第七章 「凶行」
恐ろしくてしかたがないのだ。
とうとう、あの悪魔の道化師と黒眼鏡は、本性をむきだしにしはじめた。
読者諸君は、神戸でおこった世にも怪奇な事件をご存知だろうか。
宝石商にして、大富豪であるところのＦ氏の御令嬢が、
白昼堂々とかどわかされたのだ。
犯人はご丁寧にも、前もって予告状を送っている。
「○月○日午前ｏ時までに、貴君ご寵愛のご令嬢、もらい受け候。」
・・・慌てたＦ氏はかねて友人であったところの兵庫県警本部長に助けを求めた。
県警では、威信をかけて、大防衛網をはって、犯人を待ち構えていたのだ。
にもかかわらず、あの悪魔のような頭脳を持った道化師は、
やすやすと令嬢を攫っていったのだ。
そして、後にはあざ笑うかのごとく、道化師の人形を残して・・・・。
なぁに、トリックは、小生には簡単に想像がつくのだ。
恐ろしいのはそんなことではない。
その後の奴らの行動なのだ。
県警では、まだ犯人逮捕の機会があるものと考えていた。
大富豪の令嬢を誘拐したのだもの、さぞかし高額の身代金を
要求してくるだろう。
その時こそが捕縛のチャンスとばかりに意気込んで、
犯人からの連絡を待ったのであるが、
二度と犯人からの連絡はなかった。
そして、昨日。ご令嬢は意表つく場所で発見された。
それは、あまりに美しく、あまりに惨く、
あまりに滑稽な発見のされ方だった。
読者諸君はご記憶だろう、あの悪魔の置き手紙を・・。
あの悪魔どもが銭金のために犯罪を犯すはずはないのだ。
猟奇の犯罪自体を楽しんでいるのだ。
昨日、神戸三宮の某百貨店では、高名な人形作家による
鑞人形展が催されていた。
その取材のために会場を訪れていた新聞記者Ｎ君は、
実に芸術的な作品に目をとめた。
それは、ギリシャ神話にでてくるイカロスに抱かれる美しい裸婦像であった。
イカロスの方は誰が見ても、すぐに人形だと知れる出来なのだが、問題は抱かれている裸婦像の方だ。
実に巧みにできていて、金色に輝くうぶ毛まで再現されている。
しかし、そんなことがあるだろうか。
鑞人形にうぶ毛のひとつひとつを植え込んだというのか。
その顔を見よ。エクスタシーの一瞬を捉えたかのような、
その悩ましくうつろな顔を・・。
しかも、芸術とはいえ、こんな表現が許されるのだろうか、
これもまた美しく設えられたイカロス。彼の逞しい陰茎は、
裸婦の花芯を貫いているのだ。
これは芸術か。それとも、たちの悪い悪戯なのか。
Ｎ君は、恐る恐る裸婦像に触れてみた。
その後、会場が大騒ぎになったことは言うまでもない。
その裸婦像こそ、液体酸素に漬け込まれて凍り付いた、
Ｆ氏のご令嬢その人、の変わり果てた姿だったのだ。
あの悪魔の道化師一味は、自分たちの屈折した悦楽を
見せつけているのだ。
誰の心の奥底にも潜んでいる病魔を見せつけているのだ。
かくも恐ろしい犯罪を見せつけられながら、
どこか、カラダの芯に痺れるようなじれったさを感じるのはどうしてだろう。
かく言う小生もきっと、猟奇の徒なのだ。
そう、その心こそ恐ろしいのだ。
そして、もっと恐ろしい想像もしなければならない。
あの妙麗のエナメルの美女Ｙさんの運命や如何に・・。
早く助け出さなければ、何時、あの令嬢のように、
恥ずかしい姿で衆目にさらされるか知れたものではないのである。
あぁ、小生は焦らなくてはならない。
一秒だってじっとしてはいられない。
一日も早く、一時も早く、エナメルの美女を救出しなければならない。
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