ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2021.01.30
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類








(吉永正春著「九州戦国の武将たち」より)


 立花宗茂公について

「豊公知遇顕衷誠 驍将偉勲天下鳴 敗績何憂鴻鵠志 幕恩還帰柳河城」



 福岡東部立花山の中腹に立花山城址がある。立花道雪が城主で、入婿したのが宗茂

である。宗茂曰く「彼のなすところをもって、これを我になせば、すなわち克たざることなし」。

のちに秀吉から「九州一の勇者」と称えられ、筑後柳川藩主となった。彼は父紹運から兵

略を学び、道雪から薫陶を受けた。宗茂15歳の時、道雪の娘?千代13歳と結婚した。天

正14年島津の5万の兵に攻められて立花城は危機に陥り、降伏を迫られた。宗茂は、

20歳であった。「命を惜しいと思うものははやくここを退出せよ。少しも恨みに思わぬ。ま

た、日ごろの君臣の約を違えず自分と一緒に戦おうと思うものは、この場にとどまるべ

し」という。その後、多くの戦歴を経て、家康の家臣となって生き延びた。75歳病没。

「わずかなことで手柄顔をするな。心ある人が聞けば何と思うか」と家中のものを戒めたという。

 ・面白そうな郷土史がある。史跡も沢山あるので、調べ出したら興味が尽きない。どうも市民への郷土史へのアピールが足りないようだ。史跡が多いのに勿体ない気がしてならない。宝の山が転がっている。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.01.30 05:10:04
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: