今日も他人事

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艦これSS「新たなる船出」



残存部隊の掃討を終えたビスマルクも帰還し、いよいよ新海域への侵攻が開始されることになった。

中部海域。
先の作戦で奪取したMI島を起点に、鎮守府と東方海域の中間に位置する周辺海域の制海権を確保する。
その総指揮を扶桑が執る事になるとは、考えてもいなかった。
ビスマルクか長門がその任に当たることになると考えていたからだ。

「中部海域についてはまだ分からないことが多い。
 現場で判断しなければならないことも多いだろう。
 その為、艦隊旗艦には鎮守府でもっとも練度が高く、実戦経験も豊富な艦娘をおきたい」
「いいのかしら。その、そんな大役を私が」
「長門には戦艦棲姫やレ級の襲撃に備えて鎮守府の守りについてもらう必要がある。
 ビスマルクは奇襲で力を発揮するし、赤城は機動部隊の統括に専念してもらいたい。
 他にも理由がない訳ではないが、扶桑が適任だろうと判断している」

それから、提督は再編された艦隊の詳細について説明を始めた。

先鋒の指揮は扶桑で、その下に神通や翔鶴、羽黒に北上が置かれる。
各艦種でも最精鋭の面々で、後詰の担当は金剛、榛名、日向だ。

対艦戦に優れた長門、陸奥、大和、ビスマルクらは鎮守府に待機。
これは未だ敵の動きが活発な南方海域の牽制と本土防衛の為だ。

また、大淀を筆頭に雲龍や瑞鶴といった新鋭艦で構成された機動部隊が設立された。
目標は本土近海や西方海域に出没する潜水艦の掃討だが、次回の作戦までに若手の艦娘に実戦の経験を積ませるという意味合いもあった。
その中には、航空戦艦に改造されて間もない山城の名前もある。

「なお、中部海域の攻略支援として潜水艦隊も派遣する。
 性質上、潜水艦隊は独立して動くことが多いと思うが、巧く連携できるように大鯨は扶桑とよく話し合ってくれ」
「は、はい、わかりました。扶桑さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね、大鯨ちゃん」

緊張した面持ちで、ぺこぺことお辞儀をする大鯨に扶桑は微笑を浮かべる。

大鯨は最近、鎮守府に配属されたばかりの潜水母艦系の艦娘だった。
戦闘力はほとんどないが、潜水艦への補給機能を有し、長期の外洋遠征などで力を発揮する。
なにより、潜水艦隊の運用、補給に関する知識が豊富で、物資の管理にも長けている。
扶桑も潜水艦に関しては一通りしか把握できていないので、潜水艦隊の運用に関してはアドバイザーがいてくれた方が安心できる。

「敵もこちらの作戦を妨害する為、各海域で動きを活発化してくることは十分に考えられる。
 最悪の場合、中部海域の作戦を一時取りやめることもあり得る。
 今、大事なことは敵の動きに即応していくことだ」

そこまで言い終えると提督は言葉を一旦切り、一座を見渡した。

「戦いはますます熾烈さを増すことになるだろう。
 だが、苦心の末に奪取したMI島を無駄にしないためにも、中部海域の制海権を確保し、東方海域への道を切り開く。
 みんな、力を貸してくれ。よろしく頼む」

応じるように了解という声が会議室に響き渡った。

軍議を終えた後、扶桑は長門と一緒に会議室を出た。
まだ昼になったばかりだ。午後からは扶桑も長門も新しい艦隊の準備に向けて忙しくなる。

「もう、秋ね」

扶桑は呟いた。時折、涼しげな風が吹き付けている。
あれほど辛かった夏の猛暑はどこかに隠れてしまったらしい。
いずれは冷たい冬の風が吹き始め、寒いと感じるようになるだろう。
もう1年が過ぎようとしているのだ。

「早いものだな。AL/MI作戦からもう3ヵ月か」

長門が神妙な面持ちで頷いた。
夏のAL/MI作戦で鎮守府はかなりの被害を被り、大量の物資を失った。
それもこの3ヵ月でほとんど回復し、鎮守府は以前と同様の平穏さを取り戻している。

「夏はお互い大変だったわね」
「ああ。大淀達が必死に時間を稼いでくれていなかったら鎮守府への直接攻撃を許していたかもしれん」
「情けない話だけれど、戦艦棲姫が反転したと聞いた時には、ほっとしたわ。
 戦艦棲姫を取り逃がしたことで提督は上層部から強い叱責を受けることになってしまったけれど」
「私の方が情けないな。私は最前線で戦艦棲姫と砲火を交えていたのだから。
 己の無力さを呪わずにはいられなかったよ」

一瞬、長門は沈痛な表情を浮かべながらも、すぐに優しげな笑みを扶桑に向けた。

「まぁ、後方の守りは任せておけ。大和もビスマルクもいる。
 例え、戦艦棲姫が再来したとしても守り抜いて見せるさ」
「よろしく頼むわね、長門」
「ああ。ただ、な」
「どうかしたの?」
「いや、ビスマルクに続いて扶桑にまで先を越されたというのがな。
 私は心待ちにしているのだが」

長門のため息に、扶桑は苦笑した。

AL/MI作戦後、更なる戦力向上の為、数人の艦娘の改造が実装されることになった。
その中にはビスマルクと扶桑の名前があった。山城や潮も予定に含まれている。

ビスマルクは既に二次改造を終えていたが、ドイツ本国の肝煎りで三次改造計画案が上がって来た。
38cm連装砲の改修型、最新式の水上偵察機および対空火器などの最新装備がドイツから輸送されてきた。
それに加えて、夜戦火力向上の為、魚雷発射管が追加搭載されることになった。
肌が荒れるからとビスマルク自身は夜戦を嫌がっていたのだが、空母機動部隊に移った金剛と榛名に代わり、突撃艦隊の総指揮を執ることになったのは皮肉な話だった。

扶桑は航空戦艦の運用データを分析した結果、より実用的に装備を運用できるように艤装が再設計されることになった。
砲塔の再配置に加え、艦載機の格納庫および飛行甲板にも手が加えられている。
その結果、主砲による砲撃と艦載機による爆撃をより効果的に行うことができ、総合的な火力の向上につながっている。
また、41cm試製連装砲を始め一式徹甲弾に瑞雲12型などの最新装備も惜しみなく投入されている。

一応、長門型の装甲や伊勢型の水上機の搭載数も若干向上しているが、二人の二次改造に比べるといかにも小さい。

「提督の話だと、長門型の二次改造も計画はされているようなのだけれど」
「1日も早くその日が来ることを楽しみにしているよ」

それからしばらくして長門と別れた。
通路を歩いていると、向こう側から山城が駆け寄って来た。

「扶桑姉さま、お疲れ様です。軍議はどうでしたか?」
「色々と動きがあったわ」

扶桑が軍議の話を告げると、山城は驚きを隠さなかった。

「いよいよ、中部海域の攻略なのね。その総指揮を執られるなんて。流石です、扶桑姉さま」
「ありがとう。でも、正直、緊張するわ。そんな大役、私でいいのかしら」
「いえ、扶桑姉さまなら必ず成し遂げられるわ。
 できることなら、私もお傍で姉さまの役に立ちたかった」

そういう山城の口調には悔しさがこもっていた。

「でも、他の海域の守りを固めることも大事な努めよ。
 山城達の頑張りのおかげで、私達も中部海域の攻略に専念できるわ」
「それは分かっています。分かってるのだけれど」
「例え離れていても、私はいつも山城の事を想っているわ。
 同じ戦場で戦えなかったとしても、私たちはいつも一緒に戦っているの。
 だから、ね?」
「はい、私も、扶桑姉さまのことをいつも想っています。
 どうかご無事で」
「ありがとう。山城も体には気を付けてね。お互い頑張りましょう」

頷く山城に扶桑はニコリと微笑みを返した。



「そんなことがあったのか」

山城との話を扶桑が伝えると、提督は考えるような表情を浮かべた。
軍務も終わり、今は食卓を囲んで、夕食を取っていた。

「山城は私のことを心配してくれてるのね。できるなら私も傍で山城を見ていてあげたいのだけれど」
「そうだな。まぁ、遠くない内に山城の二次改造も実用化される。
 練度もかなり上がってきているし、西方海域の平定が一段落したら中部海域の後詰に加わってもらおうか」
「ありがとうございます、提督。わがままを言ってしまって、ごめんなさい」
「何、中部海域の後詰は必要なことだ。しかし、扶桑は本当に山城のことを大切に思ってるんだなぁ」
「ええ、だって姉妹ですもの。山城は繊細な子だから、とても心配なの」
「俺は兄弟がいなかったから、そういうの、少し羨ましいよ」

笑いながら、提督は並べられた惣菜に箸をつけていく。
どれも扶桑が作った手料理だった。
しばらく、提督に料理を食べさせてあげられないのだ。
そう思うと、いつも以上に腕によりを掛けて料理を作った。

提督があさりの味噌汁を美味そうに啜る。
提督の郷里で小さい頃からよく食べていたらしい。
丹精込めて作った料理を嬉しそうに食べている姿を見ると、作って良かったと扶桑も嬉しくなる。
小一時間ほどで夕食を平らげ、提督は箸を置いた。

「さて、中部海域のことだが」

提督はしきりに口元をさすり始める。

「敵戦力についてはまだ未知の部分が大きい。
 少なくとも、南方海域で交戦した深海棲艦と同等かそれ以上の性能、規模を有していると考えた方がよいだろう」
「はい」
「今の所、まだ前哨戦だ。あまり無理はせず、MI島と兵站線をしっかり確保することを最優先にしてくれ」
「分かっております」
「そうだな。どうも分かり切ったことばかり言ってるなぁ、俺は」

提督は恥ずかしげに頭を掻いた。

「山城だけじゃなくて、提督も心配してくれてるのね」
「当たり前だろう。夫婦だぞ、俺たち」
「そうね」

夫婦なのだ。
改めて、そう言われると、妙に嬉しくて思わず顔が緩んでしまう。
不思議な感じだった。
自分にとってもこの人は特別な存在だが、この人にとっても自分は特別な存在なのだ。

「お約束します、提督。無理はいたしません。扶桑は必ず提督の下に、帰ってきます」
「頼む」
「ええ、それに私がいなくなったら提督のご飯の用意をしてあげられくなっちゃうもの」
「それは、困るなぁ」

提督が苦笑いを浮かべる。

「でしたら、提督?扶桑のわがままも一つ聞いてもらえないかしら」
「わがままって?」
「しばらく一緒にいられないでしょう?だからその、代わりに今夜、ね」

扶桑の言葉に提督は顔を赤らめながら、頬を掻く。
そんな提督の様子を見て、扶桑はクスリと笑みを浮かべた。



数日後、扶桑は第二艦隊を率いて鎮守府から出撃した。
桟橋には、提督の姿があった。
扶桑と目が合うと、無言で頷いた。

――行ってきます、提督。

扶桑は頭に白鉢巻をきゅっと巻き、それから声を上げた。

「目標、中部海域。艦隊、抜錨します」

艦娘達が動き始める。秋の海風を感じながら、扶桑も海原を駆け始めた。


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