ココ の ブログ

飛翔(3)

飛翔(3)

 そんな昔の事を覚えていて、それが酔わせなかった原因になったとするなら、そんな飲み会なぞに出掛ける事自体、間違っていた事になる。しかし、逆に言えば、現在の自分の社会的地位や今の生活ぶりから余裕を持って彼等を観てみたいという気が心の何処かにあったのかも知れず、もしそうなら意識的に酔いもせず冷静に相手を観察出来たのかも知れないとも想ったりもするのだ。図面料も払わずシャアシャアとした顔で「そんな事は時効だ」とでも言わんばかりの青春時代の一出来事として居るなら尚更、彼と親しい友人関係を保たなかった事が正解であった気もする。そして飲み会の仲間の内、更にもう一人の男はボクにでは無く、妹との事で嫌な事があって、妹からの抗議で彼と言う人間性を見せられた事があった。それも昔の独身時代の事だから古い話で、妹と二人で生活していた頃、自宅で友人らと飲み会をした事があった時の事だ。

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 どういう経緯で自宅での飲み会になったのかは覚えていないが、兎に角、毎晩の様に飲み回っていた頃で、たまたま来る者拒まず式で相手構わず誰とでも飲んでいたのだった。その中にその同窓生も居て、飲み会も終わろうとしていた頃だった。ボクは強かに酔ってベッドに寝転んでいた。友人達は夫々帰って行った。が、彼だけは残っていて殊更ボクにウイスキーを飲めとベッドのボクの口元にグラスを持って来て飲ませようとしていた。ボクの覚えているのは其処までだ。後で考えれば、それが彼の手だったのだろう。翌日、目覚めると妹が血相を変えて二階のボクの部屋に来て怒りを露わにし抗議したのだった。「お兄ちゃん!もう、あの◎◎さんとは付き合わんといてッ!二度と家には連れて来んといてッ!」「えッ?、一体何の事や?」と訳も分からず訊き返すと妹は、一息付いてから、昨夜の同窓生の行動を一部始終話したのだった。

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 結論から言えば、それは妹への暴行未遂事件だった。話を聞かされて、まさかあの男がと想ったが、彼がボクの眠ったのを確認して階下の妹の部屋へ忍びこんだというのだ。妹が物音に気付いて大声を出したお蔭で被害が無かった。壁が隣家に接する下町の狭い借家で声が壁を通して聴こえるほどの安普請だったのが幸いしたのだった。「変な事をすると人を呼ぶえッ!お兄ちゃんの同窓生やからと安心してたけど、見損なわんといてッ!、今帰ったら不問にして上げるさかい、サッサと帰ってんかッ!」妹の凄い剣幕に怯んだ彼は、スゴスゴと帰って行ったそうだ。彼は今もボクがその事を知らないままだと想っている。ボクも問題にしなかったからだ。しかし、あるいは気付いているのでは無いかと想わせる雰囲気を感じる事がある。ボクが何事も無かった様な顔をしているのに、たまに何か覗うような目でボクを見る時があったからだ。

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 そういう負い目を持つ同窓生の友人というのは複雑な気持ちで付き合わねばならない。ボクを舐めているからこそ出来た事だけに、一旦そういう事を知ってしまうと彼を心では見下してしまうからだ。彼はその後、結婚し、結婚式にもボクは出席したが、心からの友人とは想って居ない。勿論、他の友人にもそんな話はした事が無い。それだけに、それも飲み会で酔えなかった要因の一つになったのかも知れないのだ。考えてみれば三人の同窓生への一種のこだわりは、彼等も心の中でボクと打ち解けられない原因になっていたのかも知れないのだ。想い返せば、その飲み会で泥酔していたのは二人だけだったからだ。一人は幹事役で、もう一人は映画監督だった。蘭の男は、特にボクとトラブルは無かったものの、妻の事を「勉カチ」と言われ気分を害したとしても直ぐに周りから反論が出、高校の校歌を歌っていてボクが涙し声を詰まらせた事で了解した筈なのだ。

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 更には、八年ぶりに咲いたシンビジュームの報告の手紙で彼の妻への哀悼の気持ちを充分に知った筈なのだ。だからこそ車の中でシンビジュームの事を訊いたのだ。宴席でボクの向かい側に座って飲んでいた彼の顔が、酒に滅法強いという彼なのに流石に赤い顔をし虚ろな目をしていたのを覚えている。時々、その時のスナップ写真をパソコンのファイルで観る事があって、当時を想い浮かべる事がある。五人の仲間のそれぞれの表情は様々ながら、一人一人の想いは高校時代を想い浮かべながら懐かしんでいるものだった。残念ながらカメラマンの役をしたボクの姿は映っていなかったが、観察者としての眼はカメラに収めたものと同じだった。ボクが映っているのは、翌日の出発時に宿の番頭が撮ってくれた全員の集合写真だけがあって、ボクの表情は、穏やかな笑みを浮かべていた。それで総てが分かるのだ。つまり、飲み会でボクは悟ったのだった。

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 許そう。そう、彼等を許そうと想ったのだ。何時までもウジウジと昔の情念を抱いたまま、これからも同窓生の友人として付き合うナンセンスは止そうと想ったのだ。「勉カチ」と言ってしまったボクの表現力が足りなかったのだ。誤解を招く言葉を言ってしまったが、それも解決したのだ。設計図のアルバイト料も本来は執拗に請求すべきだったのだ。彼も支払えない事情があったのだろう。途中で諦めた方が悪いのだ。それで彼は、つい甘えの心を持ってしまったのだ。想えば僅かな金なのだ。妹に暴行未遂をした男は、ビクビクしながら長年来た筈だ。妹でさえ今では完全に忘れてしまっている事だ。先年の母親の葬式の際、二人で一緒に暮らしていた時代の事を話し合った事があったが、自宅での同窓生との飲み会の事も名前すらも彼女は忘れてしまっていたのだ。(つづく)

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