・正月と言っても特別のことをしない。義父が逝くまでは、毎年玉名にある義父宅で正月を過ごしていた。どうも正月準備をしたことが余りなくて、何をして良いのかよく分からないこともある。関心も余りなかったこともあるが、現在のほとんどの家庭がそうではないのだろうか。年始で挨拶まわりも子供のころの経験しかない。紅白歌合戦も、正月のテレビでさえ見なくなってきた。そういえば歌番組もなくなっているようだ。
・へ2・・・娯楽やスポーツも魅力がなくなってしまった。テレビも使命感のない送り手にも問題がある。創造力の欠如があるのは、子供のころからの教育にも起因しているのではないだろうか。小手先のことしか観て来ていないからでもある。自分の足で調べないで、他人のアイデアばかりに頼り過ぎるからだ。他力本願でしかない。「占い」を信じているような連中になにができるだろうか。視聴率を気にしているようでは現実を見損なうだろう。寒いのは天候ではなく、心が寒くなるような生き方が目立つ。