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2007.07.17
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テーマ: ニュース(95895)
カテゴリ: カテゴリ未分類



大人で棄権について話す人がいる。

間違っている。


ほとんどの場合、棄権について話す人は、どの候補者にも、どの政党にも賛成できない、あるいは政治になにも期待できないので、投票結果に対して一切何の影響も与えない選択をしたという前提で話している。

或いは、

どの候補者にも、どの政党にも賛成できない、という意志表示として白票を投じる、という。こちらのほうは、棄権よりはまだましだが、恐らく同じように間違っている。


 特に棄権については、棄権する人には、棄権は、結果についてプラマイ(±)ゼロだという思いこみがある。ところが、よく知られているように、棄権する人が多ければ、必ず投票に行く人を多数抱え込んでいる組織政党が、相対的に(数学的に正確に)浮上するため、組織政党の候補者が当選する確率が高まる。

 風呂に漬け物石を入れておく、水が多いと、漬け物石は水面下に沈んだままになるが、水が少なくなると、漬け物石は水面上に姿を現す。これと同じだ。若い方で漬け物石になじみがなければ、河原の砂利でもいい。川の水が少なくなれば、砂利が姿を現すのと同じだ。

 こういうことをいってもまだ、そうかな、と思っていただけない方もある。

 さらに言えば、棄権する方々には、候補Aでも候補Bでもない、第三の選択だ、という思いがある。候補Aでもない、候補Bでもない、第三の選択だ、という思いだ。候補Aでもない、候補Bでもない、透明人間の候補Cに対する投票だ、というような感覚だ。しかし、仮に候補Aと候補Bのみが立候補していた場合、第三の選択というのは、実際にはまったくの幻想だ。

 当選するのは、必ず候補Aか、候補Bかのどちらかでしかない。100%の確率で、候補Aか候補Bのいずれかが当選してしまう。であるから、あなたの棄権も含めた投票行動が、結果に対してなんの影響も与えないという選択は、本当はまったく不可能だ。結果として、あなたの行動は、候補Aか候補Bのいずれかが選出される集団の行為の一要素を必然的に構成してしまう。あなたの棄権は、必ず候補Aか候補Bのどちらかが選出される結果に、一役かってしまうのだ。そして、どちらかの候補が組織政党の候補者であったばあい、あなたの棄権行為は、その組織政党の候補者に、あなとの意志とはなんの関わりもなく、有利に働き、その組織政党の候補者の当選に一役買ってしまうのだ。

 棄権というのは、ひじょうに観念的なもので、実際的には、どちらかに投票したの実際上は同様の効果をもたらしてしまう。

 だから、棄権というのは、「学生さん」的な観念論に近い。私は、学生さんの棄権に対しては比較的寛容だ。学生さんは、まだ将来があり、これから考えもいろいろ変わっていく可能性が高く、そしてまだ世間をよく知らないだけに、判断を誤っても無理もないと理解できるからだ。しかし、歳が40も50もなって、それでも棄権が積極的な意思表示だみたいなことを、したり気に言っている人もある。こういう人は、本当に困りものだ。20代でものが分からないのは、かわいげがあるが、40~50にもなって、学生さんみたいな絵空事の観念論を、しかもそれに気づかず、したり顔に言っているのは、大人として恥ずかしい。

 白票については、投票箱を開けてみれば、いい候補者がいない、という積極的な意志表示だと認められるからよし、という主張もある。が、これについてもどうか?。白票は、「ヒゲ」とか「モミアゲ」とか書かれた、どちらの候補とも判別しがたい「無効票」として一括されるのではないか。結局のところ、書き損ねと判断がつかない。よほどの数に上らない限り、無効票の数などには誰も注目しない。結局候補者Aか候補者Bの当選に、一役かってしまうのは、棄権の場合と、実際には同じである。

 棄権というのは、あなたの頭の中だけにあって、実際の世間にはない。棄権は、潜在的サポーター票として組織政党から事前の票読みでカウントされているものだ。そういう意味で、棄権は世間知らずだ。そうして棄権は、組織政党に利用される。そうやって、棄権を上手に利用する組織政党が生き残る。あなたは利用され、利用する側はうまくやるのだ。世の中には、利害がうずまいている。棄権で中立、などという抽象論は、利害の一部に取り込まれてまったく機能しない。

 政党は選挙に望む際、必ず票読み、ということをする。この選挙区に、必ず我が党に入れる組織的な票が約10%あり、過去の例から見て、だいたい55%の有権者は棄権するので、残り45%のうちのうち、過半数を取ればいいから、(45%÷2)-10=11.5%、+αくらいの、浮動票を取り込めば、勝てる。というようなことだ。あなたの棄権は、組織政党によって、実質的には、その党への投票と同様に、味方に有利な要素して取り込まれている。したがって、組織政党にとっては、我々の党、に対する投票が多いことと同じくらい、棄権が多いことが重要なのだ。


 さらに、いい候補者がいないという、その考え自体、考えてみるべき問題がある。選挙というのは、究極的には一種の連帯責任だ。いい候補者のいない選挙区、世の中を作っている、その一部が自分だ。いい候補者のいない状態について、自分の責任は、ひじょうに少ないことはたしかだが、責任がまったくゼロというわけではない。自分の責任もないわけではない。

 その状態について、自分でなにがしかの責任を感じて自分で少しでもなんとかしようという気持ちを、少しでも感じない限り、「民主主義」などという政治体制は、絵空事で終わる。








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Last updated  2007.07.28 21:54:15


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