

2世紀末、神功皇后が和白にて三韓征伐の軍議を開く。日本議会最初の発源地は、筑前和白であるとされる。東洋学的に和白という言葉は「議会」という意味である。これが元で地名として定着したと思われる。(Wikipedia)
和白とは、「議会」を意味することばだとは知らなかった。 神功天皇の遺跡はあちこちにある。謂れを探すと面白いものがある。あまり興味はないが。然しもっと郷土史の研究はされて良いのではないだろうか。地域の大学に先鞭を取る若手の研究者はいないのだろうか。どうも埋もれて行くだけでは意味がない気がするが。
・幼稚な文化では詰まらない。確りしたものに作り上げれば良いのだ。和白という地名を大事にすべきだろう。このままでは、何かの都合で消えて行くかも知れないだろう。2世紀から、何ともう21世紀まで来た。
・へ2・・・和白干潟が、いつまで残るだろうか。由緒のある地名も、それを引き継ぐ者がいなければ消えて行くだろう。これからも、和白に住んでいくつもりですが。