
太宰が穏やかな心境だったころ
<作品>「I can speak」、 「富嶽百景」、「黄金風景」、「女生徒」、「愛と美について」、「花燭」、「秋風記」、「新珠の言葉」
「黄金風景」=「花燭」=「新珠の言葉」 共通する作品。
・姉―弟がテーマ。「I can speak 」 家族の話(物語)似たような題材。リレー形式。
・富嶽百景の前の作品。解り難い。表現したいことがうまく出てきていない。
・「無心」にひかれている。
・井伏・・・「夜ふけ」と「梅の花」。
「秋風記」・・・姉と弟の関係に関心をもったこと。発禁。
「花燭」 ・・・姉と弟。全小説につながっている。
・<作家の発想>はひとつでしかない。違った作品に見せかけているだけ。それが上手いか、下手かの違いでしかない。<自分>・・・から抜け出せない。
・話す・・・はじめにことばありき。初心に戻るということ。
「富嶽百景」は問題作。富士をどう描き分けるか。見方はTPOで変わるのは、見方が変わるから考えも変わる。
・日本文化・・・「風景」・・・国木田独歩が初めて書いた。風景を対象として・・・で見方が違う。日本にはそれまで「風景」という概念がなかった。
・<亀井秀雄、柄谷行人>見ることが自覚的。仏教・・自然を受け入れる。
・キリスト教は、砂漠の宗教。そこから創り出したもの。
・仏教とキリスト教は自然の見方が違う。自然を対象化できるか、できないか。
・漱石の見方は単純ではない「富士山」。
・太宰は、自分の見た富士を描こうとした。読者の寧ろ「期待はずれ」がテーマ。
・志賀直哉・・・小説に悩んだ。天才ではなく、努力家。見たままを書く才能があるといわれた。(注、全集でないとわからない。全集も最新版しか価値がない。但し、今の分は買わない方がいい。内容が間違いばかりで誤解する。)
・太宰は、自然のままを書かない。へそまがり。老婆=自分の変型。(太宰の小説の原型)
・太宰のことばは、俗化され易い。自分の共鳴しているものを、相手にも共鳴させたい。(できるのか?)
・「ラス・ゲマイネ」(俗化)気の利いた事を書きたかった。
・「似ている」が太宰のキーワード。愛情表現である。
・文章全体を流してみること。部分的なことに拘らないで全体を見ること。
・女性の「一途さ」に魅かれている。富士を見ながら人間を描いている。太宰には所謂「風景」がない。「心」で風景を見ていない。見えない。太宰は素直には読めない。ひねくれたこころがある。
「黄金風景」と「花燭」は裏返し。表と裏。
・梶井基次郎の作品の太宰のパクリである。
・太宰と梶井は雪国の育ち。共通する観念がある。イプセンが頭にある。
「秋風記」だけが違う。出版前に<発禁>となる。
・「有明淑日記」のパクリ。圧縮して一日にしている。
「女生徒」異性を内側から描こうとした。男のマザーシップ。
「にんじん」・・母親との関係の障害。母と息子。父と娘。交叉や、ねじれもある。いじめ。閉塞感。
・レオン・フラピエ「女生徒」
<参考>
堤 重久( 1917年8月 - )は京都産業大学名誉教授。太宰治の一番弟子で、著書に『太宰治との七年間』がある。