ラッコの映画生活

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2008.03.07
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カテゴリ: フランス映画
MAIS NE NOUS DELIVREZ PAS DU MAL

103min
(DISCASにてレンタル)

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はる*37さんの『小さな恋のメロディ』のレビュー を読ませていただきましたが、自分の個人的感慨としては偶然にも同じ頃、また自分の感想としてはこの『メロディ』に似た作品『小さな悪の華』を見ました(はる*37さんの日記を読んで『メロディ』を思い出していなければ2つの類似性に気付かなかったかも知れないという意味での偶然です)。はる*37さんのところにコメントしたように『メロディ』は好きな映画なんですが、この2つの映画を似ていると言ったら多くの『メロディ』ファンには怒られそうです。なにせこちらはフランスでしばらく上映禁止になったような作品です(カトリック教会の圧力でしょう)。でも既成社会の矛盾や欺瞞を子供の視点で諷刺した構造は同じで、どちらも1970年頃の作品。一つの共通の時代性を感じます。

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映画の構造もラストから先のことは考えられないような作りで、そこで完結しています。『小さな恋のメロディ』がイギリス版白い『小さな*の*』なら、こちらはフランス版黒い『小さな*の*』と言えるのではないでしょうか。と言ってもこの題はどちらも日本公開の意訳タイトル。原題の直訳は「我らを悪からお救いにならないで下さい」ぐらいで、神への祈りの文を逆にしたようなタイトルです。ついでに言うと1976年のブレイヤの 『本当に若い娘』(1976) につながる作品かも知れません。ずっと時代を経て ソロンズの『ウェルカム・ドールハウス』(1996) への系譜でしょうか。1968年というのは世界的学生紛争の年で、フランスではそれが五月革命へと大規模化し、結果いくつかの変革はあったものの社会の構造は根本的に変わらなかった。1970年頃というのは、そういう挫折感の中で、でもなお社会の不正義に対して目が向いていた時期なのだと思います。

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16~7才の少女アンヌ・ド・ボワッシー(ジャンヌ・グーピル)はカトリックの寄宿学校に入れられていた。そこで彼女にくっついている仲の良いただ一人の友達がロール(カトリーヌ・ヴァジュネール)。プライドが高く、賢く、個性も強いアンヌに、より個性の弱いロールがくっついているといった良くあるパターンかも知れない。親分・子分の関係と言ってもよいのだろうが、アンヌは一人で自分の思い通りにするにはまだ弱さも残る年令で、逆に色々思いはありながらも一人では何も出来ない弱い個性のロールがアンヌにくっついている。依存を含んだ支配と、自発的被支配の関係。自己愛的な意味での同性愛的感情もないではないだろうけれど、そこは具体的行動としてははっきりは描かれない。

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夏休み、二人は互いに遠からぬそれぞれの家で過ごすことになる。アンヌ・ド・ボワッシーは名前の「ド」が示すように貴族の出で城のような屋敷に住んでいたが、アンヌを一人残して(執事・庭師など使用人はいる)両親は旅行に出かけてしまう。親と過ごすよりもロールと過ごす方が嬉しいアンヌではあるけれど、実のところこれは親の子供に対する愛情の欠如を示している。普段も週末の帰宅以外は娘を寄宿学校に追い払い、2ヵ月のバカンスは「普段学校に拘束されているのに、休みまで親に拘束されては可哀想だ」などという理論で子供を残して出かけてしまう。出かける時に娘に言うのも「他家にお呼ばれしたら、くれぐれも粗相のないようにね」という世間体を気にした言葉だけで、娘を案じる言葉はない。このような状況はロールも同じだった。

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年令的に2人の中にあるのは性の芽生えでもあるのだけれど、2人は周囲の男を若い肢体で挑発する。たまたま夜車の故障で困っている中年男性を助けて彼女たちの部屋(城の別邸を改装したもの)に引き込むが、そこでも2人は濡れた服を暖炉の火で乾かすために下着姿になり、男を挑発する。男は身なりもよく、紳士に振る舞っていたが、挑発に負けてロールが一人になったとき彼女に襲いかかる。もちろんアンヌがロールを一人にしたのも彼女の更なる挑発だったのだろう。学校のシスターも、親の愛情も、何事も表面の体裁だけで実態は汚れているということだ。ロールが2週間不在のときにアンヌはその前にも2人でしたあることを一人で、もっと過激に直接的なやり方で実行する。しかしいたたまれなくなった彼女は今は使われていない城のチャペルに走ってゆき、祭壇に跪いて涙を流す。これは彼女が自分の行為が悪いと知っていて行動しているということを示している。

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2人は黒ミサを敢行して互いに血で結ばれ合っていた。そんな2人が最後にどうなっていくか、それは書かないでおくが、上に書いたように『メロディ』同様映画の世界だけで完結した物語の美しいラストだ。途中2人が干し草の山に放火するシーンがあって、夜の闇の中にいくつもの干し草の山が燃えているのは美しい映像だったが、これはこの世界ではない、彼女たちが作り上げた、彼女たちの欲した別の世界の美しさであるかのようだった。2人は汚れたこの世界ではなく、もっと別の美しい世界を求めたのだ。

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Last updated  2008.03.10 01:22:37
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