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2005年08月10日
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テーマ: 戦争反対(1197)
 今日から夏休みで、実家に帰るのでしばらくBLOGもお休みとなります。それで、今日は終戦の日を近くして「平和」について思うことを少々。

 この時期になると「平和」に関する記事が多くなってきますが、それはそれで大事なことなのですが、とっても気になることがあります。とかくこの時期増殖しやすい平和ボケのにわか評論家による、反戦平和フレーズは今更どうでもいいんですが、こういう方々やそうでない方々の論評に、 「平和が引き継がれることを願っている」「平和を語り継いでいってほしい」 という言葉が多く出てきます。この言葉自体、大抵は何の抵抗もなく受け入れられているんでしょうが、私はそうはいかんのです。

 そもそも平和とは何か。とりあえず、言葉の定義として「肉体的・精神的な痛みを伴わなわずに、自分の意志をある程度尊重して生活できる社会」としておきます。で、上記のフレーズの何が気にくわないのか。それは、他人事的表現だからです。このフレーズを記述する人に多く見られるのは、「私は何も出来ないけれど」と前置きすることが多いのですが、とにかく「平和」は誰かが与えてくれるもの、またはあたかも自然現象のようなものとして捉えているのです。
 はっきり申し上げますが、「平和」は自然現象ではありませんし、決して与えて貰うものではありません。先に平和を肉体的・ 精神的 と書きましたが、まさに精神的とは各個人にとっての主観であることを示しているのです。例えば、肉体的には痛めつけられることはないけれど、全く読書や学習・趣味の自由が与えられない共産圏のような生活があったとして、それは平和と言えるのかということです。

 つまり、平和とは自分が置かれている状態を自分がどう思っているかの主観具合によって判断されるのであって、相対的に「平和」ということは有りえんのだろうと、そう思うのです。何が言いたいかというと、平和という概念は自分の意志や希望に沿っているのかどうかということに他ならないということです。

 さて、人間の社会性の原点に戻って考えてみると、2人以上の人間が集まれば、個性のぶつかりあいから必ず争議が発生します。この点を否定される方は、大変心の美しい方なのでしょうが、もしそうなのであれば「平和」など議論される必要もなく神の国が形成されることでしょう。話を戻して、争議は口論だったり暴力だったりするわけで、それを抑制または抑圧するために議論や格闘が発生します。つまり、自分のポジション(=平和)を確保するためには必ずや戦いが起きるのであって、これはどんな手段であれ、勝ち取る必要があるのです。
 もちろん、そのままでは社会が暴力に満ちあふれるので、法律や警察などの約束事や規制で縛っていくわけです。これはホッブスの「自然法」やルソーの「社会契約論」そのままなんですが、いずれにしても身の安泰を確保するためには 自ら戦って勝ち取る必要がある

 もうおわかりかと思いますが、平和は自ら戦って勝ち取るものであって、誰かが与えてくれるものではないということを無視しているのが大変気になるわけです。少なくとも、平和を主張することは、その行為自体が他の第三者の平和を侵害している行為であることすらも忘れているのです。人間の営みは常に争議を巻き起こし、それを解消しようと努力しているのです。そのことを蔑ろにした平和主張など平和主義でも何でもないのです。我々は常に自己の平和を望みながら、他人の平和を侵害して生きていることを十分自覚すべきでありましょう。





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最終更新日  2005年08月10日 08時26分44秒
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