ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2014.06.30
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ーマとしている。自然科学も「世界とはなにか」という問いを中心に措きながら「人間とはなにか」

にかかわっている。宗教も同じだ。それぞれ独自のコスモロジーで、人間を位置づけようとする。

私たちは、日常のなかで、「人間とは」を考え、そして、個人的な経験を通して、「人間は利

己的で、しかも、愚かだ」などという感想をもちながら生きている。文化人類学は、そこからスター

トするようだ。少し限界が見えてきた感じだ。人間の暮らしている場所に出かけて、そこの人々と「長

時間」生活をともにして、日常生活やその他の知的営みから、他者にとっての「あたりまえ」の生

活に、身を以て参加し、見聞したものを記録する手法だ。どうも穏やかではない。

何故人間は、他人に干渉したがるのであろうか。支配したいからだろうか。大抵失敗する。そんな

権利はない。それこそ、本当の意味の人間のコスモロジーを理解していない学問が存在する。

学問自体を手段にしようとするからだ。



「三浦梅園は、凄いひとだ」と湯川秀樹のことばだ。大分の田舎で生涯を過し独自のコスモロ

ジーをもっていた。晩年、城主から、遠いので駕籠を勧められたが固辞した。





 「ひとが、ひとに背負われるものではない」。



という信念があった。











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最終更新日  2014.06.30 07:44:30
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