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小説「猫と女と」(8)

小説「猫と女と」(8)


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 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」


 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」


 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊いたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」


 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のキープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。


 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れない。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な島国では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。


 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか、父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせている。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(つづく)




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