ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2016.01.30
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「何故生きていなければならないか」と問われたら困るだろう。自然科学では、生命は目的をもって生まれていないという。偶然の産物でしかない。それを神が創りたもうたといってきただけだ。その評価は人によって違う。その慣習を今更止められないで苦労している。長い歴史の果てでもある。どうするつもりか誰も知らない。アメリカの大統領でさえ「神のご加護」と言っている。それでもいつまでも神のご加護を待っているわけではない。


 ・本音を隠している。そうして、言葉を弄してきた。人々は言葉を信じなくなっている。その場限りのウソをつく。人間の特徴は、ウソをつく動物なのかも知れない。分かったようなウソをついているが、それをぼんやりと皆が知っている。悧巧な人間は上手に話している。「私はウソを言っています」という。「ああ、またか、あの人は解ってうそをついているのだ」と聴いていて理解する、ことのできるのが現代人であり、社会人なのだ。



 ・へ2・・・妙な話になった。私がしていることは私の問題で、他人には何の関係もないことだろう。それが個人の存在でもある。社会的な動物だとしても、いつもそうだとは限らない。社会性をもつときだけその行動を問われる。自由であることは、自分の前の自由でしかない。神ではない。脅しや誤魔化しに屈してはならないだけだ。








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最終更新日  2016.01.31 00:49:59
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