動く重力

動く重力

価値ある双眼鏡の話(4)

価値ある双眼鏡の話(4)

「おい、久倉」僕は双眼鏡で頭を叩かれた。
「何するんですか、和泉さん」
「なんで寝てるんだ。俺が倉庫の中の様子を探ってくるから待っていろと言ったじゃないか」和泉さんがそんな事をしていたなんて、今始めて知った。
 時計を見て時間を確認すると、和泉さんが偵察に行ってから一時間が経っていた。
「もうあれから、一時間も経ってるじゃないですか」
「だからって寝ていいという事にはならない」
「待ってる間、僕は何しててもいいですよね?」
「よくないと言いたいところだけど、もうやめよう。俺達のやり取りは小学生みたいだ」
 僕はこの人よりは大人なので黙っておく事にした。

「それで倉庫をざっと見てきたんだが、中に一人、外に一人ってとこだろう」和泉さんはどこか浮かない顔をして言った。
「どうしたんですか?」
「少し気分が悪い」そういうと和泉さんは一回深呼吸をした。「外に見張りは一人、あのアランだ。そして中にも男が一人いる。おそらく二人とも銃で武装しているだろう」
「銃? 何ですか? 本当に宝の隠し場所だったんですか、ここは」僕は当然のように趣味の悪い冗談だろうと決め付けた。しかし、和泉さんには笑いを取ろうという気配はない。
「宝、かどうかは分からない。だが、ある程度の金にはなる」
 僕は驚いた。真っ先に、なぜ? という疑問が頭に浮かぶ。「和泉さん、中には一体何があったんですか?」
「白人の子供が一人」抑揚のない口調だった。「誘拐か、人身売買か、少なくとも家族旅行ではない」
 僕には容易に想像できた。倉庫には、大人の男二人と、子供が一人。きっと今も銃で脅され、身動きが取れない事だろう。
「和泉さん。僕ちょっと、電話を掛けてきます」
「何処に掛ける」
「警察に決まってるじゃないですか」それからこうも言った。「子供の命がかかっているんですよ? 友達に電話してもしょうがないでしょう」
「ちょっと待て」和泉さんは僕を止めた。
「何ですか」
「警察はまずい。俺は泥棒だ」
「そんな悠長な事、言っていられないでしょう。子供が死ぬより泥棒が捕まった方がいいです」よくよく考えれば、僕は至極当たり前の事を言っている。そりゃもちろん、比べるまでもない。
「子供を助けて俺が逃げ切るのが一番いい。それに、……何より、警察だけは信用出来ない」そう言った和泉さんは一瞬だけ怒りの感情を覗かせた。
 どうやら和泉さんは泥棒とか以前に、本気で警察を嫌っているらしい。泥棒だから警察が嫌なのではない。もっと、僕の知らない複雑な理由で和泉さんは警察を嫌っているのだ。
 そして僕はと言えば、本当に自分勝手ではあるのだが、家賃の半分は大きいし、この人との付き合いも面白いといえば面白い。
 だから、
「俺達で救い出す」
 それが一番だ。


 少年を救出する方法は和泉さんが一人で考える事になり、僕は十万円の双眼鏡で様子を探り続けていた。
 しかし、隣で聞いているとどの作戦も不可能なものばかりだった。このままでは進入する事だって難しい。

 ただ、そんな僕達、というか和泉さんを尻目に状況は一気に変わった。
 偵察をしていた僕はその状況を和泉さんに伝える。
「和泉さん、アランさんが建物の中に入っていきました」
「本当か。これはチャンスかもしれない。俺達も行こう」
 僕達はなんとなく、本当になんとなく倉庫に入る事にした。

 倉庫に入る扉は一つしかない。だから僕達は正面から入る。
 扉の前に着くと、和泉さんはポケットから針のような道具を取り出した。
「何です、それ?」なんとなく想像はついたが、僕は儀礼的にその道具の事を聞いた。
「これで鍵を開ける。こういう倉庫だったら針金一本で充分だ」和泉さんは少し自慢げに答えた。人間は鍵を開ける事にさえ誇りを持てるらしい。
「でも、和泉さん」申し訳なさそうに僕は言った。「鍵、開いてますよ?」
 僕は取っ手を持ち、扉を開けようとした。和泉さんは『そんな無用心な誘拐犯がいるわけがない』といった顔で僕を見た。
 この瞬間だった。

 中から、何か大きな音が聞こえた。

「久倉」
「和泉さん、今のって」
「銃声。二発だ」そう言って和泉さんは狙われたのが僕達でない事を確認して、扉を開けた。

戻る 次へ


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: