
この社会は自分の都合のいいようにはできていない。実際、誰もが住み心地がいい社会というのはこの世界のどこにもないだろう。誰かが何かに不満を持っているに相違ない。如何にそれを調整するかでしかない。不満の多い社会もあれば、ほどほどもあるということだろうか。「我慢しなさい」が殆どの社会のルールであり、宗教も同じだろう。好き勝手にやりなさいはない。
・食事も運動も自己管理できないはずはない。要は遣る気だろう。元々セルフ・コントロールをしているではないか。できないというからしなくていいだろうと思うのだろう。そうしなければならない理由が理解できないのかも知れない。確り教育をしないからだ。理屈が理解できないからだろう。或いは周囲の環境が悪すぎるのだ。目の前にご馳走をならべて、「さあ食べなさい」と勧められたら誰だって誘惑されるだろう。それに打ち勝つには、それを拒絶するだけの理由があり、決意があるかでもある。周囲に負けない力を持っているかでもある。それには日頃のスキルがいるだろう。
・へ2・・・できない、と思うからできないのであって、知識と真剣さの問題ではないだろうか。それが当然だという周囲の協力も必要だ。周囲の無理解が邪魔をしているだろう。誰も好きなものを食べ、好きなことができるわけではない。それを普通にしているではないか。我慢して生きてもいる。我慢のできないものは少ないだろう。自分を甘やかしているのは、自分だろうし、社会でもあるだろう。それは「この社会に逆らうな」という暗示でもあるだろう。何かを目標にすれば、自分を甘やかしては何もできはしない。勝者の世界だろうか。その他大勢は、そうもいかない。