倶楽部貴船

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お菊人形 -2-




次の日の朝、武志はいつものように和夫とアキラを呼んで、学校へ向かった。
「でもさ、なんか気になるよな。」
「何がだよ?」
「あれだよ、あの 昨日の日本人形。
なんかいわくありげって感じだったじゃんか」
「ああ、そうだな」
彼らの話題の中心は、昨日蔵で見つけた人形のことだった。
「もう一度、見てみないか」
「賛成~」
自然と3人の意見がまとまり、放課後再び武志の家へ行くことに決める。
その日ほど、放課後が待ち遠しい事はなかった。
アキラは、午後になると、教室の前の時計ばかり見ていた。
あと二時間、あと一時間、あと三十分。
和夫もそうだったのか。
さようならを合図に2人はダッシュで教室を飛び出した。
再びあの日本人形に会いに…

家に着くと、なぜかあの蔵の扉が開いている。
中を覗いてみると、そこには日本人形を前にしたおばあちゃんが。
「あれ? どうしたの、ばあちゃん?」
武志が不思議そうに聞く。
「昨日、お前たちがお菊人形を見たって聞いたからね。
なんだか懐かしくなって来てみたんだよ」
「ばあちゃん、その人形のこと 知ってるの?」
「知ってるさや。古い人形なんだよ。
私もお姑さんから聞いた話なんだがね…」
と言うとぽつり、ぽつりと話はじめた。

   × × ×
「おかあちゃん、なんで、川東のおばあちゃの所に行けんの? なあ、なんで?」
お菊が、庭先で弟のおしめを干しているおかあちゃんに声をかけた。
「あんなぁ、お菊、もうちょっと、太郎が大きくなったら連れてってやるでな。
もうすこし、がまんしな」
「おかあちゃん、いっつも、もうちょっと、もうちょっとって。もう、いっぱい大きくなったじゃん」
お菊は、おかあちゃんの顔をじっと見上げた。
「もうちょっと、待ってな。お菊はおりこうさんだもの、がまんできるら?」
おかあちゃんは、お菊の頭に手を置いて、やさしく抱きよせた。
おかあちゃんにそう言われると、お菊は何も言えなくなる。

庭先に、やっと芽を出したばかりの草を踏みつけて縁先に座った。
春の日射しは、遠くの山々をやさしく包んで、お菊の心までぼんやりとしてくる。
せまい庭には、おとうちゃんが作った物干しだけがどんと置かれていて
そこに太郎のおしめが、ぴしっと並んで干されているのを見るのが、お菊は好きだった。
今日も一列に並んで、風と遊び出したおしめから、何か楽しげな声でも聞こえてきそうだった。
「今年は陽気がいいで、お菊もじきに大西川で遊べるなあ。
今年は、ちょっと泳げるようになるかしれんなあ」
おかあちゃんが、洗濯物を干し終えて、お菊の横に座った。
眠っていた太郎の足がプルっとふるえたのを、お菊はそっとなぜた。

「なあ、おかあちゃん、なんで川東のしゅうは、『山本のしゅうは、あっちへ行け』とか言って、すぐいじめるの? 
大西川で会った時も、いっつもそう言うよ。
『川がよごれる。出て行け!!』って。だから、もう行かん」
お菊はきっぱり言い切ると、おかあちゃんの横顔を見た。
白い頬に手を当てて、しばらく考えていたお母ちゃんは、
「そんなに言われとるのかな。
かわいそうになあ。おかあちゃん、ちっとも知らなんで、かんにんな。
悲しかったらなあ」
おかあちゃんは、なみだ声になって、鼻をすすった。
「この前、石を投げられたよ。
妙ちゃは泣いたけど、菊は泣かなんだ。
泣いたら、川東のしゅうに負けちゃうと思ったもんで…」
「そう、そんな事もあったのかな。
お菊は黙ってがまんしとるもんで、おかあちゃん、ちっとも気がつかなんだ。
川東のしゅうは、そんなむごいことを子どもに言うなんて…」
「菊は、泣かんよ。いっつも泣かんよ。
妙ちゃにも泣いちゃだめって言うんだけどな。」
得意そうに言うお菊の姿に、おかあちゃんは何度も目元を押さえた。

星に願いを….


─2─

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