薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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国を二分する壮絶な内戦は、夥しい死者を出し、終結した。「あれは・・」「エリス様だ・・」 宮殿までの大通りをエリスが兵を率いて王都を凱旋していると、市民達が彼女達を歓迎した。「エリス様、万歳!」 どこからかそんな声が聞こえたかと思うと、それはいつしか大通り中に広がっていった。「エリス様、漸く帰ってきましたね。」「あぁ・・」エリスはそう言うと、瓦礫の山と化した神殿を見た。戦いに勝っても、失われた命は二度と戻ってこない。そう、彼らの犠牲の上にこの戦いの勝利があるのだ。 エリスはそっと目を閉じると、セシャンと子ども達の笑顔が脳裏に浮かんだ。彼らはもう、自分の手が届かない場所へと逝ってしまった。「エリス様、どうされました?」「いや、なんでもない。」エリスは涙を拭いながら、宮殿へと入った。そこは、内戦前と変わらぬ美しい内装が保たれていた。「ここに戻ってきましたね。」「ああ・・」 エリスはかつてシンが使っていた部屋へと入った。そこには、生前シンが愛用していた調度品などがそのまま残されていた。(ユリノ様、あなた様を手にかけてしまったわたしを、許して下さい・・) 親友であったシンを手にかけてしまった罪の意識を、エリスは未だに感じていた。“エリス、もういいのよ。わたしはあなたを責めてはいないわ。”どこからかシンの声が聞こえてきたので、エリスは慌てて彼女の姿を探したが、どこにもいなかった。『お願い、わたしの代わりに、ね・・』シンが自分に言い残した最期の言葉を、エリスは突然思い出した。今感傷に浸っている暇などない。内戦で傷ついたこの国を、自分が変えなくてはいけないのだ。(ユリノ様、見ていてください。わたしが必ず、この国を変えてみせますから!) エリスは俯いていた顔を上げると、部屋から出て行った。「エリス様、そろそろお時間です。」「わかった。」 内戦終結後から数ヶ月の歳月が経ち、正装姿のエリスはそう女官に向かって言うと、椅子から立ち上がった。 この日、エリスは女王としてアルディン帝国を治めることとなり、数時間前に戴冠式を終えたばかりだった。エリスはドレスの裾を摘まんで部屋から出て行った。「エリス様だ!」「エリス様がお見えになったぞ!」 宮殿前広場に新女王誕生の瞬間を見届ける為に押し寄せた群衆は、エリスがバルコニーから姿を現したのを見て一斉に色めきたった。「エリス様、万歳!」「女王様、万歳!」 エリスは群衆に手を振りながら、彼らに微笑んだ。 彼女は女王として善政を敷き、独身を貫いたままその生涯を終えた。エリス亡き後、女王の功績を讃(たた)え建立した碑には、こんな言葉が刻まれていた。“タシャンの女王・エリス。民衆を優しき光で照らす暁の女神”―完―にほんブログ村
Jul 8, 2013
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「エリス、嬉しいわ。こうしてあなたと戦えるなんて。」「それは、わたしも同じです、ユリノ様。」そう言ったエリスは、肩で息をしていた。それは、シンも同じだった。 彼女達が着ている服は、ところどころ破れていた。「あなたは、強くなったわね。ねぇエリス、初めて会った時のことを覚えてる?」まるで歌うかのようにエリスに話しかけながら、シンはエリスの腕を剣で貫いた。「あなたと宮廷で他愛のない話をしていた頃のことが、昔のことのように思います。」「あら、そう。」「そんな無駄話はもう終わりにして、本気で戦いましょうか?」「ええ。」シンはそう言って笑うと、エリスに刃を向けた。「これで、終わりにしましょう。」「ええ。」シンとエリスは互いに睨み合うと、突進した。 エリスは、シンの胸に剣の切っ先が吸い込まれていくのを見た。血飛沫とともに、シンが地面へと倒れたのは、その直後のことだった。「ユリノ様!」エリスが駆け寄ると、シンは血の海の中で喘いでいた。「エリス、ごめんなさい・・あなたのこと、沢山傷つけてしまったわね。」「いいえ。わたしはいつも・・」エリスはシンの手を握って何か言おうとしたが、口から出てくるのは嗚咽ばかりだった。「いいのよ、何も言わなくても。」「わたしは・・」「後のことは、お願いするわね。あなたの力で、この国を変えて・・」「はい、必ず・・」「お願い、わたしの代わりに、ね・・」シンはそう言って目を閉じると、彼女の脳裏に、幼き頃故郷で母と弟とともに過ごした平和な日々が浮かんだ。(母さん・・俺は、どこで間違ったってしまったんだろう。)“シン・・”どこかで、母の声が聞こえたような気がした。“あなたは、もう苦しまなくてもいいのよ。”(母さん・・)シンは母が差し出した手を、しっかりと握った。「ユリノ様、さようなら。」エリスはそう言うと、見開いていたシンの目を、そっと閉ざした。にほんブログ村
Jul 8, 2013
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「エリス様、大変です!敵が、城内に・・」 兵士がその先をエリスに報告する前に、彼は敵の矢を受け絶命した。「エリスが居たぞ!」「殺せ!」 敵兵達は血に飢えた目でエリス達を睨みつけると、一斉に銃剣の刃先を彼女達に向けた。「ひぃぃ!」「誰か来てぇ!」女官達が悲鳴を上げながら部屋から出て行こうとするのを目ざとく見つけた彼らは、躊躇いなく彼女達を刺し殺した。「エリス、覚悟しろ!」エリスは敵兵達を睨みつけると、彼らに刃を向け、間髪入れずに敵兵の一人の頚動脈を切り裂いた。「クソ、やりやがったな!」女だと侮っていた敵兵達は目の前で仲間を殺され、エリスに襲い掛かった。 エリスは必死に応戦したが、多勢に無勢で、彼女はあっという間に劣勢に立たされてしまった。「女の癖に、俺達に逆らうからだ!」兵士の一人がそう言って、エリスの頬を叩いた。「この女、どうする?」「ヤッちまおうぜ。」男達が下卑た笑みを浮かべながらエリスを眺めていると、部屋に誰かが入ってくる気配がした。「お前達、その女はわたしの獲物だ、手を出すな。」「ユリシス様、しかし・・」「同じ事を二度も言わせるな、殺されたいのか?」ユリシスに睨まれた兵士達は、一目散にそこから逃げ出した。「さてと、邪魔者は居なくなったところだし、これで目障りな君をゆっくりと殺すことが出来る。」ユリシスがゾッとするような笑みを浮かべながらエリスに迫ろうとすると、彼の背後で銃声がした。「ユリノ様、何故・・」 ユリシスは驚愕と絶望が綯い交ぜになった顔で拳銃を構えているシンを見た。「わたくしは、あなたのことなど最初から信じていなかったわ。」シンはそう言ってユリシスに微笑むと、二発目の銃弾を彼の額に撃ち込んだ。「エリス、お久しぶりね。」「ユリノ様・・」「もう邪魔者は居なくなったから、あなたと漸く本気で戦えるわね。」そう言ってエリスに微笑んだシンは、女神のように神々しい輝きを全身から放っていた。にほんブログ村
Jul 6, 2013
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「ユリシス様、その手はどうなさいました?」「わからない。突然指輪が熱くなったんだ。」ユリシスはそう言うと、焼け爛れた右手の薬指を見た。「ユリノ様はどちらに?」「それが・・何処にもお姿が見当たらないのです!」「何だと・・」「ユリシス様、大変です!ユリノ様のお部屋に置かれている首飾りと腕輪が・・」 ユリシスが兵士とともにシンの部屋へと入ると、そこには女官達が何やら慌てふためいた様子で首飾りと腕輪を手に部屋の中を行ったり来たりしていた。「一体何があったんだい?」「ユリシス様、これを見てくださいませ!」女官の一人がユリシスの前へと一歩進み出ると、彼に首飾りを見せた。「これは・・」首飾りの主役である美しい紅玉(ルビー)が無残にも砕け散っていた。「腕輪の方は?」「こちらの紅玉も砕けてしまって・・」「誰か、首飾りと腕輪に触った?」「いいえ。わたくし達が来た時には、もうこんな状態でした。」「そうか、君達はもうさがっていいよ。わたしがこの事をユリノ様に報告するから。」「はい、ではわたくし達はこれで失礼致します。」(リンの魂を封じ込めた至宝が砕けたということは、彼女の魂が消えたということか?) 一方、エリスは鏡台の引き出しにしまっていた紅玉の櫛を取り出すと、それは無残にも砕け散っていた。「何ということでしょう、至宝が砕け散るだなんて・・」「不吉の前兆だわ・・」「滅多なことを言うものではありません!」「ですが女官長様、この城がいつ敵の手に落ちるのかどうかさえわからないのですよ!」「そうですわ、そんな時に至宝が砕けるだなんて、絶対に悪い事が・・」「二人とも、落ち着け。まだそうだと決まった訳ではないだろう。」エリスがそう言って騒いでいる女官達を窘めると、彼女達はバツの悪そうな顔をして俯いた。「この城は全力でわたしが守る。だからお前達は何も心配することはない。」「取り乱してしまって、申し訳ありませんでした。」「いや、いいんだ。」 エリスがそう言って女官達に微笑んだ時、一人の兵士が慌てふためいた様子で部屋に入って来た。にほんブログ村
Jul 6, 2013
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ユリシスが放った銃弾を腹に受けたセシャンは、その場で片膝を地面について吐血した。(くそ、こんなものただのかすり傷だ。)そう思いながらセシャンが立ち上がろうとした時、頭上からユリシスの冷たい声がした。「わたしが君に放った銃弾は、呪いがこめられているんだよ。」「呪いだと・・」「君が普通の銃弾を受けて死なないことくらい、わかっているからね。」「貴様、殺してやる!」 セシャンが怒りに震えながら、ユリシスに突進してゆくと、彼は二発目の銃弾を放った。「無様なものだね。このままわたしに嬲り殺しにされたいのか?」「ふん、貴様に殺されるよりも、自ら死を選んだほうがマシだ!」「敵に命乞いするよりも、誇りを持って死ぬ方を選ぶのか・・どこまでも憎らしい男だね、君は。」ユリシスはそう言うと、セシャンを睨んだ。「そんなおもちゃなんざ捨てて、かかって来い臆病者!」 セシャンがユリシスを挑発すると、彼は憎しみを込めて刃先に毒を塗った短剣でユリシスの頸動脈を切り裂いた。 大量の出血とともに、セシャンは地面に倒れた。「これで、もう動けないね。」そう言ってユリシスが薄ら笑いを浮かべながらセシャンに止めを刺そうとした時、彼が右手の薬指に嵌めていた紅玉の指輪が突然熱を発した。「くそ!」ユリシスは悪態をついて指輪を外すと、傷の手当てをする為にその場から立ち去った。「ありがとう、感謝する。」 朦朧とした意識の中で、セシャンは自分を助けてくれた“誰か”に向かって感謝の言葉を述べると、そっと目を閉じた。(これで・・終わりか。)セシャンはうっすらと目を開けると、天に向かって手を伸ばした。「エリス、俺の分まで生きろ・・」セシャンはそう呟くと、安らかにその生涯を終えた。「セシャン様が・・」「お前は最期まで、自分の華を咲かせたんだな、命の華を・・」 エリスはそう呟くと、静かに涙を流した。にほんブログ村
Jul 5, 2013
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「敵を城の中に入れさせるな!」「撃て、撃て!」 エリス達は敵の奇襲に対して必死に応戦していたが、圧倒的な敵の兵力の前に、味方の兵士達が次々と倒れていった。「エリス様、ここは一旦退きましょう!」「そうだな。」「エリス、ここは俺に任せろ。」「セシャン・・」「そんな顔をするな、またすぐ会えるさ。」「無事に帰ってきてくれよ、わたしの元に。」「あぁ、わかってるさ。」セシャンはそう言うと、エリスの唇を塞いだ。「行ってくる。」 彼の姿が見えなくなるまで、エリスは彼の背中をいつまでも見つめていた。それが、最愛の夫と交わした最後の会話だった。「これじゃぁ、城が落ちるのも時間の問題だな。」「ではセシャン様、どうすれば?」「正面から攻める。」「それは・・」「危険過ぎると言いたいのか?敵の銃は余り当らないから、気にするな。」「ですが・・」「逃げたかったら、お前一人で逃げろ。」 セシャンはそう言って、怖気づく兵士を睨みつけた。「よし今だ、行くぞ!」セシャンはそう叫ぶと、敵陣の正面へと突っ込んでいった。 たちまちセシャンに向かって敵が放った銃弾が飛んできたが、彼はそれをものともせずに長剣で薙ぎ払った。「な、なんなんだあいつは!?」「化け物だ、化け物に違いない!」 まるで鬼神の如く自分達の元へと迫りつつあるセシャンを見て、敵兵達は恐怖で蒼褪めていた。「何をしているんだい?」「あの男、まるで化け物です!」「銃弾を浴びせても平気な顔をしてこちらへと突っ込んで来るのです!」「そう・・彼はわたしに任せて、君達はここから退却しなさい。」「わかりました・・」ユリシスは退却してゆく兵士達を見送ると、セシャンの前に姿を現した。「お前は・・」「本当に、君はわたしの邪魔をするのが好きだねぇ。」ユリシスはそう言ってセシャンに笑うと、彼に銃口を向け、躊躇いなく引き金を引いた。「どうかなさいましたか、エリス様?」「いや、何でもない。」にほんブログ村
Jul 5, 2013
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シンが率いる帝国軍は城壁を破ろうとしたが、エリス達敵軍による攻撃の前に幾度も敗走を重ね、その事でシンの苛立ちが増すばかりだった。「しぶといね、イシュノーの民は。」「エリスが住民達を言い包めているに違いない。」シンは少し苛立った様子でイシュノーの地図を見た。「一体何を考えているんだい?」「別に何も。」「そう・・その様子だと、何かよからぬことを考えてるね。」「まぁね。まだ教えないけどね。」「秘密主義もいいところだね。」「それがいい所だと、この前褒めてたじゃない?」「ああ言えばこう言う・・まったく、いつになったら君は折れてくれるんだろうね?」「言っとくけど、俺は頑固な性格だから、相手に対して一度も自分の意見を曲げたことがないんだ。」「厄介な性格だね。それでよく宮廷で暮らせたもんだ。」「宮廷では本性を隠していたからね。まぁ、貴族達の殆どが頭の中身がスカスカの馬鹿どもばかりだったから、簡単に騙せたけど。」“清楚で可憐な貴婦人”のイメージから大きくかけ離れた言葉を放ったシンに対して、ユリシスは苦笑するしかなかった。「エリス様、敵はしぶといですね。」「ああ。ユリノ様は一度こうと決めたら、梃子でも動かない方だからね。」「よくあの方をご存知なのですね?」「ユリノ様は、ごく親しい方にしか本性を見せないお方だから、周囲はコロッと騙されてしまうのよ。まぁ、わたしも今になって思えば、彼女に騙されたのかな・・」「エリス様・・」「暫く一人にしてくれないか?今後の事で色々と考えたいことがある。」「わかりました・・」 兵士が部屋から出て行くのを確認したエリスは、溜息を吐くと近くの椅子に腰を下ろした。(これからユリノ様は、どんな手を使ってでもこの町を落とそうとするだろう・・こちらも、色々と対策を練らなくては・・)「エリス様、おられますか!?」「どうした、何かあったのか?」「敵に、北の城壁が破られました!」「何だと、それはいつのことだ!?」「ほんの数分前の事です。エリス様、どう致しましょうか?」「住民達を今すぐここへ集めろ!」「承知!」 敵は、エリスが居る城のすぐ近くにまで迫って来ていた。にほんブログ村
Jul 4, 2013
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「狙え、撃て!」 エリスの号令により、兵士達は敵に向かって一斉に発砲した。「エリス様、命中しました!」「まだ油断してはなりません!二番隊、前へ!」兵士達は再び銃を構え、敵に狙いを定めた。「ユリノ様、城壁の北側へと向かった軍が、壊滅いたしました!」「何てこと・・」(エリス、わたくしを本気で殺そうとしているのね・・)「ユリノ様、どうなさいますか?」「次の軍を、北に向かわせなさい。何としてでも、この町を落とすのです!」(いいでしょう、わたくしもあなたのことを本気で殺しに行きますから、首を洗って待っていなさい、エリス。)シンはフッと笑うと、ユリシスを見た。「わたしに何かご用かな?」「この町を早く落とすには、どうしたらいい?」「さぁ、それはわたしにはわからないね。ただひとついえるのは、戦いが長引けば長引くほど、双方共にダメージが大きくなるということさ。」「すぐにこの町を落としてみせる。」シンはそう言うと、決意を宿した瞳で窓からイシュノーの町を眺めた。「今の内に食べておけ。腹が減ってはまともに敵とは戦えないからな!」「はい!」 兵士達に食糧を配給しながら、エリスはまだ年端もゆかぬ彼らの横顔を見つめていた。 もし城壁が破られ、敵がこの町に攻めて来たら、彼らの家族はどうなってしまうのだろう。エリスの脳裏に、燃え盛る神殿と惨殺された神官の遺体が地面に転がっている光景が甦った。 もう二度と、仲間が殺されるのを黙って見ているつもりはない。この町を、必ず守ってみせる。「エリス、どうした?」「何でもない。それよりもセシャン、何の用だ?」「お前、いい顔をしているな。」「あぁ、もう迷いは捨てた。」「それでこそ俺の妻だ。」セシャンはそう言うと、エリスを抱き締めた。 空は晴れ渡り、町には穏やかな風が吹いていた。にほんブログ村
Jul 3, 2013
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その鐘の音が意味するもの―敵襲を知った村人達の顔が恐怖でひきつった。「まさか・・」「どういう事だ!?」「こんな所に敵が攻めてくるなんて・・」村人達は荷物を抱えながら広場へと集まった時、どこからか銃声が聞こえた。「何、今のは!?」「早く逃げろ!」 村人達が逃げ惑っていると、再び銃声が聞こえた。「皆さんにはここで死んで貰います。」「ユ、ユリノ様・・」 シンの登場に村人達は一斉に安堵の表情を浮かべたが、彼女のドレスに赤黒い染みがついていることに気づき、彼女から後ずさりした。「まさか、ユリノ様・・」「彼らはわたくしが殺しました。」「わたし達は何もしておりません!」「敵に協力したあなた方は、もうわたくしの味方ではありません。」シンはそう言って村人達に微笑むと、拳銃を構えた。「おやめ下さい、どうか・・」「お黙りなさい。」シンは兵士達に目配せすると、彼らは一斉に村人達に向かって発砲した。「ここでの用は済みました、先を急ぎましょう。」「はい、ユリノ様。」(初めてお会いした時は、儚げな印象をお持ちの方だと思っていたが・・わたしのとんだ見当違いのようだ。) ユリシスはイシュノーと向かう道すがら、馬に乗ったシンの横顔を見ながらそんな思いを抱いていた。「どうした?」「いえ・・あなたが冷酷な方だと漸く気づいたのです。」「わたくしは、目手の為ならばこの手を血で汚すことなどに躊躇(ためら)いなど感じません。」「イシュノーで何をなさるおつもりで?」「完膚なきまでに敵を殲滅するだけのこと。ここで無駄話をしていては、遅れを取ります。」「わかりました。」 シン達がイシュノーへと破竹の勢いで進軍する中、一足先にイシュノーへと到着していたエリス達は、守りを固めていた。「いよいよですね、エリス様。」「もうすぐ敵が攻めてくるから、気を引き締めて仕事に取りかかりなさい。」「承知しました!」 エリスが物見台から城壁の外を眺めていると、真紅の旗を翻しながら敵軍がこちらへと進軍してくるのを見た彼女は、兵士達に向かって声を張り上げた。「敵襲だ、全員配置につけ!」にほんブログ村
Jul 2, 2013
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「ユリノ様だ・・」「どうしてこんな所にユリノ様が?」「さぁ・・」 突然村に現れたシンを見て、村人達は動揺を隠せなかった。そんな彼らに、シンは再び彼らに微笑むと、彼らにこう告げた。「皆さん、間もなくここに敵が攻めて来ます。その前に、ここから安全な場所へと避難してください!」「敵が攻めてくるだって?」「本当なのか・・」「嘘に決まっているだろう、そんなの・・」自分の言葉を疑う村人達に対し、シンはこう続けた。「わたくしが皆さんを安全な場所へと誘導致しますので、ついてきて下さい。」シンがそう言って歩き出すと、彼女の後ろを村人達がついてきた。「ユリノ様、本当に敵は攻めて来るんでしょうか?」「ええ。アイロスが三日で陥落したことは、皆さんご存知でしょう?」「ですがユリノ様、ここは寂れかけた農村です。アイロスのような大きな町ならともかく、敵がここを攻める理由がわかりません。」「あなた方がそう思っていても、敵はそうは思っていませんよ・・たとえば、わたくしのように。」 シンはそう言うと、振り向きざまに一人の村人に向かって発砲した。「な、何をなさいます!?」「まだわからないの?敵が一体誰なのかを?」シンはそう言うと、また一人の村人を拳銃で撃った。「そんな、まさか・・」「その、“まさか”です。」シンは拳銃を構えたまま村人達に微笑むと、そのまま妊婦の額を撃ち抜いた。 その銃声を合図に、崖の陰に隠れていた兵士達が村人達の前に姿を現した。「殺しなさい。」「はい、ユリノ様!」「ユリノ様、あなたはわたし達の味方ではなかったのですか?」「わたくしは一度も、あなた達のことを味方だと思ったことはありません。」恐怖と絶望に満ちた村人達の顔をシンは冷たく見下ろしながら、撃鉄を起こした。「命令です、村人達を全て殺しなさい。一人たりとも逃がしてはなりません。」 悲鳴と怒号、そして銃声が裏山に響いた。「なんだ、今のは?」「もしかして、敵が攻めて来たのか?」「まさか・・」 裏山での出来事を知らない村人達がそう話していた時、鐘の音が村中に鳴り響いた。にほんブログ村
Jul 1, 2013
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「さてと、アイロスは落としたし、次はどこを落とす?」「それはまだ考えていない。」シンはそう言うと、暫しの間彼女は元親友・エリスのことを想った。 かつては同じ志を持ち、共に助け合った仲であったが、今はもうそれはシンの中で過去のものとなりつつあった。「何を考えているんだい?」「別に。」「わたしに嘘は通用しないよ。エリスのことを考えていたんだろ?」「あぁ、そうだ。エリスはおれに出来た、初めての親友だった。だが今は違う。」「君は、エリスを殺す覚悟があるのかい?」「もう彼女は俺達の敵だ。俺がエリスに殺されるか、エリスが俺を殺すか―その二つの選択肢しか、俺には残されていない。ならば・・」「エリスを殺し、自分も死ぬ―君はそんな答えを出したわけだ。」ユリシスはそう言うと、くすくすと笑った。「別に。君としてはいい答えを出したと思ってね。」「俺を怒らせない方がいいぞ、ユリシス。」シンがそう言ってユリシスを冷たい目で睨みつけると、彼は溜息を吐いてシンの元から離れた。「ユリノ様、申し上げます!」「どうした、何かあったか?」「この先に村がありますが、先ほど敵の経由地であるとの情報を得ました!」「そうか・・」シンはそう言った後、兵士にこう告げた。「その村を焼き払え。村人は一人残さず殺せ。」「御意!」 兵士が乗った馬が、村がある方角へと遠ざかっていくのを見たシンは、残りの兵士達を率いて彼の後を追った。「何の変哲もない、ただの農村のように私の目には見えるけど?」「敵の経由地かもしれないのに、見逃すわけにはいかない。」「そう、じゃぁここは君の好きなようにしてもいいよ。どうぞ、ご勝手に。」ユリシスはいかにもやる気がなさそうな様子で、そう言うとシンに背を向けてどこかへと行ってしまった。「あいつのことは放っておけ。村人達を全員広場に集めろ。」「はっ!」 数分後、村人達が不安そうに互いの顔を見合わせて広場に集まると、そこには華やかなドレスで着飾ったシンの姿があった。彼女は村人達の姿に気づくと、彼らに微笑んだ。 その手には、拳銃が握られていた。にほんブログ村
Jun 29, 2013
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※BGMとともにお楽しみください。 土砂降りの雨の中、エリスは自分の無力さと犠牲となったアイロスの住民達の為に涙を流した。(わたしは無力だ・・何も出来なかった、誰も救えなかった!)自分が剣を取ったところで、犠牲となるのはいつも弱者だ。 タシャンも、アイロスの住民達も、何の非もないのに殺された。ユリノが望んでいる、戦いの先にある世界とは、強者が弱者を虐げる理不尽なものなのだろうか。(ユリノ様は、変わってしまった・・) まだ宮廷で平和な時を過ごしていた頃、彼女がいつも自分にこう言っていた事をエリスは突然思い出した。“わたしね、いつか争いのない世界を作りたいの。”その世界が完成するのはいつなのか。「こんな所に居たのか、風邪ひくぞ。」 やがて雨が止み、雲の隙間から太陽が顔を覗かせた時、エリスの背後で愛しい人の声が聞こえた。「セシャン、意識が戻ったのか?」「ああ。それよりも、色々と辛かっただろう?」セシャンはそう言うと、エリスを見た。まるで、彼女の心を見透かしているかのように。「どうした、わたしの顔に何かついているか?」「お前・・その様子だと、まだ覚悟を決めていないようだな?」「どういう意味だ?」「ユリノ様はお前の親友だったが、今は違う。戦いとなれば、どちらかを殺さなければならないんだ。」「わたしは、ユリノ様を殺したくない!」「甘いぞ、エリス!戦場ではそんな考えは通用しない!お前がその甘い考えを捨てない限り、この先沢山人が死ぬことになるんだぞ!」夫の言葉に、エリスは何も言い返せずに唇を噛み締めた。「俺は今まで目の前で人が死んでいくのを沢山見てきた。自分の命を守る為には、人の心を捨てろ。」「セシャン・・わたしは・・」「こんな所で自分の無力さを嘆くよりも、剣を取れ。俺が言いたいことはそれだけだ。」セシャンはそう言うと、エリスに背を向けて歩き出した。(まだ間に合う・・こんな所で立ち止まっている暇はない!) エリスは涙を拭うと、慌ててセシャンを追いかけた。にほんブログ村
Jun 29, 2013
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「アイロスが陥落した?」「ええ。町全体に炎の呪いがかけられ、町は完全に破壊されて、人が住んでいた痕跡すら残っていません。」「そんな・・」 イシュノーへと進軍中のエリスは、アイロス陥落の一報を受け、すぐさまアイロスへと向かった。「何だ、これは・・」「ここに本当に人が住んでいたのかわからない程、破壊されていますね・・」 エリス達がアイロスに足を踏み入れると、そこにはただ一面に瓦礫の山だけが広がっていた。 炎は、町や人を全て呑み込んで、全てを―平和で穏やかな日常までも無にしてしまった。「住民達の遺体は?」「それも、炎の呪いで・・」部下はそう言うと、俯いた。 エリスは静かに目を閉じると、炎に取り囲まれながら壮絶な最期を遂げる住民達の姿が脳裏に浮かんだ。イシュノーを守る事だけで頭が一杯になっている間、アイロスは敵の手に落ちた。そして、美しい町は完膚無きまでに破壊された。 自分がもう少し早く、アイロスに向かっていれば、この町を守れたのかもしれない―エリスは無力感に苛まれながら、部下と共にその場をあとにした。「エリス様・・」「暫く一人にしてくれないか?」「はい、わかりました・・」部下はちらりとエリスを見た後、仲間の元へと向かった。 エリスは石畳の道を歩きながら、かつてこの町が北方貿易の経由地として栄えていた頃の美しい風景を思い出していた。だが、それらは全て灰燼(かいじん)に帰してしまった。 かつて庁舎があった場所へと向かうと、そこも瓦礫の山と化していた。(わたしは一体、何の為に戦っているんだろうな・・) 部下達の元へとエリスが戻ろうとした時、彼女は何かが瓦礫の中で光っていることに気づいた。拾い上げてみると、それはプラチナのネックレスだった。 死の間際まで持ち主が身につけていたのか、ハートの部分には赤黒い血が滲んでいた。それを見た瞬間、今まで堪えていた感情が一気に溢れだし、エリスはネックレスを握り締めながらその場に蹲り、激しく嗚咽した。(わたしは・・無力だ!) やがて雷鳴の轟きとともに、雨がエリスの上に降り注いだ。にほんブログ村
Jun 28, 2013
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ジュスはただひたすら、庁舎へと走っていた。 囮となって住民達の命を助ける作戦など、彼自身も無謀過ぎると思っていた。だが、そうしなければ、いつ肉片と化した弟の仇を討ってやることができるのか。自分にしか出来ない事を今しなければ、弟の無念を晴らす日など永遠にやって来ない。後悔しない為、そして弟の死を無駄にしない為に、ジュスは息を切らしながら銃を握り締めて走った。 やがて彼の眼前に、荘厳に聳(そび)え立つ庁舎の尖塔が現れた。 だが庁舎の前には武装した敵兵達が彼を待ち構えており、ジュスは敵の銃弾を全身に浴び、地面に倒れた。(クソ、こんなところで・・) 敵の指揮官を殺せぬまま、このまま無様な死に方をするつもりはなかった。ジュスは最後の力を振り絞り、隠し持っていた手榴弾の安全ピンを素早く抜き取ると、それを尖塔に向かって放り投げた。手榴弾は尖塔の上空で炸裂し、眩い閃光と炎、そして爆風がジュス達を包み込んだ。(エリン・・仇は、討ったからな・・) ジュスはそっと目を閉じると、そのまま動かなくなった。「何だ、今のは!?」「爆発か!?」 突如轟音と爆風に襲われた住民達は、一斉にその場を伏せながら、一体何が起きたのだろうかと互いの顔を見合わせていた。「どうやら、爆発は庁舎の方で起こったようですね。」「まさか、ジュスが・・」「彼はわたし達の為に犠牲となったのです。彼の魂が安らかであるよう、皆で祈りましょう。」神官に倣い、彼らは啜(すす)り泣きながらジュスの冥福を祈った。 緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響いたのは、その後すぐのことだった。「一体、今度は何が・・」「見ろ、向こうの路地が燃えているぞ!」「あっちの通りもだ!」 まるで巨大な蛇がとぐろを巻くかのように、瞬く間に町全体が炎に包まれ、住民達は逃げ場を失った。「もう駄目だ、おしまいだ・・」住民の一人がそう呟くと、拳銃を口に咥え、躊躇(ためら)いなく引き金をひいた。それを合図に、他の住民達も次々と自殺した。「もはや、これまで。」町長は短剣で喉笛を突いて息絶えた。 敵軍がアイロスに進軍してから三日目の出来事であった。にほんブログ村
Jun 27, 2013
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「さてと、これからどうする?」「この町の全住民を殺せ。」「了解。まぁ、こちらの戦力と彼らの戦力を比べてみるまでもないけどね。どちらが勝つか、結果はもう既に明らかになっているしね。」ユリシスはそう言うと、部屋の隅に控えていた魔導師達を手招きした。「君達に、手伝って貰いたいことがある。わたしと一緒に来なさい。」「はい、ユリシス様!」大魔導師から直接声をかけられ、下っ端である彼らは皆色めきたった。「ユリシス様、一体何をなさるおつもりなのですか?」「この町全体に炎の呪いをかける。」「それは・・」「わたしは本気だよ。その為に君達を呼んだのだからね。」ユリシスはそう言うと、自分を見つめている魔導師達に向かって微笑んだ。 それは、まるで骨の髄まで凍りつくかのような悪意に満ちたものだった。「で、ですが・・」「君達の初陣を飾るのには相応しいものだと思うけど?安心したまえ、この呪いで死ぬのは敵だけだ。」「では早速、準備をして参ります。」「そう、頼んだよ。これは君達にしか出来ないことだからね。」 敵の銃弾を受け、次々と血を流して倒れてゆく住民達の姿を目の当たりにしながら、少年―ジュスは、町長から支給された銃を握り締めた。「クソ、このままだと全員殺されちまうぞ!」「何とかしねぇと・・」「俺が囮になって、敵陣に突っ込む。」「ジュス、正気か!?」「子どもなのに、一人で突っ込むなんて無茶だ、止せ!」「子どもだからって、馬鹿にすんなよ!俺は本気だからな!」「エリンを喪ったお前さんの気持ちはよくわかるが、無謀過ぎるんじゃないか?お前でなくとも・・」「誰かがあいつらを倒すのを、黙って待ってろっていうのか!?」ジュスは自分を窘めようとする老人を睨み付けると、彼の手を乱暴に振り払い、路地裏から敵陣がある庁舎へと走っていってしまった。「ジュス、待て!」「彼を止めても無駄ですよ。彼のしたいようにさせなさい。」 慌ててジュスを追い掛けようとする老人を、一人の神官がそう言って制した。「彼はまだ子どもなのですよ!」「彼なりに答えを出した末に行動を起こしたのでしょう。誰も彼を止めることはできません。」にほんブログ村
Jun 26, 2013
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砦まで無事に避難を完了した住民達を待っていたものは、堅く閉ざされた門と、自分達に銃口を向ける兵士達の姿だった。「一体これはどういうつもりだ!?俺達を中に入れないつもりか!?」「領主様は、お前達の命を保障することなど出来ないと言っている。今すぐ引き返せ!」「ふざけるな、領主様は俺達に死ねっていうのか!?」「領主様を呼べ!」「ええい、黙れ!さっさと引き返せ!」 兵士達と住民達が揉み合いになっていると、不意に門が軋んだ音を立てながらゆっくりと開き、領主が姿を現した。「引き返せとはどういうつもりだ、俺達を見殺しにするのか!?」「この人でなし!」「悪魔め!」「もうこの町は完全に敵に包囲されている。自分達の身は自分達で守る事だな!」 領主は住民達に向かって冷淡な口調でそう言うと、砦の中へと消えていった。「ここを開けろ!」「自分だけ助かろうなんて思うなよ、この悪魔!」住民達の呪詛の声を遮断するかのように、門は再び閉ざされた。「どうやら、あの領主は住民達の命を盾にして助かろうとしているようだ、どうする?」「痛い目に遭わせてやろう。」シンは兵士達を率(ひき)いて、裏門へと侵入した。「な、なんだ貴様ら!」「何者だ!?」「見てわからない?お前達の命を奪いに来た死神さ。」シンは兵士の首を一撃で刎(は)ねると、領主とその家族が居る部屋へと向かった。「あなた、これからどうするつもりなの!?」「逃げるしかないだろう!おい、何してる、早く荷物を・・」「お前達に逃げ場など、何処にもないよ。」「ユ、ユリノ様・・どうして・・」「“頭隠して尻隠さず”とはよく言ったものだ。正面を厳重に警備していても、裏門の警備が手薄だと意味がないだろう?」 シンは領主達に刃を向けながら、恐怖に震える彼らを睨みつけた。「ど、どうかお命だけは・・」「もう遅い。地獄へ落ちるがいい。」 領主夫妻の首が砦から投げられると。住民達は恐怖に慄(おのの)き、敵兵達は歓声を上げた。砦が敵の手に落ち、住民達は武器を手に取り、彼らと戦う道を選んだ。 彼らが生き延びる為には、そうするしか他に道がなかったからだった。にほんブログ村
Jun 25, 2013
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鐘の音が鳴り響く中、アイロスの住民達はそれぞれ砦へと続く長い坂道を走っていた。「兄ちゃん、もう走れないよ。」「何言ってんだ、早く行かないと俺達殺されるんだぞ!」「でも・・」 幼い弟の手を引っ張った少年は、そう言って彼を無理矢理立たせようとした。「兄ちゃん、あれ何?」「どうした、何か見つけたのか?」「あそこ・・何か光ってる。」「だから、どこだよ!?」少年が少し苛立った様子で弟を無理矢理立たせ、坂道を登ろうとした時、弟は彼の手を離して草叢(くさむら)へと駆け出してしまった。「エリン、待てよ!」「兄ちゃん、あれだよ!」 幼く無邪気な弟は、その“光っているもの”がどんなに危険な物なのかを知らずに、兄にそれを見せる為、両手でそれを掴んで頭上に掲げた。「逃げろ、それは爆弾だ!」どこからかそんな声が聞こえ、少年が慌てて弟の方へと駆け寄った瞬間、凄まじい閃光と大地を揺るがすような轟音(ごうおん)が彼を襲った。「おい、大丈夫か!?」「エリン、何処だ!?」 少年は半狂乱になって弟の姿を探したが、彼は何処にもいなかった。「おい、返事しろよ、エリン!隠れてないで出てこいよ!」「坊主、怪我してねぇか?」「俺は大丈夫だよ、おっさん。」「でも血がついているじゃねぇか。」「だから俺は・・」その時彼は、初めて自分の顔や衣服に血がついていることに気づいた。 これが自分の血ではないとしたら、一体誰の血なのだろうと思った時、少年の脳裏に弟の顔が浮かんだ。(まさか・・そんな・・)「エリン・・」 弟の遺体―正確に言えば彼の肉片は、爆弾が爆発した数メートル先で発見された。「そんな、嘘だ・・」ほんの数分前まで自分の手を握っていた弟は、もう居ない。「こんなの嘘だ、エリン!」少年は弟の肉片を抱き締めると、激しく嗚咽した。 少年の慟哭(どうこく)に天が共鳴するかのように、雲が空を覆い、雷鳴とともに激しい雨が少年に降り注いだ。「絶対に、仇を討ってやるからな・・」 ひとしきり泣いた後、少年はゆっくりと俯いていた顔を上げた。その瞳には、復讐の炎が宿っていた。肉親を喪った悲しみで萎(な)えていた足を、彼は怒りで奮い立たせた。 それは、一人の兵士が生まれた瞬間でもあった。にほんブログ村
Jun 24, 2013
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「おい、聞いたか?」「神殿が一夜で敵軍に陥落されたって・・」「それだけじゃないらしい。俺の利いた話だと、敵は神殿内にある財宝を略奪した後、その場に居た神官達を皆殺しにして、火をつけたってさ。」「いつこの町にも敵が攻め込んで来るかわからねぇから、日頃の蓄えをしっかりしとかねぇとな。」「そうだな、いざって時に食糧がねぇと、戦うどころか飢え死にしちまう。」 王都から北東に400キロ離れたイシュノーの住民達は、そう話し合いながら敵の進軍に怯える日々を送っていた。「さてと、次はどこに駒を進める気だい?」「北の守りを崩して、この国を更地に戻す。」シンはそう言うと、黒のクイーンをイシュノーの上に置いた。「イシュノーか・・あそこは武芸に秀(ひい)でた者達が多いと聞くよ。すぐに落とせるのかい?」「武芸に秀でているといっても、せいぜい刀や槍、薙刀ぐらいだろ?こちらには最新式の火薬や銃がある。楽勝だ。」 シンはこの時イシュノーを、“時代遅れの町”と侮っていたが、それが大きな間違いであるということを、彼女はその身を以(も)って知ることとなる。「敵は、イシュノーを攻めるようです。」「そうか・・あそこは北方守備の要だ。あそこを敵に落とされたら、我らに勝機はない!」「どうなさいますか、エリス様?」「イシュノーを何としてでも守ってみせる。これ以上、人が死ぬのを見たくない・・」エリスの脳裏に、あの神官の言葉が浮かんだ。“無駄に命をお捨てにならないで下さい。” 彼の、どこか死を覚悟したかのような笑顔がエリスの奥底に眠る“何か”を覚醒(めざめ)させた。「では・・」「すぐに出立の支度をしろ。何としてでも、イシュノーを我々の手で守り抜くぞ!」「おう!」 エリスが軍を率いてイシュノーへと向かう中、シンはイシュノーの手前の町・アイロスへと進軍していた。「ここは簡単に落とせるから、すぐに取りかかるとするか。」「そう。じゃぁ早速、あの砦を落とすとするか。」ユリシスはそう言うと、兵士達に目配せした。 アイロスの市民達は敵襲を知らせる鐘の音を聞き、砦への避難を開始した。「モタモタするな、行くぞ!」「まさかこんなに早く敵が攻め込んでくるなんて・・わたし達は一体どうなるの!?」にほんブログ村
Jun 24, 2013
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エリス達が馬で神殿へと向かう途中、道端に無数の市民の死体が転がっているのを彼女達は見て思わず顔を背けた。「酷い・・」「敵は完全に我々を殲滅(せんめつ)する気ですね。その為ならば市民達の命など取るに足らぬものだと思っているんでしょう。」「ユリノ様・・あなたが望んだ世界は、こんな殺伐としたものなのですか?」エリスはそう呟くと、部下達とともに神殿へと急いだ。「エリス様!」「神官長様はどちらに?」「それが・・西部の遺跡群で敵の矢を受け、お亡くなりに・・」 炎と煙に包まれる神殿から命からがら逃げ出した神官から神官長の死を告げられ、エリスは悲しみの余り地面に蹲(うずくま)って泣いた。 神官長は捨て子だったエリスにとって実の父親同然の存在だった。“エリス。”いつも自分に優しく微笑んでくれた彼は、もう居ない。「エリス様・・」「子ども達は・・子ども達は何処に!?」エリスはそう言うと、孤児院がある方角へと走った。「いけません、エリス様!そこは・・」神官が我に返り、エリスを制止しようとしたが、遅かった。「みんな、何処に居るの!?」 炎に包まれた孤児院の中を走りながらエリスは子ども達の姿を探したが、彼らの姿は何処にも見当たらなかった。(一体、あの子達は何処へ・・) エリスが孤児院の外から出ようとした時、奥から人の呻き声のようなものが聞こえた。「誰かそこにいるのですか?いたら返事をして下さい!」エリスは微かな希望を胸に抱きながら奥へと向かったが、そこには瓦礫(がれき)に半ば埋もれた祭壇と、その瓦礫に上半身を挟まれた神官の姿があった。「子ども達は?」「セレステとともに敵兵に襲われ、命を落としました。」「今助けますからね!」エリスは神官を救おうと瓦礫を退かそうとしたが、それはビクともしなかった。「エリス様、わたしを置いて逃げて下さい。」「駄目だ、そんなこと出来ない!」「エリス様、早く外へ出て下さい!炎に巻かれる前に、お早く!」「だが・・」「エリス様、無駄に命をお捨てにならないで下さい。早く行って下さい!」「わかった・・」 エリスは後ろ髪をひかれる思いで、その場から立ち去った。にほんブログ村
Jun 23, 2013
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遺跡群で神官長が敵の矢を受け絶命したのと同じ頃、神殿では敵兵達による殺戮(さつりく)・略奪が行われ、そこはたちまち神官達や巫女達の悲鳴が響く阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化した。「いいですか、わたしが良いというまでここから動いてはなりませんよ?」「でも・・」「大丈夫、彼らはあなた方には手を出さないでしょう。」 孤児院で子ども達から信頼が厚い神官・セレステは彼らを安心させる為に、彼らに向かって優しく微笑んだ。「わたしが囮(おとり)となって、あなた達を裏口から逃がします。合図をしたら、すぐに逃げるのですよ、いいですね?」「はい、セレステ様・・」「そんな顔をしないでください、皆さん。また、会えますから。」セレステは恐怖で泣きだした子ども達の頭を一人ずつ撫でると、柱の陰から飛び出し敵の目をひきつけた。「逃がすな、追え!」「射殺せ!」 敵兵達が一斉に矢をつがえ、セレステに狙いを定めた。その時、子ども達の一人が敵兵の前に立ちはだかった。「セレステ様に手を出すな!」「なんだと、このガキ!」「待て、子どもには手を出すな!」兵士達の一人がそう言って仲間を制止しようとした時、一発の銃声が響いた。 一体、何が起きたのかセレステにはわからなかった。「何をしている、子ども相手に手こずるな。」「しかし隊長・・」「逆らう者は全て殺せと言った筈だ!モタモタするな!」「は・・」兵士は上官と思しき男の言葉を受け、俯いた。「わかればいい。殺せ、一人たりともこの場から逃がすな!」「お願いです、子ども達だけはどうか助けてください!」「くどい!」 上官はそうセレステに吼えると、彼の頸動脈(けいどうみゃく)を軍用ナイフで切り裂いた。「セレステ様、しっかりしてください!」 血の海の中で倒れたまま動かないセレステの遺体に取り縋る子ども達に、兵士達は容赦なく銃弾を浴びせた。「エリス様、あれを見てください!」 王都へと戻ったエリスが兵士の声に気づいて小高い丘から街を見下ろすと、神殿が炎に包まれていることに気づいた。「行くぞ!」「はっ!」にほんブログ村
Jun 23, 2013
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敵軍から夜襲を仕掛けられ、エリス達は必死に応戦したが、その甲斐なくエリス達が守備していた砦(とりで)は一夜にして陥落した。 敵が去った後、陥落した砦に残ったのは、負傷した兵士達と、敵の銃弾に斃(たお)れた彼らの仲間の遺体だった。「まさか、数は明らかにこちらが優勢であったというのに、負けるとは・・」「敵は最新式の銃を持っていたが、こちらの武器は全て旧式のものだった。」「敗因は、武器が古かったというのが・・」「それが、今後の戦いを左右することになるだろう。」「今から我が軍の銃を最新式のものに変えるのには時間がありません。一体どうすれば・・」「何か良い策はないものか・・」エリスはそう言って溜息を吐くと、隣室で寝ているセシャンの元へと向かった。 敵の銃弾を受け負傷した彼は一命を取り留めたものの、意識はまだ戻っていなかった。「セシャン・・わたしは、これからこの国を守る為に鬼になる。」そう呟いたエリスは、そっとセシャンの手を握ると、部屋から出ていった。「夜襲は大成功だったね。」「あの砦には、カビが生えかけたような古い武器しか置いていないことを予め知っていたからね。まぁ、先手はこちらが打ったから後は敵の首を討ち取るだけだね。」シンは淡々とした様子でそう言うと、チェス盤の上からユリシスが操っていた白のクイーンを奪い取った。「チェックメイト。」「君が黒のクイーンなら、エリスは白のクイーンといったところか。君達が互いに殺し合う姿を、是非とも間近で見たいものだね。」「その望み、すぐにかなえてやるよ。それまでに、エリス以外は皆殺しにしないとね・・」そう言ったシンの瞳は、禍々しい金色の光を放っていた。 その頃、アルディン帝国西部の荒野にそびえ立つ遺跡群の中では、神官達が古(いにしえ)の神々たちに祈りを捧げていた。「どうか、この国を守りたまえ・・」「神官長様、大変です!急ぎ、神殿の方へお戻りください!」 若い神官が何やら慌てふためいた様子で神官長の元へと駆け寄ると、彼は祭壇からその神官へと視線を移した。「何があった?」「敵の軍勢が神殿を襲い、兵士達は神官や巫女達を殺し、略奪の限りを尽くしています!」「何だと、それは本当なのか!?」 神官長がそう言ってその神官とともに馬に乗ろうとした時、空気が低く唸る音がしたかと思うと、彼は胸に矢を受け絶命した。にほんブログ村
Jun 22, 2013
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「お前が今、何を思っているのか俺にはわかるぞ、エリス。ユリノ様とは、戦いたくないんだろう?」「あぁ、出来れば戦いたくない。ユリノ様とは、長い間親しくしていたから・・」 エリスの脳裏に、ユリノと過ごした日々の事が浮かんだ。 あの日のように、共にユリノと笑い合うことはもうないのだ。彼女はもう友人ではなく、恐ろしく強大な敵となってしまったのだ。 彼女とは剣を交えたくないが、敵となった以上。それは避けられないだろう。「敵となった以上、ユリノ様は殲滅するまで俺達を徹底的に攻撃するだろう。何せ、あの魔導師が味方についているんだからな。」「ユリシスが一番厄介な存在だ。あいつは何を企んでいるのかが全くわからないし、平気で人を騙して裏切るような奴だ。」「ユリノ様は、奴を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っていた。だがユリシス様とユリノ様が手を組んで得をすることが、何かあるか?」「それは・・わからない。それよりも、ユリノ様はユリシスに洗脳されているんじゃないかと・・」 エリスがそう言って夫の方を見た時、激しい揺れが二人を襲った。「な、なんだ今のは!?」「地震ではないようだな。まさか・・」セシャンがそう言った時、外から悲鳴が聞こえた。「敵襲だ!」「全員、持ち場につけ!」上官の命令に従った兵達は、敵兵が放つ銃弾をかいくぐりながら必死に反撃したが、その多くは敵の砲撃を受け次々と倒れていった。「クソ、まさか夜襲を仕掛けてくるとは思わなかった、油断した!」「どうする、セシャン?このままだと、全滅するのは時間の問題だぞ!」「わかっているが・・」 エリスは銃に弾を装填(そうてん)しながら、どうやってこの状況を打開しようかと考えていると、彼女の背後に敵の影が迫った。「危ない!」 一発の銃声が緊迫した空気を切り裂き、エリスの眼前でセシャンが胸に銃弾を受け、地面に倒れたのを見て慌てて彼の方へと駆け寄った。「俺は大丈夫だ、戦え。」「でも、お前を置いては・・」「お前が指揮を取らなければ、ここは全滅するんだぞ!俺のことなど構わずにさっさと行け!」エリスは涙を堪えながら、銃を握り締め硝煙の中へと姿を消した。「そうだ、それでいい・・」 セシャンはそう言うと、静かに目を閉じた。にほんブログ村
Jun 21, 2013
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「ユリシスのヴァイオリンを、何処へやったんだい?」「し、知らないわ・・」「嘘を吐くのはおやめ!」「お祖母様、何故あの子ばかり構うの?あんな、育ちが悪い・・」「確かに、ユリシスとお前が育った環境は天と地ほどの違いがあるだろう。だからといって、お前がユリシスを蔑ろにする理由にはならないよ。」グラゼーラにそう諭され、ウェンディは渋々彼女にヴァイオリンのケースを手渡した。「ユリシス、どうやら間に合ったようだね。」「お祖母様、どうして・・」「今は詳しく説明している暇はないよ、行っておいで。」「は、はい・・」紛失したヴァイオリンが突然戻ってきた事に戸惑ったユリシスだったが、慌ててステージへと上がり、見事な演奏を観衆の前で披露した。「いい演奏だったよ、ユリシス。」 帰りの馬車の中で、グラゼーラはそう言ってユリシスを褒めた。「ありがとうございます、お祖母様。」「お前は、将来大物になれるのかもしれないねぇ。」「そうですか?」「お前は賢い子だ、ユリシス。お前ならきっと、この世を良くしてくれるだろう。」 幼い頃、祖母にそう言われた事を、ユリシスは大人になっても忘れることはなかった。「・・これが、わたしの全てだよ。」「それで?お前の愛しい祖母は、まだ生きているのか?」「いいや、わたしが家を出た時に死んだよ。正確には、殺されたと言ってもいい。」「誰に?」「それを今、探しているのさ。さてと、吹雪が酷くなる前に、宿に戻るとするか。」「そうだな。」シンはユリシスととともに、吹雪の中宿へと戻った。「これから、どうする?この国は確実に滅びの道を進みつつある。」「だから?そんなこと、俺の知ったこっちゃないね。もう俺には、失うものなんて何もないんだ。」シンはそう言ってフッと笑った。「そう・・じゃぁ、わたしに協力してくれるということだね。」「ああ。」「それならば、敵を殲滅(せんめつ)するまで徹底的に叩こうじゃないか?」「いい考えだね、乗ってやるよ。」シンはそう言ってワイングラスを高く掲げると、ユリシスに微笑んだ。 一方、エリスはこれからどうするべきなのかを、考えていた。「どうした?」「これから、どうユリノ様と戦えばいいのだろうと、考えていたんだ。」にほんブログ村
Jun 21, 2013
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ユリシスはアントニオとグラゼーラの元で暮らし、そこで上流階級の嗜みを身につけた。アントニオには娘が2人居たが、どちらも着飾ることしか脳のない女達だった。母親と同じで、彼女達は気位だけは高く、ユリシスをいじめた。「あら、臭いと思ったらあなただったのね。」 ある日の事、ユリシスが剣術の稽古を終えて部屋に戻ろうとしたとき、アントニオの長女・ウェンディと鉢合わせしてしまった。ウェンディの嫌味に慣れっこになっていたユリシスは、“また始まったな”という気持ちで聞いた後、彼女にこう言った。「あぁ、熊が居たと思ったら、あなたでしたか。」「何ですって!」「無理して小さめのサイズのドレスを着なくてもいいのに。」ウェンディが最近太り気味で着るドレスがないとよく使用人達にこぼしているのを、ユリシスは知っていた。「人に嫌味を言う前に、ダイエットなさったらいかがです?」怒りに顔を歪めるウェンディを廊下に残し、ユリシスは自分の部屋へと戻った。「お祖母様!」「なんだい、うるさいね。」 髪を振り乱しながらウェンディが部屋に入ってくるのを見て、グラゼーラは顔を顰めた。「一体なんだい、そんな大声出して?」「ユリシスがまたわたくしを・・」「お前が木偶の坊で役立たずだってことは、町中が知ってるよ。人を悪く言う前に、その肉を落とすこったね。」「そんな・・」「さっさと出ておゆき、ウェンディ。」 ウェンディはグラゼーラの部屋から出ると、爪を噛んだ。(どうしてお祖母様はあの子ばかり・・)ユリシスが来てからというもの、グラゼーラは彼のことを構っていた・確かに、自分と妹・エリシアは器量も出来も悪い。だからといって、あの汚らわしい娼婦の息子に会社を継がせるつもりなのだろうか。 そんな事、絶対あってはならない。(今、この家の有様をお母様が見たら、どう思われるかしら?) 数日後、パディシャイア町主催の音楽祭が開かれ、ユリシスはヴァイオリンを演奏することになっていた。だが、ヴァイオリンはケースごと消えていた。「ウェンディ、来なさい。」「お祖母様・・」にほんブログ村
Jun 18, 2013
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「本当に、わたしについてきても宜しいのですか、ユリノ様?」「何を今更。わたくしはあなたとともに行くと言ったでしょう。」シンがユリシスの黒い瞳を見つめると、彼はふっと笑った。「もう覚悟を決めたんだね。エリスとはもう敵同士だよ。」「いずれこうなると思っていたから、お前と行くことに決めたんだ。」吹雪がシンの金髪を乱れさせ、彼は前髪を鬱陶しげに前髪をかきあげた。「これをどうぞ。」ユリシスがそう言ってシンに差しだしたのは、蒼玉(サファイア)の髪留めだった。「ありがとう。」シンはユリシスから髪留めを受け取ると、慣れた手つきで髪を纏めた。「下ろした方も似合うけど、結いあげた方が似合うね。」「こんな高級そうなもの、何処で盗んだの?」シンの言葉に、ユリシスは低い声で笑った。「酷い言い草ですね。これはわたしの唯一の肉親であった祖母の形見です。」「唯一の肉親であるお前の祖母が、こんなに邪悪な魔導師となった孫の事をどう思っているんだろうね?」シンの皮肉を、ユリシスは軽くあしらった。「残念ですが、祖母は亡くなりましたよ。何年も前に。」「へぇ、そう。」シンはさっさと雪の中を歩いていると、ユリシスはフードの裾についた雪を払ってシンを追い掛けた。「こうして黙って歩くのもなんだから、わたしが昔話でも聞かせてあげよう。」「あら、それはありがたいこと。是非お聞かせ願いたいものだわ。」シンは宮廷用の作り笑いを浮かべてユリシスを見た。「わたしは南部にある、汚くて猥雑とした港町に生まれてね。母親は船乗り達相手に媚を売る娼婦でね。彼女は貿易会社の二代目社長に入れ上げた挙句、堕胎の機会を逸して生まれたのがわたしさ。」ユリシスは滔々と、己の生い立ちを話し始めた。 南部の港町・パディシャイアに生まれたユリシスは、娼婦の息子であるという出自を恥じ、必ずやこの国の頂点へとのぼりつめてやると、幼い頃から野心を抱いて生きてきた。だが底辺の掃き溜めに居る限り、己の人生は変えられない―そう思ったユリシスは、実父であるアントニオに会いに行った。「お前が、あの女の息子なのね?」 アントニオの母・グラゼーラは、ユリシスを引き取って育てた。両親に育てられず、祖母による厳しい躾を受けたユリシスは、彼女が会社の実権を掌握していることを知り、従順に祖母に仕えた。にほんブログ村
Jul 18, 2012
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「シン・・ユリノ様、どうしてこんな男と一緒なのです?」エリスはシンの隣に立っているユリシスを睨みつけながらそう言うと、彼は肩を竦めた。「随分な言い様だね。でも旦那さんと再会できたのはわたしのお蔭なんだから、感謝して欲しいね。」「感謝? 罪のない人々を虐殺した殺人者の癖に、よくそんなことを平気で言えたものだな!」紅い双眸でエリスがユリシスを睨め付けると、彼はそれに臆することなく、睨み返してきた。「エリス、あなた彼の事を誤解しているのではなくて?」「ユリノ様、あなたもこの男の悪辣さをよくご存知の筈でしょう?」「わたくしは今まで、彼の事を誤解していたのです。」そう言ってシンはエリスを見ると、彼女は冷たい瞳でシンを見返した。「ねぇエリス、これまでわたくし達は自分の都合が良いように物事を解釈していない? ユリシスが悪者だと一方的に決めてはいけないわ。」エリスはシンの言葉に耳を疑った。 国が混沌の渦中へと巻き込まれる前、シンは家族を殺したユリシスを憎んでいた筈だ。それなのに、何故今になって彼を擁護するような発言をするのだろう。「ユリノ様、あなたはこの男を・・あなたのご家族を殺した男を心底憎んでいた筈だ! それなのに・・」「わたくしの家族がこの男に殺されたことは揺るぎ無い事実です。でもわたくしは、敵と手を取る事にしたのです。」シンはそう言った後、深呼吸するとエリスを見た。「エリス、あなたと会えて良かった。」「わたしも、あなたとお会いして良かった。」「あなたの友情が永遠のものである事を、信じるわ。」シンはそっとエリスを近づくと、彼女を抱き締めた。「さようなら、エリス。」シンはエリスから離れると、ユリシスの方へと向かった。「親友との別れは済ませたね。さぁ、行こうか?」「ええ。」シンはエリスに背を向け、ユリシスとともに元来た道を戻っていった。(ユリノ様・・)親友の姿が吹雪の中へと消えてゆくのを、エリスは静かに見ていた。にほんブログ村
Jul 18, 2012
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吹雪によって山間部の村は外への峠道が封鎖され、南部軍はこれ以上進軍する事を断念した。「まだエリス様は見つからないのか!」南部軍のリーダーはそう言うと、部下達を睨みつけた。「はい、まだ見つかりません・・」「吹雪が止んでくれればいいものを・・」骨まで凍えそうな寒さに、リーダーは歯をガチガチと震わせた。 1年中温暖な気候に恵まれた南部で生まれ育った南部の若者達にとって、北部の厳しい寒さは耐え難いものだった。(エリス様が見つかり次第、彼女が持っている“至宝”を奪わなくては。)リーダーは宿屋の窓から、白く彩られた村を見た。「邪魔するよ。」ノックの音とともに、黒衣を纏ったユリシスが滑るように部屋の中へと入って来た。「何の用だ?」「少しね。冬の寒さに君達が相当参っていると思ったからね。」ユリシスはそう言ってバスケットをテーブルの上に載せた。「これは?」「熱々のトマトスープだよ。それにしてもエリス様を探しているんだろう? わたしなら、君達の力になれるよ。」「それは、どういう意味だ?」ユリシスはリーダーの耳元で何かを囁くと、ドアの方へと振り向いた。コツン、と靴音がして、黒貂のコートを羽織ったシンが部屋に入って来た。「あなたは、ユリノ様?」「ユリシス、一体どういうつもり? なんで帝国の敵なんかと・・」「誤解しないでくれよ、ユリノ。君と彼らをわたしが引き合わせたのは、ある目的があるからだよ。」「ある目的?」シンは真紅の瞳を険しく光らせながら、ユリシスを見た。「これを使えば、いいと思うよ。」ユリシスはそう言うと、シンにあるものを見せた。「これは・・」彼が持っている懐剣は、母が自害した時に握り締めていたものだった。「なんで、あんたが・・」「詳しくは妖狼族の村で話すことにしよう。さてと、出発しようか?」ユリシスはそう言うと、シンに向かってニヤリと笑った。 その頃、エリスは妖狼族の長老から渡された本を読んでいた。「まだ寝ないのか?」隣で寝ていたセシャンがそう言ってエリスを抱き締めた。「この章を読み終わったら・・」「待てない。」エリスの髪を掴んで自分の方へと振り向かせると、セシャンは彼女の唇を塞いだ。「ん・・セシャン・・」「お前が無事で良かった。」セシャンはそっとエリスの乳房を揉むと、彼女は甘い喘ぎを漏らした。「セシャン、こんな所で・・」「駄目か? 俺はずっと、お前に触れたくて堪らなかった・・」セシャンはエリスを見た。「セシャン、わたしはもう何処にも行かないから、安心しろ。」エリスとセシャンは暫く互いの顔を見つめ合った後、唇を重ねた。 衣擦れの音がして、2人が久しぶりに愛し合おうと思った時、外で何かが光った。「なんだ、こんな時間に?」「さぁ・・」エリスが首を傾げた時、長老が部屋に入って来た。「客人よ、少し厄介な事が起きた。」エリスとセシャンが長老の家から出ると、そこにはあの南部軍のリーダーとユリシスが立っていた。「見つけたよ、エリス。」「どうして、あなたが・・」「無事だったのね、エリス。」黒い毛皮と金髪をなびかせながら、シンはそう言ってエリスの前に現れた。「ユリノ様・・?」久しぶりに会った友人の瞳に冷たい光が宿っていることにエリスは気づき、恐怖に怯えた。にほんブログ村
Jul 18, 2012
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翌朝、エリスは狼の唸り声と馬のいななきで目を覚ました。「なんじゃ、貴様らは!」「銀髪の女はどこにいる!? ここに匿ったことはわかっているんだぞ!」長老の怒鳴り声と兵士の怒鳴り声を聞き、家の外へと出た。「セシャン・・」そこには、長老と揉めている夫の姿があった。「エリス、やっと見つけたぞ!」セシャンはそう叫ぶと、エリスを抱き締めた。「お知り合いかね?」「はい、夫です。」エリスがそう言って老人を見ると、彼はほっとした表情を浮かべた。「そうかそうか。儂はてっきり帝国軍が弾圧しに来たのかと思った。」「弾圧、ですか? 帝国軍が妖狼族を?」「そうじゃ。話せば長くなるがの、リン様と儂らには密接な関係があったからのう。さ、家の中へ戻るとするかの。」老人は白い息を吐くと、家の中へと入っていった。「エリスさんや、お前さんに見せたいものがあるんじゃ。」老人はそう言うと、1冊の本をエリスに手渡した。「これは?」「我が妖狼族に伝わる本じゃ。祖先達が過去に起きた出来事を書き残したものじゃ。」「そうですか・・」エリスが本を開くと、最初のページには妖狼族と妖狐族が、人間と戦っている見開きの挿絵が載っていた。「“人間達は我々の土地をいつから奪い始めるようになったのだろうか? 子どもの頃はみな友であった我々と人間が、何故争うようになったのか。”この中に、リン様のことも書かれていると?」「そうじゃ。リンの誕生からその死までを、挿し絵つきで書かれておる。“四つの至宝”のこともな。」「ありがとうございます、こんな貴重な本を・・」「リンも、そなたに真実を知って貰った方が嬉しいじゃろうな。南部軍には決してこの本を渡してはならんぞ。奴らにとってこの本には少々都合の悪い事が書かれておるからのう。」老人はそう言うと、ちらりと窓の外を見た。「吹雪がもうじき来そうじゃから、止むまでここに留まった方がよいの。敵の歩みも遅くなるじゃろうて。」「ええ・・」やがて老人の予言通り、吹雪が村全体を襲った。にほんブログ村
Jul 18, 2012
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「これから客人に茶を振る舞おうと思うておったのに、不粋じゃのう。」老人はそう言って溜息を吐くと、窓の外を見た。そこには、数人の村人が何か怒鳴っていた。「暫く待ってくれるかのう?」「ええ、構いませんが・・」エリスがそう言うと、老人は外へと出て行った。「またお前さん達か。」 老人はそう言うと、じろりと村人達を見た。「爺さん、今日こそこの村から出て行って貰おうか。」「それは出来んと、何度も言うておるじゃろう。」老人は村人の1人を睨んだ。「俺達の土地を妖狼族に占領させる訳にはいかない!」「話がわからん奴じゃな、あんた。儂らはちゃんと税を払っておる。ここに住むことは村長も了解しておる。むやみにあんたらが儂らを追い出そうとしても、無駄なことじゃ。」老人はそう言って村人達に背を向けると、家の中へと戻っていった。「話の腰を折ってすまなかったのう。さてと、お前さんが持っている櫛の話をしよう。」老人はそう言うと、エリスの髪に挿してある櫛を見た。「そなたはリン様のことをどこまで知っている?」「確か、とてもお美しく心根が清い方だったとか。」「そうか。ではリンが未婚のまま4人も子を産んだことは?」「え・・?」エリスは老人の言葉を聞いてうろたえた。「その櫛は“四つの至宝”のひとつでの。死産した子の魂が宿っておる。」「どうしてそれがわたしとなんの関係があって・・」「そなたは、リン様の魂を受け継いだ者なのじゃ。必ず南部軍はそなたを狙ってくるであろう。そなたの息を止めるその瞬間までな。」「そう・・ですか。」「今日は余り動かぬ方がよい。うちで休みなされ。」「はい、わかりました。」 その夜、エリスと璃宛は老人が用意してくれた部屋で休むことにした。「エリス様、これからどうなさいますか?」「それは休んでから考えるわ。」「お休みなさいませ。」璃宛が部屋から出てゆくと、エリスはそっとベッドに横になって目を閉じた。にほんブログ村
Jul 18, 2012
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「儂の同胞達がそなたらに失礼な事をしてしまってすまなかった。」老人はそう言ってエリスと璃宛に頭を下げた。「仲間って、さっきの狼達がですか?」「さよう、儂らは妖狼族じゃ。」老人はゆっくりと椅子から立ち上がると、ドアを開けた。すると、先ほどエリス達を襲った狼の群れが家の中に入ってきた。「お前達、客人に詫びよ。」狼達は、エリス達を見ると一斉に唸り、鋭い牙を剥き出しにした。“そいつは、俺達の仲間を殺した! 許してはおけぬ!”「そなたらにも非があろう? 客人の言い分も聞かず、襲ったのだからな。」“だが・・”「長である儂の言葉が聞けぬと申すのか?」老人は勿忘草色の瞳で狼達を睨み付けると、彼らは一斉に唸るのを止めた。 エリスが息を詰めていると、狼の群れの中から一際大きい狼が彼女の前に現れた。エリスが櫛を握り締めて身構えていると、その狼は彼女に向かって前足を差し出した。「“許し”を乞うておる。」「あの、どうすれば?」「こいつの足にそなたの手を載せるのじゃ。」エリスが老人の言う通りにすると、狼は老人の元へと走っていった。「そなたはいくつか、儂に聞きたいことがあるじゃろう?」「はい・・リン様のことについて。」「リンか、懐かしい名じゃな。」老人はそう言うと、再び椅子に腰を下ろした。「今南部軍が“四つの至宝”を探しておる。その内のひとつは、そなたが持っておるその櫛じゃ。」「これが?」エリスはそう言って櫛を髪に挿した。「おお、良く似合っておる。どの女の髪に挿しても、このように美しくは輝かぬ。何故だか、わかるか?」「いいえ。」「その櫛は、そなたの為だけに作られたものだからじゃ。リンの血をひく、そなただけにな。」「あの、待って下さい! わたしがリン様の血をひいているって・・」「それはじゃな・・」老人が次の言葉を継ごうとした時、狼達が突然外に向かって一斉に吼え始めた。にほんブログ村
Jul 18, 2012
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「エリスは何処にいる!?」「知らない・・わたしは彼女の姿を見ていないんだ、本当だ。」「では、ユリシスは? あいつがエリスを連れ去ったに違いない!」セシャンはそう叫ぶと、南部軍のリーダーの首から手を離した。「セシャン様・・」「エリスはここから逃げ出したに違いない。誰か銀髪の女を見ていないか、周辺の村で聞き込みをしろ・」「はっ!」部下達が馬で村へと向かっていくのを見送りながら、セシャンは必ず妻を探し出してみせると、決意を固めた。 一方、南部軍の陣営から遠く離れた村で、エリスと璃宛は暫く休むことにした。「わたし達のことは、もう軍に知られているでしょうか?」「ええ。それに夫が今、わたしの事を探している筈よ。」エリスはそう言うと、髪に挿していた紅玉の櫛を抜いた。「それは?」「夫からの贈り物よ。いつもは失くさないように袋に入れて首から提げているのよ。」「そうですか・・」璃宛がそう言った時、ふと背後に視線を感じたが、そこには誰もいなかった。「どうしたの?」「いえ、視線を感じたんですが・・」「ここから離れましょう。」エリスと璃宛が村の中へと馬を進めると、民家の中から強烈な視線を感じた。「村人の姿が見えませんね。」「そうね。気配は感じるんだけど・・」エリスがそう言って馬から降りようとした時、狼の遠吠えが聞こえた。「エリス様、危ない!」璃宛はエリスに襲いかかろうとしていた1匹の狼を剣で薙ぎ払った。「一体この村はどうなっているの?」エリスがそう言った時、一軒の民家から老人が出てきた。「そなた、タシャンだな?」「ええ、そうですけど・・」「儂の仲間が無礼な事をしてしまってすまぬ。中へ入りなされ。」「は、はい・・」何が何だかわからず、エリスと璃宛は老人の後に続いて彼の家の中へと入っていった。「そなたが来るのを待っていたぞ、タシャンの客人よ。」老人はそう言うと、エリスに向かって微笑んだ。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「リン様、わたしはこれからどうすれば良いでしょう?」エリスはそう言って溜息を吐くと、銀狐はそっと尾を振った。 ―あなたの心は誰にも束縛されません。思うがままに生きなさい。銀狐は紅い瞳でエリスを見た。「リン様、わたしは一体何者なのかがわかりません。タシャンの生き残りでるがゆえに、わたしは・・」 ―エリスよ、あなたが何者であるかは、やがて自ずとわかる筈です。その日の為に、家族を守る戦いをなさい。「家族を・・守る戦い?」 ―もう時間です、行かなくては。銀狐はそう言った後鋭い声で鳴くと、天へと舞いあがっていった。(リン様・・) 銀狐の姿が見えなくなってしまった後も、エリスはじっと満天の星が輝く空を見つめていた。「エリス様。」不意に背後から声がしてエリスが振り返ると、そこには南部軍の兵士が湖畔に立ち、彼女を見ていた。「こんな所で何をしているのですか?」「禊を行っていたのです。それよりもあなたは?」「わたしは璃宛と申します。」エリスは白い衣の裾を翻すと、湖からあがった。「璃宛、わたしと共に来て頂戴。もうここには居られません。」一瞬璃宛の琥珀色の瞳が揺らいだが、彼はエリスの言葉を聞くと静かに頷いた。 30分後、葦毛色の馬に跨った璃宛と、栗毛色の馬に跨ったエリスは、南部軍の陣営から離れた。帝国軍がそこに奇襲攻撃を掛けて来たのは、その数分後のことだった。「エリス、何処だ!」セシャンはエリスの姿を探しながらも、軽やかな動きで自分の方へと突進してくる敵を次々と薙ぎ払っていた。その度に、エリスによって穿かれた脇腹の傷が痛んだが、セシャンは歯を食い縛り耐えた。(いつかお前を探しだす!)「湖畔で陣営を張っていた南部軍が帝国軍に襲われたそうだ。」退屈なパーティーが終わり、村へと戻る馬車の中で、ユリシスはそう言って隣に座るシンを見た。「それがどうかしたの?」「南部軍の中に、君のお友達が居たと言う噂を聞いたよ、さっきのパーティーでね。」(エリスが、敵方に・・)信じたくはなかった。 いつも自分の傍に居て、優しく微笑んでくれたエリスが、敵になっているなどとシンは信じたくなかった。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「あなたは、この宿の方?」シンはそう言うと、少女から箱を受け取った。「はい。先ほど姉が失礼な態度を取りあなた様を不快にさせてしまったことを、妹のわたくしが代わってお詫びさせて下さいませ。」少女はそう言うと金髪の巻き毛を揺らしながら、シンに向かって頭を下げた。「いいのよ、謝らなくても。あなたのお名前は?」「エリナと申します。」「わたくしはユリノというのよ。これからこちらでお世話になるわ、よろしくね。」少女が部屋を出て行くと、シンは箱の中から1着のドレスを取り出した。レースがふんだんに使われた薄紅色の生地で作られたそれは、どこからどう見ても少女趣味なものだった。これを着ろというのか。出来ればこんなものは着たくないが、血で汚れたドレスで人前に出る訳にはいかない。シンはさっさとドレスに着替えると、鏡の前でくるりと一周してみせた。「やぁ、もう着替えは済んだのか?」部屋にタキシード姿のユリシスが入ってきた。「俺にこんなドレスを着せて何をさせるつもり?」「パーティーに出る為さ。もう行こうか?」自分をエスコートしようとするユリシスの手を、シンは邪険に振り払うと、部屋から出て行った。「完全に嫌われてしまったな・・嫌われて当然のことをしたんだから仕方ないか。」ユリシスはそう呟くと、慌ててシンの後を追った。 一方、湖畔に天幕を張った南部軍は、ここでも飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。湖ではエリスが純白の衣を纏い、禊を行っていた。神官時代、重要な神事の前に神殿内の泉で身体を清め、祝詞を唱えていた。今はもう神に仕える身ではなくなったが、この戦いで抱えてしまった穢れを少しでも清めたかった。 エリスは目を閉じ、祝詞を唱え始めた。 水の冷たさによって精神を研ぎ澄ませたエリスが無になった時、彼女の前に一匹の美しい銀狐が九本の尾を振りながら舞い降りてきた。「あなたは、リン様?」―エリス、わたくしの魂を受け継いだ同胞(はらから)よ。銀狐はそう言うと、エリスにそっと近づいた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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森の中から出て来た“それ”は、赤い羽根を広げながらじっとエリスを見ていた。胴体は鳥だったが、何故か顔は女の顔だった。“あなたが、エリスね?”女はそう言うと、エリスを見た。「そうですが、あなたは?」“わたしはずっとあなたいお会いしたかったのです。”女は羽根を広げると、エリスに頭を下げた。「エリス様、どうかなさいましたか?」森の向こうから、南部軍の兵士の声がした。「いいえ、なんでもありません。」エリスが女の方へと向き直ると、そこに彼女の姿はなかった。(一体彼女は誰だったんだろう?)エリスは森を去り、再び南部軍とともに山道を歩き始めた。 暫く彼らが歩いていると、森の中から突然湖が現れた。「今日はここで天幕を張ろう。」リーダーの声を聞いた兵士達は一斉に歓声を上げた。彼らは全身埃や血、汗にまみれ、入浴すら碌にできなかったからだ。湖の傍に天幕を張った彼らは、我先に湖へと飛び込んでいった。「やれやれ、騒がしいな。」リーダーは溜息を吐きながら、自分の天幕へと戻った。 同じ頃、シンはユリシスとともに北方の村にいた。「ねぇ、どうしてこんな所に?」「それは知らなくていいよ。わたしはちょっと出かけてくるよ。大人しく待ってるんだよ。」ユリシスはそう言うと、部屋から出ていった。「全く、これからどうすればいいんだ?」ベッドの端にシンが腰掛けると、シンは鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。その時、部屋に1人の少女が入って来た。「あんた、誰?」少女は敵意に満ちた視線をシンに送りながら、ドアの近くに立っていた。「ノックもしないで部屋に入る方に、名乗る名もありません。」「何さ、偉そうに!」少女はそう言うと、ドアを乱暴に閉めると廊下を走り去っていった。シンは呆然としながらも、鏡台の前に座ると、そこに置かれたブラシの誇りを払うと、それで髪をとかし始めた。「失礼致します。お客様にお荷物が届いております。」ドアの向こうから控え目な少女の声が聞こえ、シンは鏡台から離れてドアを開けた。そこには、12,3歳位の少女が両腕に箱を抱えていた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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少年兵には両性具有の恋人がおり、先日その恋人が破水したという電報が届いたという。「俺としては、あいつの傍にいて出産に立ち会いたいんですが、上の者はそんな事許してくれる筈がありません。」「そうですか。ではわたしが上の者と掛け合ってみましょう。」エリスは不安がる少年兵の肩を叩くと、天幕から出いった。 洋燈を持って彼女が上層部の者達の元へと向かうと彼らは酒宴の真っ最中だった。「少し外でお話しをしたいのですが、よろしいでしょうか?」「ああ、わかった。」南部軍のリーダーは、そう言うと天幕から出た。エリスは彼に、少年兵の事情を説明した上で彼に休暇を与えるように言うと、リーダーは渋々それを承知した。「戦いの中でも新しい命は生まれる。あいつは今まで俺達の為に戦ってきてくれていたから、もう解放してやってもいいだろう。」「彼に伝えます。」リーダーに頭を下げると、エリスは少年兵が待つ天幕へと向かった。「あなたは暇を与えられました。」エリスの言葉に、少年兵は顔を輝かせた。「リーダー、いいんですか? 貴重な戦力を・・」「彼には生き甲斐ができたんだ。我々には、失うものが何もないから戦えるんだ。」リシャムを制圧した南部軍は、北方へと進軍した。その中には、エリスもいた。「エリス様、足元にお気をつけて下さい。」「ええ。」南部軍は人目につかぬよう、山越えをしていた。エリスが泥濘に足を取られぬように山道を歩いていると、どこからか悲鳴が聞こえた。「どうかなさいましたか、エリス様?」「あの、悲鳴が・・」「悲鳴ですか? 聞こえませんけど・・」かなり大きな悲鳴だったので辺りに良く聞こえていた筈だが、エリス以外誰も悲鳴を聞いていないようだ。(一体あの悲鳴は・・) エリスが再び歩き始めた時、また悲鳴が聞こえた。エリスはふと、森の中に何かが潜んでいることに気づいた。“それ”は、森の中からじっとエリスを見ていた。(なんだろう、あそこに潜んでいるものは?)エリスが森の中へと入ろうとした時、羽音とともに“それ”が森の中から飛び出てきた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「誰かと思えばあなたでしたか、ダレス。」美女はそう言うと、“同族”を見た。「旦那さんはどうしたの、一緒じゃないの?」「あなたにそんな事を伝える必要はありません。」美女は“同族”を睨んだ。「相変わらずお高くとまっているねぇ。」“同族”―ダレスはそう言ってふんと鼻を鳴らした。「エリス、余り良い気にならない方がいいよ。奴らはあんたのことを女神だのなんだのと崇めているけどさぁ、所詮あんたは名もなき両性の元神官にしか過ぎないんだからね。」ダレスは吐き捨てるような口調でそう言うと、美女の元から去っていった。「あの者は、エリス様?」南部軍の兵士がそう言って美女に近づいた。「知らない方です。それよりも、あの方達は?」美女は僅かに首を傾け、後方に並ぶ天幕を見た。 あの中では戦時中だというのに、南部軍の上層部の者達が酒宴を開いていた。「彼らはまるで、遠征気分のように浮かれております。」「リシャムを制圧したというだけで有頂天になっているのでしょう、放っておきなさい。」美女―エリスはそう言うと、南部軍が張っている天幕から少し離れた森の中へと向かった。そこには、兵士達によって張られたエリス専用の天幕があった。エリスはその中に入ると、溜息を吐いた。 あの日―アシリスで何が起きたのか、全く憶えていなかった。気づけば、敵と行動をともにしていた。エリスはじっと、自分の両の掌を見つめた。その白い手には、少しあかぎれが目立ち始めていた。 貴婦人として優雅な生活を送っていた頃は、家事は全てメイド達がやっていたが、戦場に身を置いている今となっては全て自分がしなければならないが、神官時代には家事や孤児院の子ども達の世話に明け暮れていたのでエリスにとっては苦にはならなかった。エリスはそっとベッドに横たわった。「エリス様、起きていらっしゃいますか?」天幕の向こうで、少年兵の声がした。「何です?」「あの、お話が・・」「入りなさい。」天幕が少し捲られ、少年兵が入って来た。その顔は、少し蒼褪めていた。「どうしました、何か悩み事でも?」エリスの問いに、少年兵はゆっくりと口を開き、話し始めた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「“魔の力”って・・」「恐らくあのユリシスが、アレクにあの焼き印を捺したんだろう。」「何の為に?」「君を手に入れる為に決まってるじゃないか。」シンが振り向くと、そこにはユリシスが立っていた。「ユリシス、わたしの夫に何をした!?」シンがそう言ってユリシスを睨むと、彼はにっこりと笑った。「別に。わたしは君を手に入れる為ならなんだってやるよ。」ユリシスはシンの長い金髪を梳いた。「わたしと共に来るのならば、君の夫を枷から解放してあげる。」ユリシスはシンに手を差し伸べた。「わかった、あんたについていく。」シンはゆっくりと、ユリシスの方へと一歩近づいた。「シン、罠かもしれぬぞ。」コウはそう言うと、シンの手を掴んだ。「あいつが何を企んでいるのかを知りたいんだ。セトナのことを頼む。」シンはコウに微笑むと、彼の手を離した。「お母様・・」「すぐに帰ってくるからね。」シンは不安がるセトナに微笑み、彼女の髪を撫でた。「本当に、アレクを解放してくれるんだな?」「勿論だよ。」ユリシスは呪文を唱えた。アレクがシンの後ろで倒れる気配がしたが、シンは振り向くことができなかった。「さぁ、行こうか。」夫や娘が心配だが、ユリシスに従うしか彼らの命はない。 彼が何を考えているのかはわからないが、彼に従うとシンが決めたのは、愛する家族を守る為だ。いつか必ず、ユリシスに自分を苦しめた分を倍返しにしてやる。「もう行こうか。」ユリシスの手を握り締めたシンの顔に、迷いはなかった。「シン・・」次第に小さくなってゆくシンの金髪を、コウは切ない表情を浮かべながら見ていた。 一方、リシャムを制圧した南部軍の中に、蒼い布を被った銀髪の美女が丘の上に立ち、紅蓮の炎に包まれているリシャムの街を見下ろしていた。彼女の真紅の瞳は、残酷な光を湛えていた。風が吹き、彼女の頭を覆っていた蒼い布が風に飛んだ。「やっと会えたね。」ゆっくりと美女が振り向くと、そこには“同族”の姿があった。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「セトナ、どうして・・」シンがゆっくりと立ち上がり、娘に近づこうとすると、セトナは恐怖に悲鳴をあげた。「いや、来ないで!」「セトナ、お母様よ。」シンはセトナを宥めようとしたが、彼女はますます怯え、シンから一歩後ずさった。「来ないで!」「どうして、セトナ? どうしてお母様から逃げるの?」娘に拒絶され、シンは深く傷ついた。「そなたの娘は、そなたの姿に怯えておるのだ。」「俺の姿に?」シンは信じられないといった表情を浮かべながら、コウを見た。「ああ。」コウはそう言うと、シンの肩をそっと叩いた。彼は手鏡を彼に見せた・そこに映っていたのは、全身返り血に染まった自分の姿だった。「そんな・・嘘・・」「セトナよ、我の元に来い。」コウは、そう言ってセトナに手招きした。「あなた、だぁれ?」「我はそなたの味方だ。こわがることはない。おいで。」コウはセトナに微笑みながら、腰を屈めると両手を開いた。「お母様?」「大丈夫、彼は味方よ。」母の言葉に、セトナは迷いなくコウの胸へと飛び込んだ。「ここは危ない、離れた方がよかろう。」「でもまだ夫が居るんだ。彼を置いて行く訳には・・」「そなたの家族は無事だ。それが判ったらもう満足か?」コウはそう言ってシンを見た。「そう。じゃぁ早くここから・・」シンはゆっくりと歩き始めた時、背後から邪悪な気配を感じた。「どうした?」「ううん、何でもない。」シンが再び歩き始めた時、誰かが彼の腕を掴んだ。「何処に行くの、ユリノ?」ゆっくりとシンが振り向くと、そこにはアレクが立っていた。「アレク、今まで何処に・・」「行かせないよ、ユリノ。」アレクはそう言ってシンに微笑んだが、その笑みはどこか恐ろしいものだった、「離して・・」「嫌だ、行かせないよ。」アレクはシンの腕に爪を食い込ませた。シンはアレクを突き飛ばした。その拍子に、彼の掌に不気味な焼き印が捺されているのをシンは見た。「あれは、“魔の力”・・」コウはそう言って、溜息を吐いた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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腰下まである長い金髪をなびかせながら、シンは剣を振るい、次々と敵兵を倒していった。(絶対に、この国の人達を死なせはしない!)敵を斬る度に、シンの全身に返り血が飛び散り、彼が身に纏っていたドレスは緋に染まった。シンは休むことなく剣を振るうが、敵の数が多く、斬ってもキリがなかった。「はぁ、はぁ・・」肩で息をするほど激しく体力を消耗させながら、シンは剣を大理石の床に突き刺し、呼吸を整えていた。「居たぞ、あいつだ!」「逃がすな!」バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、シンはあっという間に敵兵数人に囲まれてしまった。(畜生・・)突き刺した剣を抜き、シンはそれを振ろうとしたが、腕が痺れ始めた。(こんな時に・・)シンは何とか敵を1人倒したが、血に濡れた剣は重く、腕の痺れは増すばかりだった。「息が荒いな。」「これなら俺達にも勝ち目はあるな。」2名の兵士達はそう言うと、シンに斬りかかった。吐き気を堪えながら、シンは彼らを斬り伏せた。彼らの全身から噴き出る血が、シンの金髪を緋に染めた。シンは力尽き、床に蹲った。「殺せ、あいつを殺せ!」シンは立ち上がろうとしたが、眩暈が急に襲ってきて視界が歪み始めた。(駄目だ、こんなところで・・)ふらふらとしながらも、シンは敵に向かって剣を振るおうとしたが、敵兵の1人に剣を払われてしまった。「これで終わりだ!」耳元で敵兵の興奮に掠れた声が聞こえ、シンは死を覚悟した。 その時、視界の片隅に、なびく漆黒の髪が映った。「全く、心配して来てみれば、こんなに暴れよって。」「あ、あんたは・・」シンがゆっくりと顔を上げると、そこには妖狐族の皇子・コウが立っていた。「迎えに来たぞ、我が花嫁よ。」黄金色の瞳を輝かせながら、コウはシンに手を差し伸べた。「お母様、そのひと、だぁれ?」 背後から声がしてシンとコウが振り向くと、そこには呆然とした表情を浮かべながらシンを見つめているセトナが立っていた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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敵の手に落ちた女達は皆凌辱された挙句に殺され、子ども達は親の目の前で殺される。敵から辱めを受けるよりも、自ら死を選ぶ方が、女達にとって最善の策だった。「ではユリノ様、わたくし達は先に参ります。」ユリノことシンの元に、侍女達がそう言ってシンに頭を下げた。「来世で逢いましょう。」部屋を出てゆく侍女達の背中を、シンは静かに見送った。「お母様、こわいよ。」セトナはシンのドレスを小さな手で摘みながら、恐怖に顔をひきつらせていた。「大丈夫よ、お母様がついてますからね。」“あの力”を使えば、子ども達を守れるかもしれない。だが、それを使えば自我を失うことは解っている。(俺は、ここにいる人達を多くでも助けたい。)シンは机の引き出しから、小瓶を取り出した。中には、“あの力”を覚醒めさせる液体が入っている。 シンは深呼吸すると、その液体を一気に飲み干した。その時、廊下から軍靴の音と女達の悲鳴が聞こえた。「女達を生け捕りにしろ! 男と違って利用価値があるからな。」兵士がそう言って笑いながら、ユリノの部屋の扉を乱暴に蹴破った。「セトナ、ここに隠れていなさい。」「そんな、お母様・・」「お母様があなたを絶対に守るから、安心なさい。」セトナを衣装部屋に入れたシンは、ゆっくりと背後を振り返った。「お前が、皇女ユリノか?」「ええ。」「俺達と共に来い。悪いようにはしないから、安心しろ。」兵士がそう言ってユリノの肩に手を置こうとすると、その手は血飛沫をあげて床に転がった。「うわぁぁ!」「汚い手で、わたしに触らないで。」シンはじろりと兵士達をにらむと、血がついた長剣を振り払った。「相手は女1人だ、やってしまえ!」兵士達はシンに突進したが、彼らはシンが振う剣の犠牲となった。シンは肩で息をしながら、返り血で汚れ重くなったドレスの裾を切り裂くと、長い金髪をなびかせながら部屋を出ていった。兵士達は攻撃する間もなく、シンに倒された。「宮殿内の軍が、全て滅ぼされただと?」「はい・・それが、金髪をなびかせた阿修羅がいると。」にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「どうして、死んだ筈じゃ・・」 リュシスが唖然とした様子でエリスを見つめていると、彼女がゆっくりと椅子から立ち上がった。「エリス・・」セシャンの言葉を聞いたエリスは彼ににっこりと笑うと、リュシスにゆっくりと近づいた。「エリス様・・」エリスはリュシスに抱きついた。「エリス?」エリスの白い腕がリュシスの背中越しに見えた。「な・・」リュシスは今何が起きているのか、未だ把握できずにいた。だが、自分の腹部に開いた穴を見て、彼は己の死を悟った。エリスはリュシスの腹から腕を引き抜くと、冷たく彼を見下ろした。「エリス・・?」妻の様子がおかしいことに、セシャンは漸く気づいた。「セ・・シャン・・?」エリスはゆっくりとセシャンを見た。「エリス、一体どうし・・」セシャンがエリスの方へと駆け寄ろうとした時、轟音が全てを揺さぶった。「な、なんだ・・」セシャンが目を瞬せながら呆然としていると、エリスは誰かの方へと向かっていた。「やっと覚醒(めざ)めたね。」ユリシスはそう言うと、エリスを抱き締めた。「一体、どうなっているんだ?」「それは今から死ぬ人間が知らなくていいことさ。」ユリシスは腰に帯びた剣を抜くと、セシャンに突進した。 エリスはただ、2人の戦いを眺めていた。いつもセシャンに向けられていたあの優しい光は、彼女の瞳から消え失せていた。(この人は誰?)ユリシスと戦っている最中、自分の名を何度も呼ぶ男が、誰なのかわからない。 名前すらも、思い出せない。エリスの前に、ユリシスの剣が突き刺さった。彼女はそれを床から抜くと、ためいらいなくセシャンの背に突き刺した。彼女の白い顔が、セシャンの返り血を浴びて緋に染まった。「エリス・・何故・・?」セシャンは床に崩れ落ちながら、血に飢えた化け物となってしまった妻を見た。「もう行くよ、エリス。」差し出されたユリシスの手を、エリスは彼に微笑みながら握った。最愛の男を、見もせずに。 一方、リシャムに侵攻した南部軍は、アルディン帝国軍を次々と蹴散らしていた。そんな中、宮殿の中では女達が自決しようとしていた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「わたしをこれからどうする気なのです?」エリスはS公爵邸の一室で椅子に縛られていた。「わたしは自分より弱い者に暴力をふるいません。ですが・・」リュシスはそう言うと、エリスの銀髪を梳いた。「男と女、両方の身体をあわせ持つあなたの身体を、わたしも味わいたいと思いましてね。」彼は短剣でエリスを縛めている縄を切った後、エリスの豊満な乳房を掴んだ。エリスは痛みで顔を顰めた。「いや、はなして!」「この身体で何人、男を惑わしてきたのです?」リュシスはそう言うと、エリスのドレスを捲り上げ、彼女の陰部を見た。「ここは全く嫌がっているようには見えませんねぇ。むしろ喜んでいる様に見えますよ?」リュシスはエリスの陰部に爪を立てた。「正直にお答え下さい。何人の男をここに受け入れたのですか?」「わたしは、セシャン以外の男とは・・寝ていない・・」「嘘おっしゃい、こんなに濡れているじゃぁありませんか。」リュシスは執拗にエリスをいたぶった。「あなたのような美しい方は、皆に愛されるべきなのです。」「嫌だ・・!」エリスの脳裏に、セシャンの笑顔が浮かんだ。他の男に穢されるくらいなら、いっそ・・。リュシスは突然抵抗を止めたエリスに対し、自分を受け入れたのだと誤解した。「そう、素直に他人の好意を受け入れることは、とても良いことですよ。」リュシスが油断した隙に、エリスは彼の手から短剣を奪い取ると、その刃を首筋に立てた。リュシスの白い肌に、エリスの血が飛び散った。 降りしきる雨の中、セシャンは必死に馬を走らせ、S公爵邸へと辿り着いた。「エリス、何処にいる!」セシャンが邸中の部屋を見て、エリスを探していた時、奥の部屋から叫び声がした。セシャンが奥の部屋に入ると、そこにはドレスを切り裂かれ、椅子に横たわっているエリスの姿があった。彼女の手には、短剣が握られていた。「そんな、嘘だ・・」セシャンは呆然としながら、妻の元へと駆け寄った。エリスの全身を、真紅の膜のようなものが包み始めた。「エリ・・」セシャンがエリスに触れようとすると、エリスがゆっくりと目を開けた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「先程は、助けていただいてありがとう。」エリスはそう言ってS公爵家次期当主・リュシスに微笑んだ。「いいえ、わたしは当然のことをしたまでです。それに今度の一件におけるあなたの行動は素晴らしい。」リュシスはそう言うと、翠の瞳でエリスを見た。 2人を乗せた馬車は、S公爵邸へと向かった。「ご主人にはわたしと居る事は黙っておいでなのですか?」「そんな事はありませんわ。侍女にはわたくしがここにいる事を伝えておきました。」「そうか、それは残念だ。」揺れる馬車の中で、暫くエリスとリュシスは見つめ合った。エリスはリュシスの目を見ていると、魂を吸い取られそうになった。「ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」「ええ、構いませんわ。」「あなたは、タシャンの生き残りでしょう?」「ええ。」エリスはリュシスが何を言いたいのかが、解らなかった。「あなたのような方が何故、敵方の人間と仲良くしているのです?」「セシャンのことを、どうして知って・・」「わたし達の間では、あなた方夫婦のことは有名ですよ。」リュシスの瞳が、妖しく煌めいた。「タシャンの血をひく元神官と、タシャンを虐殺したアルディン軍の男。南部ではあなたの事を“裏切り者”と呼んでいる者もおります。」「あなたは一体、何者なんですか?」「ここまでわたしの話を聞いていてわかりませんか?」リュシスはそう言うと、はめていた指輪をエリスに見せた。 そこには、薔薇をくわえているカラスが彫られていた。それは今リシャムに進軍中である南部軍の紋章だった。「エリス様、あなたには人質になっていただきますよ。これからわたしと共に来て貰いますよ。」「い、嫌です。」「あなたに拒否権はありませんよ。」リュシスは隠し持っていた銃を取り出すと、それをエリスに向けた。(セシャン!) その頃、セシャンはエリスがなかなか帰ってこないので、何かあったのだろうかと思い始めていた。「アネット、エリスが何処に行ったのか、知らないか?」「奥様なら、S公爵邸に行って遅くなるとおっしゃっておりました。」「そうか、ありがとう。」セシャンがS公爵邸まで馬を走らせていると、空が急に曇り始め、雨が降って来た。(エリス、どうか無事でいてくれ!)にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「余所者はこの街から出て行け!」「疫病神!」「お前なんか死ねばいい!」四方八方から罵声を浴びせられたエリスは、顔を上げることができなかった。「奥様、大丈夫ですか?」侍女のアネットがそう言ってエリスに駆け寄ってきた。「大丈夫。」「ここを一旦離れた方がよろしいですわ。奥様、立てますか?」「ええ。」アネットの手を借りてなんとか立ち上がったエリスは、伏し目がちに彼女とともにそこから離れた。「酷い事をされましたね、奥様。」街の一角にある喫茶店で、アネットは紅茶をひと口飲んだ後、そう言ってエリスを見た。「街の人達はわたしのことを快く思っていないでしょうね、きっと。」「さっきのことは気になさらないで下さい、奥様。」アネットはエリスの手をそっと自分のそれに重ねた。「アネット、ありがとう。」「奥様、気を落としてはなりません。奥様は、正しい事をなさったのですから。」そう言ったアネットの瞳は、きらきらと輝いていた。「あなたがいると、心が安らぐわ。」「まぁ、奥様ったら。」アネットが照れ臭そうに笑いながら、エリスと共に通りの向こう側を渡ろうとした時だった。道路の向こう側から、1台の馬車が勢いよく彼女達の元へと走って来た。だが、2人は馬車には全く気づかなかった。馬のいななきでエリスは初めて、馬車が目の前に迫っていることに気づいた。その場から逃げようとしたが、足が竦んで動けなかった。「奥様!」アネットの悲鳴が、街に響いた。 エリスがそっと目を開けると、そこには金髪翠眼の青年が立っていた。「大丈夫ですか?」「は、はい・・」エリスは立ち上がろうとしたが、足首に激痛が走った。「少し捻ってしまわれたようですね。我が家で手当て致しましょう。」エリスはアネットを呼び寄せた。「セシャンに、S公爵邸に行って遅くなると伝えて。必ずよ。」「わかりました、奥様。」アネットは少し不安そうな顔をしていたが、やがてエリスに背を向け、別荘へと帰っていった。「助けてくださって、ありがとう。」エリスはそう言って青年に微笑むと、彼もエリスに微笑み返した。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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リスエル工場が閉鎖されてから数日が経った。「エリスさん、ちょっとお話があるんだけれど、いいかしら?」エリスが刺繍をしていると、姑が急に話しかけてきた。「なんでしょう、お義母様?」「あなた、また余計なことをしてくれたわね。」姑はそう言うと、1枚の封筒をエリスの前に置いた。「これは?」「あの工場で働いていた人達があなたに書いたものよ。」エリスは封筒の封を切った。中から便箋が何百枚も出てきた。エリスはその中の1枚に目を通した。“死ね! お前達の所為で俺達の生活は滅茶苦茶だ!”震える手で便箋を机の上に載せると、姑はエリスに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「あなたはあの人達の為だといって工場を閉鎖させたけど、あんな工場でもあの人達にとっては職場だったのよ。」姑が自分に何を言いたいのか、エリスにはよくわかっていた。「あなたの善意は、あの人達にとって何の役にも立たなかったのよ。」 その夜、エリスは溜息を吐きながら、浴室へと入った。シャワーを浴びながら、姑の言葉を思い出していた。“あなたの善意は、あの人達にとって何の役にも立たなかったのよ。”(わたしがしてきた事は無駄だったのか。)エリスはあの工場さえなくなればこの町が平和になると信じていた。だが町の人々からしてみれば、日々の糧を得る為に働いていたのに、気まぐれな貴婦人によって失業したという事実は、彼らにとって屈辱以外の何物でもないだろう。(これからどうすればいいんだろう?)そんな事を思いながらエリスが身体を洗っていると、背後から視線を感じた。(気の所為か。)浴室の外では、1人の男がエリスの裸体を覗き見ながら自慰に耽っていた。あの女をいつか自分のものにしたいー彼はそんな野望を抱きながら、果てた。浴室の方を見ると、もうそこにはエリスの姿はなかった。 翌日、エリスが買い物をしていると、突然頬に激痛が走り、彼女は地面に蹲った。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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翌朝、セシャンは再びあの工場へと向かった。そこでは相変わらず、従業員達が牛馬のようにこき使われていた。(なんとかして彼らを救わなければ。)セシャンは工場の裏にまわり、リスエル邸へと潜入した。(この工場には、何かがある。)セシャンはリスエルの書斎へと向かおうとした時、地下で何か物音がした。気になったセシャンは、地下室へと降りていった。 そこには、血の臭いがあたりに充満し、虫の息になっている者達がいた。「おい、大丈夫か?」セシャンは床に蹲っている男に呼びかけると、彼は低く呻いて起き上がった。「誰がこんな酷い事をした?」「社長・・が・・やった・・」男はセシャンのマントを握り締めた。「証拠は・・社長の・・書斎に・・」「わかった。」セシャンは地下室を出ると、リスエルの書斎に入った。工場の記録は、机の上に置いてあった。セシャンがその記録に目を通すと、そこには工場から脱走し拷問死した者の人数や、死亡時の状況等が詳細に書かれていた。セシャンは記録をマントの下に隠すと、リスエル邸から出ていった。 帰宅したセシャンは、アレクとシェーラ宛にアシリスのリスエル縫製工場の報告書を書き始めた。「これで、よしと。」セシャンはそう呟くと、すっかり凝り固まってしまった肩を揉んだ。「セシャン、入るぞ。」エリスがそう言って夫の書斎に入ると、そこには机の上に突っ伏している夫の姿があった。エリスは夫に毛布をかけると、静かに書斎から出ていった。 数日後、リシャムのシェーラとアレクの元に。セシャンの報告書が届いた。「お祖父様、これは本当なのでしょうか?」「セシャンが送ってきた記録を読む限り、この報告書は真実そのものだ。」シェーラはそう言うと、ゆっくりと玉座から立ち上がった。「ただちにリスエル工場を閉鎖せよ。」皇帝の命令により、リスエル縫製工場は帝国軍によって閉鎖され、十行う員達は全員解雇された。セシャンとエリスは、工場閉鎖の知らせを受け、これあの工場から死人は出なくなるだろうと安心していた。 しかし、工場の閉鎖が、彼らと地元住民達との対立の火種になってしまうことを、この時誰も知る由がなかった。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「いやぁ、ラズミル家の若奥様がこんなにお美しい方だとは、知りませんでした。」そう言ってエリスに微笑んでいるのは、縫製工場の社長・リスエルだった。「あの、わたしと先ほどここに連れて来られた女性は?」「ああ、彼女なら寮に戻りましたよ。」「そうですか。」リスエルに対する不信感を募らせながら、エリスはそう言って椅子から立ち上がった。「今日はお茶に誘っていただき、ありがとうございました。」「もう帰られるのですか? 最後に花壇をご覧になって下さい。」リスエルはエリスを帰らせまいとして、彼女の腕を掴むなり裏庭へと向かった。「ここは・・」エリスは、裏庭で咲き誇る色とりどりの花々を見た。「美しいでしょう? わたしの家内が生前手塩にかけて育てていたものなんですよ。」「そうなんですか。」エリスは一歩、花壇へと近づこうとした。その時、悪寒が背中を走った。(何だ?)ふと花壇の方を見ると、そこには黒い靄のようなものが花壇を包んでいた。“ここから離れなさい、今すぐ!”頭の中で、亡き姉の声がした。「今日はこの辺で失礼致しました。」「そうですか。」エリスが洋館を出ると、蹄の音が向こうから聞こえた。「エリス、無事だったのか!」黒毛の馬に乗っていたセシャンは、そう叫ぶとエリスを抱き締めた。「どうしたんだ、セシャン。」「母上がお前とあの女性が工場へ連れ去られたってきいてここへ駆けつけてきたんだ。どこも怪我はないか?」「ああ。」「帰ろう。」エリスは夫とともに工場をあとにした。「なぁ、何か変なことはされなかったか?」「なんにもされてないぞ。それよりもエリス、あの裏庭にあった花壇のことだが・・」 夕食後、寝室へと向かったセシャンは、そう言うと妻を見た。「あの花壇、何か嫌な気配がした。邪悪なものの気配がした。」エリスはネックレスを握り締めながら、溜息を吐いた。「あの裏庭には、何か秘密があるな。」 洋館の裏庭では、1人の男が手押し車を走らせながら、庭仕事をしていた。男はシャベルで土を深く掘ると、手押し車に載せていた何かを、穴の中へと放り込んだ。月光を浴びた蒼い花が、風を受けて揺れた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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暫くセシャンが工場の中を覗いていると、彼の視線に気づいた現場監督らしき男が、棍棒を肩に担いでセシャンの方へとやって来た。「何をしている?」「別に。ただここから死人が出てると巷で聞いたものだから、ちょっと覗いてみただけさ。」セシャンはそう言って男を見ると、彼に背を向けて歩き出した。 レニーの言った通り、この工場にでは劣悪な環境下で従業員達が物のように扱われている。なんとか彼らを救うことができないだろうかと考えながら、セシャンは帰路に着いた。「お帰りなさい、セシャン。」玄関ホールでそう言って自分を出迎えた母親の表情は、どこか強張っていた。「母上、どうしましたか?」「さっき、あの工場から逃げてきた人がね、変な男達に攫われたのよ。」「なんですって!?」「彼女、必死に抵抗していたわ。でもわたしにはどうすることもできなかった。」恐らくその女性は工場へと連れ戻されたのだろう。「エリスは?」「彼女を助けようとしたけれど、一緒に連れて行かれてしまったわ。」セシャンの母親は、そう言って啜り泣いた。「母上、泣かないで下さい。」セシャンは再び、あの工場へと向かっていた。(エリス、どうか無事で居てくれ。)妻が無事でいることをマサリア神に祈りながら、セシャンは馬の尻に鞭をあてた。 その頃、工場の奥にある洋館の地下室では、あの女性が両手首を天井に固定されつり下げられ、男に棍棒で打ち据えられていた。「お願い、許してぇ!」「よくも逃げやかったな、このアマ! たっぷりとこの俺様がお仕置きしてやる!」男はそう言うと棍棒を床に投げ捨て、今度は棘がついた鞭で彼女を打ち始めた。「ぎゃぁぁっ!」床に女性の鮮血が滴り落ち、赤黒い染みが不気味に広がり始めた。何度か男が女性を打ち続けていると、彼女は白目を剥いて絶命した。「運べ。」男はそう言って自分の背後に控えている男達を見た。彼らは天井から女の遺体をおろし、それを黒いシーツに包むと、裏庭へと向かった。 同じ頃、エリスは工場の社長とともにダイニングルームにいた。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「どうしました? 何があったんですか?」「お願いです、少しの間だけでいいので、匿ってください!」女の様子から、ただならぬものを感じたセシャンは、彼女を厨房へと連れて行った。「セシャン様、彼女は?」「レニー、済まないが彼女を匿ってくれないか?」「ええ。」セシャンが厨房を出ると、外から怒鳴り声がした。「こんな時間にどなたです? 全く、常識がなってない方がいらっしゃるのねぇ。」セシャンの母親はそうぼやきながら、1階へと下りてきた。「ここは俺に任せて下さい、母上。」セシャンはそっと、ドアの覗き穴から外を見た。そこには、毛皮のコートを纏った男が立っていた。「こんな時間に我が家へ何の用ですか?」「女がここに逃げたのはわかっているぞ。彼女を儂に返して貰おう。」「何をおっしゃっておられるのですか? そのような方は見たことがありません。」「嘘を吐くな!」「本当です、わたくしは何も知りません。」男はセシャンにそれ以上追及せず、街へと戻っていった。「今の、あの工場の社長ですよね?」厨房から出て来たレニーが、そう言ってセシャンを見た。「あの工場? レニー、お前何か知っているのか?」「知ってるも何も、あの工場は街の噂になってます。あそこは悪名高い搾取工場ですよ。早朝から深夜まで従業員達は15時間も低賃金で働かされ、その上怪我や病気の保障は一切なし。あそこは“死の工場”と呼ばれている程酷い所なんです。あそこから何人も死人が出ているんですよ。」「そうか。では、あの女性は?」「恐らくあの工場から逃げて来たんでしょう。」「そうか。暫く彼女を匿う必要があるな。明日その工場に行ってみる。」「気をつけてくださいね、セシャン様。向こうには少々気が荒っぽい連中が何人かいるみたいですから。」「荒っぽい連中?」「行ってみればわかります。」 翌朝早く、セシャンは“死の工場”へと向かった。街の少し外れに建っている赤レンガの工場から、機械の音が聞こえた。ちらりとセシャンが中を覗くと、そこには10代後半と思しき少年少女達が汗を流しながらミシンを動かしていた。 彼らの顔色は、みな血色が悪く、まるで死人のようだった。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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「なんだ、お前達は?」マリはじろりと子ども達を見た。「お前、高台の別荘に住んでる奴だろ?」子ども達の1人が、そう言ってマリを見た。「それがどうした。そんなことお前達には関係ないだろ?」「関係あるんだよ。」しばらく子ども達とマリは睨み合っていたが、やがて彼らはマリに背を向けて街の方へと戻って行った。「なんだよ、あいつら。」「お姉様、お腹空いたよ。」ミレィナがそう言って姉の服を引っ張った。「そうだな。」 2人は別荘へと続く山道を上り始めた。 馬車ではすぐに別荘に着くが、幼い子ども2人の足では、なかなか頂上には辿り着けなかった。「もう疲れたよ。」山道を上り始めてから数分後、ミレィナはそう言って地面にへたり込んでしまった。「ミレィナ、おぶってやるから、そんな所に座るな。」「だってぇ・・」ベソをかき始めた弟をおぶったマリは、山道を再び上り始めた。「お嬢様、こんなところにいらしてたのですか!」誰かが山道を下ってくる気配がした。それは、レニーだった。「レニー、ミレィナがベソかいたからここまで僕がおぶってきたんだ。」「そうですか。奥様がお待ちですよ。」 ダイニングに入る前に、マリとミレィナは浴室で泥と汗を一気に洗い流した。「街で子ども達に睨まれたの?」「うん。そいつら街の方に戻っていった。」「もしかしたらその子達は、“工場の子”かもしれないわね。」セシャンの母親はそう言うと、サンドイッチを一口食べた。「“工場の子”?」セシャンは初めて聞く言葉に、少し興味を持った。「ほら、街の少し外れに縫製工場があるじゃない。そこには社員寮があってね、多分マリちゃんを睨んでいた子達は工場に住んでるのよ。」「そうなんですか。今度その工場を見に行ってみようかと、エリスと話し合っていたんですよ。」「おやめなさい、あそこは危険よ。それにあの人達とわたくし達は違うんだから。」「母上・・」何故工場の従業員を母が毛嫌いしているのかが、セシャンにはわからなかった。 その夜、突然扉が乱暴に叩かれたので、セシャンは眠い目を擦りながら玄関ホールへと向かい、扉を開けた。「助けて下さい!」襤褸(ぼろ)を纏った1人の女が、玄関ホールに飛び込んで来た。にほんブログ村
Jun 11, 2011
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