ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2022.01.31
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宗谷丘陵。






 社会に適応して生きるということは、如何に有利な形質を以ってことに当たるかでもある。皆が貧しい暮らしをしているのに自分だけは贅沢にできるというのは罪悪にもなる。安楽な暮らしに慣れてしまうと、そう出来なくなった時に困ることにもなる。少しでも欲望を満たせるように遣れる方が好いと思っていたが、それは他人も思っている事で、一番は一人しかいない。自分が一番長生きしたからといっても、それは意味が無い。





 ・活きる価値を見出す事がより深くできるかだ。日々を油断することなく、空不ウしながら活きることでもある。知恵が無くなれば、それまでだ。固定観念だけでは生き残れない。仏教は、諦観でもある。不生不滅だ。煩悩があるから 度一切苦厄 にもなる。何故こうも神仏や、神社や寺社があるのだろうか。必要とするものがあるからそうなのだろうか。





 ・へ2・・・自分の準拠枠の中で足掻きつづけているが、それは苦厄ではないと思う。自分がそれをどう受け止めるか?時の流れに身を任せていては、ネガティブ・マインドになる。固定観念と闘いながら、自分のエリアを工夫しながら活きるかだろう。

ステレオタイプな人がいては、この淀みきった社会の腐敗を拭い去ることはできない。既成政党の観念は限界にきている。カネをばら撒かれて沈黙してしまうようでは社会では進歩もない。新しい世界観や、価値観を創造すべきであり、1%の富裕層が、50%の富を支配するようになるのではテロのある社会もあり得るのだろう。優雅に暮らしている人間を追い出さなければ、貧困や無知は無くなりはしない。英知を発揮すべきであり、手遅れにならないように急ぐべきだ。地上に世界遺産ばかり作っても仕方がない。






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最終更新日  2022.01.31 09:27:49
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