「全体は部分の総和ではない」という基本的なステージは、視覚研究に発している。そのまま聴覚に適
用することはできないが、周波数や音の高さがキーになるとともに、時間の重要性が増すという。
例えば、匂いにしても脳との関わりはこれからだろう。人間の脳は、あらゆる情報で判断しているのだろ
う。好き嫌いにしても視覚だけではない。音楽が果たしている役割もまだ総体が見えていないのではな
いか。日本人は、和歌や短歌という凝縮したもので、自分の感情や思いを伝えようとしたが、それは、
多分、誤解をされただろう。もし有効だとしても、それは人間のほんの一部のこころでしかない。音をこと
ばに置き換えようとしても、収まらない。また、そこに価値があるのだろう。目や耳や鼻でさえ、そうだし味
覚や、触覚でさえ感受性は磨かれる余地がある。これらの感覚様相の、相互の関連を知ることがいよ
いよ重要になってきている。
古いゲシュタルト心理学から現代の認知心理学での見直しがされようとしている。進化と学習との
関係について Bragman が注目されている。