2007.01.28
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毎週日曜更新! 「ブログ」がテーマの連続サイコドラマ

第七話



 記者やジャーナリストたちが長時間滞在する事件現場では、よく別の事件が起きる。それは“恋”だ。和歌山で起きた毒殺事件の現場も、後にいくつかの結婚式を挙げさせることになった。時子には、残念なことにかつてそんな“事件”が起きたことはないし、五十嵐も独身のところをみると、同じようだ。だが、時子はかわりに友人を得た。自信のない時でも記事を売り込める、唯一の相手を。

「それで、何? おもしろいものでも見つけた?」
「うん・・。それがね、自分でもよく分からないの」

 五十嵐はきょとんとしたあと、「そっか」と言ってタバコに火をつけた。こういう時にせっついてこないところが、五十嵐のいいところだと時子は思っている。
 時子は、およそ10分かけて、五十嵐に記事の構想を伝えた。彼女のブログ、その秘めた狂気。そして「私を探して」というメッセージ。それで、自分が何を書きたいのか・・。そう、自分は一体何を伝えたいのだろう・・。だめだ、つかみどころがない・・。次第に声が小さくなっていくのが自分でも分かった。
 感じていることを文章にするのは、何と難しいことだろう。こんなので記事に出来るのか、時子は不安になっていった。

「とにかく、その彼女の『私を探して』という一言が、現代の何かを象徴しているような気がするの。・・うまく言えないけど」

 最後は、なんかかっこをつけてしまった。最悪だ。



 五郎は、案の定、首をひねる。

「ブログってさ、そんなに重たいものかな。ほら、育児日記だったり、ペットの写真を毎日掲載したりとか。あと、バナー広告や物販を目的としたものも多いよね。

 確かにそうだ。でも、そうじゃないブログもあるじゃない、と思う。

「ただの・・・“刺激的な暇つぶし”じゃないのかな」

 時子は「世の中の大半の人はそうだよ」と言われているような気がした。

「でも、彼女の事実をどう思う?」

 時子は、五郎が背後に従えた“多数派”に訴えるように続けた。

「若い女の子が自分の顔を公開して、しかもそんな自分の狂気をわざわざ世間にさらすなんて・・。閉ざされたコミュニティならまだしも。誰がそんなことを好き好んですると思う? 絶対深い意味があるに決まってる」

 そうだ。絶対深い意味がある、と思う。

「彼女はさ、失恋してるんだろ?」

 俺もちょっと覚えがあるけど、と五郎は言った。



 確かにありそうな話だ。

「そういうのって、ハライセに近いって俺は思っちゃうんだ。自暴自棄になるくらい傷ついたのはかわいそうだけど、だからといって他人が何もしてあげられないし、俺たちだってメディアだよ。下手すると、その片棒をかつぐようなことになっちゃうかも知れないんだよ」

 時子は言い返せない。悔しいがそうかもしれないと思ってしまう。五郎がさらに続ける。

「それからさ、時子が言っていることは、イメージが付きにくいんだよ。映像が見えてこない。これはさ、編集者として言わせてもらうよ。今の読者は、イメージが涌かないものは好まないんだよ。もっと分かりやすい“キッタ、ハッタ”というかさ、ちゃんと悪者とか犯罪者がいて・・」

「事件はもう書かないって言ってるじゃん!」


 時子は、もうかつてのような事件ライターではない。それは誰が決めたことでもない、時子自身が心の中で宣言したことだ。そうしなければならない出来事がかつてあったのだ。ところが、ルポライターの仕事は、事件の詳報がほとんどだ。それが、今、時子が仕事に窮している最大の理由だった。

「もういいよ。分かったよ。ごめんね、急に相談もちかけて」

 今でも事件の仕事を受け入れている五郎、そのことは分かっていたが、時子は寂しかった。五郎のことが急に遠い人に思えた。この時五郎も、実は時子の気持ちは重々承知で、時子を思いやりながら押し黙っていることなど、時子は知りえないことだった。
 『今日はもう無理だ・・』。時子はそう思い、・・キレたふりをすることにした。

「でも五郎くん全然分かってない。いつかこのテーマで、あっという記事をみかけても悔しがらないでね」

 憎まれ口をたたいて二人分のお金を払い、外に出た。

 五十嵐に伝わらないということは、一般の人にはもっと伝わらないということだ。それともがテーマとしていることが、もともと社会の感覚とずれているのか・・・。時子は、自信がなくなっていた。
『それでも信じる』。時子は自分に言いきかせた。彼女、“Moon”が訴えているものは、きっと社会的に大きな力を持っている。その目に見えないものを、紙を通じて社会に示す。それが自分の役割だ。そう。「目に見えないもの」を。

『ちくょう。絶対、ギャフンと言わせてやる』


(つづく)

【この小説はフィクションです】





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Last updated  2007.01.28 10:58:36
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