
間は、遊びの時間であり、種を蒔いて芽が出るまで気長に待つという世界でもある。それを喪
失させた社会はどうなるのだろうか?
エネルギーの蓄積が必要なのではないだろうか。忙し過ぎて知恵が回らなくなってはい
ないか。慌てて善いことはない。じっくり考える習慣を創ってみるべきなのだろう。短答式
の解答ばかり考えるから碌なものができない。脳を働かせるには、それだけ時間をかけ
るべきなのだろう。遊ばせるくらい時間をかけて熟成しなければ、この世界同時不況は乗
り切れないのではないか。コペルニクス的転回が必要ではないだろうか。既成概念を突き
破らなければ、また「空白の時代」の再来になる。知恵もない人間が無理をして体裁を整
えるだけでは間に合わなくなる。何れ、そうなる。眼の玉を引っくり返して、ものごとを見直
さなければ、いつまでも元の木阿弥だろう。