ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2007.01.31
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類



中世後期および近世の法学者にとって、土地の処分権は、荘園制の本質的構成要素であった。荘園制とは、土地の授受がなされ、荘園領主と隷属農民相互の権利・義務が定められるための機構を生み出す制度とみなされたものだ。


即ちグルントヘルシャフトとは、土地の貸与を受け、それを自己の経営で耕作し、経済的に利用する人びとに対する土地所有者の支配という意味である。領主の所有権は、土地の貸与によって強く制限された。隷属農民が貸与地に課せられた義務を規則どおりに履行する限り、領主にはその土地を取り戻す可能性はほとんどなかった。隷属農民は、荘園領主による勝手な土地没収から法的に保護されていたのである。


土地の処分権から、土地を耕作する人びとに対する支配権が生まれた。純物権法的な関係を超えた、身分法的特徴を帯びたものだ。この人的隷属関係は、多くの場合、一種の「誠実宣誓」Huldigung によって儀式化した。隷属農民をさす「グルントホルデ」ないし「ホルデ」と呼ばれた。他方、隷属農民は領主に対して「保護と庇護」Schutz und Schirm を求めた。


隷属農民は、経済的な困窮に陥ったとき、貢租を免除ないし軽減され、播種用の種、種畜あるいは建築材料を支給された。裁判で権利を守り、不当な差し押さえ、略奪や暴力から保護する義務が領主にあるとされたのだ。


シュヴァーベンシュピーゲル(1274)・法書。

 Wir suln den herren dar umbe dienen, daz si uns beschirmen, unde beschirment si uns nit, so sin wir in nit dienestes schuldig na rehte. Der Schwabenspiegel nach einer Handsechrift vom Jahr 1287. Hrsg. von F.Lassberg.Tubingen 1810. S.133(Neudruck hrsg. von Karl August Eckhardt, Aalen 1972).

荘園制は、中世の多様な支配、社会組織と政治・社会・宗教・文化上の生活を支える経済的基盤でもあった。とくに中世のうちに進展して、中世文化の開花の基礎となった社会的分業は、主として荘園制に組織された農業の経済力に基づくものだった。








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007.01.31 16:31:57
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: