薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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オーロラ一座のテントは、今夜の公演に向けての準備で、団員たちは忙しく働いていた。「お前ら、もっとキビキビ動け!」「カイル、久しぶりだね。」「リン、久しぶりだな。元気そうでよかった。」 カイルはそう言うと、凛に向かって微笑んだ。「そうか、お父さんの所で暮らすことになったのか。じゃぁ俺達ともお別れだな。」「うん。寂しいけれど、またカイルたちと会えるよね?」「ああ。そうだ、お前に渡したい物があるんだ。」カイルはそう言うと、ポケットの中から指輪を取り出した。「安物の指輪だけれど、俺からのプレゼントだ。」「有難う、大事にするね。」「お父さんと仲良く暮らせよ。」カイルとテントの前で別れた凛は、歳三と共にリティアへと戻った。「お父さん、僕ちゃんとお祖父様に挨拶できるかなぁ?」「大丈夫だ。」 カイゼル公爵邸に入った凛は、祖父の書斎のドアをノックした。「入れ。」「失礼いたします、お祖父様。」「お前がリンか・・あいつと同じ顔をしているな。」 カイゼルはそう言うと、凛の頬を撫でた。「わたしが意地を張った所為で、お前から母親を奪ってしまったな。お前には、悔やみきれんことをした・・」「僕は一度も、あなたを恨んだことなどありません。だから顔を上げてください、お祖父様。」 その日の夜、カイゼル公爵家では凛を歓迎するパーティーが開かれた。「リン、これからはずっと一緒に暮らせるわね。」「ええ。アンジュ様、改めて宜しくお願いいたします。」「こちらこそ、宜しくね。あなたとわたしは従兄妹同志なのだから敬語は不要よ。」「はい。」 アンジュと凛が楽しそうに話している姿を見ながら、歳三はシャンパンを一口飲んだ。「これから賑やかになりそうね、お兄様。」「ああ。」「リンは本当に、チヒロ姉様にそっくりね。」 凛がカイゼル公爵家で暮らし始めてから、1年が経った。彼は歳三と共に、歳三の母の故郷である日本へと向かうことになった。「リン、気を付けて行って来てね。」「はい、叔母様。」「じゃぁ、行ってくる。」 旅立ちの日の朝、車に乗り込む歳三と凛を玄関ホールで見送ったエミリーは、彼らが乗った車が見えなくなるまで手を振った。「お父さん、日本ってどんな所かな?」「さぁな。俺は日本には一度も行った事はないが、きっと楽しい所だろう。」歳三はそう言うと、紫紺の瞳を煌めかせた。~完~にほんブログ村
Apr 24, 2015
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「そなた、孤児院の火事は知らぬと先ほどわたしに話していたことは嘘だったのか?」「そ、それは・・」 トムはそう言うと、皇帝から目を逸らした。「陛下、聖マリア孤児院を男達に命じて放火していたのは、あなたの隣に居る少年です。その少年は、貧しく卑しい境遇から這い上がる為にあなた様を騙し、偽りの身分を手に入れたのです!」「僕はただ、貴族になりたかっただけだ! それを望むことが、何かの罪になるのか?」「貴族になりたいと願うお前の気持ちは罪にはならない。だが、お前は凛の家族と身分を奪い取った。他人の物を盗むのは、れっきとした犯罪だ!」 アレックスの言葉を聞いたトムは、大理石の床に蹲った。「陛下、許してください、僕は・・」「連れて行け。」皇帝は、冷たい目でトムを睨んだ後、彼の胸元につけているブローチを乱暴に剥ぎ取った。「よくもわたしを騙してくれたな、その罪は重いと思え。」「嫌だ、離せ~!」 近衛隊に連行されていくトムの姿を、エリザベートを含む貴族達は冷ややかな目で見つめていた。「エリザベート、そなたを一瞬でも疑ってしまったことを恥じてしまったわたしを許してくれ。」「陛下、お顔を上げてください。」 エリザベートは凛とともに皇帝の前に立った。「皇帝陛下、お初にお目にかかります、リンと申します。」「そなたが、マリアの子。」 皇帝はそう言うと、凛を慈愛に満ちた目で見つめた。「リンよ、そなたは今何を望む?」「僕の望みは、実の父と会うことです。それ以外、何も望みません。」「そうか。」 歳三が皇帝の元へと向かうと、そこには自分と同じ紫の瞳をした少年が立っていた。「トシゾウ、そなたの子だ、抱き締めてやれ。」「凛・・」「お父さん!」 こうして凛と歳三は、16年もの時を経て再会を果たした。「会いたかった、ずっと・・」「俺もだ、凛。」 歳三はそう言うと、涙を流した。「凛、お前はこれからどうしたいんだ?」「僕はお父さんと一緒に暮らしたいです。お父さんは、どうしたいのですか?」「俺はお前と同じ気持ちだ。」 歳三はそっと凛の手を握ると、彼に優しく微笑んだ。 舞踏会から一週間が過ぎた頃、歳三と凛はウロボロス市内の教会に来ていた。「お母さん、お父さんを連れてきたよ。」 母・千尋の墓の前で凛はそう言うと、薔薇の花束を墓の前に供えた。 千尋が死に、父を捜すために長い旅をしてきたが、その旅はもうすぐ終わりを告げる。「千尋、凛を生んでくれて有難う。お前に会えなかったのは辛かったが、これから凛と仲良く暮らすから、天国から見守ってくれ。」 歳三は千尋の墓にそう語りかけ、凛の左手薬指に嵌められた千尋の指輪をそっと撫でた。「もう行きましょうか?」「ああ、わかった・・」 千尋の墓参りをした二人は、ある場所へと向かった。にほんブログ村
Apr 23, 2015
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「エリザベートはまだなのか?」「はい、皇妃様のお姿はまだ見ておりません。」「舞踏会を開くと言い出した癖に、遅れるとはどういうつもりだ。」「陛下、女性の身支度に時間が掛かるのは当然のことです。そんなにカリカリなさらないでください。」 妻がなかなか大広間に姿を現さないことに苛立つ皇帝をトムは優しい言葉で宥(なだ)めながら彼の肩越しで薄笑いを浮かべた。「リン、お前はずっとわたしの傍に居ておくれ。」「はい、お祖父様。」トムがそう言って皇帝を見つめた時、大広間に皇妃が凛とともに入って来た。「あれは、お前の偽者ではないか。」皇帝は凛の姿を見て眦を上げると、皇妃の前に立った。「エリザベート、リンの偽者をこの場に呼ぶとは、一体どういうつもりだ?」「陛下、あなたが今親しくしている者はマリアの子の名を騙った偽者です。」「何の根拠があってそのような事を申すのだ?」「証拠なら、ここにあります。」凛はそう言うとトムを睨みつけ、右手に嵌めたルビーの指輪を周りの貴族達に見えるように高く掲げた。「その指輪、マリアの物ではないか! 何故、お前がそれを持っているのだ?」「その指輪は、カイゼル公爵夫人・フェリシアが生前マリアを殺害した後、保管していた物です。」―なんですって・・―マリア皇女様が殺害されたなんて、どういうこと?「マリアが殺害されただと? エリザベート、一体どういうことだ?」「その質問には、わたしがお答えいたします、陛下。」「お父様・・」 漆黒のマントを翻し、真紅の軍服を纏った歳三は、皇帝の前に跪いた。「16年前、わたしの母と、マリア皇女様を殺害したのは、今は亡きわたしの義理の母でありカイゼル公爵夫人・フェリシアでした。」 歳三は、皇帝に16年前に起きた火事の真相を語った。 真実を知った皇帝は愕然とし、倒れそうになった彼の身体をトムが支えた。「つまり、妹はそなたの義理の母が起こした火事の犠牲となったのだな・・」「義理の母が亡くなった今、彼女の罪を許してくれとは申しませぬ。」「陛下、どうか真実をあなた様の目で見極めてくださいませ。あなたの隣に今立っている者は、マリアの子の名を騙った偽者です。この者が今胸につけているブローチは、本物の凛から奪い取った物なのです。」エリザベートはそう言うと、トムの胸元に光っているブローチを指した。「お前は、本当にマリアの子なのか?」「そうです、陛下。何故僕が陛下に嘘を吐くなど・・」「よく回る舌だな、トム。」 皇帝に引き攣った笑みを浮かべたトムに向かって、アレックスがエリザベートの背後から現れた。「アレックス兄ちゃん、どうして王宮に居るの?」「おや、あなたとは初対面の筈でしたよね、リン様?」 トムはアレックスに嵌められたことを知り、内心舌打ちした。「陛下、わたしは宝石職人ユリウスの一番弟子、アレックスと申します。陛下の隣に居る者とは、一時期同じ孤児院で過ごした事がございます。」「孤児院だと?」「はい・・わたしとその者が育ったのは、ウロボロス市郊外にある聖マリア孤児院です。」「聖マリアだと?」 アレックスの言葉に、皇帝の顔が強張った。「聖マリア孤児院は、今から10年前に何者かに放火され、焼失しました。最近になって、孤児院に放火した者が誰なのかがわかりました。」「陛下、あれは事故だったのです!僕はただ、院長室にあるトランクの中身を調べようとして・・」 皇帝に弁解を始めたトムは、それが自らの首を絞めることに気づいたが、もう遅かった。にほんブログ村
Apr 22, 2015
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シャルロッテを庇い負傷した凛は、一か月間の入院生活の後、退院した。「退院おめでとう、リン。」「わざわざ迎えに来てくださって有難うございます、皇太子妃様。」「いいえ。あなたはわたくしの命の恩人だから、あなたを迎えることくらい当然でしょう?」 シャルロッテとともに車に乗り込んだ凛は、彼女から一枚の封筒を渡された。「これは?」「先ほど、ルシウス様からあなたにと渡された物よ。開けてみて頂戴。」「わかりました。」凛が封筒を開けると、そこにはルビーの指輪が入っていた。「これは・・」「指輪の裏に、あなたが身に着けていたブローチと同じ紋章が彫られてあるわ。」 凛が指輪の裏を見ると、そこにはブローチの裏に彫られていた紋章と同じ物が彫られていた。 恐る恐る凛が指輪を嵌めてみると、指輪は彼の指にピッタリと嵌った。「ルシウス様から、その指輪はあなたが持っているようにと手紙で書かれているわ。」「僕がこんな高価な物を見に着けてもいいのでしょうか?」「いいに決まっているではないの。」 二人を乗せた車が王宮に到着すると、エカテリーナが車から降りてきた二人を出迎えた。「リン、皇妃様がお呼びですよ。」「わかりました、すぐに参ります。」 凛がエカテリーナと共にエリザベートの部屋に入ると、そこにはアレックスの姿があった。「アレックス兄ちゃん、どうして王宮に?」「あなた達、知り合いだったのね。」エリザベートはそう言って扇子の陰から顔を覗かせ、凛とアレックスを見た。「ええ。リンとは昔、お世話になった孤児院で一緒に暮らしていました。」「そう。アレックス、わたくしが頼んだネックレスを見せて頂戴。」「はい、皇妃様。」 アレックスがベルベットの宝石箱の蓋を開けると、そこにはサファイアと真珠が鏤(ちりば)められたネックレスが中に納められていた。「これは、義理の娘の命を救ってくれたお礼よ。どうか受け取って頂戴な。」「このような高価な物、頂けません・・」そう言って凛が俯くと、エリザベートは彼の右手に嵌められたルビーの指輪に気づいた。「その指輪はどうしたの?」「ルシウス様がわたしに贈ってくださいました。カイゼル家の奥様が生前お持ちになっていたようです。」「その指輪を良く見せて頂戴。」「はい・・」 凛がエリザベートにルビーの指輪を見せると、彼女は険しい表情を浮かべた。「これは、マリアが生前愛用していた物よ。」「僕のお祖母様の物なのですか?」「ええ。マリアが火事で亡くなった後、長い間行方不明になっていたのよ。その指輪を持っているということは、あなたは本当に・・」「皇妃様、この者は正真正銘、マリア皇女様の孫君様ですわ。」「では、今陛下のご寵愛を受けている者は誰なの?」「あれは僕の名を騙った偽者です。」 凛の言葉を聞いた皇妃の顔が、衝撃で蒼褪めた。「皇妃様、全ての事を公の場で明らかにいたしましょう。」「そうね。」 エリザベートは、その日の夜貴族達を集める為、舞踏会を開いた。にほんブログ村
Apr 22, 2015
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―なぁ、知ってるか? 昨日、カイゼル家の奥様がお亡くなりになったんだとさ。―死因は発作を起こしてクローゼットの角に頭をぶつけた事故死だと警察は発表したようだけれど、本当の事はどうなんだか・・―まぁ、お貴族様のことなんて、庶民の俺らには関係ねぇよな。 市場で買い物をしていたアレックスは、そんな噂話を耳にした後、工房に戻って作業を開始した。「アレックス、師匠が呼んでいるぞ。」「わかりました。」 アレックスがユリウスの部屋に向かうと、そこにはカイゼル将軍が来客用のソファに座っていた。「アレックス、こちらはカイゼル将軍閣下だ。」「お初にお目にかかります、閣下。アレックスと申します。」「ユリウス、そなたの一番弟子は大変有能だときいている。その一番弟子に、頼みたいことがあるのだ。」「わたくしに、頼みたいことでございますか?」「ああ。知ってのとおり、わたしは妻を亡くしたばかりでな。その妻の形見の宝石類の手入れをしてもらいたいのだが、構わないだろうか?」「はい、勿論承ります。」カイゼルの依頼を受けて彼の家にやって来たアレックスは、そこでトムと再び会った。「どうして家に来たの?」「旦那様から、奥様の形見の宝石類の手入れをしてくれって頼まれて来た。別にお前の正体を旦那様にバラすつもりないから、心配するな。」「ふん、どうだか。」「アレックス様、お待たせいたしました。奥様のお部屋に案内いたします。」 カイゼル家の執事長・トーマスに案内され、アレックスはフェリシアが生前使っていた部屋に入った。「奥様の宝石類は、あちらの本棚の中にございます。」「有難うございます。」「では、わたくしはこれで失礼いたします。」 トーマスが部屋から出た後、アレックスは手袋をはめ、フェリシアの宝石箱の蓋を開けた。 中にはエメラルドやダイヤモンド、ルビーのネックレスや指輪が入っていた。それらを丁寧にアレックスが磨いていると、ルビーの指輪の裏に王家の紋章が彫られていることに気づいた。(これ、前にリンが持っていたブローチの裏に彫られていた紋章と同じ物だな。もしこれが王家の指輪なら、どうしてこれをカイゼル家の奥様が持っていらっしゃったんだ?)「どうだ、仕事は進んでいるか?」「はい。旦那様、少しお尋ねしたいことがあります。」「何だ?」「この指輪、裏に王家の紋章が彫られていました。この紋章と同じ物を、俺は見たことがあります。」「もしかしてそれは、リンが今身に着けているブローチの裏に彫られた物なのか?」「はい。王家の指輪を、何故奥様は持っていらっしゃったのでしょうか?」「それはわたしにも解らない。」カイゼルはそう言うと、アレックスの手からルビーの指輪を取り、一枚の封筒にそれを入れた。「トーマス、この手紙をルシウス殿に届けてくれ。」「かしこまりました。」 カイゼルが書斎の窓から外を見つめながら物思いに耽っている頃、ルシウスの元にカイゼルから手紙が届いた。「“妻の形見である指輪を、あなたに贈ります”とだけ書かれてある。よくわからないな。」ルシウスはそう言いながら封筒を上下さかさまにすると、その中からルビーの指輪が出てきた。「これは、マリア皇女様の指輪ではなくて?」「カイゼル将軍閣下に感謝しないとね。これで、凛が本物であることが証明される。」にほんブログ村
Apr 21, 2015
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歳三がフェリシアの病室に入ると、彼女はベッドから上半身を起こして彼を見ていた。「来たのね。」「危篤になったと聞いて駆けつけてきましたが、お元気なようですね。」「先生が早とちりしてあなたにそんなことを伝えたのね。まぁいいでしょう、どうしてもあなたに話したいことがあるから、あなたを呼んだのよ。」 歳三はフェリシアの前に座ると、彼女を見た。「俺に話とは、何でしょうか?」「あなたの母親と、チヒロさんの両親を殺したのは、このわたくしです。」 フェリシアの言葉に、歳三は絶句した。「嘘だろう?」「いいえ。」 フェリシアは自分の言葉に激しく動揺する歳三を見て、首を横に振った。「わたくしは、あなたの母親に嫉妬していたわ。有名なピアニストとして世界に名を馳せたいという大きな夢を抱いて、その夢に向かって突き進む彼女の姿は、家の言いなりで結婚したわたくしとは違った。主人が彼女に惹かれるのも、無理はないと思ったわ。」 フェリシアは歳三に、歳三の母親と千尋の両親を殺した日の夜の事を話した。 あの日の夜、フェリシアは千尋の両親に招かれ、彼らと歳三の母・祐美子と共に食事した。 その時、夫が自分を裏切り、祐美子に子供を産ませていたことをフェリシアは知った。 祐美子が産んだ息子・歳三は、彼女に瓜二つの容姿をしていた。「わたしは憎かったわ、あなたの母親が。わたしが産めなかった男の子を、あなたの母親は簡単に産んだ。姑から、わたくしは散々男の子が産めないことで虐められたわ。だから、あなたの母親が憎くて仕方がなかった。」「俺の母が憎いのなら、俺の母を俺ごとこの国から追い出せばよかっただろう?」「それは出来なかったのよ。主人があなたをカイゼル家の正式な跡取りにすると決めたから、わたくしは主人の決定に逆らうことが出来なかった。あなたがカイゼル家に入れば、あなたの母親もカイゼル家に入ることになる。それだけは何としても避けたかったの。」「だから、殺したというのか?」「ええ。使用人に金を握らせて、四人の酒に睡眠薬を盛ったの。そしてわたくしは、暖炉の火掻き棒を掴んで絨毯に火をつけたわ。」 だが、完璧だと思われたフェリシアの殺人計画にひとつの誤算が生じた。 睡眠薬入りの酒を、祐美子は少し口に含んだだけで飲んでいなかったのだ。 彼女は燃え盛る邸から千尋を救出すると、彼女の両親を助けようとして炎の犠牲となったのだった。「あんたは悪魔だ! あんたは俺の母親だけではなく、千尋の両親まで殺した! その所為で、千尋が今までどんな思いをして生きてきたと・・」「あなたから許されるなんて思ってもいないわ。」 フェリシアがそう言ったとき、歳三の逞しい両手が彼女の細い首にかかった。「あんたなんて、居なくなればいい。」 フェリシアは酸素を吸おうとして暴れた。 その拍子に、彼女はクローゼットの角に激しく後頭部を打ち付けてしまった。「奥様、どうなさったのですか?」「発作を起こして、苦しんだ時に暴れて・・気が付いた時にはもう、息をしていなかった。」 フェリシアの遺体を見た彼女の侍女は、歳三の嘘を信じた。 その日の夜、彼女の葬儀が厳粛に行われた。「お母様がこんなにも早く亡くなられるなんて、思いもしなかったわ。」「そうだね。今は、お義母様の冥福を静かに祈ろう。」 棺の中で眠るフェリシアの姿を見て涙を流すエミリーの姿を、歳三は遠巻きに見つめていた。 全ては闇の中へと葬られた。 真実を知るのは、自分だけでいいーそう思った歳三は、ゆっくりと祭壇に背を向け、歩き出した。にほんブログ村
Apr 20, 2015
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皇妃・エリザベートの依頼を受けたアレックスは、その日から工房に寝泊まりしながら仕事に取り掛かった。「よおアレックス、えらく張り切っているな。」「兄貴、おはようございます。」 アレックスがスケッチブックにネックレスのデザインを描いていると、彼の兄弟子であるレックスが工房に入って来た。「師匠から聞いたぞ。お前ぇ、皇妃様から直々にご依頼を受けたんだって?」「ええ・・」「あんまり根詰めるなよ。これ、眠気覚ましのコーヒー。ここに置いておくぞ。」「有難うございます、兄貴。」 レックスから受け取ったコーヒーを一口飲んだ後、アレックスは完成したデザイン画を見た。「師匠、相談したいことがあるのですが、今失礼しても宜しいでしょうか?」「どうぞ。」「ネックレスのデザイン画を何パターンか考えてみました。」「いいな。どのデザインも斬新でセンスがいい。」 ユリウスはアレックスのデザイン画をチェックしながら、彼が素晴らしい才能を持っていることに気づいた。(この若者は、いつか自分を超えることだろう。自分の生のある限り、儂はこの若者を支えるだけだ。)「師匠?」「すまん、少し考え事をしていた。アレックス、お前がやりたいようにやってみなさい。」「わかりました。」 工房へと戻ったアレックスは、ユリウスの様子が少しおかしいことに気づいたが、すぐさまそれを忘れて仕事に取り掛かった。「ルシウス様、リンは大丈夫なの?」「ええ。この前、皇妃様がリンに王室御用達のチョコレートを贈ってくださいましたよ。」「そう。リンはシャルロッテ様のお命を救ったから、皇妃様のお気に入りとなったのね。あの子は賢くて勇気がある。」「誰かのように権謀術数を張り巡らすことだけが、宮廷で生き抜く知恵とは限りませんからね。リンは、その誰かよりも上ですね。」「ええ、まったくだわ。」 アイリスはそう言った後、扇子を閉じた。 トムは盛大なくしゃみをした後、慌ててハンカチで鼻元を押さえた。「どうした、風邪か?」「いいえ、誰かが僕の噂をしていたようです。」「そうか。もし風邪ならすぐに休めよ?」「わかっています、お父様。」 何かと自分に気に掛ける歳三に笑顔を浮かべながら、トムはこのまま凛として生きることを決意した。 貧しく、卑しい育ちから抜け出し、富と権力を手に入れる為に。「トシゾウ様、病院の方がいらっしゃいました。」「わかった、すぐ行く。」「病院の方とは、フェリシアお祖母様に何かあったのでしょうか?」「お前は何も心配せずに、食事を続けろ。」歳三はトムの問いにそう答えると、ダイニングルームから出て行った。「トシゾウ様、お久しぶりです。」「こちらこそご無沙汰しております、先生。義母が何か問題でも起こしましたか?」「奥様は、昨夜持病が悪化され、危篤状態に陥りました。奥様は自分の命があるうちに、あなた様に真実を話したいとおっしゃっています。」「真実だと?」「ええ・・あなたの母親と、あなたの恋人の両親を殺した人間を知っていると、奥様はそうおっしゃっています。」「わかりました、すぐに義母に会いに行きます。」 歳三はカイゼル家を出ると、フェリシアが入院している病院へと向かった。にほんブログ村
Apr 17, 2015
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「今更僕に何の用、アレックス兄ちゃん?」「お前にそんな呼び方をされると、虫唾が走るぜ。」 アレックスはそう言うと、トムを睨みつけた。「そう、アレックス兄ちゃんは全て知っているんだね。僕がリンの偽者として貴族の家で暮らしていることも、何もかも全て知っているんだね?」「ああ。お前はただ良い暮らしがしたいから、リンの人生を奪おうとしているのか?」「目的の為なら僕が手段を択(えら)ばないのは、アレックス兄ちゃんだって知っているでしょう?」そう言って笑うトムの姿を見たアレックスは、彼の本性を見た気がした。「お前がそういうつもりなら、俺にだって考えがある。」「そう。でもアレックス兄ちゃんが何をしても無駄だと思うけど?」「邪魔したな。」 アレックスはカイゼル公爵邸から出た後、リチャードが居る警視庁へと向かった。「あの、リチャード警視は今いらっしゃいますか?」「申し訳ありませんが、リチャードは今外出中でして・・」「そうですか。じゃぁ、この手紙をリチャード警視に渡してくださいませんか?」「かしこまりました。」 リチャード警視に宛てた手紙を警視庁に預けた後、アレックスは職場に戻った。「只今戻りました。」「アレックス、遅かったな。」「すいません、師匠。ちょっと私用で出ていました。」「そうか。今回は許すが、次からはちゃんと儂に連絡をするように、いいな?」「はい。」「宜しい。工房で宝石の研磨にかかりなさい。」 アレックスの職場は、宝石工房である。 宝飾デザイナーになるという夢を抱いた彼は、高校を卒業してすぐに、この工房のオーナーであるユリウスに弟子入りした。 ユリウスはアレックスにとって厳しい師匠であったが、尊敬する人間でもあった。いつかユリウスのような、一流の宝石職人になってやると思いながら、アレックスは宝石の研磨に取り掛かった。「師匠、宝石の研磨、全て終わりました。」「ご苦労様。アレックス、これからお得意先を回りに行くが、お前も一緒に来るか?」「はい!」 アレックスがユリウスとともに彼のお得意先である貴族の屋敷へと向かうと、そこには皇妃・エリザベートの懐刀であるエカテリーナが彼らを出迎えた。「お忙しい中、いらしてくださって有難うございます。皇妃様が奥の部屋でお待ちです。」「わかりました。」 二人がエカテリーナと共に奥の部屋に入ると、ソファに座って読書をしていたエリザベートが本から顔を上げた。「ユリウス、あなたの隣に立っているのが、リンの幼馴染なのね?」「お初にお目にかかります皇妃様、アレックスと申します。」 アレックスは美貌の皇妃と謳われているエリザベートと初めて会い、緊張のあまり顔が強張ってしまった。「あなた、ユリウスの一番弟子で腕がいいそうね? あなたにわたくしの義理の娘を助けてくれた命の恩人に贈るネックレスをデザインして欲しいの。」「俺みたいな半人前が、そのようなお仕事を受けても宜しいのでしょうか?」「アレックス、皇妃様直々のご依頼だ。今まで修行してきた中でお前が得たものを、仕事に生かせ。」「はい、師匠!」 アレックスは歓喜で頬を紅潮させながら、皇妃と師匠に向かって頭を下げた。「アレックス、張り切りすぎて根を詰めるなよ。」「わかりました、師匠。」にほんブログ村
Apr 16, 2015
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「誰か、医者を!」「賊を捕えよ!」 シャルロッテの命を狙った暗殺者の存在に気づいた貴族達はパニックに陥り、我先に会場から逃げ出した。「リン、しっかりして!」「皇太子妃様、お怪我はありませんか?」「ええ、あなたはわたくしの命の恩人よ。」シャルロッテは自分の命を守ってくれた凛に、感謝の涙を流した。「良かった、ご無事で・・」 凛はそう言うと、意識を失った。 皇太子妃暗殺を企てた者は、“太陽の民”の過激派団体に属する男だった。「シャルロッテ、君が無事でよかった。」「あなた、リンがわたくしを守ってくれたのよ。」「そうか。リンは今どこに?」「病院に居るわ。お医者様は、今はまだあの子に会えないっておっしゃっているの。」「リンが良くなったら、二人でお見舞いに行こう。」「ええ。」 宮廷では、凛が身を挺してシャルロッテの命を守った事に対して賞賛の声が上がっていた。「エカテリーナ、リンは今入院しているそうね?」「はい、皇妃様。」「あなたに頼みたいことがあるの。このメモが書かれている住所へお使いに行って頂戴。義理の娘を助けたリンに、プレゼントを差し上げたいの。」「かしこまりました、皇妃様。」 一方、胸に銃弾を受けて入院している凛は、アンジュとルシウスの顔を見て彼らに笑顔を浮かべた。「アンジュ様、ルシウス様、今回はお騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。」「あなたは何も悪くはないわ、リン。あなたが居なかったら、皇太子妃様のお命はなかったのよ。」「そうだ、リン。君は何も恥じることはない。」「失礼いたします、こちらにリン様はいらっしゃいますか?」 凛が二人とそんな話をしていると、病室の入り口で一人の女性が立っていた。「はい、リンは僕ですが、あなたは?」「わたくしは、皇妃様の使いの者です。皇妃様から、これをあなた様に差し上げるよう命じられました。」 皇妃の使者がそう言って凛の前に差し出したのは、緑の包装紙に包まれた王家御用達のチョコレート専門店の箱だった。「では、わたくしはこれで失礼いたします。」 皇妃の使者が去った後、凛が箱の蓋を開けると、その中には色とりどりのチョコレートとともに、一枚のメッセージカードが入っていた。“義理の娘の命を助けてくださって有難う、これはわたくしからの感謝の気持ちです。受け取ってください、Eより”「美味しそうなチョコレートね。早速皆さんでいただきましょう。」「ええ・・」 カイゼル公爵家では、シャルロッテの命を救った凛が宮廷で賞賛されている事を知り、トムは焦っていた。 このままでは、自分が彼の偽者であることが、皇帝や歳三に露見してしまう。 その前に、凛を始末しなくては。 苛立ちを紛らわすかのように、トムは左手の爪を噛んだ。「リンお坊ちゃま、お客様がいらっしゃいました。」「客間にお通しして。」 トムが客間に入ると、聖マリア孤児院の仲間だったアレックスがソファから立ち上がった。「久しぶりだな、リン・・いや、トムと呼んだ方が正しいかな?」にほんブログ村
Apr 15, 2015
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―停電かしら?―まさか、そんなはずは・・ 会場に集まった貴族達がそう言いながら騒ぎ始めた頃、会場が眩い光に照らされ、舞台の中央に凛とアンジュが現れた。 二人はフラメンコギターの奏でる音色に合わせ、美しく官能的な踊りを貴族達の前で披露した。「まあ、何て下品な踊りでしょう!」「皇太子妃様、あの者達を早く止めませんと・・」「おやめなさい、あなた達。」二人の踊りを見て目くじらを立てた女官をそうシャルロッテは窘(たしな)めると、舞台の方を見た。 二人の踊りは佳境に入り、彼女達が纏う衣装が赤い花弁のように美しく舞った。「皇太子妃様、誕生日おめでとうございます。」「お誕生日おめでとうございます。」 踊りを終えた凛とシャルロッテは舞台から降りると、そう言って彼女に花束を渡した。「二人とも、素敵な踊りを披露してくださって有難う。とても素晴らしかったわ。」「有難うございます。皇太子妃様にそう言っていただけて、練習を頑張った甲斐がありました。」 シャルロッテの言葉を聞いた凛は、嬉しさで頬を赤く染めながら彼女に頭を下げた。「あの踊り、“太陽の民”の踊りね。どこで覚えたの?」「昔、わたしがお世話になったサーカス団の団員の方に“太陽の民”の方がいて、その方から踊りを習ったんです。」「そう。二人とも、パーティーを楽しんで頂戴ね。」「はい。」 シャルロッテに挨拶を済ませた凛とアンジュが料理を選んでいると、そこへ普段から二人を快く思っていない女官達がやって来た。「あなた達、あんな踊りを皇太子妃様に披露するなんて、恥ずかしくないの?」「おや、あなた方はあんな悪趣味なアクセサリーを皇太子妃様に贈られて恥ずかしくないのですか? あんなセンスのかけらもない物、何処で見つけたのでしょう?」「まぁ、あなた新入りの癖に生意気な口を利くのね!」「わたしはただ正直に感想を述べただけですよ?」 凛はそう言うと、団子頭の女官を睨んだ。「あなた達、皇太子妃様の生誕祝いの席で喧嘩など見苦しいですよ、控えなさい。」「申し訳ありません、女官長様。」 エカテリーナから叱責され、団子頭の女官達はそのまま何処かへ行ってしまった。「女官長様、助けていただいて有難うございました。」「あなた達の踊り、とても素晴らしかったですよ。ですが、宮廷で上手く生きたいのならもう少し言葉を選びなさいね。」「わかりました。」 それから、凛とアンジュはシャルロッテの誕生日パーティーを楽しんだ。「少し寒くなってきましたわね、皇太子妃様。何か上に羽織る物を持ってきます。」「有難う。」 皇太子妃付きの女官が彼女の傍から下がろうとしたとき、ヒュンッと風が唸る音がして、一本の矢がシャルロッテの近くの木の幹に突き刺さった。「皇太子妃様、ご無事ですか?」「ええ、わたくしは大丈夫よ。」シャルロッテは蒼褪めた顔で周囲を見渡すと、向こうの茂みで何かが光ったことに気づいた。「危ない!」 凛は暗殺者の銃弾を胸に受けて倒れた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 14, 2015
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「あなた達、そこで何をしているの?」 凛と青年が睨み合っていると、そこへエカテリーナが通りかかった。「女官長様、彼がわたし達に一方的に暴力を振るおうとしたんです!」「まぁ、あなたは確か・・」「ふん、興が削がれたな。」 青年は舌打ちすると、東屋から去っていった。「女官長様、危ない所を助けていただいて有難うございました。」「あんな人に絡まれるなんて、あなたも災難だったわね。」 エカテリーナはそう言うと、溜息を吐いた。「女官長様は、あの方をご存知なのですか?」「ええ。あの人は、以前宮廷で暴力沙汰を起こしたハロルズ一族の道楽息子よ。まさか、まだ宮廷に出入りしているなんて思わなかったわね。ところであなた達は、一体ここで何をしていたの?」「皇太子妃様の誕生祝いに、踊りを披露しようと思いまして、その練習をしておりました。」「まぁ、そうだったの。」エカテリーナはそう言うと、そのまま東屋を後にした。「もっと僕達に絡んでくるのかと思いましたが、何だかあっさりと引き下がられましたね。」「女官長様の事は放っておいて、練習に戻りましょう。」「ええ。」 二人が練習に励んでいる頃、女官達は一週間後に控えているシャルロッテの誕生日パーティーへの準備に慌ただしく動いていた。「まったく、新入りの二人は一体どこで油を売っているのかしら?」「本当よね!あの子達、わたし達のことを格下に見ているのよ!」「おやめなさい、あなた達。口を動かしている暇があるのならば、手を動かしなさい!」 凛とアンジュの陰口を叩いている部下に向かってエカテリーナがそう叱責すると、彼女達は不満そうな顔で自分の持ち場へと戻った。「遅れて申し訳ありませんでした。」「あなた方、踊りの練習に忙しいのはわかるだろうけれど、他の皆さんにご迷惑を掛けてはいけませんよ。」「はい、肝に銘じます。」 アンジュと凛は、エカテリーナから叱責され、彼女に向かって深く頭を下げた。「アンジュ、凛、皇太子妃様がお呼びですよ。」「わかりました、すぐに行きます。」 二人がシャルロッテの部屋のドアをノックすると、中からエカテリーナが出てきた。「二人とも、そこにお掛けなさい。」「はい。皇太子妃様、わたくし達に何の用でしょうか?」「エカテリーナから、あなた達が変な男に絡まれた話は聞きましたよ。二人とも災難でしたね。」「皇太子妃様は、あの方をご存知なのですか?」「わたくしとハロルズ一族とは姻戚関係にあります。とはいっても、あなた方に暴力を振るおうとした男とは余り親しくなかったわね。」 シャルロッテはそう言葉を切ると、ソファから立ち上がった。「わたくしの誕生日パーティーの準備でこれから色々と忙しくなるけれど、体調管理はしっかりとなさってね。」「わかりました、皇太子妃様。わたくし達はこれで失礼いたします。」 一週間後、シャルロッテの誕生日パーティーが王宮内で華々しく開かれた。「皇太子妃様、お誕生日おめでとうございます。」「有難う。あの二人の姿が見えないわね?」「あの二人なら、色々と忙しく動き回っておられるのでしょう。」 エカテリーナがそう言ってシャルロッテの方を見た時、急に会場が暗くなった。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 13, 2015
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ダンスに於いて素人同然のアンジュが一ヶ月でフラメンコをマスターするのは至難の業だった。 凛から基本的なステップを学んだアンジュは寝る間も惜しんで練習したが、完璧にはほど遠かった。「アンジュ様、どうされたのですか?」「最近寝不足気味で・・」「アンジュ様、根を詰めて練習をしてはいけませんよ。焦りは禁物です。」「でも、皇太子妃様の誕生日まであと一ヶ月もないのよ!」アンジュがそう言って大声で叫ぶと、廊下を歩いていた女官達が彼女の方を振り向いた。「アンジュ様、声が大きいですよ。」「ごめんなさい・・」 アンジュと凛がシャルロッテへの誕生祝いでフラメンコを踊ることを、周囲の者に秘密にしていた。「あなたの踊りを前に見たことがあるけれど、わたしもあんな風に踊れたらいいのにって思えば思うほど、焦ってしまうのよ。」「僕のように踊らなくてもいいんです。アンジュ様は自分らしさをフラメンコで表現すればいいんです。」「自分らしさを表現する?」「僕がフラメンコを習い始めた頃、師匠に言われました。ただ綺麗に踊るのではなく、己の心を表現するのが真のフラメンコだと。」 凛はそう言うと、アンジュの肩を優しく叩いた。「そう。あなたからそう言われて、少し気が楽になったわ。有難う。」「どういたしまして。」 凛から心強いアドバイスを貰ったアンジュは、ますます練習に励んだ。「皆さん、お久しぶりです。」「お久しぶりです、アンジュお嬢様。」「これ、お昼にどうぞ。わたしが作ったサンドイッチです。」「有難うございます。」 特訓を始めてから二週間が経った頃、アンジュは手作りのサンドイッチが入ったバスケットを抱えてオーロラ一座のテントを訪ねた。「早速お嬢様の踊りを拝見することにいたしましょう。」「宜しくお願いいたします。」 カイルは壁に立てかけていたフラメンコギターを手に取ると、それを静かに爪弾き始めた。 アンジュはその音色に合わせ、フラメンコのステップを刻んだ。「如何でしたか?」「初心者でここまで上達できるなんて、凄いですね。」「有難うございます。」 カイルに褒められ、アンジュは嬉しさで頬を赤く染めた。「アンジュ様、こちらにいらしていたのですね。」「リン、さっきカイルさんから褒められたわ。あなたのアドバイスのお蔭よ。」「僕は何もしていませんよ。あとは、本番まで練習をさぼらないようにしましょうね。」「わかったわ。」 オーロラ一座のテントから王宮へと戻ったアンジュと凛が王宮庭園の東屋でフラメンコの練習をしていると、そこへ一人の青年がやって来た。「お前達、そこで何をしている?」「踊りの練習をしております。あなたはどちら様ですか?」「お前、女官の癖にわたしの事を知らないのか?」「わたし達は、あなたとは初対面なのですから、あなたの名を知らないのは当然でございましょう?」「何だと、生意気な奴め!」 青年がそう言って腰に提げている乗馬用の鞭を凛達に向かって振り上げた。 凛は素早く彼の手首を掴んで鞭を彼から取り上げ、彼の向う脛を蹴った。「よくもこのわたしに暴力を振るったな!」「何をおっしゃいます、先に暴力を振るおうとしたのはあなたではありませんか。」素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 10, 2015
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「もうすぐ皇太子妃様のお誕生日ね。」「そうね。わたくし達も何かプレゼントを差し上げないと。」 皇太子妃・シャルロッテの誕生日が近づく中、女官達は主人へのプレゼント選びに苦戦していた。「リンは皇太子妃様に何を差し上げるつもりなの?」「アンジュ様のように手作りのプレゼントを贈る訳にもいきませんし、正直言ってまだ何も考えていません。」「そうよね。わたくしも、皇太子妃様へのプレゼントを何にするのか、まだ決めていないのよ。そうだ、明日一緒に買い物に行かない?」「いいですね、それ。」 翌日、凛はアンジュと共にシャルロッテへのプレゼントを選びにリティア市内へと向かった。「王宮の外から出るのは初めてね。」「ええ。王宮に入った頃は数ヶ月前のことなのに、随分昔の事のような気がします。」「そんな事言わないで。さてと、折角リティア市内に来たんだから、さっそく皇太子妃様へのプレゼントを選びましょう!」 アンジュと凛はリティア市内にあるアーケード街を色々と回ったが、シャルロッテへのプレゼントがなかなか決められないでいた。「少し休憩しましょうか?」「そうですね。」二人は昼食を取りに、アーケード街に近いレストランに入った。店内はランチの時間帯とあってか、女性客で混んでいた。「いらっしゃいませ、何名様ですか?」「二名です。」「喫煙席と禁煙席、どちらになさいますか?」「禁煙席でお願いいたします。」「かしこまりました、こちらへどうぞ。」二人がウェイトレスに案内されたのは、日当たりがいいテラス席だった。「良い席ね。」「ご注文は何になさいますか?」「この店に初めて来たので、お勧めを教えてください。」「そうですね。本店のお勧めは、海鮮のパエリアとなります。」「では、それを2つ、お願いいたします。」「かしこまりました。」 店員が運んできたハーブティーを飲みながら、凛はアンジュと取り留めのない話をしていた。「皇太子妃様へのプレゼント、なかなかいいものがありませんでしたね。」「そうね。」「プレゼントといっても、高価な物ではなく、美しい思い出を贈るのもいいんじゃないでしょうか?」「いいわね、それ!」凛と意気投合したアンジュは、シャルロッテにダンスを披露することに決めた。「ダンスと言っても、色々と種類があるしねぇ・・あなた、何が出来るの?」「そうですね。僕が出来るのはフラメンコとワルツ、タンゴ位でしょうか。」「そう。わたし、ワルツ以外のダンスは踊った事がないの。ねぇリン、わたしにフラメンコを教えてくれないかしら?」「ええ、喜んで。」 昼食の後、凛がアンジュを連れてきたのは、オーロラ一座のテントだった。「みんな、久しぶり!」「リン、どうした?」「カイル、少し頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」「リンの頼みだったら、何でも聞くよ。」「実は・・」凛はカイルに、シャルロッテの誕生日プレゼントとしてアンジュとともにフラメンコを踊ることを話した。「そうか。皇太子妃様の誕生日はいつなんだ?」「一ヶ月後。それまでに、アンジュ様はフラメンコを完璧に踊りたいんだって。」「それはちょっと難しいなぁ。でも、やってみないと始まらないか!」「そうだよね!」 こうして、アンジュの特訓が始まった。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 9, 2015
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「トム・・」「気安くその名を呼ばないでくれるかな?」トムはそう言うと、凛を睨みつけた。「どうして、僕のブローチを盗んで僕に成りすましたの?」「そんな事、君が知る事ではないよ。」トムは邪険に自分の腕を掴んでいる凛の手を振り払うと、そのまま彼に背を向けて歩き出した。(僕は絶対に貴族になるんだ、絶対に!)「リン、どうしたの? 少し顔色が悪いわよ?」「すいません、ちょっと体調が優れなくて・・」「そう。それじゃぁ、今日はお部屋で休んでいなさい。皇太子妃様からはわたくしが報告しておくわ。」「有難うございます。それでは先輩、失礼いたします。」先輩女官に頭を下げた凛は、自室に戻るとベッドに横になった。(トム、どうしてあんなに変わってしまったの?)眠ろうとした凛だったが、目を閉じるたびにトムと仲良く遊んだ孤児院時代の思い出が脳裏に浮かんでは消えた。「リン、起きなさい。」「皇太子様、何故こちらにおいでに?」「少し、君と話したいことがあってね。今、話せるかい?」「はい。」「君の名を騙っているトムという少年の事が、少しわかったよ。」クリスチャンはそう言うと、一枚の書類を凛に渡した。 凛がその書類に目を通すと、そこにはトムの両親の事や生い立ちが書かれていた。「この書類は?」「役所の知り合いから取り寄せて貰ったものだ。どうやらトムは、君とは正反対の境遇で育ったようだね。」 トムの母親は貴族専門の高級娼婦をしていて、トムは母親の職場に住んでそこで雑用などをこなしていた。父親は不明で、母親が病死して聖マリア孤児院に引き取られるまで、トムは勤務先の工場で過酷な労働を強いられ、雇用主から時折暴力を振るわれていた。「トムは、己の貧しい境遇から抜け出したいから、君に成りすましたのかもしれないな。」「ええ。皇太子様、どうすれば彼を救うことができますか?」「残念だが、彼を救うことは誰にも出来ないよ。中途半端な愛情や同情は、彼にとっては悪意と同じだ。リン、今は自分の事だけを考えていなさい、わかったね?」 クリスチャンはそう言って凛に釘を刺すと、部屋から出て行った。「あなた、リンと何を話していたの?」「少し世間話をしていたのさ。シャルロッテ、もうすぐ誕生日だな。欲しい物はあるかい?」「あなた以外、何も要らないわ。」シャルロッテは少し照れたような顔を浮かべると、クリスチャンと腕を組んだ。「わたし、あなたの妻になれてよかったわ。」「嬉しいね、君の口からそんな言葉が聞けるなんて。」クリスチャンはそう言って妻の頬に軽くキスすると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。「皇太子ご夫妻は、相変わらず仲睦まじいわね。」「そうね。どうしてお二人には子宝が授からないのかしら?」「それは、神様が少しお二人に意地悪をなさっておられるのでしょう。」 仲睦まじい二人の様子を見ていた女官達がそんな噂話をしながら針仕事をしていると、そこへエカテリーナが通りかかった。「あなた達、何の話をしているの?」「女官長様が気になさるようなお話ではありませんわ。」エカテリーナが針仕事をしている女官達に話しかけると、彼女達はそう言ってそそくさと道具をしまってその場から立ち去った。 最近女官達が自分の事を避け始めていると、エカテリーナは感じていた。(あの小娘が、何か裏で手を回しているに違いないわ!)素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 8, 2015
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ガルシア皇国から来た使節団は、ガルシア皇国との国境線に近いアルティス帝国西部に住んでいる“太陽の民”の人権保護を求める団体だった。「お初にお目にかかります、エリザベート皇妃様。今回貴国を訪問したのは・・」「“太陽の民”の人権保護の為でしょう? あなた方がわたくしに謁見する目的はそれだけだとわかっているわ。」「話がわかる方でいらっしゃる。」“太陽の民”人権保護団体『光の会』会長・ガルケスは、褐色の肌に笑い皺を浮かべながらそう言うとエリザベートを見た。「“太陽の民”が、この国の治安を悪化させているという、悪意に満ちた噂をわたくしは何度も聞きました。しかし、窃盗や放火、殺人などの犯罪に手を染めている者はごく一部にしか過ぎません。多くの民は貧困にあえぎ、謂れのない差別や偏見に苦しんでいます。」「あなた方の話はわかりました。あなたはわたくしにどうして欲しいのですか?」「この書類に、皇帝陛下と皇妃様の署名を頂きたいのです。」「わかりました。」「本日はお忙しい時間を割いていただき、有難うございました。」 ガルケスが皇妃との謁見を終わらせ、王宮の廊下を歩いていると、向こうから皇太子妃夫妻が歩いて来た。「皇太子妃様、お目にかかれて光栄です。わたくし、『光の会』会長を務めております、ガルケスと申します。」「夫から、あなた方の活動のことは聞いているわ。あなた方の活動が良い結果を生むといいわね。」シャルロッテはそう言ってガルケスに笑顔を浮かべると、夫とともに皇妃の部屋へと向かった。「お義母様、失礼いたします。」「お入りなさい、二人とも。」「先ほど『光の会』の方達と廊下ですれ違いましたけれど、彼らは何の話をお義母様に?」「この書類を、わたくしに渡しに来たのよ。」エリザベートは、そう言うとガルケスが先ほど自分に手渡した書類をシャルロッテに見せた。「これは・・」「この書類に、わたくしと陛下の署名が欲しいそうよ。あの人を説得するのは、骨が折れるけれど。」 その内容には、“太陽の民”の人権保護について書かれていた。「父上は、“太陽の民”のことを犯罪者集団だと思っておりますからね。まさか、この書類を父上にお見せするおつもりですか?」「そんな愚かな事はしないわ。ただ、あの人達が動き出す前に、何とかしないといけないわね。」「ええ。」 民族や宗教の問題は、アルティス帝国のみならず、どの国も抱えている問題である。 アルティス帝国の人口は、褐色の肌をした“太陽の民”が約9割を占め、残りの1割を金髪碧眼のアルティス人が占めており、貧困に喘いでいる“太陽の民”とは対照的に、特権階級の多くをアルティス人が占め、富を独占していた。限られた階級が富を独占しているという不平等な現実に、“太陽の民”達はやがて帝国政府に不満の声を上げはじめ、その中には皇帝一家を暗殺するべきだという過激な思想を持つ者達も居た。「何か嫌な事が起こらなければいいのですが。」「そうね。彼らがこのまま大人しく国に帰ってくれればいいのだけれど。」 エリザベートは深い溜息を吐くと、窓の外を見つめた。空は、彼女の心を現すかのように灰色の雲に覆われていた。(雨だ。今夜の公演は中止になるのかなぁ?) 窓の外から土砂降りの雨を見つめた凛は、オーロラ一座のことを想った。彼らは今、何をしているのだろうか。「邪魔。」「あ、ごめんなさい。」そう言って凛が脇に退こうとすると、彼はトムと目が合った。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 7, 2015
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「何処からあなたに話したらいいのかわからないけれど、あなたのお母様とわたくしが初めて会った日の事を話しましょうか。」 エリザベート皇妃はそう言うと、ソーサーの上にカップを置いた。「今から20年以上前になるわね。当時のわたしは、宮廷に輿入りしたばかりの世間知らずの小娘だったの。右を向いても左を向いても見知らぬ者達に囲まれて心細い毎日を送っていたわ。」「皇妃様にも、そのような時代があったのですね。」「誰にだってそんな時があるものよ。今のわたくしがあるのは、あなたのお母様のお蔭でもあるわね。」「母のお蔭、ですか?」「ええ。」 エリザベートは自分の親友だった女性と良く似た歳三の顔を見つめながら、まだ自分が皇太子妃として過ごした若き頃の日々を思い出していた。 あの頃の自分は、まだ若くて世間知らずの貴族の令嬢だった。緑豊かな田舎でのびのびと過ごしていたエリザベートに縁談が来たのは、彼女が16歳の時だった。 縁談を持って来たのは、母方の遠縁の叔母に当たるソフィーだった。エリザベートには2歳上の姉・マルゴーが居り、マルゴーが見合いをするというのでエリザベートも姉のついでで見合いをすることになったのだった。 その相手が、当時アルティス帝国皇太子であったアルフレドだった。姉の見合い相手である筈のアルフレドが、何故か妹のエリザベートに一目惚れしてしまい、あっという間にエリザベートはアルフレドと結婚することになってしまったのだ。「エリザベート、宮廷に入ったら今までの自由奔放な暮らしは出来ないと思いなさい。」「わかりました、お母様。」 母の言葉の意味をエリザベートが知ったのは、宮廷に輿入れしてから数ヶ月後の事だった。 宮廷では、叔母とその取り巻きの女官達に一挙手一投足監視され、エリザベートが何かミスをすると、“これだから山育ちは躾がなっていない”と詰られた。(どうしてわたしはこんな窮屈な所に居るの? 家に帰りたい。) エリザベートは宮廷で暮らしながら実家に帰りたいと思いながらも、実際にはそれが出来ない事を知っていた。彼女は懐郷病(ホームシック)に罹り、日中自室に引き籠るようになっていた。そんな中、エリザベートは日本から留学に来たあるピアニスト―歳三の母・祐美子と出会ったのだった。『お初にお目にかかります、皇太子妃様。ユミコ=ヒジカタと申します。お近づきのしるしに、皇太子妃様に一曲捧げます。』 流暢(りゅうちょう)なドイツ語でそうエリザベートに挨拶した祐美子は、ピアノの前に座り、美しい音色を奏でた。 祐美子との出会いは、それまで宮廷で陰鬱な生活を送っていたエリザベートの心を変え、彼女は本来の明るさを取り戻していった。「あなたのお母様のお蔭で、わたくしは光を取り戻せたのよ。」「そうだったのですか。」「まぁ、あなたのお母様とわたくしを引き合わせたのは、マリアだったわ。わたくしと二つしか年が違わないマリアは、まるで実の妹のような存在だった。」 エリザベートがそう言って歳三を見た時、誰かが部屋のドアをノックした。「皇妃様、ガルシア皇国から使節団が来ております。」「わかったわ。」 エリザベートはドレスの裾を軽く払うと、歳三に優しく微笑んで部屋から出て行った。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 6, 2015
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「ええ。リンがマリア皇女様の孫君である重要な証拠のブローチは彼の名を騙る者に奪われてしまいましたが。」「まぁ、さっそく皇妃様にお知らせしないと!」「母上、くれぐれもこの事は内密にお願いいたします。」 部屋から飛び出そうとするエカテリーナの腕を、ルシウスはそう言って掴んだ。「わかったわ。じゃぁ、皇帝陛下が目にかけている方は本当に偽者なのね?」「ええ。」 エカテリーナはルシウスの言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべた後、部屋から出て行った。(母上が本当にリンの事を黙っているかどうか、心配だな。暫く様子を見ることにしよう。) ルシウスがそんなことを考えながら廊下を歩いていると、向こうから凛とアンジュが歩いて来るのが見えた。「ルシウス様、こんにちは。」「リン、宮廷では上手くやっているかい?」「はい。ルシウス様、こちらはカイゼル公爵家の御令嬢の、アンジュ様です。」「初めまして、アンジュと申します。」「こちらこそ初めまして。リンと仲良くしてやってくださいね。」「はい。」 凛はアンジュという心強い友人の存在があってか、何かと気苦労が絶えない宮廷生活を何のトラブルもなく過ごしてきた。 だがそんなある日の事、彼はエカテリーナに突然呼び出された。「何のご用でしょうか、女官長様?」「あなた、マリア皇女様の孫君だというのは本当かしら?」「何故、それをご存知なのですか?」「ルシウスから聞いたのよ。わたくしの力になれるようなことがあれば、何でも言って頂戴。」「はい・・」今まで自分の事を何かと敵視してきたエカテリーナの態度が突然軟化したので、凛は彼女が何かを企んでいるのではないかという疑念を抱いた。「お父様、どうなさったのですか?」「凛か・・」 カイゼル公爵家では、歳三の誕生日パーティーが盛大に行われていた。だが肝心の主役がバルコニーでワインを飲んでいることに気づいたトムは、そう言って彼に話しかけた。「ちょっと考え事をしていたんだ。」「そうですか。パーティーに戻りませんと、皆さん心配しておりますよ。」「わかった。」 歳三がトムとともにパーティー会場に戻ると、軍服姿のカイゼルが二人の元へとやって来た。「トシゾウ、お前に紹介したい方がいる。」「わかった・・」また見合いの話か―そう思いながら歳三が父と共に大広間から出て父の書斎へと入ると、そこには華やかなドレスを纏った女性がソファに座っていた。「ご挨拶しろ、こちらの方はエリザベート皇妃様だ。」「初めまして、皇妃様。トシゾウと申します。」「あなたが、マリア様と親しくなさっていた方の息子ね?」「母を、ご存知なのですか?」「ええ。あなたのお母様とわたくしは、マリア様を通してお知り合いになったのよ。」エリザベートはそう言って歳三に微笑むと、そっと彼の手を握った。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 3, 2015
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凛はその日から、先輩女官達から何かと雑用を言いつけられた。「あ~、疲れた。」凛は溜息を吐きながら、シーツの洗濯を終えた。「リン、こんな所で何をしているの?」「さっき、先輩達に籠いっぱいに入っているシーツを渡されて、これを全部洗濯するように言われたんです。」「そんな事、洗濯係の方に任せておけばいいのに。」アンジュがそう言って少し呆れたような顔で凛を見ると、彼はシーツを干し始めていた。「僕、負けず嫌いなんです。先輩たちはきっと、僕には出来ないことを色々と押し付けてきて、僕が困っている顔を見たいに違いないんです。だったら、彼女達の悔しがる顔を僕が見ようかなぁと思って。」「あなた、結構強かな方なのね。わたくしも手伝うわ。」「助かります。」 二人がシーツを仲良く干している姿を、木陰からルシウスが見ていた。「そう、あの子は宮廷で上手くやっていっているのね。」「ええ。リンは負けず嫌いでハングリー精神が旺盛な子ですから、生き馬の目を抜くような宮廷でも、必ず生き残れる筈ですよ。」「そういうところはチヒロに似たのね。あの子は女の子なのに、自分よりも年上の男の子達に向かって取っ組み合いの喧嘩をしていたわ。」 ルシウスの前で一人の貴婦人がそう言って昔の事を懐かしみながら紅茶を飲んでいると、部屋にエカテリーナが入って来た。「皇妃様、皇太子妃様がお呼びです。」「すぐに行くわ。ルシウス、今日はあなたと話が出来てよかったわ。」「わたしもです、皇妃様。」ルシウスはアルティス帝国皇妃・エリザベートに向かって一礼すると、エカテリーナの前を通り過ぎた。「シャルロッテ、わたくしにお話とは何かしら?」「皇妃様、今皇妃様のお隣にいらっしゃるエカテリーナ様を、罷免してくださいませ。」「まぁ、何故そのような事を急に言うの?」「エカテリーナは、宮廷のしきたりだといって新入りの女官達に服を脱ぐよう命令していることを皇妃様はご存知なのですか?」「皇太子妃様、何か勘違いされているのではありませんか? あれは、この宮廷で長く続いたものでして・・」「エカテリーナ、あなたはわたくしの目が届かない所でそんなことをなさっていたのね、失望したわ。」そう言った皇妃が自分を見つめる冷たい目に気づいたエカテリーナは、怒りと屈辱で頬を赤く染めた。「シャルロッテ、あなたのお話はよくわかりました。エカテリーナの事はこちらが詳しく調査してから、彼女を罷免するかどうか決めることにします。」「有難うございます、皇妃様。」(おのれ、あの小娘、生意気にも女官長であるこのわたくしに意見しようなどと・・) 皇妃の前で恥をかかされたエカテリーナは、シャルロッテへの憎しみと復讐心に燃えながら、廊下を歩いていた。「母上、お久しぶりです。」「ルシウス、あなた最近、リンとかいう子に夢中なのですってね?」「ええ。そのことで、母上と話したいことがあります。」「わかったわ。」 ルシウスに連れられ、王宮庭園の人気のない東屋へと向かったエカテリーナは、久しぶりに会った息子が自分の事を冷たい目で見ていることに気づいた。「話とは、何かしら?」「わたしが今夢中になっているリンという子は、マリア皇女様の孫君でいらっしゃいます。」「それは本当なの?」素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 2, 2015
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「そこで一体何をしているの?」「こ、皇太子妃様!」 凛がエカテリーナ達から服を脱ぐよう迫られていた時、部屋に突然皇太子妃・シャルロッテが女官を引き連れ入って来た。「この人に、いきなり服を脱ぐように言われました。」「わたくしに断りもせずに、あなたはこの子に対して不当な身体検査をしようとしていたの?」「申し訳ありません、皇太子妃様。」エカテリーナはそう言うと、唇を噛んで俯いた。「あなた、自分こそがこの宮廷を牛耳っているのだと自負していらっしゃるようだけれど、その自惚れはさっさと捨てることね。」シャルロッテはエカテリーナを冷たく一瞥すると、凛に向かって微笑んだ。「リン、わたくしと共に来なさい。」「はい、皇太子妃様。」 廊下を歩きながら、凛は自分の前を歩くシャルロッテの背中を見ていた。「皇太子妃様、先ほどは助けていただいて有難うございました。」「わたしは何もしていないわ。前からあの女官長が嫌いだったから、彼女に対して言いたいことを言ってやっただけよ。それよりもリン、あなたのお友達があなたに会いたがっているわよ。」「僕の・・じゃないや、わたしの友達ですか?」「ええ、一緒にわたくしの部屋にいらっしゃい。」シャルロッテの部屋に凛が彼女と共に入ると、そこには他の女官達と談笑するアンジュの姿があった。「アンジュ様、お久しぶりです。」「リン、お久しぶりね。元気にしていた?」アンジュは凛と宮廷で再会し、彼の元へと駆け寄った。「アンジュ、あなたとこの子は知り合いなの?」「ええ。この子はわたくしの命の恩人なのです。」「そう。今夜、あなた達を歓迎するためにちょっとしたパーティーを開くつもりなの。」「まぁ、嬉しいですわ、皇太子妃様。是非ご出席させていただきます。」 その日の夜、皇太子妃シャルロッテによって主催された歓迎会で、アンジュと凛は互いの近況を報告し合った。「そう、あなたはアイリス様の下でお世話になっているのね。」「アンジュ様は、アイリス様の事をご存知なのですか?」「ええ。彼女、父親が賭博で莫大な借金を抱えて死んでしまって、その返済に追われて先祖代々の土地を売り払ったとかいう噂を聞いているわ。まぁ、本当かどうかわからないけれど。」 アンジュはそう言うと、クッキーを一口齧った。「さっき、女官長様から服を脱ぐように言われたのですけれど、あれは宮廷に入ったら必ずするものなのですか?」「まさか! あんなふざけた身体検査は、女官長様がよくやる新人いびりなのよ。」「そうだったんですか・・皇太子妃様が助けてくださらなかったら、どうなっていた事か・・」「女官長様とは余りお近づきにならないことね。彼女、皇太子妃様のことを嫌っていらっしゃるから。」 歓迎会にアンジュをはじめとする女官達から宮廷内の噂話や人間関係を聞いた後、凛が自室に引き上げたのは午前零時を回っていた。(何だか、疲れちゃったな・・いつまで、こんな生活が続くんだろう?) 華やかな宮廷での暮らしが、気苦労の絶えないものだということに凛が気づくのは、余り時間がかからなかった。 翌朝、凛がシャルロッテの部屋へと向かうと、そこには既に先輩の女官達が居た。「遅刻ですよ。あなた、新入りの癖にたるんでいるわね。」「申し訳ございません。」「次からは、わたくし達よりも早くいらっしゃい。」素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Apr 1, 2015
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「奥様、宮廷の方がいらっしゃいました。」「お客様をお通しして。」 ダイニングルームに軍服を着た男が入って来るのを見た凛は、緊張のあまり顔が強張ってしまった。「そちらの方が、リン様ですか?」「はい。本日からお世話になります、リンと申します。」「すぐに荷物をまとめて、玄関ホールに来るように。」 ダイニングルームを出た凛は、自分の部屋に入って荷物を纏めた。この十年間肌身離さず持ち歩いていたトランクの中には、母との思い出の品が詰まっている。(お母さん、僕は必ずお父さんに会います。だから、天国で見守っていてください。)「ルシウス様、アイリス様、行って参ります。」「気を付けてね。」「はい。」 玄関ホールでルシウスとアイリスに別れを告げた凛は、軍服の男が運転する車に乗り、王宮へと向かった。「お母様、どうしても今日王宮に行かなくては駄目?」「アンジュ、あなたまだそんなことを言っているの?」「だって・・」 カイゼル公爵邸では、奇しくも凛と同じ日に宮廷に上がることになっているアンジュがそう言ってエミリーに対して幼子のように駄々をこねていた。「あなたはもう子供じゃないんだから、しっかりなさい。」「わかったわ。」「エミリーも寂しいんだよ、わかっておやり。」「あなたはすぐにアンジュを甘やかすんだから。」エミリーが隣で自分を睨んでいることに気づきながらも、エリオットは娘の頭を優しく撫でた。「何も離れ離れになるわけではないのだから、安心して行っておいで。」「わかったわ。」アンジュはハンカチで涙を拭うと、鏡台の前から立ち上がった。「お祖父様、行って参ります。」「アンジュ、陛下には失礼のないようにしろよ。」「わかりました。」 先に王宮へと上がった凛は、軍服の男とともに広い廊下を歩き、ある部屋に入った。「女官長様、皇太子妃付きの女官を連れて参りました。」「ご苦労様。あなたはもうさがっていいわよ。」 部屋の中には、シャンパンゴールドのドレスを着て、頭に頭巾を被った女が立っていた。「初めまして、わたくしは女官長を務めているエカテリーナです。あなた、お名前は?」「リンと申します。」「あなた、王宮暮らしは初めてでしょう? わたくしが、あなたに王宮暮らしの厳しさを教えて差し上げるわ。」 そう言って凛に微笑んだエカテリーナの目は、笑っていなかった。「そうねぇ、まずは着ている物を全て脱ぎなさい。」「え?」「何をグズグズしているの? 女官長様の命令は絶対ですよ。」エカテリーナの隣に居た若い女官が、そう言って凛を睨んだ。(どうしよう・・)素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 31, 2015
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王宮舞踏会でルシウスから突然皇太子妃付きの女官に推薦されたと聞かされた凛は、未だにその事実が信じられずにいた。「アイリス様、僕に皇太子妃様付きの女官が務まるでしょうか?」「大丈夫よ。わたくしがついているわ。あなたを今まで教育してきたのは、あなたを宮廷に上がらせるためにしたことなのよ。」「そうなのですか?」「ええ。今あなたに成りすましているトムという少年は、結構狡賢い性格の持ち主だし、皇帝陛下に取り入るのが上手いわ。それならばこちらとしては、宮廷内の人間関係を充分把握した方がトムに反撃する機会をつくれるでしょう?」 アイリスの言葉に、凛は目から鱗が落ちる様な気分だった。「だから、ルシウス様は僕を皇太子妃様付きの女官に推薦したのですね?」「あなたは賢いし、機転が利く子よ。宮廷で生きるには美しい立ち居振る舞いやマナーを身につけるのは当たり前だけれど、それ以上に必要なものはいかなる状況に置かれても臨機応変に対応できる能力よ。あなたには、その能力があるから、宮廷でも生きていけるわ。」 アイリスはそう言うと、凛の頬を優しく撫でた。「宮廷ではいつも一緒に居られないけれど、あなたは独りではないということを忘れないで。」「はい。僕、頑張ります!」「もう今夜は遅いからお休みなさい。」 凛が自室へと向かったのを見たアイリスは、ルシウスの部屋のドアをノックした。「ルシウス様、本気であの子を宮廷に上がらせるおつもり?」「ああ。」「まだあの子に宮廷暮らしは早いのではなくて? さっきあの子をああ言って励ましたけれど、何だか不安で堪らないわ。」「アイリス、まるで母親のような事を言うんだね。」 ルシウスはグラスに入れていたブランデーを一口飲んだ後、そう言ってアイリスを見た。「短い間だったけれど、わたくしはあの子と一緒に暮らしてきたんですもの、情が移るのは当たり前でしょう。」「信じられないな、最初君はあの子の命を狙おうとしたのに。随分と心変わりをしたものだ。」ルシウスの言葉を聞いたアイリスの眦(まなじり)が上がった。「あれは、一瞬の気の迷いよ。それよりもルシウス様、宮廷にはあなたのお母様がいらっしゃること、お忘れではないわよね?」「あの人が、少し厄介だな。」 宮廷内では、今や女官長となった自分の母が居ることを、ルシウスはすっかり忘れてしまっていた。「もう後戻りはできない。わたし達はリンが宮廷でどう動くのかを見守ることしかできないんだよ。」 既に賽(さい)は投げられた。凛が宮廷に上がると決まった以上、自分達は彼の事を静かに見守っていくしかない。「リン、昨夜は良く眠れた?」「ええ。」「リン、皇太子妃様にはくれぐれも失礼のないようにしなさい。」「わかりました、ルシウス様。」「そうだ、これを君に。お守りだと思って大切にしなさい。」「有難うございます。」 ルシウスから渡されたのは、ルビーが中央に嵌め込まれた十字架のネックレスだった。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 30, 2015
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「お前は、あの時の・・」「伯父様、ちゃんと二人で話をした方がいいですわ。わたくしは、向こうで待っていますから。」 アンジュはそう言って歳三の腕を離すと、バルコニーから去っていった。「さっき皇太子様と一緒に居たな?」「ええ。あの時盗みの濡れ衣を着せられた僕を、ある方が面倒を見てくださいました。」「ある方?」「はい。あなたもご存知の方です。」歳三は凛の言葉を聞いて少し苛立ったような表情を浮かべた。「勿体ぶらないでもらおうか?」「リン、こんな所に居たんだね、探したよ。」「ルシウス様・・」歳三は凛の背後から姿を現したルシウスを見て眉間に皺を寄せた。「久しぶりだな、ルシウス。」「そんなに怖い顔で睨まないでくれないか? 何もわたしは君と戦いに来たんじゃないんだ。」 ルシウスは自分に対して警戒している歳三を見ながら、飄々(ひょうひょう)とした口調でそう言うと、彼の肩を叩いた。「お前が、こいつの世話をしているのか?」「ああ。わたしの知人に頼んで、この子には淑女として相応しい教育やマナーを受けさせた。今夜の舞踏会にこの子を連れてきたのは、お披露目の為でもある。」「お披露目だと?」歳三の紫紺の双眸が険しい光を放ったことに気づいたルシウスは、溜息を吐いた。「まぁ、後で皇太子様からお知らせがあると思うよ。それよりも君は、どうしてわたしに対してそう警戒してばかりいるんだい?」「お前ぇみてぇな奴は一番信用できねぇんだ。涼しげな顔をして、平気で人を騙して・・」「おやおや、もうあれは過ぎた事だろう? いつまでも過去に囚われてばかりいたらいけないよ。」「うるせぇ!」「リン、皇太子様が君をお呼びだ、行こう。」 ルシウスは今にも自分に殴りかかりそうな歳三から凛を避難させるため、そう言って彼の手を取ってバルコニーをあとにした。「ルシウス様、あの方と何かあったのですか?」「昔、色々とあってね。その話はいつかしてあげる。」「はい・・」 ルシウスと共に凛がクリスチャンの元へと向かうと、彼は見知らぬ女性と何か話をしていた。「皇太子様、リンを連れて参りました。」「リン、紹介するよ。わたしの妻の、シャルロッテだ。」「初めまして、リンと申します。」「まぁ、あなたがリンね? ルシウスからあなたの話は色々と聞いているわ。これから宜しく。」「こちらこそ、宜しくお願いいたします。」 凛は訳がわからぬまま、女性と握手を交わした。「ルシウス様、あの方がおっしゃっていたことは・・」「実は、君を皇太子妃様付きの女官に推薦したんだよ。」ルシウスの言葉は、初耳だった。「僕に、宮仕えをしろとおっしゃるのですか?」「そんなに不安にならなくても大丈夫だよ。わたしやアイリス様がついているし、皇太子様も君のことを助けるとおっしゃってくださっているから。」ルシウスは凛に優しく微笑むと、彼の肩を叩いた。「僕に、皇太子妃様のお相手など務まるでしょうか?」「だから、そんなに心配することはないよ。わたしに任せておけばいい。」(そんな事、言われてもなぁ・・) 凛はルシウスの真意がわからず、混乱していた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 27, 2015
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アルフレドは、今自分の前に立っている軍服姿の少年が、本当に今は亡き妹の孫なのかどうかを考えていた。自分の姪にあたる千尋は、16年前の戦争で消息不明となり、彼女が子供を産んだことなど知らなかった。だから、彼はこの少年に千尋のことを尋ねることにした。「そなたの母は、そなたが何歳の時に亡くなった?」「僕が6歳の時に、病気で亡くなりました。母は、ホテルで働きながら僕を必死で育ててくれました。」「そなたの母の名は?」「チヒロといいます。」 トムとアルフレドの会話を傍で聞いていた凛は、トムが自分と母・千尋のことをすらすらとアルフレドに話している姿を見て、聖マリア孤児院に居た頃凛が自分の身の上を話しているところを盗み聞きされたことに初めて気づいた。(どうしよう、このまま黙っていたら、僕が偽者にされちゃう!)「皇帝陛下、申し上げます!」「そなたは?」「わたしが、あなたの孫です。わたしは・・」「黙りなさい。」「申し訳、ございません・・」 アルフレドに睨まれ、凛は俯いて引き下がった。 その様子を、トムはほくそ笑みながら見ていた。「父上、事の真偽を確かめるのは後日にいたしましょう。今宵は楽しい舞踏会の為に、国中から貴族が集まってくださるのですから。」クリスチャンが慌ててその場に取り繕うと、楽団に向かって目配せした。楽団は、ワルツの調べを奏でた。「どうして止めるんですか?」「今ここであの者と君が言い争っても、君に勝ち目はない。あの者はなかなかの切れ者だ。」「じゃぁ僕は、どうすればいいんですか?」「わたしに考えがある。今はパーティーを楽しむことだけを考えなさい、いいね?」「はい。」凛はクリスチャンと踊りながら、皇帝と楽しそうに話しているトムの横顔を睨んだ。(時間がかかっても、絶対にトムには負けない!)「リン、久しぶりね。」「アンジュお嬢様、こちらこそご無沙汰しております。お元気でしたか?」 クリスチャンとワルツを踊り終えた後、バルコニーへと移動した凛がシャンパンで喉の渇きを潤していると、そこへアンジュがやって来た。「そのドレス、良く似合っているわ。」「有難うございます。アンジュお嬢様のドレスも、宝石が鏤(ちりば)められていて素敵ですよ。」「ここで待っていて、今伯父様を呼んでくるわ。」 アンジュはそう言うと凛に背を向け、歳三の元へと向かった。「伯父様、あちらに紹介したい方がいらっしゃるの。わたしと一緒に来てくださらない?」「ああ、わかった。」 アンジュに手をひかれた歳三が人気のないバルコニーへと向かうと、そこにはあの黒髪の少年が立っていた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 26, 2015
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「皆様、本日はこの王宮舞踏会にご出席いただき、有難うございます。」 クリスチャンがそう言って貴族達の前で挨拶すると、彼らの後ろに立っていた令嬢達がクリスチャンの隣に居る凛を見た。「あの方、どちらのお嬢さんなのかしら?」「あのドレス、大通りのマダム・Tの新作じゃなくて? それに、あの真珠の髪留め・・」「あんな高価な物をさりげなくつけていらっしゃるなんて、彼女はきっとどこかの国の皇女様に違いないわ。」「そうね。」彼女達の会話を傍で聞きながら、ルシウスは思わず口端を上げて笑った。「どうなさったの、嬉しそうな顔をして?」「いや、何でもない。それにしても、皇太子様はこれからどうなさるのかなぁ?」「それは、わたくし達にも皆目見当つきませんわ。」アイリスはそう言うと、扇子の陰で笑みを浮かべた。 一方、クリスチャンの隣に立っている凛は、自分が貴族達にじっと見られていることに気づいた。 逃げ出したくなったが、もう後には退けない。「さて皆様、わたしの隣に立っているのは、わたしの叔母である今は亡きマリア皇女様の孫君様であるリン様です。」―何ですって?―リン様は、あちらにいらっしゃる方ではなくて? 貴族達の視線が、凛からトムへと移った。 トムは、突然貴族達の視線を浴びて狼狽えたが、すぐに愛想笑いを彼らに浮かべてこう言い放った。「あちらに居る人は僕の名を騙った偽者です! 僕はマリア皇女様の形見のブローチをつけています、僕が本物です!」 この期に及んでもまだ平気で嘘を吐くトムに、凛は憤りを感じて彼に掴みかかろうとした。だが、その様子に気づいたクリスチャンは凛を手で制し、彼に聞こえないような声でこう言った。「今感情のままに動いては駄目だ、冷静になって。」クリスチャンの言葉に、凛は静かに頷いた。「皇太子様、お初にお目にかかります、リンです。」「そのブローチを、見せて貰おうか?」「はい。」 クリスチャンの前に出たトムは、軍服の襟につけていたブローチを外し、彼に見せた。 クリスチャンがブローチの裏を見ると、そこには王家の紋章が彫られていた。「君は、このブローチを何処で見つけたんだ?」「聖マリア孤児院が火事になった時、僕が持っていたブローチはその混乱で行方不明になっていました。けれど、僕の従妹であるアンジュ姉様が、僕のブローチを見つけてくださったんです。」トムは皇太子の前でも臆することなく平気で嘘を吐いた。クリスチャンは、そんなトムの言葉に何も言わなかった。「一体何の騒ぎだ、クリスチャン?」「父上。今マリア皇女様の孫と名乗る者が、わたしにこのブローチを渡してきました。」 クリスチャンはそう言うと、アルフレドにブローチを見せた。「これは、確かにわたしがマリアに贈った物だ。」「皇帝陛下、僕がマリア皇女様の孫だということを、信じてくださるのですね?」「うむ・・」 アルフレドは白くなった顎鬚(あごひげ)を弄りながら、トムを見た。 素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 25, 2015
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「そのドレス、良く似合っているわ。」「有難うございます。アイリス様、何だか緊張してしまって、手の震えが止まりません。」「初めて舞踏会に出るのだもの、緊張して当然よ。わたくしも、初めて舞踏会に出た時は、あなたと同じようにガチガチに緊張していたわ。」「アイリス様が?」「信じられないでしょう? あの頃のわたくしはまだ若くて、世間知らずな女の子だったのよ。でも、あなたは違う。自信を持ちなさい。」「わかりました。」「さてと、お喋りはここまでにして、ルシウスを玄関で待たせてはいけないわ、早く行かないと。」「ええ。」 凛とアイリスが玄関ホールへと向かうと、そこには白い燕尾服姿のルシウスが二人を待っていた。「随分と遅かったじゃないか、待ちくたびれて爺さんになってしまうのかと思ったよ。」「まぁ、冗談は止して下さいな、ルシウス様。」「この子の緊張を少し解していただけよ。さぁ、もう行きましょう。」「そうだね。」 ルシウス達が王宮に到着すると、中から皇太子付の女官が出てきた。「お待ちしておりました、こちらへどうぞ。」 女官に連れられ、彼らは皇太子の部屋の前にやって来た。「キース、今入ってもいいかい?」「ああ、どうぞ。」 ルシウス達が部屋に入ると、そこには白い軍服姿に勲章をつけたキース―アルティス帝国皇太子・クリスチャンが鏡の前に立っていた。「キース様、どうしてこのような所にいらっしゃるのですか?」「どうしてって、ここがわたしの部屋だからさ。」「え、じゃぁキース様は、この国の皇太子様なのですか?」「驚かせてしまってごめんね、リン。ルシウスに唆されて、最後まで身分を明かせなかったんだ。」「おいおい、わたしの所為にしないでくれるかな?」「済まない。リン、今夜の君はとても綺麗だよ。」「有難うございます、皇太子様にそう言っていただけて嬉しいです。」「さぁ、行こうか。みんなが待っている。」「はい・・」 差し出された皇太子の手を、凛はそっと握った。「ねぇ、今夜の舞踏会、皇太子様がご出席されるんですって?」「まぁ、あの社交嫌いな皇太子様が?」「一体どんな風の吹き回しかしら?」「さぁ。でも、皇太子様とお会いできる滅多にない機会ですもの、皇太子様にダンスを申し込みますわ。」「ずるいわ、わたくしも皇太子様にダンスを申し込みますわ。」「わたくしもよ!」 王宮舞踏会が開かれている王宮の大広間では、ドレスや宝石で美しく着飾った貴族の令嬢達が、そんなことを扇子の陰で言い合いながらクリスチャンの登場を待っていた。 その時、クリスチャンが一人の少女とともに大広間に通じる階段から降りてきた。「皇太子様だわ。」「隣にいらっしゃる綺麗な方はどなたなのかしら?」「もしかして、皇太子様の婚約者なのかしら?」 令嬢達の好奇と嫉妬が混じった視線を一身に浴びた凛は、思わず俯いてしまった。「堂々と前を向いて。俯いていては彼女達の思うつぼだ。」「わかりました。」クリスチャンに耳元でそう優しく囁かれ、凛は頬を赤く染めながらゆっくりと俯いていた顔を上げた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 24, 2015
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王宮舞踏会当日の朝、凛は緊張のあまり朝食が食べられなかった。「どうしたの、リン? 朝はしっかりと食べないと駄目よ。」「すいません、緊張してしまって・・」「君は気が早いな。舞踏会は夜にあるのだから、そんなに早く緊張しなくていいんだよ。」ルシウスはそう言うと、凛の肩を優しく叩いた。「はい・・」「リン、わたくし達がついているわ。だから、朝ごはんはしっかりと頂きなさい。」「わかりました。」二人に励まされて、凛は残していた朝食を手につけた。 同じ頃、アンジュはエミリーと共に買い物を楽しんでいた。「お母様、伯父様は今夜の舞踏会に出席されるのかしら?」「さぁ・・招待されているから、きっと来るでしょうね。」エミリーは娘にそう言いながら、数時間前に彼と交わした会話の事を思い出していた。「お兄様、あの子のいう事を本当に信じているのですか?」「何の話だ。」 紫煙をくゆらせながら、歳三はそう言ってエミリーを見た。「あの子が・・娘の恩人であるあの子が、もし本当にお兄様の子だとしたら、どうなさるおつもり?」「どうするもこうするも、その時はその時だ。」歳三は冷たい目で妹を睨んだ。「俺は忙しいんだ、これ以上くだらない話をするなら出ていけ。」エミリーが歳三に彼の息子の話をすると、歳三は不機嫌な表情を浮かべた後彼女を書斎から追い出した。「お母様、どうかなさったの?」「いいえ、何でもないわ。」「もしかして、伯父様とあの子の事で喧嘩になったの?」アンジュに指摘され、エミリーは彼女の勘の鋭さに気づいた。「あの子が、本当にお兄様の息子だとは、わたしは思えないのよ。あの子はチヒロ姉様の形見であるブローチを持っているけれど、あなたを助けたあの子とは雰囲気が違うような気がするの。」「お母様、あの子は嘘を吐いているわ。あのブローチは、寝室でわたくしが見つけた物なの。」「まぁ、そうなの? どうしてそのことを早くわたしに言わなかったの?」「すぐに言いたかったけれど、あの子が事実を捻じ曲げてお母様や伯父様に伝えると思って、黙っていたのよ。今まで黙っていて、ごめんなさい。」「よく話してくれたわね、アンジュ。」エミリーはそう言うと、今にも泣き出しそうになっている娘を抱き締めた。「どうかしら、お母様?」「良く似合っているわ、アンジュ。」 その日の夜、鏡の前でアンジュは宝石を鏤めたドレスを身に纏って微笑んだ。「お綺麗ですよ、アンジュ姉様。」「有難う、リン。」「みんな、支度は済んだか?」 ドアをノックした歳三は、真紅の軍服を纏っていた。「お兄様はてっきり舞踏会を欠席されると思いましたのに、出席されるなんて意外ですわ。」「偶(たま)にはああいう所にも顔を出した方がいいと思ってな。アンジュ、ドレスよく似合っているぞ。」「有難うございます、伯父様。」 歳三達を乗せた車は、白亜の王宮へと向かった。「リン、もう支度は出来た?」「はい。」 紫のドレスを着たアイリスが凛の部屋に入ると、鏡の前で彼は髪を手櫛で整えていた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 23, 2015
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「わたくしにはね、今生きていればあなたと同じ年になっていた筈の娘が居たのよ。」「娘さんが居たんですか?」「ええ、でも生まれてすぐに病気で死んでしまったわ。あなたを世話することになって、いつの間にかわたくしはあなたを死んだ娘の代わりのように思っていたのね。」「アイリス様・・」「あなたも、ずっと死んでいたと思っていたお父さんが生きていると知って、会いたいと思ったから頑張って来たんでしょう?」「ええ。今はまだ会えないけれど、お父さんと会える日が来るまで必死に頑張ってきました。アイリス様、これからも宜しくお願いします。」「こちらこそ、宜しくね。」 カフェで昼食を済ませた後、二人は宝石店へと向かった。「アイリス様、ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ。」店員はそう言ってアイリスと凛を奥の個室へと案内した。「こちらが、ご注文されたネックレスと髪留めになっております。」「有難う。」「アイリス様、これは?」「あなたが社交界デビューの日の夜につける髪留めよ。綺麗でしょう?」凛はアイリスに真珠の髪留めを見せられ、大粒の真珠がふんだんに使われた髪留めの美しさに絶句した。「これを、僕がつけるんですか?」「あなた、黒髪だから真珠に映えると思うのよ。今ここでつけてみたら?」アイリスに勧められ、凛は真珠の髪留めをつけて鏡の前に立った。「よくお似合いですよ。」「本当にこんな高価な物をつけても宜しいのでしょうか?」「いいに決まっているでしょう? あなたの為に、わたくしが特別に注文したのだから。」 思う存分ショッピングを楽しんだ二人が帰宅すると、客間から賑やかな笑い声が聞こえた。「あら、お客様かしら?」「二人とも、お帰り。紹介するよ、こちらはキース、わたしの古い友人だ。」「初めまして、キース様。リンと申します。」「君がリンだね? 色々と噂は聞いているよ。」 蒼い瞳で自分を見つめるルシウスの旧友・キースは、そう言うと凛に優しく微笑んだ。「今日君をこの家に招いたのは、リンの社交界デビューを飾る王宮舞踏会で、君がリンのエスコートをしてくれないかというお願いをしたかったからだよ。」「勿論さ。親友の頼みは断れないからね。」「有難う。」「リン様、ヴァイオリンの先生がいらっしゃいました。」「はい、今行きます。キース様、本日はお会いできて嬉しかったです。」凛はキースに頭を下げると、そのまま客間から出て行った。「あれが、マリア皇女様の孫君様か。わたしにとっては、従甥(じゅうせい)に当たるんだな。」「ええ。それよりも皇太子様もお人が悪い。わざわざ偽名を名乗って、自らの正体を明かさないなんて・・」「お楽しみは最後にとっておくのがわたしの趣味でね。どうだルシウス、義理の甥と会った感想は?」「礼儀正しくて、根性が据わっている子です。この先何があっても彼はきっと乗り越えることでしょう。」そう言ったルシウスの顔は、何処か嬉しそうだった。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
Mar 20, 2015
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歳三がトーマスとともに客間に入ると、彼の姿に気付いたリチャードがソファから立ち上がった。「すいませんね、お忙し中わたしの為に時間を割いていただいて・・」「警視さん、今回はどのようなご用件で我が家に?」「実は先ほど、あなたのご子息のブローチを盗んだ犯人が、釈放されました。」「それは、本当ですか?」「はい。身元引受人は、ルシウスとかいう方です。ご存知ですか?」「ええ。士官学校時代の知り合いです。」「そうですか。それにしても、何だか屋敷中が賑やかですね。」「もうすぐ姪と息子の社交界デビューを控えていましてね。妹は娘の為に色々とドレスや靴などを選んでははしゃいでいます。」「社交界デビューねぇ。庶民であるわたしには一生縁のない世界なんでしょうねぇ。」リチャードはそう言って笑うと、カイゼル公爵家を後にした。「ただいま戻りました。」「遅かったな、リチャード。またカイゼル公爵家に行って来たのか?」「ああ。」「溜まった書類をそろそろ片付けないと、係長の雷が落ちるぞ。」「わかっているよ。」 自分のデスクに戻ったリチャードは、溜まっていた書類仕事を片付けた。「リチャード、居るか?」リチャードがコーヒーを飲んでいると、彼のデスクに長身の黒髪の男がやって来た。「何だ、ヤン。わたしは忙しいんだ、雑談なら後にしてくれ。」「お前、カイゼル公爵家のブローチ泥棒を追っているんだって?」リチャードの相棒・ヤンは、そう言うと彼を見た。「ああ。だがその犯人と目された少年が、今朝釈放された。」「そうか。カイゼル公爵家といえば、色々とスキャンダルが多い家だったな。確かそこの家の当主が、日本人のピアニストを妾にしたこともあったな。」「お前、やけに社交界のスキャンダルについて詳しいんだな。」「まぁな。従妹が新聞の社交欄の記者をしているから、自然と社交界のことは耳に入って来るのさ。さてと、もう昼だからお前の奢りで何か食いに行こうぜ!」「お断りだ。今度は俺が奢るとかなんとかうまいこと言って、いつもわたしに昼飯代を払わせるだろうが!」リチャードの金色の柳眉がつり上がるのを見たヤンは、両肩を竦めると彼のデスクから離れた。 一方、凛はアイリスとともにリティア市内の高級ブティックで社交界デビューの日に着るドレスを選んでいた。「どれも素敵なものばかりで、迷ってしまうわ。」「こちらのドレスは如何です? 当店人気のドレスですよ。」店員が凛に勧めてきたのは、淡い桜色のドレスだった。「これは少し幼すぎるなぁ。奥にあるドレスを持ってきてくれませんか?」「かしこまりました。」 試着室に入った凛は、緑色に金糸で刺繍されたドレスを着てアイリスの前に立った。「まぁ、良く似合っているわ。」「有難うございます。このドレスでお願いいたします。」「かしこまりました。」 ドレスをブティックで購入した後、凛とアイリスはカフェで昼食を取ることにした。「ここのお店はシーフードドリアが美味しいのよ。」「じゃぁ、それで。アイリス様、買い物に付き合っていただいて有難うございました。」「いいのよ。何だかあなたとこうして買い物をしたり、一緒に食事をしたりしていると、まるで娘と出かけているみたい。」アイリスはそう言うと、寂しそうな笑みを口元に浮かべた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 19, 2015
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「お待たせいたしました。」 ルシウスとアイリスが談笑していると、ダイニングルームに凛が入って来た。「あら、良く似合うじゃないの。」「有難うございます。」「さぁ、そんなところに突っ立ってないで、一緒にいただきましょう。」「はい・・」 ルシウスたちと食事をしながら、凛はオーロラ一座の事を思った。今頃彼らは、何をしているのだろうか。「どうしたの、何か気がかりなことでもあるのかしら?」「はい。今お世話になっているサーカス団の人達に黙って家から出てきてしまったから、みんな心配していると思うんです。」「そう。ではわたくしの携帯を使いなさい。」「有難うございます。」 アイリスから携帯を借りた凛は、フレッドの番号にかけた。『もしもし?』「フレッドさん、凛です。」『リン、お前が警察に連れて行かれたって聞いて心配したぞ!今どこに居るんだ?』「亡くなったお母さんの親戚の家にお世話になっています。フレッドさん、心配をかけてしまって申し訳ありませんでした。」『団長には俺の方から説明しておく。なぁリン、今居る家の住所を教えてくれないか?』「わかりました。」凛は、そう言うとルシウスの家の住所をフレッドに教えた。「携帯、貸してくださって有難うございました。」「どういたしまして。」凛はアイリスとルシウスに、この家の住所を教えたことを伝えた。「明日の朝、フレッドがこちらに来るそうです。フレッドにはお世話になったから、色々と話したいんです。」「わかったわ。」 その日の夜、凛はルシウスの隣の寝室で眠った。「リン様、おはようございます。」「おはようございます、アビゲイルさん。」「ルシウス様と奥様がダイニングルームでお待ちです。」 身支度を済ませた凛がダイニングルームに入ると、そこにはフレッドの姿があった。「フレッドさん、心配かけてしまってごめんなさい。」「いや、いいんだ。団長からお前の事を話しておいた。みんな、リンの事を応援しているってさ。お前の荷物、持って来たぜ。」「有難うございます。フレッドさん、いつか必ずサーカス団に戻ってきます。」「わかった。リン、頑張れよ。」フレッドに激励され、凛は涙を流しながら彼と抱擁を交わして別れた。「良いお友達を持ってよかったわね。」「はい。」「これで涙を拭きなさい。これからは、どんなに辛くても、弱音を吐いたり泣いたりしては駄目。あなたがお父さんと会えるまで、どんなことがあっても負けては駄目よ、わかったわね?」「はい。」 その日から、凛はアイリスの下で淑女としての教育を受けることになった。「あの子の様子はどう?」「リン様は呑み込みが早くて、わたし達も教え甲斐がありますよ。」「そう。」 アイリスが凛の部屋のドアをノックすると、彼は窓際の椅子に座って刺繍をしていた。「アイリス様、刺繍に夢中になっていて・・」「いいのよ。さっき家庭教師の先生方があなたの事を褒めていたわよ。」「そうですか。」 一方、カイゼル公爵邸ではエミリーとトムの社交界デビューの為の準備が慌ただしく進められていた。「トシゾウ様、お客様がいらしております。」「わかった、すぐ行く。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 18, 2015
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「さぁ、乗りなさい。」「あの、これから何処に行くんですか?」「わたしの家だ。」亡き母の縁者と名乗った青年・ルシウスは、車の助手席に座っている凛にそう言うと笑った。「カイゼル公爵邸で何があったんだ?」「実は・・」凛はルシウスに、カイゼル公爵邸で起きたことを話した。「そうか。君は、自分に成りすましている偽物の正体を公衆の面前で暴きたいんだね?」「はい。あの子の・・トムの胸元に輝くブローチが、自分の物だということを証明したいんです、どうか力を貸してください!」「わかった。」 ルシウスの自宅に入った凛は、豪華な部屋の内装に驚いた。「あなたも、貴族なのですか?」「まぁね。君を釈放したのは、君に会わせたい人が居るからさ。」「僕に、会わせたい人?」「そうだよ。さぁ、この部屋にお入り。」 ルシウスと共に客間に入った凛は、真紅のソファに一人の貴婦人が座っていることに気づいた。「ルシウス、その子がそうなのね?」「そうだよ、アイリス。やっと見つけた。」ルシウスはそう言うと、貴婦人の白魚のような手の甲に接吻した。「ご挨拶なさい。こちらの方は、アイリス=バッハシュタイン様だ。」「初めまして。あなたのお噂は知っているわ。」「初めまして、リンと申します。」「この前は、わたくしが雇った探偵があなたの事を怯えさせてしまったようね、ごめんなさい。」アイリスはそう言うと、凛に優しく微笑んだ。「アイリス様は、どうして僕に会いに来たんですか?」「ルシウスさんから、話は聞いたわ。あなたは、実の父親に会いたいのよね?」「はい。今まで、僕は父親が死んだとばかり思い込んでいました。でも、最近になって、父親が生きていると知って、会いたいと思って、孤児院を飛び出してサーカス団に入って、国中を旅しながら父親の消息を探していたんです!」凛はそう言うと、アイリスとルシウスに頭を下げた。「お願いします、僕を助けてください!」「頭を上げなさい。」凛が頭を上げると、アイリスが優しい光を緑の瞳に宿しながら自分の事を見ていた。「あなたのことを、これからわたくしがお世話するわ。あなたには、淑女として相応しい教育を受けさせるわ。ルシウス、それでよろしいわよね?」「構いませんよ、わたしは。あとは、リンの答え次第です。」「宜しくお願いいたします。」「これから、宜しくね。」アイリスに差し出された手を、凛はそっと握った。「さてと、まずは身嗜みを整えて、わたくし達とともに遅めの昼食をいただきましょう。アビゲイル、リンを綺麗にしてあげて頂戴。」「はい、わかりました。リン様、こちらへどうぞ。」 凛がシャワーを浴びた後浴室で髪を乾かしていると、そこへアイリス付きのメイド・アビゲイルがやって来た。「リン様、お召し替えを。」「有難う。」 一方、ダイニングルームではルシウスとアイリスが互いに向かい合ってワインを飲んでいた。「ルシウス、あの子をどうするおつもりなの?」「あの子を近々、宮廷に上がらせます。その為に、あなたがあの子に淑女としての教育を施してください。」「わかったわ。あの子は聡い子のようだし、権謀術数の蜘蛛の巣が蔓延(はびこ)る宮廷でもうまくやっていけることでしょう。」アイリスはそう言って笑うと、真紅の液体を一口飲んだ。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 17, 2015
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「お父様、良く似合っています。」「そうか、有難う。」 歳三がそう言ってトムに微笑むと、彼は急に視線を感じて柵の向こうを見た。 するとそこには、黒髪の少女がじっと自分の事を見ていた。「お父様、どうかなさったのですか?」「あの子は、あの時の・・」トムは凛の存在に気づくと、彼は凛を指さしてこう叫んだ。「あの子は泥棒です、誰か捕まえてください!」「違う、僕は・・」「お前、そこで何をしている?」凛は男が冷たい目をして自分を睨んでいることに気づいた。「僕は何も盗んでなんかいません、信じてください!」「リン様、どうされましたか?」「この子を捕まえて!」「おい、こっちに来るんだ!」「嫌、放して!」二人の警官に羽交い絞めにされ、凛は暴れた。そんな彼の姿を、トムは歳三の肩越しに見て笑っていた。「お願いです、話を聞いてください、お願いです!」「一緒に来るんだ!」 凛が警官に連行される姿を、買い物から帰って来たアンジュとエミリーが目撃した。「お兄様、一体何があったのですか?」「伯母様、あの子は僕のブローチを奪いに来たんです!」「そんなの嘘だわ、あなたが今胸につけているブローチは元からあの子の物だったのよ! それをあなたが奪ったんじゃないの!」「アンジュ姉様、僕が嘘を吐いているとでもおっしゃるのですか?」「あなたは一体誰なの!?」「アンジュ、落ち着きなさい。」エミリーはそう言って娘を宥めると、彼女は歳三達に背を向けて二階へと駆け上がっていった。「お兄様、アンジュは嘘を吐くような子ではありませんわ。それに、あの子は決して盗みなどする子ではないわ。どうか、あの子の話をちゃんと聞いてあげてくださいな。」「伯母様も、あの子の味方をなさるのですか?」「あなたの話だけ聞いても、本当のところはわからないでしょう? あの子の話を聞いたうえで、お兄様に真実を見極めて貰うのよ。」「わかった、そうしよう。」「お父様・・」エミリーの意見に歳三が賛成したことに驚いたトムは、このままだと自分の計画が台無しになると焦り始めた。 一方、警官に連行された凛は、冷たい牢獄に放り込まれた。「そこで大人しくしていろ!」「お願いです、ここから出してください!」 初夏とはいえ、牢獄内は凍えるような寒さだった。(フレッドさん達、今頃心配しているかなぁ・・)凛はゆっくりと目を閉じながら、オーロラ一座のことを想った。「出ろ、釈放だ。」「え?」 翌朝、訳も分からず凛は釈放された。「どうして、僕は釈放されたんですか?」「それはわたしが君の保釈金を払ったからさ。」背後で声がして凛が振り向くと、そこには長い金髪をなびかせた青年が翡翠の双眸で自分を見つめていた。「あなたは、誰ですか?」「わたしは、君の亡くなったお母さんの縁者だ。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 16, 2015
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「警察の方が、わたしに何のご用ですかな?」「事前に連絡などせずに突然伺ってしまって申し訳ございません、公爵閣下。」リチャードはそう言うと、カイゼル公爵に頭を下げた。「実は、こちらに今は亡きマリア皇女様の孫君様がいらっしゃるとか・・」「ただのつまらん噂話に踊らされるほど、警察は暇なのかね?」「いいえ。わたしはただ、閣下が何かご存知なのではないのかと思いまして・・」「わたしに聞くよりも、直接孫に聞いた方がいいだろう。トーマス、リンの所にこの方を案内しなさい。」「わかりました。」 トムがカイゼル家の馬場で馬術の稽古を受けていると、トーマスと共にブロンドの青年が馬場にやって来るのが見えた。「リン坊ちゃま、警察の方が坊ちゃまにお話をお聞きになりたいそうです。」「そう。初めまして、リンです。」「わたしはこういう者です。」リチャードがトムに名刺を渡すと、彼は少し怪訝そうな顔をしてそれをポケットにしまった。「警察の方が、どうしてうちに?」「実は、社交界である噂が飛び交っておりましてね。何でも、マリア皇女様の孫君が、あなた様だとか?」「それは、初耳です。」トムはそう言うと、リチャードを見た。「マリア皇女様が生前愛用していたスターサファイアのブローチ、あなたが今身に着けている物と同じ物だそうです。」「そうですか。このブローチは、長い間行方不明になっていた物なんです。」「その話、詳しくお聞かせ願いませんか?」「ええ。」トムの口元に、怪しげな笑みが閃いた。「リン、大変だ!」「どうしたんですかフレッドさん、そんなに慌てて・・」「警察が、お前の事を探している!」「警察が、一体どうして僕の事を探しているんですか?」「お前が持っていたブローチが盗まれた物で、お前がブローチを盗んだ犯人だって話を、誰かが話したって新聞に書いてあるんだ!」「そんな・・あのブローチはもともと僕の物なのに、一体誰がそんな酷い嘘を・・」凛の脳裏に、アンジュの誕生日パーティーで自分を睨みつけていたトムの姿が浮かんだ。「ちょっと出かけて来る。」「何処へ行くんだ?」「すぐに戻るから、大丈夫。」 凛はコートを着て、カイゼル公爵家へと向かった。(トムと会って話さないと!)だが、彼がカイゼル公爵家の前に行くと、門の前には警察官が立っていた。「すいません、アンジュ様とお話がしたいんです!」「ここはお前のような者が来るところじゃない、さっさと帰れ!」「僕はただトムと話がしたいだけなんです、お願いします!」 警察官に邪険に追い払われ、凛は裏口へと向かった。 その時、庭の方から賑やかな笑い声が聞こえてきた。「お父様、どうぞ。」 凛が柵の向こうから庭を見ると、そこではトムが父と呼んでいる男の頭にシロツメクサの冠を載せているところだった。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 13, 2015
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「申し訳ございません、アイリス様。次こそは必ずあの少年を・・」「二度目の失敗は許さないわよ。あなた達はもう下がりなさい。」男達は椅子に座っていた女性に一礼すると、そのまま部屋から出て行った。「奥様、お客様がお見えです。」「こちらにお通ししてくれる?」「はい・・」 メイドはこの若い女主人が不機嫌なことに気づいたが、敢えて気づかぬふりをして玄関ホールで客を出迎えた。「奥様がお会いになられるそうです、客間へどうぞ。」「有難う。」アリティス帝国警察庁警視・リチャードはメイドとともにこの館の女主人・アイリスが居る客間へと向かった。「あら、警視様がわたくしに何かご用かしら?」「アイリス様、本日も実に麗しいですね。」「随分とお世辞がうまいのね。あなた、お客様にお茶をお出しして。」「はい、奥様。」 メイドが客間から出ると、アイリスは椅子から立ち上がり、自分の前に立っているリチャードを見た。 彼とアイリスが会ったのは、王立競馬場だった。そこでアイリスはひったくりに遭い、彼女のバッグを取り戻してくれたのがリチャードだった。 いつしか互いに惹かれあっていた二人だったが、まさかリチャードが警察関係者だとは思わなかった。「最近、社交界で妙な噂が広がっているのはご存知ですか?」「妙な噂?」「ええ。何でも今は亡きマリア皇女様がお産みになった娘の孫が、カイゼル公爵家の孫だとか。」「知りませんわ、そのような噂。わたくし、余り社交界には出ておりませんの。」「あなたのようなお美しい方が、このような豪華なお屋敷でパーティーも開かずにいるなんて、不思議ですね。」「このお屋敷は、わたくしの物ではないの。亡くなった父が所有していたもので、父が生前遺した借金の担保にされているから、わたくしが勝手にこのお屋敷で舞踏会なんて開けないのよ。貴族といっても、うちは貧乏なのよ、警視さん。」「これは失礼を、奥様。では、先ほどのお話に戻ることにいたしましょう。」リチャードがそう言ってアイリスを見た時、メイドが紅茶と菓子を載せたワゴンを押しながら客間に入って来た。「わたくしが、マリア皇女様の孫君様のことなどご存じないでしょう。もし知っていたら、真っ先にあなたにお教え致しますわ。」「そうですか、ではわたしはこれで失礼いたします。」「お客様のお帰りよ。」「はい、奥様。」(何だか妖しいな、あの女。) アイリスの館を後にしたリチャードは、カイゼル公爵家へと向かった。「旦那様、警察の方がお見えになっております。」「警察がこの家に何の用だ?」「それが、旦那様にお会いしたいとだけおっしゃっておられて・・どうなさいますか?」「通せ。家の前で派手に騒がられたら迷惑だからな。」「はい・・」「お祖父様、警察の方がうちに何の用なのでしょう?」「リン、お前は何も心配せずに馬術の稽古を受けなさい。」「はい、お祖父様。」 トムはカイゼルの部屋を出た後、廊下で一人の青年と擦れ違った。(もしかして、彼がカイゼル公爵の孫か?) リチャードはそう思いながら、トムの胸元に輝いているブローチをチラリと見た。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 12, 2015
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※BGMとともにお楽しみください。「皆様、本日は我がオーロラ一座の舞台にお越しいただき、誠にありがとうございます。本日は特別に、ショーの前に我が一座のアイドル、凛の美しい舞をご覧にみせましょう!」カイルがそう言って後ろに下がると、今度は鮮やかな緋色のドレスを纏った凛が舞台上に現れた。 フラメンコギターの伴奏に乗せ、凛は軽やかなステップを刻んだ。その姿を見た歳三は、かつて港町の酒場で千尋と見た褐色の肌をした少女の舞を思い出していた。 あの頃はまだ幸せだった―だが、その幸せはいつの間にか自分の手から零れ落ちてしまった。「伯父様、どうかなさったのですか?」「いや、何でもない・・少し、昔の事を思い出していただけだ。」「そうですの。」アンジュはそう言うと、舞台上で踊る凛の姿を見ていた。踊り終えた凛に、観客たちは拍手を送った。 それからは、夢の時間があっという間に過ぎていった。「楽しかったですわね、お兄様。」「ああ。サーカスを観に行ったのは、ガキの頃以来だな。」「まぁ、そうでしたの。」「あの頃も今夜と同じように、誰かに手をひかれてサーカスを観に行ったな。」 歳三は、そうエミリーに言うと幼き頃の日々を思い出していた。 あの日、サーカス団の公演を観に、歳三は母に手をひかれながらテントの中へと入っていった。『トシ、今日のサーカスは楽しかったわね。』そう言って自分に微笑む母の隣には、ブロンドの綺麗な女性が立っていた。それが、千尋の母親であるマリアであることに歳三が気づいたのは、数日後の事だった。『トシ、チヒロお嬢様と仲良くしてさしあげてね。』歳三は、何処か怯えた目で自分を見つめている千尋の手をそっと握った感触を思い出していた。「伯父様?」「済まねぇ、もう帰るか。」我に返った歳三は、そう言うとオーロラ一座のテントをあとにした。「リン、お疲れ様。今夜も大盛況だったわね。」「はい。」「今夜は冷えるから、これを飲んで体を温めなさい。」「お休みなさい。」リンジーが淹れてくれたカモミールティーを飲んだ凛は、寒さに震えながら自分のテントに入ろうとしたとき、誰かがテントの前に立っていることに気づいた。「お前が、マリア皇女様の孫だな?」「あなたは、誰ですか?」「我々と一緒に来てもらおう。」「嫌です、離してください!」テントの裏から数人の黒服の男達が現れ、彼らは凛を拉致しようとしていた。「お前ら、そこで何をしているんだ!」「退くぞ。」凛は苦しそうに息をしながら、自分を助けてくれたフレッドに礼を言った。「助けていただいて、有難うございます。」「大丈夫か? あいつら、知っている奴か?」「いいえ。」「アベルは暫く留守にするから、今夜は俺のテントで一緒に寝な。」「わかりました。」 夜の帳が下りた頃、王宮ではあの黒服の男達がある人物と話をしていた。「それで、例の子は捕まえたの?」「いいえ、失敗いたしました。」「お前達は本当に役立たずね!」チンツ張りの豪華な椅子に座っていた女性は、そう言うと黒服の男達に向かってレースの扇子を投げつけた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 11, 2015
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「お前、そのブローチはどうした?」「今まで失くしていたけれど、アンジュ姉様がブローチを見つけてくれたんです。」「そうか。」トムの嘘を、歳三は何の疑いもなく信じた。「お父様、今日は何か予定がありますか?」「いや、ないが。どうしてそんなことを聞くんだ?」「一緒にお父様とお買い物したいなぁと思って。ご迷惑でしたか?」「迷惑なんて思っちゃいねぇよ。早速出かけるか。」歳三はそう言うと、トムの頭を撫でた。 それから、トムは歳三とともに買い物を楽しんだ。「何だか、こうしてお父様と一緒に買い物できるなんて夢みたい。」「ああ、そうだな。」 大通りに面するカフェでトムが歳三と昼食を取っていると、そこへエミリー達が通りかかった。「あら、お兄様。奇遇ですわね、こんな所でお会いするなんて。」「伯父様、トム、ランチをご一緒にしてもいいかしら?」「ええ、勿論です。」アンジュはトムの胸にブローチが輝いていることに気づいた。「あら、そのブローチ、どうしたの?」「何をおっしゃっているのですか、アンジュ姉様。アンジュ姉様が僕のブローチを探してくださったのでしょう?」「それはそうだけれど、そのブローチはあの子の・・」「あの子って、姉様の命の恩人の? あの子がこんなに高価な物を持っているわけないですよ、姉様の勘違いじゃありませんか?」アンジュはトムにブローチの事で反論しようとしたが、あっさりと彼に丸め込まれてしまった。「それにしても、二人とも沢山買い物をしたんだな?」「ええ。何といっても愛しい娘の社交界デビューを控えているのですもの。ドレスとか靴とか、色々と欲しい物があって、つい買い過ぎてしまったわ。」「娘の為とかなんとか言って、お前ぇも新しいドレスをちゃっかりと買っているじゃねぇか。女ってのは、本当に買い物が好きだな。」歳三は呆れたような顔をしてエミリー達の足元に置かれた紙袋を見た後、そう言って溜息を吐いた。「あら、女は色々と支度がかかるものよ。お兄様もわたくし達の苦労を少しは知って欲しいものだわ、ねぇアンジュ?」「ええ、そうですわ。わたくし一度、伯父様のドレス姿を見てみたいですわ。」「おい二人とも、悪い冗談は止せよ。」歳三はそう言って頭をボリボリと掻いた。 一方、オーロラ一座のテントでは、夜の公演に向けての準備が慌ただしく行われていた。「リン、衣装合わせがしたいからリンジーがテントに来いってさ。」「はい、わかりました。」 凛が一座の衣装係であるリンジーのテントに入ると、そこには鮮やかな緋色のドレスがマネキンに着せられてあった。「リンジーさん、このドレスは?」「ああ、それ? 今夜の公演で、あんたに着て貰いたいと思って作ったのよ。」「綺麗ですね。」「そうでしょう? あんた、踊りは出来るのよね?」「はい。」「それじゃぁ、本番まで時間がないから、それを着てすぐに練習しましょうか。」 その日の夜、歳三はエミリー達とともにオーロラ一座の公演を観に来ていた。「結構人気なのね、このサーカス団。」「ええ。始まったわよ。」 テント内が急に暗くなり、観客達が少しざわめいた後、舞台の中央に立っているカイルにスポットライトが当たった。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 10, 2015
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「伯母様、こちらにいらしたのですか?」「戻って来て遅くなって済まなかったな、エミリー。」凛とエミリーが談笑していると、そこへ歳三とトムがやって来た。トムは凛の胸元に輝くブローチを見た瞬間、自分が十年間歳三達を騙してきたことが無駄になることを恐れ、あることを企んでいた。「伯母様、そちらの綺麗なお嬢様は、どなたですか?」 「この子はリン、娘の命の恩人なの。リン、この子はわたしの甥っ子の、凛よ。」「初めまして・・」凛はトムと目が合ったとき、彼が冷たい目で自分を睨んでいることに気づいた。「リン、待たせてごめんなさいね。」「いいえ。アンジュお嬢様、今日は素敵なパーティーにお招きいただいて有難うございました。そろそろ失礼いたします。」「そう。それじゃぁ、わたくしの部屋に行きましょう。」 トムは二階へと上がっていくアンジュと凛の背中を睨んでいた。「あら、もう帰っちゃうの?」「ええ。余り遅いとみんなが心配するので、これで失礼します。」「また来てねぇ、待っているわ。」ドレスからフロックコートに着替えた凛は、アンリとアンジュに手を振り、裏口から外に出た。「ただいま。」「どうだった、貴族のお嬢様は手作りのプレゼントは気に入ってくれたか?」「うん。」「リン、今日はもう遅いから化粧落として早く寝ろよ。」「わかった。」 帰宅した凛は、シャワーを浴びて化粧を落とした後、ベッドに入って眠った。「アンジュ、もう今夜は遅いからお休みなさい。」「はい、お母様。おやすみなさい。」「おやすみ。」 エミリーが寝室から出て行った後、アンジュがベッドに入ろうとすると、ベッドの床に凛がつけていたブローチが転がっていた。(これはあの子の大切な物だから、明日あの子に返そう。) 翌朝、凛は帰る時にバッグに入れていた筈のブローチがないことに気づいて慌てた。「どうした、リン?」「ブローチが、お母さんの形見のブローチが何処にもないんです!」「何だって!? ちゃんとよく探したのかい?」「はい。」「落ち着いて昨夜の事を思い出してごらん。何処かでブローチを落としたのかもしれないよ。」 半狂乱になる凛に、アベルはそう言って彼を落ち着かせた。一方、トムはどうすれば凛からあのブローチを奪おうかと企んでいた。その時、アンジュがエミリーと外出しようとしているのを見て、彼女達に声を掛けた。「アンジュ姉様、どちらへ行かれるのですか?」「これからお茶会に行くのよ。トム、悪いけれど留守番お願いね。」「わかりました。」トムは二人が出かけるのを確認した後、アンジュの寝室に入った。そして彼は、ベッドのサイドテーブルにあのブローチが置かれていることに気づいた。 幸運の女神は、自分に微笑んだのだ―トムは薄笑いを浮かべながら、そのブローチを手に取った。「お父様、入っても宜しいですか?」「ああ。」 歳三は、書斎に入って来たトムが胸にあのブローチをつけていることに気づいた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 9, 2015
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「その手、どうなさったのですか?」「ああ、この手ですか?」男は、そう言うと手袋を外し、義手を凛に見せた。「これは十六年前の戦争で負傷してしまいましてね。」「すいません、酷いことを聞いてしまって・・」「いや、いいんです。」 凛は男と踊りながら、彼と何処かで会っているような気がした。「あの、僕たち何処かで会ったことがありますか?」「さぁ、覚えていませんね。」 ワルツを踊り終えた男―歳三が凛の手を放そうとしたとき、彼は凛の胸元に燦然(さんぜん)と輝いているスターサファイアのブローチに気づいた。「そのブローチ、素敵ですね。」「有難うございます。これ、亡くなった祖母の形見なんです。」「そうですか。」「トシゾウ伯父様、こちらにいらっしゃったのですね!」 純白のドレスから透き通るような水色のドレスへと着替えたアンジュが、歳三と凛の元へと駆け寄って来た。「アンジュお嬢様、ドレス着替えられたのですね?」「ええ。紹介するわ、リン。こちらはトシゾウ伯父様、わたくしがこの世で一番尊敬する人よ。伯父様、こちらはわたくしの命の恩人の、リンさんよ。」「凛です、初めまして。」凛がそう言って歳三に握手をしようとすると、彼の顔が強張っていることに気づいた。「伯父様、どうかなさったの?」「いや、何でもない。少し気分が悪くなったから、部屋で休んでくる。」歳三は凛に背を向けると、そのまま二階へと上がった。(あれは、千尋が産んだ俺の子だ。胸元のブローチが何よりもの証拠だ。) 部屋に戻った歳三は、首に提げている指輪を握り締めると、溜息を吐いた。 さっき会った少女が自分の子だとしたら、今居る“リン”と名乗る者は誰なのだろうか。「トシゾウ様、お水をお持ちいたしました。」「有難う。トーマス、少し頼みたいことがある。」「はい、何なりとお申し付けくださいませ。」「アンジュの命の恩人の事を、少し調べて欲しい。」「かしこまりました。」 トーマスがそう言って歳三の部屋から出ると、トムが彼の元に駆け寄って来た。「どうなさいましたか、リン坊ちゃま?」「お父様は、まだお部屋に居るの?」「ええ。」「お父様、入っても宜しいですか?」「凛か、どうしたんだ?」「お父様の事が心配で、様子を見に来たんです。」「済まないな、お前に心配させちまって。もう戻ろうか。」「はい。」 自分と手を繋いでいる少年は、本当に自分の子供なのか―そんな疑念が、歳三の中で生まれ始めていた。「パーティー、楽しんでいるかしら?」「はい。」「そのブローチ、チヒロ姉様のお母様のものね。」「僕の母を、知っているのですか?」「ええ。あなたのお母様とは昔、よく遊んだのよ。」エミリーはそう言うと、凛の手を握った。「これから、娘と仲良くしてちょうだいね。」「はい。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 6, 2015
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「アンジュ、遅かったじゃないの!」「ごめんなさい、お母様。お友達の支度を手伝っていたら、遅くなってしまったの。」アンジュはそう言って母に詫びると、彼女に凛を紹介した。「紹介しますわ、わたくしの命の恩人の、リンさんです。」「まぁ、あなたが娘の命を助けてくださった方なのね?」「本日は誕生パーティーに招いて頂き、有難うございます。」「アンジュの母の、エミリーです。今夜のパーティー、楽しんでくださいね。」 凛がアンジュと共に大広間を歩いていると、招待客達が自分に好奇の視線を送っていることに気づいた。「どうかなさったの?」「いいえ。ただ、周りが僕たちの方を見ているような気がして・・」「あなたがとても綺麗だから、何処の家のお嬢様なのか知りたがっているのよ。今、飲み物を持ってくるわね。」アンジュは凛の元を離れ、飲み物を取りに行った。「アンジュ姉様、お誕生日おめでとうございます。」「あらトム、その燕尾服、似合っているじゃない。」「お父様が、社交界デビューの日の為に誂えてくださったものなんです。アンジュ姉様も、そのドレスよく似合っていますよ。」「有難う。お友達を待たせているから、後でお話ししましょうね。」「ええ。」トムはそう言うと、わざとアンジュのドレスにワインを零した。「ごめんなさい姉様、ドレスを台無しにしてしまいました!」「このままだと皆さんの前には出られないから、着替えて来るわね。」「はい。」(アンジュ様、遅いなぁ。) 会場の隅の方でアンジュを待っていた凛は、溜息を吐きながら彼女が戻って来るのを待っていた。 その時、一人の青年が凛の前に現れた。「素敵なお嬢さん、わたしと踊っていただけませんか?」「え、僕?」「そうですよ、美しいお嬢さん。」 生まれて初めて男にナンパされ、凛は戸惑っていた。「申し訳ありませんが、ダンスは・・」「大丈夫です、わたしがリード致します。」 凛は男に手首を無理矢理掴まれそうになり、暴れた弾みで男のタキシードにワインを零してしまった。「何をするんだ!」「も、申し訳ありません・・」「謝って済むと思うのか、弁償しろ!」先ほどまで凛に甘い言葉をかけていた青年は、人が変わったかのように彼を罵倒した。「どうした、何の騒ぎだ?」「土方様、この女がわたしのタキシードを汚してしまって・・」「わざとじゃねぇようだし、許してやれ。」「はい、ではわたしはこれで失礼します。」青年から自分を救ってくれた男の顔を見た凛は、彼が自分と同じ色の瞳をしていることに気づいた。「お前、あの時の・・」「わたしの事を、知っているのですか?」「いや、ただの人違いだった。」男が凛に背を向けようとした時、楽団が音楽を奏で始めた。「あの、もしよろしければわたくしと踊っていただけませんか?」「喜んで。」 男の手を握った凛は、金属の冷たい感触がしたことに気づいた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 6, 2015
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アンジュは長い金髪を結い上げ、純白のドレスを纏っていた。「この方はわたくしの命の恩人よ、お通しして。」「はい・・」門番の男はじろりと凛を見た後、渋々と正門を開けた。「お誕生日おめでとうございます、アンジュ様。あの、これをあなたに渡そうと思いまして・・」凛から綺麗に包装された箱を受け取ったアンジュが箱の蓋を開けると、そこには美しい刺繍が施されたレースのハンカチが入っていた。「これ、あなたが?」「ええ。本当は今あなたがしているようなアクセサリー類を買おうと思ったのですが、お金がなくて・・気に入っていただけましたか?」「ええ、とても気に入ったわ!」「では、僕はこれで失礼します。」凛がそう言ってアンジュに背を向けようとしたとき、アンジュが彼の手を掴んだ。「待って、折角来たのにすぐに帰ることないじゃない。わたくしと一緒に来て!」「え?」 有無を言わさず凛がアンジュに連れてこられたのは、彼女専用の化粧室だった。「お嬢様、そちらの方は?」「アンリ、前にも話したでしょう。この方は、リンさん。わたくしの命の恩人よ。」「あらまぁ、可愛い子じゃないの!」アンジュの専属美容師・アンリは、化粧室に入って来た美少年を見て嬉しそうに笑った。「ねぇアンリ、この子を綺麗にして頂戴!」「僕、もう失礼します・・僕なんかがお嬢様のパーティーに出たら、場違いですし・・」「大丈夫よ坊や、あたしがあなたを美しいレディーに変身させてあげるわ!」「本当に、いいですから!」凛はそう言ってアンリから逃げようとしたが、彼は凛の両肩を掴んで無理矢理鏡台の前に座らせた。「綺麗な髪ね。いつから伸ばしているの?」アンリは腰下まで伸びた凛の髪を櫛で優しく梳いた。「余りよく覚えていません。」「こんなに綺麗な黒髪、今まで一度も見たことがないわ。美容師としての腕が鳴るわねぇ!」 一時間もアンリとアンジュによってヘアメイクを施された凛は、鏡の前に立つ自分の姿が信じられなかった。 そこには、瞳と同じ色のドレスを着た深窓の令嬢が映っていた。「これ、本当に僕ですか?」「ふふ、どう? シンデレラになったような気分でしょう?」「ええ。」「わたくしのアクセサリーを貸してあげるから、好きな物をお選びなさいな。」「アクセサリーなら、持っています。」 凛はそう言うと、バッグの中から宝石箱を取り出した。「それは?」「死んだお母さんの形見が、この中に入っているんです。」 宝石箱の蓋を開けた凛は、スターサファイアのブローチを取り出し、それを胸につけた。「ドレスによく似合っているわ。」「それじゃぁ、わたくしと一緒にパーティーを楽しみましょう!」 主役の不在で、パーティー会場であるカイゼル公爵家の大広間に集まった貴族達は、アンジュに何かあったのではないかと噂話を始めていた。「まったく、アンジュったら一体どこに行ってしまったのかしら?」「エミリー、あいつの気紛れは今日から始まったことじゃないだろう? そんなに神経質になるなよ。」「あなたはいつもアンジュに甘いのねぇ。」 エミリーがそう言って溜息を吐いていると、階段からアンジュが一人の少女と腕を組みながら降りてきた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 5, 2015
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「えぇ、貴族のお嬢様の誕生パーティーに誘われた?」「はい。」「そのお嬢様って、お前が颯爽と車に轢(ひ)かれそうになったのを助けたあの娘か?」そう言って凛の言葉に反応したのは、猛獣使いのディートハルトだった。「ディートハルトさん、あの人の事を知っているのですか?」「あのお嬢様は、カイゼル公爵家の御令嬢のアンジュ様だ。」「カイゼル家って、あのカイゼル家のお嬢様なのですか?」「何だお前、知らなかったのか?」「まぁ、庶民の俺達にとって、お貴族様の顔なんて知らないのは当たり前だよな!」フレッドはそう言うと、フレンチフライを口の中に放り込んだ。「それでリン、お嬢様へのプレゼントはどうするつもりなんだ?」「プレゼント・・考えていなかったなぁ。」凛は溜息を吐くと、コーヒーを一口飲んだ。「貴族のお嬢様へのプレゼントは、アクセサリーかなぁ。でも、俺らの稼ぎじゃぁ一生買えない。」「そうだなぁ。」「お金がなくても、手作りでお嬢様が喜ぶようなものを作ろうかな。綺麗な刺繍を施したハンカチとか。」「それはいいかもしれないな。でもお前、裁縫できるのか?」「前に居た孤児院の先生から、裁縫教えて貰ったから出来ます。」「そうか。」 アンジュの誕生日プレゼントに贈る刺繍入りのハンカチを凛が完成させたのは、誕生パーティーの一日前だった。「どう、おかしくない?」「こんなに綺麗なハンカチ、今まで見たことがねぇや!」「これならきっと貴族のお嬢様も喜んでくれるだろう。」アダムがそう言って凛の方を見ると、彼は針と糸を持ったまま寝ていた。「アンジュお嬢様、お誕生日おめでとうございます。」「お誕生日おめでとうございます。」「有難う。」 この日、十六歳の誕生日を迎えたアンジュは、今夜のパーティーに着るドレスを部屋で選んでいると、誰かがドアをノックした。「はい、どうぞ。」「アンジュ姉様、お誕生日おめでとうございます。これ、僕が選んだ物ですけれど・・」「まぁ、有難う。素敵なピアスだわ。」 トムからダイアモンドのピアスを受け取ったアンジュは、鏡の前でそれをつけた。「どう、似合っているかしら?」「ええ。」「あなたももうすぐ、社交界デビューする日を迎えるわね。」アンジュはそう言うと、トムに優しく微笑んだ。彼は、今夜のパーティーで歳三の息子として貴族達に正式にお披露目されることになっている。「何だか緊張してしまって、朝から食事がのどを通りません。」「大丈夫よ、わたしがついているわ。」「アンジュ姉様・・」トムはアンジュの肩越しで、薄笑いを浮かべた。 その日の夜、凛は緊張しながらカイゼル公爵家の前に立った。彼が着ているのは、カイルが貸してくれたよそ行きのフロックコートだった。「すいません・・」「何だ、お前は? 使用人専用の入り口ならあっちだ!」門番にそう邪険にされた凛が肩を落としながら帰ろうとしたとき、アンジュが邸の中から出てきた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 4, 2015
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オーロラ一座は、リティア市内の繁華街から少し離れた所にテントを設営した。「公演までまだ時間があるから、リン、お前クロエの散歩に行って来い。」「え~!」「何だその声は。クロエだってずっと檻の中に入れられてストレスが溜まっている筈だ、少しは運動させないと可哀想だろう?」「それもそうだけれど・・」「まぁリン、一座の宣伝になると思って散歩して来いよ!」「わかりました。」 朝食を食べ終わった凛は、口輪とリードを持ってクロエが居る檻へと向かった。 クロエは、檻の隅で毛づくろいをしていたが、凛が近づくとゴロゴロと喉を鳴らしながら凛の前までやって来た。「散歩行こうか。」凛に返事をするかのように、クロエは凛に大きな身体を摺り寄せてきた。「ママ、ライオンさんが散歩してる。」「あら、本当ね。」「うわぁ、本物のライオンだ!」 凛がクロエを散歩しながらリティア市内を歩いていると、ホワイトライオンが普通に道を歩いていることに驚いた通行人たちが、好奇の視線で彼らを見ながら通り過ぎた。(やっぱり、目立つよなぁ・・) 羞恥で顔を赤く染めながらも、凛は一座の宣伝をするのなら今がチャンスだと思い、交差点を渡り切ったところで大声を張り上げた。「皆様、オーロラ一座がリティアにやってきました!皆様に夢の世界をお届けするために、本日は我が一座の気高きプリンセス、ホワイトライオンのクロエとともにリティア市民の皆様にご挨拶しております!」凛がそう言った時、彼の後をつけてきたフレッド達が通行人たちにビラを配り始めた。「ねぇ、止めて頂戴。」「どうなさったのですか、アンジュお嬢様?」「向こうで面白そうなことをしているから、ちょっと見て来るわ!」「お待ちください、お嬢様!」車のドアを開けたアンジュは、オーロラ一座が居る交差点へと向かった。その時、信号を無視したトラックが彼女の方に突っ込んできた。「お嬢様!」「危ない!」 トラックのブレーキ音が空気を切り裂き、アンジュの乳母は両手で悲鳴を上げながら両手で目を覆った。 凛は少女がトラックに轢(ひ)かれそうになっているのを見て、咄嗟にクロエの口輪を外した。「クロエ、行け!」クロエは寸でのところで、少女の首根っこを掴んで彼女を歩道へと連れて行った。「お嬢様、大丈夫ですか?」「ええ・・」「お怪我はありませんか、お嬢さん?」「大丈夫です。助かりました、あなたは命の恩人ね。」「礼なら僕ではなく、クロエに言ってください。」「有難う、クロエ。あなたはわたくしの命の恩人よ。」アンジュはそう言ってクロエの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに喉を鳴らした。「今度、あなた達をわたくしの誕生パーティーに招待したいの。あなた、お名前は?」「僕は、凛と申します。」「またあなたに会えることを楽しみにしているわ、リン。」 これが、凛の運命を大きく変える出会いだった。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 3, 2015
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トムが“凛”としてカイゼル家に引き取られたのは、今から十年前、聖マリア孤児院が焼失した事件から数ヶ月後の事だった。 トムは、リティア市内にある孤児院に引き取られ、毎日そこで辛い労働に耐えていた。 そんな中、歳三が妹夫婦と共にトムが居る孤児院を訪れたのは、初夏の頃だった。 トムは歳三を一目見た瞬間、彼の子供になりたいと思った。「お父様、お父様なのでしょう?」「凛・・」「凛です、お父様。ずっとお会いしたかった。」無意識にトムはそんな言葉を歳三に放つと、嘘泣きをして彼の胸の中に飛び込んだ。「凛、やっと会えたな。」 トムにとって、カイゼル家での暮らしは天国そのものだった。歳三や彼の妹夫婦は自分に優しくしてくれて、トムの欲しい物を買ってくれたし、やりたいことをさせてくれた。彼らの恩に報いる為に、トムは貴族の子息として相応しい教養や礼儀作法を身につけた。「リン、どうしたんだ? 余り食欲がないのか?」「いいえ、お父様。明後日の舞踏会の事で少し神経質になっているだけです。」トムが余り夕食を食べていないことに気づいた歳三がそう彼に話しかけると、彼はそう言って笑った。「そういえば、トムも明後日の舞踏会に出るのだったわね。」「ええ、伯母様がダンスを教えてくださったから、ダンスが上手になりました。」「そんな、リンは呑み込みが早いから、教え甲斐があるわ。」エミリーは嬉しそうにトムに向かって笑うと、彼女の隣に座っているアンジュが少し拗ねたような顔をした。「お母様、ずるいわ。わたくしの事を少しは褒めてくださってもいいのではなくて?」「あら、アンジュ。あなたこの前お庭の木に登って落ちそうになったのですってね?」「あれは、子猫を助けようとして・・」「あなたはもう16歳のレディなのだから、木登りをしてはいけませんよ、わかったわね?」「はい、わかりました。」「エミリー、自分の事を棚に上げてアンジュを責めるな。お前だって、アンジュの年の頃はお転婆でメイド達を困らせていたことを忘れたのか?」「お兄様の意地悪、今そのような事をおっしゃらなくてもいいじゃありませんか!」 娘の前でそう指摘され、エミリーは顔を真っ赤にして歳三を責めた。「リン、あなたに話があるのだけれど、いいかしら?」「いいですよ、伯母様。」「ねぇリン、あなたはチヒロ姉様から預かったブローチを何処へやってしまったのか、まだ思い出せないのかしら?」「ええ。最初に居た孤児院が火事になって、探そうとしてもすべてが燃えてしまっていて・・」「そうなの。ブローチ、早く見つかるといいわね。」「はい。」 この時初めて、トムは自分の親友であり本物の凛が持っているブローチの存在を知ったのだった。(何とかして、あいつが持っているブローチを手に入れないと、この家から追い出されてしまう!) 夜が明け、オーロラ一座はリティアに到着した。「ここが、リティアかぁ。随分と大きな街だね?」「当たり前だろ、この国の首都なんだから。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
Mar 2, 2015
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「リン、夕飯の時間だぞ!」「はい、すぐ行きます!」 練習を終えた凛は、テントから出て団員たちと夕食を取った。「リン、今夜公演が終わったらこの町を発とう。」「随分急だね。今度は何処に行くの?」「リティアだ。」「リティアって、この国の首都だよね?どんな街なのかなぁ?」「ここよりも大きい街さ。みんな、明日は朝が早いから夜更かしするなよ!」「は~い!」 オーロラ一座の公演は、その日も大成功のうちに終わった。「お疲れ様でした。」「お疲れさん。リン、今のうちに荷物整理しておけよ。」「わかりました。」 公演を終えた凛は、テントに入ると寝間着に着替えた後、荷物を少し整理した。トランクの中の物を整理しようとしたとき、凛はブローチをベッドの下に落としてしまった。(傷、ついてないかなぁ?) 凛がそう思いながらブローチに傷がついていないかどうかを確かめていると、ブローチの裏に貴族の紋章が彫られていることに気づいた。「リン、まだ起きていたんだね。」「アベル、この紋章、ブローチの裏に彫られていたんだけれど、何処の貴族のものなのかわかる?」「どれ、見せてごらん。」 凛からブローチを受け取ったアベルは、低く唸った後険しい表情を浮かべた。「どうしたの?」「リン、このブローチは君の亡くなったお祖母さんの形見だと言っていたね?」「そうだけど、それがどうかしたの?」「ブローチの裏に彫られていた紋章、これはアルティス王家の紋章なんだよ。」「それじゃぁ、僕のお祖母さんはアルティス王家の人なの?」「ああ、そうかもしれないね。このブローチには本物の宝石が使われているし、装飾も凝っている。一流の職人によってつくられたものに違いない。」「このブローチを何処に持っていけば、僕のお祖母さんがどんな人かわかるのかなあ?」「今夜はもう遅い。明日リティアに行ってから考えよう。」「わかった。お休みなさい、アベル。」「お休み、リン。」 一方、カイゼル家の一室で外出した歳三を一人の少年が読書をしながら待っていた。「リン坊ちゃま、トシゾウ様がお戻りになりましたよ。」「本当?」少年は読んでいた本を閉じて部屋から出ると、玄関ホールで歳三を出迎えた。「お帰りなさい、お父様。」「ただいま、凛。良い子にしていたか?」「お父様、僕を子供扱いしないでください。」そう言って歳三に向かって頬を膨らませた少年は、歳三の腕に自分の腕を絡めた。「あまりひっつくな、恥ずかしいだろう。」「いいじゃないですか、誰も見ていませんよ。」 歳三から“凛”と呼ばれていた少年は、オーロラ一座のフレッドの弟で、凛の親友の、トムだった。素材提供: flower&clover様にほんブログ村
Feb 28, 2015
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オーロラ一座の一員となった凛は、日夜練習に励み、アベルたちと同じ一軍メンバーに選ばれた。凛のような新入りが一週間で一軍と肩を並べられることができるなど、前代未聞の事だった。「これからが勝負だ。」「はい!」 天真爛漫な凛は、たちまち一座の人気者となった。だが、新入りの成功を妬むものも少なくはなかった。「すいません、さっきここに置いていたリボン、知りませんか?」「さぁ、知らないわねぇ。」「テントに置き忘れたんじゃないの?」 凛が一軍メンバーとなって数日が経ったある日の事、彼は道具置き場に置いてあったリボンがなくなったことに気づいた。「どうした、リン?」ナイフ投げのフレッドがそう言って凛に声を掛けると、彼はフレッドの手に自分のリボンが握られていることに気づいた。「フレッドさん、そのリボン、何処で見つけたんですか?」「裏のごみ置き場に捨てられてあったぜ。きっとお前の活躍を妬んでいるやつらの嫌がらせだろうよ。」フレッドは屈託のない笑みを凛に浮かべ、彼にリボンを手渡した。「幼稚な嫌がらせなんかに負けずに、頑張れよ!」「はい、わかりました。」「そんな辛気臭い顔、お前には似合わないぜ!」 フレッドから励まされ、それから凛は自分の活躍を妬んでいる者達から嫌がらせを受けても、無視するようになった。「そうか、そんなことがあったのか。」「ええ。フレッドさんが僕のリボンを見つけてくれなかったら、騒ぎが大きくなっていたかもしれません。」 練習の後、アベルにリボンの事を話した凛は、そう言うとバスケットの蓋を開いた。「美味しそうなビスケットだね、君が作ったのかい?」「はい。亡くなったお母さんがよく作ってくれたから、僕もお母さんの真似をして作ってみました。」「どれ、ひとつ食べてみようか。」アベルはビスケットを一個摘まむと、それを一口食べた。「どうですか?」「美味い。この味ならお店を開けるね。」「そんな、大袈裟ですよ。」「お~い二人とも、そろそろ開演の時間だぞ、準備しろ!」「は~い!」 凛が初舞台を踏んだその日の夜の公演は、大成功に終わった。「リン、お疲れさん。」「有難うございます。」「俺達は身体が商売道具みたいなもんだから、くれぐれも怪我や病気をしないように気をつけろよ。」「はい、わかりました。」「お前は素直でいいな。」フレッドはそう言うと、凛の頭を撫でた。 彼はサーカス団の一員となった凛のことを、実の兄のように面倒を見てくれた。凛も、自分に親身になって世話をしてくれるフレッドのことを実の兄のように慕った。「リンのことを見ていると、死んだ弟の事を思い出すなぁ。」「フレッドさんに、弟さんが居たんですか?」「ああ。両親を流行病で亡くして、俺と弟は別々の孤児院に引き取られたんだ。弟も、お前と同じ色の髪をしていたな。」「弟さんの名前、何ていうんですか?」「トムっていったな。知り合いなのか?」「いいえ・・」 動揺した顔をフレッドに見られたくなくて、凛は咄嗟に嘘を吐いた。にほんブログ村
Feb 28, 2015
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十年前、聖マリア孤児院が火災に遭って閉鎖された後、凛はウロボロス市内にある別の孤児院に引き取られた。そこは聖マリア孤児院とは違い、劣悪な環境だった。食事は野菜の屑(くず)が少し浮いたスープと、固くて不味いパンだけだった。だが孤児院の院長や職員は、凛達を炭鉱や工場で長時間働かせては、その給金を自分の懐に入れていた。 凛は過酷な環境に耐え、いつか死んだ両親の親戚が自分を引き取りに来てくれる日の事を思いながら、日々の労働に励んでいた。だがそんなある日、職員の財布が何者かに盗まれた。「わたし、見ました。この子が財布を持って行ったのを!」 その日の夜、食堂で盗難事件の犯人捜しが行われ、一人の少女がそう叫んで凛を指した。 凛は自分が無実であることを院長たちに訴えたが、彼らは凛の言葉に耳を傾けようとはせず、一方的に彼を犯人扱いした。しかし事件発生から数日後、職員の財布がバッグの中から出て、事件そのものが彼の勘違いによって起きたことだと知った時、凛は孤児院から出ることを決意した。(こんな場所、もう居られない! 僕は、自分で死んだお父さんの親戚を捜すんだ!) 聖マリア孤児院を発つ際に、レティシアから渡されたトランクを持ち、凛は夜明け前にその孤児院を出て、駅へと向かった。亡き父の親戚を捜すという決意をしたのはいいが、その方法がわからず、調べるすべもない六歳の凛は、駅舎の軒下で行き倒れになりそうになっていたところを、収穫祭の時に会った旅芸人のピエロに拾われた。「坊や、どうしてあんな所に一人で居たんだい?」「僕、亡くなったお父さんの親戚を捜しているんです。でも僕、どうしたらいいのかわからないし、お金もなくて・・」「じゃぁ、サーカス団に来ないかい?そこでなら、食事も寝るところもあるよ。」ピエロの名は、アベルといった。彼に連れられて、凛はアベルが所属しているサーカス団・オーロラ一座のテントへと向かった。「君、何か芸は出来るの?サーカス団に入りたきゃぁ、芸が出来ないと意味ないよ。」オーロラ一座の座長を務めるカイルという少年は、そう言うと凛を品定めするかのような目で見た。「僕、昔新体操を習っていました。」「そう。じゃぁ今からその演技を見せて。」凛は緊張しながら、カイルの前で新体操の演技を見せた。「結構いい線いっているじゃない、君。名前は?」「リンと申します。」「リンか、良い名前だね。これから宜しく。」「こちらこそ、本日からお世話になります。」 はれてオーロラ一座の一員となった凛は、アベルと同じ部屋で寝ることになった。「そのブローチ、本物のサファイアだね。」トランクの中にあった宝石箱から凛がスターサファイアのブローチを取り出すと、アベルがそう言ってブローチを指した。「これは、亡くなった僕のおばあちゃんの形見の品なんだって、お母さんがよく言っていました。」「お母さんは、今どこにいるんだい?」「僕が六歳の誕生日を迎えた数日後に、病気で亡くなりました。お世話になっていた孤児院も火事になって閉鎖して、今住んでいた孤児院に引き取られたんです。でも、泥棒扱いされたからもうあの孤児院には戻りたくありません。」凛の話を、アベルは黙って聞いていた。「人にはそれぞれ、事情を抱えているもんだ。君みたいな小さな子が、そんな辛い目に遭ってよく頑張って来たね、えらいよ。」アベルに頭を撫でられ、凛は今まで堪えていた涙を流した。にほんブログ村
Feb 25, 2015
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【拝啓、土方歳三様この十年間、お手紙を書くことが遅れてしまったことを、ここで謝ります。十年前の収穫祭の日の夜、わたくしが経営する聖マリア孤児院に強盗が入り、彼らによって一人の将来ある若い女性の命が奪われ、孤児院は強盗による放火で焼失いたしました。その火災により、わたくし達が預かっていた子供達は別の孤児院へと引き取られることとなり、あなたが探していた子・リンも別の孤児院に引き取られることになりました。どうかあなた方に神のご加護がありますように 愛を込めて、レティシア】 手紙には、凛が引き取られた孤児院の住所が記されていた。(千尋、俺は必ずお前の息子と会ってみせる。だから、天国で俺の事を見守っていてくれよ・・)歳三は首に提げている指輪を握り締めると、書斎から出た。「トシゾウ伯父様、どちらへお出かけになるの?」 よそ行きの外套を纏い、玄関ホールへと向かう伯父の姿を見たアンジュは、そう言うと彼の元へと駆け寄って来た。「少し出かける。すぐに戻るから、アンジュはバイオリンのレッスンに戻りなさい。」「はい、わかりました。」「社交界デビュー、もうすぐだったな。あいつが生きていれば、そんな年になるか・・」「伯父様・・」 マクシミリアンの死後、歳三は暫く立ち直れず、部屋に引き籠っては家族三人で写っていた写真や、マクシミリアンの誕生日パーティーの様子を映したDVDなどを観ていた。 我が子を失い、悲しみの底に沈む彼を、両親はただ何もせず、見守るだけだった。だがまだ幼かったアンジュは、大好きな伯父の部屋に毎日来ては彼の膝の上に飛び乗っては、取り留めのない事を話していた。そんな彼女に歳三は怒りもせず、アンジュの話に相槌を打ってくれた。今にして思えば、何と残酷な事を自分はしてしまったのだろうかとアンジュは後悔した。(マックス、あなたに会いたいわ。)アンジュは、生きていれば自分と同い年であった従兄の姿を思い浮かべてみた。だが、脳裏に浮かぶのは、自分のおままごとで王子様役を演じてくれた幼い頃の彼の姿だけだった。死んだ者は、いつまでも死んだときの年齢のまま、永遠に年をとらないのだ。それが、遺された者を苦しめる。「お嬢様、手が止まっておりますよ。」「ごめんなさい・・」「最近、レッスンの最中に何処か上の空のようですね?そんなにわたくしのレッスンは退屈ですか?」眼鏡のフレームを持ち上げ、バイオリン教師のリチャードは、そう言うとエメラルドグリーンの瞳でアンジュを見た。「いいえ、少し考え事をしてしまったのです。もう一度、最初からお願いいたします。」「わかりました。」 社交界デビューを控えているアンジュが貴婦人としての教育を受けている頃、凛はアルティス帝国南部の町で巡業しているサーカス団で、綱渡りの練習をしていた。にほんブログ村
Feb 25, 2015
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孤児院に謎の二人組の男が押し入り、エイミーをナイフで殺害した後、恐怖とパニックに陥った凛達は、一斉に食堂の出口へと殺到した。「お前達、落ち着け!」「お兄ちゃん、エイミー先生が!」「エイミー先生なら大丈夫だ、今から俺が医者を呼んでくるから、リンはここで待ってろ、いいな?」「うん。」 自分の部屋へと戻った凛は、食堂の方から黒い煙が漂っていることに気づいた。「アレックス兄ちゃん、火事だ!」「リン、裏口から外に逃げろ!」「わかった!」凛が裏口から孤児院の外へと出ると、自分が走っていた廊下が炎に包まれたのを見た。「畜生・・」院長室に入ったアレックスは、クローゼットの下に置いてあるトランクを掴んで素早く孤児院から脱出した。「アレックス兄ちゃん、僕たちどうなるの?」「院長先生が戻って来るまで、火を消そう。」レティシアが孤児院に戻って来るまで、アレックスをはじめ年長の少年達が消火活動にあたったものの、火の勢いはまったく衰えることがなかった。 そこへ、一台の車が孤児院に停まり、中からレティシアと見知らぬ青年が降りてきた。「アレックス、リンは何処?」アレックスが凛と逸れたことをレティシアに話すと、彼女は見知らぬ青年と共に車に乗り、凛を捜しに行った。「リンが何処に逃げたか何か心当たりはありますか?」「ええ。そういえば毎年夏に向こうの森の中にある湖で、みんなで泳いだり、ボート遊びをしたことがあります。リンは、もしかしてその湖へ逃げたのかもしれません。」「湖に行きましょう。」 クリスチャンが車で湖へと向かうと、森の中に入る道は車では通る事が出来なかった。「足元に気を付けてください。」「はい。」 懐中電灯を持った二人が、湖へと向かうと、そこには気絶した凛が横たわっていた。「リン、しっかりして!」「リン君、大丈夫か?」クリスチャンが気絶した凛の頬を叩くと、彼は低く呻いた後、ゆっくりと目を開けた。「院長・・先生?」「大丈夫、何処もけがはない?」「はい・・院長先生、その人は誰ですか?」 凛の視線が、レティシアから彼女の隣に立っているクリスチャンへと移った。「この人は、あなたの死んだお母さんの親戚の方よ。」「そうですか・・」凛はそう言うと、再び目を閉じた。 同じ頃、リティア市内の病院に入院していた歳三の一人息子・マクシミリアンが静かに息を引き取った。 マクシミリアンの母親であるレイチェルは、息子の訃報を聞いてもカイゼル家に戻ってこなかった。「一体あの人は、何処へ消えてしまったのかしら? 自分の子供が死んだっていうのに、薄情な女ね。」葬儀の席でフェリシアがそうこぼすと、大袈裟な溜息を吐いた。 マクシミリアンの葬儀で喪主を務めていた歳三は、自分が訪ねる予定だった聖マリア孤児院が火災に遭った事など知らずに、ただ息子の冥福だけを祈っていた。 マクシミリアンの死から、十年もの歳月が過ぎたある日、歳三の元に一通の手紙が届いた。にほんブログ村
Feb 25, 2015
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「うわぁ、おいしそう!」 「早起きして作ったんだ。」 湖の近くで、凛はトムが作ったチキンサンドを頬張った。「ねぇリン、本当に亡くなったお父さんの親戚のところに行くの?」「そうだよ。もうみんなには会えなくなるけれど、いつかまたトムと会えるといいね。」「そうだね。」「じゃぁ僕、もう行くね。お昼ご馳走様。」凛はそう言ってトムに手を振ると、湖をあとにした。トムは舌打ちすると、睡眠薬入りのジュースを湖の中に捨てた。「ただいま。」「お帰り。昼はちゃんと食べてきたか?」「うん。」 市庁舎の前へと戻った凛は、クリスチャンと他の孤児院仲間とともに夕方までパンを売った。「坊や、また会おうな。」「はい。さようなら、ピエロのおじさん!」 凛は、最後のパンを買ってくれた旅芸人のピエロに手を振ると、アレックスとともに孤児院へと戻っていった。「みんな、お帰りなさい。」「ただいま。エイミー先生、院長先生は?」「院長先生は、今ホテルに用があって行っているの。帰るのは、夜遅くになるわ。」「そうですか・・」 凛がアレックス達と食堂で夕食を取っていると、玄関のドアが誰かに激しくノックされる音が聞こえた。「みんなはこのまま食事を続けて。」「はぁい。」 エイミーが玄関のドアを開けると、そこには黒服と黒帽子を被った二人組の男が居た。「あのう、院長先生にご用でしたら・・」「ここに、リンという少年は居るか?」「リンなら、食堂に居ますけれど・・あなた方は、どちら様ですか?」「食堂まで、俺達を案内しろ。」長身の男は、エイミーの背にナイフを突きつけた。「子供達を殺されなくなければ、妙な気を起こすなよ。」「はい・・」 同じ頃、ホテル内にあるカフェで、レティシアはクリスチャンと会っていた。「例の少年は、まだ孤児院に居るのか?」「はい。皇太子様、あの子にはまだ真実を話さないほうがよいのでしょうか?」「ええ。」「ですが、もしあの子の命を狙っている者がわたくしの留守の間に、孤児院にやってきたらどうなりますか?」 レティシアはそう言うと、冷めた紅茶を一口飲んだ。「何だか嫌な予感がするので、もう帰ります。」「わたしが孤児院まで送りましょう。」「有難うございます。」 クリスチャンが運転する車で孤児院へと向かったレティシアが見たものは、紅蓮の炎に包まれる孤児院と、その前で呆然としている子供達だった。「一体、何が・・」「院長先生!」レティシアの姿に気付いたアレックスが彼女達の方に駆け寄って来た。「アレックス、一体何があったの?」「さっき、変な二人組の男が孤児院に来て、エイミー先生を殺して、孤児院に火を放って逃げやがったんだ!」「どうしましょう、院長室にリンへのプレゼントが・・」「リンのプレゼントなら、俺が院長室から持ってきました。」「有難う、アレックス。リンは何処にいるの?」「俺達、火事から逃げるのに必死で、気づいた時にはリンの姿は何処にも居ませんでした。」「レティシアさん、あの子を今から捜しましょう!」にほんブログ村
Feb 25, 2015
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一週間続いた春の収穫祭は、最終日を迎えた。「パン、如何ですか~!」「美味しいパン、如何ですか!」 凛達聖マリア孤児院の子供達は、市庁舎の前でパンを売っていた。「みんな、一休みしよう。」「はぁい。」「リン、お前はどうする?」「一度孤児院に戻って、お昼を食べるよ。」「わかった。一時半までに市庁舎の前に来るんだぞ、いいな。」「わかった。」 凛がアレックス達と別れて市庁舎からバスで孤児院に戻ると、そこには誰も居なかった。「リン、お帰り。」「トム、先生達は?」「先生達なら、さっき買い出しに行ったよ。」「そう。」「リン、昨日先生達が話していたことを聞いたんだけれど、リンの死んだお父さんの親戚がリンのことを引き取るって本当?」「今はまだわからないけれど、たぶんそうなると思う。」「へぇ、そうなんだ。」トムはそう言うと、凛をじっと見た。「何?」「なんでもないよ。それよりも、今日は天気がいいから外でお昼を食べない?」「いいね、それ!」「待ってて、キッチンにサンドイッチを取りに行ってくるから。」「わかった。」 トムはキッチンに入ると、バスケットの中を開けて凛の分のジュースに睡眠薬を砕いて入れた。「トム、何処に行くの?」「湖の近くに、良い所があるんだ。」 孤児院を出たトムは、凛を湖へと案内した。「僕一時半までにみんなのところに戻らないといけないんだけれど、間に合うかなぁ?」「大丈夫だよ。」トムはそう言って凛に微笑みながらも、裏でどうやって彼を陥れようかと企んでいた。 一方、歳三は凛に会う為に軽い旅支度をしてウロボロスへと向かおうと部屋から出ようとしたとき、執事長のトーマスが慌てた様子で部屋に入って来た。「トシゾウ様、大変です!」「どうした、トーマス?」「マクシミリアン様が、高熱で倒れられました!」「何だって!?」 トーマスと共にマクシミリアンの部屋に向かった歳三は、ベッドの上で高熱にうなされている我が子の姿を見た。「すぐにこの子を病院に連れて行く。」「お車をまわしてきます。」 マクシミリアンは肺炎に罹り、暫く入院することになった。「レイチェルは何処に居る?」「若奥様は、今どちらにいらっしゃるのかわかりません。」「息子が大変な事になっているってのに、何をやっているんだ。」歳三はそう呟くと、苛立ちを紛らわすかのように壁を殴った。にほんブログ村
Feb 23, 2015
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「まぁエミリー様、お久しぶりでございます。院長先生は所用で留守にしております。」「そう。ひとつお尋ねしたいことがあるのだけれど、いいかしら?」「ええ、どうぞ中へ。」聖マリア孤児院の職員・エイミーは、そう言うと歳三達を孤児院の客間へと案内した。「今日は、何のご用でいらっしゃったのですか?」「ええ。実は、兄が数日前、この孤児院の子供達が市庁舎の前でパンを売っていた時、変な子に絡まれているところを助けたんです。その子は、兄と同じ髪と瞳の色をしているそうです。」「それは、リンの事かしら?」「その子は、今どこに?」「リンは、風邪をひいて部屋で休んでいます。」「そうですか。では日を改めてまたこちらに伺うことに致しますわ。」「リンには、わたしの方から話しておきます。」「宜しくお願いいたします。」 エミリーとエイミーが交わしていた会話を、客間のドアの陰から凛の親友であるトムが盗み聞いていた。 トムは、客間を出て廊下を歩く身なりの良い数人の男女を見て、彼らが貴族であることを一目で見抜いた。この孤児院に居る前、トムは貴族相手の高級娼館で母と暮らしていた。母が病死し、身寄りのないトムは孤児院に預けられたのだった。「トム、そんなところで何をしているんだ?」「別に。」「もうすぐ夕飯の時間だから、お前も手伝え。」「わかった。」 トムは夕飯の支度をキッチンでしながら、どうすれば貴族になれるのかを考え始めていた。「凛、起きているの?」「はい。」「熱はもう下がったようね。」エイミーはそう言うと、凛の前に夕飯の粥を置いた。「あのね、今日あなたに会いに、あなたの死んだお父さんのご親戚が来たのよ。」「僕の死んだお父さんの親戚が?」「ええ。あなたの風邪が治ったら、あなたにその人達を会わせてあげるわ。」「じゃぁ僕、風邪を早く治すよ!」「そうしなさい。でも無理は禁物よ。」 数日後、リティアの自宅で歳三は、エイミーから凛が風邪から快復したことを電報で知らされた。「お兄様、どうなさったの?」「さっき孤児院の方から電報が届いてな、俺に会わせたい子の風邪が治ったらしい。」「まぁ、それは良かったわね。」「ああ。」(やっと、会える・・千尋が産んだ、俺の子に・・)「リン、明日あなたの死んだお父様のご親戚があなたに会いたいって。」「本当ですか、先生!?」「ええ、良かったわね。」「はい!」(お父さんの親戚って、どんな人かなぁ?)「リン、ボーっとしていると置いていくぞ!」「アレックス兄ちゃん、待って!」 凛は慌てて自分の荷物を持つと、アレックスと共に孤児院を出た。にほんブログ村
Feb 23, 2015
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