉上、こんなに沢山愛液が溢れ出てるよ・・」興奮したニコルは、夜着を乱暴に脱ぎ捨てて全裸になった。「ニコル、あなた・・」ニコルの股間のものは、赤黒く脈打っていた。「姉上、もう我慢できないよ・・」「駄目よ、ニコル。わたしが口でしてあげるから。」アンヌはそう言うと、ニコルのものを口で咥えた。 今までこういった事などに全く経験がないアンヌであったが、ダニエルが隠し持っていた本に書いてあった通りにしてみると、ニコルのものは激しく脈打っていた。「姉上!」ニコルは突然アンヌを突き飛ばしたかと思うと、彼女の細い腰を掴んで、自分のものを挿(い)れようとしていた。「駄目よ、駄目ぇ~!」アンヌの制止も聞かずに、ニコルは彼女の中へと荒々しく奥まで挿(はい)っていった。「痛い!」全身を焼けた火箸で押し付けられたかのような激痛に襲われ、アンヌは思わず身を捩(よじ)った。「姉上の中・・熱くて、キツい・・」ニコルは眉間に皺を寄せながら、自分のものに絡みつくかのように姉の内壁が自分を締め付ける感覚を味わった。「動くよ・・」「お願い、優しくして・・」「ごめん、それは出来ないかもしれない。」ニコルは一旦自分のものを姉の中から抜くと、大きく腰をグラインドさせた。「ああ!」弟の熱いものが再び自分の奥を貫く感覚がして、アンヌは思わず呻いた。「姉上、姉上ぇ!」ニコルは狂ったように、がむしゃらに腰を振り続けた。このまま、姉と死んでもいいとさえ、彼は思った。「もう駄目、壊れてしまう!」「一緒に壊れましょう、姉上!」徐々に自分の中で激しい昂りがせりあがってくるのを感じ、ニコルは低く呻いたかと思うと、アンヌの肩に歯を食い込ませた。「姉上・・」「ニコル、お願い・・」ニコルのものが中で達したのを感じると、アンヌは意識を手放した。 小鳥の囀(さえず)りを聞いたアンヌが目を覚ますと、部屋にはもうニコルの姿はなかった。彼が後始末をしてくれたのだろうか、破瓜の血と弟の白濁液で汚れている筈の下肢は、綺麗なものだった。「お嬢様、おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」「ちょっと待って、モリエール。」その時、アンヌは自分の声が掠れていることに気づき、羞恥で頬を染めた。
May 12, 2013
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「誰なの?」「僕だよ、姉上。」アンヌが寝台の上で身じろぎすると、ニコルが彼女の顔を蝋燭(ろうそく)で照らした。「どうしたのニコル、こんな夜更けに一体何の用?」「わからないの、姉上?」ニコルは燭台(しょくだい)を寝台の隣に置くと、アンヌを組み敷いた。「何をするの、離して!」「嫌だ。」ニコルの白い指先がアンヌの夜着に伸びたかと思うと、布を切り裂く甲高い音が部屋に響き、彼女の豊満な乳房が露わになった。「やめなさい、こんなことをするのは!わたしたちは実の姉弟なのよ!」「それでもいい、姉上が別の男に抱かれるのを黙って見ているわけにはいかない!」「ニコル、あなた本気で・・」アンヌはそこで、初めて弟の顔を見た。彼は、数日前と同じような表情を浮かべていた。(わたしは、何と愚かな・・)ニコルが密かに姉である自分に対して想いを寄せている事を、アンヌは知っていた。だが、彼の気持ちを無視した。姉と弟という、決して結ばれぬ関係にある自分達が恋心を抱いてはいけないのだとアンヌは思っていたからだった。近親者同士で身体を重ねることは、教会も禁じている。神の教えに背き、快楽に溺れたくはなかった。「お願い、ニコル。今すぐここから出て行って。」「嫌だ。僕は姉上を抱きにここに来たんだ!」「声が大きいわ。誰かが来たらどうするつもりなの?」声を荒げるニコルの口を、慌ててアンヌは塞いだ。「姉上だって、僕の事を愛している筈だ・・一人の男として。」「そ、それは・・」「誤魔化(ごまか)さないで。僕はもう、疲れてしまったんだ。」「何に疲れたというの?お前には輝かしい未来が待っているじゃないの。それなのにどうして・・」「僕は、もうすぐ結婚することになっているんだ。」「まぁ・・」「でも、嬉しくないんだ。自分の事なのに、何処か他人事のように捉えてしまう。」ニコルはそう言うと、頭を掻き毟(むし)った。「どうして僕がこんなに苦しんでいるのかわかる?姉上のことを愛しているからだよ!」「ニコル、ごめんなさい。あなたがこんなに苦しんでいるなんて、知らなくて・・」アンヌはそう言うと、そっとニコルの頬を撫でた。自分の事で苦しんでいる彼の姿を見て、アンヌは何か彼にしてやりたかった。「ニコル、わたしを抱きなさい。」「姉上、それは本気なの?」「ええ。」誰にも、この関係を知られなければいい。夫や家族を上手く騙(だま)せばそれでいいのだ。罪を背負うのは、ニコルと自分だけで充分だ―そう覚悟を決めたアンヌは、己の胸に顔を埋めるニコルの金髪を撫でた。「ん・・そこは・・」「綺麗だ、とっても・・」ニコルはそう言うと、姉の乳首を激しく吸いあげた。
May 12, 2013
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「お姉様、暫くは結婚しないって言ったじゃない!」「ごめんねアレクサンドリーぬ。」マカリオと婚約したアンヌは、自分にそう言って泣きつく妹を優しく宥めた。「結婚したらお姉様はローマに行ってしまうの?」「いいえ、結婚してもここに住むから、離ればなれにはならないと思うわ。」「本当!?」「ええ、本当よ。」姉の言葉を聞いたアレクサンドリーヌは、笑顔を浮かべた。「やはりお姉様がご結婚されるとご自分から離れてしまうようで、何だか寂しく思われてしまったのでしょうね、アレクサンドリーヌお嬢様は。」「ええ、そうね。」 その夜、モリエールに髪を梳かれながら、アンヌはそう言って笑った。彼女の言う通り、自分の結婚が決まってからというもの、アレクサンドリーヌは今まで聞きわけの良い子であったのに、突然我が儘な事を言いだしてアンヌや両親を困らせた。それはひとえに、姉がもうすぐマカリオの故郷・ローマに嫁いで離ればなれになってしまうという一抹の不安からだとアンヌは気づいていた。「あの子はもう、子どもじゃないわ。だから子ども扱いはもう終わりね。」「そうですね。アンヌ様、もうお休みなされませ。」「わかったわ、お休み。」モリエールが部屋から出て行き、アンヌは静かに目を閉じて寝台に横たわった。 翌朝、彼女が侍女とともにダイニングへと入ると、そこにはニコルの姿があった。「ニコル、久しぶりね!」「お久しぶりです、姉上。この度はご婚約、おめでとうございます。」「ありがとう、ニコル。まさかわたしがこんなに早く結婚するなんて思いもしなかったでしょう?」「ええ。」10年振りに会った弟は、身体つきこそは華奢なままであったが、かなり背が伸びていた。「背、伸びたのね。昔はわたしよりも低かったのに。」「そうですか?それよりも姉上、今日は遠乗りに行きませんか?」「そうね。色々とお前と話したい事があるし。宜しいわよね、お母様?」「まぁ、構いませんよ。」アンヌの言葉に、マリーは渋々と頷いた。「それで、話って何なの?」 遠乗りに出かけたアンヌは、さっきから黙り込んでいるニコルの顔を覗きこんでそう彼に尋ねると、彼はおもむろにアンヌを抱き締めた。「何するの、ニコル?」「姉上・・ずっとお慕い申し上げておりました。」「駄目よ、いけないわ!」「僕達が血の繋がった姉と弟だからですか?」「ええ、そうよ。」「そんなの、おかしい!僕はこれほどまでに、あなたを愛しているというのに!」そう叫んだニコルは、苦しそうに顔を歪めた。「お願い、ニコル。あなたの気持ちは解ったから、それは自分の胸にしまっておいて。誰にも言わないから。」「姉上・・」「さぁ、帰りましょう。そろそろ日が暮れてしまうわ。」アンヌはそう言うと、ニコルに背を向けて馬の方へと歩いていった。動揺した顔を彼に見られぬように。(どうしてしまったの、わたし?実の弟に恋心を抱くだなんて・・)その夜、アンヌがなかなか眠れずに居ると、部屋の扉が静かに開いた。
May 11, 2013
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「え、わたしに縁談?」「そうなのよ。アンヌ、一度会ってみるだけでいいから・・」「でもお母様、わたしは結婚など・・」「とにかく、一度会ってみなさい。」マリーに半ば押し切られるような形で縁談相手に会う事になった17歳のアンヌは、国王主催の鹿狩りに参加した。「そなたは相変わらず、馬上での姿が様になっているな。」「お褒めのお言葉、ありがとうございます。」国王とともに馬に乗ったアンヌがそう言って笑うと、後方から馬の蹄の音が聞こえた。「あなたが、アンヌ様ですか?」「ええ、そうだけど・・あなたは?」「お初にお目にかかります、アンヌ様。わたしはマカリオと申します。以後お見知りおきを。」一人の青年がアンヌの前に現れたかと思うと、彼はそう言ってアンヌに熱っぽい視線を送った。マカリオの少し上気した頬を見たアンヌは、彼こそが母が言っていた縁談相手なのだと悟った。「後で、お話を・・」「わかったわ。」マカリオに手の甲をキスされたアンヌは、慌てて走り去って行く彼を呆然とした様子で見つめた。「あのマカリオという青年、そなたに一目ぼれしたようだな?」「まぁ、変な事をおっしゃらないでくださいな、陛下。」「何を言う。男の勘を侮るではないぞ?」「陛下ったら・・」仲睦まじい様子の国王とアンヌの姿を、王太子妃・カトリーヌは嫉妬に滲んだ瞳で見つめていた。「何だか陛下、わたくしと居る時よりも楽しそうだわ・・」「そんなことをおっしゃってはなりませんよ、王太子妃様。陛下とアンヌは友人同士として親しいのですわ。」「そうかしら?いつも陛下はわたくしと居る時は笑わないというのに、アンヌの前だけでは笑うのね。」カトリーヌはそう言うと、さっと踵を返して王宮の中へと戻った。「お待ちください、王太子妃様!」侍女達は慌ててカトリーヌの後を追ったが、彼女は自室に引き籠ってしまった。「カトリーヌはどうしたのだ?さっきまで此処に居たというのに?」「それが、お部屋に引き籠っておしまいになってしまわれて・・」「カトリーヌを呼んで来い!」「陛下、王太子妃様はお疲れのご様子なのです、無理強いをしてはなりませんよ。」「そ、そうだな・・」アンヌに窘(たしな)められ、陛下は少し気まずそうな顔をして俯いた。「アンヌ様と陛下は仲が宜しいのですね?」「陛下とはいい狩猟仲間ですわ。ただそれだけの事です。」アンヌはそう言うと、嫉妬の視線で国王を見つめるマカリオの肩をそっと叩いた。「マカリオ様、わたくしの何処が気に入りましたの?」「何処が、と言われましても・・多過ぎてどう言えばいいのかわかりません。」羞恥で顔を赤く染めながら、アンヌの手を握ったマカリオは次の言葉を継ぐ為に大きく深呼吸した。 そして、彼はアンヌにこう言った。「アンヌ様、わたしと結婚して下さい!」余りにも率直かつ唐突な彼の求婚にアンヌは驚きで目を大きく見開いた後、静かに頷いてこう答えた。「ええ、わかりました。」
May 11, 2013
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14歳となったアンヌは、初めて宮廷に足を踏み入れた。「アンヌ、あちらにおられる方が、スペインから来た王太子妃様よ。」「まぁ、何て綺麗な方なのかしら・・」母・マリーとともに宮廷の集まりに顔を出したアンヌは、そこで初めてスペイン王女で、フランスに輿入れしたカトリーヌの顔を見た。彼女は輝くような金髪を結いあげ、翡翠の瞳でじっとアンヌを見つめていた。「あなたがアンヌ?」「はい、王太子妃様。お初にお目にかかれて光栄ですわ。」「噂どおりの方ね。これから、宜しくね。」「わたくしも、宜しくお願い致します。」この時、アンヌはカトリーヌとの間に深い溝が生まれることを、まだ知らずにいた。 宮廷に上がって数ヶ月も経たぬ内に、アンヌは中年の男性貴族達に混じって、閣議に出席するようになった。年端がいかぬ小娘であるアンヌを最初男達は侮っていたが、彼女が内政に口を出し、若き王が彼女に対して厚い信頼を寄せている姿を見て、アンヌに対する嘲りの言葉を口にする者は誰も居なくなった。「アンヌ、あなた最近働き過ぎじゃなくて?」「あら、お母様。いつの間にいらっしゃったの?」アンヌが部屋で書類仕事をしていると、マリーが部屋に入って来た。「一日中こんな所に引き籠ってばかりいては、結婚など出来ませんよ。」「大きなお世話ですわ。まだわたしは結婚の事など考えておりません。」「まぁ・・」マリーはそう言うと、信じられないといった表情を浮かべた。「あなたはいずれ、ドルヴィエ家を継ぐ者なのよ。それは自覚しているの?」「ええ、自覚しております。けれども、結婚は別の話です。もう宜しいでしょうか?」「お仕事の邪魔をしてしまって、悪かったわね。」マリーは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべると、アンヌの部屋から出て行った。「アンヌが、そんな事を言ったのか?」「ええ。あの子は変わった子だと思ったけれど、それに間違いはなかったわね。」「まぁいいじゃないか、あの子の好きにさせておけば。」ダニエルはそう言って笑ったが、マリーは彼をじろりと睨んだ。「あなた、そんなに悠長なことを言っていられなくてよ!わたくしが前の夫と結婚したのは、丁度アンヌと同じ年の頃だったわ!あの子にその気がなくても、何が何でもあの子には結婚して貰います!」「お姉様、ご結婚なさるの?」居間には、いつの間にか7歳となるアレクサンドリーネが入って来た。「まぁ、アレクサンドリーネ。こんなに夜遅くにどうしたの?」「ねぇ、アンヌお姉様は・・」「その話はまた明日にしましょう。モリエール、アレクサンドリーネを部屋に連れて行って。」「かしこまりました、奥様。さぁ、アレクサンドリーネお嬢様、参りましょう。」何処か不満げな顔をしたアレクサンドリーネがモリエールに連れられて寝室に入ろうとした時、アンヌが部屋から出て来た。「アレクサンドリーネ、一体どうしたの?」「お姉様、ご結婚なさるの?」「いいえ、あなたが大きくなるまで結婚はしないつもりよ。だから、そんな不安そうな顔をしないで。」アレクサンドリーネの頬をアンヌが撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。「お休みなさい、お姉様。」「お休みなさい、アレクサンドリーネ。」最愛の妹の頬にキスをすると、アンヌは再び部屋へと戻った。(結婚、ねぇ・・)まだ結婚など考えたことがなかったが、アンヌはふとスペインに居るニコルの事を突然思い出した。
May 11, 2013
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「ニコル・・ニコル・・」 熱にうなされながら、アンヌはひたすらニコルの名を呼んだ。「今夜が峠でしょう。」「お願いします、先生!娘を助けてください!」マリーはそう言うと、医師に縋りついた。「お前の所為よ、モリエール!アンヌが死んだらどう責任を取ってくれるの?」「申し訳ございません、奥様・・」モリエールはマリーに背を向けると、アンヌの部屋へと向かった。「お嬢様、お水をお持ちしました。」「そこへ、置いてちょうだい・・」寝台の中で、アンヌは苦しそうに喉奥から声を絞り出した後、半身を起こそうとしたが身体に力が入らなかった。「余り無理をなさってはいけませんよ、お嬢様。さぁ、わたしが身体を支えてさしあげますから。」「ありがとう。」モリエールに身体を支えられながら、アンヌは水を飲んだ。「ねぇ、ニコルはいつ戻って来るの?」「それはわたしにはわかりかねます。それよりもお嬢様、奥様のことを余りお嫌いにならないでくださいませ。」「何故、そのような事を言うの?お母様は、あの男と結婚しようと考えているわ!」「それは、お嬢様の未来を案じてのことです。」「わたしのことを?」「アンヌ様はドルヴィエ家の希望。奥様お一人でこの家を守るのは頼りないと思われ、ダニエル様と結婚することにしたのです。」「そんな・・」モリエールの言葉を聞いたアンヌは驚愕の表情を浮かべた。(お母様があんな男と結婚するのは、わたしとドルヴィエ家を守る為?)アンヌがモリエールを見ると、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。「お嬢様、奥様を理解してさしあげられるのは、お嬢様だけなのですよ。」「わかったわ、モリエール。」「全部奥様の事を理解してさしあげられなくても、少しずつ理解してさしあげればよいのです。」「ええ・・」 数ヵ月後、マリーはダニエルと再婚した。二人の華燭の典には、アンヌも参列していた。「結婚おめでとう、お母様。」「ありがとう、アンヌ。これからは三人で幸せになりましょう?」「はい、お母様。」純白の花嫁衣装に身を包んだマリーを、アンヌは心から祝福した。 新しい父親との生活は、余り大きな波風も立たず、彼とは良好な親子関係を築いていた。「なぁアンヌ、お前弟か妹は欲しくないか?」「いいえ。だってわたしには、ニコルが居るもの。お父様、どうしてそんなことを聞くの?」「実はな、マリーが妊娠したんだ。」「そう。もしかしてお父様、わたしが生まれて来る赤ちゃんに嫉妬すると思っているの?それならば心配なさらないで。」「そうか・・お前は賢い子だからな。」ダニエルは安堵の笑みを浮かべながら、アンヌの頭を撫でた。 半月後、アンヌには父親違いの妹が出来た。マリーとダニエルは、その妹にアレクサンドリーヌと名付けた。「初めまして、アレクサンドリーヌ。」
May 11, 2013
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「ニコルは何処に居るの!?」「お前のような汚らわしい女に、用はないわ!さっさと出て行きなさい!」そう言ったマリーは、女に掴みかかった。「何をするの!」マリーに掴みかかられた女は怒りで顔を赤く染め、爪でマリーの頬を引っ掻いた。「お母様、何をなさってるの!?」「アンヌ、お前は部屋に戻っていなさい!」「でも・・」「お嬢様、参りましょう。」モリエールはアンヌの腕をむんずと掴むと、客間から彼女を連れ出した。「ねぇ、どうしてお母様はあんなに怒っているの?あの人は誰なの?」「お嬢様、あの方はニコル様の実のお母様ですよ。」 部屋に戻り、モリエールから女の正体を告げられたアンヌは、信じられないといったような顔をして彼女を見た。「そうなの・・でもどうして、ニコルのお母様がフランスに?スペインにいらっしゃるんじゃ・・」「それが・・」「ニコル、何処なの!?」アンヌがモリエールに身支度を手伝って貰っていると、突然部屋にニコルの母親が入って来た。「マリア様、ニコル様のお部屋にはわたくしがご案内いたしますから、落ち着いてくださいませ!」「ええ・・」客間で怒り狂っていた様子から一転し、ニコルの母・マリアは、落ち着いた様子でモリエールとともに部屋から出て行った。「姉上。」「ニコル、お母様とはお会いできたの?」「はい。今日、母と一緒にスペインに帰ることになりました。」「急な話ね、一体何があったの?」「それは・・言えません。」「そう、元気でね。」ニコルと突然別れることとなり、アンヌは落胆したが、彼女は無理に笑顔を浮かべて彼にこう言った。「ニコル、また会いましょうね。」「姉上も、お元気で・・」ニコルはポロポロと涙を流しながら、アンヌに抱きついた。 彼が母に連れられスペインへと帰っていった後、アンヌの顔から笑顔が消えた。「お嬢様、今日もお食事を召しあがっていらっしゃりません・・」「どうしたのかしらねぇ、あの子。ニコルと居た時は、あんなに笑っていたのに。」「少し、様子を見て来ます。」「そうして頂戴。」マリーはそう言うと、気だるそうな様子でソファに横たわった。モリエールは、主が亡くなってからマリーが余りアンヌに関心を抱いていないように感じていた。「お嬢様、入りますよ?」モリエールがそう言ってドアをノックしたが、中から返事がしなかった。「お嬢様?」 アンヌの部屋に入ったモリエールは、寝台に力なく横たわる彼女の姿を見て慌てて寝台へと駆け寄った。「お嬢様、しっかりなさってください!」モリエールがアンヌの額に手を当てると、そこは異常な熱を発していた。「奥様、お嬢様が高熱を・・」「何ですって!すぐに医者を呼びなさい、早く!」「はい!」「全く、あなたは一体何をしていたの、モリエール!アンヌの様子を見るのがあなたの仕事でしょう!」 自分の無責任さを棚に上げ、マリーはそうモリエールを責めた。
May 10, 2013
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土砂降りの雨の中、アンヌは濡れるのも構わずに走っていた。彼女の脳裏に浮かんだのは、見知らぬ男と抱き合っている母の姿だった。まだ父が亡くなって間もないというのに、母はまるで娼婦のように男に馴れ馴れしくしなだれかかっていた。(汚らわしい・・まるで娼婦みたいじゃないの!)今頃自分が居なくなったことに気づいて母や使用人達が大騒ぎをしているだろうが、そんなことは気にも留めなかった。ただアンヌの心にあったのは、一人の“女”としての姿を自分に見せた母に対する不信感であった。「姉上・・」「ニコル、お前どうしてここに居るの?」遠くに行きたいと思ったアンヌが厩に入ると、そこには雨宿りをしているニコルの姿があった。「遠乗りに行こうと思ったら、雨が降って来て・・仕方なく、ここで雨宿りをしていたんだ。」「そう。」「姉上は、どうしてここに来たの?」「そんなの、お前には関係ないでしょう?」「ごめん・・」「お母様が、さっきわたしの知らない男の方と抱き合っている姿を見てしまったの。お父様が亡くなられてまだ日が経っていないのに、汚らわしい!」アンヌがそう吐き捨てるような口調で言うと、ニコルはそっと彼女の手を握った。「奥様だって、寂しいと思うんだよ。だから、そんなに奥様を責めないで。」「お前はわかっていないわね、ニコル。お母様とあの男は、お父様が亡くなる前から汚らわしい関係を続けていたのだわ!」「そんなに決めつけるのは・・」「アンヌお嬢様、ニコル坊ちゃま、こちらにいらしてたんですね!」突然厩舎が明るくなったかと思うと、カンテラを持ったモリエールが二人を見つめていた。「まぁ、こんなに濡れて・・一体どうしたというの、二人とも!」「申し訳ございません、奥様。遠乗りに出掛けようとしたら突然雨に降られてしまいました。」「そう。モリエール、二人を着替えさせて。」「かしこまりました、奥様。」 モリエールに連れられ、ニコルとアンヌは女中達によって濡れた服を脱がされ、濡れた髪や身体を真新しい布で拭かれた。「ねぇモリエール、さっきお母様と一緒にいらしていた方はどなたなの?」「ああ、あの方はダニエル様とおっしゃって、奥様のご友人です。」「ご友人、ね。わたしの目にはそうは見えなかったわ。わたし、もしあの方と結婚したいとお母様がおっしゃられても、わたしは賛成しませんからね。」「お嬢様・・」アンヌがマリーとダニエルの関係に気づいていることを知ったモリエールは、何も言わずに彼女の髪を梳いた。「お休みなさい、姉上。」「お休みなさい、ニコル。あなた、一人で寝られるの?」「馬鹿にしないでよ、一人で寝られるよ!」アンヌに子ども扱いされ、カッとなったニコルがそう言って彼女を見ると、彼女はクスクスと笑った。「何よ、ちょっとからかっただけじゃない。それ位の冗談を軽く流せないと駄目よ。」「姉上の意地悪!」 ニコルはそう言うと、アンヌの部屋から出て行った。翌朝、アンヌが起きると階下から誰かが言い争うような声が聞こえ、彼女は着替えもせずに一階の客間へと降りていった。そこには、母と見知らぬ女性が激しく言い争っていた。
May 10, 2013
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それからアンヌとニコルは、いつも一緒に居た。「全く、アンヌには困ったものだわ。あんな子といつも一緒に居るなんて・・」「奥様、宜しいではありませんか。旦那様が亡くなられて以来、アンヌお嬢様は塞ぎこみがちだったというのに、ニコル様とご一緒になられてからは、いつも笑っていらっしゃいます。」「甘いわね、モリエール。ニコルがどんなに純真無垢な天使のように見えても、あの忌々しいスペイン女の血を受け継いでいる限り、わたくしの心に平安は訪れないの!」マリーはそう言うと、苛立った様子で爪を噛んだ。「奥様、お客様がお見えになられました。」「モリエール、アンヌにこれ以上あの子を近づけさせないで!これは命令よ、わかった?」「はい、奥様・・」「頼んだわよ!」マリーがくるりと自分に背を向け、部屋から出て行くのを見送ったモリエールは、深い溜息を吐いた。「あら、いらっしゃい。出迎えるのが遅くなってしまって、申し訳ないわ。」「何を言うんだ、マリー。そんな事で僕が怒るとでも思っているのかい?」 マリーが客間に入ると、暖炉の前に立っていた何処か気障(きざ)な男がそう言って彼女に微笑んだ。「さぁ、こちらにお掛けになって、ダニエル。今日はどのようなご用件でいらっしゃったの?」「別に、何もないんだが・・君に会いに来たと言えば、いいかな?」「まぁ、お上手だこと。」そう言って男を蒼い双眸で見つめるマリーの目は、“女”の目をしていた。「ご主人の事は本当に心からお悔やみ申し上げる、マリー。アンヌもさぞや深い悲しみに沈んでいるのだろうね?」「以前はそうだったけれど、今はそんなことはないわ。あの子、最近明るくなったのよ。」「ほう、それは不思議だね?アンヌは余り感情を表に出さない子だと思っていたんだが・・」「実はね、あのスペイン女が産んだニコルとかいう息子が、今うちに居るのよ。アンヌは突然弟が出来て嬉しいみたいだし、彼も姉が出来て嬉しいみたいなの。最近はいつも一緒に居るのよ!」「いいことじゃないか。何をそんなに怒っているんだい、マリー?」「だって考えてもみてごらんなさい、ダニエル。この家にはドルヴィエ家を継ぐ男児が居ないのよ?それなのにニコルが現れてこのまま成人して、急にこの家を継ぐと言われたら困るわ!わたくしは、ドルヴィエ家の血統を守りたいのよ!」「つまり、スペインとの混血であるニコルはドルヴィエ家の人間として扱わないと・・随分と非情なことを言うんだね、マリー。子ども相手にそれはないだろう?」「たとえ子ども相手でも、わたくしは嫌なものは嫌なのよ!」艶やかな黒髪を振り乱し、ヒステリックに叫ぶマリーを、男は優しく抱き締めた。「何も心配する事はないよ、マリー。だからそんなに怖い顔をしないでくれ。美人が台無しだ。」「そうね、あなたの言う通りだわ。」マリーはそう言ってクスクスと笑うと、男の頬に軽く口付けた。「もうこの話は終わりにしましょう、ダニエル。」「そうだな。久しぶりに会ったのだから、二人きりで楽しもうじゃないか?」「ふふ、そうね。」マリーはやがて男に身を委ねた。(お母様・・あの方は誰なの?) 扉越しに母の、父に対する裏切りを知ったアンヌは、そのまま踵を返して夕立が迫る外へと飛び出していった。
May 10, 2013
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「何から話したらいいのかわからないけれど・・」「この際、全てを話してくださっても結構よ、お母様。わたしは全てを受け止める覚悟は出来ています。」ガブリエルがそう言うと、アンヌは安堵の表情を浮かべた。「そう・・ならば、何故わたしが実の弟と愛し合ったのか・・余り時間はないけれど、わたし達の幼少期の事を話すわ。」「ええ。」アンヌはゆっくりと目を閉じた後、静かに話し始めた。 アンヌが自分に弟が居ると知ったのは、父親が狩猟中の事故で死んだ7歳の時だった。「ねぇ、本当なの?わたしに弟が居るというのは?」「ええ。」その当時、アンヌの乳母だったモリエールは、アンヌの母・マリーから固く口止めされていたのにもかかわらず、彼女に実弟・ニコルがスペインで暮らしている事を話してしまった。「どうして、わたしたちは一緒に暮らせないの?」「それは、ニコル様のお母様は・・」「モリエール、一体そこで何をしているの!」何故一緒に弟と暮らせないのかと、アンヌがそんな疑問を乳母にぶつけていると、マリーが現れてアンヌの手を掴んだ。「アンヌ、まさかニコルの事を知ったのね?」「いいえ、お母様・・そんな子の事、全然知らないわ!」「嘘じゃないのね?嘘を言ったらどうなるか、わかっているわよね?」「わたし、嘘なんか吐いてないわ、本当よ!」「そう、それならいいわ。一緒に来なさい。お父様を見送ってさしあげないとね。」「はい、お母様・・」 アンヌとマリーの元にニコルがやって来たのは、父の葬儀から数日後のことだった。「初めまして・・奥様・・」「馴れ馴れしくわたくしに触らないで、汚らわしい!」マリーの手に接吻しようとするニコルを、彼女は激しく拒絶した。一体何故母がそんなに怒っているのか、アンヌには訳がわからなかった。「あなたが、ニコル?」「はい、お嬢様・・」「そんな呼び方は止して。同じ血を分けた姉弟じゃないの。」アンヌはそう言うと、ニコルの手を優しく握った。「これから宜しくね、ニコル。」「はい・・姉上。」 ニコルがドルヴィエ家で暮らすようになり、アンヌと彼は急に親しくなった。だが依然としてマリーのニコルに対する態度は頑ななものだった。「ねぇ、どうしてニコルはスペインで暮らしているの?」「僕と姉上のお母様は、違うんです。」「お母様が違う?それじゃぁ、腹違いだってことなの?」“母親が違う”というニコルの言葉を聞いたアンヌは、大人達が抱える複雑な事情を幼いながらに知ってしまった。 ニコルの母は、スペインの下級貴族の娘で、たまたまスペインを訪問していたアンヌの父と恋に落ち、ニコルを産んだ。だがその時既に父にはアンヌの母・マリーという正妻がおり、周囲にアンヌの父との交際を猛反対されたニコルの母は、息子と共にスペインに留まることを決意した。 それ以降、アンヌの父はスペインにやって来ることはなかった。「そうだったの・・辛い思いをしたのね。」「僕にはお母様や姉上がいるから、寂しくはありません。」そう言って真紅の双眸で自分を見つめるニコルの事を、アンヌは愛おしいと思ったのだった。
May 10, 2013
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王妃との謁見を終えたガブリエルは、蒼褪めた顔をして彼女の部屋から出て来た。「ガブリエル様、どうなさいましたか?」「いいえ・・少し気分が優れないの。」「暫くそちらにお掛け下さい、今水を持って参ります。」ピエールが廊下を駆けていくのを見送ったガブリエルは、椅子に腰を下ろして溜息を吐いた。「お嬢様、大丈夫ですか?」「ええ。それよりも、お母様にお会いできるの?」「ええ。暫く休まれた方がよろしいのでは?お顔の色が悪いですよ?」ルイーゼに言える筈のない秘密を抱えながら、ガブリエルはピエールが戻って来るのを待った。「あら、ガブリエルじゃないの。どうしたの、こんな朝早くに?」「アレクサンドリーネ様、おはようございます。」ガブリエルはそう言うと、アレクサンドリーネを見た。「顔色が悪いわね?」「ガブリエル様、お水です。」「ありがとう、頂くわ。」ガブリエルは震える手でコップをピエールから受け取ると、水を一気に飲み干した。冷たい水が乾いた喉と心を潤してくれたような気がした。「ガブリエル、お母様に何か言われたの?」「いいえ。わたくし、母に会いますのでこれで失礼。」「そう。余り無理をしない方がいいわ。」アレクサンドリーネが心配そうにガブリエルの顔を覗きこんだ時、侍女が彼女に声を掛けた。「アレクサンドリーネ様、もう参りませんと。」「わかったわ。ガブリエル、また後でね。」「ええ、また。」アレクサンドリーネが廊下の角に曲がって消えていくのをガブリエルは静かに見送った。「アレクサンドリーネ様、今後二度とあのような真似はなさいませんように。」「あら、どうして?ガブリエルはわたくしの友人です。友人に声を掛けてはいけないの?」「そ、それは・・」「誰がどう言おうが、わたくしはアンヌ様の味方です。」アレクサンドリーネは、アンヌを陥れようとしている母の策略など知らずに、アンヌを救う事を考えていた。「お母様!」「ガブリエル・・元気そうでよかった。」「お母様も。アリスティド様に酷い目に遭わされていない?」「ええ。それよりも、王妃様とお会いしたの?」「お母様、何故それを知っているの?」「アレクサンドリーネ様が、あなたの様子がおかしいと教えてくれたのよ。それとピエールもわたしに報告してくれたわ。」「お母様、わたし王妃様からとんでもない話を聞いてしまったの。」「とんでもない話・・まさか・・」 ガブリエルは、母の顔が蒼褪めてゆくさまを見て、王妃の話が真実であることを知った。「お母様、わたしが・・お母様とニコル伯父様との間に産まれたという話は本当なの?お願い、本当のことを話して。」「・・いいわ、お前に一生この事を隠そうと思ったけれど、全て話しましょう。ガブリエル、ひとつお願いがあるの。」「なぁに、お母様?」「話し終っても、わたしの事を嫌いにならないでいてくれる?」「わたしは、お母様のことを愛しています。」ガブリエルはそう言うと、母の言葉に対して静かに頷いた。
Apr 14, 2013
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「嘘ではありませんよ。」王妃は啜り泣くガブリエルの耳元でそう囁くと、彼女に微笑んだ。「わたくしが全て仕組んだのです。」「何故です?何故このようなことを?あなた様は母を気に入っていた筈・・」「わたくしはアンヌのことが好きでした。彼女のように美貌や知性に恵まれた女性はこの世を探してもそうは見つからないでしょう。」王妃はそう言うと、そっと繊細な刺繍が施された扇子を開いた。「けれども、わたくしは彼女を密かに妬ましく思ったのです。わたくしも彼女のように強くなりたいと思いました。けれども、所詮女は政治の道具でしかない。」「王妃様・・?」王妃の様子が何処かおかしいことに気づいたガブリエルは、そっと彼女から一歩後ずさった。「わたくしは、希望と国家の命運を抱いてこの国に嫁いできた。しかし、わたくしを待っていたのは貴族達の嘲りと、男児を産めぬ己の不甲斐なさに襲われる日々。そんな中であなたのお母様にお会いしたのは、わたくしがまだ王太子妃であった頃です。」王妃は滔々(とうとう)と、ガブリエルにアンヌとの出会いを語り始めた。「わたくしは当時、何の権力も持たなかった。宮廷では“お飾りの王太子妃”、“ただ美しいだけの欠陥品”と言われたわ。それに比べて同い年のアンヌは権力を持ち、己の才能を発揮していた。」 ガブリエルはアンヌが宮廷で活躍し始めた頃の話は、幾度となくアンヌから聞いていたが、自分と数歳も年が違わぬ少女であった母が宮廷内で権力を掌握する姿がなかなか想像できなかった。だが王妃の話を聞くうちに、まだ年端もいかぬ少女であった母は己の父親と同年代のつわもの達相手に堂々と渡り合い、臆することなく戦ったのだ。その姿は、他国から嫁いできたばかりで心細い王妃にとっては眩しく見えたに違いない。「はじめはうまくいっていたわ、彼女との関係は。けれど、わたくしも彼女も気づかない内におかしくなっていったのよ。」「おかしくなったとは?一体お二人との間に何があったのです?」「母国スペインで暮らしていた頃、わたくしには恋焦がれる方がいたわ。あなたのように美しいプラチナブロンドの髪と、真紅の瞳をした方だったわ。」王妃はそっと扇子を閉じると、ガブリエルの髪を優しく梳いた。「あなたはまるで彼に瓜二つ・・わたくしの愛し君のニコルに。」「ニコル伯父様?」一度も会ったことがない、母・アンヌの最愛の弟の名が王妃の口から出た瞬間、ガブリエルの胸が大きく高鳴った。「わたくしがアンヌから少しずつ距離を置き始めたのは、あなたが生まれたからです。」「え?」「アンヌが産んだあなたの顔を見た瞬間、わたくしはこの子の父親が誰なのかわかりました。ニコルだと。」王妃の言葉を聞いたガブリエルは、全ての音が消えてしまったかのような錯覚を覚えた。「一体、何をおっしゃっておられるんですか?」「最初は信じられないでしょうね。けれども、否定しようとも、それが揺るぎのない事実なのよ、ガブリエル。」王妃は、そっとガブリエルの肩を叩いた。「王妃様、母の事を・・」「安心なさい、アンヌは殺しはしませんよ。今のところはね。さぁ、もう時間よ。」「王妃様・・」「前から言おうと思っていたのだけれど・・わたくし、あなたのことが嫌いなのよ、心の底からね。」 王妃はそう言うと、初めて自分に会った時と同じ優しい微笑みを浮かべたのだった。
Apr 14, 2013
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「ねぇ、ガブリエル様は大丈夫かな?」「あの嬢ちゃんなら心配要らねぇよ。ルイーゼがついているし、ヴィクトリアスって騎士も居る。それよりも今は他人に構っている暇はねぇだろ?」雪道を歩きながら、ダリウスはそう言ってダニエルを見た。「そうだね。奥様が身柄を異端審問所に拘束されている以上、遠くに逃げるしかないよね。」「ああ。幸い、奥様からこれを頂いたから、当分の生活費と旅費には困らねぇだろうさ。」そう言ってダリウスが宝石が入った袋をダニエルに見せると、その中にはサファイアやエメラルド、真珠の指輪や耳飾り、首飾りなどが入っていた。「こいつをばらして、役人どもにちらつかせてやりゃぁいい。それに、奥様の息がかかった奴らがパリに居るから、そこまでの辛抱だ。」「うん。奥様のご無事を今は祈るしかないね。」「ああ。さてと、こんなところでグズグズしてられねぇ。行くぞ!」ダニエルは仲間達とともに、一路パリへと向かった。 一方、宮殿に到着したガブリエルは、王妃に謁見を願い出た。「生憎ですが、王妃様は気分が優れません。」「火急の用で参ったのです、どうか王妃様にお目通り願えませんでしょうか?」「それはできません。」ガブリエルがどんなに懇願しても、王妃付の小姓・ピエールはそれを冷たく事務的に撥(は)ね除けた。「ピエール、あなたは今回の事をどう思っているの?お母様が罪人だと、あなたも思っているの?」「いいえ。ですがわたくしはあなたを王妃様と会わせる訳には参りません。どうか心中をお察し下さいませ。」ピエールは苦渋に満ちた表情を浮かべながらガブリエルを見た。「そう・・では、わたくしはこれで・・」「ピエール、ガブリエル様をお通ししなさい。」ガブリエルが肩を落としながらピエールに背を向けて去ろうとした時、扉の向こうから王妃の声が聞こえた。「王妃様、しかし・・」「これは命令ですよ、ピエール。わたくしを煩わせるつもりなのですか?」「御意・・」ピエールは部屋に居る主に向かって頭を下げると、ガブリエルの方へと向き直った。「ガブリエル様、どうぞ。」「ありがとう。」「ひとつ、お伝えしたい事がございます。王妃様にお気をつけなされませ。」「え?」何故ピエールが突然そんな事を言い出すのか、ガブリエルは訳がわからなかった。「失礼致します、王妃様。」「ガブリエル、あなたが今日こちらに来たのは、アンヌの事でわたくしにお願いしたい事があるからなのでしょう?」「はい、王妃様。母は何者かに濡れ衣を着せられたのだと思っております。母は清廉潔白な方です。どうか、お助けを。」「良い事を教えて差し上げましょうか、ガブリエル。アンヌに濡れ衣を着せ、陥れたのはあなたが推測している人物・・ルシリューではありません。」「では誰が一体このような事をなさったとおっしゃるのです?」「まぁ、それは面白い質問ね。」王妃はそう言葉を切ると、突然笑い出した。「王妃様、一体どうなさったのですか?」「わたくしですよ、ガブリエル。あなたのお母様を陥れた張本人は。」 王妃は俯いていた顔をゆっくりと上げると、翡翠の双眸で恐怖と驚愕が綯い交ぜとなったガブリエルの顔を見た。「アンヌに濡れ衣を着せたのはわたくしです。」「そんな・・嘘ですわ!」 ガブリエルは自分の足元が急にガラガラと音を立てて崩れ落ちそうになるような感覚に陥った。
Apr 14, 2013
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「ガブリエルお嬢様、大変でございます!」「何があったの?」 慌てふためいた様子で自分の部屋に駆け込んできた執事・フィリップにガブリエルがそう問いかけると、彼は呼吸を整えた後、彼女にこう告げた。「軍隊が、この邸を包囲しております!」「何ですって?一体どうして・・」「恐らく、こちらがユグノーを秘匿している嫌疑で、あの狡猾なリューイが陛下に良からぬことを吹き込んだのでしょう。如何なさいますか?」「お父様はどちらに?」「旦那様は、今朝早くジュリアーナ様、マルセラ様とともにローマへと発たれました。」「まぁ、自分だけお逃げになられたなんて・・お母様がご不在の時に!」己の保身に走った父と妹、祖母に対して激しい怒りを抱いたガブリエルは、この状況を打破する方法を必死で考えていた。「裏口には誰も居ない?」「ええ。」「フィリップ、すぐさまガリウス達を集めて裏口へと誘導なさい。わたくしが何とか致します。」「ですがガブリエルお嬢様・・」「わたくしなら平気です。お母様がご不在の今、このドルヴィエ家を守れるのはわたくしだけ。」ガブリエルはそう言うと、ルイーゼに向き直った。「ルイーゼ、さっき言おうとしたことをわたくしに教えて頂戴。アリスティド様は恐ろしい方だというのは、どういうことなの?」「アリスティド様は異端審問官として辣腕を振るっておられる方で、一度狙った獲物は最後まで仕留めることで有名です。相手の罪を暴く為ならば、どのような手でも使う方です。」「そう。ならば、お母様は・・」「アリスティド様は、今のところ奥様には手出しをされていないようです。それどころか、奥様に一目置いていると。」「アリスティド様に会いに行ってきます。支度をお願い。」「かしこまりました。」 ルイーゼが部屋から辞した後、ガブリエルは鏡の前に立った。(お母様を救えるのはわたくしだけ・・待っていてください、お母様。必ずや、助けてみせますから!)「これは一体何の騒ぎです?あなた方は誰を許しを得てこのような事をなさっておられるのですか?」「これは誰かと思ったら、ガブリエル様ではございませんか?どちらへ行かれるのです?」「あなたには関係のない事です。わかったのなら直ちに軍をお退きなさい。」 邸宅を包囲している軍隊の指揮官に向かって、ガブリエルは毅然とした態度を取った。「ですが、こちらでユグノーを秘匿しているとの情報を得ました。」「それはルシリューの陰謀です。我が家にはユグノーなどおりません。そんなに疑うのなら邸を調べて貰っても構いませんよ?」「では、少し調べさせて頂きます。」「わたくしはこれから宮廷に参ります。わたくしが留守の間、ユグノーの姿を見つけられなかったら直ちに軍をお退きなさい、宜しいですね?」「かしこまりました。」指揮官は苦虫を噛み潰すかのような表情を浮かべながら、馬車へと乗り込むガブリエルを見送った。「お嬢様、よろしいのですか?あのような事をおっしゃって・・」「いいのです。彼は恐らくルシリューに命じられてここに来たに違いありません。それに、ユグノー達はもう何処にも居ないでしょう。」ガブリエルはそう言うと、侍女を見た。「ごめんなさいね、ルイーゼ。あなたとあなたのご家族の命を危険にさらしてしまったわ。」「いつかはこんな日が来るかと覚悟しておりました。ダリウスやダニエル達は根性が据わっていますから、これしきのことで動じませんよ。」「そう・・ルイーゼ、わたくしを助けて下さいね。」「ええ、わかりました。」ルイーゼはガブリエルに微笑むと、そっと彼女の手を包みこむように握った。 一方、牢から出されたアンヌは、アリスティドの執務室で尋問を受けていた。「アンヌ様、あなたは不義密通の罪を犯していないと言い張りますか?」「ええ。わたくしは生まれてからこの方、一度も神の教えに背いたことなどありません。今回の事も前回の怪文書につきましても、全てルシリューの策略です。」「そうですか、ではこの文書には見覚えがございますか?」 アリスティドがアンヌの前に書類の束を見せたのは、自分の無罪をアンヌが確信した時だった。「これは・・」「あなたが少年達を闇で取引した証拠書類です。何処から見つけたのだとおっしゃりたいようなお顔ですね?」 形勢が逆転し、優勢の立場に立ったアリスティドは、冷酷な表情を浮かべながら“氷の貴婦人”を見つめた。
Apr 14, 2013
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絶え間なく暖炉に薪がくべられている自室と比べ、薄暗い地下牢は格子窓の隙間から冬の冷気が容赦なく吹き込んでくる。アンヌは寒さに身を震わせながら、ガブリエルの事を想った。いつかこんな日が来るかと思ったが、今は己の身よりもガブリエルの事が心配だった。 ルイーゼは信用がおける人物だ。ガブリエルが男であることを明かした時も、絶対に口外しないと約束してくれた。今、宮廷は自分が異端尋問所に身柄を拘束されたことで大騒ぎになっていることだろう。それを窺い知ることができないのが残念だが。「アンヌ様、お寒くはないですか?」獄吏がそう言ってアンヌに声を掛けた。「いいえ。お気づかいありがとう。」「そうですか。ではわたしはこれで。」 獄吏はそそくさと、牢から出て行った。「アンヌ様、おやつれになっていらっしゃらないですね。」「やつれ果てた姿であなたに助けを乞う姿を見たかったかしら?」アイスブルーの瞳でアリスティドを見ると、彼は溜息を吐いた。「あなたはあの蛇が恐れていることだけがある。このように手強い敵はあなたが初めてですよ、アンヌ様。」「あら、お世辞でも嬉しいわ。それよりも、手紙を出す許可をくださらないこと?」「わかりました。」「ありがとう。」アリスティドは牢から出ると、執務室へと戻った。「閣下、アンヌ様についての報告書を・・」「そこへ置いておけ。」「はぁ・・」「何だ、まだ何か用があるのか?」「いえ。何故閣下はアンヌ様について調べよと命じられたのか、その理由が知りたくて・・」「被告人を調査する事が、我ら異端審問官の仕事だ。それに、彼女への個人的興味もある。」「と、申しますと?」「今度の事件、何かがおかしい。誰かが自ら鼠を放ち、獲物を狩らせているようにしか見えぬ。」「自作自演だというのですか?」「いや、そうではない。先の怪文書についても、犯人はリューイではなく他に居ると考えた方が良い。アンヌ様に対して個人的な私怨を抱いている者が。」アリスティドは、羽根ペンを指先で弄りながら低く唸った。「ガブリエルお嬢様、奥様から手紙が届きましたよ!」「まぁ、お母様から?」 アンヌが異端審問所の冷たい地下牢にその身柄を拘束されてから三日が経った日の朝、ルイーゼから母の手紙を手渡されるとガブリエルの顔が後光を受けたかのように輝いた。「お母様は無事のようよ。異端審問官の方が、何かと親切にしてくださるそうよ。」「それは良かったですね。その異端審問官の名前は何と?」「アリスティド・・アリスティド様とおっしゃるんですって。」ガブリエルがそう言ってルイーゼに笑みを浮かべると、彼女は恐怖に顔を強張らせていた。「どうしたの、ルイーゼ?」「アリスティドは厄介な人物です、お嬢様。」「まぁ、それはどういう事なの?」「ええ、実は・・」ルイーゼが次の言葉を継ごうと口を開いた時、外が急に騒がしくなった。
Apr 13, 2013
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「おやおや、随分なご挨拶ですね。」 プラチナブロンドの前髪を鬱陶しげに掻き上げると、飄々とした口調でそう言ってユリウスを見た。対してユリウスはまるで汚物を見るかのような目で男―レオナルドを見た。元はスペインの片田舎にある修道院の僧侶だった彼が、何故父と行動を共にしているのかわからなかったし、彼は何処か胡散臭かった。「俺は貴様の事を信用していない。尻尾を振るのは父だけにしておくんだな。」「ユリウス!」息子の暴言に黙っていられなくなったのだろう、リューイが椅子から立ち上がろうとして腰を浮かしかけようとした時、レオナルドがそれを手で制した。「閣下、わたくしは気にしておりませんから、気をお鎮めください。」「ユリウス、お前には我慢ならん!今日こそは身の程というものを教えてやる!」「何をおっしゃるのかと思ったら・・もうわたしは鞭に怯える子どもではありませんよ、父上?」リューイの言葉を鼻で笑ったユリウスは、そう言って彼を睨みつけた。彼の顔は怒りでどす黒くなっており、今にも倒れそうになっている。「旦那様、宮廷から手紙が。」「寄越せ!」執事の手から手紙をひったくるように奪ったリューイは、蜜蝋(みつろう)をペーパーナイフで切った。「ほう、これは・・」「何が書いてあったのですか、閣下?」「アンヌが異端審問所で尋問を受けているそうだ。場合によっては拷問にかけられるらしい。」「それは朗報ですね。」「何が朗報ですか。無実の人間を異端審問にかけるなど・・」「貴様は青いな、ユリウス。生き馬を抜くような宮廷で、正攻法でアンヌに勝てる訳がない。」「だから自ら手を汚すと?確かにアンヌは手強い相手ですが、根拠のない罪をでっちあげるとは・・」「根拠のない罪だと?お前は何も知らないからそう言う事が言えるのだ。これを見れば、アンヌが何故異端審問所で尋問を受けているのかがわかるだろう。」リューイは小馬鹿にしたような笑みを口元に閃かせながら、ユリウスの前に一枚の書類を見せた。「これは・・」「わたしは敵には容赦しない。それがたとえユリウス―血を分けた息子であっても徹底的に叩き潰す。」「では、和睦を望まないと?」「無論だ。一度敵に情けを見せてみろ、お前が愛したミシェルはどうなった?」「・・失礼致します。」「青いですね。若様はまだ世間というものをご存知ないですね。」「あやつはまだ囚われているのだ、トルマリンの瞳を持った天使にな。」リューイはそう言うと、ワインを美味そうに飲んだ。 自室に戻ったユリウスは、机の引き出しからミシェルが生前愛用していたロザリオを取り出し、それに口付けた。(ミシェル・・)彼の脳裏には、自分の剣に貫かれ息絶える恋人の姿が浮かんだ。“憎まないで、自分のお父さんを。”「それは、無理だよミシェル。あいつとは決してわかり合うことができない。」
Apr 13, 2013
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アンヌが異端審問所へと向かうと、そこにはリューイの姿があった。「おやおや、誰かと思ったら・・」「今回もわたしを陥れようとしているのかしら?だとしたら無駄なことよ。」「それはわたしが決める事ではないよ、アンヌ。異端審問官が決める事だ。」リューイが何処か勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるのを見たアンヌは、骨の髄まで凍るような寒さを感じた。「わざわざこちらにご足労いただき、ありがとうございますアンヌ様。」「お願い、何があったかわたしに納得できるように説明してくださらない?」「実はスペインから、このようなものが届いたのです。」異端審問官・ロベスは、そう言うとアンヌの前に一枚の封筒を差し出した。「これは?」「セビリヤの異端審問所から届きました。そこにはあなたが不義密通の罪と、ユグノー達を秘匿(ひとく)した罪で告発すると書かれています。」「不義密通の罪ならば、あれは陛下の誤解だとわかったでしょう?なのになぜまた蒸し返すの?」「それは・・」「あなたが、フランスを裏切る行為をしたかどうかを調べる為です、アンヌ様。」錆かけた鉄の扉が軋んだ音を立てて開き、切れ長の目をした痩せた男が入って来た。「あなたは?」「初めまして、アンヌ様。わたしはアリスティド=ノワールと申します。」「・・どうやらわたしをすぐには家には帰してはいただけないようね?」そう言ったアンヌは、寂しげな笑みを口元に浮かべた。「そんな、お母様が異端審問所に呼び出されるなんて・・」「奥様が、これをあなたに渡すようにと。」ルイーゼから話を聞いたガブリエルが絶句すると、彼女はアンヌが持っていた鍵を彼女に手渡した。「これは、お母様がいつも肌身離さず首から提げていたものだわ。」「もし自分に万が一のことが起きた場合、これを持って逃げろと奥様が。」「そう・・」ガブリエルはルイーゼから鍵を受け取ると、それを首から提げた。「ガブリエルお嬢様、きっと奥様は戻って来られますよ。」「そうね。きっとお母様は帰って来るわ。」ガブリエルはアンヌの無事を神に祈った。(どうか、わたしから母を奪わないでください・・どうか、母を助けてください!)「・・あの女、今度は無傷では済まされまい。」「そうでしょうね。前回は有耶無耶にされましたが、今回の事件ではあの女の罪を裏付ける証拠がありますから。」リューイは自室でワインを呑みながら、一人の男と話をしていた。その男は、セビリヤの酒場でビアンカの侍女と会っていた者だった。「父上、お呼びでしょうか?」「ユリウス、来たか。」リューイがそう言って息子を見ると、彼は父親の前に座っている男をキッと睨みつけた。「お久しぶりでございます、ユリウス様。」「レオナルド・・」ユリウスから己の名を呼ばれた男は、琥珀色の双眸を輝かせながら彼を嬉しそうに見ると、さっと椅子から立ち上がった。「またあなたにお会いできて光栄ですよ。」「俺に気安く触るな。」自分の手の甲に口付けようとする男を、ユリウスは邪険に突き飛ばした。
Apr 13, 2013
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「随分と遅かったね。」「申し訳ございません、人目につかぬよう回り道をしていたもので。」ビアンカの侍女・マリアはそう言って酒場に入ると、奥のテーブルに座っていた男に主からの手紙を手渡した。「ご苦労、これは君への報酬だ。」男はフードの下から金貨が入った袋をマリアに手渡した。「ありがとうございます。」「さぁ、人目がつかないうちに行くといい。わたしと会った事は奥様に内緒にしろ。」「わかりました。それでは、失礼致します。」 マリアはそそくさと酒場を後にすると、暗い森の中へと入っていった。彼女の背後に、男の影が迫っているとは知らずに。(ふふ、これで一生遊んで暮らせるわ。)マリアは袋にズシリと入った金貨の感触を確かめながら、彼女は笑いが止まらなかった。この金さえあれば、あんな我が儘でヒステリックなビアンカの下で働くて済む。あの手紙―アンヌを陥れる為にビアンカが認めたあの内容が白日の下に晒されることになれば、ビアンカもアンヌも無傷では済まされないだろう。我ながらいいことをしたと、マリアが笑いながら森を抜けようとした時、突然背中に熱が走った。(なに・・?)マリアの身体は急速にバランスを失い、近くの茂みの中へと倒れた。彼女は金貨が入った袋を探そうとしたが、見つからなかった。「誰か、助けて・・」掠れた声で彼女がそう叫ぼうとした時、男が握っていた剣が彼女の首を刎(は)ね飛ばした。「彼女はやったかい?」「はい。」 森の中から出て来た男に、マリアが酒場で会った男が尋ねた。「そうか。ではこれをお前にやろう。」「ありがとうございます、ご主人様。女の遺体はどういたしましょう?」「狼の餌にでもしておけ。どうせ取るに足らない女だ。」黒いマントの裾を翻すと、プラチナブロンドの髪を靡(なび)かせながら、男は森から去っていった。「奥様、宮廷からお手紙が!」「まぁ、騒がしい事。そんなに大声で怒鳴らなくても、わたしはここに居ますよ。」 いつものようにルイーゼに身支度を手伝って貰いながら、アンヌはエレオノールが掲げている手紙を彼女の手から取った。「さてと、陛下がわたしにどんなラブレターを認(したため)めてくださっているのかしら?」「まぁ、奥様ったら。」ルイーゼがクスクスと笑いながらアンヌとともに王からの手紙を読むと、そこに書かれてあったのはラブレターではなく、アンヌを異端審問にかけるという告知書だった。「この事を、お嬢様達に・・」「その必要はないわ、ルイーゼ。今回もすぐに帰ってくるから、心配要らないわよ。」「そうですか・・」 ルイーゼが心配そうにアンヌを見ると、彼女は何かを察したかのように首に提げていた鍵をルイーゼに手渡した。「万が一のことが起きたら・・これをガブリエルに渡しなさい。」「はい、奥様・・」
Apr 13, 2013
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「何ですって、あの女を陥れることに失敗したですって?」「はい、奥様。」「全く、宮廷に怪文書をばら撒いたら後は上手くいくと思っていたのに・・全然だめじゃないの!」 フランスから遠く離れたスペイン・セビリアにあるカスケーニャ男爵邸の一室で、その女主人・ビアンカがヒステリックに侍女達に向かって怒鳴っていた。「アンヌ様に誰も敵う筈はありませんわ、奥様。あの方はこちらよりも一枚も二枚も上手なのですから。」「お黙りなさい!もういいわ、出ていって!」「では、失礼致します。」侍女はそそくさとビアンカの部屋から出て行くと、溜息を吐いた。「どうしたんだい、溜息など吐いて?」「旦那様・・」侍女が廊下の角を曲がると、そこには当主のニコルが立っていた。肩まで切りそろえた金髪に、ルビーのような真紅の瞳を持った彼は、何かとヒステリックに自分達に怒鳴り散らすビアンカとは対照的に、物静かな性格だった。「もしかして、またビアンカに怒鳴り散らされたの?」「ええ・・」「わたしから言い聞かせておくから、君はもう仕事に戻りなさい。」「はい、では失礼致します、旦那様。」 侍女の姿が見えなくなったところで、ニコルは妻の寝室のドアをノックした。「ビアンカ、入ってもいいかい?」「あなた。」ニコルが寝室に入ると、案の定ビアンカはご機嫌斜めのようだった。「また侍女達にきつく当たっていたのかい?」「だって彼女達、役に立たないんですもの。これであの女を陥れることができたというのに・・」そう言って悔しそうに歯噛みする妻の姿を見て、ニコルは彼女が一体何を企んでいたのか察した。「ビアンカ、何故そうまでして姉上と張り合おうとしているんだい?」「だってあの女、わたくしのことをいつまで経っても認めようとしないじゃないの!わたくしはこんなに努力しているのに!」「姉上は弟のわたしにでさえ隙を見せない方だから・・」「そうやってあなたはお義姉様を庇うのね?もういいわ、出て行って!」「わかったよ。」ひとたびビアンカがヒステリーを起こせば、最早誰にも止めることができないと知っているニコルは、彼女の寝室から出て行った。 ビアンカは髪を櫛で梳きながら、ニコルの姉・アンヌと初めて会った日のことを思い出していた。アイスブルーの瞳で冷たく睨みつけた彼女は、開口一番ビアンカにこう言った。『どうしてニコルがこんな成り上がり者の女を妻にしたのかしら。』裕福な商人を父に持つビアンカは、常に父の事を誇りに思っていた。それだけに、アンヌの嘲りとも取れるべき言葉を、決してビアンカは忘れられずにいた。ニコルと結婚し、幸せな結婚生活を送っていても、ビアンカの心は何処か満たされずにいた。 それは全て、アンヌの所為だとビアンカは思いこむようになり、アンヌへの私怨を日に日に募らせていった。(あの女を徹底的に叩き潰す方法は、ないものかしら?) ビアンカは机の上に移動し、誰かに手紙を書いた彼女はその内容を何度も読み返した後、侍女を呼んだ。「これを例の者に届けなさい、いいわね?」「はい、奥様。」 誰にも姿を見られぬよう、頭からマントを深く被った侍女は、ビアンカの手紙を携(たずさ)えてある場所へと向かった。
Apr 12, 2013
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フィリフィスは暫くアンヌを見つめ逡巡した後、こう彼女に返した。「アンヌ様、お久しゅうございます。」「まぁ、憶えてくれていたのね、わたくしのことを。」アンヌがにっこりとフィリフィスに微笑むと、彼は愛想笑いを浮かべながらこう言葉を続けた。「アンヌ様の事は、忘れはいたしません。我が神学校に多額の寄付をしてくださった方ですからねぇ。」「まぁ、嬉しい事。それよりもあなた、どうしてルシリューと居るのかしら?」「そ、それは・・」アンヌの言葉を聞いたフィリフィスの目が微かに泳いだのを見逃さなかった彼女は、すかさず彼に追い打ちをかけた。「あなたが恩知らずだとは知らなかったわ、フィリフィス。」「陛下、わたくしは嘘を吐きました!」「おい、何を言い出すんだ!」予想外の事態に、リューイは激しく狼狽し、フィリフィスを睨みつけたが、もう遅かった。「実はわたくしは、フィリフィス様に脅されたのです!アンヌ様を陥れなければ、神学校を潰すと!」「黙れ、黙らぬか!」「陛下、お聞きになりましたでしょう?この怪文書の内容は事実無根のものだと、今この者が証明いたしました!」アンヌはそう声高に叫ぶと、勝ち誇った笑みをリューイに浮かべた。「ルシリューよ、そなたが日頃アンヌを蹴落とそうとしているのを余が知らぬとでも思っているのか?このような小細工に騙される余ではないぞ。」「陛下、わたくしは真実を申したまで・・」「黙れ、そなたの顔など見たくはない!」王の言葉を聞いた二人の屈強な近衛兵がリューイを謁見の間から引き摺りだした。「どうか陛下、わたしの言葉を聞いて下さい、陛下~!」「愚かな男、陛下の怒りも解けぬ内に己の嘘を真実として陛下に進言しようなど・・」「大儀であったな、アンヌ。」「いいえ。ではわたくしはこれで失礼致します。」アンヌは王に向かって腰を折ると、近衛兵とともに謁見の間から辞した。「どうやら、怪文書を宮廷にばら撒いたのはルシリュー殿に間違いないようですな。」「ええ、恐らくわたしを宮廷から追い落とそうとしているのでしょう。男の癖に姑息な手を使うこと。」「まったくです。ではアンヌ様、馬車までお送り致します。」「ありがとう。」宮殿の長い廊下を歩いていると、不意にアンヌは背後に視線を感じて振り向いたが、そこには誰も居なかった。「アンヌ様、どうかなさいましたか?」「いいえ。今、誰かに見られたような気がしたのだけれど・・きっと気の所為ね。」「さぁ、こちらです。」アンドレとともに宮殿を出たアンヌは、馬車に乗り帰宅した。「お母様、ご無事だったのですね!」「ガブリエル、心配を掛けたわね。」 玄関ホールへとアンヌが入ると、ガブリエルが今にも泣き出しそうな顔をして彼女に駆け寄った。「近衛兵に宮廷に連れて行かれたと聞いて・・どうなることかと・・」「結局、陛下が誤解しただけだったのよ。さぁ、遅めの朝食を一緒に頂きましょうか?」「はい、お母様。」 母娘(おやこ)は手を繋ぎながら、ダイニングへと向かった。
Apr 12, 2013
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「それで?あなた方がうちに来た理由をそろそろ教えてくれないかしら?」 宮殿へと向かう馬車の中、アンヌはそう言って近衛隊隊長・アンドレを見た。「実は昨日、このような怪文書が宮廷に出回りました。」「見せて頂戴。」アンドレから一枚の羊皮紙を渡されたアンヌは、そこに書かれている文章を見て愕然となった。“アンヌは実弟との間に子を為している”「これを誰がばら撒いたの?」「そこまではわかりませんが、宮廷に出入りしている男だということはわかっております。それよりも、この怪文書が真実であるかどうか、陛下が直接アンヌ様にお聞きしたいと・・」「こんなもの、嘘に決まっているわ。わたしは神の教えに背く行為などしていない。その事は陛下も御理解して下さる筈。」「アンヌ様に限って、そのような間違いを犯す筈はないと、わたし達も信じております。」「それは嬉しいわね。」アンヌはアンドレから視線を外し、窓から外の景色を眺めた。凍てついた川にはところどころ氷が張っており、厳しい冬の寒さがまだ和らいでいない事をアンヌは知った。自分が抱えている秘密が露見し、白日のもとに晒されれば、自分の命はもとより、ガブリエルの命が危ない。何とか宮殿に着くまでに策を講じなければ―アンヌは、そう思いながら馬車の揺れに身体を委ねた。「アンヌ、忙しい中呼び出して済まなかった。」「いいえ陛下、わたくしの方こそお忙しい御身である陛下の手を煩わせてしまい、申し訳なく思っております。」 謁見の間で王に向かって優雅に腰を折って挨拶をしたアンヌは、懊悩(おうのう)を瞳の奥に宿した王が何を考えているのかを見極めようとしていた。「そなたをこうして朝早くに呼び出したのは他でもない、この怪文書に書かれていることが事実であるか否か、そなたに尋ねたかったのだ。」「恐れながら陛下、怪文書に書かれている内容はわたくしを貶(おとし)めんとする輩の誹謗中傷に過ぎません。わたくしは神に誓ってそのようなことはしておりません。」やや仰々しい仕草で白魚のような手を胸の前に置いたアンヌは、そう王に己の身の潔白を訴えた。「そうか、そなたがそう申すのなら余は何も言うまい。」「陛下、なりませぬ!事を有耶無耶にしては騒ぎを大きくさせるだけです!それに、こちらには証人が居ります!」アンヌを下がらせようとした王に意見したのは、彼女の宿敵であるリューイ=ルシリューであった。「証人だと?そのような者が居ると言うのは、まことか?」「左様でございます、陛下!この者がまさしくそうです!」自信満々の表情を浮かべたリューイは、背後に控えていた僧侶を己の前に突き出した。(あれは・・)「お初にお目にかかります、陛下。わたくしはフィリフィスと申します。」 そこに居たのは、かつて甥が生前通っていた神学校の校長・ピエールの愛人であり、神学校の実権を掌握し彼とともに悪事に手を染めていたフィリフィスであった。 アンヌはフィリフィスの登場とリューイの意図がわからなかったが、平静さを装ってフィリフィスを見てこう言った。「久しいわね、わたくしのことを憶えていて?」
Apr 12, 2013
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「申し訳ありませんけれど、嫁は体調を崩しておりまして。」「そうですか、ならば仕方がないですね。」マルセラが訪問してきた兵士達に応対している姿を窓から眺めながら、アンヌは彼らが王直属の近衛兵(このえへい)達であることに気づいた。(近衛兵達が、何故こんな早朝からわたくしのところに?) 主に王族や貴族の警護を担当する近衛兵が、自分の元にわざわざ訪ねて来るのはおかしい。王の命令ならば、普通は王の使者が手紙を携えて訪問する筈である。そうしないのは、何か非常事態が起きたからではないのか―そう思ったアンヌは、ルイーゼに着替えを手伝うよう命じた。「ルイーゼ、彼らが何者かわかる?」「いいえ。宮廷のことには疎くて・・」「あの者たちは、王直属の近衛兵達よ。」「では、奥様とお会いしたいという方は、国王陛下なのですか?」「ええ。けれど、わたくしはそうではないと思っているの。普通ならば、陛下は小姓か使者に手紙を渡してその者が我が家に訪ねて来る筈よ。それなのに、近衛兵達がわざわざ訪ねて来るのはおかしいとは思わなくて?」「そうですねぇ、確かにそう言われれば変ですね。」「とにかく、あの婆にいつまでも構っていられないわ。彼らが何の目的でここに訪ねて来たのか、その理由を聞かないと。」アンヌは化粧台の前に座り、鏡に映った己の顔を見た後素早くそこから立ち上がり、寝室から出た。「まだアンヌ様はいらっしゃらないのですか?」「ええ、もう暫くお待ちくださいな。」「お待たせしてしまって申し訳ないわね。」 なかなかアンヌが戸口に姿を見せぬので業を煮やし始めた近衛兵達に必死でマルセラが応対していると、当の本人が悠然とした様子で彼らの前に現れた。「アンヌ様、朝早くからそちらの都合も聞かずに伺ってしまい申し訳ありません。」「何かあったのでしょう、あなた方が直々にこちらにやって来ることなんて、滅多にないことですものね。」「ええ。申し訳ないのですが、宮殿へ至急お越しください。一大事が起こりました。」「そう。ではすぐに行くと陛下にお伝えして。」アンヌがそう言って彼らに背を向けようとした時、近衛兵達の中から一人の兵士が彼女の前に歩み出たかと思うと、突然彼女の腕を掴んだ。「一体何のつもりなの?」「アンヌ様はこのままわたしたちと一緒に来て頂きます。」「わたくしはすぐに宮廷へ参ると言った筈ですよ?それなのにあなた方はこのような無礼なことをするつもりなの?それは陛下のご意向なのかしら?」 兵士の腕を振りほどこうとしたアンヌだったが、彼は頑として彼女の腕を離そうとはしなかった。「アンヌ様をお放ししろ。」「しかし、隊長・・」「部下がとんだ失礼をいたしました、アンヌ様。わたくしに免じて彼をお許しください。」「いいでしょう。それよりも、宮殿へと向かうまであなた達の話を聞きましょうか?その方が宮殿よりも安全ですからね。」「では、こちらへ。お足元にお気をつけてくださいませ。」「わかったわ。」「アンヌ、これは一体どういうこと!?わたくしにもわかるように説明を・・」「あなたはその煩い口を閉じておいてくださいな。」 自分に詰め寄る姑をアンヌは睨みつけて黙らせると、近衛兵達とともに彼女は静かに馬車の方へと歩き出した。
Apr 12, 2013
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「おはようございます、ヴィクトリアス様。昨夜は良く眠られました?」「ええ。やはり久しぶりに高尚な集まりに顔を出したからでしょうな。」「そうでしょう?やっぱり楽しんでいただけたようでよかったわ。」ヴィクトリアスと楽しそうに話すガブリエルの顔は、どこか明るい。「おはよう、ガブリエル。」「おはようございます、お祖母様。どうなったの、お顔の色が少しお悪いですわ。」「ええ、昨夜は鼠(ねずみ)が走り回る音と埃が舞う部屋に居てなかなか眠れませんでしたからね。一体、アンヌはわたしを何だと思っているのか・・」「まぁまぁ母上、もう昨夜の事は忘れて下さい。さぁ、腹がそろそろ減ってきたところでしょう。」マカリオが何とかご機嫌斜めのマルセラを宥めると、朝食を食べた。「それよりも姉様、ヴィクトリアス様と音楽会に行かれたのですって?」「ええ。とても素晴らしい集まりだったわ。」「そうでしょうねぇ。何せ姉様は王妃様のお気に入りになられたんですもの。楽しくて仕方がなかったでしょう?」やっかみにしか聞こえないジュリアーナの言葉を、ガブリエルは平然と聞き流した。「ルイーゼ、お母様に食事を運んで頂戴。」「はい、かしこまりましたガブリエルお嬢様。」ルイーゼはさっとダイニングから出て行くと、厨房の中へと入った。「奥様の朝食はもう準備ができてるかい?」「ああ、持っていっておくれ。」慎重に朝食を載せたトレイを持ったルイーゼは厨房を出て二階へと上がると、廊下の奥から物音が聞こえた。(何だろう、鼠かね?)ルイーゼはその物音に大して気を留めず、アンヌの寝室のドアをノックした。「奥様、朝食をお持ちいたしました。」「ありがとう。」寝台から起き上がったアンヌは、どう見ても元気そうだった。「ガブリエルに頼まれたの?」「ええ。ガブリエルお嬢様は、どうやらヴィクトリアス様と上手くいっていらっしゃるようですね。」「そう思う?あの二人はお似合いだと思うのよ。」「でしょうね。あたしはここに勤め始めてからまだ日が浅いのでお二人の関係は詳しくは存じ上げませんが・・この前よりも少しぎこちなさがなくなったような気が致しますね。」「恋ね、きっと。二人は両想いなのよ。」「それは良かったですねぇ。でも、昨夜の事件は一体誰の仕業なんでしょう?」「そんなこと、気にする必要はないわ。きっと犯人は現れる筈よ。わたしにはわかるの。」アンヌはそう言うとフッと口端を歪めて笑った。その時、外が急に騒がしくなった。「何かしら、こんな朝早くに。」「さぁ・・」「アンヌ、此処から出て来なさい、早く!」ドアの向こうで姑の金切り声を聞いたアンヌは、思わず顔を顰(しか)めてしまった。「わたしは体調が悪いと言っておいてね。」「わかりました。」ルイーゼは寝室のドアを開け、マルセラの前に立った。「申し訳ありませんが、奥様は御気分が優れません。」「あらそう!どうやらわたくしとは話したくないようね!」マルセラは乱暴にドレスの裾を払うと、ルイーゼに背を向けた。「ふぅ、婆の相手は疲れるわ。お前もそう思わない事?」「ええ、本当に・・」アンヌは悪戯っぽくルイーゼを見つめた後、クスリと笑った。
Apr 11, 2013
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「いいえ、あたし達は何も話してませんよ。」「え、ええ・・」慌てて話を逸らそうとしたルイーゼとダニエルだったが、そんなことで簡単に誤魔化されるジュリアーナではなかった。「もしかしてあなた達、わたしがガブリエル姉様に嫌がらせをしたと思っているの?」「ええ。それで、お嬢様は本当にやっていないんですよねぇ?だとしたらあの笑顔は一体どういう意味なのでしょう?」「馬鹿言わないで!わたしがいくら姉様が嫌いでも、あんな事はしないわ!それにね、昨夜お前に笑って見せたのは、姉様が少し困っているのを見て嬉しくてつい笑ってしまっただけよ。」「そうですか・・」(なぁにが、“穏やかで優しい”だ!やっぱり猫かぶってたんじゃないか!)自分の勘はやはり間違っていなかった。ジュリアーナはエレオノールが褒め称えるほどの令嬢ではなかった。寧ろ、宮廷人に向きそうな人種である。陰険で狡猾で、決して自分の手を汚さない策士―それらの素質がジュリアーナにはある。「そうですか。誤解してしまって申し訳ありませんでした。」「わかればいいのよ。それよりも聞いた?ガブリエル姉様が、王妃様の目に留まられたこと!」「まぁ、そんな事がおありになられたんですか?」ルイーゼが自分の言葉を聞いて顔を輝かせるのを見たジュリアーナは、憮然とした表情を浮かべた。「お母様、わたしが宮廷に上がりたいと言ったら、“まだ早い”と言って一蹴したというのに、姉様だけは特別扱いだわ!これって、不公平じゃないの!」「さぁ、わたくしたちには奥様のお考えはわかりかねます。ダニエル、ぼさっと突っ立ってないで、さっさと仕事に戻りな!」「ちぇ、わかったよ。」ダニエルはわざと舌打ちして厨房から出て行った。「ジュリアーナお嬢様、これで二人きりでお話ができますわ。さぁ、お嬢様がおっしゃりたいことをあたしにおっしゃってくださいな。」「そんな事言って、あなた姉様にわたしが言ったことを漏らすんじゃないでしょうね?」「いいえ、あたしは口が堅いんです。」「そう、ならば今から言う事はお前の胸にしまっておいて。」「はい、わかりました。」「そう・・」ジュリアーナは少し安心しきったような表情を浮かべると、ルイーゼの耳元で何かを囁いた。「では、わたしはこれで。」「お祖母様は待たされることが嫌いな方だから、仕事は早くして頂戴ね、頼んだわよ。」ジュリアーナはツンと胸を反らしながら厨房から出て行った。(・・やっぱり、あの子が犯人だったとはね。しっかし、同じ腹から生まれた姉と妹でも、こうも性格が違うのかね・・) ダイニングで食器を並べながら、ルイーゼは思わず溜息を吐いた。「どうしたの、ルイーゼ?何か心配ごとでも?」「いいえ、何でもありませんよガブリエルお嬢様。それよりも奥様は?」「お母様なら、頭痛がするといって部屋で休まれているわ。本当のところ、お祖母様と朝食を頂くのが嫌なのよ。」ガブリエルはそう言って笑いながら、椅子の上に腰を下ろした。「やはり奥様とマルセラ様は仲が悪いのですか?」「ええ。お母様とお祖母様は仲が悪いというより、互いに憎しみ合っているのよ。」「ガブリエル様、こちらにおられましたか。」ダイニングにヴィクトリアスが現れると、ガブリエルは彼に笑顔を向け椅子から立ち上がった。
Apr 11, 2013
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「絶対にガブリエルお嬢様の寝台に鳥の死骸を置いたのはジュリアーナ様だよ、間違いない!」「何故そう決めつけられるのよ?ジュリアーナお嬢様は虫を触るのも怖がられるお方なのよ?ましてや鳥の死骸なんて触れる訳がないでしょう!」 翌朝、ルイーゼがガブリエルの寝台に鳥の死骸を置いたのはジュリアーナだと断言すると、エレオノールはすぐさま反論した。「けれど、あの方はガブリエルお嬢様を目の敵にしているじゃないか!」「ジュリアーナお嬢様はお優しいお方です!」「ふん、どうだか。本性をひた隠しているだけなんじゃないかい?」「あらルイーゼ、ジュリアーナお嬢様を疑う前に、あなたのお仲間のことを疑ったらどうかしら?」「どういう意味だい、それは?」ルイーゼがじろりとエレオノールを睨み付けると、彼女は負けじとルイーゼを睨みかえしながらこう言った。「あなたのお仲間―ダニエルって子が、鳥の死骸を置いたんじゃなくて?だってあの子、ガブリエルお嬢様の事を嫌っているもの。それに、山暮らしのユグノーならば鳥の死骸に触ることくらい平気でしょうよ。」「言っておくが、あいつはそんな陰湿な嫌がらせを考えつくような子じゃないよ。」「ふん、どうだか。ジュリアーナお嬢様とは違って、気性の荒い山猿のような子・・」エレオノールの言葉が終わらない内に、ルイーゼは彼女の横っ面を平手で打っていた。「何をするのよ!」「黙れ!あたしの仲間を馬鹿にしたらタダじゃおかないよ、このアマ!」「よくもやってくれたわね、このクソ女!」二人の女達は仕事そっちのけで、互いの髪を掴み合うほどの激しい喧嘩を始めた。「・・随分と酷くやられたね。何もあの女の言う事に腹を立てなくてもよかったじゃんか。」 ダニエルはルイーゼの頬に残る青痣に軟膏(なんこう)を塗りながらそう言うと、彼女はダニエルの頭を軽く小突いた。「いてっ!」「あたしはあんたが悪く言われるのが許せなかったんだよ。まぁ、あたしもジュリアーナお嬢様の事を散々罵ったから、おあいこだけどね。」「ジュリアーナって、ガブリエル様の妹君の?何だってまた・・」「昨夜あたしがガブリエル様の寝台に置かれた鳥の死骸をシーツごと丸めて外へと出ようとしたら、ジュリアーナ様と偶然目が合ったのさ。そしたらあの子、笑っていやがったんだ。」「ふぅん、そんなことがあったんだ。だとしたら、ルイーゼは今回の事件はあの子が犯人だって思ってるんだね?」「まぁね。ダニエル、あんたまさかガブリエル様にあんな陰湿な嫌がらせなんてしてないよね?」「する訳ないじゃん!ルイーゼも俺の事疑ってんの?」ダニエルは少しムッとしたような顔をすると、消毒薬を染み込ませた布をわざと強めにルイーゼの顔に押しつけた。「痛た、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。あんたはあたしの弟だ。弟を疑う訳ないだろう?」「そうだね。それにしても、あいつは何処?そろそろ起きてくる時間なんだけどなぁ・・」「あらぁ、わたくしを呼んだかしら?」 神経を逆撫でするかのような声が聞こえ、二人が振り向いた時、丁度厨房にジュリアーナが入ってくるところだった。「二人でコソコソと、何を話していたのかしら?」
Apr 11, 2013
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「用意は出来たの?」 ルイーゼとガリウスが悪戦苦闘の末、部屋の掃除を終了させたのは、時計の針が12時を打った頃だった。「はい奥様。」「遅くまでご苦労だったわね。もうお休みなさい。」「では、俺達はこれで失礼致します。」階下の使用人部屋へと向かう彼らと入れ違いに、マルセラが階段を上がって来た。二人は彼女に目礼すると、マルセラは鼻を鳴らして奥の寝室へと向かっていった。「いけすかねぇ婆だな。」「ホント。奥様が嫌う理由がなんとなくわかったような気がするよ。」使用人部屋に入ろうとしたルイーゼがそう言った時、マルセラの怒鳴り声が聞こえた。「一体何ですか、この部屋は?まるで物置部屋じゃないの!」「まぁ、物置部屋とは失礼な。お義母様の為に用意した部屋ですのよ。」アンヌは憤然とした様子の姑を冷たく見下ろしながらそう言うと、踵を返した。「待ちなさい、何処へ行くつもり!?」「わたくし、疲れたからもう休みます。そんなに用意されたお部屋がご不満ならば、廊下で寝て下さいな。」「ちょっと、まだ話は終わっていなくてよ!」姑の怒鳴り声をもう聞くつもりがなかったアンヌは、後ろ手で寝室のドアを閉めると、寝台に横たわった。「奥様、失礼致します。」「誰?」「ルイーゼです。」「入って。」「失礼致します。」 ルイーゼがアンヌの寝室に入ると、まだ彼女は夜着に着替えていなかった。「あのう・・」「ああ、さっきの会話を聞いたのね?あの人はわたしに難癖をつけるのが好きなのだから、気にしなくていいのよ。それと、彼女の身の回りの世話はしなくてもよろしい。」「ですが奥様、それだと余計ヤバいのでは・・」「突然何の連絡もせずにやって来る客人は、迷惑でしょう?まぁ義母には早々にローマにお帰りいただくことになるわ。ルイーゼ、下へ行って水を汲んで来て頂戴。白粉を取りたいの。」「かしこまりました、奥様。」 ルイーゼはアンヌの寝室から出て井戸で水を汲んでいると、ガブリエルの寝室の方から悲鳴が聞こえた。「お嬢様、どうかなさいましたか!」急いで二階に上がったルイーゼがガブリエルの寝室のドアを叩くと、中から恐怖に顔をひきつらせたガブリエルが中から飛び出してきた。「一体何があったのです?そんなに怯えて・・」「さっき眠ろうとしたら・・ベッドに、鳥の死骸が・・」ルイーゼの胸に顔を埋めながら、ガブリエルは震える手で寝台を指した。「あたしが見て来ますから、ここを動かないでくださいね。」ルイーゼはそう言うとガブリエルの寝室の中に入った。 寝台の方に近づくと、確かにその上には内臓を引き裂かれた鳥の死骸があった。しかも死後数週間は経っているようで、死骸からは蛆が湧き始めていた。「ガブリエル、一体どうしたの?」「奥様、お嬢様のベッドに何者かが鳥の死骸を・・」「すぐにシーツを鳥の死骸ごと焼き捨てなさい。」「かしこまりました。」ルイーゼは素早く鳥の死骸をシーツで包み、それを両手に抱えて外へと出ようとした時、騒ぎを聞きつけたジュリアーナがドアの隙間から顔を出した。 ルイーゼと目が合った彼女は、何処か満足気な笑みを浮かべてドアを閉めた。
Apr 11, 2013
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