ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2023.02.27
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福岡市東区。司法浪人して、熊本に帰っていたが、母も亡くなり、あきらめて就職し、妻子ができたので、いよいよ就職して、福岡に来たのが、それから40年近くになる。まさに第二の故郷だ。あるいは終の棲家かもしれない。親父の寿命よりも長くなった。老い耄れてみて、父の気持ちも少しわかってきたが、意外と息子のことを思っていてくれたのだろうと思う。2.26事件を、清張の「昭和史発掘」で知ったが、果たしてその後の日本のたどった軍国主義が、青年将校たちの思い通りに進んだのだろうか。暴走は、決していい運命を開かないのだろう。







・自分の頭を働かせる人

・そのふりをする人

・どちらもしない人






人間の一生なんて、自分の頭を働かせるといえる時間は殆どないのかも知れない。殆ど眠っているか、他人のために仕事をしているか、食べているか、雑用に追われている。あとは細々したものばかりだろう。どれだけ自分の頭を働かせているのだろうか。そのふりをしているだけではないのか。あるいはそのどちらもしない人なのかも知れない。だから、「自分の頭も働かせた人」が、人間らしい仕事ができるのだろう。


 ・多くの人は、できない理由をやまほど上げることができるだろう。然し、それは弁解でしかない。自分の寿命を取り戻すことはできない。だから愚痴を言うことになるのだろう。脳は動くものを追いかける習性があるから、絶えず働いているが、意識的に自分の頭を働かせるとなると意味が違ってくる。所謂「意識的な思考」こそが、自分の脳を働かせることになるというのだ。そうかも知れない。こうして書いているのも、何かのふりをしているのかもしれない。自分の頭を働かせているだろうか、と問われると、どうなのだろうか?少しは物を考えているといえるだろうか。



 ・へ2・・・「人間」という存在は、自分で解っているつもりでいるだけかも知れないのだ。他人が理解しているから、自分でも分かっているつもりでいるだけなのだろうか。本当に考えているだろうか。厳密な意味で、自分の頭を働かせているのか? あまり自信がない。困ったものだ。日頃考えているイメージと違う生き方をしているのかも知れないだろう。いうことと、することが違うのだろうか。それは多分にあり得るのではないだろうか。自分の脳のほんとうの使い方を考えるべき。





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最終更新日  2023.02.27 01:20:05
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