ラッコの映画生活

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2007.01.14
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PROFESSIONE: REPORTER

EL REPORTERO
THE PASSENGER
Michelangero Antonioni

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改めてじっくり鑑賞しました。

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英語タイトル『THE PASSENGER』は「乗客」「同乗者」という意味か。マリア・シュナイダーが運転し、ジャック・ニコルソンは同乗者の予定が、撮影始めたらシュナイダーが車の運転ができない。ニコルソンが運転をする形になった。マリアの運転するシーンが2つあり、確かに後ろから見た頭だけや、車の上の部分だけですね。

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結果として最も美しい、並木道を走るオープンカーに後ろ向きになったシュナイダーが風に髪をなびかせるシーンを見ることができます。運転できないというハプニングを最高のシーンにかえてしまう監督のセンスはさすが。

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英国の有名テレビリポーターのデイヴィッド・ロック(ニコルソン)が仕事や人生に疲れ、アフリカのホテルで知り合った英国人で急死したロバートソンと容姿が似ていることから、彼になりすまして別人の人生を歩もうとする。でもロバートソンはゲリラに武器を密売する人。殺し屋や、夫の死に疑問をもつ妻に追われ、偶然ロンドンで見かけ、バルセロナで知り合い愛し合うようになった若い娘(シュナイダー)と逃避行をする。人のアイデンティティー、社会や政治と個人の問題などがテーマ。注意してないと重要な部分を見落としてしまうほど計算しつくされてます。ホテル室内から鉄格子のある窓を抜けて部屋の面する広場に出、外からまたその室内を見るに至る最後の5分強の長回しを特殊カメラ移動装置を使って実現しているのも有名。

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(以下ネタバレ)
パスポートの写真の張り替え。死んだロバートソンとの会話をテープ録音で聞きながらデイヴィッドは作業する。窓の方を見る。画面もその視線に合わせてパンしていくと窓の外にロバートソン。後からデイヴィッドも姿を現し実際に会話している。2人は室内に戻り、デイヴィッドが画面外に消えロバートソン1人の画面が壁沿いにパンしていくと、パスポートの写真を張り替えているデイヴィッドに。巧みに現在と回想を連続させている。似た手法はテレビドラマでも見るが、ここではデイヴィットがロバートソンに入れ代わる過程をうまく表現している。物語はこの技巧的なシーンに始まり、最後の長回しで終わる。最後の方はロバートソンことデイヴィッドの部屋から始まり、カメラが部屋を出て最後にはその部屋を外から眺めることで、アイデンティティーの融合が終わり、客観的視点を回復する。

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ロバートソンになり代わった彼はロンドンへ。ベンチで読書する若い女(名前がないので以下マリア)に目をとめる。次はミュンヘン。ロバートソンがゲリラに武器密売をやっていたことを知る。次は手帳の予定通りバルセロナ。デイジーなる人物と会うことになっている。しかしデイジーではなくロンドンで目にしたマリアにガウディ建築カサ・ミラで出会う。妻が差し向けた追っ手が自分を捜していることも知り、マリアに頼んでホテルをチェックアウトし荷物を取ってきてもらう。2人が落ち合うと、車にはマリアの荷物。手帳のスケジュールをたどりながらの2人の逃避行が始まる。

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2人は愛し合うようになるが、マリアが手帳にあるロバートソンの予定を読みあげる。何人もの女性と会うことになっている。「デイジーが多いわ。お気に入りのようね。」と言うマリアだが、デイヴィッドは「デイジーって男じゃないかな」と言うのでマリアは怪訝な顔をする。これは伏線。

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妻は送られた死んだ夫のパスポートの写真が違うことに気付き、夫の死に増々疑問を持ち、スペインまでロバートソンを捜しにやってきた。DSに乗った2人の殺し屋も段々に迫っていた。途中車も故障し、無関係なマリアに去ることをデイヴィッドは求め、彼女は去る。

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手帳にあったオスーナのホテルにデイヴィッドが到着。ロバートソンと名乗るが、ホテルの主人は「奥様が既にお見えで、ロバートソン夫人名義のパスポートを拝見しているので、あなたのパスポートは必要ない」と言う。部屋にはマリアが。ホテル主人のセリフでデイヴィッドも観客もシュナイダー演ずるこの女性の正体を知ったはずだ。デイジーとはロバートソン夫人。ロンドン、バルセロナで出会い、一緒に逃げてきたマリアその人だ。ここで彼女は鏡に写った姿で登場する。人は光学的および周囲の人の目という鏡像からアイデンティティーを獲得する。ここまでただの若い女であった彼女のアイデンティティーがここで初めて明確になる。ある意味転換する。だから実像ではなく鏡像だ。

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デイヴィッドは40歳で手術で目が見えるようになった盲人が、世界のあまりの汚さに3年後自殺した話をする。教会のある風景画が映る。絵の中の世界は美しい。「君は私とこんなバカなことをしていてはいけない」と彼は別れを促し、彼女は部屋を出ていく。隣室でカバンに衣類を詰めるが、椅子に腰掛け泣き始める。彼女の姿はキリストを裏切ったユダなのか。画面はデイヴィッドの部屋に戻り、彼は窓を開けベッドに横になる。サングラスが置かれている。サングラスを外して醜い世界を見た盲人と同じようにデイヴィッドも絵の美しい世界ではなく、醜い現実の世界を見ているのだ。彼はうつ伏せとなり、映画冒頭でロバートソンが死んでいたのと同じ姿勢となり、彼の死が予告される。

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カメラは鉄格子の張られた窓へと近付いていく。あてどなく広場を歩いているデイジー。ファンファーレのような音楽が流れ、群衆の声援のような音がする。広場にいる少年は闘牛士が牛に剣でとでめを刺すときのような姿勢をする。デイヴィッドがこれから殺されることの暗示。DSが到着し白人、黒人の2人が降り、白人はデイジーに気付き話しかけるが、彼女はイライラと振払う様子。黒人はホテルの方へ。ドアが開いて閉まる音。窓を画面の中心に据えていたカメラが右にパンして窓ガラスが画面に入る。そこに薄らと黒人殺し屋の影が見える。運転教習車のエンジン音に紛れるように銃声。再びドアが開いて閉まる音。外に出たカメラはデイヴィッドの妻を乗せた警察車両の到着を写し、ホテル主人、警官、デイジー、妻が部屋に入っていく。今は外から鉄格子越しに部屋の内部を見ている。室内というデイヴィッドの場所からの視点に始まり、今は外から客観の視点で彼を見ている。苦労して長い一続きのシーンを撮る必要はここにあった。デイヴィッドは冒頭で死んだロバートソンと同じうつ伏せの姿勢で死んでいる。警官に「知っている人か」と問われ、妻は「これまで会ったことはない」と、デイジーは「知っている」と答える。妻が夫をわからないはずはないが、ロバートソンと名乗り、殺し屋に殺されるような彼に彼女は会ったことはない。人のアイデンティティーとは体と名前、属性、すべてを含む一体で、体だけでは夫ではない。デイジーは最初からロバートソンと名乗ったデイヴィッドを知り、彼女にはすべてが一体となった一人の人物だ。外は暗くなり、ホテルには灯りが点り、運転教習車も去っていく。何事もなかったように世界は継続していた。

回想シーンでロバートソンは、「現地人と理解し合うのが難しい」とこぼすデイヴィッドに言う。「君は壊れやすい言葉やイメージを使って仕事をしてる。僕は形のある商品を扱う仕事で理解は得やすい。」人の体は形のある物だ。がアイデンティティーとは「壊れやすい言葉やイメージ」なのだ。

デイヴィッドが取材したフィルム映像が流れる。反政府活動で捕らえられ銃殺される男。ゲリラは存在しないと答える大統領。妻が指摘するようにデイヴィッドの取材は真実や理想の追求はなく、現実を受け入れ、大衆が見たいと望むものを作るというものになっていた。追悼番組を作るという同僚に「彼は平凡な記者でしかなかった」と妻は言う。祈祷師という男のインタビューで「君は人の話を誠実に理解し、学ぼうとしない。」と言われ、祈祷師にカメラの向きを変えられてデイヴィッド自身が逆に写されてしまう。他人のことを取材するより自分をちゃんと見つめろという意味か。しかしそれも彼だけの責任ではなく、既成社会が要求することでもある。アントニオーニが描くのは社会との関係性の持ち方という政治的な問題でもある。そもそもゲリラの取材や、ゲリラ活動への理解を示すロバートソンが物語の中心にある。人気レポーターにはなったが彼は自分に対する欺瞞、そこから抜けられない自分が嫌になっていた。だから他人の人生に逃げようとしたのだ。「自分はすべてから逃げている」と言い、ロバートソンの人生からも逃げて別のことをしようと安易に考える。がマリアにそのすべてを「無理、ロマンチック過ぎる、不似合」と否定される。ロバートソンのスケジュールを実行しながらも上手く行かず、投げ出そうとしたときには「諦めるのは嫌い」と彼女に言われてしまう。偶然危ない人生を送っている男になりすましてしまったが、彼の運命の原因は彼自身の生き方そのものだ。その投げやりな死さえ彼の選択だ。デイヴィッド・ロックとして名乗り出れば暗殺されることはなかっただろうから。

マリア・シュナイダーが魅力的。彼女が実はロバートソン夫人、デイジーだと気付かない人もいるようですが、それを知った上で最初からまた彼女を見るのもまた面白いです。最後にストーリーとは意味的に無関係に自動車教習車が出てきますが、シュナイダーが車の運転ができなかったというハプニングを踏まえてアントニオーニは使ったのかな、とか考えたりして・・・。





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Last updated  2007.12.20 23:02:49
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