ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2016.01.31
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消費者感覚で学校教育を受けて、気付いて思ったらすぐ「自分には合わない」と投げ出してしまう今どきの学生を無責任だというのは簡単だが、果たしてその責任は学生だけにあるのではない。日本の大学のランキングは、それこそ非常に低い。そんなお粗末な教育しか受けてこなかったのだろうか。もしそうならその責任は誰にあるのか。

 ・ 泥まみれの現実を高見の見物してきた人たちが、あれはダメだと言ってきただけだ。それこそ大学の自治もない大学で、「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学」になりどんな状況になっても対応できる多様な人材」が育成できるだろうか疑問だ。

 ・へ2・・・市民はどこにもいないところで議論がされ、或いは他国の翻訳でしかない論理で、体験学習プログラムも質の高い教育実践とは言えないと思う。それこそ植民地支配のテクニックを学んでも仕方がないのだ。文化人類学はそうした亜流でしかない。それこそ真の人間を馬鹿にした教育がされているのではないだろうか。 華やかなようにみえて現実はうそ寒いのだ。






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最終更新日  2016.02.01 00:16:02
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