ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2006.11.22
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第三者には表向きの意味に目を向けさせてメッセージを理解したと勘違いさせ、コード化したメッセージに気付かれないようにすることもある。例えば19世紀のアメリカで奴隷が歌っていた黒人霊歌には、奴隷主やKKKに聞かれてもわからないように宗教的な歌詞の裏に逃亡への憧れや抵抗のコードが織り込まれていたのだ。


無意識に行われる「エピソード記憶」は、つまりは特定の出来事の記憶というかたちをとるので、こんどの私の旅行も、たとえば、今朝起きてすぐしたことは何だったか、最近観た「7月24日通りのクリスマス」のストーリーのあらずじはどうだったか、去年のクリスマスに何をしたか、のような記憶と同じになるのだろう。


エピソード記憶にはストーリーが含まれている。そしてストーリーには人のこころを強くとらえる力があるだろう。


いまや、日本人にとって、欧州旅行も、昔の「隣村」に出かけるより容易くなっている。無意識のうちにコードを用いて行われるコミュニケーションがある。「どうしてこんなことを伝えたいかわからない。でも、伝えずにはいられない。それも今すぐに」なのだろうか?


私たちの日常に表現されるものは、多くの現実を語っている。それらのイベントには、生物学的に意味のないものは殆どないだろう。私たちは謂わば、たとえそれが、エピソード記憶でも切迫感を味わってもいる。


この冬にも、一人ひとりの冬物語があるだろう。そしてそのコードがコミュニケーションとなり、さまざまなストーリーを生むだろう。


>先日の雁の巣飛行場跡地のサイクリングコース。








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最終更新日  2006.11.22 11:01:13
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