2007.01.14
XML



毎週日曜更新! 「ブログ」がテーマの連続サイコドラマ

第三話


リビングでは、父がソファに寝転がってテレビを観ていた。寝際の気分の悪さをごまかそうと、冷蔵庫から2本目のカクテルを引っぱり出したあと、時子は父の背中をなんとなく眺めた。縦じまのパジャマの背中を。

「私は、この人のことを、どれくらい分かっているだろう」

時子はふとそう思った。人間の内側は目に見えない。そこにどんな残酷な世界を広げているいても、他人の目には映らないのだ。そう思うと、急に目の前の父が恐ろしくなった。

「父さん」

気が付いたら話しかけていた。父が「あ」とも「う」ともつかない声で、背中を向けたまま返事をした。それだけのことなのに、時子はひどく安心した。レースのカーテン越しに、遠く都心の夜景がかすんでいる。

「父さん、人間ってすごく大きな悩みを抱えてしまうことってあるじゃない」
「ん?」

父がこちらに向き直る。スーツを着て髪を整えていると50代前半にも見えるが、パジャマのまま横たわる姿は、最近生えてきた白髪も手伝って、定年間際の実年齢そのものだ。

「お前、何か悩んでるのか」

「例えば?」
「まあ、恋とかさ」

父が急に真顔になったので、時子は慌てて「私のことじゃないよ」と付け加えた。

「・・ああ、それはあるだろうな」
「そういう時って、誰に相談するのが一番いいんだろうね」

 私は何で父にこんなことを尋ねているんだろう。普段は必要なこと以外口を聞かないのに。父は、ぽかんとした顔になったあと、しばらく考える顔をした。

「・・それはさ、やっぱり親だよ。親は、わが子のことは知らないようでよーく知ってるもんよ。なんせお前がおむつしてるころから見てる。おめえが物心つく前からお前のことを知ってる。つまり、お前よりも長くお前のことを知っているってことよ」

 父はちょっと得意そうな顔をした。

「ふーん」とだけ言って、部屋に向かう。
『そうかな』と思う。父は、時子が幼いころから仕事にかまけて時子や母にはほとんど関心を払わなかったではないか。思春期の悩みにも、進路の悩みにも無関心だったではないか。時子は、何でも自分で解決してきた気がする。迷ったときはいつも友達に打ち明けた。母も亡き今は、仕事の仲間たちが最も頼れる存在だ。

「世代のギャップかな」。



 そして――。
時子はPCに目を落とす。
 解決できない問題もあるのだ。親にも、友達にも、自分にも。そんなヘヴィな問題が、ブログの世界にたくさん吐き出されている。発信者は何のために、そんな自分の重要な問題をあかの他人に吐露するだろう。親でも友達でもない、ましてや知りもしない「NO BODY」に対して。
 そんなことを考えながら時子は布団に横たわった。

 数寄屋橋のスクランブル交差点。クロスした横断歩道の真ん中に一枚の写真が落ちている。雑踏にさらされながら踏まれていくその写真は、よく見ると時子の写真だった。ゆっくりと、視点が写真へとズームインしていく。写真には何か文字が書かれていいる。なんと、「私を探して」と書いてあるようだ。さらによく見ると、写真の中の時子の様子がおかしい。視点が写真いっぱいに近寄った時、はっきり分かった。それは、時子が首を吊っている写真だった。


(続く)

【この小説はフィクションです】





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.01.14 14:01:57
コメント(3) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Calendar

Freepage List

Keyword Search

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: