ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2014.01.27
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個性が確立しなければ自己主張もあったものではない。曖昧な態度は自分の考えが明確でないからだろう。これは幼児教育から養成されなければ至難なことでもある。それがない社会であったことも事実だ。個性を重視した教育ではなかった。社会の歯車としての人づくり優先されていたからだ。これは占領政策下の戦後教育の日本の悲劇でもある。



 ・人権意識も、民主主義の思想も皮相的なものに過ぎない。人材育成の欠落も将来に禍根を残すだろう。現在国会議員たちが国民の代表者として国会活動をしているが、どれだけ国際社会で通用する人たちだろうか。党利党略で自己保身の器ばかりではないだろうか。金権や当選回数で総理が決められているだけではないのか。未だに出自やカネで当選しているではないか。頭は空っぽではないか。



 ・へ2・・・何のための二院制だろうか。都合のいい解釈で政治がされている。現代を正確に理解した頭脳集団であり、真剣に政治がされ、国民による、国民のための政治だろうか?国民が真に期待している政治が行われているとは誰も思っていないのではないだろうか。それほど偏頗になってはいないか。何故雇用情勢は悪化し続けているのだろうか。それを黙って政府は見過ごしている。







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最終更新日  2014.01.27 18:06:23
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