2007.03.04
XML






毎週日曜更新! 「ブログ」がテーマの連続サイコドラマ

第十二話




 ベンチに座ると、ビルのガラスに反射して暮れかかる夕日が見えた。時子は、賛同者を得て心強かった。
 しばらくして星野が帰ってきた。手にはあったかい缶コーヒーと・・缶入りのコーンスープを持っている。『えぇぇぇ・・。何このセンス』。

「どっちがいいですか?」
「もちろん、コーヒーです」

 いくら何でも若い女が公園で缶入りのコーンスープを飲むわけにいかない。ところが、星野はコーヒーを時子に渡そうとしない。

「いや、このコーヒーは私が飲むために買ってきたのです」
「・・・。意味がわからないんですけど」

 時子はあっけにとられた。

「・・綾瀬さん、あなたは今、『じゃあ聞くんじゃねーよ』、さらに『コーヒー飲みたいんなら、コーンスープみたいなマイナーなもの買ってこずに、コーヒー2本買ってくればいいじゃんか』と考えたでしょう」



「何故そんなことが分かるかというと、私があなただったら、そう考えると思うからです。人間なんて、みんな感情の動きは似たようなものなのです・・」

 そう言うと星野は、夕日に目を細めながら、おもむろに缶コーヒーのふたをパカッと開けた。そして、グビッと一口飲んだ。

「!」

 時子は、星野をにらみつけた。

「・・今、私がコーヒーを飲んだ時、『あっ、こいつ本当に飲みやがった。信じられん』って思ったでしょう」

 このおやじ、やっぱりぶっ壊れてる・・。時子はベンチを立とうとした。

「あははっ、綾瀬さん冗談ですよ。冗談。それよりも、私は今からあなたに、とってもいいお話をして差し上げましょう」

 時子は、やっとの思いで腰を下ろした。

「先ほどのあなたの話。私もそう思います。ネットの住人の寂しさ・・。まったくその通りですね。大人二人が感じていることは、ほかの人たちも共感することのはずです。大いに自信を持ちましょう」

 まともな話になり、時子は安心した。・・のもつかの間だった。

「お嬢さん。私たち文章に携わる者が目指すのは、(グビッ)普遍的なことの追求だと私は思っているんです。なあに。難しいことじゃない。普遍的なこととは、幼稚園で習ったことばかりですよ(グビッ)。思いやりであったり、勇気であったり、一生懸命生きることだったり。でも、人間はそういうことを忘れてしまうんです。今、自分に必要な教訓が分からないんです。それが(グビッ)当たり前なのです。だから、状況を読み解いて、それぞれが考えるヒントを与え(グビッ)るために私たちがいる。そんな風に思うんですよ」



「それで、あなたは」

 気が付くと、星野は、刺すような目で時子を見つめていた。時子はドキッとした。






第十三話



「それであなたは、『私を探して』という彼女の真意を、どう見るのですか?」

 ついに、それに答えなければならない時が来た。
 時子は、天を仰いだ。東京のど真ん中に星が輝いている。

 『自分だったら・・』と時子は思いながら、そっと目を閉じる。病室にいる彼女になってみる。殺風景な病室でノートPCを打つ。日記を書く。そして、『私を探して』と打ち込んでみる・・。
時子は長い間、目をつぶっていた。そして・・。

「星野さん、あたし分かったような気がします」

 時子はつっかえが取れたような顔を星野に向けていた。『私を探して』という言葉、不気味な絵、痛々しい詩、それらがすべて時子の中で重なり、一つの、シンプルな像を結んでいた。

「彼女に確かめないといけない・・。早く確かめてみたい気持ちで一杯です」
「・・そうですか」

 星野は満足そうに、しばらく時子の顔を眺めていた。

「私も少し役に立てたようですね」

 そうつぶやくと、星野は「では」、と言って席を立った。そして数歩歩いたところで振り向いた。右手にはあの缶コーヒーがあった。

「綾瀬さん、原稿が出来上がったら、ぜひ私に持ってきてください。内容によっては、私が編集長に推薦して差し上げます。それから・・」

 星野は、身体をまっすぐ向けなおした。

「綾瀬さん・・。先ほど、私が大切なことを、缶コーヒーを飲みながら話したことを不快に思われましたか?」
「・・はい」
「そうでしょう。無理もない・・」

 星野は、また遠くを見つめる目になった。

「身をもがれるようなつらい思いをしている間も、人間は食べるし、眠る。どんな状況でも生きられるんです。どんな状況でも、食べても、飲んでも、眠ってもいいんですよ(グビッ)」

(・・まだ残ってたのか!)

「『目の前の一つの問題』は、いつも『その人のすべて』ではないのです。そこに救いがあるのですよ」

 星野は背中で手を振りながら歩いていった。時子は、その背中に心の中で手を振った。

「・・ふふっ。ちょっと面白いじゃん」

 時子は心強い味方を得たような気がしていた。トラップさえ気にしなければ、星野の話は面白い。こういう出会いは貴重だ。

「さて」

 時子は、ベンチを立ち、足早に歩きだした。駐車場に向かって。答えにたどりついた喜びが身体を満たしていた。「何でこんな単純なことに今まで気付かなかったのだろう」「自分がたどりついた答え。どうか間違ってませんように」。そんな考えが頭の中で渦巻いていた。

『早く雪絵ちゃんに会いたい』

 時子はこぶしを握って前を見据えたまま、すごいスピードで歩いていた。絶対知り合いには観られたくない姿だ。
 五郎の顔が浮かんできた。ちくしょう、今ならあいつに私の考えをぶつけられるのに!


【この小説はフィクションです】











お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.03.04 11:10:25
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Calendar

Freepage List

Keyword Search

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: