ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2017.01.31
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私は私なりの伝統を学んでいるつもりでいる。どこを掘ってもこんこんと出てくる冷たい泉があるような気がする。それを誇らしく思う気持ちがあるが、それが不生不滅、不垢不浄、不増不減の教えもある。これまで繰り返されてきた伝統とは、封建社会や身分社会を背負ってきたものでもある。それこそ脳外科のメスのような繊細な眼を以っていなければならないのだろう。


 ・一つ切り損なったらアウトになる。名を残したいという野心はないから、衆生ともに死ぬ覚悟さえあればいい。極楽浄土も要らない。悟りが無くてもいい。生臭坊主にならなくとも、己を知ることはできるだろう。音楽を聴き、テレビを視て、できる範囲の事をして生活を楽しめば好いと思う。


 ・へ2・・・どうも家族と一緒だと、自分の時間が減ってしまうが、これもまあ楽しくない訳ではない。愚かに過ごしていくのも人の世の常なのだろう。ブログもPCも講座もいつまで続けられるか解らない。できることをして、自分なりに活きて行くしかない。いつかどこかの海に辿りついて水面の上から何が視えるのだろうか。



いつの間にかネコたちはいなくなったが家の中のどこかにいる。こちらから見えないだけだ。よくもこんな狭い家の中に5匹も生きていけるものだと思うが、賢く共存しているのだろう。人間も自己主張はかりではやっていけない。おそらく日本のような島国では、トランプ大統領のような人間は生まれない。世界が統一されるためには、共存共栄のできる形質を持った人がリーダーになるに違いない。


贅沢をしようとは思わないが、したい人もいるのだろう。この社会の現実は、差別社会である。ツアーをしているとよく理解できる。それでも誰が次代を担うのだろうか知らないが、他人に手を差し伸べる人であってほしい。弱い人への同情のない人ではない。猫を飼うようになってから、知ったことは多い気がする。毎日猫の糞の処理が大変だが、それをしなければ大変なことになる。何時か体中ネコ臭くなっているのだろう。片目の見えない子猫ちゃんも、あちこち小便をして回るので困りものだが、という私も同じような存在でもある。





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最終更新日  2017.01.31 03:05:26
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