ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2023.04.27
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奥入瀬渓谷。






「利己的な遺伝子」のド―キンスの本を読んでいると、如何に偏見との闘いがあるかを想起させる。一緒に読みはじめたブラックモア「ミーム・マシーンとしての私」の序文にも彼が長い文章を書いているが、自分の措かれた謝意的環境をよく観察している事が解かる。ダーウイン以前と以後があることが解かる。3.11の東日本大震災も、或る意味で転換点だろう。


 ・何度痛い目に遭っても解らない人間もいる。死んでも判らないのかもしれないが、油断すると自分もそうなる。他人の偏見は解かっても自分のこととなると見逃がし易い。ミームという言葉に出会ってから、相当立つが、それでもまだあまり知られていないようだ。進化論も、世界の常識になっているとは限らないだろう。宗教の勢いは止みそうにない。科学が通用しない世界もある。


 ・へ2・・・東日本大震災で日本の科学者の低レベルを知った気がした。なるほど、社会が凋落して来たのは経済ばかりではない。偉大な科学者も生まれそうにはない。雄大な大地があり、人間も大きく育つのだろう。環境がなければその可能性もない。偏見のある社会では、公正な社会になることはできないのだろう。絶望してはいないが、まだ先は長い。忍耐を続けなければならないのだろう。





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最終更新日  2023.04.27 04:30:04
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