ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2007.05.31
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 時々間違えて生木を切ると柔らかいのですぐわかる。切ってしまって「御免」といっても遅いがわからず切ることも多いのだ。たとえば柘植の枝をみると何と錯綜した枝になっているだろうか。表面は丸くしたり、水平に剪定して如何にも整然としているようにみえる木だが、中身は滅茶苦茶に枝が張っている。枯れ枝もそのまま残っていて雑然としたワールドだ。


 遠くで見たら美しい緑の木であり、美しい枝にしか見えないが、中身は戦場でもあるだろう。枯木を払いながら、人間社会も運に恵まれず枯れていくような同僚の生き様を見てきたし、私もその一員だった。何と浅ましいことだろうと絶望もしたが、この世界ではどこにでもあることだろうという感慨が湧く。人間社会は、もっと高度な文化だと思っていたが、生垣と同じだろうか。どんな形にでも為政者に刈り取られるままだけだろうか。


 枯れ枝はそのままそこにつながる幹に繋がったままだが、強風が吹けば払われるだろう。それども風の吹かないところではいつまでもしがみついている枯れ枝もある。その硬さはひとの骨のようでもある。いささか胸が詰まる思いがした。枯れ枝は払わねばならない。そうすれば木は大きく育つからだ。少なくとも生き生きとしてくる。自分の生命もそうしなければならないだろう。枯れたものは捨てねばならない。そうしなければ早死にすることになるからだ。


 上の写真は、数年前入院していた広い敷地の木々たちだが、ここは昔は陸軍病院であり、結核療養所であり、いまは多くの重病患者の病棟があるところの隣地でもある。





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最終更新日  2007.05.31 08:14:19
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