ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2014.11.29
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・文学とは、自分がどう読むかが一番問題である。それを日本の教育はしていないのが問題。大学でしかできない。自分の頭で考える。他人の感じているものを間違ったもので感動している。採点できないから。
・トップもあればビリもある。
・文学では、解答は一つしかないというのはない。
・自分の印象は自分だけのものである。
・若い人に解かる作品ではない。或る年齢でなければ分からない心境。
・ゼロからみると救えない。だから宗教がある。
・淋しさは、どこからくるか。



 ・ことばの中から、宝石を見つけるのが、学生の仕事であるが、他人の掘りあてた財宝だけを見つけて悦んでいるし、他人の世界観で評価されてもいる。自分という視点をどこかで深められるかでもある。私が、自分に気付いた時、自分は空だと思ったのは、当然のことであったのだろう。若いだけ貧弱な自分の体験しかない。経験豊かな教師に勝てるわけはないが、人間として尊重されていただろうか、疑問に思う。教師たちから莫迦にされているという想いだけがあって、どうも教師を好きになれなかったのを覚えている。


 ・へ2・・・問題の所在は、何かを考えるべきだということを大学で教えられて、砂漠の中でオアシスを探さなければならないという、大きな課題を与えられた。戸惑いながら、船出して、半分沈没しかけた。文学をどう学ぶべきかを、今更だが、遅かりし由良の介で学んでいる。日本文学は遺跡だろうか。とても世界遺産にはなるまい。然し、一つのスルメではあるだろう。スルメから烏賊を探すことはできるのだろう。






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最終更新日  2014.11.29 20:20:25
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