薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
全3件 (3件中 1-3件目)
1
素材は、このはな様からお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。「おはようございます。」「まぁ火月さん、美しいお着物ね。旦那様からの贈り物かしら?」「はい。先生から、“結婚祝い”だと・・」「羨ましいわ、旦那様から愛されておいでなのね。」「そんな事・・」「あなた、どうしてここにいるの!?」 背後から鋭い声がして火月と百合乃が振り向くと、そこには鬼のような形相をした紫子が立っていた。「あら紫子、火月さんを知っているの?」「知っているも何も、この方はわたくしの恋敵なのよ、お姉様!」 紫子はそう叫ぶと、火月を睨んで校舎の中へと入っていった。「姉が失礼な事をして申し訳ないわね、火月さん。姉のわたしがあの子に代わって謝ります。」「大丈夫です、僕は気にしていませんから。」「妹は昔から思い込みが激しいところがあるから、わたしは昔からあの子に手を焼いているのよ。」 百合乃はそう言った後、どこか寂しそうに笑った。「百合乃様?」「さぁ、教室に行きましょう。」「え、えぇ・・」(今のは、何だったの?) 火月がそんな事を思いながら図書室で勉強をしていると、誰かが言い争うような声が外から聞こえて来た。「・・駄目だと言っているでしょう!」「どうして、わたしの邪魔ばかりするの!?」 甲高く、何処か癇に障るような声は、紫子のものだ。 だとしたら、彼女が話している相手は― 火月が暫く誰かと言い争っている紫子の声を聞いていると、やがて紫子は何処かへ行ってしまったらしく、彼女の声が聞こえなくなった。「火月さん、火月さん?」「あ、ごめんなさい、ボーッとしていて・・」「そう。」 裁縫の授業で、火月達はワイシャツを縫っていた。「火月さんは、手先が器用なのね。」「いえ・・実家に居た頃、よく義理の母や妹に針仕事を押し付けられていたので、裁縫は、最初は苦手だったのですが、慣れました。」「まぁ・・ごめんなさいね、辛い事を聞いてしまって・・」「もう、昔の事なので、大丈夫ですよ。」火月はそう言いながら、ワイシャツを縫い上げた。 昼休み、火月が百合乃達と昼食を食堂で囲んでいると、そこへ菊野女学校の数学教師・吉田が入って来た。「土御門さん、あなた宛にお手紙が届いていますよ。」「ありがとうございます、先生。」 吉田から自分宛の手紙を受け取った火月は、それを大切そうに、懐にしまった。 その日の夜、火月は寮の部屋でその手紙に目を通すと、それは有匡からのもので、火月の健康を気遣うような内容と、来月所用で東京に行くという旨が書かれていた。「おはようございます、殿。」「おはようございます。」 有匡が身支度を終えて朝食を食べていると、玄関の方から誰かが扉を叩く音が聞こえた。「あら、こんな時間に誰かしら?」「わたしが出る。」 有匡がそう言って玄関先へと向かうと、そこには自分と瓜二つの顔をした青年―“息子”であった仁が立っていた。「仁、久しいな。」「父上、ご無沙汰しております。」仁はそう言うと、被っていた帽子を脱ぎ、有匡に一礼した。「立ち話も何だから、家でゆっくり話をしよう。」「はい。」 仁が家の中に入ると、種香と小里が笑顔で彼を迎えた。「まぁ仁様、お久し振りでございます。」「お元気そうで何よりですわ。」「すいません、突然お邪魔してしまって。」「いや、今日は仕事が休みだったからいい。お前と最後に会ったのは、お前が京に発った日だったな。」「はい。あれから父上と会わずじまいで・・お元気そうで何よりです。」「今は、何をしている?」「警官をしております。警察庁神秘部陰陽課です。」「そうか。」「父上、母上とは会えましたか?」「あぁ。火月は今、東京の女学校に通っている。」「母上と離れ離れになるのはお辛いでしょう。父上は母上に昔から・・」「仁、世間話をしにわざわざここへ来た訳ではないだろう?」 有匡はそう言って咳払いすると、珈琲を一口飲んだ。「実は、ここ最近、東京近辺で人攫いが増えています。狙われているのは、いつも金髪の娘。」「金髪‥という事は、被害者は外国人か?」「はい。横浜の外国人居留地に住む娘達ばかりだったのですが、最近はある女学校の生徒達ばかりが狙われています。」「ある女学校?」「はい。白百合と、菊野女学校です。」「その二つの女学校に、何がある?」「さぁ・・」(火月が、無事であればいいが・・) 火月は、女学校で楽しい学校生活を送っていた。「ねぇ、最近ここの近くで人攫いが出ているのですって。」「恐ろしいわね。」「ええ。」 火月達がそんな事を言いながら行きつけのフルーツパーラーでお茶をしていると、店に一人の男がやって来た。 その男は、まっすぐに火月達の元へとやって来た。「お久し振りです、火月様・・いや、義姉上とお呼びした方がよろしいか?」 そう言いながら微笑んだ男は、前世でかつて有匡と敵対していた殊音文観だった。「どうして、あんたが・・」「いえ、あなたに会いたくてね。」「え?」 火月は文観にいきなり腕を掴まれ、動揺した。「少し、付き合って頂けませんか?」「いや、離してっ!」 火月と文観が揉み合っていると、そこへ有匡と仁がやって来た。「文観、その手を妻から離せ!」「わかりました。有匡殿、また会いましょう。」 文観はそう言うと、あっさりと引き下がった。「先生・・」「母上、お久し振りです。」 突然現れた美男子達に、火月の友人達は一斉に色めき立った。「火月さん、こちらの方は、もしかして・・」「僕の旦那様です。」「まぁ!」「何処で知り合いになられたの!?」「そちらの方は?」 火月達は、小一時間友人達から質問責めに遭った。「お前の友人達は、いつもあんなにやかましいのか?」「えぇ、まぁ・・それよりも仁、元気にしていて良かった。」「母上も。」 仁はそう言って火月に微笑んだ。「では、わたし達はこれで。」「先生、仁、気を付けて帰って下さいね。」「あぁ。火月、これを。」 有匡はそう言うと、懐剣を火月に手渡した。「これは?」「正妻の証だ。」「え・・」「東京へ来る前、わたしの元にこんな物が届いた。」 有匡が火月に見せたものは、舞踏会の招待状だった。「舞踏会?」「有沢さんが・・わたしの直属の上司が、是非ともわたし達に出席して欲しいと言われてな。あと、これはわたしが滞在しているホテルの住所だ。」「はい・・」「そんな顔をするな。また会える。」 有匡はそう言うと、火月の唇を塞いだ。(うわ、顔が近い!)「せ、先生・・」「寮の前まで送る。最近物騒だからな。」「あ、ありがとうございます。」(どうしよう、嬉しくて死にそう!) 寮の前で有匡と別れた後、火月は自室に戻るなり枕に顔を埋め、叫んだ。(あ~、どうしよう、先生と舞踏会に行けるなんて嬉しくて死にそう!あ、でも着て行くドレスがないな・・) 少し冷静になった火月は、ある問題に気づいた。 それは、舞踏会に着ていくドレスを一着も持っていない事だった。 実家に居た頃、母の形見の着物やドレスは、義母達によって一着残らず焼き捨てられてしまった。(どうしよう、先生に何て言ったら・・) 翌日の放課後、火月は有匡とあのフルーツパーラーで待ち合わせていた。(先生、遅いな・・) そんな事を思いながら、火月が本を読みながら待っていると、店に有匡が入って来た。「先生・・」「すまん、遅くなった。」 有匡が火月を連れて来たのは、婦人服専門の仕立屋だった。「先生、ここは?」「お前のドレスを何着か仕立てて貰おうと思ってな。」「え、どうして・・」「あんな家で暮らしていたから、お前がどんな扱いを受けていたのかは、すぐにわかる。」 火月は有匡に何着かドレスを仕立てて貰った後、彼と共に彼の滞在先であるホテルへと向かった。「うわ~、高級な所ですね。」「まぁな。火月、女学校の方には今夜ここに泊まると連絡しておいた。」「え・・」「何をそんなに驚いている?今更二人きりになる事なんて、珍しくないだろう。それに・・」 火月は有匡に背後から抱き締められ、顔を赤くした。「ずっと、お前と二人きりの時間を過ごしたかった。」「先生・・」「先生?」「あ、有匡様・・」 おねーさん、どうしよう。 僕、“また”先生からのお情けを頂いてしまった。「ねぇ、先生はいつまで東京に居るのかしら?」「さぁね。でも、事件の調査にかこつけて、火月ちゃんの傍に居たいだけなんじゃない?」「そうかもね~」「ま、二人が一緒に居られればいいんじゃない?」「そうね~」 種香と小里がそんな事を話していると、玄関先から少女の声がした。「すいません、誰かいらっしゃいませんか~!」「はい、どちら様ですか?」 種香が玄関先へと向かうと、そこには火月と瓜二つの顔をした少女が立っていた。「あの、こちらは土御門有匡様のお屋敷でしょうか?」「ええ。あの、あなたは・・」「わたしは、雛と申します。ここへは、父と母に会いに来ました。」「まぁ、雛様、お久し振りですわね!」「雛様、どうぞ中へ!」 二人は、有匡と火月の娘・雛を屋敷の中に招き入れた。「六百年振りですわね、こうして会えたのは。」「ええ。父様と母様は?」「二人は、東京にいらっしゃいますわ。仁様も一緒ですわ。」「まぁ、仁も一緒に?」「ええ。殿がこちらに戻られるまで、ゆっくりして下さいね。」「わかったわ。」 雛が鎌倉の土御門邸に滞在している頃、東京の歓楽街の外れに、その店はあった。「あら、いらっしゃい・・何だ、あんたか。」 カウンターに居た、“カフェー・暁”のマダム・艶夜は、店に入って来た客の顔を見た途端、眉間に皺を寄せた。「おやおや、随分と嫌われているようですね。前世ででは夫婦であったというのに。」文観はそう言うと、カウンター席のスツールに腰を下ろした。「注文は?」「ワインを。」「そう。」 文観のグラスにワインを注ぎながら、艶夜は大きな溜息を吐いた。「で?ここには何の用?」「貴方の兄上を見つけましてね。そのご報告に来たのですよ。」「アリマサ、何処に居るの?」「鎌倉で、陸軍の陰陽師として働いていますよ。あと、甥の仁君も、似たような仕事をしています。」「へぇ、そう。」「余り関心がないようですね?」「だって、アリマサは神官の物じゃないもん。それに、妖狐界が最近うるく言って来るんだよね。早く孫の顔を見せろって。」「妖の世界も、色々と大変なのですね。」「まぁね。昨夜管狐からこんな文を貰ってね。」 艶夜はそう言うと、文観に妖狐界から届いた文を見せた。 そこには、近々集まりがあるので、“夫同伴”で出席するように、という旨が書かれていた。「面倒臭いけれど、必ず出席しろってさ。」「へぇ、そうなのですか。では、わたしと共にその集まりに行きませんか?」「考えておく。」 週末、火月は有匡と共に有沢家の舞踏会に出席した。「なんだか、緊張してしまいますね・・」「大丈夫だ、わたしがついている。」 有沢邸へと向かう車の中で、有匡はそう言うと火月の手を優しく握った。「お父様、舞踏会には有匡様がいらっしゃるのでしょう!?ああ、早く有匡様にお会いしたいわ!」 そう言った紫子は、興奮した様子で有匡の到着を今か今かと待っていた。「落ち着きなさい、紫子。」「姉様、あの方と―あの女と親しいの?」「火月さんをそんな風に呼ぶのは止めなさい。」「だって・・」 百合乃が紫子を窘めていると、大広間が急に騒がしくなった。―有匡様よ!―社交嫌いの有匡様が、このような集まりにいらっしゃるなんて珍しいわね。―あちらの方が、奥様? 燕尾服姿の有匡がエスコートしているのは、美しい真紅のドレスを着た火月だった。 彼女の髪には、紅玉とダイヤモンドのティアラが輝いていた。「やぁ、来たね。そちらが、君の奥さんかい?」「初めまして、火月と申します。」「いやぁ、美しい方だね。有匡君、わたしの娘達を紹介するよ。こちらが長女の百合乃と、次女の紫子だ。」「百合乃と申します。火月さんとは女学校で仲良くしておりますの。」「火月から君の話は聞いているよ。女学校ではよくして貰っていると。」「まぁ、そうですの。」百合乃は、紫子が拗ねて自室へと戻ってゆく姿を見送った。「紫子はどうした?」「さぁ、知りませんわ。わたくし、様子を見て来ますわ。」 百合乃がそう言って紫子の部屋へと向かうと、中から妹の泣き声が聞こえた。「紫子、入るわよ。」「お姉様・・」そう言って枕から顔を上げた紫子の目は、赤くなっていた。「何をそんなに拗ねているの?有匡様には火月さんがいらっしゃるのだから、諦めなさい。」「嫌よ、わたしは有匡様の妻になるの。あの女なんかには渡さな・・」 何かが百合乃の前を横切り、紫子の首が自分の足元に転がっている事に気づいた時、百合乃は悲鳴を上げた。「百合乃、一体何が・・」「紫子、紫子が・・」 悲鳴を聞きつけた有匡達が紫子の部屋へと向かうと、そこには首が無い妹の遺体を抱き締めて泣いている百合乃の姿があった。「これは、一体・・」「先生・・」 火月は、その場で気絶してしまった。「いやぁ、大変な事になった。」「有沢さん、百合乃殿は?」「部屋で休ませているよ。それにしても、一体誰の仕業なんだろうか・・」 そう言った有沢の顔は、蒼褪めていた。「先生・・」「少しは落ち着いたか?」「はい・・」「今夜はここで泊まる事になった。何かあったらわたしを呼べ。」「わかりました・・」 火月が眠っているのを確認した有匡は、そっと客用寝室から廊下へと出た。 二階へと上がり、有匡が紫子の部屋へと向かうと、その途中で“何か”が横切ったような気配を感じた。(何だ、今のは?) 有匡がそんな事を思いながら紫子の部屋の中に入った瞬間、黒い影が彼の前を横切った。「何者だ!?」「クソ、あんたも殺してやろうと思ったのによぉ!」 天井からそう叫んで降りて来たのは、一人の少年だった。 漆黒の髪をなびかせた彼は、鋭い爪で有匡に襲い掛かろうとしたが、彼が放った筮竹が胸に刺さり、絶命した。「これは、一体・・」「これが、お嬢さんを殺した下手人です。」 有匡はそう言った後、火月が寝ている部屋へと向かったが、そこに彼女の姿はなかった。 有匡が客用寝室から出て数分後、火月は風が唸る音で目覚めた。「大きな声を出すな。」 口元を何者かに塞がれ、後頭部に銃口を押し付けられた火月は、侵入者の言う通りにするしかなかった。「裏口から外へ出ろ。」「あなたは誰?僕をどうするつもりなの?」「無駄口を叩くな、早くしろ。」(先生、助けて・・) 火月は侵入者と共に、有沢邸から出て行った。「早く乗れ。」 火月は侵入者と共に有沢邸の裏口に停められている車へと乗り込んだ時、目隠して両目を覆われ、何も見えなくなった。「有沢殿、妻が何者かに攫われました。恐らく犯人は、お嬢さんを殺した輩の共犯者かと。」「これは、我々の手には負えん、ただちに応援を呼ぶ!」「助かります。」 有匡はそう言うと、火月を捜しに有沢邸から出て行った。 祭文を唱え、有匡は彼女の居場所を探ろうとしたが、失敗に終わった。「クソッ」 火月が左耳に紅玉の耳飾りをつけていれば、すぐに彼女は見つかるだろう。 彼女を攫った相手が、自分の結界内に彼女を隠さない限り。「う・・」「目が覚めたか?」 火月が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の中だった。 御簾越しに自分に向かって語りかけて来る人物は、若い男の声をしていた。「あなたは・・」「初めまして、わたしは安倍光春、あなたのご主人とは因縁で結ばれているのさ。」「因縁?それってどういう意味・・」 火月がそう言って部屋の中から出ようとした時、彼女は激痛に襲われ、その場に蹲った。「何を・・」「ちょっとした魔除けの結界を張ったのさ。やっぱり、君には効いているようだね・・人間として転生しても、君は元々妖だからね。」 御簾が勢いよく開けられ、その中に居た男―安倍光春は、悲鳴を上げてのたうちまわる火月を冷たく見下ろした。「これから、楽しくなるね。」火月は、涙を流しながら有匡の事を想った。(先生・・)「まだ火月は見つからぬのか?」「はい・・女学校の周辺を捜したのですが、見つかりませんでした。」「そうか、報告ご苦労。」部下から執務室で報告を受けた有匡は、溜息を吐いた。(火月、一体何処に居るんだ・・) 火月が姿を消してから、七日が経った。 式神に彼女の捜索を命じながら、有匡も彼女を捜していたが、中々見つからなかった。(ここまで捜しても見つからないという事は、他人の・・火月を攫った犯人の結界内に居るという事か。長期戦になりそうだな。) 有匡は、執務机の上に置かれた一通の手紙に目を通した。 そこには、“子の刻にて、ニコライ堂にて待つ”とだけ書かれていた。「ただいま。」「お帰りなさい、父様。今日もお仕事、お疲れ様です。」「雛、今夜は少し出掛けて来るから、先に寝ててくれ。」「はい・・」 その日、有匡は夕食を雛と囲んだ。「仁は、また残業ですか?」「あぁ。最近、忙しそうでな、寝る時間も惜しいとこの前言っていた。わたしのような妖狐なら少しは無理をしても平気だが、あいつは人間だ。心配だから、あいつの顔を見に行ってやるか。」「そうして下さい、仁もきっと喜びます。」 夕食を食べ終えた後、有匡はニコライ堂へ向かう前に仁の職場へと寄る事にした。「仁。」「父上、何故ここへ?」「弁当を届けに来た。」「ありがとうございます。丁度お腹が空いていた所なんです。」 仁は有匡に礼を言いながら、有匡から弁当が入った重箱を受け取った。「余り無理するなよ。」「はい。」 仁の職場を後にした有匡は、その足でニコライ堂へと向かった。「おい、誰か居ないのか!?」「そんなに怒鳴らなくても聞こえているよ。」 そう言いながら、闇の中から現れたのは、一人の青年だった。「初めまして・・いや、“お久し振り”かな、土御門有匡殿?」「お前は・・」 有匡の脳裏に、宮中で一度会った青年の顔が浮かんだ。「その様子だと、思い出してくれたようですね。」青年―安倍光春は、そう言って有匡に向かって薄笑いを浮かべた。「火月は何処に居る?」「安心して下さい、あなたの細君は今の所無事ですよ。まぁそれも、あなた次第ですが。」「何が望みだ!」「それはこれからお伝えしますよ、わたしについて来てください。」 光春に有匡が連れて行かれたのは、皇居の近くにある、ある人物を祀った場所だった。「あなたの力で、“彼”を目覚めさせて欲しいのです。」「何の為に?」「この国の為に。」「それで?この方を目覚めさせて、わたしにどんなメリットがあるのだ?」 有匡がそう言って光春を睨むと、彼は少し苛々した様子で貧乏ゆすりを始めた。「だぁ~か~らぁ~、あなたの細君を解放する代わりに、こちらの方を目覚めさせろって言っているんですよ、わからない人だなぁ!」「そんな話を信用できるか。」 光春との話し合いは決裂し、有匡はその場から去った。「クソ!」「どうされましたか、光春様?」「どうしたもこうしたもない!あの男に馬鹿にされた!」 光春はそう言った後、女中に暫く自室には誰も通すなと命じた後、火月が軟禁されている部屋へと向かった。「ご気分はいかがですか、火月様?」「答えたくない。」「相変わらず、強情ですね。少しこちらに甘えてくれたら、こちらもすぐにあなたを解放するのに・・」 光春は、そう言って火月の頬を撫でようとしたが、彼女は身を捩って彼から逃れた。「いつまで僕をここに軟禁するつもり?先生の所へ帰して!」「うるさい!」 光春はそう叫ぶと、火月の頬を平手で打った。 だがその直後、彼は火月に猫撫で声でこう言った。「殴ってごめんなさい。あなたは大切な人質なのだから、乱暴な扱いをしてはいけないのに。あぁ、わたしは何て事を・・」(この人、おかしい・・)光春に軟禁されてから、一月が過ぎた。 その日、光春はいつになく不機嫌だった。 些細な事で彼は女中達に暴力を振るい、彼女達の悲鳴が火月の居る部屋まで聞こえて来た。「あいつさえ・・あいつさえ居なければ!」 光春はそう言いながら、火月の部屋へとやって来た。「やめて、離して!」「うるさい、僕に指図するな!」 光春はそう言いながら、火月の首を絞めた。(助けて、先生!)火月の耳飾りが光り、その瞬間青龍が鋭い牙と爪で光春に襲い掛かった。(火月・・?)「殿、どうされたのです?」「火月が・・いや、正確に言えば、火月の耳飾りに仕込んだ式神が動いた。」「じゃぁ、火月ちゃんは・・」「あいつは無事だ。」(火月、無事にここへ帰って来い。) 激しい土砂降りの雨の中、火月は只管鎌倉へと走っていた。 全身ずぶ濡れになり、泥だらけになっても、火月は走るのを止めなかった。(先生、待っていて・・) 火月は疲れ果て、いつしか歓楽街の路地裏で眠ってしまった。―火月、起きろ。(先・・生?)「火月、起きろ、火月!」有匡に頬を叩かれ、火月がゆっくりと目を開けると、そこには安堵の表情を浮かべた有匡の姿があった。「先生、僕、どうして・・ここは・・」「式神の気配を辿って、ここまで来た。まぁ、あいつが連絡をこちらに寄越してくれたお陰でお前をこうして迎えに来られたがな。」「あいつって・・」「ちょっと、実の妹相手にその言い方は酷いな~」 火月が寝かされていたソファー席から身体を起こすと、そこは何処か異国情緒を漂わせるかのような雰囲気があるカフェーの店内だった。「元気そうだね、カゲツ。神官の事、憶えている?」 艶夜こと神官は、そう言うと笑った。にほんブログ村二次小説ランキング
Jun 8, 2024
コメント(0)
素材は、このはな様からお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。「あの、僕・・これから、どうすればいいですか?」 義理の母と妹が惨殺された事など知らずに、火月はそう言うと不安そうな顔をしながら有匡を見た。すると有匡は、火月に優しく微笑んで、こう言った。「これから、わたしと一緒に楽しく過ごせばいい。」「え・・」「ここには、お前をいじめる者は誰も居ない。」「はい・・」 有匡に抱き締められながら、火月は“この人と幸せになれる”と思った。「お帰りなさいませ、有匡様。」「お帰りなさいませ。」 火月が有匡と共に新居である彼の屋敷に入ると、二人の女性が二人を出迎えた。「種香、小里、お迎えご苦労。」「そちらが、殿の・・」 女性達がちらりと横目で有匡の隣に立っている火月を見ると、そそくさと彼女達は奥へと消えていった。「やっと火月ちゃんと会えたのね、殿!」「それにしても、リアクション薄くない!?」「ツンデレなのよ~、そういうところはいつまで経っても変わらないわ~」 種香と小里をはじめとする有匡の式神達はそう言いながら、食事の支度をしていた。 その間、有匡は火月に屋敷の中を案内していた。「ここが、わたしの部屋だ。」「広いんですね・・」「あと、ここがお前の部屋だ。」 有匡に火月が案内されたのは、有匡と同じ位広い部屋だった。「種香に色々とこの部屋の壁紙や内装、調度品などを揃えるのに手伝って貰ったが、何せこういったことには慣れていなくてな・・」「本当に、この部屋を僕が使ってもいいんですか?」「いいに決まっているだろう。」「ありがとうございます、先生!」 火月はそう叫ぶと、有匡に抱きついた。「喜んでくれて良かった。」 そう言った有匡は、何処か嬉しそうな顔をしていた。「うわぁ、凄いご馳走ばかり!」「ハッスルもするわよぉ、今日殿と火月ちゃんの祝言の日だもの~」「長い間待っていた甲斐があったわ~、本当に!」「ね~!」 種香と小里は、そう言った後笑った。 食事が終わり、有匡と火月は初夜を迎える事になった。「漸く、この日が来たな。」「あの、あなたの事を何とお呼びしても?」「好きな呼び方でいい。」「じゃぁ・・今日からよろしくお願い致します・・先生。」「あぁ、宜しく頼む。」 翌朝、火月が目を覚ますと、隣には裸の有匡を見ていた。(僕、抱かれたんだ、この人に。) 昨夜の事を思い出して、火月は頬を羞恥で赤く染めた。「おはようございます、殿。湯浴みの支度が出来ました。」「わかった、すぐ行く。」 有匡は素肌の上から夜着を羽織ると、そっと眠っている火月の髪を優しく梳いて、部屋から出て行った。「火月ちゃん、起きた?」「ご飯、出来ているわよ。」 火月が食堂へと向かうと、そこには美味しそうな朝食が並んでいた。「うわぁ、美味しそう。」「沢山食べてね。」「いただきます。」 火月が朝食を食べていると、そこへ有匡が食堂に入って来た。「火月、おはよう。」「おはようございます・・」 風呂上がり姿の有匡の色気に、火月は鼻血を出してしまった。「全く、朝から騒がしい奴だな。」「すいません・・」「六百年経っても、世話が焼ける奴だ。」 有匡はそう言うと、笑った。「殿、そろそろお時間ですわ。」「わかった。」 有匡は、そう言うと火月の髪を優しく梳いた。「では、行って来る。」「行ってらっしゃいませ。」 有匡を見送った後、火月は溜息を吐いた。「あのぅ、これから僕、どうすれば・・」「あらヤダ、殿ったらお弁当忘れてるわ。」「火月ちゃん、悪いけど殿に届けてくれないかしら?」「え・・」「はい、これ。殿の職場の住所が書かれているメモ。」「気を付けてね。」 火月は有匡に弁当を届ける為、彼の職場へと向かう事になった。「え~と、確かこの先を右に曲がって・・」「お嬢さん、迷子かな?」 火月が道に迷っていると、一人の青年が彼女に声を掛けて来た。 彼は軍服姿で、榛色の髪と、透き通るような碧い瞳をしていた。「あの、僕、ここに行きたいんですけど・・」「あぁ、ここですね。でしたら、僕も行くので、一緒に行きませんか?」「ありがとうございます・・」 青年と共に火月が向かった先は、有匡の職場である帝国陸軍陰陽部神秘課だった。「あの、あなたは・・」「藤原少尉、おはようございます!」「おはよう。」 正門前の門兵達は、少し訝し気な視線を火月に送った。「少尉、そちらの方は・・」「あの・・僕は・・」「火月、そこで何をしている?」 氷のような冷たい声と共に、有匡が火月達の前に現れた。「先生、お弁当を・・」「そうか。」 有匡は溜息を吐くと、火月に向かって手を差し出した。「来い、職場を案内してやる。」「はい・・」 有匡は状況がわからず呆然としている部下達に向かって、こう言った。「これは、わたしの妻の、火月だ。」「え、えぇ~!」 周囲が騒然となる中、有匡は火月と共に建物の中へと入っていった。 その建物は、ゴシック建築の、美しい装飾が施されたものだった。「ここが、先生の職場なんですね。じゃぁ、さっき会った人は・・」「あいつには、関わるな。」「え?」(それって、どういう・・)「先生、あの・・」「有匡殿、有匡殿ではありませんか?」 そう言いながら二人の前に現れたのは、恰幅のいい背広姿の男だった。「有沢さん、おはようございます。」「入口で、何やらわたしの部下達が騒いでいましたが、そちらが、君の・・」「ええ、妻です。」 そう言った有匡の顔は、少し強張っていた。(先生?)「ほぉ、いつの間にこんなに可愛い奥さんを娶ったとは、君も隅に置けませんなぁ!」 背広姿の男―有沢は大声でそう言った後、有匡の背中を強く叩いた。「申し訳ありませんが、急いでいますので・・」「はは、そうだな。いやぁ、呼び止めたりして悪かった!」 有沢は豪快な笑い声と共に去っていった。「賑やかな方でしたね・・」「色々と騒がしい方だが、頼りになる上司だ。」 有匡が火月を連れて行ったのは、建物の二階の奥にある彼の執務室だった。机の上には、タイプライターと書類の山が置かれており、ソファには紐がけした書籍類が置かれていた。「弁当は、ソファの前に置かれている机の上に置いてくれ。」「は、はい・・」 執務室は必要最低限の物しか置かれていない、殺風景な部屋だった。「はぁ・・」 有匡はタイプライターに紙を挿し込み、キーボードを打とうとした時、何かが引っかかっているのか特定のキーボードが打てなくなっていた。「どうかなさったのですか?」 火月は、そう言うとソファの上に置かれていた本を読むのを止めた。「いや、ここのキーボードが打てなくてな・・」「貸して下さい。」 火月がそう言って動かないキーボードの下を弄ると、そこから丸めた“何か”が出て来た。「これが詰まっていたんですね。」「ありがとう。」 有匡が火月から渡された“何か”を広げると、それは数週間前に上司の娘から渡された恋文だった。「それ、恋文ですか?」「ああ、この前出勤している時に渡された。読まずに捨てたつもりだったが、こんな所にあったとはな。」「お返事、書かないんですか?」「ああ。わたしが愛しているのは、お前だけだからな。」「先生・・」(うわ、顔近い!) 有匡は、火月が持っている本を見た。「その本、面白いか?」「はい。女学校に通っていた頃、少しずつ読んでいたんですが、結局読まずじまいで・・」「その本、やるぞ。」「え、いいんですか?」「あぁ。捨てようと思っていたが、全部やる。」「ありがとうございます!」「そんなに喜ばなくてもいいだろう・・」「す、すいません・・」 有匡は溜息を吐くと、タイプライターを打ち始めた。「先生、もうお昼ですよ。」「わかった・・」 漸く書類を纏められた有匡は、火月から渡された弁当を食べた。「先生、僕どうしたら・・」「そう聞かれてもな。お前、女学校に行きたいか?」「行きたいです。家の事情で中退する事になってしまったけれど、ちゃんと卒業したいです。」「そうか・・」 有匡は火月の言葉を聞いた後、何かを考えこんだような顔をした。「まぁ、お帰りなさい火月ちゃん。あら、その本は?」「先生から頂きました。」「へぇ~、これ全部装丁が特注の物ばかりよ~」「え!?」「“古今和歌集”に“源氏物語”、“平家物語”・・中々渋いわねぇ。」「みんな、実家の書斎や女学校の図書室にあって、ずっと読みたかったから・・」 実家で暮らしていた頃、使用人同然の扱いを受けた火月は、読書を楽しむ暇も、勉学に勤しむ暇も無かった。 だが有匡と結婚し、火月は生まれて初めて、“誰か”の為にではなく、“自分”の為に使える時間を手に入れた。 その時間を、火月は無駄にはしたくなかった。「火月、これを。」 夕食の後、有匡はそう言うと火月に書類が入った封筒を手渡した。「これは?」「女学校の入学手続きの書類だ。」「まぁ、ここって、お嬢様達が通う女学校ではありませんの?」「このような所に、僕が通っていいんですか?」「いいも何も、学びたいと思った時に学ぶのはいい事だ。」「ありがとうございます。」 火月は、一晩で女学校の入学書類を書き上げた。「おはようございます、先生。」「火月、出掛けるぞ。」「は、はい・・」 有匡が火月を連れて行ったのは、有匡が贔屓にしている呉服屋だった。「まぁ、いらっしゃいませ。」「妻に合う着物を十着位、誂えて欲しいのだが。」「かしこまりました。」 呉服屋「五十鈴」女将・村上凛子は、火月に優しく微笑んだ。「奥様は、赤や水色といった、髪と肌の色に映えるような物がいいでしょうね。」「あの、先生、こんなに高価な物を頂いていいのですか?」「いいに決まっているだろう、遠慮するな。」「は、はい・・」 呉服屋から出た有匡は、火月を駅の近くにある喫茶店へと向かった。「うわぁ、どれも美味しそう。」「ここのお店のおすすめは、ビーフカレーですよ。」「じゃぁ、それにします。」「わたしは珈琲を。」「かしこまりました。」 着物の上にレースのエプロンをつけた女給は、チラリと横目で有匡に好色な視線を向けた後、厨房へと消えていった。「先生って、女性にモテるんですね?」「何だ、嫉妬か?」「いえ・・僕みたいなのが、先生の妻に相応しいのかなぁって・・」「自分で自分を卑下するな。」「す、すいません・・」「有匡様、有匡様ではありませんの?」 店内の客達の中で一際華やかな集団の中から、一人の女性が二人の前にやって来た。「まぁ、こんな所でお会いできるなんて奇遇です事。そちらの方は?」 女学生の視線は、まるで品定めするかのように火月へと向けられた。「わたしの妻だ。」「まぁ・・」 火月は彼女が、有匡に恋文を送った女学生だと気づいたのは、恋文に残っていた白檀の香りと、彼女の着物から微かに香る匂いが同じだからだった。「紫子殿、わたしはあなたの気持ちに応えられません。」「失礼。」 女学生―紫子はそう言うと、そのまま喫茶店から出て行った。「紫子様、お待ちになって!」「紫子!」 紫子の後を追い掛けるかのように、女学生達が次々と喫茶店から出て行った。「お待たせしました、ビーフカレーと珈琲です。」「ありがとうございます、マスター。さっきの方達は、一体・・」「あぁ、あの方達は、白百合女学校に通う方達でね。毎日ここに来てはお喋りをしているよ。」「そうなんですか・・」 翌日、火月が女学校の入学手続きの書類を郵便局へと出しに行った時、偶然その帰り道で紫子と会った。「あなた、有匡様と結婚したの?」「はい。それが、あなたと何の関係があるの?」「あるわよ!わたくしは、あなたと有匡様が結婚する前から、有匡様の事をお慕いしていたのよ!」 そう言った紫子は、キッと火月を睨んだ。「そうですか。ですが、僕は先生と離縁するつもりはありませんから。」 背後で紫子が何か喚いていたが、火月はそれを無視して帰宅した。「お帰りなさい、火月ちゃん。」「ただいま・・」「どうしたの、浮かない顔をしているわね。」「ねぇおねーさん、先生って、モテるの?」「まぁ、モテるわよ。火月ちゃんと出会う前、沢山恋文を貰っていたし、山程縁談を持ち込まれた事があるものね。でも安心して、火月ちゃん一筋だからね、殿は!」「そ、そう・・」「それにしても遅いわねぇ、殿。」「仕事が忙しいんでしょ。火月ちゃんを放ったらかしにして、悪い旦那様だ事ー」「誰が悪い旦那様だって?」「ま、殿、お帰りなさいませ!」「一体何をコソコソと話をしているんだ、お前達。」「いえね、殿の女性関係について・・」「いらん事を火月に話すな。」 有匡はそう言うと、種香と小里を睨んだ。「さてと、ご飯の支度をしなくちゃ。」「お風呂を沸かさないと。: 二人はそう言った後、そそくさと屋敷の奥へと向かった。「今日、喫茶店で会った方に言われました・・僕と結婚する前から、先生の事が好きだったって・・」「下らん。それをお前に伝えてどういうつもりだったのだ、その娘は?」「さぁ、わかりません。だから、気にしないようにします。」「そうか。」 火月は、4月に菊野女学校に入学した。 女学校は東京にあるので、火月は寮生活を送る事になった。「気を付けてな。」「はい!」 駅まで、有匡は車で送ってくれた。 着替えや文房具などを詰めた旅行鞄を持った火月は、東京行きの汽車に乗り込んだ。「殿、どうしたのかしら?」「さぁ、職場へ行かれたけれど、普段通りのご様子だったけれど・・」「まぁ、寂しくなっても、それを表に出さないのが殿よ~」「そうよね~」「ハックション!」 有匡は大きなくしゃみをした後、舌打ちしてタイプライターを再び打ち始めた。 昼休み、有匡が鞄から弁当箱を取り出し、その蓋を開けた時、ある事に気づいた。 そこは、小さな稲荷寿司が卵焼きの隣に詰められていた。『お仕事、頑張ってください。火月』(可愛い所があるな。) 有匡は弁当箱に添えられた小さな手紙を読んだ後、火月は菊野女学校の正門前に辿り着いた。 入学式は明日だったが、在学生達が新入生達に校舎や学生寮などを案内していた。「あなたは、新入生?ようこそ、菊野女学校へ。」「よ、よろしくお願い致します・・」 火月に校舎や学生寮を案内してくれたのは、有沢百合乃という女学生だった。「こちらが、あなたのお部屋よ。」「わぁ、綺麗・・」 百合乃に案内された部屋は、日当たりが良く、美しい装飾が施された家具や調度品に囲まれていた。「明日から、よろしくね。」「はい!」 翌日、火月は菊野女学校の入学式に臨んだ。「皆さん、入学おめでとうございます。」 火月は、入学式の後、他の新入生達と会った。「はじめまし、わたしは高田綾子。あなたは?」「僕は土御門火月です、どうぞよろしくお願いします。」「ねぇ火月さん、ご結婚されているの?」「はい・・といっても、先生、旦那様は、鎌倉にいらっしゃいますけど・・」「大丈夫です。毎日手紙を書くようにしていますから。」「まぁ、素敵!」 綾子はそう言ってはしゃいだ。「綾子さん、ご出身はどちらで?」「京都よ。色々あって、東京に来たの。」「まぁ、そうなんですか。」「その耳飾り、素敵ね!」「旦那様から贈られた物です。」 火月はそう言うと、綾子に有匡から紅玉の耳飾りを贈られた日の事を話した。「やる。」「先生、これは?」「急な事だったから、指輪を用意する時間がなかった。だから、この耳飾りはお前との契約の証だ。」―専属契約更新の証さ。 火月の脳裏に、前世の記憶が甦った。「本当に、いいんですか?」「あぁ。」 有匡はそう言って火月に微笑んだ。「これから離れ離れになるが、心はひとつだ。」「はい・・」 火月が話し終えた後、綾子はハンカチで涙を拭った。「え、どうして泣いているの?」「感動しちゃって・・わたくしも、火月さんの旦那様のような素敵な方と結婚したいわ!」「そ、そうなの・・」 綾子の反応に火月は引いたが、彼女となら上手くやれるなと思った。 その日の夜、在学生達による新入生歓迎会が行われた。「皆さん、実りのある5年間をどうかお過ごし下さい。」 女学校の授業は、国語、数学、社会、体育、裁縫などの授業があった。 前に通っていた女学校とは授業内容が違ったが、火月にとってそれは苦にはならなかった。 寧ろ、火月は学ぶ事が楽しくて仕方なかった。 それに、友人が出来た。「ねぇ火月さん、今日の放課後、新しいパーラーへ行きません事?」「この前お話ししていた所よね?是非、ご一緒したいわ!」「まぁ、素敵!」 放課後、火月は綾子達と共に銀座に新しくオープンしたパーラーに行った。 そこには、色とりどりのケーキなどがショーケースに並んでおり、店内には紅茶や珈琲、そして菓子の甘い匂いがした。「どれも美味しそうで迷ってしまうわ。」「ねぇ、火月さんは何になさるのかお決めになったの?」「木苺のタルトを・・」 火月達が注文する菓子を決めた時、一人の女給が彼女達の傍を通りかかった。「ご注文をお伺い致します。」 その女給は、香世の友人だった。「あらあなた、生きていたのね。」 彼女はそう言って、火月に向かって薄笑いを浮かべた。「店長、店長はいらっしゃる?」「お客様、どうかされましたか?」 店の奥から、店長と思しき男性がやって来た。「この女給、わたくしの友人に向かって無礼な態度を取ったので、しっかり教育して下さらない事?店の格が下がってよ。」「申し訳ありません、君、こちらへ来なさい!」 女給は店長に引っ張られる様にして、店の奥へと連れて行かれた。「綾子さん、僕気にしてないから・・」「火月さん、自分の感情に蓋をしては駄目よ。不当な扱いを受けたら、抗議しないと!」「えぇ・・」「それよりもあの女給、火月さんとどういったお知り合いなの?」「僕、結婚する前は、東京の高原家で暮らしていたんです。僕には、義理の母と姉が居ました。」「高原って、あの・・」「“狐の嫁入り事件”の・・」「そうなの、香世さんには、腹違いの妹さんがいらっしゃると聞いた事があるけれど、まさか、その妹さんが火月さんだったなんて・・」「あの女給は、お嬢様・・香世さんのご友人だった方です。」 思い出してはいけないと思いながらも、香世に虐待された記憶が溢れ出そうになりそうなのを、火月は唇を噛み締める事で必死に耐えていた。「火月さん、今のあなたは、昔のあなたとは違うわ。だから、昔の事は忘れて、“今”を楽しみましょう。」「はい・・」 同じ頃、有匡は有沢に呼び出され、彼の自宅に来ていた。「わざわざ忙しいのに呼び出してすまないねぇ。さ、お茶でもどうぞ。」「ありがとうございます・・」(このジジイ、一体何のつもりでわたしをここへ呼び出したんだ?) そんな事を思いながら有匡が紅茶を一口飲んでいると、そこへ紫子がやって来た。「まぁ有匡様、ようこそいらっしゃいました!」「紫子殿・・」「君が結婚したと聞いて、紫子は大層落ち込んでしまってね。そんな娘を慰める為に、こうして君をうちに呼んだという訳だ。」「そうですか・・」 有沢は、娘―特に自分に似た次女の方を溺愛しているというのが専らの噂であったが、それは嘘ではないようだ。「有沢さん、申し訳ありませんが、わたしには・・」「いやいや、変な気を回さんでくれ。君には、娘の“話し相手”になって欲しいだけなんだ。」「はぁ・・」 上司からの頼みなので、有匡はそれを無下にする事は出来なかった。「ねぇ、有匡様の奥様は、今どちらにいらっしゃいますの?」「東京の女学校に。」「新婚ですのに、奥様と離れ離れになられてお寂しくはありませんの?」「いいえ。妻とは毎日、手紙のやり取りをしていますから。」「そうですの・・」 有匡の素っ気ない態度に紫子は次第に興味を失ったのか、そのまま客間から出て行った。「いやぁ~、今日は来てくれてありがとう!奥さんによろしく!」「は、はぁ・・」 疲れを引き摺ったまま有匡が帰宅すると、玄関先には女性物の草履が置かれていた。「あら殿、お帰りなさいませ。先程、村上様がいらっしゃいましたので、客間の方へお通ししておきました。」「そうか。」 有匡が客間に入ると、そこには何枚かの着物を持った凛子の姿があった。「お邪魔しております、有匡様。奥様のお着物が出来ましたので、お届けに参りました。」「ありがとう。早速、見せて貰おうか。」「はい。」 畳紙に包まれた着物を一枚一枚見ながら、有匡はそれらに身を包み自分に微笑んでいる火月の姿を想像すると、自然と笑みが零れた。「まぁ、有匡様もそのようなお顔をなさるのですね。」 凛子は、有匡の辛い過去を知っているだけに、そう言って笑った。「火月さん、あなた宛にお荷物が届いているわよ。」「僕宛の荷物?」 火月が学生寮で自分宛の荷物の差出人の氏名を確めると、そこには有匡の名が書かれていた。『結婚祝いだ。』 荷物を解いた火月は、それが畳紙に包まれた美しい着物である事に気づいて、歓声を上げた。「まぁ、素敵な着物ね!」「旦那様が、贈って下さったんです・・」「愛されていらっしゃるのね、旦那様に。羨ましいわ~」 翌朝、有匡から贈られた真新しい着物と袴にその身を包んだ火月は、全身が映る鏡の前で一周した後、笑った。にほんブログ村二次小説ランキング
Apr 20, 2024
コメント(0)
素材は、このはな様からお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。1333年、鎌倉。「火月、しっかりしろ!」「先生・・」陰陽師・土御門有匡が出張から帰ると、妻・火月が苦しそうに血を吐いていた。「ごめんなさい、先生・・子供達の事を、頼みますね。」「まだわたしを置いて逝くな。お前が居なくなったら、わたしは・・」「大丈夫・・いつかきっと、会えますから。」有匡は、火月が床に臥せるようになると、出張の回数を減らし、家族と過ごす事を優先させた。「もっと、早くこうしておけば良かった。わたしは、今までお前に甘えていたんだな。」「今からでも間に合いますよ、先生。あなたと家族になれてよかった。」火月の病状は一進一退で、体調が良い時は双子達と遊んだり、和琴を弾いたりしていた。「父上。」「どうした、仁?」ある日の夜、有匡が星の観察をしていると、そこへ仁がやって来た。「昔、父上が僕の妖力を封じたというのは、本当ですか?」「あぁ。」「もし、妖力を封じていなかったら、僕は母上を助けられるのかな・・」「仁、妖力があってもなくても、命あるものは必ず終わりを迎える。それは、何人たりとも変えてはいけない自然の理なのだ。」今にも泣き出しそうになっている仁の頭を撫でた有匡は、空に浮かぶ紅い月に願った。願わくば、火月と会えるようにと。空に朧月が浮かんだ夜、火月は夫と子供達に看取られ、息を引き取った。「父上、本当にいいのですか?」「ああ。お前には天賦の才能がある。それに、子を巣立たせるのは親であるわたしの役目だ。」京へと旅立つ仁に、有匡はある物を手渡した。それは、火月が生前愛用していた紅玉の耳飾りだった。「いいの?こんなに大切な物を、僕が受け取っても。」「これは、血の繋がり、わたし達家族の証だ。必ず、この紅玉はわたし達を導いてくれる。」双子達を見送った後、有匡は己の寿命が尽き、転生し火月と再会する日を待っていた。しかし、その日は来なかった。(何故、わたしは・・)「久しいな、有匡。」火月の懐剣―かつては母の物であった懐剣を有匡が握り締めていた時、妖狐界から突然母・スウリヤがやって来た。「久しいですね、母上。何故、わたしに会いに?」「有匡、お前を迎えに来たのは、眷族となったお前を迎えに来たからだ。」「今、何と・・わたしは、半妖の筈・・」「お前は、“あの時”、火月と共に別次元へと飛び、時を歪ませた。そして、双子の変幻を防いだ。故に、お前の中の“妖狐”の血が、“人間”としての血を相殺した。」「わたしは妖狐として、独りで生きよと?わたしは・・」「そう嘆くな。火月の魂が輪廻を繰り返し、再びお前と会えるまで、待つのだ。」「酷な事をなさる。わたしはもう、火月なしでは生きられないというのに・・」「有匡、これからは人間の為に生きよ。」そう言って自分に向かって差し伸べて来た母の手を、有匡はそっと握った。こうして有匡は人間として生きる事をやめ、妖狐として生きる事になった。―あれは・・―スウリヤ様が人間との間に産んだ・・―何と禍々しい黒髪・・妖狐族の王宮に入った有匡は、そこで同族の者達からの好奇の目に晒された。人間界では、“狐の子”として蔑まれ、その能力をアテにされたされた時と何ら変わりがない。(これも、宿運か。)有匡はそんな事を思いながら、火月を待ち続けた。「有匡、王がお呼びだ。」「王が?」スウリヤと共に、有匡は初めて王―母方の祖父と会った。「そなたが、有匡か。良く顔を見せよ。」「はい・・」王は、じっと有匡の顔を見た後、こう呟いた。「今まで人間界で辛い目に遭ってきただろう。そなたと神官―艶夜には悪い事をしたな。」「いいえ。」「そなたの話は、スウリヤから聞いておる。そなた、火月の魂を待っているようだな。」王は、そう言うと有匡が肌身離さず持ち歩いている懐剣を見た。「愛する者を救う為、人間として生きる事をやめたのは、辛かろう。だが、そなたが火月と再会する日は近い。」「そうですか・・」「そなたと火月は比翼連理、唯一無二の存在。そなたが望めば、火月もそなたに応えてくれるであろう。」「ありがとうございます、王。」「有匡、そなたと会えて良かった。」それが、有匡と王が交わした、最初で最後の会話だった。王は病に倒れ、一度も意識を回復することなく、黄泉へと旅立っていった。長年善政を敷き、人間界と良好な関係を築いてきた王の死によって、妖狐界は混乱を極めた。―次の王は、アルハン様では?―あの方ならば、王に引けを取らぬ程の能力・・―黒髪の“奴”とは違う。王の直系の血族である、スウリヤの異母弟・アルハンは、才能があり、何者にも分け隔てなく接する王に相応しい男であったが、妖力が弱かった。この世は、人間も妖も、力が全て。「やはり、そなたが王に相応しいのではないか、有匡?」「わたしは、王にはなりたくありません。」有匡は、王の後継者争いには加わらず、一介の妖狐として生きようとした。だが―「戦だ!」「戦が始まったぞ!」時の流れと、運命は残酷なもので、人間界と妖狐界との間に陰の気が満ち、戦によりそれは爆発した。まるで、有匡が火月の中に眠る紅牙を制した時のように。「有匡、そなたはどうする?」「・・呼んでいる。」「有匡?」―先生・・火月の魂が、自分を呼んでいる。「母上、わたしは・・」「行け。止めぬ。」スウリヤは、人間界へと降り立った有匡を静かに見送った。(地獄絵図だな・・時代が変わっても、争いはなくならぬ。)有匡が約五百三十五年振りに人間界へと降り立ったのは、会津の戦場だった。町全体が死と静寂に包まれ、あるのは底の無い絶望だけだった。そんな中で、有匡は微かに命の灯火を感じた。「そこに誰か居るのか?」「う、うぅ・・」線香の匂いが立ち込める仏間で、有匡は産気づいた女を見つけた。「しっかりせよ。」「どうか、殺して・・」「ならぬ。」火月の魂の欠片が、自分を呼んでいる。程なくして、女は子を産み落としたのと同時に、息を引き取った。有匡は産声を上げる男児を抱き上げ、そのへその緒を懐剣の刃で斬ると、そこへ官軍がやって来た。「何じゃ、貴様!?」「この赤子を、そなたの子として育てよ。」有匡はそう言って大将と思しき男に赤子を託すと、妖狐界へと戻っていった。「火月とは、再会えたのか?」「いいえ。」「そう気を落とすな。」戦が終わり、太平の世となり、“明治”と名を変えた時代の終わりに、有匡はあの赤子であった男と会った。「あの時、わたしを助けて下さりありがとうございます。」そう言った男は、薄い翠の瞳で有匡を見た。「そなた、わたしが見えるのか?」「はい。あなたの事を、わたしはいつも感じておりました。」男は苦しそうに咳込むと、有匡に抱きついた。「どうか、わたしを助けて下さい。わたしはもう永くはありません。」「それは出来ぬ。だが、そなたの望みは聞いてやろう。」「では・・」男は有匡に、一枚の写真を見せた。そこには、金髪紅眼の振袖姿の少女―火月が写っていた。「わたしの娘です。まだ四つになったばかりの子を、残して逝くのは辛い。どうか、わたしの代わりに娘を守ってくださいませんか?」「わかった。」「ありがとう・・ございます・・」男は、有匡の腕の中で静かに息絶えた。「安らかに眠れ、人の子よ。」1915年、東京。―あの子でしょう・・―不吉な瞳をしているわね。―呪われているわ・・長く肺を患っていた母が亡くなり、火月は父方の親族の元へと引き取られた。そこには、自分に対して好奇と畏怖の視線を向ける親族と、使用人達が待っていた。そして、火月を何かと敵視する本妻の娘・香世が居た。「ねぇ、あなたは何処から来たの?」火月は、いつもお気に入りの場所で会う猫を撫でながらそう猫に話し掛けていると、香世がそこへやって来た。「気味が悪いわ!」「香世・・」「“お嬢様”と呼びなさい。あなたみたいな気味が悪い子を、“姉”と呼びたくないわ。」火月は、父の妾の子だった。父は火月が四歳の時に亡くなり、母は懸命に火月を育ててくれたが、病には勝てなかった。(父様、母様、会いたいよ・・)父の本妻は、火月を女中として扱った。暗く狭い部屋を宛がわれ、食事すら与えられず、火月はいつも飢えていた。そんな中、彼女は香世達と花見をしに、鎌倉へと向かった。火月はまるで何かに惹き寄せられるかのように、鶴岡八幡宮へと向かった。初めて来る場所だというのに、火月は何処か懐かしいような気がしてならなかった。「あっ!」「何しているの、この愚図!」小石につまずいて転んだ火月を助け起こそうともせずに、香世達はそのまま石段を下りていってしまった。「うっ、うっ・・」痛みと寂しさで火月が泣いていると、そこへ一人の男が現れた。「どうした?何故泣いている?」「父様、母様、会いたいよ・・」有匡は、そっと火月の頭を優しく撫でた。その時、火月はその優しい感触が、何処か懐かしいような気がした。「また会おう、火月。」「どうして、僕の名前を知っているの?」「そなたが産まれる前から、そなたの事を知っている。」 1924年、東京。女学校を卒業間近という時に、火月は自分の父親よりも年上の男と結婚する事になった。その結婚は、没落寸前の家を救う為のものであった。「ねぇお母様、本当にこれで良かったの?」「良いに決まっているでしょう。これで厄介払いが出来て、せいせいするわ。」 香世の妹・綾乃は、火月の部屋へと向かった。するとそこには、少ない私物を風呂敷にまとめている異母姉の姿があった。「姉様、どうかお幸せに。」「ありがとう。」―おい、あれ・・―高原家の・・―可哀想にねぇ、人身御供に出されるなんて・・白無垢姿の火月が、“夫”の待つ鶴岡八幡宮へと向かっていると、突然雨が降り始めた。「さぁ、つきましたよ。」一段ずつ石段を火月が上った先に待っていたのは、幼き日に鶴岡八幡宮で会った男だった。「待っていたぞ、火月。」「あなたは・・」―先生・・「もう何も心配は要らぬ。これからは、わたしがお前を守ってやる。」―僕、あなたの子供が産みたいんです。「さぁ、わたしの手を・・」「はい。」有匡は漸く、六百年振りに火月と再会した。「なんですって、あの子が消えた!?」「どういう事ですの、お母様!?」「さっき大宮様からお電話があって、火月がそちらに来てないと・・」「何処へ消えてしまったのかしら?」「さぁね。全く最後まで役立たずなんだから。」火月が消えた日の夜、香世とその母親は何者かに惨殺された。「祟りじゃ、稲荷様の祟りじゃ~!」すぐさま惨殺事件を警察が捜査し始めたが、目撃者も居らず、迷宮入りしてしまった。この事件は、天気雨が降っていた事から、“狐の嫁入り事件”と呼ばれた。にほんブログ村
Feb 15, 2024
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1