


明治半ばの作家の状況を「表現苦時代」と呼び、「欧土のノベルを凌駕」せしめんと坪内逍遥
は書いたが、女性にとっては、その創作以上に社会的な軋轢と闘わねばならなかった。平田由
美「女性表現の明治史」の副題は、一葉以前とある。その中で、「某老博士の女子教育論」を
掲載している。
「文学は人の思想を高尚優美ならしめ其の品格を卓越ならしむるの効能ありと雖も、思想
を高尚にし心情を優美ならしむるのみを以て女子教育の目的と見做すは大いなる誤謬な
り。女子の本分は善良なる家庭の王となり聡明なる子女の母となるにあり、・・・要するに
女子をして文学を学ばしめたる結果は、生意気となり・・・家政嫌ひとなり、甚だしき良人
嫌ひとなり結婚嫌ひとなり終には痩意地を張て独立の世渡りを為すが如きことあるに至る
べきなり。(読売「婦人と文学」1891・6・9)
これが、当時の女性小説家に対する批判者の一般的な認識である。女性が書く小説とい
うものが、このような状況の中で樋口一葉が小説を書いたということであろう。勿論、社会
的環境は、改善されたことは言うまでも無いが、まだ、少なくとも meme としては、無意
識の底にはあるだろう。その亡霊がじめじめした夏の夜には、時として出てくる気がする。
日本人よりも幅広い高い見識で、文学書や評論を解釈する「外からの眼」をもつ人たちがいることだ。
外国人による日本の研究も侮れる時代ではなくなりつつあるだろう。それだけシビアでもあるだろう。内からだけでなく、外からもみられて、評価をさ
れる時代だ。