ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2007.04.28
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 そこに住みそこで育つといえでも人品必ずしも同じではない。併し同じ日本人と、世界では見られがちだ。好いも悪いもそこからどう違うかが問われる。それに応えられなければ、東洋人の、黄色人種の、それこそ経済的アニマルにも見られるだろう。


 燕だって祖先のものを利用することもある。それが彼らに取って最も重要なミッションである巣作りの作業を軽減するだろう。それは、親たちにとってエネルギーの消耗を防ぎ、子孫の繁栄、安全をも約束するだろう。何故なら、私たち家族の陰ながらサポートを確実に得られることでもあるからだ。


 ひとは自分たちがどれだけのサポートを受けているか忘れがちだ。祖先が創り上げたひととして生きる上の知識や物や或いは文化の恩恵を受けている。住んでいる家や、食べ物のひとつでさえ、ぽっと湧いてきたのではない。庭の花でさえ、それに到る長い歴史があるだろう。


 私たちは、ただ生きているのではない。あらゆる歴史が創り上げた存在で在るだろう。私は思う。やがて燕の番は、卵を生み雛を育てるだろう、その雛はいつから此処から巣立っていくそして、また子は、どこかで子を生み育てるだろう。併し親はいつか炭素になるだろう。


 生命の意味を侮るな。そして、人間の尊厳を忘れるな。





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最終更新日  2007.04.28 08:25:48
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