かずやんの旅日誌

かずやんの旅日誌

水風

~水風~



6月にしては珍しく晴れ渡った空の下、

キリュウはある場所を目指しバイクを駆っていた。

「そこに答えがあるのか」


キリュウの脳裏を掠めては消えるあの風景。

風が全身を包み込むように通り過ぎてゆく。

しかし、それは風の様でいて、川を泳ぐような感覚すら憶える不思議な風景。

キリュウの幼い頃の記憶なのだが、どこか曖昧で、しかし印象深い風景。


両親を早くに亡くし、施設育ちのキリュウにとって、この記憶は両親と自分を

繋ぐ唯一のものであった。

しかし、その記憶の場所を確かめる術があるわけでもなく、

その風景は、日々の雑踏の中に消えていった。


そして、その風景などすっかり忘れ去った頃の梅雨時、キリュウは阿蘇を訪れていた。

この時期にわざわざバイクで阿蘇を訪れるのには理由があった。

キリュウがバイクで旅をするキッカケを与えてくれた「師匠」に会うためだ。

「師匠」とは、勝手に周りが付けたあだ名である。

実際には流離(さすら)いの旅人であり、その旅のうちについた名のようだ。

旅人の世界ではキャンパーネームというらしい。

その師匠が旅の途中、阿蘇に戻ってきたと宿の主人から聞き、訪れたのだった。


約3年ぶりの師匠との再会。だがどこも変わったところはない。

むしろ若返ったような感じさえ受け取れる。

そしてそのまま同宿していた旅人達とホットプレートを囲みながら酒を煽(あお)る。

すると間もなく、師匠から様々な話が湯水のごとくあふれ出した。

冷夏の影響で、メロンがあまり育たなかった。
羅臼の鮭はあまり揚がらなかった。
キビ刈は機械化が進んで、俺らはもう要らなくなってきた。

すると突然、師匠が

「おう、そうだった。そういや今日凄い場所を見つけちまってよ」

「なんつーか、風に包まれてるんだけど、川を泳いでるような感覚になっちまうんだわ」


キリュウは驚き聞き返した。

「それはどこなんですか!」


師匠は、突然のキリュウの問いかけに驚きながらも、

年季の入ったノートを取り出し、線を繋いで地図を書き出した。

「ここまではバイクで行けるんだけどよ、先は歩きでないと行けないぜ」


キリュウは、渡された地図をまじまじと眺めた。

「もしかしてここが…」

そしてその翌日、キリュウは地図に示された場所に向かったのだった。


師匠の的確な地図のおかげで、迷うことなく到着できた。

道端にバイクを停め、その場所に歩んでいく。

その間にも、キリュウの心の中には、「やっと見つけられる」という期待と、

「違ったら」という不安が入り混じっていた。


30分ほど歩いただろうか、その場所に辿りついた。

しかし、キリュウが思い描いた場所とはどこか違う。

滝のように水は流れているが、どこにでもあるような風景だった。

「ここも違ったか…。」


落胆するキリュウ。

そのまま、水の流れを目の前に座り込んでしまった。

「いったいあの風景はどこに…。」

気が付くと、キリュウは眠りに落ちていた。

いったいどれだけの時間が経っただろう。

「おい!大丈夫か!」の声で目が覚めた。

目を開けると、師匠が立っていた。


昨日のキリュウの様子が気になって、後から追って来たらしい。

「師匠、心配かけました」

「どうやら探してた場所とは違ったみたいです」

すると師匠が

「まあ、そう言わんでもう少し待てや」

と腕を組んだまま、水の流れに向かっていた。

訝(いぶか)りながら、師匠の言うとおり水の流れに向かうキリュウ。

しばらくすると、突然木々がざわめきだした。


「水風の奴、来たな」とニヤリとする師匠

「水風?」

キリュウは訳が分からず、水の流れに目をやった次の瞬間、

水の流れに沿って風が落ちるようにふたりに降りかかった。

風の流れと共に、舞う飛沫(しぶき)。

その流れは、複雑に絡み合い、まるで川の流れの中に身を置いているようだった。

「これだ!この風景だ!」

キリュウの目に、幼かった頃の記憶が鮮明に蘇る。



親子3人で訪れたこの地。

突然の風に帽子が飛ばされ、泣きじゃくるキリュウ。

そのキリュウの頭を優しく撫でる母の姿。

その時、父が「今取ってくるからな。男だったら泣くんじゃないぞ」

その背中は大きく、頼れるものであった。

父が帽子を取りに行こうとしたその瞬間、家族を包むように、その風は吹いた。

不思議な感覚に包まれたキリュウは、いつしか泣き止んでいた。



「親父。お袋。」

キリュウの目に熱いものがこみ上げてくる。

「男だったら泣くんじゃない」

師匠だった。

続けて師匠が

「でもな、たまには男も泣いたっていいんじゃないか?」

と、ニカッと笑いながら言った。

キリュウは涙を流しながら「はい」と答えた。

すると師匠が流れに向き直って

「そら、もう一度来るぞ!」

木々のざわめきの後、「水風」が再びふたりを包み込んだ。

その水風は、あの日のようにキリュウの涙を拭っていた。

そして、その風がキリュウには両親が「お帰り」と囁いているように聞こえた。







水風



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