薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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「グレイ家を襲った強盗犯は、三人組といいましたね?」 「えぇ。暗くて顔は良く見えませんでしたが、三人共男でした。」 「ジョン様とチャールズ様はどちらに?」 「さぁ・・お二人は・・」 ステファニーとエドガーが強盗事件について話していると、ジョージの悲鳴が聞こえた。 「ジョージ様、大丈夫ですか?」 「誰かが僕を殺しに来る・・怖いよぉ~!」 「大丈夫ですよ、ジョージ様。ここにはわたし達しか居ませんよ。」 悪夢にうなされていたジョージを、ステファニーは彼が寝るまで傍に居た。 「ジョージ様は?」 「やっとお休みになられましたよ。今は彼の心のケアが大事ですね。」 「ええ。ご両親を殺された上に、自分も殺されそうになったのですから、悪夢にうなされるのは当然です。」 「ステファニーさんも早くお休みになって下さい。」 「はい、わかりました。」 翌朝、ステファニーは実家の家族へ宛てた手紙を認(したた)めていた。 「スティーブ様、NYにいらっしゃるステファニー様からお手紙が届きました。」 「ステファニーから?」 執事長から、ステファニーの手紙を受け取ったスティーブは、蜜蝋の封を切り、それに目を通した。 『親愛なるお兄様、突然のお手紙を寄越してしまい、申し訳ありません。 NYで、わたしはジョージ=グレイという少年と知り合いました。彼は優しく聡明な子ですが、先日彼の両親は強盗によって命を奪われ、上の兄二人は行方不明となりました。このままジョージ様は孤児院に送られてしまいます。その前にどうか、ジョージ様をセルフォード侯爵家の一員に加えて頂けるよう、取りなして下さいませ。どうかお願い致します。 あなたの愛する妹、ステファニーより』 手紙を読み終えたスティーブは、ステファニーの手紙を携え、父の執務室へと向かった。 「父上、スティーブです。今、よろしいでしょうか?」 「スティーブか、入れ。」 「失礼致します。」 執務室に居る父の顔は、何処か疲れているように見えた。 「父上、お顔の色が少し優れないように見えますが・・」 「少し風邪をひいてしまった。それよりも、話しとはなんだ?」 「ステファニーから、こんな手紙が・・」 セルフォード侯爵は、ステファニーの手紙に目を通した後、こう言った。 「スティーブ、ステファニーにすぐ返事を出せ。ジョージ=グレイを我が侯爵家に受け入れると。」 「わかりました。では、失礼致します、父上。」 「スティーブ、今週末用事を空けておけ。お前に会わせたい人が居る。」 「わかりました。」 自室に戻ってステファニーの手紙への返事を認(したた)めながら、スティーブは深い溜息を吐いた。 (結婚、か・・) やがてセルフォード侯爵家を継ぐ身としていずれ自分は結婚しなくてはならない。 身分と家柄が釣り合う相手を。 (ステフはいいよな、愛する相手と巡り会えて。) まだ認めた訳ではないが、スティーブの目から見ても、ステファニーとエドガーは似合いのカップルだった。 同じ価値観を持つ者同士が結ばれるのが一番理想的な結婚なのだが、現実はそうはいかない。 せめて、ステファニー達には幸せになって欲しい―そう思いながら、執事長を呼ぶ為にベルを鳴らした。 「この手紙を、ステファニーに届けてくれ。」 「かしこまりました。」 グレイ家の強盗事件発生から数日後、長男・ジョンと次男・チャールズが、カルフォルニアの海岸で遺体となって発見された。 そしてチャールズの遺書には、自分が人を雇って両親を殺害し、全財産を奪おうとしたと書かれていた。 「信じられません、こんな・・」 「確かに・・」 ステファニーとエドガーが朝刊の記事を読んでいると、フロントから電話が来た。 「ステファニー=セルフォード様ですね?スティーブ=セルフォード様からお手紙が届いております。」 「ありがとう。」
Apr 8, 2020
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『お元気そうで良かったです。』 『ねぇステファニー、隣の方は?』 『はじめまして、ジョージ様。わたしはステファニーの婚約者・エドガー=セルフシュタインと申します。』 エドガーがそう言ってジョージに挨拶すると、彼は憧れの目でエドガーを見た。 『プレゼントは、後でお渡ししますね。』 『わかった!』 パーティーは、盛況だった。 「あなた、どうしてわたくしがあの子の誕生日をお祝いしなければならないの?」 「そう言うな。」 「あの子、何処か薄気味悪いったらありゃしない。あの女にそっくりね!」 「やめないか、こんな日に・・」 継母と父が自分の事で言い争っているのを偶然聞いてしまったジョージは、今にも泣きそうな顔をしながら自分の部屋へと向かおうとした時、彼は廊下でエドガーとぶつかってしまった。 『どうしたんだい、そんな顔をして?誰かにいじめられたのかい?』 『僕、要らない子なの?』 『そんな事はないよ。』 ステファニーからグレイ家の複雑な家庭環境を聞いていたエドガーは、そう言うと彼に微笑んだ。 『どうして、お母様は僕を嫌うんだろう?』 『ジョージ、君にはお母様が二人居るだろう?それはとってもうらやましい事なんだよ。』 『本当?』 『あぁ、本当さ。』 エドガーと共に客達の前に現れたジョージは、もう泣いていなかった。 「今日は楽しかったわ、あなた。」 「ジョージにプレゼントは?」 「そんなもの、はじめから用意していないわ。ねぇあなた、わたしやっぱりあの子を受け入れる事は出来ないわ。」 「あの子をひとりでフランスへと送り返すつもりか?あの子は物じゃないんだぞ!」 「だったら、孤児院にでも入れて下さいな!もうこれ以上、あの子の顔を見るのはうんざりなの!」 グレイ夫人がそう言った後、外から突然悲鳴が聞こえて来た。 「一体、何が・・」 グレイ氏が寝室から出ようとした時、一発の銃弾が彼の胸を貫いた。 「あなた!」 グレイ夫人が慌てて夫の元へと駆け寄ると、彼は息絶えていた。 「金を出せ!」 「やめて、殺さないで!」 グレイ夫人はそう言って強盗達に必死に命乞いしたが、無駄だった。 『今の、何の音?』 銃声を聞いたジョージが部屋から廊下へと出ると、そこは血の海だった。 「お父様、お母様!」 彼が両親の寝室へと向かうと、二人共死んでいた。 (何で、どうしてこんな事に・・) 突然の両親の死にショックを隠せず、その場に固まったまま動かないジョージのこめかみに、冷たい物が押し当てられた。 「声を出すな、出したら殺す。」 (誰か、助けて・・) 「跪け。何、すぐに両親の元へ送ってやる。」 ジョージは死を覚悟した。 だがジョージのこめかみに銃を押し当てていた強盗は、何者かによって倒された。 『ジョージ様、お怪我はないですか?』 『ステファニー・・』 ジョージはステファニーの顔を見た瞬間、安心して気を失った。 「あなた達は、強盗の顔を見たんですか?」 「えぇ。強盗は三人組ですが、一人はわたしが倒して、残り二人は家の裏口から逃走しました。」 ステファニーは、グレイ家に駆け付けて来た警官達に逃走した強盗犯二人組の人相を教えた後、毛布にくるまって震えているジョージの方を見た。 「ジョージ様はこれからどうなるのですか?」 「彼は、孤児院に行く事になりだろうね。」 「そんな・・」 「ジョージ様を、わたし達が預かってもよろしいでしょうか?」 「それは、構いませんが・・」 警察の事情聴取を終えたステファニーとエドガーは、孤児となったジョージを連れて宿泊先のホテルへと向かった。 『ジョージ様、もう大丈夫ですよ。今夜は一緒に寝ましょうね。』
Apr 6, 2020
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「ジョージはまだ寝込んでいるの?」「はい、奥様。」「全く、あの子は面倒ばかりかけるんだから。」グレイ夫人は吐き捨てるようにそう言った後、一階へと降りていった。「冷たいねぇ。」「そりゃぁ、前妻の子だからね。」「それじゃぁ、前の奥様はどんな方だったのですか?」「綺麗でとてもお優しい御方でね、あたし達使用人にも良くしてくれたよ。」「全く、今の奥様とは大違いだよ。」「そうそう。」「ステファニー、奥様がお呼びよ。」「はい、わかりました。」 ステファニーが二階から一階へと降りてグレイ夫人が居る居間へと入ると、そこにはエドガーの姿があった。「エドガー様、何故こちらに?」「ステファニーさん、あなたは今日で自由の身ですよ。」「それは、一体どういう事ですか?」「実は・・」 エドガーは、グレイ夫人がステファニーに盗まれたと主張していたダイヤモンドが、NYの質店で発見された事を話した。「どうして、ダイヤモンドがNYの質店に?」「それは、あなたの方から説明して下さい。」「そ、それは・・」「出来ないというのなら、わたしが説明しましょう。グレイ夫人、あなたは下の息子さんのポーカー賭博の借金を返済する為、ダイヤモンドを質に入れたのですね。」「そ、そうよ!」「その質店からわたしが懇意にしている宝石店のオーナーから連絡がありましてね・・あなたが質入れしたダイヤモンドは、屑同然の代物でしたよ。」「あれは、南アフリカで一番の・・」「詐欺師の口車にまんまと乗せられて、あやうく全財産を失うところでしたね。」エドガーはそう言うと、冷たい目でグレイ夫人を睨んだ。「わたしの婚約者を返して貰いましょう。」「わかったわよ!」 グレイ夫人はそう言って歯軋りした後、居間から出て行った。「さぁステファニーさん、早く着替えて下さい。」「はい、わかりました。」ステファニーが二階の屋根裏部屋で着替えをしていると、そこへジョージがやって来た。『どこかへ行くの?』『えぇ。短い間でしたが、ジョージ様をお知り合いになられて嬉しかったです。』『また会える?』『ジョージ様が、会いたいと思えるのなら、会えますよ。』 ステファニーはジョージと抱擁を交わした後、グレイ邸を後にした。「何だか長いようで短かった一ヶ月でした。」 宿泊先のホテルの部屋のソファに座ったステファニーは、そう言うと溜息を吐いた。「ステファニーさん、あなたを迎えに来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません。」「謝らないで下さい、エドガー様。」「ステファニーさん、そんな顔をしている時は、何か心配事でも?」「えぇ。」 ステファニーはエドガーに、グレイ家の家庭環境を話した。「そうですか・・」「わたしはジョージ様の事が気になって仕方がないんです。何だか、弟に姿を重ねてしまって・・」 エドガーはステファニーの言葉を聞いて、彼の弟・レオナルドが、ジョージ=グレイと同じ喘息の持病を持っている事を思い出した。「エドガー様、これを。」「これは、ジョージ様の誕生日パーティーの招待状ですね。」「えぇ。」「ジョージ様とステファニーさんと出会ったのも何かの縁です。すぐに出席の返事を致しましょう。」「はい。」ステファニーとエドガーは、グレイ家の三男・ジョージの誕生パーティーに出席した。「ジョージ様、おめでとうございます。」「ありがとう。」「ジョージ、あなたにお客様が来てるわよ。」「わかりました、お母様。」 ジョージが玄関ホールへ向かうと、そこには盛装したステファニーと、彼女の婚約者と思しき綺麗な男の人が立っていた。『お誕生日おめでとうございます、ジョージ様。』『ステファニー、来てくれたの!』 ジョージはそう叫ぶと、ステファニーに抱きついた。
Mar 30, 2020
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「何でだよ、ジョージ兄さん!」「今は株取引は慎重にした方がいいと言っているんだ、チャールズ!」「ジョン、これは千載一遇のチャンスなのよ!逃がすなんてもったいないわ!」「僕は母さん達には反対だね!」ジョンはそう言うと、居間から出て行った。「ちょっと新人さん、こんな所で油売ってないで、仕事しな!」「すいません・・」「今日は色々と針仕事が多くてね。あんた、裁縫は得意かい?」「はい。」 貴婦人の嗜み、淑女教育の一環として刺繍をはじめとする針仕事を物心つく前から教えられ、それらを家庭教師から厳しく叩きこまれたステファニーにとって、シーツを五十枚縫う事など朝飯前だった。「はじめてにしちゃ、手際が良いね。」「あの、ジェーンさん、ジョン様とチャールズ様は仲が悪いのですか?」「まぁね。ジョン様は長男だし、旦那様亡き後、グレイ家の財産を全て相続できる。でもチャールズ様は違う。」「つまり、チャールズ様はグレイ家の“ヤンガー・サン”だという事ですか?」 ヤンガー・サン―英国貴族は厳格な長子相続制を取っており、次男以下の男児は爵位・領地、財産などを相続する事が出来ず、平民と同じ地位にあった。「まぁ、そんなところだね。奥様は昔からチャールズ様溺愛なさっておられたし、ジョン様はそれが面白くないんだよ、きっと。」 ステファニーもチャールズ=グレイと同じ立場ではあるが、兄・スティーブとの兄弟仲は良好そのものである。 両親が自分を女として育ててくれていたのは、ステファニーが己で生きる道を見つける為の手助けをしてくれたからではないかと、ジェーンからグレイ家の事情を聞いたステファニーは最近そう思うようになってきた。 ステファニーがグレイ家のハウスメイドとして働き始めてから、一ヶ月が過ぎた。「失礼、こちらはチャールズ=グレイ様のお宅で間違いないでしょうか?」「はい・・」 ステファニーが玄関の掃除をしていると、そこへシルクハットを被った一人の男がやって来た。「あの、どちら様ですか?」「あぁ、自己紹介が遅れました。わたしは、こういう者です。」 男はそう言うと、一枚の名刺をステファニーに手渡した。 そこには、“アメリカ心霊協会会長 アーサー=セガール”と書かれていた。「チャールズ様、失礼致します。」「誰だ?」「ステファニーです。アーサー=セガール様という方がいらっしゃって・・」「わかった、すぐ行く。」 チャールズはそう言うと、急いで身支度を済ませて自室から出た。「チャールズ様、お久しぶりです。」「ここへは来るなと言っただろう!」「ではどちらに行けばあなたが踏み倒したポーカー賭博の借金の請求をすればいいのですかねぇ?こっちは慈善団体じゃないんでねぇ。」 客間の扉越しに聞こえて来るチャールズと客の男の声を聞いたステファニーは、余り関わらない方がいいと思い、その場から離れた。「あらステファニー、こんな所に居たのね。」 ステファニーが二階の客間の暖炉を掃除していると、そこへグレイ夫人がやって来た。「何かご用でしょうか、奥様?」「急に出かける事になったから、ジョージのお守りをお願いね。」「はい・・」「じゃぁ、頼んだわよ。」 グレイ夫人はそう一方的にステファニーに向かって言うと、そのまま階段を降りていった。(人使いが荒い女だぜ。) ステファニーはそう言って溜息を吐くと、汚れたエプロンを真新しいものに着替えた。「ジョージ様、いらっしゃいますか?」 ステファニーがそう言いながら子供部屋のドアをノックすると、中から苦しそうなヒューヒューという音が聞こえた。 ステファニーが慌てて部屋の中に入ると、暖炉の前でグレイ家の三男・ジョージが身体を丸めて苦しそうにしていた。「助かったよ、あんたが居てくれて。ジョージ様は喘息持ちでね、季節の変わり目には良く発作を起こされるんだよ。」「そうだったのですか・・奥様はこの事をご存知で?」「まぁね。ここだけの話、ジョージ様は旦那様の連れ子だからねぇ。上のお二人はジョージ様を可愛がっていらっしゃるけど・・」(色々と複雑なんだな・・)「ジョージ様はわたしが、奥様が戻られるまでついています。」「わかったよ。」 エミリーが子供部屋から出て行った後、ステファニーはそっとベッドで眠っているジョージの頭を撫でた。『ママン・・』 ジョージは、朧気な意識の中で死別した母親を呼んでいた。
Mar 25, 2020
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グレイ家には、厨房には料理をするシェフが一人、キッチンメイドが四人、そして洗い場で食器を洗うカトラリーメイドが三人居た。 客間や主寝室、子供部屋などの掃除、各部屋の暖炉の掃除、洗濯などを任されているのが、グレイ家のハウスキーパーと、ステファニーを含む十二人のハウスメイド達だった。 (随分使用人の数が少ないな・・うちとは大違いだ。) セルフォード侯爵家のタウンハウスとは比べ物にならない程こぢんまりとしているグレイ邸を見つめながらステファニーがそう思っていると、邸の中から一人の青年が現れた。 「伯母様、お久しぶりです。」 「まぁジョン、来ると知っていたら家を空けなかったのに。」 「伯母様、“アトランティス号”の事故の事、聞きましたよ。災難でしたね。」 「えぇ。」 そうグレイ夫人に労いの言葉を掛けた青年は、ガーネットのような真紅の瞳でステファニーを見つめた。 「伯母様、この子は?」 「あぁ、この子は今日からハウスメイドとして働く事になったステファニーよ。ステファニー、この子はわたしの甥の、ジョンよ。」 「初めまして、ステファニーと申します。」 「へぇ、伯母様がメイドを雇うなんて珍しいなぁ。」 グレイ夫人の甥・ジョンは、そう言うと彼女を玄関ホールまでエスコートした。 ステファニーが馬車の中からグレイ夫人の荷物を運んでいると、そこへジョンが戻って来て、ステファニーの荷物運びを手伝った。 「ありがとうございます、ジョン様。」 「・・やっぱり、君みたいな綺麗な手をしたメイドは今まで一度も見た事がない。それに、キングスイングリッシュを使うなんて・・君は、労働階級に属していないね?」 そう自分に詰問したジョンの英語は、かすかにアイルランド訛りがあった。 「ジョン、その子に構わないで!」 グレイ夫人は険しい表情を浮かべながら、ステファニーを睨んだ。 「何をしているの、早く仕事に戻りなさい!」 「申し訳ありません、奥様。」 「その気取った話し方をやめなさい!」 ステファニーはグレイ夫人に対して一礼すると、屋敷の中へと入った。 「あなたが新しく入ったハウスメイドね。わたしはハウスキーパーのアメリア、よろしくね。」 「よろしくお願い致します。」 「そのドレスだと動きにくいわね、それに靴も。」 グレイ家のハウスキーパー・アメリアはそう言うとステファニーをまるで品定めするかのような目で見た。 「この服に着替えなさい。コルセットはそのままでいいわ。」 「はい・・」 グレイ家のハウスキーパー・アメリアから手渡されたのは、地味な黒のワンピースと、白のレースのエプロンとヘッドキャップだった。 靴はステファニーが普段履いているようなハイヒールではなく、黒のエナメル製のパンプスだった。 「長い髪はシニョンか編み込みになさい。髪飾りの類は一切不要です。」 アメリアははきはきとした口調でそう言った後、黒いヘアピンをステファニーに手渡した。 「奥様は色々と口うるさい方だから、身支度は素早く済ませないとね。」 「はい・・」 アメリアはステファニーを使用人部屋へと連れて行くと、そこには休憩中の数人のメイド達が居た。 「あっれぇ~、見ない顔だねぇ。」 そう言ってステファニーの顔を覗き込んだのは、顔にそばかすがあるブルネットの髪をしたメイドだった。 「エミリー、この子は奥様が新しく雇ったステファニーです。さぁステファニー、皆さんにご挨拶なさい。」 「ステファニーです、よろしくお願いします。」 「変なしゃべり方!」 「本当、おかしいったら!」 ブルネットのそばかすメイド・エミリーは、そう言うと腹を抱えて隣に居る赤毛のメイドと笑った。 「ふぅん、ジョン様が言ってた通りだぁ、見てよこの手!あたし達とは全然違うよ!」 「そりゃぁスカラリーメイドのあんたの手は年中荒れ放題だもんね。あんた、どうしてうちに来たの?」 「・・“アトランティス号”の事故で、お父様とお母様を亡くして・・行くあても、頼れる身内も居なくて、娼館に売られそうになっていた所を奥様に拾われた・・」 「その身なりからすると、あんた貴族の娘だったんだろ?可哀想にねぇ。」 「さ、さっさと着替えて仕事に取りかかりな。」 「はい・・」 ドレスからワンピースへと着替えられたのはいいが、問題は髪だった。 ステファニーは今まで、自分で髪を結った事もなければ、ヘアブラシで髪を梳く事もなかった。 それらは全て、レディースメイドのリリーや、メイド長のメイがしてくれていたから。 何とか赤毛のメイド・ジェーンに髪を編み込みにして貰い、ステファニーがグレイ家の居間へと向かうと、そこではグレイ夫人とジョンが誰かと話していた。 「ねぇ伯母様、本当に大丈夫なの?」 「大丈夫に決まっているでしょう!」 「ジョン、お前は黙ってろ!」
Mar 23, 2020
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「ステファニーさん、しっかりして下さい!」「エドガー様、ここは・・」 ステファニーが目を開けると、そこには自分を心配そうに見つめ、自分の手を握っているエドガーの姿があった。「ここは、“ダイヤモンド号”の中です。アトランティス号が沈没した後、わたし達はこちらの船に救助されたのです。」「そうですか・・じゃぁ、小父様達は・・」「お二人共無事ですよ。」「良かった・・」エドガーの言葉を聞いたステファニーは、安堵の笑みを浮かべた。「ステファニー、無事だったのね!」「小母様も、無事で良かった。」 フレイザー伯爵夫妻と再会したステファニーは、彼らと抱擁を交わした。「小母様達はこれからどうなさるおつもりで?」「予定通りに観劇を楽しむわ。あなた達は?」「それはわかりません。でもエドガー様となら楽しめます。」「そうね。」“ダイヤモンド号”でNYまでの航海をステファニーは楽しんだ。「「 エリス島での入国審査を終えた後、ステファニー達は船でマンハッタンにある宿泊先のホテルへと向かった。「ねぇエドガー様、アメリカは英国と全然違いますね。」「えぇ。」 NYの中心地・タイムズスクエアは、新聞売りの声や馬車の音などの喧騒に満ちていた。 人波に逆らうようにしながらホテルに漸く着いたステファニー達がフロントで寛いでいると、そこへ一人の男がやって来た。「ステファニー=セルフォード様ですね?」「はい、そうですが・・貴方は?」「わたしはNY市警刑事・アルフレッド=ノックスでと申します。ステファニーさん、貴方を窃盗容疑で逮捕します。:「そんな・・何かの間違いです!離してください、離して!」「ステファニーさん、必ずわたしがあなたを助けます!」「エドガー様!」 突然窃盗容疑で逮捕されたステファニーは、警察で意外な人物と再会する事になった。「お久しぶりね。」「あなたは・・」 ステファニーの前には、“アトランティス号”の歓迎パーティーで自分に言いがかりをつけてきたアメリカの成金婦人だった。「奥様、こちらの方があなたのダイヤモンドを?」「えぇ、この子がわたしのダイヤモンドを盗んだんです!」「何かの間違いです!わたしは何も盗んでいません!」「奥様、我々がダイヤモンドを探し出しますので、どうかご安心ください。」 ノックス刑事はそう言って成金婦人を宥めようとしたが、彼女は落ち着くどころかますます興奮した。「早くこの子を牢屋へぶち込んでくださいな!」「お待ちください!」 ステファニーは警察署に現れたエドガーを見て、安堵の表情を浮かべた。「あなた、誰よ!?」「わたしはこの方の婚約者です。彼女は決してあなたのダイヤモンドを盗んでなどいない!」「何よ、証拠でもあるの!?」「わたし達は、“アトランティス号”が沈没する前、あなたがダイヤモンドを使用人達に命じて運び出させていましたよね?その使用人達は今、どちらに?」「そ、そんな事、わたしが知る訳ないでしょう!」 エドガーからそう指摘された成金婦人は、そうヒステリックに叫ぶと彼を睨んだ。「奥様、そうすると、我々はあなたの勘違いでこちらの方を誤認逮捕してしまった、という事ですか?だとしたら、これは問題になりますよ?」ノックス刑事がそう言って成金婦人を睨むと、彼女の目が少し泳いだ。「そ、それは・・」「ノックス刑事、わたしの婚約者を今すぐ釈放してください。」 エドガーの訴えを受けたノックス刑事は、ステファニーを釈放した。「ステファニーさん、ホテルに戻って休みましょう。」「えぇ・・」「待ちなさい!」 警察署の前でステファニーがエドガーと共に馬車に乗ろうとした時、成金婦人が二人の間に割って入って来た。「あなたは、わたしと来なさい。ダイヤモンドが見つかるまで、わたしの屋敷で働いて貰うわ。」「そんな・・無茶苦茶な!」「エドガー様、それでわたしの疑いが晴れるのなら、わたしは彼女に従います。」ステファニーはそう言うと、エドガーの頬を優しく撫でた。「大丈夫です、わたしはすぐにあなたの元に帰って来ます。」「・・決まりね。」 こうしてステファニーは成金婦人ことグレイ夫人の家でハウスメイドとして働く事になった。
Mar 18, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。ステファニーが機転を利かせた事により、アトランティス号の乗客達の避難は滞りなく進んだ。「さぁ、あなたも早くこちらへ。」「いえ、わたしは船に残ります。」 ステファニーはそう言うと、救助ボートの順番をメアリー達に譲った。「ステファニー、本当にいいの?」「はい。だから、小母様達は先にボートへ・・」「わかったわ。気を付けてね。」 メアリー達と別れの抱擁を交わし、彼らが乗る救助ボートが遠ざかるのをステファニーとエドガーは見送った。「本当に、いいんですか?」「えぇ。だってわたし達は、この化け物の相手をしなければなりませんから。」 ステファニーはそう言うと、デッキへと上がって来た化け物を睨みつけた。「流石、英国紳士の鑑ですね。いえ、英国淑女の鑑といった所でしょうね。」 乾いた拍手の音と共に、銀髪を夜風になびかせながら、ラスプーチンが二人の前に現れた。「どうして、お前が・・」「この船に乗っているのかって?奇遇だね、わたし達も新婚旅行中なのさ。」「新婚旅行だと?」「えぇ。」 ラスプーチンはそう言うと、ステファニーに左手薬指で燦然と美しく輝くダイヤモンドの指輪を見せびらかした。「グレゴリー、こんな所に居たのか。探したぞ。」 音楽的な美しい声がデッキに響いたかと思うと、黒髪紅眼の紳士がステファニー達の前に現れた。「久しいな、ステファニー。」「あなたは、どなたですか?」「おやおや、この方の事をお忘れになるとは・・あなたは宿敵の事をすぐに忘れてしまう方なのですね?」「宿敵だと・・」「これを見ても、この方が誰なのかわかりませんか?」 ラスプーチンはそう言うと、ある物を掲げた。 それは、ラスプーチンによって盗まれた家宝“報復の刃”だった。「レパード・・」「漸く俺の名を呼んでくれたか、嬉しいぞ。」レパードはそう言うと、口端を上げて笑った。「一体、この船で何を企んでいる!?」「こやつらは、生きた人間の血に飢えておる。この豪華客船の乗客達の血をやつらに与えようとしたが、また俺の邪魔をしたな、ステファニー。」 黒髪紅眼の男―レパードは、そう言うとステファニーを睨みつけた。「レパード様、もうすぐこの船は沈没しますから、この者達は放っておきましょう。」「それは一体、どういう事だ?」 ステファニーがそう言ってラスプーチンを睨みつけると、彼は口元に不敵な笑みを浮かべた。「この子達が、この船に穴を開けたのですよ。船底に居た者達はこの子達の餌になりました。」「ひぃぃ~!」 ラスプーチンの言葉を聞いた船員達は、恐怖で顔を引きつらせながら我先に救助ボートへと乗り込んで逃げてしまった。「意気地なしどもめ。」「お前達は、アメリカに渡って何をするつもりだ!?」「君の友だちと同じような実験をするつもりですよ。」「・・悪魔め!」「何とでもおっしゃい。レパード様、こんな奴らに構うのは時間の無駄です、行きましょう。」「あぁ。」「行かせない・・お前達だけは絶対に許す訳には・・逃がす訳にはいかない!」「やれ。」「ステファニーさん、危ない!」 ステファニーの背後に化け物が忍び寄っている事に気づいたエドガーは声を上げたが、遅かった。 化け物に突然ウェストを掴まれたステファニーは、肋骨が折れる感触がして痛みに呻いた。「ステファニーさん、逃げて!」 化け物の頭を拳銃で撃ち抜いたエドガーは、うつ伏せに倒れたまま動かないステファニーの元へと駆け寄った。「ステファニーさん、しっかり!」「エドガー様・・」「早く、この船から脱出しましょう!」 エドガーはステファニーの肩に腕を回して彼の身体を支えると、自分達の旅行鞄を産みの中へと放り投げた。「エドガー様、何を・・」「ステファニーさん、しっかりわたしに捕まって下さい!」 エドガーはそう叫ぶなり、ステファニーを横抱きにした後、海の中へと身を躍らせた。 海水の冷たさに、ステファニーは意識を失った。
Mar 18, 2020
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※BGMと共にお楽しみください。「楽しかったですね、パーティー。」「えぇ、とっても。」 パーティーが終わり、大広間から自分の客室へと引き上げたステファニーとエドガーは、興奮の余りなかなか寝られなかった。 漸く二人が眠ったのは、午前一時半過ぎだった。「我が君、そろそろですね。」「あぁ、そうだな。」 レパードはそう言うと、口端を上げて笑った。 船の地下では、棺から出て来たラスプーチンが作り出した“実験体”達が、縦横無尽に動き回っていた。「何だか地下が騒がしいな。」「地下の様子を見て来ます。」 船員達がカンテラを持って船の地下へと向かうと、奥の方から呻き声が聞こえて来た。「なぁ、今何か聞こえなかったか?」「いや、気のせいだろ?」 彼らがそう話しながら互いの顔を見合わせていたまさにその時、闇の奥から青白い手が現れた。「何、幽霊だと?」「は、はい!俺達確かに見ました!」「馬鹿馬鹿しい、幽霊なんて居る訳がないだろう?」 彼らの上司はそう言って部下達の言葉を鼻で笑ったが、その直後彼は地下から這い上がって来た“実験体”によって頭を喰われた。「ひ、ひぃ・・」「ば、化け物~!」「早く船長に知らせないと!」 三等船室の乗客達は、突然侵入してきた化け物達の姿に皆恐怖で顔を引きつらせ、そこは彼らの悲鳴と怒号に満ちていた。「船長、早くこの船が沈む前に乗客達を避難させましょう!」「わかった。一等船室の女性と子供を優先的に避難させよう。」 船に突如化け物が現れたという話を聞いた船長はにわかに信じられなかったが、乗客達の命を守る事が最優先だと判断した。「お客様、船内で火災が発生しました、早くデッキへ避難してください!」 夜中に叩き起こされ、手早く荷物をまとめて眠い目を擦りながらデッキへと避難した一等船室の乗客達は、まだ化け物の存在を知らずにいた。「火災が発生しました、早くデッキへ避難して下さい!」 ステファニーとエドガーが客室のベッドで熟睡していると、突然船員達の切羽詰まった声で起こされた。「一体何があったんでしょう?」「さぁ・・それよりも、早く荷物をまとめてデッキへと向かいましょう。」「はい・・」 夜着からドレスへと着替えたステファニーは、エドガーと共にデッキへと向かう途中、パーティーで自分にぶつかって来た女性がヒステリックに喚き散らしながら使用人達に荷物を運び出させていた。「早くしなさい!」「おい、こんなに持っていける訳がないだろう、置いていけ!」「駄目よ、そんな事出来ないわ!」「馬鹿野郎、そんなに命よりダイヤモンドの方が大事か!」「えぇ、大事よ!」 ステファニーとエドガーがデッキへと向かうと、そこには多くの乗客達が荷物を持って救助ボートの到着を待っていた。「ステファニー、エドガーさん、とんだ船旅になってしまったわね。」「えぇ、本当に。」ステファニーがそう呟くと、突然船を激しい揺れが襲った。「きゃぁ!?」「一体、何なの!?」 乗客達は突然の揺れに襲われ、パニックに陥った。「皆さん、落ち着いて下さい!」「順番に救助ボートにお乗りください!」 船員達は必死にそう乗客達に呼びかけたが、パニックに陥った彼らはわれ先にと救助ボートへと乗り込もうとしていた。「ステファニーさん、このままでは収拾がつかなくなりそうですね。」「えぇ、何とかしないと・・」ステファニーはそう言った後、ある妙案が閃いた。「エドガーさん、拳銃を貸して頂けないでしょうか?」「ステファニーさん、何をするつもりですか?」「あなたは、ここで見ていて下さい。」 ステファニーはエドガーから拳銃を受け取ると、その銃口を空へと向けた。 銃声を聞いた乗客達は、急に静かになった。「皆さん、順番に救助ボートにお乗り下さい。わたし達は必ず助かります。ですから、冷静になって下さい。」ステファニーの言葉を聞いた乗客達は、彼の言葉に素直に従った。
Mar 16, 2020
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※写真はイメージです。 アトランティス号の処女航海祝賀記念を兼ねた乗客歓迎パーティーは、一等船室の大広間で開かれた。「盛況ですね。」「えぇ。」 パーティー会場には、様々な国籍の招待客達が居た。 その中に、日本人留学生と思しき青年達の姿を見たステファニーは、彼らにマサトの姿を重ねていた。 もし自分と出会わなければ、マサトは今頃彼らと共にこの船に乗っていたのかもしれない。もし・・「ステファニーさん、今何を考えているのですか?」「いいえ、何も・・」「彼らの中に、マサトさんの姿を重ねていたのでしょう?」「・・エドガー様には、何でもお見通しのようですね。」ステファニーはそう呟くと、エドガーに泣き顔を見せまいと俯いた。「何処か、静かな所へ行きましょうか?」「・・はい。」 二人が大広間から、人気のないデッキへと向かうのと入れ違いに、ラスプーチンとレパードが大広間に入って来た。―あの方・・―見かけない方ね。―黒髪の方に一度だけでもいいから口説かれてみたいわ。「グレゴリー、化け物だった俺がこの顔に生まれ変わった途端、女達は俺に熱い視線を送ってくる。人はやはり、見た目で惑わせるものだな?」「我が君、あなたの素晴らしさを知るのはわたしだけです。」「ふん、一丁前に嫉妬か?可愛い奴め。」レパードがそう言ってラスプーチンに微笑んだ時、楽団がワルツの演奏を始めた。「踊ろう。」「はい。」 突然始まった男同士のワルツに、招待客達は一斉にどよめいた。 華やかなパーティーが開かれているこの船の地下には、ラスプーチンの“実験体”が入った棺が約300体納められていた。 その中で、他の棺から少し離れた青色の棺の蓋が、少しずつ開き始めた。「もう、戻りましょう。」「はい。」 二人が大広間に戻ると、丁度レパードとラスプーチンのワルツが終わったところだった。「ステファニー、久しぶりだな。」「小父(おじ)さん、お久しぶりです!」 ステファニーは、両親の友人であるフレイザー伯爵夫妻と久しぶりに会い、彼らと抱擁を交わした。「この船に乗る前、あなたのご両親と話して来たわ。そちらの方が、あなたの婚約者の方ね?」 そう言ったフレイザー伯爵夫人は、エドガーに微笑んだ。「はじめまして、レディ=フレイザー。エドガー=セルフシュタインと申します。」「あなたの話はマルガリッテから聞いているわ。ステファニーの未来の頼もしいお婿さんだと。」「まぁ、お母様ったら・・」 母が自分達の結婚を認めてくれている事を知り、ステファニーは笑顔を浮かべた。「小父様達はニューヨークへ何をしに行かれるのです?」「仕事を兼ねた旅行だよ。メアリーは、観劇を楽しみにしているんだ。」「あら、それはいいですわね。ニューヨークに着いたら、一緒にお供してもよろしいかしら?」「えぇ、いいわよ。」ステファニーがフレイザー伯爵夫妻とそんな話をした時、彼は誰かにぶつかった。「きゃぁっ!」「すいません、大丈夫でしたか?」「何するのよ、骨が折れたじゃない!」 ステファニーがぶつかった相手に謝ろうとした時、その相手が、ミラノで見かけたアメリカ人夫妻の片割れである事に気づいた。「ステファニーさん、大丈夫ですか?怪我はありませんか?」「はい・・」「ちょっと、誰か警察を呼んで!」「失礼ですがマダム、あなたが先にぶつかって来たのでは?」 金切り声で騒ぐ女性の前に、一人の老紳士が現れた。「何よ、あんた!」「先程そちらのお嬢さんがご友人達とお話しされている際、あなたがそちらのお嬢さんにぶつかって来られたのを見ましたよ。」「わたくしも見ましたわ!」「わたくしも!」「何よ、覚えておきなさい!」 女性はそう捨て台詞を吐くと、大広間から去っていった。「災難でしたね、お嬢さん。」「助けて下さってありがとうございます。」「いいえ。」 老紳士はそう言うと、ステファニーに優しく微笑んだ。
Mar 11, 2020
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※写真はイメージです。 「ようこそ、アトランティス号へ。」 ステファニーとエドガーがアトランティス号の一等船室のロビーに入ると、白黒の縞模様の制服姿の船員達が彼らを出迎えた。 「本日18時から大ホールにて歓迎パーティーが開催されますので、どうぞお越しになってくださいませ。」 「は、はぁ・・」 少し押しが強い船員に若干引き気味のステファニーを、エドガーが船室までエスコートした。 「素敵なお部屋ですね。」 「えぇ。バルコニーから海が見渡せるなんて、開放的ですね。」 「ステファニーさん、これから船内を見て回りませんか?パーティーまでまだ時間がありますし。」 「いいですね。」 こうして、ステファニーとエドガーはアトランティス号の船内を検索する事になった。 アトランティス号には、劇場やレストラン、そしてブティックなどがあり、乗客達はそれぞれレストランで異国の料理に舌鼓を打ったり、買い物を楽しんだりしていた。 「お母様とお父様に何か買おうかしら?」 「ステファニーさん、無駄遣いはいけませんよ。」 「そうですね。」 やがて二人は、船内からデッキへと向かった。 潮風を浴び、ステファニーは余りの気持ち良さに思わず目を閉じた。 「気持ちが良いですね。」 「ええ、とっても。」 ステファニーとエドガーが船旅を満喫している頃、三頭船室は賑やかな喧騒に満ちていた。 「そこの兄さん、あたしらと飲まないかい?」 「可愛いお嬢さん達の誘いとあっては、断れないな。」 そう言って銀髪をなびかせながら、ラスプーチン達は娼婦達のテーブルに座った。 「兄さん、どっから来たの?」 「ロシアから。」 「まぁ、随分と遠い所から来たのねぇ。」 「お嬢さん達はどこkら?」 「あたし達はスペインから来たのさ。あたし達はロマでね、母国で人間扱いされないのにうんざりしたから、心機一転する事にしたのさ。」 「アメリカへ行くのは、そんな理由が?」 「まぁね。」 「それにしても、この船に乗る前にあたし、この船を見たけどさ、デカいよね。」 「この船、一番上の船室は滅茶苦茶豪華らしいよ。」 「あたし達とは違う酒類の人間が集まってんのさ。」 ロマの娼婦の一人がそう言って、酒瓶を一本掴むと、それをラッパ飲みした。 「君達は、アメリカへ渡ったらどうするんだい?」 「さぁね。それは着いた後で考えるさ。」 「・・おや、もうこんな時間だ。」 金の懐中時計を取り出したラスプーチンは、娼婦達にある物を手渡した。 「君達の人生が、これから美しく輝きますように。」 ラスプーチンが三等船室から立ち去った後、ロマの娼婦達は袋の中に入っている赤ん坊の拳大のダイヤモンドを見て歓声を上げた。 「遅かったな、グレゴリー。どうせお前の事だろうから、ロマの娼婦達と安酒を呑んでいたのだろう?」 「・・まぁ、そんな所です。それよりも我が君、そろそろパーティーが始まりますよ。」 「そうか。では、支度をしないとな。」 そう言って鏡の前に立ったレパードの姿は、あの生気のない醜い顔から、目が眩むかのような美男子へと変わっていた。 上質な黒檀を思わせるかのような艶やかな黒髪に、アラバスターのような肌理の細かい肌、そして“鳩の血(ピジョン・ブラッド)”を思わせるかのような真紅の瞳。 「銀糸の刺繍が、我が君の黒髪に映えておりますね。」 「お前の見立てが良いからだ。さぁ、行くぞ。」 「はい、我が君。」 ラスプーチンは、そう言うと恭しい仕草でレパードに跪いた。 小説(BL)ランキング
Mar 4, 2020
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王宮を出て馬車に乗り、着いたのは貧民街だった。 崩れ落ちそうになっている薄汚い家々が並び、馬車から降りた自分と少女を住民達は好奇と悪意が混ざった目で見た。「ここよ。」そう言って少女は、ゴミ溜めの前にある古ぼけた家のドアを開いた。ドアが開かれると、長年の埃がもうもうと舞い、ステファニーは咳き込み、ハンカチで口元を覆った。暗闇の中、ステファニーと少女の足音だけが響く。少女は寝室だったと思われる部屋の扉を開けた。そこには窓のそばの床に倒れているエドガーの姿があった。「エドガー様!」ステファニーがエドガーに駆け寄ろうとすると、ステファニーの前に突如大きなこうもりが現れた。だがそれはよく見ると、黒いフードを被った男だった。「会いたかったぞ、“サファイア”。」男はそう言って笑った。男に見つめられ、ステファニーは吐き気がしそうだった。「あなたは誰? エドガー様は無事なの?」「ああ、奴は無事だ。お前が下手な真似をしないかぎりはな。」「どういうこと?」ステファニーの言葉に、男はフッと口端を上げて笑った。「お前が全てを思い出すまで、この男は私が預かっておく。私達はこれからロシアへと発つ。お前はロシアで失った過去を思い出せ。そして私の配下となれ。」「何? 何を言っているの? 早くエドガー様を返して!」「残念だが、それはできない。」男はエドガーを抱えて部屋を出ていった。「あの人は誰? それに、失った過去って・・」「それは自分で見つけなさいな。」少女はそう言ってステファニーを見た。「あなたと私、そっくりね・・まるで双子のようだわ。」フフッと少女は笑い、ステファニーの顎を掴んだ。「ロシアで待っているわ。」少女はそう言って部屋を出ていった。「エドガー様・・」暗闇の中で、ステファニーは呆然と立ちつくしていた。―ウィーン編・完―にほんブログ村※UPし忘れていた事を先ほど気づきましたorz
Sep 8, 2016
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「ここが古代ローマ時代の娯楽場であったコロッセオですよ。ここでは奴隷たちが剣闘士として猛獣と戦っていて、皇帝をはじめとする古代ローマ人達は、彼らが猛獣に生きたまま食われる様子を見て歓声を上げていたそうですよ。」「まぁ、何て悪趣味な・・」 古代ローマ時代の遺跡のひとつであるコロッセオを見ながら、ステファニーはエドガーの話を聞いて思わず顔を顰めた。「すいません、あなたを不快にさせてしまいました。」「いいえ・・それよりもエドガー様、これからどうなさいますか?もうローマの観光名所は殆ど回ってしまったし・・」「もう一泊してロンドンに戻ることにしましょうか?早くあなたのご家族にお土産を渡したいですし。」「そうですね・・」 ローマのホテルに二泊した後、エドガーとステファニーは汽車と船を乗り継いで、ロンドンへと戻った。「何だか、変わったような気がしますね・・」「数ヶ月振りにロンドンに戻って来たのですから、いつもの街並みが少し違って見えるのでしょうね。」 家族への土産を携えながらステファニーとエドガーが船から降りると、そこへステファニーの兄・スティーブと弟のレオナルドがやって来た。「ステファニー、お帰り!」「お姉様、お帰りなさい!」「ただいまお兄様、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。」「いや、いいんだ。それよりも、イタリア土産は買ってきたか?」「ええ。お父様とお母様にはヴェネツィアングラスを買ってきたわ。勿論、お兄様とレオナルドの分もあるわよ。」「そうか。」「お父様とお母様はどちらにいらっしゃるの?」「二人はニューヨークに旅行に行く友人を見送りに行っているよ。向こうに居ると思う。」「ありがとう、お兄様。」 ステファニーがエドガーと共に両親の元へと向かうと、彼らはニューヨークへと旅立つ友人夫妻の見送りをしていた。「気をつけてね。」「ええ。帰ったら沢山土産話をしてあげるわ。」「まぁ、それは楽しみね。」「お父様、お母様、只今帰りました。」「あらステファニー、お帰りなさい。エドガーさん、娘がご迷惑をお掛けしてすいませんでした。」「いいえ、楽しい旅でした。ステファニーさんとヨーロッパ各国を巡って、彼女との絆が深まったような気がいたします。」「そう・・ステファニー、あなたに渡したいものがあるのよ。」ステファニーの母・マルガリッテはステファニーに笑顔を浮かべてそう言うと、バッグからある物を取り出した。「お母様、これって・・」「この船の一等船室の切符ですよ。エドガー様とあなたの結婚は完全に認めた訳ではないけれど、新婚旅行だと思ってニューヨークまでの船旅をエドガー様と楽しんでいらっしゃい。」「お母様、ありがとう・・」「無事に帰ってくるのよ、いいわね?」「はい・・」 両親に見送られながら、ステファニーはエドガーとともに“アトランティス号”に乗り込んだ。 一等船室の天井は、壮麗なフレスコ画でキリストの生涯が描かれていた。「楽しい船旅になりそうですね。」「ええ。」だが二人は、この先自分達を待ちうける苦難の道をまだ知らずにいた。―イタリア編・完―
Oct 22, 2013
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ローマ近郊の農村が昨晩謎の化け物による襲撃を受け、全滅したとの知らせを受けたルドルフは、部下達とともに現地へと向かった。「・・何だ、これは?」 ルドルフの目の前に広がるのは、瓦礫の山と化した村人達の家だった。「村人達は、一体何処へ?」「それが・・恐らく、化け物に全員食われてしまったのではないかと・・」そう言った警官は、ルドルフに背を向けて現場から立ち去った。「化け物の正体は不明か・・」「目撃者はなし・・」ルドルフは何か化け物に関する手掛かりはないだろうかと、現場周辺を調べていると、彼は一軒の民家の軒下からロザリオを拾い上げた。 化け物に襲われる直前まで被害者が身に付けていたものなのかどうかはわからないが、十字架には被害者の血痕らしきものが付着していた。「これは?」「恐らく、被害者のものだろう。とんだ無駄足だったな、行くぞ。」ルドルフがそう言って部下達とともに現場から立ち去ろうとした時、彼らの前にオーストリア=ハンガリー帝国の軍服を纏った男が現れた。「ルドルフ皇太子様ですね?」「ああ、そうだが・・」「皇帝陛下から、至急ウィーンに戻って来るようにとのご命令でございます。」「わかった・・」 ボローヌイの件で勝手に動いたルドルフの事を、父親は少し苦々しく思っているのだろうか。それとも―「またロンドンに戻る事になろうとはな。」「ここが、あなた様が愛した街ですか?」「ああ。グレゴリーよ、“あれ”はどうなっている?」「ご心配には及びません。“あれ”は全て船底に運び込みました。」 ラスプーチンはレパードとともにニューヨーク行きの豪華客船“アトランティス号”に乗り込みながら、船底へと運んだ“あれ”に想いを馳せた。彼らは今回の実験で大成功を収めた貴重なサンプル達だ。アメリカに着いたら、ゆっくりと彼らには休養を取らせてやろう―ただし、彼らが船の中で暴れないという保障は出来ないが。「海の向こうに、新大陸があるのだな・・」「“新大陸”ですか・・かのコロンブスも、アメリカ大陸を発見した際にそう言ったそうですよ。彼はかの地で、莫大な黄金と奴隷を手土産に母国へと帰還しました。しかし時の女王イザベルは、それを喜ばなかった。何故だと思いますか?」「さぁ、わからんな。女王は奴隷など望まなかったのだろうよ。」「そうでしょうね。まぁ彼のお蔭で、我々もアメリカで大規模な実験が出来るのですから、彼には感謝しなくては。」ラスプーチンはそう言葉を切ると、港で船に乗った家族に手を振る人々をデッキの上から眺めた。誰もが、幸せそうな笑顔を浮かべている。家族を持つ嬉しさ、それに伴う喜びや憧れといった感情を、ラスプーチンは何も抱いていなかった。レパードと同様に、彼は自分だけを愛するナルシストだから。
Oct 22, 2013
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ローマ郊外にある廃工場を利用した“実験場”で、ラスプーチンは被験者を集めてあの実験を再開した。ハンガリーで使った薬よりも更に強力なものを被験者に投与し、彼らに1日3回の食事を与えながら、ラスプーチンは彼らがどのように変化していくのかをこまめに観察していた。「実験の成果はどうだ?」「まだ、わかりません。ですが、ハンガリーの時よりも強力な薬を開発し、被験者達の食事に混ぜて与えておりますから、今回の実験は成功するかと。」「そうか・・」ローマ市内にあるレストランのテラス席で、レパードはピザを頬張りながらラスプーチンの話を聞いていた。 漆黒のフードを目深に被った彼の姿を、周囲の客達は怪訝そうな顔で見ながらヒソヒソと何かを話していた。「我が君、ここはわたくしが・・」「止せ、グレゴリー。もうこんな扱いにはなれている。」椅子から立ち上がろうとしたラスプーチンを、レパードはそう言って制した。「俺は自分の身体に憎しみを抱くこともなければ、悲嘆に暮れる事もない。何故なら、この身体は俺自身だからだ。この意味がわかるか?」「はい・・あなた様は他の誰でもない尊いお方です。」「グレゴリーよ、ローマにはもう飽きた。」「そうですか・・」「ヨーロッパ各地を放浪してきたが、そろそろアメリカという国に俺は行きたいと思っているのだ。」「アメリカ?確か迫害から逃れたピューリタン達が作った国ですね?」「そうだ。あそこには家柄や身分といった煩わしいものがない。お前の実験とやらも、少しはやりやすくなるだろう?」「ええ。我が君、わたくしもお供いたします。」ラスプーチンはそう言うと、レパードの手の甲に恭しく口付けた。「ねぇ、何か音がしなかったかい?」「気のせいだろう?」 ラスプーチンの“実験場”の近くにある農村に暮らしているある夫婦は、時折外から聞こえる奇妙な音に耳を澄ませながらベッドに入ろうとしていた。「ちょっと外を見て来るよ。」夫はそう言うと、猟銃を持って外へと出た。暗闇の中に立った彼は、誰も居ない事を確かめて安堵の溜息を吐いた後、家の中へと戻ろうとした。 その時、全裸の男が彼の頭を鷲掴みにしたかと思うと、そのままそれを握り潰した。「ひぃぃ、化け物!」夫の血と脳漿(のうしょう)が飛び散り、自分の方へと迫る全裸の男を見た妻は悲鳴を上げながら寝室へと逃げ込んだ。ドアに机を置いてそれをバリケードにし、彼女はひたすら全裸の男が家から立ち去るのを待った。だがドアが机と共に粉微塵にされ、全裸の男が寝室に侵入した。ベッドの下に隠れていた妻は、恐怖に震えた。やがて全裸の男はベッドをひっくり返すと、隠れていた妻を見つけて不気味な笑みを浮かべた。「やめて、来ないでぇ~!」全裸の男に両肩を掴まれ、妻は必死に抵抗したが、男の力に彼女が敵う筈がなかった。全裸の男は口を大きく開けたかと思うと、そのまま妻の喉元に食らいついた。 彼ら夫婦だけではなく、他の村人達も謎の化け物の襲撃に遭っていた。
Oct 22, 2013
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「我が君、ただいま戻りました。」 片手に“報復の刃”を携えたラスプーチンがレパードの元へと戻ると、彼はソファからゆっくりと立ち上がってラスプーチンを見た。「その剣・・」「これが、あなたが長年探していらしたものでしょう?」「ああ。この剣の刃で胸を貫かれ、俺は死んだ。だが・・」ラスプーチンから“報復の刃”を受け取ったレパードは、鞘から刀身を抜いた。「この剣が、俺に力を与えてくれることになるだろう。」「我が君、これからどうなさるおつもりなのですか?」「ヴェネツィアにはもう用はない。ローマに行くぞ。」「御意。」 ラスプーチンによって“報復の刃”を奪われたステファニーは、夕食後部屋に引き籠ってしまった。「君は、あの男を知っているのかい?」「ええ。あの男は、ロシアのグレゴリー=ラスプーチン。怪しげな薬をステファニーさんの友人に投与して、彼を化け物にした張本人です。」「ラスプーチン・・ロシア宮廷で実権を握っているという魔術師か。厄介な事が起こりそうだね。」「ええ・・」 数日後、部屋から出たステファニーは、ドアの前に薔薇の花束が置かれていることに気づいた。(エドガー様からかしら?) ステファニーが薔薇の花束を花瓶に活けようとした時、そこからメッセージカードが床に落ちた。“あなたは悲しい顔よりも笑顔が似合う。”そのメッセージを読んだステファニーは、エドガーの心に触れたような気がした。(いつまでも落ち込んではいられない。)「おはようございます、エドガー様。」「ステファニーさん、おはようございます。」「今日はお母様達にお土産を買いに行きたいんです。」「そうですか。」元気になったステファニーを見て、エドガーはそう言うと嬉しそうに笑った。「あの青いグラスはどうですか?」「あれも素敵だけど、わたしはあの翠のグラスの方が素敵だと思います。」 ヴェネツィアングラスの専門店で、ステファニーとエドガーはステファニーの両親に贈る土産を選んでいた。「あなたの意見を尊重して、翠のグラスにしましょう。」「ありがとうございます。ごめんなさい、こんな事でエドガー様のお手を煩わせてしまって・・」「僕はあなたの婚約者です。これ位の事は当たり前です。」「でも・・」「ステファニーさん、これからは一人で抱え込まずに、何でも僕に相談して下さい。わかりましたね?」「はい、約束します。」ステファニーはそう言ってエドガーに微笑んだ。「短い間でしたが、お世話になりました。」「お二人の未来に、幸多からんことを。」 エリオットに見送られながら、ステファニーとエドガーはヴェネツィアを後にした。
Oct 22, 2013
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「ステファニーさん、どうしたんですか?」「ステファニー、一体何があったんだ!?」 エドガーとエリオットが二階へと向かうと、廊下で恐怖の余り泣き叫んでいるステファニーの姿があった。「エ、エドガー様・・」「どうしたんですか、ステファニーさん?」「ま、窓の向こうに・・」ステファニーが震える指先で窓を指し示すと、そこにはパリで見た化け物の姿があった。「あれは・・」「君はあれの正体を知っているのかい?」「ええ。パリで一度見た事があります。」エドガーはそう言うと、“報復の刃”が置いてある部屋へと入った。だが、そこには“報復の刃”は何処にもなかった。「おかしいな・・」「エドガー様、あの剣は何処に?」「確かに、この部屋に置いた筈なのですが・・」エドガーがそう言いながら窓の方を見ると、暗闇の中でサファイアがキラリと光っていることに気づいた。 いつの間に窓が開いていたのかと思いながら、エドガーが“報復の刃”を掴もうと窓の方へと手を伸ばした。だがその時、暗闇から白い手が伸びて来た。「遅かったね。この剣はわたしが手に入れたよ。」「貴様は・・」 闇夜にグレゴリー=ラスプーチンの銀髪が広がるのを見たエドガーは、怒りで顔を歪めた。「お前・・」エドガーの背後で猛獣のような唸り声が聞こえたかと思うと、ステファニーが窓から外へと飛び出そうとしていた。「やめなさい!」「放してください、あいつが・・」友人の仇を目の前にして、ステファニーはラスプーチンへの怒りと憎悪に支配され、正気を失っていた。「マサトを・・」「ああ、君のお友達の事は気の毒に思っていますよ。貴重なサンプルを失ったので、我々にとっては大きな痛手でしたし。」「貴様ぁ!」「ステファニーさん、落ち着いて下さい!」「今ここで、マサトの仇を取らないと・・」狂気で血走った目でエドガーを睨みつけながら、ステファニーは今にもラスプーチンに飛びかかろうとしていた。「復讐なんて、マサトさんは望んでいません。どうか、いつものステファニーさんに戻ってください。」「エドガー様・・」エドガーの言葉を聞いたステファニーは、漸く落ち着いた。「君は、本当にステファニーの事を愛しているんだねぇ?」「黙れ、ラスプーチン。お前にはわかるまい、人を愛すということが、どんなに大切なものなのか。」「わかりたくもないね。」ラスプーチンはエドガーの言葉を嘲笑うと、そのまま闇の中へと消えていった。「エドガー様、さっきは取り乱してしまってすいません。」「気にしないでください。それよりもステファニーさん、あの化け物は・・」エドガーがそう言って窓の方を向くと、そこにはもうあの化け物の姿はなかった。
Oct 21, 2013
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「ステファニーさん、気がつかれましたか?」「ええ。」エドガーに揺り起こされたステファニーはゆっくりと目を開けると、ステファニーは知らない部屋のベッドに寝かされていた。「ここは?」「エリオット様が用意してくださったお部屋です。急に白目を剥いて倒れられたのですよ、覚えていないのですか?」「ああ・・」ステファニーは、エドガーの言葉を聞いてほんの数分前の出来事を思い出した。「迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ありません・・」「いえ、いいんです。それよりもステファニーさん、あなたの剣を、少しお借り出来ませんか?」エドガーはそう言うと、部屋に壁に立てかけてある“報復の刃”を指した。「ええ、構いませんけど・・」「そうですか。」エドガーは“報復の刃”を包んでいる布を取ると、真紅の鞘が太陽の光を放って美しい輝きを放っていた。「これは、あなたの家に代々伝わるものですか?」「ええ。」「誰が作ったのか、わかりますか?」「詳しくは・・エドガー様、何故そんな事を聞くんですか?」「何故かというと、この剣を僕は過去に何度か見ているかもしれないからです。」「そんな筈はありません。この剣をあなたに見せたのは、今日が初めてですもの・・」「そうですか・・」だが、何故かエドガーは“報復の刃”の存在を前から知っているような気がした。「ステファニーさん、夕食はどうなさいますか?」「後で頂きます。」「そうですか。余り無理はしないでくださいね?」そう言ってエドガーはステファニーの部屋を後にすると、隣の部屋に入った。 ベッドに腰掛けながら、エドガーは“報復の刃”を隅々まで調べてはみたが、何もおかしなところは見当たらなかった。この剣が本当に“ロリエンヌ様”のものならば、この剣はステファニーにしか扱えないのだろうか―そんなことを思ったエドガーは、そっと“報復の刃”の鞘へと手を伸ばした。だが、彼がどんなに力を入れて鞘から刀身を抜き出そうとしても、まるで蝋で固められたかのようにそこはビクともしなかった。「エドガー様、夕食の時間となりましたので、ダイニングへお越しくださいませ。」「わかりました。」エドガーはそう言うと“報復の刃”を壁に立てかけると、部屋から出てダイニングへと向かった。 彼が出て行った後“報復の刃”に嵌(は)め込まれたサファイアが微かに脈打った。「オマール海老のパスタをご用意いたしました。お口に合うと良いのですが・・」「では、頂こう。」エドガーはフォークで器用にパスタを絡め取ると、それをゆっくりと味わった。「如何ですか?」「海老の旨味がきいていていいね。」「今夜はあなた方の為に新鮮な海老を市場で購入いたしました。市場には常に、新鮮な魚介類が入ってきますから。」「ステファニーは、まだ部屋なのかい?」「ええ。」エドガーがそう言って赤ワインを飲もうとした時、二階からステファニーの悲鳴が聞こえた。
Oct 21, 2013
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「あなた、大丈夫?」ロリエンヌがそう言って子どもに声を掛けると、彼は苦しそうに呻くとロリエンヌを見た。「どうやら、親とはぐれてここまで逃げてきたようだな。」 兵士達は子どもを自分達の野営地へと連れて行くと、泥や垢に塗れた彼の身体を洗った。「綺麗な髪だな。」「ええ。まるで天使のようだわ。」 泥と垢を洗い流した彼の髪は、美しい黄金色をしていた。「あなた、名前は?」「エリオット・・」「そう。わたしはロリエンヌ、宜しくね。」ロリエンヌはそう言うと、エリオットに微笑んだ。 ロリエンヌ達は行き倒れになっているエリオットを放置できず、そのまま彼を連れて次の野営地へと向かった。「ロリエンヌ、こいつを戦場へは連れていけねぇよ。親元に返した方が・・」「その親を、わたし達が殺していたとしたら?」「それは・・」「もうわたしは、人が傷つくのを見たくないの。」ロリエンヌはそう言うと、セルフォード家に伝わる宝剣を握り締めた。その宝剣は、ロリエンヌが遠征する前に父から託されたものだった。「敵襲だ!」「全員、持ち場につけ!」敵から夜襲を受け、ロリエンヌ達十字軍の野営地は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。「女だ、女が居るぞ!」「殺すな、生け捕りにしろ!」敵兵がロリエンヌに気づき、下卑た笑みを浮かべながら彼女の方へとやって来た。ロリエンヌは宝剣の鞘を抜くと、敵兵の喉元にその刃を突き立てた。「おのれぇ!」「女だからといって馬鹿にするな!」ロリエンヌはそう叫ぶと、もう一人の敵兵を斬ろうと宝剣を上段に構えた。その時、敵兵が放った二本の矢が、彼女の首を貫いた。(お父様・・) ロリエンヌの脳裏には、自分に笑顔を浮かべる父の顔が浮かんだ。「エリオット・・」「ロリエンヌ様、目を開けてよぉ!」「逃げなさい・・あなただけは、生きて・・」ロリエンヌはそう言うと、そっとエリオットの頬を撫でて目を閉じた。「・・これが、わたしが知っている“あの日”の全てだ。」「ステファニーさんは、その事を覚えていないのですか?」「ああ、そうらしい。だがもう昔の事は思い出さなくてもいいとわたしは思っているんだよ。いつまでも辛い記憶を引き摺ったままでは、幸せにはなれないからね。」
Oct 21, 2013
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「あなたの名前を、まだ聞かせて貰っていませんが・・」「これは失敬。わたしはエリオット。この邸の主だ。君は、ステファニーとはどういう関係だい?」「ステファニーさんは、僕の婚約者です。あなたは、ステファニーさんとどんな関係なのですか?」「それを話せば長くなる。君は、十字軍というものを知っているかい?」「ええ。歴史の授業で習いました。天使のお告げを聞いた少年が、聖地エルサレムを奪還しようと軍を率いて戦ったと・・」「そう、そんな逸話が歴史の授業で語られているのだね。だが少年達は奴隷商人に騙され、アフリカやヨーロッパ各地に売り飛ばされた。」「酷い話ですね・・」「中世の頃、人身売買や、軍による虐殺、略奪は当たり前の事だった。十字軍は遠征先で数々の狼藉を働いてきたが、それは神の名の下によって許された。」「そんなことが・・」「ステファニーは、決して略奪には加わらなかった。」「エリオットさん、あなたはまるでステファニーさんを昔から知っているような口ぶりで話していますよね?」「君には決してわからないと思うが、わたしは昔、ステファニーによって命を救われたのだ。」 エリオットはそう言うと、エドガーを見た。そして、彼は静かに“あの日”のことを語り始めた。 十字軍に参加したステファニーの先祖・ロリエンヌは、女でありながら戦場で活躍した。キャラメル色の髪をなびかせ、剣を振り上げる彼女の姿は神々しくも猛々しかった。仲間から、そして上官達からも“女神”と讃えられていた彼女であったが、彼女にはひとつ、気掛かりなことがあった。 それは、ロリエンヌが十字軍に加わる前に病床に臥した彼女の父・クロードのことであった。クロードは、女でありながら武術に長けた娘を認め、溺愛していた。いずれは家督を彼女に譲ろうと思っていた矢先に、彼は病に倒れてしまった。「あなた、ロリエンヌの事は心配なさらないでくださいませ。」ロリエンヌの母・アンナは、そう言うと夫の手を握った。「ロリエンヌのことは放っておいてやれ。あの子には、あの子の人生がある。」「あなた・・」「お父様、行って参ります。」甲冑に身を包んだロリエンヌが父の寝室に入ると、彼は嬉しそうに笑うとロリエンヌの手を握った。「気をつけろよ・・」「はい!」「この遠征から帰ったら、エドワルドと式を挙げるのですよ。」アンナはそう言ってロリエンヌを睨んだが、彼女は母親を無視して父の寝室から出て行った。(お父様はどうなさっておられるのかしら?) 遠征中に父が死んでしまうのではないのかと、ロリエンヌは父の事が心配でならなかった。「危ない!」 泥濘(ぬかるみ)で馬が足を取られ、ロリエンヌは危うく落馬するところだった。咄嗟に手綱を引いたロリエンヌは何とか落馬せずに済んだ。「見ろ、子どもだ!」兵士達の声に気づいた彼女が、彼の指した方を見ると、そこには襤褸(ぼろ)を纏った子どもが力なく蹲(うずくま)っていた。
Oct 21, 2013
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「こちらです。」「あの・・馬車は使わないのですか?」「この街の交通手段は船か徒歩、そのふたつだけです。道幅が狭いので、馬車は禁じられています。」「そうですか・・」「お二人とも、道に迷わないようにわたしの後をついてきていただきたい。」リカルドはそう言うと、ステファニーとエドガーを見て、また歩き始めた。 数十分後、ステファニーとエドガーは、リカルドとともに運河沿いの邸の中へと入った。「リカルド、連れて来たのか?」「はい。」「よろしい。お前はもう下がれ。」「かしこまりました、旦那様。」 玄関ホールに入ったリカルドは主の言葉に従うと、彼に一礼して邸の奥へと消えた。「また会えたね、ステファニー。」「あなたはどなたです?」ステファニーは、顔を包帯で覆っている男にそう言われて思わず首を傾げた。「君は、まだ記憶を取り戻していないのだね?」「記憶、ですか?」「君は、この地で息絶えた。その最期を看取ったのは、わたしだ。」包帯の男はそう言うと、そっとステファニーの頬を撫でた。 その瞬間、ステファニーの脳裏にある映像が浮かんだ。“いや、死なないで!”“わたしはもう駄目だ・・君だけでも、逃げろ・・” 血の海の中で、エドガーと同じ顔をしている青年が自分の胸に抱かれて息絶えようとしていた。“君と出会えて、良かった・・”「いやぁぁ~!」ステファニーは白目を剥いて悲鳴を上げた後、気絶した。「ステファニーさん、しっかりしてください!」「ステファニー、済まない・・」包帯の男がステファニーへと手を伸ばそうとするのを見たエドガーは、彼の手を邪険に払った。「ステファニーさんに触るな!」「旦那様、どうかなさいましたか?」「リカルド、ステファニーの為に部屋を用意してくれ。突然気絶してしまったんだ。」「そうですか。ではお医者様をお呼び致します。」「頼むよ。」 包帯の男は、エドガーに抱きかかえられているステファニーを心配そうに見ると、二階へと上がった。「我が君、もうミラノにはあの者達は居りません。」「そうか・・グレゴリー、あいつらの行方はわかっているのか?」「ええ。」 ラスプーチンはタロットを一枚ベッドの上に広げ、嬉しそうに笑った。「“死”のカードか・・」
Oct 21, 2013
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「さぁ、ヴェネツィアに着きましたよ。」「わぁ、綺麗・・」 汽車から降り、船でヴェネツィア入りしたステファニーは、目の前に広がる優雅な街並みに思わず溜息を吐いた。「ヴェネツィアは、ルネッサンス発祥の地だといわれています。あれが、サン=マルコ大聖堂ですよ。」エドガーはそう言うと、ヴェネツィアの中心部に位置するサン=マルコ大聖堂を指した。「エドガー様、わたくしゴンドラに乗ってみたいですわ。」「そうですか。では早速、ゴンドラでヴェネツィアの街を眺めてみましょう。」エドガーはそう言ってステファニーに笑顔を浮かべると、ステファニーの手を取ってゴンドラへと乗り込んだ。 観光名所であるリアルト橋をゴンドラから眺めると、ステファニーはミラノのホテルで騒いでいたあのアメリカ人のカップルを見つけた。「どうかなさいましたか?」「いいえ・・」「まさかあの二人にヴェネツィアで会う事になろうとは・・」エドガーは望遠鏡でリアルト橋を見ると、あのアメリカ人のカップルは何やら口論していた。「ステファニーさん、あの二人の事は放っておいて、わたしたちは水の都を楽しみましょう。」「ええ。」 ゴンドラから降りた二人は、サン=マルコ広場のカフェで昼食を取った。「ここは随分と鳩が多いですね?」「あいつらは観光客が餌をくれるのを待っているのですよ。」バタバタとせわしない羽音を立たせている鳩を見ながら、エドガーがそう言って紅茶を一口飲んでいると、ステファニーの前に一人の男が現れた。「あなたが、ステファニー=セルフォード様ですね?」「はい、そうですが・・あなた様は?」「少し我々について来て貰えませんか?お時間は取らせませんから。」「何をなさるのです!」突然男に腕を掴まれ、ステファニーは悲鳴を上げて男の向う脛を蹴った。「どうしました、ステファニーさん?」「この方が、いきなりわたしを・・」「僕の婚約者に、無礼な事をしないでいただきたい。」エドガーがそう言ってジロリと男を睨み付けると、彼は頭に被っていた帽子を脱ぎ、それを胸の前に翳した。「乱暴な事をしてしまい、申し訳ありませんでしたステファニー様。わたくしはリカルド=フォーリスと申します。実はわたくしの主が、あなた方にお会いしたいと申しております。」男―リカルドは、そう言うとステファニーに一通の招待状を手渡した。 ステファニーが招待状を開けると、そこには流麗な文字でこう書かれてあった。“親愛なるステファニー様、あなたとお話したい事があるので、どうか我が邸においでくださいませ K”「あなたは、この招待状の送り主の執事?」「ええ。」「ステファニーさん、こいつは信用できません。」「エドガー様、この人の言う事を信じてみましょう。」「ですが・・」「わたくしを、信じてください。」ステファニーはそう言ってエドガーに微笑んだ後、リカルドに向き直った。「わたくし達を、あなたの主の元へと連れて行ってください。」「わかりました。」
Oct 21, 2013
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ステファニーとエドガーがワルツを踊り終えると、傍に居たギャラリーが二人に拍手を送った。「そろそろ、失礼しようか?」「ええ。もう遅いですし。」ステファニーとエドガーがマルガリーテとその夫であるパーティーの主催者・レニーの元へと向かった。「マルガリーテ様、今夜は素敵なパーティーにご招待いただき、ありがとうございます。わたくしたちは、これで失礼致します。」「わたくしも、あなたと会えてよかったわ。またお会いしましょうね。」「ええ。」マルガリーテと抱き合った後、ステファニーはエドガーと共に玄関ホールから外へと出て行った。「明日はヴェネツィアに行きますから、今夜は早く寝ましょうか?」「ええ。」 ホテルへと戻った二人がロビーに入ると、一組の男女がフロント係に対して怒りを露わにしていた。「泊まる部屋がないって、どういうことだ!?」『申し訳ございません。』「金なら幾らでも払う、すぐに部屋を用意させろ!」『それは出来ません。』「もういい!」「折角のイタリア旅行なのに、最悪な気分だわ!」「まったくだ!こんな惨めな思いをするのに、わざわざ大西洋を船で渡ったんじゃないぞ!」彼らはフロント係を罵倒すると、ホテルから出て行った。「さっきのあの二人、アメリカ人でしたね。」「ええ。あのアクセントは、ちょっと聞くに堪えないものでしたから・・」「アメリカでは最近、金山を発掘して大金持ちになった者が増えているそうですよ。まぁ、さっきの二人も、そういう類の者でしょうけど。」「あんなのが社交場に来るのかと思うと、ゾッとしますわ。」 アメリカ西海岸で金山を発掘し、一代にして巨万の富を得た者達を、ステファニーをはじめとする貴族達は快く思っていなかった。「ねぇ、さっきの騒ぎをご覧になりまして?」「ええ。あの二人、下品極まりなかったわねぇ。」「まるで彼らが人間とは思えなかったわ。フロントの方もお可哀想に。」「まったくだ。」 翌日、ステファニーとエドガーはヴェネツィア行きの汽車に乗った。一等車両から見える景色の素晴らしさに、ステファニーは思わず息を呑んだ。「ヴェネツィアに行ったら、まずはゴンドラに乗りたいですわ。」「いいですね。水の都をゴンドラで巡るなんて、優雅な旅になりそうです。」「そうですね。」「サン=マルコ広場でお茶をするのもいいかもしれませんね。」「そうですね。それよりも、お母様のお土産に何を買ったらいいと思います?わたくし、ヴェネツィアングラスがいいかなぁと・・」「いいんじゃないんでしょうか?ヴェネツィアに行くのだから、土産物はやはりその土地の名産品を買うといい。ヴェネツィアンレースのハンカチとか。ステファニーさんにも、何か買ってさしあげましょうか?」「まぁ、嬉しい・・」エドガーの言葉に、ステファニーは思わず顔を赤らめた。
Oct 20, 2013
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ミラノに滞在して一週間が経ったある日のこと、ステファニーとエドガーはある貴族のパーティーに招待された。「あなたが、ステファニー様ですね?噂どおりの美人ですねぇ。」「ありがとうございます。」主催者である貴族からそんなお世辞を言われたステファニーは、彼を適当にあしらうと愛想笑いを浮かべた。 社交界にデビューしたばかりの頃は、こういったお世辞を本気で受け取ったことがあったが、今はもうそんな愚かな事はしない。「あなた、こちらにいらしたの?」「おお、マルガリーテ!」ステファニーがシャンパングラス片手にその貴族と談笑していると、二人の前に黒いドレスを纏った美しい貴婦人が現れた。「ステファニー様、紹介いたします。わたしの妻の、マルガリーテです。」「初めまして、ステファニーです。」「まぁ、あなたがステファニー様ね?ロンドンからいらした愛らしい方というのは?」「いえ、そんな・・」「そんなに赤くならなくても・・可愛い方ねぇ。」美しい貴婦人ことマルガリーテは、そう言うと、ステファニーの髪を優しく梳いた。「綺麗な色ね。」「わたしの髪よりも、奥様のプラチナブロンドの髪の方が素敵ですわ。」「あら、そうかしら?でもわたくし、ブロンドよりも赤毛に生まれたかったわ。」「赤毛に、ですか?」「ええ。情熱を内に秘めたようで、素敵じゃないこと?」マルガリーテはそう言うと、クスクスと笑った。何だか変わった人だなぁとステファニーは思いながら、エドガーの姿を探した。エドガーは、数人の令嬢達に囲まれていた。 やはり金髪碧眼の美少年だからか、ステファニーという婚約者が居るにも関わらず、彼にアタックする令嬢が一人や二人くらいは居た。だが、そんな事で嫉妬を覚えるステファニーではなかった。 何故なら、ステファニーはエドガーが自分を心の底から愛している事を知っているから。「エドガー様。」「ステファニー、向こうで待たせてしまって済まなかったね。」ステファニーがそう言ってエドガーに声を掛けると、彼は令嬢達に背を向けてステファニーの元へと笑顔で駆け寄ってきた。「いいえ。随分楽しそうでしたわね?」「おや、妬いてくれるのかい?」エドガーはそっとステファニーの頬を撫でると、ステファニーに微笑んだ。「あらエドガー様、そちらの方は?」「皆さん、紹介いたします。この方はわたしの婚約者、ステファニー=セルフォードさんです。」「ステファニーです、宜しく。」ステファニーが満面の笑みを令嬢達に浮かべると、彼女達は突然興味を失ったかのように二人に背を向けて去っていった。「ステファニーさん、わたしと踊って下さいませんか?」「ええ、喜んで。」
Oct 20, 2013
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「お帰りなさいませ、アルフレド様。」「お父様は?どうせまた会合で留守なんだろう?」「ご朝食はどうなさいますか?」「外で食べて来たからいい。」「かしこまりました。」 サンタアンジェロ橋に居た少年―アルフレドは執事をチラリと見ると、そのまま二階にある自分の部屋へと向かった。 アルフレドが浴室に入って鏡の前に立つと、昨夜男に抵抗された時についた引っ掻き傷が左頬についていることに気づいた。(油断したな・・)彼は舌打ちすると、後で執事に適当な嘘を吐いて彼に絆創膏(ばんそうこう)を貼って貰おうと思いながら、浴槽に浸かった。「失礼致します、アルフレド様。どうなさったのですか、その傷は?」 美貌の執事・アルフォンスはそう言うと、主の左頬についた引っ掻き傷を見て激しく狼狽した。「大したものじゃないよ。猫に引っ掻かれただけさ。」「そうですか・・今から消毒薬と絆創膏をお持ちいたします。」「そうして。」アルフレドは、彼には自分が殺人を犯した事がバレていないことに気づき、安堵のため息を吐いた。 すぐに解決できると思っていたボローヌイの事件の捜査は、思いの外難航した。ボローヌイの遺留品であるルビーのネックレスの持ち主がなかなか見つからないのだ。現場付近は夜になると人気がなく、事件の目撃者も皆無だった。『今回の事件は、通り魔による犯行だと断定していいでしょう。』『わたしもそれが妥当だと思いますよ。被害者は、金品を奪われていたのですから。』 警察署の会議室でイタリア警察の幹部がそう言いながら頷いているのを見て、ルドルフはこの事件は単なる通り魔によるものでないとにらんでいた。『通り魔によるものならば、犯人はルビーのネックレスを奪っていった筈では?』『そ、それは・・』『犯人がネックレスを奪わなかったのは、それを犯人が持っていたら何か不都合なことが起こりえるから、犯人はネックレスには手をつけなかった。』『お言葉ですがルドルフ皇太子様、その犯人が恐れていた不都合なことが何なのか、我々にお聞かせ願いませんかねぇ?』『それを調べるのが、あなた方警察の仕事でしょう?』ルドルフにそうやりこめられ、幹部達は怒りで顔を赤く染めて黙りこんだ。『ではわたしは用事がありますので、これで失礼致します。』ルドルフは幹部達に向かって一礼すると、会議室から出て行った。「・・ったく、何様だと思っているんだ、あの皇太子は!」「ここはウィーンじゃないんだ!自国流のやり方で捜査を攪乱(かくらん)させないで欲しいね!」「イタリアには、イタリアの捜査のやり方があるんだ!」 ルドルフが会議室を出て行った後、イタリア警察の幹部達はルドルフに対しての不満を一斉にぶちまけた。「あの若造は何様だと思っているんだ!」「まぁ、お手並み拝見といこうじゃないか。」 ルドルフは彼らの会話を盗み聞きした後、会議室から離れ、侍従にある事を命じた。
Oct 20, 2013
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「ルドルフ様、どうかなさいましたか?」「このネックレス、何処かで見た事がある。」ルドルフはルビーのネックレスをボローヌイの服の胸ポケットから取り出すと、それを侍従に手渡した。「このネックレスの持ち主を探し出せ。」「はっ!」彼はルドルフに敬礼すると、現場を後にした。『犯人の手掛かりは?』『ありません。犯行の手口からして、プロの仕業でしょう。』 ルドルフは再びボローヌイの遺体の前に跪くと、彼に致命傷を与えた首の傷を見た。そこは、鋭利な刃物によって一撃で動脈を切り裂かれていた。彼を殺した下手人は、今は自分達が居る場所から遠く離れた安全な場所に居るのだろう―彼を雇った黒幕とともに。『サンタアンジェロ橋のたもとで殺しだってさ・・』『物騒だねぇ。』 野次馬が遠巻きに殺人現場を眺めながらそんな事を言い合っているのを聞いた一人の少年は、微かに口端を上げて笑った。ボローヌイを昨夜殺した時、彼は自分に対して全く警戒心を抱かなかった。寧ろ、“子どものお前に何が出来る”と馬鹿にしたような顔をしていた。 だから、殺したのだ。暫くは、安全な場所に身を隠した方が良いだろう―少年はそう思いながら、事件現場を後にした。「我が君、悪い知らせです。」「何だ?」「昨夜ボローヌイが、何者かに殺されました。」「・・そうか。まぁどのみち、あんな小物は口封じの為に殺そうと思っていたところだった。その手間が省けてよかったよ。」「そうおっしゃいますけれど、何だか残念そうな顔をしていらっしゃいますね?」ラスプーチンは浴室でレパードの身体を拭きながらそう言うと、彼は少しムッとした顔をしてラスプーチンの腕を掴んだ。 浴槽の淵に腰を掛けていた彼は、そのまま浴槽の中へと落ちていった。「何をなさるのですか!?」「お前が悪いのだ、グレゴリー。」レパードはそう言うと、ラスプーチンが羽織っていたバスローブの腰紐を引っ張った。バスローブが大理石の床の上に落ち、ラスプーチンの白い裸身が露わになった。「いつ見ても、お前は美しい。」「何を今更・・」ラスプーチンはクスクスと笑うと、レパードの唇を奪った。湯船の中でレパードと激しいキスをしたラスプーチンは、彼の張りつめたものが自分の腰に当たるのを感じた。「もしかして、わたしに欲情していらっしゃるのですか?」「俺はこのような醜い姿になってしまったが、男としての能力は衰えていないつもりだ。」レパードはラスプーチンの華奢な腰を掴むと、彼に向かって不敵な笑みを浮かべた。
Oct 20, 2013
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ルドルフがちらりと背後を見ると、そこに10代前半と思しき数人の少年達が、ニヤニヤしながら彼を見ていた。『聞こえなかったのか?金寄越せって言ってんだよ!』ルドルフは溜息を吐くと、拳銃を構え、少年が立っているすれすれの場所に発砲した。『逃げろ!』『クソッたれが!』少年達はルドルフに悪態を吐きながら、狭い通りの奥へと消えていった。拳銃を持って来て良かったなと思いながら、ルドルフは貧民街を後にした。「ルドルフ様、ご無事でしたか?」「ああ。ボローヌイはあの家には居ない。」「では、一体何処に?」「彼の居場所を探すのが、我々の仕事だ。早く馬車を出せ。」「はっ!」ルドルフを乗せた馬車がゆっくりとその地区から離れるのを、物陰から一人の男がじっと見ていた。その男こそが、ルドルフが探しているハンガリー貴族・ボローヌイ伯爵だった。ブタペストで優雅な生活を送り、いつも清潔な服に身を包んでいた彼は、今や全身から悪臭を漂わせていた。 彼はラスプーチンとともにある実験の助手を務め、ラスプーチンが製造した薬をローマの病院で販売していたが、その薬を飲んだ患者が急死した所為で、ボローヌイは病院を追われた。 その上、警察は彼を殺人犯として指名手配し、金も逃げ場所も尽きたボローヌイは、路上生活をする羽目になった。 清潔とは程遠い生活を送りながら、ボローヌイはいつかきっとラスプーチンが自分を助けに来てくれると信じて疑わなかった。 だがラスプーチンは、ボローヌイを見限り、彼の殺害を企てていた。「わたしはまだ終わらん・・そうだ、まだ望みはある。」ボローヌイはそう呟くと、覚束ない足取りでその場から去っていった。 その日の夜、何とか今夜の寝場所を確保したボローヌイは、全身の痒みに襲われながらも毛布を自分の方へと手繰り寄せると、目を閉じた。 時間がどれほど経っただろうか、彼の寝場所である橋のたもとに誰かがやって来る気配がして、彼が薄らと目を開けると、そこには一人の少年が立っていた。「坊主、何かわたしに用か?」ボローヌイはそう言って少年に話しかけると、彼はゆっくりとボローヌイを見て微笑んだ。 なんだ、子どもじゃないか―ボローヌイが少年への警戒心を解いた瞬間、少年は隠し持っていたナイフでボローヌイの首を刺し、そのまま躊躇わずに彼の頸動脈を切り裂いた。何が起きているのか、ボローヌイにはさっぱりわからなかった。ただ、地面を赤く染める血が自分のものであるということ、もうすぐ自分は死ぬのだということは何故か解っていた。「か、神様・・」ボローヌイは空気を求めて喘ぎながら、暗闇へと手を伸ばした。 翌朝、ルドルフはサンタアンジェロ橋のたもとでボローヌイの遺体を発見したという地元住民の通報を受け、イタリア警察とともに現場へと向かった。(間違いない、奴だ。)ルドルフがボローヌイの死体を調べていると、彼の服の胸ポケットに女物のネックレスが入っていることに気づいた。
Oct 19, 2013
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「ここか・・」 ローマへと向かったルドルフは、ロシアのスパイであるボローヌイ伯爵の居場所を遂に突き止めた。贅沢を好む彼の隠れ家は、貧民街の中にあるみずぼらしい外観の家だった。「誰か居ないのか?」ルドルフは護身用の拳銃を取り出すと、ドアを開けて家の中へと入った。家の中も、壁のところどころにカビが生えていた。(ボローヌイは、こんな所で本当に暮らしているのか?)こんなゴキブリの棲家のような不潔な場所に、彼が住んでいるのだろうか―ルドルフがそう思いながら家の奥まで進むと、そこには汚れた皿がシンクから今にも溢れ出そうになっているキッチンがあった。 汚れた皿にはコバエがたかり、うるさい羽音を立てながら皿についたソースを舐めていた。鼻をつくような悪臭に思わずルドルフは顔を顰め、口元をハンカチで覆うとキッチンを出て二階へと上がった。部屋をひとつひとつ調べてみたが、誰も居なかった。(どうやら、この家にはボローヌイは住んでいないな。)ルドルフが家を出ようとした時、一階で音がした。そっと階段を降りた彼は、キッチンから音がした方の部屋を覗くと、そこには坊主頭の男が立っていた。『逃げやがったな、あの野郎!』男はそうイタリア語で毒づくと、近くにあった椅子を掴み、それを壁の方へと投げた。壁が壊れる凄まじい音がしたかと思うと、棲家を失ったゴキブリが中から出て来た。『畜生!』男は底の厚いブーツでゴキブリを何匹か踏み殺すと、そのままルドルフが居るキッチンの方へと向かってきた。このままでは見つかってしまう―ルドルフが息を殺しながら二階へと戻ろうとした時、彼の肘がシンクに置かれている皿にぶつかり、それは床の上で粉々に砕け散った。『誰だ!?』ルドルフは覚悟を決め、キッチンから出て男に銃口を向けると、躊躇わずに引き金を引いた。男は咄嗟にベルトに挟んでいた拳銃を取り出そうとしたが、手が滑ってなかなかそれを取り出せずにいた。彼がやっと拳銃を握った時には、ルドルフが放った3発の銃弾が彼の頸動脈を貫いていた。 まるで大木が倒れるかのような大きな音と埃を立てながら、男は仰向けに倒れてそのまま息絶えた。男の遺体がゴキブリに埋め尽くされていくのを見ながら、ルドルフは裏口から外へと出た。(あの男はボローヌイの仲間なのか?いや、あの様子だと・・) 貧民街を歩きながら、ルドルフがあの男はボローヌイの仲間なのではないかと考えていた時、突然彼は背後から何者かにナイフを突き付けられた。『金出しな。』
Oct 19, 2013
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馬車はミラノ市内を一周した後、ステファニーとエドガーが宿泊するホテルの前で停まった。「ここからも、大聖堂が見えますよ。」「素敵な眺めですね。」ステファニーはそう言って部屋から出てバルコニーに立つと、遠くにはあの大聖堂が見えた。「ルドルフ様はどちらに?」「あの方なら、ローマに行かれました。例のハンガリー男の消息がわかったとかで・・」「そうですか。じゃぁ、あの男もこの街の何処かに居るんでしょうね・・」ステファニーの脳裏に、森の中で嬉しそうに自分を見つめるラスプーチンの姿が浮かんだ。あの男は、友人のマサトを化け物にした。「一体彼が何を企んでいるのか、わたし知りたいんです。マサトの為にも・・」「彼は化け物になって生きるよりも、あなたに殺されて良かったと思っていたんじゃないんでしょうか?」「そうだと、思いたいです・・」「ステファニーさん、わたしもあなたと同じ気持ちです。だから一緒に戦いましょう。」「ええ・・」(あの男を・・ラスプーチンを見つけて、殺してやる!) 友人の仇を必ず討つと胸に誓いながら、ステファニーはバルコニーからミラノの街を眺めた。「お客様・・」「どうしたんだい?何か困った事でも?」「いえ・・」「こんな所に居たのか、グレゴリー?」 朝食を食べ終えたラスプーチンがルイージの背後に立っているレパードに気づくと、ラスプーチンはレパードに微笑んだ。「どうしてわたしが此処に居るとわかったのですか、我が君?」「勘だ。」「朝食はまだですか?ここのコックが作った料理は絶品ですよ?」「ではそれを頂くとするか。」レパードはそう言うと、ソファに腰を下ろした。それだけでも、彼は苦しそうに喘いでいた。「お身体の具合がよろしくないのですか?」「ああ・・お前の薬を飲んだが、症状が改善するどころか、悪化していくだけだ。」レパードはそう言うと、ラスプーチンを睨んだ。「グレゴリー、お前もしや俺の事を殺そうと・・」「いいえ、そんな事は思っておりませんよ、我が君。それよりもわたしは、ある男の消息を追っているのです。」「ある男・・それはもしや、馴れ馴れしく汽車の中で俺達に話しかけて来た無礼なハンガリー貴族の事か?」「ええ、あのボローヌイ伯爵ですよ。ロシアと密かに繋がりがあったと噂されていた・・」「それで?」「伯爵はこれからローマに向かい、そこで大きな事業を始めるそうで・・まぁ、わたしとすれ違った時に少しだけ話してくれただけで、事業の内容は知りませんが。」「そうか・・」「失礼致します、お客様。」ルイージはレパードをチラリと見ると、彼の前に朝食が載った盆を置いて部屋から出て行った。「これは、美味そうだな。」「ええ。わたしは当分、ミラノに滞在するつもりです。」「そうか。では俺もここに泊まる事にしよう。」 レパードはそう言うと、カプチーノを一口飲んだ。
Oct 19, 2013
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二階から絶え間なく聞こえる娼婦達の嬌声を聞きながら、ルイージはバーカウンターの掃除をしていた。 本来なら店主である自分がこんな雑用をする必要はないのだが、人件費を少しでも節約したいので、この店の従業員は娼婦達と、腕はいいが時間にルーズなバーテンダーと、料理の腕が良くて真面目なコックしか居ない。 コックは自分の持ち場である厨房を毎日ピカピカに磨き上げてくれるものの、バーテンダーは時間にも仕事にもルーズな男だ。 彼が帰った後のバーカウンターには、客の飲み残しが入ったグラスや、煙草で焦げ付いた灰皿などが散らばっている事があった。「ったく、腕は良いんだがな・・」ルイージがそう呟いていると、裏口から誰かが入って来る気配がした。「ボス、何か俺が手伝う事はありますか?」「おう、いいところに来たな、ロメオ。そこのテーブルをピカピカに磨いておいてくれねぇか?」「わかりました。」 この店のコック・ロメオはそう言ってルイージから布巾を受け取ると、テーブルを磨き始めた。「二階から派手な音がしてますね。客が居るんですかい?」「ああ。女みてぇな顔してる奴だが、見かけによらず絶倫らしいなぁ。」ルイージは顎鬚(あごひげ)に埃がついているのを見ると、さっと手でそれを払った。「当分ここに泊まるとさ。」「良かったじゃないですか、ボス。」「ああ。ロメオ、客の為にお前ぇの料理を振る舞ってやれ。」「了解。」ロメオがそう言って厨房へと入った後、バーテンダーのリオが店に入って来た。「てめぇ、バーカウンターの掃除はこまめにしろって言っただろうが!」「すいません・・」「ったく、お前ぇはいつもそうだ!果物の皮、飲み物が入ったグラス・・お前ぇが帰った後には、いつもそんなもんばかりがカウンターに散らばっていやがる!片付ける俺の身にもなってみやがれ!」ルイージがそうリオに怒鳴ると、彼は仏頂面を浮かべながら無言でバーカウンターの掃除を始めた。「お客様、起きていらっしゃいますか?朝食をお持ちいたしました。」「ありがとう、そこへ置いておいてくれないか?」 ロメオが作った朝食を盆に載せたルイージがラスプーチンの部屋のドアをノックすると、彼はドアを開けてルイージを中へと招き入れた。「美味しそうだね。これは誰が作ったの?」「うちのコックです。」「そう。女の子達の他に、従業員は居るの?」「コックのロメオと、バーテンダーのリオが居ます。ここは経営が厳しくて、人件費を節約しないとやっていけない状態なんですよ。」「そうなの・・わたしから見れば、良い宿だと思うけどねぇ。」「そう言っていただけると、嬉しいです。では、失礼致します。」ルイージはそう言ってラスプーチンに笑顔を浮かべた後、部屋から出て行った。(ここなら、あいつらに見つかる事もないか・・)「ステファニーさん、お足元にお気を付けて。」「ええ・・」 ラスプーチンが売春宿で朝食を取っている頃、ステファニーとエドガーはミラノへとやって来た。「ここが、ミラノですか。何だかロンドンとは全然違いますね。」「馬車はもう頼んでいますから、行きましょうか?」「ええ。」馬車に揺られた二人は、窓からミラノの街並みを眺めた。「あれがドゥオーモ、ミラノ大聖堂です。」ステファニーは窓から壮麗な大聖堂を見ると、その美しさに感動して思わず溜息を吐いた。
Oct 19, 2013
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「ったく、いい客を逃がしちまったねぇ。」「そうだね。あいつならチップを弾んでくれるだろうと思ってたのに。」娼婦達は煙草を吸いながらそうぼやくと、カウンターに凭(もた)れかかった。「おいてめぇら、こんな所でサボってる暇はねぇぞ!」「チェッ、うるさいのに見つかっちまった。」娼婦は急いで煙草を灰皿に押し付けると、そのままバーカウンターを後にした。「ったく、ここの店の女どもは隙さえありゃぁどいつもこいつもサボろうとしていやがる・・」 売春宿のオーナー・ルイージはそう言うと、葉巻を咥えてそれに火をつけた。この店をボスから任されるようになったのは半年前からで、ここは大通りから離れている所為か、なかなか客が入らず、売り上げは減る一方だった。『ルイージ、俺の顔を潰すなよ。』 半年前、ボスからそう言われたルイージは、この店を潰さない為にありとあらゆる手を尽くしてきたが、全て無に終わった。(畜生、どうすればいいんだ?)ルイージが太鼓腹を擦りながら溜息を吐いていると、カウンターのスツールにさっき店から出て行ったばかりの銀髪の男が座っていた。『あんた、さっき出て行ったんじゃ・・』『気が変わってね。ここに泊まることにしたよ。』『それは、有り難てぇことで・・』 男から分厚い札束を差し出されたルイージは、彼が自分の窮地を救ってくれた天使に見えた。『兄さん、戻って来てくれたのかい?』『何か用があったらあたいらを呼んで頂戴な。何でもサービスするからさ。』 ミラノに滞在して一日目の夜、ラスプーチンは両脇を美しい娼婦達に囲まれながら夕食を取った。『やっぱりイタリアのワインは美味いね。ワインは充分に飲んだことだし、今度はイタリアの美女たちを堪能するとしようか?』『あたいを抱いておくれよ、兄さん!』『ちょいと、抜け駆けはしないでおくれ!あたしが先だよ!』『喧嘩しないでくれよ。纏めて相手をしてあげるから。』『じゃぁ、善は急げってことで!』 娼婦達はラスプーチンを無理矢理ソファから立ち上がらせると、彼を二階の部屋へと連れ込んだ。 ほどなくして、彼女達の嬌声が二階から響いた。『兄さん、見かけとは大違いだねぇ。てっきり優男だと思ってたのに・・』『おやおや、僕に失望してしまったのかい?』『その逆さ。イタリア女の味はどうだった?』『ワインよりも美味かったよ。このまま、ここに住んでもいいくらいにね。』『嬉しい事言うじゃないか。』黒髪の娼婦・ヴェロニカは、そう言ってラスプーチンにしなだれかかった。『君は、ジプシーなのかい?』『半分ジプシーの血が入ってんのさ。あたいの父親はどっかの貴族だってさ。まぁ、母親はあたいが5歳の時に死んじまったけどね。』『色々と苦労してきたんだねぇ。』『まぁね。今度は兄さんの身の上話を聞かせておくれよ。』『いや、それよりももう一度君を天国へと連れて行ってあげよう。』ラスプーチンはそう言うと、ヴェロニカの上に覆い被さった。
Oct 19, 2013
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「ふぅ、ようやく着いたか・・」グレゴリー=ラスプーチンはそう呟いた後、汽車からプラットホームへと降り立った。 ハンガリーを出発してから汽車に揺られて4時間近くの長旅を終え、彼は時折襲ってくる腰の疼痛に顔を顰(しか)めた。『そこのお兄さん、あたいらと遊ばない?』『安くしとくよ。』人通りの多い大通りからラスプーチンが裏の路地へと入ると、胸元を大きく開いたドレスを纏った娼婦達がそう言いながら彼の方へと近づいて来た。『済まないがレディ達、ここの住所を知らないかい?』ラスプーチンが一枚の写真を娼婦達に見せると、彼女達は首を横に振った。『知らないねぇ。こんな男、見たことないよ。』『そうか、ありがとう。』『でもルイーズだったら何か知っているかもしれないねぇ。』『その子は何処に?』『ついてきな、お兄さん。』 娼婦達はラスプーチンの両脇を固め、路地の奥へと進んだ。『ここが、あの子の居る店さ。』 彼女達に連れられてラスプーチンが入った売春宿は、瀟洒(しょうしゃ)な建物だった。「こんな所に、客が入るのかねぇ・・」ラスプーチンはロシア語でそう呟くと、娼婦達とともに売春宿の中へと入った。『ルイーズ、客だよ!』『はぁい。』二階から気だるい女の声が聞こえたかと思うと、ブロンドの娘がゆっくりと玄関ホールへと降りて来た。『君が、ルイーズ?』『そうだよ。あたいに何か用かい?』『この男を、知っているかな?』ラスプーチンがそう言って娘に男の写真を見せると、彼女は大きく頭を振った。『・・知らないよ、こんな男!』ラスプーチンは、彼女が嘘を吐いていると勘でわかった。『正直にわたしにこの男の居場所を教えてくれたら、何も悪い事をしないよ?』『わかった・・』娘は震える手でラスプーチンの腕を掴むと、自分の部屋へと彼を招き入れた。『あいつは今、ローマに居るよ。』『そう・・』『あいつ数日前にここに来てさ、あんたが来たら自分の居場所を教えるなって言われたんだ。』『ありがとう。出来れば、彼がローマの何処に居るのか教えてくれると助かるんだけどな?』『あたいも詳しくは知らないんだ。』そう言った娘は、小刻みに身体を震わせながらラスプーチンを見た。『そうか。』ラスプーチンは震える娘の頬をそっと撫でると、売春宿を後にした。『お兄さん、もう帰るのかい?』『昼間から盛る気はないのでね。』『そう、残念!』『また来てねぇ~!』娼婦達はラスプーチンに笑顔を浮かべて手を振った後、悪態を吐きながら売春宿の中へと戻った。
Oct 19, 2013
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「ステファニー様、エドガー様、お客様です。」「お客様、わたし達に?」「ええ。」 プラハ市内のホテルへと戻ったステファニーとエドガーは、セルフシュタイン家の執事・アルフレドに来客を告げられ、ホテルのロビーへと向かった。「久しいですね、二人とも。」「ルドルフ様・・」帽子を目深に被っているものの、ステファニー達はロビーのソファに座っている男が誰なのか知っていた。「どうして、ルドルフ様がプラハに?」「プラハは、我が帝国の領土だ。それよりもこんな所だと人目につくから、食事でもしないか?」「はい・・」 数分後、レストランの奥の席で、エドガーとステファニーはルドルフから信じられない話を聞いた。「ハンガリーの貴族が、ロシアと繋がっている?」「ああ。正確に言えば、最近ロシア皇后がお気に入りの魔術師とだが。わたしが今追っている貴族は医者でな、ラスプーチンの研究に手を貸していたらしい。」「その方は、今どちらに?」「イタリアに向かったと、わたしは睨んでいる。あいつの母方の実家はイタリアにあるからな。」「そうですか。あのルドルフ様、何故そんな事をわたし達に教えてくださるのですか?」「わたしと共にイタリアに来い。」「そんな、急に言われましても・・」「ステファニーさん。」ステファニーがルドルフに抗議しようとすると、エドガーがそれを制した。「ルドルフ様、急にわたし達にイタリアへ来いと言われましても、理由が解らなければ同行する事ができません。」「そうか。」ルドルフは溜息を吐くと、ワインを一口飲んだ。「あいつは、医師として働いていた病院で非道な行為を繰り返していた。」「非道な行為、ですか?」「ああ。精神病を患った患者達の鼻の穴から熱した針金を入れて、彼らの前頭葉の神経を焼いたそうだ。」「そんな・・その患者は、どうなったのですか?」「前頭葉の神経を焼かれた患者達は廃人となり、それを見かねた家族が彼らに手を掛けた。わたし達はすぐさまそいつを逮捕しようとしたが、既にそいつは病院を辞め、証拠品を隠滅した後自宅に火を放った。」「用意周到な人物ですね・・」「何としてでも、わたしはあいつの尻尾を掴みたい。ロシアが裏で動いているとなれば、なおさらだ。」「わかりました。わたし達も同行いたします。」ステファニーはそう言うと、ルドルフを見た。「わたしは、ラスプーチンを許してはおけません。彼はわたしの友人に酷い事をしたのですから・・」「ならば話が早い。明朝、ここを発つぞ。」「わかりました。」 翌朝、エドガーとステファニーは、ルドルフと共にプラハを発ち、イタリア行きの汽車へと乗り込んだ。「また、長い旅になりそうですね。」「ええ・・」―プラハ・ハンガリー編・完―
Sep 17, 2013
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「何故わたしに彼女を殺させてくれなかったのですか、我が君?あそこでなら、確実に彼女を殺せました!」「グレゴリー、そう焦るな。“サファイア”にお前が太刀打ちできる訳がないだろう。」「ならばどうしろと?このまま手をこまねいて見ているおつもりなのですか?」「俺がそんな事をする訳がないだろう?」 古城を捨て、イタリアへと向かう馬車の中でラスプーチンとレパードは、向かい合わせに座りながら今後の事を話していた。「貴様の実験は失敗に終わった。」「ですが・・」「お前があの実験に執着していることは知っているぞ、グレゴリー。俺とてお前が長い時間と労力を費やしてきたあの実験に興味を抱いた。だがな、お前は甘すぎたのだ。」「わたしが、甘すぎた?」「そうだ。」レパードはそう言うと、ラスプーチンのほっそりとした手を握った。「暫く休息を取るがいい。」「ええ・・」「だが忘れるな、俺達はまだ諦めた訳ではないぞ?」「わかっております。」「それよりも・・あの娘には可哀想なことをしたな。」そう言って窓の外を眺めたレパードの目には、アリエルを失った悲しみと、彼女を死なせてしまった後悔が宿っていた。 一方ハンガリーの首都・ブタペストでは、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフが、密かにロシアと繋がりがある貴族の自宅へと家宅捜索へと向かおうとしていた。「皇太子様、伯爵の姿が何処にも居ません!」「クソ、逃げられたか!」ルドルフはそう言うと、舌打ちした。「奴が何処に行ったか、見当はつかないか?」「伯爵は、イタリアに親戚が居るという情報があります。恐らく、イタリアへと向かったのではないかと・・」「イタリアか・・行ってみる価値はありそうだな。」ルドルフの蒼い瞳が、キラリと光った。(やれやれ、連中を上手く撒けたようだ・・) イタリア行きの汽車―その中にある一頭車両に乗り込んだハンガリー貴族・ボローヌイ伯爵は、汽車の中にオーストリア軍兵士の姿がないと見ると、安堵の表情を浮かべて座席に腰を下ろした。「具体的には、どうするおつもりで?」「そうだな・・今の設備ではお前の実験を成功させるのは難しい。」突然背後から話し声が聞こえ、ボローヌイ伯爵は耳をそば立てた。ちらりと彼が背後の席を見ると、そこには黒いマントを被った男と、ロシアの魔術師・ラスプーチンの姿があった。ロシアに居る筈のラスプーチンが何故、イタリア行きの汽車に乗っているのだろう―そんな疑問を抱きながら、彼は深呼吸をしてラスプーチンと男の居る座席へと向かった。「ラスプーチン様、奇遇ですな!」突然レパードと話している最中にボローヌイ伯爵に話しかけられたラスプーチンは、不機嫌な顔を隠そうともせずに彼を見た。「おや・・あなたもイタリアに?」「ええ、実はね・・」誰も聞いていないのに、ボローヌイ伯爵はラスプーチン達に自分が今どんな状況に置かれているのかを話し始めた。
Sep 17, 2013
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自分の顔に涎を垂らしながら、マサトは鋭い牙を剥き出しにして唸った。「マサト・・」ステファニーは、変わり果てた友人の姿を見て涙を流した。「・・せ」「え?」「僕を、殺してくれ・・」ステファニーがマサトを見ると、彼は苦しそうに顔を歪ませながらそう言うと、ステファニーの手を掴んだ。「殺せ・・早く・・」「そんな・・」一瞬理性が戻ったように見えたマサトだったが、彼は再び白目を剥き、唸りだした。このまま彼を生かすと、彼は死よりも辛い苦しみを味わうことになる。ならばせめて、自分の手で彼の命を絶つしかない。「ごめんね、マサト・・」ステファニーは地面に転がった“報復の刃”を握り締めると、その刃をマサトの胸に深々と突き刺した。マサトは苦しそうな呻き声を漏らしながら、ステファニーの上に倒れた。「ありがとう・・」「マサト・・」マサトの胸から剣を抜いたステファニーは、彼が安らかな死に顔をしていることに気づいた。「よくも、わたしの貴重なサンプルを・・」「お前だけは、許さない!」ステファニーはそう叫ぶと、ラスプーチンに向かって“報復の刃”を振るった。ラスプーチンの白い頬に、血が飛び散った。「ステファニーさん!」「この・・よくもわたしの顔に傷を!」ラスプーチンがステファニーの細い首を掴もうとした時、一発の銃声が空気を切り裂いた。「ステファニーさんから離れろ!」「おのれ・・」「止さないか、グレゴリー。」「我が君・・」森の奥からレパードが再び姿を現し、ラスプーチンを睨みつけた。「貴様たちとはここでもう戦うつもりはない。」「ではどうしろというのですか、我が君?わたしは、貴重なサンプルを失ったのですよ!」「サンプルなど、まだ居るではないか。そう焦るな。」「我が君・・」「グレゴリー、撤退だ。」黒いマントの裾を翻しながら、レパードはラスプーチンを連れて森から去っていった。「逃げるな、卑怯者!」ステファニーはそう叫んでレパード達に石をぶつけようとしたが、もう彼らの姿は見えなくなっていた。「ステファニーさん・・」「マサトを、殺してしまいました。大切な友達だったのに・・」ステファニーはそう言うと、マサトの遺体に取り縋って泣いた。「彼はきっと、あなたに感謝してますよ。あなたのお蔭で、人として死ねたのですから。」エドガーは震えるステファニーの肩をそっと抱いた。 二人は、マサトの遺体を地面へと埋めた。「行きましょう、ステファニーさん。」「ええ。」(さようなら、マサト・・)
Sep 17, 2013
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「マサト、一体どうしたの!?」 友人の異変に気づいたステファニーは、急いでマサトの方へと駆け寄ったが、彼は血走った目でステファニーを睨み付けるなり、爪でステファニーを引っ掻いた。「マサト・・」「どうやら、友人とは嬉しい再会を果たせたようだね?」ステファニーが豹変したマサトを前に呆然と立ち尽くしていると、ラスプーチンが闇の中から現れた。「マサトに、何をしたの?」「彼には、ある薬を与えたのさ・・人としての理性を失い、獣同然となる薬をね。」「そんな・・」「君のお蔭で実験は成功した、礼を言うよ。」「マサトは・・彼はどうなるの?」「その薬を与えられた者は、もう二度と元には戻れない。」「そんな・・」ラスプーチンから告げられた残酷な事実に、ステファニーは絶句した。マサトは獣のように唸りながら、いつ自分に攻撃を仕掛けてくるのかわからない。(マサト・・) ステファニーの脳裏に、英国でマサトと暮らした楽しい日々のことが浮かんだ。今自分の前に立っているのは、自分が知っているマサトではない。ただの化け物だ。「マサト・・ごめんね。」ステファニーは覚悟を決め、“報復の刃”をかつての友人に向けた。(クソッ、あいつ鍵を掛けやがったな!) 城の実験場からの脱出を試みたエドガーだったが、二つの出入り口には鍵がかけられており、脱出するにはドーム型の天井を突き破るほかなかった。だが、そこへと辿り着くには、獰猛な動物達の頭上を飛び越えなければならなかった。このまま動物達の餌食となるよりも、一か八かやってみるしかない。エドガーは実験場の出入り口付近にある長い鉄の棒を掴むと、助走をつけて天井へと一気に壁を蹴り、駆けあがった。鉄の棒から手を放し、エドガーはドーム型の天井のガラスを突き破り、実験場の外へと出た。(ステファニー、待っていてください!) 愛する恋人を救う為、エドガーは城から外へと出た。その姿を、螺旋階段からゾンビ達が見ていた。 エドガーが森に入った時、ステファニーは獰猛なゾンビと化したマサトと戦っていた。(あれは、マサト!?)「ステファニーさん!」「エドガー様・・」ステファニーの気が一瞬逸れた時、マサトがステファニーを地面へと押し倒した。
Sep 17, 2013
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動物達が興奮して吼える声が満ちた実験場で、エドガーとアリエルは刃を交えていた。彼女の攻撃には全く隙がなく、エドガーは苦戦していた。「目を覚ませ!」「女とは戦いたくないってこと?馬鹿にするのもいい加減にして!」アリエルはそう叫ぶと、エドガーの鳩尾に強烈な蹴りを入れた。エドガーが激しく咳き込むと、間髪入れずにアリエルがエドガーの喉元に短剣を突き付けた。「大人しく降参しなさい。」「君はどうして戦うんだ?」「わたしはこうするしか、生きられないの。」「そんな・・」「あなたのような人にはわからないでしょうね、本当の貧しさがどんなものか。差別っていうのが、どんなに理不尽なものか!」アリエルはそう叫ぶと、涙を流した。「わたしは、ジプシーに生まれたというだけで社会から爪弾きにされ、罪人の濡れ衣を着せられた!貴族のあなたには、決してわからないでしょうね、わたしの苦しみは!」「済まない・・」「謝って欲しくなんかないわ!」エドガーはアリエルの肩に手を伸ばそうとした時、檻の中に居た動物達が一斉に騒ぎだした。「なに・・」「早くそこから離れろ!」エドガーはアリエルに警告を発したが、遅かった。檻から出たベンガルドラは、鋭い牙と爪で彼女の頸動脈を切り裂いた。大量の血を流しながら、アリエルは地面に倒れた。「おい、しっかりしろ!」「ご主人様・・」アリエルは痙攣したかと思うと、そのまま死んだ。 一体ここで何が起きているのか―エドガーが周りの状況を観察しようとした時、アリエルを襲ったベンガルトラが舌なめずりをしながら新たな獲物に狙いを定めていた。エドガーはトラを睨み付けると、彼の鋭い牙と爪の餌食となる前に、剣でその首を刎ねた。彼はアリエルの遺体を運ぼうとしたが、既に彼女の遺体には他の動物達が群がり始めていた。エドガーは、ステファニーの身を案じた。彼女が危ない。 一方、森の中でゾンビと応戦するステファニーは、三人目のゾンビの首を勢いよく刎ねた。ドレスはゾンビ達の返り血を浴びて真っ赤に染まり、ステファニーは体力を激しく消耗させながら“報復の刃”を構え直した。だが倒しても、次々とゾンビが森の奥からやってきてキリがない。(どうすれば・・)ステファニーが焦りを感じていた時、ふっと誰かが自分の近くに立った気配がした。「ステファニー・・」「マサト、どうしてこんな所に?」 数ヶ月振りに会った友人の目は焦点が定まらず、何処か挙動不審な様子だった。「ステファニー、僕から離れてくれ・・」「え?」ステファニーがそう言ってマサトの方を向き直ると、彼は突然白目を剥いて叫びだした。
Sep 17, 2013
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激しい剣戟の音が、冬の森にこだまする。ステファニーはレパードに致命傷を与えようとしたものの、レパードはまるで遊んでいるかのようにステファニーの攻撃をかわしてゆく。「ふん、つまらないな・・」「うるさい!」ステファニーがそう叫んで刃を彼に向かって振り翳すと、レパードは煙のように掻き消えた。(一体あいつは何処に?)“ハンガリーで戦うのは俺ではない、あいつらだ。” 突然森の中からレパードの声が聞こえたかと思うと、森の奥からパリで見たゾンビが現れた。彼らは鋭い牙を剥き出しにしながら、ステファニーに襲いかかって来た。「これで全部、倒したか・・」 一方、城の地下室に囚われていたエドガーは監視の目を盗んで監禁されていた部屋から脱出し、壁に掛けてあった長剣でゾンビの首を刎ねた。出口へと向かおうとした彼は、途中で動物の唸り声を聞いて立ち止まった。(何だ?) エドガーが唸り声の聞こえる方へと向かうと、そこにはゴリラやチンパンジー、ベンガルドラや狼など、様々な動物が狭い檻の中に閉じ込められていた。パリのバロワ伯爵邸の温室を彷彿とさせる実験場のドーム型の天井を見上げながら、エドガーは何故こんな所に動物達が集められているのかがわからなかった。 だが、今すぐここから出た方が良さそうだ。エドガーが実験場から出ようとした時、檻に閉じ込められていたマウンテンゴリラが鉄製の柵を突き破り、胸を叩きながら彼の方へと迫って来た。エドガーはマウンテンゴリラが自分に向かって拳を振り上げるのを見て、その隙を狙いゴリラの胸に長剣を突き立てた。ゴリラは悲しげに吼えると、そのまま地面に倒れて動かなくなった。「貴重なサンプルに何てことをしてくれたんですか?」「ここは一体何だ?」「わたしの実験場ですよ。」ラスプーチンは、そう言うと地面に倒れたゴリラの脇腹を蹴った。ゴリラが完全に息絶えているのを確認した彼は、ゆっくりとエドガーの方へと近づいた。「ああ、あなたに紹介したい人が居るのですよ。」「誰だ、そいつは?」「アリエル。」ラスプーチンが奥に隠れていたアリエルを呼ぶと、彼女はすっとエドガーの前に姿を現した。「この男を殺しなさい。」「はい、ご主人様。」アリエルは生気のない目でエドガーを睨むと、二本の短剣を構えた。「貴様、彼女に何をした?」「これから死ぬあなたには知る必要がないでしょう?」ラスプーチンはそう言うと、実験場から出て行った。彼は実験場のドアに鍵を掛け、その場から離れた。いずれ動物達が新鮮な餌に襲い掛かることだろう。その瞬間を見られないのが残念でならないが、ラスプーチンにはまだやり残した仕事がある。
Sep 17, 2013
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「我が君、実験は最終段階に入りました。」「そうか・・それで、“サファイア”の方はどうなのだ?」「彼女なら、わたしの忠実な部下が見つけてくれることでしょう。」 森の中で狼と対峙したステファニーは、狼から目をそらさずにじっと睨みつけながらゆっくりと後ずさりした。 背を向けると動物は本能で襲ってくる―ステファニーは狩りの名人である兄からそう教わったことを思い出した。“狼や熊に背を向けたら、必ず食われるぞ。”狼が自分を諦めてくれればいいのだが―そう思いながらステファニーが元来た道をじりじりと後退している時、再び狼の唸り声が聞こえた。 やがて、白樺の中から数匹の狼が姿を現し、ステファニーはあっという間に狼に取り囲まれた。 こうなったら、戦うしかない―ステファニーはそう決意し、両手に数本の短剣を握り締め、狼たちと対峙した。 すると突然、狼たちはステファニーに背を向け、森の奥へと走っていった。それを不審に思ったステファニーが彼らの後を追いかけると、そこにはレパードの姿があった。「久しいな、“サファイア”。」「お前は・・」「そのような得物で、俺に勝てると思ってるのか?」レパードはステファニーが握り締めている短剣を見てそう言って笑うと、上段に杖を振り翳した。ステファニーは咄嗟に杖を避け、近くに転がってい太くて丈夫な枝を掴むと、それでレパードの腰を打った。不意打ちに虚を突かれたレパードは地面に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。「なかなかやるではないか。だがそれが、いつまで続くかな?」「そんなの、やってみないとわからないだろ!」「その目・・やはりロリエンヌに似ている。」「お前は一体何者なんだ!?」「そのような事を今聞いてどうする?今は、お前がどうやってこの状況を打破することを考えねばならないのではないか?」レパードは余裕綽々とした様子でじろりとステファニーを睨み付けると、フェンシングの突きのような動きをしながら杖でステファニーに攻撃を仕掛けて来た。ステファニーは枝でレパードの攻撃を受け止めながらも、反撃の機会を窺っていた。だが、その前にレパードがステファニーの手から枝を奪った。枝は空中に高く舞ったかと思うと、深々と地面に突き刺さった。「どうした、もう終わりか?」(こんな時に・・)ステファニーはレパードを睨みつけながら後退していると、地面に何か光る物を見つけた。レパードに気づかれぬよう、その光る物の方へと向かったステファニーは、ホテルの部屋に置いてきた筈の“報復の刃”がそこに転がっていることに気づいた。 雪の中から“報復の刃”を掴み、鞘から剣を抜いたステファニーは、その切っ先をレパードの喉笛に突き付けた。「ふふ、そうでなくては・・」レパードは嬉しそうに笑うと、狂気に満ちた目でステファニーを睨んだ。
Sep 17, 2013
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自分が何故、こんな所に居るのか、マサトには訳がわからなかった。 最後に覚えているのは、ハンガリーへと向かう途中で道に迷い、銀髪の男に助けられたことだけだ。 その後の記憶は、全くない。「起きたのですね?」頭上から柔らかな声がしたので、マサトが俯いた顔を上げると、そこには勿忘草色の瞳を輝かせたラスプーチンが立っていた。「ご飯の時間ですよ。」「要らない・・」「いつまでも強情を張るのはおよしなさい。ここから逃げ出そうと思っていても、体力がなければ追手からは完全に逃れられませんよ?」ラスプーチンの言葉に舌打ちしながら、マサトは朝食が入った純銀の盆を自分の方へと引き寄せた。「そう、それでいいのですよ。」ラスプーチンはロシア語で研究員に何かを命令すると、実験場から去っていった。彼は一体何者なのだろうか―そんな事を思いながらマサトがジャガイモのスープを啜っていると、突然彼は胸を押さえて苦しみ始めた。『どうやら、薬が効いたようだね?』「貴様・・何を入れた!?」今まで彼らが提供する食事に手をつけなかったのは、何か毒を盛っているからに違いないと思ったからだ。ラスプーチンに対して一瞬でも隙を見せてしまったことが命取りとなった。『安心したまえ、まだ君は死なせない。』薄れゆく意識の中で、マサトの脳裏に母国にいる家族の顔が浮かんだ。(父上、母上・・)「あの少年は、どうなった?」「経過は順調です。ただ、途中でアナフィラキシーショックを起こしました。」「そうか・・だが一命を取り留めたんだろう?」「ええ。あの・・グレゴリー様、あの少年を、何に使うつもりなのですか?」「君達にも、そろそろ話しておこう。」ラスプーチンはそう言って読んでいた本から顔を上げると、研究員の方へと向き直った。「今回の実験は、ゾンビを大量生産する事が目的ではない。自分達の意志・・いいや、わたしの意志で動く生身のロボットどもを作るのが目的なのだよ。」「そうですか・・だから、あの少年を・・」「彼は貴重なサンプルだ。それに・・友人の変わり果てた姿を見た彼女の苦痛に歪んだ顔を、見てみたいんだよ。」ラスプーチンは嬉しそうにそう言うと笑った。 一方、エドガーと別れたステファニーは、プラハを離れ、一人森の中を歩いていた。ここが一体何処なのかわからない。夜の帳が下りた森は、何処かに魔物が潜んでいるのではないかと思うほど静かで、不気味だった。やはりエドガーの言う通りに、“報復の刃”を持ってくればよかった。狼が現れたら、短剣では到底太刀打ちできない。 ステファニーが寒さに震えながら森の中を歩き続けていると、遠くから狼の唸り声が聞こえた。(大丈夫・・まだ近づいてきてはいない・・)ステファニーが安堵の表情を浮かべながら先へと進もうとした時、一匹の狼が飢えた目でステファニーを見つめていた。
Sep 17, 2013
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ラスプーチンに捕えられたエドガーは、彼らによってプラハから遠く離れた森に建つ城の地下室へと連れて行かれた。そこには、数々の拷問道具が置かれており、棚の上には医療器具が並べてあった。「さてと、先ずはあなたのその綺麗な目を潰してさしあげましょう。」椅子に両手足を縛られたエドガーは、メスを片手に迫って来るラスプーチンを睨みつけた。「わたしに何を聞きたいんだ?」「彼女の居場所を教えなさい。」「ステファニーさんが、何処に行ったのかは知らない。」エドガーがそう言った瞬間、彼の太腿に激痛が走った。「次は太腿だけでは済みませんよ?わざわざ動脈を外したことを感謝するのですね。」目の前に居る獲物をどういたぶってやろうかという嗜虐的な光に満ちた勿忘草色の目を向けながら、ラスプーチンはそう言ってエドガーの顔を覗きこんだ。「もう一度言いますよ、ステファニーの居場所を教えなさい。」「どんなことがあろうと・・貴様には教えるか!」「ほう、強情ですね。苛め甲斐があるというものです。」ラスプーチンはクスクスと笑うと、血が滲みだした傷口に爪を立てた。エドガーはこみあげてくる吐き気を堪える為、歯を食いしばった。「申し訳ございません・・あと一歩のところで取り逃がしました。」「よい。アリエルよ、お前は良くやってくれた。お前のお蔭で、あいつにとって一番大事な者を手に入れたのだからな。」「あの男の人・・」「あいつの婚約者だ。かつてこの俺と刃を交えたことがある男だったが、そんな事はもう奴の記憶から抹消されているようだ。」「我が君、必ずネックレスを取り戻してみせます。」「そう焦るな。アリエル、風呂に入れ。泥に塗れたままでは要らぬ病に臥せることになるぞ。」「わかりました。」そう言ったアリエルは、うっとりとした表情を浮かべていた。「我が君。」「グレゴリー、地下室の客人の様子はどうだった?」「なかなかしぶといです。決して口を割ろうとしません。まぁ、わたしは余り彼を拷問したくありません。それよりも、例の実験に取りかからねば・・」「そうだな。その為に、俺達は遥々このハンガリーへとやって来たのだ。」レパードはそう言うと、杖を握り締めて椅子から立ち上がった。「俺を実験場へと案内しろ。」「わかりました。」 数分後、ラスプーチンはレパードを連れて、実験場へと向かった。そこには世界中から集められたありとあらゆる動物が飼育されており、彼らの餌として、“ある薬”が与えられていた。「実験の成果は?」「芳しくありません。データーが不足していて・・」「薬の量を増やしなさい。」ラスプーチンはそう研究員に命令すると、動物が収容されている檻の前を通り過ぎ、ある檻の前で足を止めた。 そこには、日本人の少年が鎖で手足を繋がれ、垢まみれで檻の隅に蹲っていた。「あいつは?」「マサト=ヨシムラ・・セルフォード家に滞在していた日本人留学生です。」「一体何を企んでいるのだ、グレゴリー?」「それは、秘密です。」ラスプーチンはニッコリとレパードに微笑むと、マサトの檻の前を通り過ぎた。彼には、他の動物達に与えている物とは違う“餌”を与えてある。その効果が現れるのは、そう遅くはない。
Sep 16, 2013
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浅黒い肌に、漆黒の髪をした少女は、黒いドレスに身を包み、短剣を両手に構えていた。『やっと見つけたわ・・』彼女はジプシー語で嬉しそうにそう言うと、ゆっくりとステファニー達の方へと近づいて来た。「あなたは、誰?」ステファニーは少女に向かってチェコ語でそう話しかけたが、彼女は無言でステファニーへと突進し、短剣をステファニーの顔の上に振り翳した。「何をするの!?」『そのネックレスを返しなさい!あれはあの方にとって大切なものなのよ!』少女が憤怒の表情を浮かべながら、自分が首に提げているネックレスを指していることに気づいたステファニーは、彼女にそれを渡そうとしていた。だが、エドガーが少女に体当たりを喰らわし、ステファニーの手を取ってその場を離れた。「エドガー様・・」「あの子はあなたを殺そうとしている!」「でも、彼女はこのネックレスを知っていました。もしかしたら・・」「たとえあの子が、パリでわたし達があった男の親族だったとしても、それは関係ない!今わたし達に出来ることは、この危機的状況から一刻も早く脱することです!」エドガーがそう叫んだ瞬間、彼のすぐ横を銃弾が掠めた。「エドガー様、大丈夫ですか!?」「ええ・・ステファニーさん、これからわたしに何があっても走り続けてください。決して後ろを振り返らないように。わかりましたね?」「はい・・」「それでこそ、わたしが選んだ人です。」エドガーはそう言ってステファニーに微笑むと、ステファニーの手を握り再び銃弾の中を走りだした。「ラスプーチン様、このままでは一般市民に銃弾が・・」「構いません、あの二人を仕留めるまで、徹底的にやりなさい!」「はい!」プラハ市内を逃げ惑う二人や一般市民達に向かって、ラスプーチン達は容赦なく銃弾を浴びせた。 二人が市場を通り抜けようとした時、銃声に怯えたジプシーの少年が恐怖のあまり路上に蹲り、そのまま動けなくなっている姿を見たエドガーは、躊躇いなく彼の元へと向かった。「エドガー様、待って!」ステファニーの手を振りほどいたエドガーは、ジプシーの少年を抱いた時、敵の銃弾が彼の右肩に炸裂した。「エドガー様!」慌てて彼の元へと駆け寄ろうとしたステファニーだったが、ラスプーチン達は徐々に自分の居る方へと距離を詰めて来た。“何があっても走り続けてください。決して後ろを振り返らないように。”(エドガー様、どうぞご無事で!)後ろ髪をひかれる思いで、ステファニーはその場を後にした。 右肩に銃弾を受けながら、エドガーは顔を顰めながら未だに恐怖に震えている少年に向かって微笑んだ。その直後、彼はラスプーチンの部下に捕えられた。「彼を連れて行きなさい。」
Sep 16, 2013
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ラスプーチンの部下が、ガトリング・ガンに弾を装填し、エドガー達に向かって撃ち始めた。エドガーは咄嗟に馬車の中へと戻ると、ステファニーが床に蹲っていた。「一体何があったんです、エドガー様?」「ラスプーチンが、わたし達を殺そうとしています!」「え?」「ここから出ましょう、危険です!」激しく降りしきる雨の中、エドガーとステファニーは銃弾から逃げ惑った。「危ない!」エドガーに突き飛ばされ、ステファニーの背後にあった聖人の像の顔が粉々に砕けた。「ありがとうございます・・」「さぁ、行きましょう!」二人は元来た道を戻ろうとしたが、橋の入口へと差しかかろうとした時、一台の馬車が彼らの進路を塞いだ。「逃がしませんよ。」「クソッ・・」エドガーは舌打ちすると、ステファニーを抱いて欄干へと飛び移った。「どうするんですか?」「川へ、飛び込みます。」「そんな・・」「ここで死ぬよりはマシでしょう!」エドガーはネクタイを外すと、それを自分とステファニーの手に巻きつけた。「三つ数えたらここから飛び降りますよ、いいですね!?」「はい!」エドガーとともにカレル橋の欄干から濁流と化したモルダウ川へと飛び込んだステファニーは、徐々に水面が自分達に迫って来るのを感じ、恐怖に怯えた。やがて激しい水音とともに、エドガーとステファニーは濁流に押し流されていった。「引き上げなさい!」「わかりました!」(今回は、惜しい所で逃がしましたね・・)ラスプーチンは舌打ちすると、カレル橋を後にした。自分はあの二人を逃がしたが、ラスプーチンの忠実な狼は、必ず彼らの臭いを辿り、自分の前に彼らの首を差し出してくれることだろう。彼は、忠実かつ凄腕の、自然界のハンターなのだから。「ステファニーさん、起きて下さい!」「う・・」「エドガーです、わかりますか?」「はい・・」ステファニーがゆっくりと起き上がると、水分を含んだドレスが重く感じた。「怪我はないようですね。」「ええ。」ステファニーはサファイアのネックレスを失くしていないことを確かめると、ドレスの裾を絞った。「岸へ向かいましょう。ここだと、またいつ濁流に呑み込まれてしまうかわかりませんから。」「ええ・・」大雨の中、ステファニーとエドガーは岸へと向かった。「さてと、これからどうします?」「そうですね・・」 二人が岸から道路へと上がろうとした時、濃霧の中から一人の少女が姿を現した。
Sep 15, 2013
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翌朝、ステファニーがホテル内のレストランで朝食を取っていると、そこへ一人の男がやって来た。「失礼ですが、あなたがステファニー=セルフォード様ですね?」「ええ、そうですが・・」「我が主からこれを預かりました。」男はそう言うと、ステファニーに一通の招待状を手渡した。「ステファニーさん、お待たせしました。」レストランから去っていく男と入れ違いに、エドガーがステファニーの元へとやって来た。「それは?」「もしかして、あの男からかもしれません・・」「あの男?パリであなたを襲った?」エドガーの眦が微かにつりあがり、彼はステファニーの手から招待状を奪った。そこには、パーティーの日時と場所が記されていた。「どうします、出席しますか?」「ええ。」「あの剣を持っていった方がいい。あいつらはあなたに何をするのかわからない。」「わかっています・・」 エドガーは“報復の刃”を持って行けと言ったが、大きな剣は目立つので、短剣を何本か持って行く事にした。「ステファニーさん、わたしにも教えてください。あなたと、あの男の関係を。」「実はわたしも、わからないんです。彼が一体何者なのか、何故わたしに執着しているのか・・その目的が解らないんです。」「そうですか・・」二人を乗せた馬車は、カレル橋へと差しかかっていた。窓には雨風が絶え間なく打ちつけ、カレル橋から見えるモルダウ―ドナウ川は幾つもの渦を巻きながら濁流と化していた。「この悪天候じゃ、パーティーに間に合わないかもしれませんね・・」「ええ。」エドガーがそう言った時、馬が突然嘶いたかと思うと、馬車が急停車した。「おい、どうした!?」異変に気づいたエドガーがそう言って御者台の方を見ると、御者は全身に銃弾を受けて息絶えていた。「エドガー様、一体何が?」「中に居ろ!」エドガーはそうステファニーに怒鳴ると、馬車から降りた。「おやおや、誰かと思ったら・・エドガー=セルフシュタイン様ではありませんか?このような所で会えるとは・・」「お前は、あの時の!」目の前に立っている男の顔に、エドガーは見覚えがあった。「自己紹介が遅れて申し訳ございません。わたしはグレゴリー=ラスプーチン・・ロシア宮廷お抱えの魔術師、といえば宜しいでしょうか?」「ロシア人のお前が何故パリに居た?」「それは、ある実験の為ですよ。」「実験だと?」「あなたもご覧になったでしょう?あの生けるしかばね達を。」「あのゾンビ達を作りだしたのは、お前か!」「ふふ、勘が鋭いですね。」「ラスプーチン、ここを通してくれないか?わたし達は大切なパーティーに行く途中なんだ。」「そうはさせませんよ・・何故なら、あなた方にはここで死んでいただきますから!」ラスプーチンはそう言うと、背後に控えていた部下に目配せした。
Sep 15, 2013
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一方プラハ市内のホテルに滞在しているステファニーは、首に提げているサファイアのネックレスを摘んだ。 何の変哲もないネックレスだが、何処かに重要な秘密が隠されているのか―ステファニーはそんな事を思いながら、数時間もの間、同じ事を何度も繰り返していた。「どうしたのですか、眠れませんか?」「ええ。変な時間にワインを飲んでしまったものだから、目がさえてしまって・・」「そうですか。それよりもそのネックレスをいつまで弄っているのです?」「何か秘密が隠されているのではないのかと思って・・でも、見つかりませんでした。」「焦ることはありませんよ。」「ええ・・」「それよりも、アレクセイさんが言っていたこと・・何か引っかかりますね。」「確かに・・化け物とレパードが関係していると彼は言っていましたけど、どんな風に関係しているのかがわかりません・・」「きっとそのレパードという男は、何かよからぬことを企んでいるに違いありません。ステファニーさん、用心してください。」「わかっています。」ステファニーはそう言ってエドガーに微笑むと、目を閉じた。「グレゴリーよ、お前に頼みがある。」「何でしょうか、我が君?」「あのネックレスを、あいつから・・“サファイア”から奪え。あれはアリエルの伯父の物であったが、彼に渡る前は俺の物だったのだ。」「そうですか・・我が君、あのネックレスには何か秘密でも?」「ああ。あれには、壊れゆく俺の身体を一瞬の内に完全に治癒させる薬が入っている。それさえ飲めば・・」レパードがそう言った時、彼は激しく咳き込んだ。「心配なさらないでください、我が君。必ずや、ネックレスを取り戻してみせましょう。」「頼んだぞ、グレゴリー。」 レパードの部屋から出たラスプーチンは、アリエルの寝室へと向かった。ドアを開けると、ベッドの上で彼女は眠っていた。聖ヴィトー大聖堂で拾った時、彼女の顔は泥や垢に塗れていたが、それらを落とすとミロのヴィーナスにも匹敵するほどの美貌の持ち主である。 やはり、アリエルを助けて良かった―ラスプーチンはそう思いながら彼女を起こさぬようゆっくりと寝室のドアを閉め、毛皮のコートを羽織って城の外へと出た。 吹雪は止んだものの、凍った空気の中で雪がまるでダイヤモンドのように光りながら地面へと落ちていった。何処かで狼の唸り声が聞こえたかと思うと、一匹の狼がラスプーチンの元へと走り寄って来た。『お前に頼みたい事がある。』ラスプーチンはロシア語で狼にそう話しかけると、パリのバロワ伯爵邸に落ちていたステファニーのリボンを彼の鼻先に近づけた。『このリボンの持ち主を見つけ出せ。お前の獲物なのだから、狩った後は好きにしていいぞ。』狼は遠吠えすると、暗闇の中へと消えていった。
Sep 15, 2013
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「お加減は如何ですか、我が君?」「少しは落ち着いた・・やはり都会は落ち着かん・・」 パリからこの城へと移ってきてからというもの、レパードの体調は快方へと向かっていた。彼曰く、騒がしい都会に居ると決まって気分が悪くなってしまうのだという。「それにしても、あのジプシーの娘・・あの子をどうするつもりなのだ?」「お忘れですか、我が君?あの娘はパリのバロワに命じて捕えさせた男の姪だということを?」「そうか・・忘れていた。最近俺は脳が退化しているようで、記憶が途切れやすい・・」レパードは安楽椅子の背もたれに身体を預けながらそう言うと、ラスプーチンが用意した“薬”を飲んだ。「グレゴリーよ、あれは見つかったか?」「いいえ。」「あれをすぐに見つけて、俺の元へと持って来い。」「わかりました、我が君。」そう言ってラスプーチンがレパードに向かって頭を垂れていると、アリエルが部屋に入って来た。「何か用か?」「あの・・」「どうした?言いたい事があるなら、言うがいい。」「わたし、あなたが探している物を見ました。」「何だと、それは本当なのか!?」「ええ。伯父がつけていたサファイアのネックレスを、プラハで見ました。それは・・貴族の方がつけていました。」「貴族か・・グレゴリー、どう思う?」「そうですね・・恐らく、あなた様がお探しになっているものは、あの方が持っているのではないのかと・・」「やはりな・・」レパードは嬉しそうに笑うと、アリエルの方へと向き直った。「娘よ、感謝するぞ。褒美をやろう。」「いえ、わたしは何も・・」「お前が望むものを、俺が全て与えてやろう。どうだ?」「あの・・故郷に居る家族が飢え死にしないように・・」「そうか、わかった。グレゴリーよ、小切手を持ってくるのだ。」「かしこまりました、我が君。」 ラスプーチンが部屋から出て行き、レパードと二人きりになったアリエルは、暖炉の炎に照らされた彼の顔を見て恐怖に震えた。「俺は何もしない。アリエルよ、これからは俺の為に働くのだ、よいな?」「あの、わたしは何をすれば・・」「お前は家族を救いたいのだろう?だったら、お前は強くならなければならない。」「強くなる・・?」「そうだ。明日から剣術を習え。射撃もだ。」「わかりました・・」「良い子だ。」レパードに微笑まれたアリエルは、この世には自分達ジプシーを厄介払いしない人も居るのだと思った。「これを、家族の元へ送れ。」「ありがとうございます。」レパードから小切手を受け取ったアリエルは、彼に感謝の意をあらわすために、彼の手の甲に口付けた。
Sep 15, 2013
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「君、名前は?」「アリエルと申します。」「そう。わたしはグレゴリー。アリエル、君はこの街に一人で住んでいるの?」「はい。わたしの家は、チロルの近くにあるんです。そこには両親と、幼いお二人の弟が居ます。」「そうかい。家族の為にここへ出稼ぎに来たんだねぇ。」「でも、もう仕事をクビになって、行くところがないんです。」「心配要らないよ、わたしが君を雇ってあげるからね。君が前のお屋敷にいた時にしていたような仕事だから、安心するといい。」「ありがとうございます・・」これで自分が野垂れ死ぬことも、家族が飢え死にすることもない―アリエルは安心し、グレゴリーに感謝の眼差しを向けた。「わたしはね、ウラル山脈の麓にある村で生まれたんだ。そこはとても貧しくてね、兄弟の中で最年長のわたしが、兄弟の為に働くしかなかったんだよ。」「グレゴリーさん、どうしてプラハに来たんですか?」「プラハはね、わたしにとっては思い出の地なんだよ。」「思い出の地?」「ああ、そうさ。」ラスプーチンは窓の外を見ながら、レパードと会った日の事を思い出していた。 10年前の冬、彼もまたアリエルのように道端で凍死するのを待つ身であった。故郷に帰れる金も体力もなかった彼に手を差し伸べてくれたのは、レパードだった。“俺と一緒に来い。そうすれば・・”レパードと出会い、彼と行動を共にした10年間は、ラスプーチンには無駄ではなかった。そして今、自分と出会ったことでこの少女が救われたのならいいのではないか―偽善と知りつつも、ラスプーチンはアリエルを救ったことを後悔していなかった。彼女の姿は、まるで昔の自分の姿を見ているようだったからだ。「さあ、今日からここが、君が働くお屋敷だ。」「ここが・・」プラハから遠く離れた、ハンガリーにほど近い森の中に建つ壮麗な城の中へと入ったアリエルが嬉しそうに悲鳴を上げるのを見て、ラスプーチンの顔にも自然と笑みが零れた。「グレゴリー、早かったな?」「我が君・・」螺旋階段をするすると降りて来たレパードは、杖をつきながらもしっかりとした足取りでラスプーチンとアリエルの前へとやって来た。「その娘は?」「道端で拾いました。この子にはメイドとしての仕事を与えます。」「ふん、いいだろう。娘、名前は?」「アリエルです・・」「グレゴリー、後で話がある。」「わかりました。」 レパードが去った後、アリエルは不安そうな顔でラスプーチンを見た。「何も心配は要らないよ、あの方はわたし達をお守りくださるからね。」
Sep 15, 2013
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「すいません、遅くなりました・・」 寒さに震えながらアリエルがそう言って邸の中へと入ろうとすると、裏口の扉には鍵がかかっていた。「誰か、誰か居ませんか!?」「うるさいねぇ、何だい!?」邸に明りがつき、その中から眠い目を擦りながらメイド長が出て来た。「どうして鍵が掛かっているんですか?お願いです、開けてください!」「あんたはもう、クビだよ。奥様は、あんたみたいな病気持ちの子をここに居させたくないってさ。」「そんな・・あんまりです!まだお給金も貰っていないのに!ここをクビにされたら、家族に仕送りができません!」「じゃぁ、自分で何とかするんだね。言っとくけど、あんたみたいな手癖の悪い子、誰も雇いやしないよ!」メイド長はそう言ってアリエルを嘲笑うと、邸の中へと戻って行った。(こんなの、あんまりよ!)悔しさと怒りに震えながら、アリエルは行くあてもないままプラハの街を彷徨った。まだ雪は止む気配がなく、冷たい風が時折彼女の頬を打った。やがてそれは吹雪へと姿を変え、アリエルを襲った。こんな時間だと、教会はもう閉まっている頃だろう。だがアリエルが教会に行っても、受け入れてくれるかどうかが問題だが。プラハでもそうだが、何処にもジプシーには居場所がない。流れ者である自分達は、世間から“犯罪者集団”というレッテルを貼られ、邸の物がなくなると、真っ先にアリエルが疑われた。何故ジプシーに生まれたというだけで、こんな扱いを受けなければならないのだろうか。 寒さに凍えながら教会の前で震えていると、アリエルの前に一人の男が現れた。長い銀髪を揺らしながら、温かそうな毛皮のコートを着た男は、アリエルと目が合うと、優しく彼女に微笑んだ。「可哀想に・・雇い主から追い出されたんだね?」「他に行くところがないんです・・助けて下さい・・」「安心しなさい、わたしは味方です。」男はそう言うと、アリエルに右手を差し出した。手入れが行き届いた彼の爪は、まるで桜貝のように美しかった。「わたしと一緒にいらっしゃい。」「はい・・」アリエルは男の手を握ると、教会から立ち去った。「酷い吹雪ですね。これじゃぁ馬車が遅れるのも無理はない。」「ええ。」漸く来た馬車に乗り込んだエドガーとステファニーは、ホテルへと向かう道すがら、強風を受けて馬車の窓がガタガタと揺れるのを見た。「ホテルの部屋に戻ったら、すぐに暖を取りましょう。」「そうですね・・」二人を乗せた馬車は、やがて聖ヴィトー大聖堂の前を通りかかった。その時、彼らは少女を連れたラスプーチンとすれ違ったが、その事には全く気づかずにいた。「何処へ行くんですか?」「少なくとも、あなたとあなたの家族にとって辛い場所ではありませんよ。」ラスプーチンはそう優しくアリエルに言うと、近くに待機させていた馬車に乗った。
Sep 15, 2013
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「ステファニーさん、どうしました、浮かない顔をして?」「いいえ・・」「わたしには嘘を吐かないでください。先程からあなたは溜息ばかり吐いているじゃないですか?」 プラハ市内のレストランでステファニーと夕食を取っていると、エドガーはステファニーの様子がおかしいことに気づいた。「聖ヴィトー大聖堂でわたしのバッグを漁っていた子・・あの子はどうなったのかなぁって思って・・」「警察がきっとあの子を捕まえてくれますよ。それよりも、ステファニーさんに怪我がなくて良かった。」「ええ・・」「それにしても、ここはパリよりもジプシーが多いですね。さっきもホテルの前で見かけましたよ。」「そうですね。それよりもエドガー様、例の件、調べて下さいましたか?」「ああ、あの事ですか・・」エドガーはワインを一口飲むと、パリのバロワ伯爵邸での出来事を思い出した。あそこの温室で、荒縄で縛られた男は爆風で飛ばされた硝子片の犠牲となり、ステファニーは彼が首に提げていたサファイアのネックレスを必ず彼の家族に返すと決意した。エドガーはそんなステファニーの助けになりたくて、あの男の家族の消息を、人を雇って密かに調べさせていたのだった。「収穫はありませんでした。」「そうですか・・」「ですが、彼がジプシーであることは間違いありません。焦らずに、彼の家族を探しましょう。」「ええ。」 夕食を終えた二人は、レストランを出て馬車でホテルへと向かおうとしたが、なかなか馬車はやって来なかった。「どうしたんでしょうか、遅いですね?」「ええ。」寒さに凍えながら二人が馬車を待っていると、やがて雪が降り始めた。「まだかしら?」ステファニーは歯をガチガチと鳴らしながら、両掌を擦り合わせて寒さを凌いだ。その指先は赤くかじかんでおり、手袋を持ってくれば良かったとステファニーは悔やんだ。「これを使ってください。」「いいんですか?」「構いませんよ、あなたが少しでも寒さを凌げるのなら、わたしは我慢します。」エドガーは自分が嵌めていた豚皮の手袋を外すと、それをステファニーへと手渡した。「ありがとうございます・・」ステファニーは頬を赤らめてエドガーに礼を言うと、彼から手袋を受け取った。「どうですか?」「少し寒さが和らぎました。」「良かった。」 一方、アリエルは薄いメイド服の上に薄手のショールを羽織ったまま、雪が舞い散るプラハの街を歩いた。冬の風が彼女の全身を容赦なく打ちつけ、アリエルは倒れそうになるのを堪えながら雇い主の元へと急いでいた。その時、暗闇の中で何かが光っているのに気づき、彼女はそれが何か確認しようと、光がある方へと向かった。 するとそこには、伯父のネックレスをつけた貴族の少女が、恋人と楽しそうに笑っていた。少女の胸を彩っているサファイアのネックレスは、月光を受けて美しい光を放っていた。 まるで、少女がそのネックレスの持ち主に相応しいといっているかのように。
Sep 15, 2013
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「この間さぁ、市場でジプシー達を見かけたんだよ。それがもう、汚い恰好してさぁ・・」「嫌だよねぇ、あいつらカフェの近くで楽器を弾いて観光客たちを誘き寄せて、隙さえあれば金を奪おうとしているんだから。」「まったくだよ、早くこの街から居なくなって欲しいもんだね!」 翌朝、ジプシーの少女・アリエルが厨房へと入ると、チェコ人のメイド達が給仕をしながらそんな話をしているのを聞き、アリエルは彼女達と目をあわさぬよう俯いた。「アリエル、あんた居たのかい?」「丁度いいや、買い物行ってきておくれよ。あたしら今忙しいからさ。」「わかりました・・」メイドからメモを渡され、アリエルは厨房から裏口へと外に出て行った。「全く、陰気な子だよ。」「本当。何だって旦那様はあんな子を雇ったんだろうねぇ?」「まぁいいじゃないか、あたしらの何倍も働いてくれるんだからさ。その分、あたしらが楽出来るんだし。」「そうだねぇ・・」「あんたら、いつまでくっちゃべってるつもりだい、さっさと仕事しな!」「はいはい、ただいま。」メイド達は慌てて仕事へと戻った。 一方、市場で買い物を終えたアリエルは、両手に紙袋を抱えながら歩いていた。その時彼女は、ロカとぶつかった。「すいません・・」「気をつけろ!」袋からリンゴが飛び出し、石畳の路上に転がった。アリエルは慌ててそれを拾おうとしたが、両手が自由にならないのでリンゴをすぐに拾う事が出来なかった。「ほらよ。」「ありがとうございます・・」「礼なんて要らねぇよ。次からは気をつけるんだな。」ロカは少し照れ臭そうな顔をすると、アリエルにリンゴを渡し、市場から去っていった。「何やってんだい、この愚図!お前は買い物ひとつも満足に出来ないのかい!?」「すいません・・」「全く、あんたって子は何をやっても駄目だね!あ~あ、何だってこんな役立たずを旦那様は雇ったんだか・・」メイド長から叱責を受けながら、アリエルは唇を噛み締めて俯いた。周りでは、先程のメイド達がクスクスと笑いながら彼女の方を見ていた。「今日も終わったね。」「疲れて何も出来やしない。悪いけどアリエル、洗い物全部やっとくれよ。」「はい・・」「じゃぁね、お疲れさ~ん!」メイド達は意地の悪い笑みを口元に浮かべながら、次々と厨房から出て行った。 ここに来てからというもの、アリエルは毎日メイド長やこの邸の主人の妻から怒鳴られ、同僚のメイド達からは雑用を押しつけられている。 実家が貧しく、病弱な父の代わりに工場で働く母の給金はパン一個を買うのがやっとという額で、食べ盛りの兄弟達はいつも腹を空かせて泣いていた。それを見るのが嫌で、この邸に住み込みで働くようになり、何とか両親や兄弟達にはひもじい思いをさせずに済んでいる。だがアリエルの身体も心も、壊れる寸前に来ていた。皿にしつこくこびりついている油汚れを漸く布巾で拭き取ったアリエルは、激しく咳き込んでその場に座り込んだ。慌てて布巾で口元を覆った彼女は、それが赤い血で濡れていることに気づいた。(そんな・・)肺病に罹ったとわかったら、何処も雇ってくれない―アリエルは、死ぬ恐怖よりも失業する恐怖に怯えていた。
Sep 15, 2013
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「こら、待てぇ!」『ヤバい、捕まるぞ!』『逃げろ!』 聖ヴィトー大聖堂から逃げ出した少年は、仲間の少年達に向かってそうジプシー語で叫び、複雑に入り組んだ路地裏へと逃げ込んだ。警棒を持った男は暫く彼らを追いかけていたが、やがて諦めて元来た道へと戻っていった。『なぁ、今日は何か金になりそうなもの取れたか?』『さっぱりさ。観光客に募金箱を差し出して金をせびったけど、怪しまれた。』『俺も同じことをしたけど、警察に突き出されそうになった。』『なぁロカ、俺達これからどうするんだ?』『どうするって・・何とか金を稼ぐしかないだろう?』少年達の中でも最年長で、聖ヴィトー大聖堂でステファニーのバッグを漁っていた14歳のロカは、そう言って仲間を見た。 彼らは幼くして両親を亡くし、頼れる親戚もおらず、孤児として路上で仲間と暮らしていた。『良いか、絶対に警察に捕まらないようにするんだぞ!』『わかった。』『じゃぁリアム、お前はプラハ駅に向かえ。あそこには沢山観光客が居るから、上手くあいつらを騙してこい。』『了解!』ロカが実の弟のように可愛がっている6歳のリアムは、そう言ってロカに敬礼すると、素早く路地裏から駆けだしていった。『カンデ、お前は俺と一緒に来い。』『何処に行くんだ、ロカ?』『市場に行こう。あそこなら、飯にありつけるさ。』『金を持ってないのに?』『これを見ろよ。』ロカはそう言うと、首に提げていたプラチナで出来た鍵型のネックレスを取り出した。『それ、お前の母さんの形見じゃないか!』『これを売れば、当分生活には困らないさ。母さんだって、俺達を飢え死にさせたくないって天国からそう思っているだろうよ。』ロカはそう言うと、母の形見であるネックレスに口付け、カンデとともに市場へと向かった。『どうだった、リアム?』『ちょっとは稼げた。それよりもロカ兄ちゃん、このパンどうしたの?』『市場で買ったのさ。母さんのネックレスを売ったんだ。』『そんな・・』『そんな顔するなよ、リアム。ロカは俺達が飢え死にしないようにネックレスを売ったんだ。』今にも泣き出しそうな顔をしているリアムにそう言うと、カンデは彼の前にパンを差し出した。『ほら、食えよ。碌な物食べてないだろ?』『いただきます・・』リアムはそっとパンを一口大にちぎって食べると、その甘さが口中に広がって思わず笑顔を浮かべた。『美味いだろ?』『美味しいよ、ロカ兄ちゃん!』『そうか。』幼い“弟”の頭を撫でながら、ロカは笑顔を浮かべた。「ほら、ボーっとしてんじゃないよ!」「すいません・・」「全く、暇さえあればサボろうとするんだから!今日中にこれ全部洗っておきな!」 一方、プラハ市内にある貴族の邸宅では、一人の少女がメイド長に大量の洗濯物を押しつけられていた。メイド長が去った後、彼女は舌打ちしながら仕事を始めた。これも、幼い兄弟達を飢え死にさせない為だと思いながら、少女は黙々と手を動かした。
Sep 14, 2013
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