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銀色の手紙@ Re:『お札を置きに……』&『メジロの観察……』(01/12) 小鳥と柿のお話、興味深く拝見させていた…
2019.07.04
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カテゴリ: 街角
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 6月14日……上目黒天祖神社・けこぼ坂庚申塔の続き…



 山手通りをちょっと歩くと……



 大きな看板があります……見過ごすことはありません。



​  めぐろ歴史資料館入り口 ……何度も近くは通ったのですが、やっと入館する気になった私です。​
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 ​ 野外展示場2 ……歴史にはあまり興味がないのですが、並んでいる道標を見に行きました。​「なんで道標?」自分でも良く分かりませんが…



​  長せん院道 ……​と書かれています。中目黒4-9東角にあったそうなので、馬喰坂に置かれていたのでしょう。



​  右九品仏道 ……​側面は結構削れちゃっていますが、右面に大成院、背面には南無阿弥陀仏の文字がみられ、富士講に関係した道標と呼ばれているそうです。元のありかは自由が丘3丁目付近とのこと。



​  田道橋道標 ……前面が不動池上、右面・北 三田村東 目黒駅、左面・役場世田ケ谷となっており、大正4年(1915年)京都でおこなわれた大正天皇の即位式を記念して、目黒の在郷軍人会が建立したものだって。​



​  青面金剛 ……​庚申塔と道標を兼ねたもので、寛政11年(1799年)……旧住所は不明らしいが、現在の上目黒1丁目付近からの方角をさしていると…



​  北・ほりの内・あわしま ……​ちなみに[南・ゆうてん寺・目くろ][西・せたケ谷][東・江戸・あさふ]



 ​ 宿山組道標 ……宿山組とは​上目黒村に4組あった組の一つだと……現在の上目黒・東山辺りが範囲だったそうです。



「三田用水」境界石(手前) ……​玉川上水から分水された三田用水の用地境にあった花崗岩(かこうがん)製の境界石。



「陸軍用地」境界石 ……​この[239]と、となりに[235]が並んでいましたが、識別番号とのこと。



 陸軍用地の文字もちゃんとあります。

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​  馬繋ぎ石 ……​出土地は氷川遺跡・大橋2丁目…… 軍施設がたくさん存在したあたりですが、 軍用馬を繋ぎとめるために用いた花崗岩の石柱。コンクリート製が登場するのは昭和初期以降だそうです
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 ​ 屋外展示場1 ……​屋外なのですが、一度建物に入館しないと見られません。玄関で表示を見かけたのでウロウロ探し探し来てみましたが、管理者とは誰一人お会いしませんでした。大丈夫かしら? 僕は悪いことしないけどね~
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​  大黒屋由緒の碑 ……​目黒不動尊の門前町は古くからたいへんなにぎわい……土産屋などが立ち並ぶ中にあった料亭の一つが大黒屋……その料亭の庭にあったもの……いわれが書かれているそうですが、私には読めません。
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 ​ 五本木組馬頭観音 ……五本木2-26-1に置かれていたものだと……なるほどなるほど……ありそうな場所です。五本木組も上目黒村に属していました。



 ​ しっこし坂下道標 ……​目黒4-2-19付近にあったそうですが、ここにも[北・長せん院道]とあります。この住所は、とちの木庚申のある場所じゃないかしら?



​  五輪塔と力石 ……​この力石は30貫・112.5kgもあるって……私には無理



​  石臼と軍用地境界石 ……​
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​  境界石 ……​ 左面には[227]の識別番号がありました。火薬製造所脇に敷かれた火薬運搬用の線路の境界に沿って置かれていたそうです。



​  石臼 …… ​明治18年(1885年)に操業を開始した目黒火薬製造所(三田)で、黒色鉛火薬を水車で粉砕するために使われた石臼。



​  水車の臼 ……​駒場3-12付近のものだそうですが、目黒川筋には水車がならんでいたのかもしれません。林試の森入り口にも飾りの水車がありましたっけ……
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​  自由が丘2丁目道標(手前)と寛政9年道標(奥) ……​自由が丘道標の前面には[右・目黒・品川道]、背面は[麻布・青山・北ノ方]ですって……
 寛政9年道標の前面は[ゆふてん寺道]……中目黒4丁目付近にあったとされています。街中ではすっかり見かけなくなった古い道標ですが、保護のためには引っ越しはやむを得ないでしょう。




 ゴミかと思ったら……



​  貝層標本 ……ですって…​



 中目黒駅付近の蛇崩川で採取した約6万年前の貝層の一部。イタヤガイ、オオノガイ、アサリ、アカガイ、ハマグリ、ベンケイガイ、アカニシ、キサゴなど……だそうですが、知らない貝もあります。しかし、蛇崩川も6万年前は海だったのかしら?



​  富士塚の胎内洞穴 ……​だって……資料館内の常設展示は見るつもりはなかったのだけど、なぜか惹かれて……
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 入り口らしい……



 入ってみたら、薄暗いのでピンボケ……フラッシュ使わない私…



 富士塚の胎内洞穴を再現したみたいです。
 老若男女だれもが気軽に富士登山を楽しめるようにと富士塚が造られた。




 富士山の土や溶岩を取り寄せて配し、胎内を模した洞穴も造られたと……



 足元に横たわる人らしき彫刻……



 文字らしきも……「目黒元富士」「目黒新富士」知ってますが、新富士のそばからは実際に人が入れる胎内洞穴も見つかっているそうです。



​  埋蔵物 ……​



​  埋蔵銭貨 ……​



埋蔵物 ……



 常設展示なのでしょう……家具があったり…



 ​ 戦争の記録があったり ……​



 廊下にでかいの発見!!!



​  旧庁舎の大時計 ……​平成14年(2002年)まで中央町にあった区役所庁舎の塔屋で時を刻み続けた時計。昭和36年㈱光星舎の製造品。



 目黒区立第二中学校の跡地に、資料館はあります。



 講演会があるんだって……ちょっと興味があります。


 行ってもいいけど、必ず聴講できるのかしら? 90人だからちょっと心配……

 ということで、今日はこれでおしまい。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​





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Last updated  2019.07.04 14:16:47
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