ジジくら♪ノヴァくら

長野山中兎70羽死亡


人のペットとしていろいろな動物飼われるようになっていつもこういう問題が発生する。
自分が責任を持つべき相手にたいして無責任なのは今に始まった事ではないけど、ここに取り上げた記事の犯人(あえて犯人とさせて頂く)は早く捕まって、相応の罰を受けるべきだと思う。
(でも、罰って相応じゃないよな、軽すぎるという意味で)

ペット業者が捨てる?長野の山中でウサギ70匹死ぬ
http://news.goo.ne.jp/news/yomiuri/shakai/20050622/20050622i205-yol.html

この子達は生きてたんだよね。捨てられて死んだんですよね。
ブロイラーのように繁殖させられて、餌を与えられてきた仔達はいきなり自然に帰されても自分が何をすべきかを知らない。
自然も新参者を簡単には受け入れない。
自然本来の力は、いきなり現れた個体を生態系を破壊するものとして排除すると思われます。
それに勝つ生き物だけがその地に繁殖を許されるのだけど、数は勝つ可能性を高める。
今回は、そうではなかったけど本当にそうでないかはわからないはず。
賢い子は、穴を掘っているかもしれない。
うさぎに対して知識があると思えない人が探してそれが全てだと思わないので。
しかし、生態系等も含めた生活土壌として、この環境は、やはりこの子達を受け入れるべきではないと思う。
この子達が受け入れられるしたら、低層草のふんだんに生えた草原で、そこに現存するうさぎがいないこと、且つ、広い範囲で鬱蒼とした高木層で囲われ隔離されていることである
生き物をお金という利益としてしか扱えないなら、商売にするのは止めて欲しい。
命を捨てるつもりなら自分の手で幕を引いてくれ。
それは私にとっては悲しい事だけどその方が責任のある取り方だと思う。

ジジをくれたブリーダーさんは、自分の手で命を絶つという。
「こんな事なんとも思わないでするわけじゃない。だからもらってくれる人がいるなら感謝したいんだ。あなたには本当に感謝してるよ」
と、私の再三の援助のお断りの申し出にもそんな言葉を返す。
ジジが他界するまで牧草とペレットを送り続けてくれた。
私は、ジジと出会ったことで楽しい事が一杯あった。
感謝したいのは、ジジと引き合わせてくれた私だったのに。
ジジは、アメリカで買い付けた血統の良いうさぎだったけど、いい子が取れなかったという。
本来なら、ここで命を絶つ所だけど繁殖をしないという条件付で里親を探してくれたのだ。
命を絶つという・・・それは、血統を守るためのブリーダーさんの信念だ。
こういう事があると、今更ながらにこのブリーダーさんの責任感の強さを実感させられる。
私としては、ただ命を絶つ事を賛同は出来ない。
しかし、それも承知での屠殺である事をこのブリーダーさんは、判っている。そして受け止めている。
真面目なブリーダーさんは、この事件の様な無責任な事は決してしないのだ。

私とノヴァを引き寄せてくれた「箱うさぎ」でも、この事件の様な業者の持ち込みや依頼があるらしい。
箱うさぎのtomomiさんは、そのブリーダーさんから商業ベースに乗らない子達を言い値で引き取っている。
なぜ、弱くて商業ベースに乗らない子を言い値で引き取るのか?
それは、無料で引き取る事を条件とした時、業者から連絡が来なくなって、救えない命の可能性が増す事を心配する。
tomomiさんの業者に対する不安とは、多分、こういうことなのだろうと思う。
小さいと可愛いから売れるというだけで免疫も十分につかないまま、母うさぎから引き離され、ショップに納品される。
母うさぎもまた、採算ベース乗せるためすぐ妊娠させられ、ぼろぼろになって死ぬまで繁殖をさせられる。
無責任なブリーダーはそうして死んでいく命もなんとも思わず扱ってゆくし、「無料で里親を探してくれるなら」なんて考える事もほとんどしないのだろう。
思えば、ひよこと一緒である。
昔、ひよこが夜店で簡単に売られていた。
気軽に買われていったひよこ達は、知識を持とうとしない人達に飼われ簡単に死んでいった。
可愛くなくなれば興味がなくなるから平気で捨てたりする。
今、ひよこでは売れないし、犬猫では気軽に買ってくれないからうさぎにする。
売っているからといって気軽に買う方も悪い。
買う以上は、最後まで飼う事を全うして知識を身につけ、愛情を持って育てて欲しい。
生き物はリセット出来るゲームではない。
簡単にリセットできない事をきちんと理解すれば、無垢な姿に心が躍っても”簡単にショップから引いてゆく”事が出来ないという事が理解できるはずではないだろうか。
また、その位の想像力を養うべきである。
そういう考えが浸透していれば、悪徳と思われる業者も減るのではないだろうか。

うさぎの毛皮人気も嫌になる。フェイクファーにしろといいたい。
うさぎを身にまとっていい気になっている人達は、それがどういう風に殺されたのかを見るべきである。
死んだうさぎはせめて余すところなく使われたのだろうか。
毛皮を取るだけで捨てられてはしないだろうか。
せめて、食べて欲しい。
食につなぐ事は慰みものになったものの命をつなぐ事でもあるからだ。
とはいえ、全てにこれが当てはまらないのは判ってる。
私も牛革製品、羽等を使用している一人である。
ただ、最近の流行のファーの様に使い捨てにはして欲しくないと思う。

(追記:2006/5/8:現在の私は、うさぎが毛皮を採るだけに殺されて捨てられている事実を知っているし、新しく革、羽、毛皮を使用した商品を購入していません。また、この現実を知る事で非肉食となっています。)

私は、体という入れ物に対しての執着は強い。
死は、入れものから解放されることではく、「失」だと思う。
だから昔から、ペットの死に対しては周りが辟易する程、泣きじゃくるし、無駄な努力もする。
私のこの性格が正しいとは思わないが、生き物を作り出す側も、受ける側ももっと生に対して真摯になって欲しいと願わずにはいられない。
その様な事を考えるにつれ、上記の様な業者を許す気にはなれない。
今すぐ、命を扱わない仕事をするか、考えを改めるべきである。

<追記>
この記事を知る切っ掛けをつくってくれたねむねむさんが箱うさの掲示板にまた情報を寄せてくれた
「千曲の観光農園「捨てた」 ウサギ 死ぬとは思わず」
http://www.shinmai.co.jp/news/20050623/KT050622FTI090022000022.htm
これは、また怒りを広げる結果になってしまった。
この人達は、動物を扱うには知識がなさ過ぎるし、それに気づいてもいない
いやそれ以前である。
ねむねむさんのサイトから知るこの人達の所業は、動物に対し例え知識がないにしてもおかしいと思える事なのだ
死ぬとは思わなかった?それ以前の問題だ。
そしてこの状況を作り出したのは他でもない本人達ではないか!
現実感も危機感も何も感じられないこの様な人達を一体どう考えていけばいいのだろう。

2005/6/27(付記)
実は事の真相はねむねむさんから始まる
うさ夢のねむねむさんの6/6の日記で書いたあったこと
有限会社「あんずの里アグリパーク」(注:うさ夢では名前は伏せられている)でうさぎがいると聞いて見に行って見ると、そこは鳥メインのエリアで広い鳥かごの糞の中でうさぎが飼われている。明らかに奇形の兎や皮膚病を患っている子までいる。
余りの凄惨なこの光景に悩んだ末、改善要求をそして数日すると・・・
ねむねむさん本人は何も出来なかった事を酷く後悔してるのですが、なぜうさ好きが悩まなくてはいけないのか
本当に悩むべきなのは、捨てた人達ではないのでしょうか
誰が、うさの死体を片付けのか(きっと「片付けた」のだと思います)
この命をどう思うのか、それはうさだけではなく人間に関わる全ての動物に対しなんと傲慢な事か。
私のこの意見が詭弁でも悩む事はしなくてはいけないと思う。
決して見てみぬ振りをしてはいけない・・・。
うさ夢
うさ夢(http://www.j-em.org/~tenshi-ru/)


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