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カルーア啓子さんサイド自由欄
「この文書は20××年頃の日本への手紙である。今の記録媒体では再生できないことを懸念して、データ記録媒体歴史資料館から20××年の頃の記録媒体DVDとUSBメモリを譲り受け、その時代の様式でそれらに書き込むことにした。
我々は、宇宙の時間や空間の歪や揺らぎの研究から、一定の空間を物質と共に移転させる方法を発見し、時空移転装置を開発した。その装置の発動には莫大なエネルギーが必要なため、この地球に残っているすべての核資源をかき集めた。幸い、核兵器は使用されなかったので、必要な量を集めることができた。
西暦20××年の日本を西暦2×××年の現在から495年後に移転するように設定し、発動させた。495年後に設定したのは、500年も経てば植物によって大気中の酸素濃度も上がり、紫外線による酸素のオゾン化も進行し、オゾン層が回復するとの計算による。」
三木は愕然とした。日本列島の移転は不思議な超自然現象ではなく、これを残した古の民の作為的な操作なのだ。三木は古の民からの手紙を読み進める。
「時空移転装置を発動させた直後、ドミニカの研究所にいる仲間から、南の方に集落をつくっている人たちがいるという情報が入った。
バハマ諸島やキューバなどの島がほとんど水没し、ハイチやドミニカの国があるイスパニオラ島に人々が避難していた。二つの国は難民を受け入れており、日本人も避難していた。
その情報により、調査に出向くと、多くの人が自分の身の危険もかえりみず攻撃してきた。彼らはポルトガル語で我々を侵略者と言った。そして、驚くべきことは彼らが防護服を着ていないことだった。
我々は場所と言語と港のたくさんの船から、海を渡ってきたブラジル人ではないかと推定した。彼らの集落には子供たちもいた。これは人類にとって希望であった。この希望をつぶすわけにはいかない。我々は退却した。」
(ドミニカの研究所?そうか、バーキー王国の古の民の遺跡だ。サンパル皇国の経典に、古の民を追い払ったという言い伝えがあった。空が真っ白になりそして真っ黒になったというのは、時空移転装置なるものの発動のせいか。)
そう思いながら、磁気媒体が500年も保持できるのは、箱の材質に秘密がある気がして箱を眺めた。
(似たような材質のものをどこかでみたような。そうだ、西方大陸集落の長の家、その写真の額縁だ。なぜ、どういうことだ?とにかく、この材質をハイクオリティなプラスティックという意味でハイクオリティプラと呼ぼう。電気抵抗の違うプラスティックで回路を組むことができる古の民だ。磁気媒体の保存可能なプラスティックもつくれるだろう。)
さらに読み続ける。
「我々は、時空移転装置を発動させたことを後悔した。人類の希望の芽が消え去ったと思っていたが、まだ、人類の希望が残っていたからだ。しかし、発動させたものを止めることができない。この操作が吉とでることを祈るだけである。
我々は高度な科学技術を持てば危機を救えると信じていたが、それが過ちであったと気付いた。それがために滅ぶこともある。そんな当たり前のことにやっと気付いたのだ。
この後悔が、この世界に呼び込んだ日本に向けて手紙を書くことを決心させた。」
(サンパル皇国の人たちが人類の希望?どういうことだ。)
そう思った三木は、さらにタブレットをスクロールさせていく。
「日本列島を、元の位置ではなく別の位置に移動させたのは、もとの位置では、移転後、孤立した日本が滅ぶと考えたからである。元の位置には周りに何もなく、食料もエネルギーもすぐに枯渇し、移転で混乱しているのに、さらに大混乱に陥る。だから、我々が創った人たちが集落をつくって住んでいる地域の近くに転移させたのだ。その地域には油田もあり、当面は食料もエネルギーもなんとかなる、そう思った。
この地球は紫外線が強くて、我々は防護服なしでは外に出ることができない。外での作業はAIロボットがやっているが、外の環境で生きていける人を創れば、外での活動が効率的になると思った。だから、細胞融合やクローンの研究、遺伝子工学などを応用して、人を創ることを試みたのだ。
試みは失敗の連続であったが、偶然、人工的な人が誕生した。サイボーグでもロボットでもない、生命体なのである。この人工的な人は繁殖もする。それは、我々にとって、希望であり夢であった。
この偶然の成功に気をよくしたアニメ好きの研究者は、エルフやドワーフによく似た人たちも創った。河童、鬼、天狗など考えられる空想上の人も試みたが失敗に終わった。しかし、成功した人工的な人たちは、この過酷な地球環境の中で生きており、繁殖もしている。
試行錯誤の結果の偶然だったので、原理や手順が不明で再現ができないが、確実に人工的な人たちは増えているのだ。
我々は子孫を残すことができない。我々の世代で人類の歴史が終わる、そんな絶望の中を我々は生きているのだ。原因は、降り注ぐ強い紫外線のせいだとか、メルトダウンした原子力発電所の原子炉から出る放射線のせいだとか、地下に潜って日光を浴びずに育ったせいだとか、いろいろ言われているが、よく分かっていない。我々は深い絶望の中でも、かすかな希望の光を見出そうとあがいていたのだ。
我々は、人工的な人たちにいろいろなことを教えた。彼らは優秀であった。呑み込みはAIロボットより速いのではと思うほどであった。AIロボットと決定的に違うのは、彼らには主体的な意思があるということだ。生物学的な分類でいえば、紛れもなくヒトなのである。」
(伝承にあったように、猫耳、熊耳、尖った耳の人たちや小さき人たちは、古の民が創ったのだ。サンパル皇国の人たちは、創られたのではなく、ここに住んでいた人たちだ。古の民が彼らを人類の希望といったのは、彼らには子供がいるからなのだ。多分、古の民が気付かなかったが、トメリア王国の人たちも、東方の国々の人たちも生き延びた人たちなのだ。)
三木は、古の民の高度な科学兵器に脅える必要がなくなった安堵感よりも、間近に絶滅が迫っている古の民の悲しみを思い、深いため息をついた。