ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2018.09.29
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KINTAMANI 高原   A panoramic view of the area of KIntamani dominated by the massive volcano,Mount Batur and the lake spread out at its feet.









大学では、常に「問題の所在」を、明らかにすることが求められる。与えられたテーマに添ってどこまで解析できるかでもある。ぼんやりしていたら、何も分からない。解らない人に何を言っても解らない。大学は解らない人を解るようにするところではない。解る人だけに解れば好い。謂わばkoyashi を蒔いているだけだ。大学とはそんなところでもある。ヒントくらいは教えてくれる。研究者が、良い教師とは限らない。久しぶりにその味を思い出した。先生と学生は二本の線路でしかない。どこまでもそれは続くのだろう。



 ・自分が今何を考えているか、表現することは難しい。本音と建前のある社会だ。正体を簡単に知られたのでは、厄介だという世間の常識がある。それはその通りかもしれない。良い先生が、生徒に分かり易く話したりするのは、高校生までだろう。大学は違っているし、社会も違う。問題の所在は、自分で探さねばならない。講義は、肥しでしかない。



 ・へ2・・・どうもつっけんどんなはなしになりつつある。考えてみれば、寺子屋ではなかった。それは、元々大学でしかなかったのだろう。先生もそれ以外のものではない。講師と市民との壁は簡単には超えられそうにない。然し、市民に知る権利がないわけではない。学ぶ権利もある。社会のシステムが歪んでいるだけだ。社会で生きてきた人間には、この社会で起きているあらゆることの「問題の所在」が見えない筈はないのだ。





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最終更新日  2018.09.29 20:09:51
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