



一人一人持っている個性は、多様である。それは幼児体験からくる。どんな環境で育つかは一様ではないからだ。個人の持っている素質もある、そして個性ができて行く。個人差があることは誰もが認めているが、差別をしてはならないと、できるだけ他の子どもと同じように育てようとするのは、間違いだろうか。個人の才能を見つけることは容易ではない。生まれた環境がその才能に必ずしも最適ではないこともある。他人の才能は、何時開花するか解からないからでもある。早い人もあれば遅い人もいる。長い歴史が積み上げた性の遺伝子もある。
・振り返ってみると、自分の履歴にも他人とは違う個性があったと思う。何故内向的であったか分析してみると、理由もわかる気がする。病気になったことも、それは自分の責任もあるが社会にも原因がある気がする。避け難い遺伝子もある。社会が決めた定年のルールもアバウトではないだろうか。個性を無視してもいる。それでありながら政治家には定年がないのは何故だろうか?それこそ、国家のリーダーたるべき人が、脳の委縮と闘ってもいるという現実がある。
・へ2・・・ひとも動物であり、自然の摂理から逃れられないし、何時か人は老いる。人間の歴史は長くはないが充分人の一生は理解できるまでになった筈だ。科学の進化は、やっと渚から出ようとしている。いつまでも旅に出ないのは勇気がないからで、それでは腐敗するし、「種としてのヒト」の役割を放棄してしまうことになりかねないと思う。最大限に個人の能力を発揮できる環境こそ重要なのではないだろうか。エネルギーを無駄にしてはならない。在るものを使うしかないのが生命のミッションでもある。